『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第56話 『竜殺しの聖人』

 月の聖杯によりこの世界に誘われてはや6年。エミヤはその間、決して自己鍛錬を怠ったことなどなかった。

 肉体年齢が後退し、生前、英霊、サーヴァント時よりも劣った身体を日々鍛え直し、如何なる次元犯罪者にも遅れを取ることはないよう精進してきたつもりだ。

 事実、エミヤはこの転生された体で数々の犯罪者を捻じ伏せてきた実績を持つ。

 しかしそれはあくまで人間、魔獣相手だからこそ成立していた結果である。

 今エミヤが相対しているのは人間などという軟弱な生物でも、魔獣のような格の低い獣ではない。精霊に限りなく近く、『人』という枠を文字通り超越した存在であり人類史に名を刻むほどの偉業を成し遂げた超人。

 

 ―――英霊―――

 

 魔力、肉体などが全盛期であるのならばまだしも、今のエミヤが相手をして無事で済む存在ではない。いくら眼前の英霊が実力の五割も出し切れていない不完全なものと言えど、真正面から打ち合って勝てるわけがないのだ。しかも英霊のなかでも最上位に位置するであろう大英雄ゲオルギウスとなれば劣勢は必定。間違っても単騎では互角に渡り合うことはできない。

 

 「…――………!!」

 「グゥッ……!」

 

 多大な神秘を内包されている力屠る祝福の剣(アスカロン)の刃はいとも容易く干将を粉砕する。

 如何に投影品でありランクがC-であろうと干将もれっきとした宝具の一つ。

 それをまるで意に介さず砕くとなると力の差は歴然。分かり切っていたことではあるが全てにおいて敵の能力はこちらを優に上回っている。

 

 双剣の片方を破壊されたエミヤに容赦なく力屠る祝福の剣(アスカロン)が振るわれる。

 抗魔力、抗物理能力を向上させる干将 莫耶はどちらが欠けてしまってもその恩恵に恵まれることは無い。二振りあって初めて宝具の効果が発揮される。つまり干将が破壊され、莫耶だけ残った今のエミヤの防御力は著しく低下している状態にある。

 

 しかしエミヤは焦ることなどなかった。

 彼は即座に新たな干将を創り出し、迫りくる凶刃を防ぐ。

 エミヤにとって干将 莫耶を投影すること自体にそれほどのタイムラグは無いに等しい。

 故にいくら壊されようと無手になるという最悪の状況には陥らないし、投影コストも比較的軽く大きな負担にもならない。エミヤシロウに限っては、どれだけ獲物を破壊されても致命的な敗北に直結するほどのことではないのだ。

 元よりエミヤは常に格上の相手と相対することが多かった。実力で上を行く相手との戦闘は十分以上に熟知している……例え勝てる見込みが少なくとも、耐え凌ぐことくらいは造作も無い。

 また真っ向からの剣技で勝てぬのならば、剣技以外の搦め手を使い陥れるまで。

 エミヤシロウは剣士でもなければ弓兵でもない。生前も死後も『魔術使い』として活動してきたのだから。

 

 「工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア )

 

 ゲオルギウスとの苛烈な剣戟の応酬の最中にエミヤが紡いだのは自己暗示の言霊。

 その言霊を発した瞬間、ゲオルギウスの頭上に現れた20以上もの長剣の数々。

 どれもただの人間が扱うには分不相応な宝剣群。紛い物でありながら宝具の能力、神秘が内包されている一級品ばかりだ。その一つでも直撃すれば人間は粉微塵になり、英霊と言えど致命傷に至るのは必至。

 

 「停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……!!」

 

 エミヤの指示により空中で待機していた刀剣群は音速の速度で降下された。

 あのシグナムでさえ、エミヤと剣戟を交わしながら音速で降下する剣群までは対処できない―――しかし、この程度の障害は英雄にとって何の試練にも値しなかった。

 ゲオルギウスはエミヤに対して不意に足蹴りを喰らわせ吹き飛ばし、即座に自身の元に降下された宝具群を力屠る祝福の剣(アスカロン)の刃で打ち払った。

 ゲオルギウスの命を刈り取るはずの全ての宝具が見事軌道をずらされゲオルギウスの足元付近に着弾し、土煙を上げる。

 身体能力が削ぎ落とされ、意識を奪われ、本来脅威となるべき頭脳、技術、戦術すらままならないはずの状態でこの身のこなし。やはり大英雄の格は伊達ではない。竜殺しの聖人として世に名を刻んだ英霊というだけはある。

 

 「ならば―――」

 

 エミヤは出来るだけゲオルギウスから距離を取り、次の攻撃手段を行使する準備を始めていた。

 先ほど撃ち出した宝具は砕かれたわけでも消えたわけでもない。ただ軌道をそらされ、ゲオルギウスの足元付近に着弾しただけだ。

 つまり、まだあの宝具達の役目は完全に終わっていないのである。

 それならば最後の最期までその身を糧にしてゲオルギウスを討つ材料となってもらう。

 

 「これならどうだ?」

 

 ゲオルギウスに軌道をそらされ、大地に突き刺さっていた20もの刀剣が一つ残らず蒼い焔を掃き出し暴発した。

 途方もない地響きを引き起こし、ありとあらゆる質量を消し飛ばす爆風を生み出すその爆発規模たるや超大型爆弾Grand Slamをも凌駕する。

 それはまさに貴き幻想の散り様であり、人智をも覆す神秘の叫び。

 エミヤが行使したそれは全ての英雄が持ち得る最終手段。己が半身、相棒たる宝具を自ら破壊し莫大な破滅を齎す壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 本来ならば有限であり思い入れのある己の宝具を自爆させる英雄など皆無に等しい。それが例え勝つための手段だとしてもだ。何故なら英雄としての誇りがその壊れた幻想(ブロークンファンタズム)の使用を躊躇わせるからである。

 しかしエミヤには英雄としての誇りが欠片もない。犠牲となる宝具も投影品の紛い物故に代えが効き、ある女性の聖剣でもない限り躊躇う理由がない。まさにエミヤシロウのみが許された反則紛いの技である。人間どころか幻想種であっても簡単には耐えられない。それ故に然しもの大英雄と言えど多少の負傷は期待できる………はずだった。

 

 「…………まさか、これほどの傑物とはな。驚きを通り越して呆れてしまう」

 

 壊れた幻想(ブロークンファンタズム)は海鳴学校の校舎、グラウンドを諸共吹き飛ばし広大なクレーターを形成した。

 しかし、肝心のゲオルギウスは尚もその場に立ち続けていた。

 如何にE~Dランクと格の低い宝具の壊れた幻想(ブロークンファンタズム)だったとしてもあの爆撃のなかを傷一つなく済ませるなどどうかしている。

 

 「まさに防御特化の英霊ということか。伝承の通りだな」

 

 ゲオルギウスの所有する宝具力屠る祝福の剣(アスカロン)はあらゆる害意と悪意から持ち主を遠ざける無敵の剣である。それは決して『敵を倒す』という意味での無敵ではなく、いかなる敵からも『守る』という意味での無敵。それに加え、恐らくゲオルギウス本人の耐久力も全英霊のなかでもトップクラスなのだろう。ランクの高い防御スキルも幾つか兼ね備えている可能性がある。

 あらゆる拷問にも試練にも『不屈』で在り続けたと知られる大英雄らしい、見事なタフさだ。

 

 “ヘラクレスに勝るとも劣らない耐久力となると厄介すぎる。だが幸い、(・・・)に関わる者が此処にいなかっただけ幸運と思うべきか”

 

 竜殺しの異名を持つゲオルギウスは正しく竜を殺すことに特化した英霊である。例えば竜の心臓を持つ『アルトリア・ペンドラゴン』、龍神を親とする『坂田金時』、竜の血を引いていると伝承で残されている『エリザベート・バートリー』など竜と深い関わりのある者達に対して大きなアドバンテージが与えられる。

 しかしこの場においては竜属性、または竜を使役する魔導師が一人もおらず、そのため彼の対竜の力の大半は大した効果が見込めないはずだ。

 エミヤシロウを含め、竜属性のない人間ならば『掠り傷であっても等しく致命傷』などという最悪な事態になることはないだろう。

 

 「■■■■―――!!」

 

 竜殺しの聖人ゲオルギウスは獣の如き咆哮を発し、幾度となく強烈無比な攻撃を仕掛けてくるエミヤシロウに突貫する。その姿には策略も知略も一切感じられない。

 ソレは騎士と言うにはあまりにも粗があり、聖人と言うには華が欠けていた。

 何処までも化け物じみていて、何処までも英雄としての誇りが感じられず、何処までも哀れであると感じてならなかった。

 やはり彼はゲオルギウスの形をした怪物だ。ゲオルギウスの能力だけが具現化した英霊の現象そのものだ。

 

 「投影(トレース)開始(オン)

 

 エミヤは黒漆の弓を召喚し、弾となる剣を投影してその弓に装填する。

 宝具でもなんでもない名剣止まりの弾丸は剣の形から次第に歪み捩れ―――鉄の矢となった。

 その螺旋状に捩れた剣の矢はエミヤによって射出され、紅い軌跡を現しながら猪武者の胸へと誘われる。

 

 闇の書事件が起きていた頃は精々突撃銃程度の威力しか引き出せなかったノーマルな矢であったが、この一年間の日々弛まぬ努力と肉体の成長によりようやく全盛期と同じ『戦車砲』レベルの威力を出すまでに至った。流石に機関銃と同等の速射性までは取り戻せていないが、それでもそこらの銃器並みの速射性は維持できる。

 

 しかし、その程度の矢でゲオルギウスが止まるはずもない。

 英霊の座には()の英雄王の黄金鎧を20km先から一撃で粉砕させる矢や、巨大なジャンボジェット機を一撃のもとで粉々にするミサイルの如き矢を放つ英霊がいる。それらの大英雄の矢と比べればエミヤ(戦車砲)の矢など豆鉄砲に等しい。

 ゲオルギウスは次々と襲い掛かるエミヤの矢を悉く打ち落としながら距離を詰めていく。

 理性を飛ばされようと、思考することが許されない状態であろうと、戦士として生き、研鑽の痕が刻まれた肉体は自然と迎撃に回るようになっている。たかが無銘の弓兵如きの弓矢が通じるはずもない。それが全盛期に非ず、不完全な状態であるのなら尚更だ。

 

 「ッ………!!」

 

 200mは距離を離していたというのに、ゲオルギウスは転移をしたのかと疑うほどの速さでエミヤの背後を取った。やはり幾ら機能などが弱体化しても英霊は英霊。その人外じみた能力はエミヤ一人殺すには十分すぎる。歩兵に対して爆撃機を用意するようなものだ。

 

 「■■■■」

 

 ゲオルギウスはエミヤの頭を左手で掴み、そのまま地面に叩き付けた。

 サーヴァントの膂力は低ランクのDランクであっても人間の頭蓋骨を粉砕し、コンクリートを砕くほどの力がある。Eランクでも人間の常識を覆すほどの力があるだろう。

 そんな馬鹿げた膂力によって人間の頭が地面に叩きつけられたら、無論無事では済まない。

 コンクリートの地面は呆気なく陥没し、エミヤの頭からは鮮血が溢れ出した。

 

 「ぐ……ぁ………」

 

 強烈な衝撃が脳を揺さぶり、一瞬意識を飛ばしそうになったエミヤはなんとか耐える。

 この英霊を前にして気を失えばもう目覚めることはできない。仮に意識を失い、次目覚めることがあるのならそれはもう天国か地獄に逝った後だろう。

 尤も、ただ楽になりたいのであれば気を失っていた方が何倍も良いのだろうが。

 

 「あ、―――あぁあああああああああああ!?」

 

 ゲオルギウスは情け容赦なくエミヤの頭を鎧で纏われた足で踏みつけた。

 徐々に彼の頭蓋が圧迫され、亀裂が入る。

 耳からは血が溢れ出し、喉から出続ける絶叫は空気を奮わせる。

 それでもゲオルギウスの虚ろな瞳に変化はない。粛々と眼前の敵の抹殺を遂行することだけが彼に与えられた唯一の機能。

 彼が愛し護っていた人間は今では唯の蟲でしかなく、その悲鳴も―――今の聖人には届かない。

 

 「………■?」

 

 眼下の敵を処刑している最中で、ゲオルギウスの背中に小さな衝撃が走った。

 殺気、殺意に対してオートで迎撃を行う黒化英霊が背後を取られたのだ。

 

 「止めて……お願い。シロウを……シロウを殺されないで…………!!」

 

 騎士が背後に振り向けば金色の髪を持つ少女 フェイト・T・ハラオウンがゲオルギウスの腰を力強く抱いていた。

 彼女には殺意もなければ殺気もない。ただ考えもなくゲオルギウスの行為を止めようと突撃してきたが故に気取られることがなかった。

 しかし気づかれればゲオルギウスのやることに例外はない。

 相手が女子供だろうと今の彼はこの空間に侵入してきた者を排除するためだけの機械。感情を揺るがすことも見逃すこともしない―――できない。

 フェイトの存在を認知したゲオルギウスは力屠る祝福の剣(アスカロン)を持つ右手を振り上げる。

 エミヤはあらん限りの声で止めろと叫ぶが、そのようなことを聞く耳など彼は持っていない。持っているのであれば、そもそも彼らに危害を加えることなどなかったのだから。

 

 「――――」

 

 しかし、彼の力屠る祝福の剣(アスカロン)はフェイトを貫くことはなかった。

 

 「間一髪……とはこのことかな」

 

 何故ならエミヤの相方にしてフェイトの義兄、クロノ・ハラオウンがデュランダルでゲオルギウスの剣戟を受け止めたからだ。

 

 「妹は殺させないよ。勿論、僕の大切な相棒もだ………!!」

 

 クロノは全ての魔力を膂力に集め、渾身のストレートをゲオルギウスに放った。

 高町なのはとほぼ同程度の魔力貯蔵量を誇り、その莫大な魔力を右腕一本に凝縮した一撃。

 流石にこれはまともに食らえば唯では済まないと理解したのか、ゲオルギウスは左腕を前に出して防御を行う。

 

 「■ッ―――」

 

 如何に魔力の籠められた拳であろうとゲオルギウスの鎧を抜くことは出来ない。

 しかし、衝撃まで完全に相殺できるわけではない。

 ロードローラーすら吹き飛ばす一撃を食らったゲオルギウスは後方に退かされた。

 

 「■、■■■」

 

 再度ゲオルギウスは邪魔者の排除に突貫しようとしたところで、三人の守護騎士と三名の武装隊が立ち塞がった。更に狙撃手であるヴァイスもエミヤから授かっていた夫婦剣を携えてこの場に現れた。

 高町なのは、八神はやても上空から己のデバイスをゲオルギウスに向け待機している。

 

 「騎士として尋常に勝負……とはいかん。済まないが我らが武力、全てを持って貴様を滅す」

 

 紅き騎士シグナムは理解していた。

 目の前の騎士が、自分達を悉く凌駕する存在であると。

 たとえ束にかかったところで勝算があるかどうか。あのエミヤでさえ一方的に嬲られるほどの傑物。長き人生において彼ほどの力を持った騎士はいなかった。

 

 「………ふ」

 

 カタカタとレヴァンティンを持つ手が震えてやまない。

 この震えは恐怖によるものか? 怖気づいているからか?

 

 「は、はははは―――」

 

 ―――否、断じて否だ。これは圧倒的強者と戦えることに対する武者震い。それ以外の何がある。それ以外に有り得るものか。

 シグナムの高笑いに戦闘狂のアースラ隊もつられて笑い声を上げる。

 気持ちが高ぶる。生と死の瀬戸際に立たされているのにも関わらず、興奮が抑えられない。

 

 「それでは、行くぞ……!!」

 「「「「「おおおおおおッ!!」」」」」

 

 シグナム達は歓喜と狂気が孕んだ表情を持って竜殺しの聖人を迎え入れる。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 「よく一人で時間を稼いでくれた。おかげで負傷者を元の世界にまで運ぶことができたよ」

 

 頭から血を流し、耳からもとくとくと流血しているエミヤにクロノは感謝と申し訳ないという気持ちが入り混じった声でそう言った。

 先ほどまでエミヤが単騎でゲオルギウスと相対している間、他の人間は負傷者をこの異世界から退避させていたのだ。そのため今この場に残っている人間は戦闘が可能な者ばかりであり、陣形を立て直すこともできた。

 尤も、戦闘ができる人間は三分の一以下にまで殺がれたという厳しい状況ではあるが。

 エミヤはそれでも上出来だ、と言って懐から取り出した赤の聖骸布を傷ついた頭に巻きつける。

 

 「まだ戦い続けるつもりか。お前も十分重症なんだぞ」

 「………奴をこのままにしておけるものか」

 「休んでろ……と言っても聞いてくれないんだろうな、きっと」

 「―――ああ」

 

 エミヤは震える足に喝を入れ、立ち上がった。

 負傷こそすれ、五体満足で済んでいる。魔力も半分以上使いはしたがまだ残っている。休むにしてはまだまだ早すぎるというもの。

 

 「し、シロウ………」

 「大丈夫だ。まだオレは動ける……なに、心配するほどの傷じゃない」

 

 エミヤはそうフェイトに言い聞かせるが、まるで説得力がない。

 それもそのはず。

 誰が見ようとエミヤは血塗れであり、動けるにしても重症であることに変わりはないのだ。

 多少の治療魔法でどうにかなるレベルの怪我でもない。動けばそれだけで激痛が伴うはず。

 しかしエミヤシロウは自身を省みらない。歩みを止めようとしない。退こうとしない。

 

 彼の強さとは、強力な武具を作り出す能力でも、デバイス要らずな強靭な身体能力でも、人並み外れた観察眼でもない。己の我侭を通し、為し得るだけの意志の強さこそ彼が持つ重要な力なのだ。

 

 それはまるで鋼鉄の強度を誇る硬き意思でカタチ作られた一本の剣。

 刃が欠けながらも、あらゆる障害を切り裂き、前に突き進む唯一無二の業物。

 しかしその在り方はあまりにも愚直すぎる。子供のフェイトでさえも畏怖を覚えるほどだ。

 

 「なんとしても奴を討伐するぞ。これ以上被害が広がらないうちに………必ず」

 

 エミヤは足を引きずりながらも仲間と激戦を繰り広げているゲオルギウスの元に行こうとする。

 今の弱りきった彼ならばフェイトであっても拘束することができるだろう。エミヤを傷つけさせたくないのならここでバインドを使用し、変わりに自分が行くべきではないのか。

 

 “………馬鹿だな、私は”

 

 そんなことをしても意味はない。きっと後悔する悪手だ。

 自分が初めて惚れた男が前に向かって前進している。

 ならばフェイト・T・ハラオウンが為すべきことは妨害などではない。

 たとえ微弱であったとしても、彼の支えとなり共に前に進むことこそが今自分の為すべきこと。

 

 「―――フェイト?」

 

 フェイトはエミヤの前に立ち、手を差し伸べる。

 その行為にエミヤは呆けた顔をする。

 

 「そんな遅い足取りで向かってたら、日が暮れちゃうよ。私がシロウを―――連れていく」

 

 一人の少女が持つ精一杯の気持ちを言葉に乗せてエミヤに言った。

 

 「………」

 「悩んでやるな、エミヤ。女の子に恥をかかせるつもりか」

 

 差し伸べられた手に対して悩んでいるエミヤにクロノは苦笑してそう言った。

 

 「急がなければならない時だろう。今頼らなくていつ頼る」

 「―――そうだな。その、通りだ」

 

 クロノの催促もあって、エミヤは少女の差し出された手を握った。

 フェイトは嬉しそうにその手を強く握り締める。

 

 「すぐに、連れて行ってあげるから………!」

 「僕も何もしないわけにはいかないから手伝うよ」

 

 フェイトとクロノ。

 二人の魔導師の肩を借りてエミヤは再び戦場に帰還する。

 

 

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 敵はたかが一騎。されどその内に内包している武力はアースラ隊を遥かに上回っている。

 一騎当千の猛者とはまさにこの敵にこそ相応しい。

 また、シグナム達はこの敵が英霊なるものだということをエミヤから念話で聞いている。敵の持つ武器が常識を逸脱した宝具であるというのも重々承知済み。

 絶望はより増したが、心の高ぶりはそれを上回る勢いで駆け上がっている。

 一つの世界を築き上げた神話の英雄を相手に戦いを挑めようとは―――不運と思わず、幸運と思うべきだ。そう思わなければ勿体無い。勿体無いではないか。

 シグナムの闘志は当の昔に限界を突破している。しかし、決して冷静さを欠けているわけではない。常に視野を広く持ち、仲間との連携を心がけ、昂ぶる感情を制御している。

 長年背中を任せ続けてきたヴィータ、ザフィーラは勿論、管理局に入隊した頃から共に戦っているアースラ隊との連携にはまるで粗さがない。

 

 「はあァァァァァァッ!!」

 

 シグナムの目にも止まらぬ連撃を放つ。

 狙うは首、心臓、頭と即死の狙える急所のみ。

 すでに非殺傷設定を解除しているシグナムの攻撃をモロに直撃すれば普通の魔導師、騎士であれば間違いなく命を絶たれる。

 

 「………」

 

 しかしゲオルギウスはシグナムの剣戟に対して驚くことも、危機感を抱くことすらなく捌いた。まるで単純作業を行うように、ただただ向かってくる塵を払うように。

 その対応はシグナムの騎士としてのプライドを傷つけるものであったが、対処されることは分かりきっていた。元より実力差が大きく開いているため、容易に捌かれるのは当然と言える。

 シグナムの役目は足止めだ。時間稼ぎだ。それさえ真っ当できれば上等というもの。

 無論、堂々と実力で打ち倒したいのは山々だが今の己にはそれほどの実力は無いと理解している。

 

 「すまし顔しやがって、気にいらねぇ!」

 

 ヴィータはシグナムの剣戟を軽く捌いている化け物に対して小技は不要。大技こそ必要であると悟り、己の相棒たる小槌型デバイスから空薬莢を幾つも排出させる。

 魔力カートリッジによりドーピングされた小槌は大槌と言えるほどの大きさに変化し、背面に備わっているジェットブースターに火がついた。

 大技故に隙の多いヴィータの魔法は、仲間との連携によって初めてその真価を発揮する。技の発動まで数秒ほど隙の生まれても、こうして仲間が目標の足止めをしていてくれていれば安心して技を振るえるというもの。

 

 「■………!」

 

 ヴィータが大技を繰り出そうとしていることに気づいたゲオルギウスは力強く力屠る祝福の剣(アスカロン)を振るい、シグナムを弾き飛ばす。そしてそのまま回避行動に移ろうとしたその時、四方八方から鋼の鎖を体に巻きつけられ肢体の動きを封じられた。

 鋼の鎖を放ったのはザフィーラ、ヴァイス、なのは、はやてと三名の武装隊員である。

 これはメデゥーサが愛用していた短剣の柄に繋がれていた鎖。エミヤがバインドなどで動きを封じれない犯罪者が現れた際に使うよう、前々から皆に手渡していた武装の一つ。

 

 「よっしゃ! そのまま捕まえておけよ!!」

 

 五人の男達と二人の少女は言われずともそのつもりだと力強く鎖を握り締める。

 いくら化け物じみた怪力があろうとも、盾の守護獣と六名の魔導師の拘束を即座に破ることはできない。敗れるにしても数秒ほど時間が掛かる。

 数秒……それだけ時間があれば、ヴィータにとって申し分ない。

 

 「ぶっ潰れろ………ギガントシュラークッ!!!!」

 『Gigantschlag.』

 

 タンクローリーをも押し潰す質量まで至ったグラーフアイゼンは地球の重力+背面ジェットブースターの灯す炎の加速によって威力が跳ね上がった。

 暴走した闇の書の甲殻すら打ち破るほどの威力がある大槌の一撃は、一切合財の容赦なく堕ちた騎士に振り下ろされる。

 

 「―――」

 

 ゲオルギウスは肢体の自由を封じられたまま、その強大な鉄槌に文字通り押し潰された。

 地面は大きく陥没し、巨大なクレーターを形成する。

 例え魔獣であっても助かる余地はなく、人間であればスプラッタな仏様ができるだろう強烈無比な大技だ。

 

 「手ごたえ……あり!」

 

 この手に残る余韻は、まさに獲物を潰した際に感じるもの。

 確実にあの化け物をヴィータは潰したのだ。避けることなく、直撃させたのである。

 いくら強者と言えど流石に無事では済まないだろう。よくて半死、悪くて死亡だ。

 これまでの経験上、後者の方が確率的に高いのだが―――今回ばかりはヴィータの予想は悉く外れることになる。

 

 「………なッ!?」

 

 刹那の出来事だった。

 鋼鉄を遥かに上回る強度を誇るはずのグラーフアイゼンの鉄槌部分が、とてつもない轟音と共に破裂したのだ。

 ヴィータとて相棒を破壊されたことがないわけではない。武器である以上いくら頑丈とはいえ壊れることもある。しかしこれほど派手に、粉々に粉砕されたことなど一度もなかった。

 

 「嬢ちゃんッ、今すぐそこから離れろ!!」

 「………あ?」

 

 ヴァイスの声がヴィータの耳に届いた頃には既に、彼女の腹には一本の剣が突き刺さっていた。

 ヴィータは瞳孔を開きながら、己の背後に目を向ける。

 そこには―――多少の傷だけが残っているゲオルギウスの姿があった。

 

 「―――ごふ」

 

 内臓に穴を穿たれ、小さな騎士の口からは鮮血が零れ落ちる。

 

 「ヴィータァ―――!!」

 

 はやての叫びが木霊すると同時にシグナム、ザフィーラ、ヴァイス、武装隊三名が動いた。

 確かにヴィータのGigantschlagは直撃していた。直撃してなお、あの程度の負傷で済んだというのか。それはもう頑丈などというレベルを超えている。

 

 「とんだ化け物だ……死ぬなよ、お嬢ちゃん!!」

 

 ヴァイスはヴィータを助けるために特攻する。

 無論、ただ一人で突撃するなぞ自殺行為に他ならない。

 武装隊三名による強化魔法を肢体に施され、護衛としてシグナムとザフィーラが着いてきてくれているからこそ慣行できるのだ。

 

 「ディバイン……バスター………!!」

 「()よ、白銀(はくぎん)の風、天よりそそぐ矢羽となれッ!!」

 

 上空からなのはとはやての支援砲撃がゲオルギウスに放たれる。

 無論、放出系の魔法が効かないのは百も承知。

 ただ少しでも、少しでも敵の意識をヴァイスではなく此方に向かわせるための苦し紛れの援護射撃だ。

 

 「―――」

 

 それでもゲオルギウスはなのはとはやての砲撃を無視し、突貫してくるヴァイスを討ち取ることだけに集中し始めた。もはや彼女達を脅威として認識していない。

 

 「■…――………!」

 

 ゲオルギウスは魔法少女の砲撃を持ち前の対魔力で無力化し、霧散させる。そしてヴィータの胸を貫いておいた宝剣を抜き取り、その宝具をもってヴァイスの迎撃に当たる。

 しかしヴァイスは足を止めない。迫りくる剣を見ない。彼が視線を向けるべきは血だまりを作って倒れているヴィータのみ。やるべきこともヴィータの救助のみ。向けられた刃に意識を向けるな。防御、回避も考える必要はない。

 

 「ふっ………!」

 

 ヴァイスに向けられた刃はシグナムのレヴァイティンによって防がれる。

 そして彼女の目は奴のことは任せろとヴァイスに訴えている。

 

 「ああ、んなことは分かりきってらぁな!!」

 

 ヴァイスは倒れ伏しているヴィータを拾い上げ、振り返ることなくその場を離脱しようとする。

 

 「■■……■」

 「行かしはしないぞ、化け物が!」

 「これ以上、この守護獣の眼前で仲間を傷つけさせるものかッ!!」

 

 逃走するヴァイスとヴィータを逃がさまいと追おうとするゲオルギウスにシグナムとザフィーラは食らいついた。

 

 「――……――………!!!!」

 

 度重なる障害にゲオルギウスは声にならない咆哮を上げ、

 

 「攻転…せ…よ………力屠る祝福の(アスカ)……(ロン)…………!!」

 

 宝具の能力(神秘)を更にもう一段階開放した。

 

 先ほどまでゲオルギウスには力屠る祝福の剣(アスカロン)による強力な守護が働いていた。

 それは主人を傷つけるあらゆる害意から退けるという防御において無敵と言えるほどの概念。それを反転させ、殺傷力に注ぎ込んだ剛の剣が今この場に顕現する。

 多大な護りの加護が全て攻転させられたとなると、その脅威たるや先ほどの剣戟の比ではない。

 

 「ッ……シグナム、私の背後に回れ!」

 

 ザフィーラは振りかざされる一撃を自身の持ち得る最大の防御『対艦魔法障壁』を五重にして防ごうとするが―――

 

 「………!!」

 

 まるでチーズをスライスするが如くザフィーラ最強の盾が裂かれていく。

 その光景は悪夢としか言えず、あのザフィーラですら呆気に取られた。

 たとえ戦艦の主砲であろうとも無傷で耐え切れるであろう代物をこの騎士は当然のように切り裂いていく。これを悪夢と言わずして何と言うのか。

 

 「チィッ―――!」

 

 ザフィーラの背後に回っていたシグナムは彼の襟首を掴んで引っ張り、無理矢理後退させた。

 

 ――ヒュン――

 

 先ほどまでザフィーラの首があった位置を力屠る祝福の剣(アスカロン)が風を薙ぎながら通過していった。もしあのままザフィーラがあの場所に立っていたら、彼の首は間違いなく刎ねられていただろう。

 そうなれば如何に人工生命体であり高い治癒能力がある守護騎士と言えど死ぬことは避けられない。

 

 「■■………!!!」

 

 しかし、そのような行き当たりばったりな回避方法では二撃目までは逃げきれない。

 ゲオルギウスは攻転した力屠る祝福の剣(アスカロン)を再度 守護騎士二人に向けて振るう。

 美しい軌道も描かれない獣の如き出鱈目な一振り。狂気に染まった騎士の醜い斬撃。されどその剣速たるや音速を遥かに凌駕する。例え守護騎士であろうが魔導師であろうが等しくその命を奪う強靭な刃。

 流石にこれは回避する余裕がない。ザフィーラはシグナムだけでも生き残らせようと凶刃の前に出る。それは仲間を護り通すことを誇りとする守護獣の本望ゆえの自己犠牲。なれば如何なる結果が残ろうと悔いはない。

 ただ………残念に思うのは、これから仲間達と共に前を歩むことができなくなること。犯してきた罪を生きもがいて償うことができないこと。そして、アルフの成長を見届けられなくなることくらいか。

 

 “私もここまで……勝手ながら、お暇を頂きます―――主はやて”

 

 無念こそあれど己の選択に後悔はない。

 ザフィーラは甘んじてその剣戟を受ける決意を固めた。

 せめてこのような実力ある騎士に屠られるだけ救いだろうと心中で呟きながら。

 

 そして回避することのできない力屠る祝福の剣(アスカロン)の刃が守護獣を切り裂こうとしたその時――――四丁もの巨大な大剣がゲオルギウスを襲った。

 

 竜を串刺しにできる銀の大剣。

 巨人を切断できる黒漆の大剣。

 金剛石を粉砕できる金の大剣。

 怪物を滅殺できる白銅の大剣。

 

 どれもこれもがかつてこの世界にて名を轟かせた英雄の所有物。宝具と言える伝説の武具。人外極まった英雄達が愛用していた尊い獲物達―――その劣化コピー品である。

 されど侮ることなかれ。贋物であってもその性能は真作に限りなく近い。またその質量は装甲車にも匹敵する。

 

 「……――…………――――!!!!!」

 

 ゲオルギウスは力屠る祝福の剣(アスカロン)の護りの加護を攻転させてしまっている。

 故に、今の彼には絶大的な防御能力はない。

 無論 元々高い素の耐久力、補助系、防御系スキルも健在ではある。

 しかしその程度の恩恵でこの大剣宝具群を無傷で凌ぐことは不可能。

 それはゲオルギウス本人も理解している。

 それでも―――竜殺しの聖人は黙ってやられるつもりは毛頭なかった。

 たとえ思考ができなかろうと生き残る術は体に染み込んでいるため、今自分が何をすべきか、どう対処するべきか分かっているのだ。

 

 「■■■■■ッ!!!」

 

 まず銀の大剣を攻転させた力屠る祝福の剣(アスカロン)の刀身で受け止める。その質量に押され、後方に吹き飛ばされながらも力強く弾き飛ばすことで難を逃れる。

 二撃目の黒漆の大剣は宝具に頼らず上段回し蹴りで大剣の横っ腹に衝撃を与え軌道をずらす。

 三撃目の金の大剣は先ほどの大剣二丁ほど神秘の格が無かったため威力が跳ね上がっている自慢の愛剣による一撃で塵に帰した。

 

 ―――ギシッ

 

 そこで、ゲオルギウスの動きがほんの少し鈍くなった。

 彼の理想的な対処行動に、肉体の方が追いつけず若干のラグが生じてしまったのだ。

 もしゲオルギウスが本来あるべき召喚、正規の契約のもと現界していればこのような問題はなかっただろうに。

 

 「――――」

 

 たかが一秒程度のタイムラグ。されど一秒ものタイムラグ。

 僅かな時間すらも運命を分かつこの戦場のなかで、それは致命的な負傷を生み出すのに十分過ぎるものだった。

 そして―――最後に残った四撃目の白銅の大剣はゲオルギウスの胴体を呆気なく貫いた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………―――ァ」

 

 ザフィーラとシグナムをを助けるため、過剰な投影を行使し不意打ちを慣行したエミヤは口から大量の血を吐き膝をついた。

 未熟な魔術回路は身を弁えず酷使し過ぎたためオーバーヒートしている。その結果魔力の循環率は著しく低下し、血は口だけには留まらずその鋼色の瞳からも漏れている。もはや限界を超えているのは誰の目にも明らかだった。

 

 「まったく……相変わらずとんでもない無茶をするな………」

 「シロウ、しっかりして………シロウ!!」

 

 今にも倒れそうなエミヤをクロノとフェイトは彼の両肩を持って支えた。

 

 「ザフィーラは……無事か………」

 

 エミヤは朦朧とする意識のなかで自分などお構いなしに二人に問うた。

 それにクロノは呆れながらも無事だと安心させるように答える。

 

 「ああ……なら、いい」

 

 仲間が無事であることを確認できたエミヤはほっと一息ついた。

 ―――堪えたな……久しぶりに。

 エミヤはクロノとフェイトに支えられながら、ようやく肉体を休めることができた。

 

 なのは、はやて、ザフィーラやシグナム、遠くに退避したヴァイスにヴィータ、陰ながらサポートし続けていた武装隊三名もパンパンにまで張っていた緊張の糸を切ることができた。

 膝をつく者、腰を下ろす者、立ち尽くす者、息を整える者。

 殆どの人間がこの激戦で心身を深く削り通した。無傷である者など一人もいない。

 

 「流石は守護騎士だね。普通の人間なら助からない負傷だけど………ヴィータは助かるよ」

 「よ、よかったなぁ」

 

 深手を負ったヴィータはヴァイスによってクロノの元にまで運ばれ、エミヤと共に治癒魔法による応急処置を受けている。

 ずっとヴィータの心配をしていたはやてはクロノの言葉を聞いて安心し、胸を撫で下ろす。

 彼らの傷をある程度治療し終えたら、元の世界で負傷した隊員達の治療に専念しているシャマルにこの二人を受け渡せばいい。そうすれば後遺症も残すことなく助けることができるだろう。

 

 「まぁ死人が出なかっただけ幸運―――…………!?」

 

 クロノは独り言を最後まで口にすることはなかった。

 否、できなかったのだ。

 この体を覆う違和感を無視することができなかったが故に。

 

 まるで己自身の存在の位が一段上がったかのような高揚感。

 意味もなく心身から湧き出る超越感。

 そんなわけの分からない感覚に襲われた。

 

 「これは……いったい、何が」

 

 周りを見ると他の人間も同じような感覚を得ているのか、全員が困惑した様子で体から溢れ出る力にザワついていた。

 

 「―――まさか!?」

 

 クロノは勢いよくゲオルギウスが倒れていた場所に目を向けた。

 このような異常を起こせる者がいるのなら、奴しかいないのだから。

 

 「…………!!」

 

 嫌な予感が的中し、クロノは憎たらしげに歯軋りを鳴らした。

 肉体に大剣を打ち込まれ、倒れ伏していたはずのゲオルギウスが―――立ち上がっていたのだ。

 

 ―――ああ、なんて大マヌケなのだ自分達は。

 

 宝具である大剣が敵の人体を貫いた。

 であれば、決着はその瞬間決まったものとばかり思い込んでしまっていた。

 心臓から内臓まで完全に破壊され、肉体の五分の一ほどの肉が吹き飛んだのならば、人間であろうと何だろうと即死する。

 しかし敵は、ゲオルギウスは人間に非ず。

 あらゆる苦難、試練を不屈の精神で乗り越えてきた大英雄である。

 人の為しえる範疇を悉く打ち壊し、人の持つ常識を当然の如く覆し、人の予想をいとも容易く上回って然るべき。

 そんな相手を相手取ったのではないのか。そんな化け物と対峙したのではないのか。

 だというのに息の根を止めたかどうかも確認せずに、暢気に休みを取っていた。これを阿呆と言わずに何と言うのか。

 

 「奴は……奴はいったい、僕達に何をした………!?」

 

 クロノを含め、ほぼ全員が謎の高揚感、優越感をその身に受けている。

 しかしそれはあくまで強制的なものであって、決して自分達にとってプラスになるようなものではないと理解できている。

 何か拙い、限りなく致命的なモノに自分達は変えられたのだと本能が警告を鳴らしている。

 無論――クロノの問いに黒化英霊と化して意識を失っているゲオルギウスが答えるわけもない。

 

 ゲオルギウスは今にも消えそうな我が身を振り絞り力屠る祝福の剣(アスカロン)を握り締める。

 如何に『戦闘続行』『守護騎士』『殉教者の魂』『直感』と多くの防衛スキルを有していようと霊核を破壊されてはどうしようもない。ゲオルギウスであってもあと数分で消える運命だ。今はただ単に延命しているだけに過ぎない。

 ―――しかし、ほんの僅かでも延命できるのならその時間分の働きはする。

 英雄として体に刻まれた意地が、皮肉にも他者を傷つける道具として使われているのだ。

 

 

 ―――汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)―――

 

 

 ゲオルギウスがクロノ達に施したのは……強制竜化。

 赤い十字が描かれたサーコートを焦点に織り成される『対軍宝具』である。

 これによりこの場にいる人間は一時的に人の枠を超え、最強の幻想種になるよう強制的に存在を昇華されている。

 クロノ達が受けている優越感、高揚感は存在の段位が物理的に上がったことによる反動だ。

 今の彼らは正真正銘の竜種であるが故にその自分自身の存在の強さに知らず知らずのうちに酔ってしまっている。

 そしてこれは単なる土台作りでしかない。ただ使用するだけなら敵に塩をふるだけのもの。

 竜殺しの聖人の二つ名を持つゲオルギウスが使用して初めてその真価を発揮する。そして布石を敷くことに成功した彼は最後の宝具を開帳する。

 

 「竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)

 

 その真名を開放した瞬間、力屠る祝福の剣(アスカロン)の刀身から莫大な神秘が宿された光の球体が弾き出される。そしてゲオルギウスは役目を終えた愛剣力屠る祝福の剣(アスカロン)を大地に突き刺し、その弾かれた光を空いた右手で力強く掴み上げた。

 掴み上げられた光は激しく、心臓の如く脈動し、次第にカタチを変え、巨大な大槍と為す。

 これこそがゲオルギウスを『竜殺し』たらしめる至高の宝具。

 ゲオルギウスの聖人としての能力と、力屠る祝福の剣(アスカロン)の加護が複合され完成する彼だけの貴き幻想( ノウブル・ファンタズム)である。

 

 そして満を持して創られた竜殺しの槍はこの異世界に侵入してきた愚者達に―――

 

 「………―――……―――――…………―――ッッ!!!」

 

 ――――――手向けとして投擲されることになった。

 

 その光の槍はまさに竜を屠った必滅の一撃。

 歴史に刻まれた伝説の再現。

 神話にて悪竜を仕留めた聖者の御業。

 

 たかが人間如きが束になったところでどうすることもできない。

 出来ると思う方がおこがましいとさえ感じる尊き幻想。

 

 

 その脅威に―――――皆が死を覚悟した。

 

 

 障壁を張ったところで意味はない。己の技を放ったところで灰燼に帰されるのが関の山。

 いつもなら意味があろうと無かろうと、最後まで悪あがきをする彼らが本能的に諦めてしまう。そんなどうしようもない絶望が目の前にあった。

 

 しかし、それでも諦めていない(例外)がそこにいた。

 

 彼は言わば死にかけであった。魔術回路は動作不良を起こしているため暴走一歩手前、魔力の残りも半分を切っている………そんなぼろぼろな状態で、一人の『正義の味方』は迫り来る竜殺しの前に出た。

 過負荷による自滅で死ぬかもしれないというのに、挫けそうな己の肉体を鋼の意志で無理矢理動かした。

 

 

 ――――体は(つるぎ)で出来ている。

 

 

 彼は無茶を厭わない。限界を省みらない。死を恐れない。

 背後に護るべき人間の命があるのなら―――男は幾度でも儚き『幻想』をその身に宿す。

 




・今回エミヤが投影した四つの大剣は今 絶賛放送中であるアニメUBW(21話)でアーチャーが投影したものを参考にしています

・ゲオルギウスさん、Fate/Grand Order参加決定おめでとうございます。PVにちゃっかり登場した時は驚きました。と、同時にガッツポーズをしましたとも。こうなりゃ是が非でも使わせてもらいますよ!(満面の笑み)


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