『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第55話 『――英霊――』

 本局からは報告通り確かに転移魔道具の(ゲート)がアースラ隊に支給された。

 しかし、数は帰還用の子機を除外したらたったの一機のみだ。

 開発した者達からすれば一機だけでもこんなに短時間で造れたことは奇跡にも等しいと言う。

 事実、その通りなのだろうとエミヤは思う。

 一から全く異なる転移魔法を創り、その上で魔道具として誰もが扱えるよう工夫を凝らし形にする。それがどれだけ高度なことか理解できないほどエミヤも愚鈍ではない。

 また安全性を考慮しながら短期間でコレを完成させた本局の開発チームに賞賛こそすれ、文句など口にするわけがない。

 

 まぁ何にせよ渦の中心にある異世界に赴く手段を整えてくれたのだ。後は自分達が為すべきことを為すだけである。

 

 

 

 午後22時。太陽は完全に沈み、既に海鳴市を覆っていた光は薄暗い闇に変わっていた。

 エミヤとクロノはアースラ隊が保有する全戦力を海鳴高等学校に集結させている。

 既に人払いの結界を設けているためこの付近に一般人が紛れ込むことも無い。

 いくらなんでも大袈裟すぎないかと思っている人間はなのは、フェイト、はやての三名のみ。

 命の取り合い、または戦場を多く駆けてきた人間の殆どがこの対応は正しいと判断している。

 エミヤ自身もこの先何が待ち構えているかは想像できない。

 もしかしたら自分達が思うような『待ち構えている敵』など存在せずに、ただ警戒し過ぎていたというだけの簡単な任務かもしれない。ただ魔道具(マジックアイテム)を破壊か回収するだけで終わるのかもしれない。

 

 ―――だがソレはあり得ないと多くの者は確信していた。

 

 「いよいよか。これは鬼が出るか蛇が出るか………まるで分からないな」

 

 クロノは異世界へと繋がる巨大な門(ゲート)を見つめながら故事ことわざを口にした。

 こういう時に日本のことわざとを言うのも悪くない。固い緊張も少しは和らぐものだ。

 地球、特に日本の文化を起用したいと思う辺りやはり自分はリンディの子なのだろう。

 

 「クロノ君もすっかりこの世界に馴染んできたよね」

 

 なのははくすっと彼の隣で微笑む。

 その笑顔にクロノは見惚れそうになったが、軽く咳払いして動揺を覆い隠す。

 こんな対処ばかり日に日に上手くなる自分がとても情けないと思いながら。

 

 「ま、興味深い文化を多く持っているからな此処は。学んでいたら楽しくもなる」

 「へー」

 「なのはも誇ればいい。そうそうないものだよ、これほど文化に富んだ世界は」

 「え、そうなの?」

 「そうだ。次元世界を転々としたことのある僕からすれば、一、二を争うレベルだな」

 

 それを聞いたなのはは照れ臭そうに笑う。やはり故郷が褒められたら嬉しいものなのだろう。

 しかしこうにぱにぱと笑顔を向けられるのはキツイ。良い意味で目に毒である。

 

 〝………冷静になれ”

 

 クロノはなのはより五つも年上で彼女はまだ小学生。いくら精神的に並みの大人よりも強靭とはいえ子供は子供である。この何とも言えない感情をコントロールしなければ、誰かに感づかれでもしたら厄介極まりない。目をつけられてからかわれようものなら胃に穴が開く自信がある。

 特に――――――

 

 「ふっふっふ。例えなのはちゃんの目を誤魔化せても私の眼は誤魔化せんよ、クロノくん」

 

 いつの間にか背後に忍び寄っていた八神はやてにだけは知られては………いやもう手遅れか。

 クロノはがっくりと項垂れる。

 

 「もうヘタレやなぁクロノくんは。ここまで懐かれとるんやったらビシッといかな」

 

 背中でボソボソと阿呆極まりないことをのたまる子狸。

 これだから面倒なのだ。こういった性格の小学生とは何から何まで玩具にする。

 そう、つまり今のクロノははやてにとって最高の玩具に成り得る存在。

 自分で言うのもなんだがこの初心な心を弄ばれたら心労が大量に溜まる上に倒れかねない。

 取り合えずここは此方もすっ呆けて危機を回避するよう努力するべきだ。

 

 「煩い。君が何のことを言ってるが僕にはさっぱりだ」

 「またまたそうやってとぼけるんねー」

 

 彼女がニタニタと邪悪な笑顔をしていることが背中越しでも分かる。というか伝わってくる。

 何故同じ笑顔でもこうまで価値が違ってくるのか不思議だ。

 

 「あ、はやてちゃん。クロノくんの後ろでなにしてるの?」

 「あははは。ちょっと――――」

 「何でもない。何でもないさ、なのは」

 

 クロノははやてだけに圧力(プレッシャー)をかけ、念話で余計なことを言えば魔道に関する宿題をなのはの倍は出すと脅した。こういう時に教官と生徒、上司と部下の上下関係を使うべきなのだ。

 

 「?」

 

 なのははクロノとはやてのおかしな様子に対し、頭上に?マークを出して首を傾げた。

 ぶっちゃけ彼女も無関係ではないのだがそれを言えれば苦労はしない。

 クロノは乾いた笑いを零して誤魔化した。

 

 嗚呼、なぜこうまで苦労しなくてはいけないのだろうか。

 はやてに察せられている時点で疲労感がとてつもない。

 これから大事な任務に赴かなければならないのになんというざまだ。

 

 「クロノ………」

 

 同じ弱みを握られているフェイトはぽんと義兄の肩に手を置いた。

 その優しさが今のクロノには強烈に響く。

 

 「………いけないな」

 

 何を呑気な雰囲気に流されているんだ自分は。

 今はこんなことに時間を割いている暇はない。余裕もないはずだ。

 

 「なのは、フェイト、はやて」

 

 先ほどまでの情けない己を一喝し、執務官としての顔に戻る。

 無論、威圧感があるわけではないが彼が纏う雰囲気がガラリと変わった。

 その彼を前にして流石のはやてもからかうべきではないと察する。

 

 「もうすぐ(ゲート)の調整が終わる。それまでに、気を引き締め直しておいた方がいい」

 

 そう彼は言ってその場を離れた。まるで突き放すように。

 

 〝やれやれだ……”

 

 どうにも今回の任務は幼少組を連れていくべきではないとクロノは感じていた。

 感じてこそはいるが、もはやアースラの主戦力である彼女達を欠かすこともできない。

 もしもの事態があれば、嫌でも力を借りなければいけないほど彼女達は戦力的価値がある。

 今回の任務は嫌な予感がするから参加させない…なんて馬鹿なことは言えない。

 

 〝戦力的価値……ね”

 

 こんな少女達がそれほどの価値がある。見習いの身でありながら主戦力を張っている。

 それは頼もしいことではある。だが同時に不安も拭えない。

 命の危機が蔓延する任務に赴き続けていたらいつか取り返しのつかないことが起きる可能性も否めない。だからこそ自分やエミヤがいるのではあるが、それもどこまで通用するか。

 

 〝僕の心配し過ぎか……もう少し彼女達を信用するべきなのだろうか”

 

 いつまでも幼少組を心配するのは、逆に言えば彼女達の力を信用していないと言える。

 自問自答をして、そんなことはないと断言できない己が情けない。

 自分は前線を指揮する執務官なのだから任務において私情を挟むことは許されない。子供だろうが何だろうが任務に加わる以上は一個の戦力だと自分に言いつける。

 

 「クロノ。(ゲート)の調整が終わった。すぐにでも起動することができぞ」

 「―――分かった」

 

 エミヤからその報告を受けた時、クロノ・ハラオウンはバリアジャケットを展開した。エミヤも一瞬で対魔力、対物理効果を有する黒のロングコートと紅いマフラーを身に着ける。

 彼らだけではない。他の武装隊も皆、私服からバリアジャケットに換装している。守護騎士(ヴォルケンリッター)までも、騎士甲冑を身に纏っていた。

 

 「あの門の先からは嫌な気配しか感じないね」

 「同感だ。しかし、此方としても退くわけにはいかん」

 「分かりきっているさ、そんなことは」

 

 エミヤとクロノは二人揃って溜息を吐いた。

 本能があの先に行くな行くなと煩くて仕方がない。

 しかし赴かなければお話にもならない。

 

 「クロノ。デュランダルは持ってきているな」

 「当然」

 「もし敵が待ち構えていれば―――容赦はするな。凍結して粉々にする気概でやれ」

 「物騒だね。まぁ僕もそのつもりだけど。君こそ宝具の開帳を渋るなよ」

 「言われずとも…だ」

 

 部隊を再整列させ、二人は異世界へと繋がっている門の前に出る。

 軽口を叩けるのも今のうち。今のうちだからこそ存分に叩いておこう。

 なに、気は引き締めている。いつも通りだ。

 いつもエミヤとクロノはこうしたやり取りをして任務に赴く。

 背中を預けられる友だからこそ。信頼と信用に足る相棒だからこそ。

 

 「それでは、この先が地獄でないことを祈ろうか―――行くぞ!!」

 「「「「おう!!!」」」

 

 エミヤは先人を切ってゲートを潜る。それにクロノ、ヴォルケンリッター、幼少組、アースラ隊が後に続いた。その異世界へ赴く大門へと。

 結果、海鳴高等学校のグラウンドに残った者は誰一人としていない。

 先ほどまで30名以上の人間がいたというのに、残っているモノはゲートのみだ。

 

 彼らは全員足を踏み入れた。踏み入れてしまった。地獄を織り成す異世界へと。

 無論それを知り得る人間はいない。ただ、予め予知していた者が殆どだった。

 

 ―――行けば唯では済まぬ…と。

 

 それでも彼らは止まらなかった。何故だ。危険と分かりきっている場所に何故赴いた。

 本能が危機を感じ、感が囁き、直感が拒絶する異世界に何故身を危険に晒しながらも突き進む必要がある。

 

 そして多くの者がこう答えるだろう。

 

 ―――見過ごすことはできないからだ…と。

 

 時空管理局の職員である以前に、人として看過できぬから彼らは赴く。

 解決できるだけの力がありながら見て見ぬふりなどできはしない。

 そんなお人好しばかりが集う集団であるから、例え管理外世界のことであっても尽力する。

 そこに異変がある以上、解決するべきと思うのは彼らの信条であるのだから。

 

 彼らは正しく『良い人』達なのだろう。

 しかし、この世界は理不尽に、残酷に出来ている。

 ―――良い奴ほど早死にする―――

 それは彼らも例外ではないのかもしれない。

 

 

 

 ◆

 

 

 (ゲート)を潜り、辿りついた異世界はまるで―――鏡のなかの世界だった。

 建築物、空気、材質は第97管理外世界と全く同じ。息も吸えるし汚染もしていない。

 守護騎士、アースラ隊が今いる場所は海鳴高等学校のグラウンド。

 (ゲート)を潜る前の海鳴市と殆ど同じ風景に彼らはいる。だが幾つか異なることがあった。

 本来あるはずの空は結界のような膜により薄暗く閉ざされ、太陽も月も、雲すらない。一般人(・・・・・・)も存在していない。まさに普通の人間、生物が一切存在しない海鳴市。そして此処が決して元の世界である第97管理外世界ほど『安全』な場所ではないということが何よりの違いである。

 

 「「「「―――――」」」」

 

 皆が感じていた。

 押し潰されるかのような圧力(プレッシャー)を。

 皆が感じていた。

 敵意でもない。闘気でもない。ただただ純粋な殺意を。

 皆が感じていた。

 この世界に住まうナニかとは―――今までにないほどの怪物であることを。

 

 異常とも言える殺意の源は海鳴高等学校の中から発せられている。

 姿は見えないが確実にいるのだ。最大級の怪物が。

 撒き散らしている魔力量は人が持ち得る常識を覆し、殺意の純度はまさに規格外。

 

 「―――全員、非殺傷設定を今すぐ解除しろ」

 

 そう皆に指示したのは部隊の副隊長であるエミヤシロウ三等陸尉。

 本来ならば本局に許可を得なければならない非殺傷設定の解除を此処にいる全員に命じた。

 全ての責任はオレが請け負う……とその背中は語る。

 無論、その判断は違反ではあったが正しい選択だった。こんな圧力と殺意を放つ相手に非殺傷設定をしたままでは勝ち目は更に薄くなる。

 皆が納得した。この場、この時限りは殺傷設定で任務を行うことを。

 

 〝―――馬鹿な”

 

 今、エミヤの心中は恐れよりも驚愕という感情が掻き回している。

 彼はこれほどの重圧を幾度も浴びたことがある。故に恐怖自体は感じない。

 しかし、この圧倒的な存在感を撒き散らすモノは本来この世界に在り得てはならないものだ。

 

 〝何故だ。何故、アレがここにいる………!?”

 

 彼には覚えがある。この有無を言わさぬ存在感を。この高純度な殺意を放つ存在を、エミヤシロウはこの場にいる誰よりも知っている。知っていなければならない。

 何故なら彼も元はそういう〝存在”だったからだ。

 エミヤは並みより劣っていたとはいえ、人間より高次の霊格を持ち、人智を凌駕する力を得ていた……そして多くの■■と刃を交え、打倒してきた過去を持つ。

 そして今、あの海鳴高等学校に潜んでいる存在は過去に打倒してきたどの■■と比べても引けを取らない霊格を持つだろう。正直に言えば、あのアイルランドの■■■とも比肩できる。

 

 「―――ッ来るぞ!!」

 

 エミヤが叫ぶ。

 校舎から漏れ出ていた高純度な殺意が更なる高まりをみせた瞬間にアレは動いたのだ。

 海鳴高等学校は激しく音を立てて崩れ去るや否や、一つの影が目にも止まらぬ速度で躍り出た。

 その一回の踏み込みでアレは音速に達し、移動速度は容易に超速となる。もはや人間が目視できる速度ではない。何が飛び出てきたのかも分からない。

 

 ―――ザシュッ。

 

 人が斬れる音がした。肉を絶つ音がした。耳を塞ぎたくなる、嫌な音だった。

 それはアースラ隊が任務中で何度も聞いたことのある音だ。幼少組は聞き慣れてない音だ。

 しかしてその音源は―――すぐ近くにあった。

 

 「………は?」

 

 武装隊員の一人が素っ頓狂な声を上げる。

 彼は魔導師ランクAオーバーの優秀な魔導師であり一等空士。

 地道な努力と実践を多く旅重ねてきた歴戦の戦士にしてアースラが誇る主戦力。

 エミヤとクロノ、ロッテ姉妹が手塩をかけて育てた精鋭。

 

 「まじ……か」

 

 そんな男が、何の抵抗も、反応すら出来ずに脇腹を抉られた。

 彼の肉体から鮮血が飛び出し、宙を赤く彩り、遂には力なく倒れ伏す。

 

 皆が愕然とした。

 何をしたかも分からない。ただ結果だけが其処にある。

 訳が分からない。分からないが―――思考停止をしている場合じゃないのは確かだった。

 

 「シャマルッ!!」

 

 エミヤは守護騎士(ヴォルケンリッター)の湖の騎士に向けて叫んだ。

 

 「はい!!」

 

 無論、彼女は今自分が何をすべきかすぐに理解できた。

 シャマルもまた数多の戦場を駆け抜けてきた騎士だ。非常時に呆けれるほど腑抜けてはいない。

 すぐに倒れ伏した男の元まで駆けて治癒魔法を施す。

 

 「傷が深い……なんて切り口。気を付けてください、敵は!!」

 

 シャマルが注意を促そうとしたその刹那、彼女の瞳の前には刃の先端が現れていた。

 それはまさに常人離れした刺突。

 武装隊やなのは、フェイトもシャマルの周りにいるはずなのにまるで気付けない速度でアレは再度攻撃を仕掛けてきた。それも治療を行っていて一切動けない彼女を狙って。

 しかし、その攻撃を予め読めていた男がいた。

 

 「貴様は、英雄の誇りを何処に捨ててきた!!」

 

 エミヤはシャマルに迫っていた刺突を真横から純白の短剣で弾き、その上でもう一振りの黒の短剣を狂乱者の懐に叩き込んだ。

 

 「―――チィッ!」

 

 まるで手応えがない。全力全霊で放った一撃が、堅牢な鎧の前で悉く無力化された。

 そしてようやく動き回っていたアレの姿形が露わになる。

 大男、と言えるだけの巨体。全身くまなく守護する古の鎧。まるで昔話に存在した、伝説の騎士そのものの姿。しかしソレは騎士というにはあまりにも黒く濁り過ぎていた。異形のスガタに堕ちていた。英雄という言葉はあまりにも似合わず、もはや怪物と言った方がしっくりくるほど禍々しい。

 

 「人間……なのか?」

 

 一人の武装隊が言葉を漏らした。

 自分達となんら変わらない肢体。人のカタチをした生き物。手には五本の指があり、東洋のロングソードを握り、エミヤシロウとせめぎ合っている。

 だがそれを人と容認するにはあまりにも『人間』という概念を超越していた。

 敵が身に纏っているのはベルカ騎士が纏う騎士甲冑よりもなお古めかしい鎧。されどその強度はバリアジャケットよりも、騎士甲冑さえも越えうる一品。何せあのエミヤの一撃をまともに受けて無傷でいられるのだ。常識で縛られる強度ではない。

 大地を踏み切る脚力はもはや人のモノに在らず。その爆発的な踏み込みから生み出される力は人智を悉く嘲笑う。

 

 「―……――…―」

 

 バイザーらしき物が顔の半分を覆っており、表情がまるで読み取れない。もはや背筋が凍るような殺意だけが彼の思考を占めている。まるで殺戮人形か何かだ。人としての在り様が全く異なる。

 しかもまるで喋らない。無言でとんでもない殺意をばら撒き、圧倒的な力を見境なしに扱いまくる。あれではもはや意思疎通も望み薄だろう。というかアレを話が通じる相手と認識できる方がどうかしている。

 

 〝やはり、英霊……!”

 

 じかに刃を交えたエミヤは確信を得た。このような規格外な存在は英霊以外にありえないと。

 だが、幸いなことにこの英霊には意志がない。故に卓越した技術を持っていただろう剣戟に冴えはなく、その人外じみた身体能力だけを頼りに力を振るっているだけにすぎない。しかもこれほどの霊格を持っている大英雄であれば、本来ならこの程度の力では済まされないはず。身体能力がサーヴァント時よりも大幅に弱体化したエミヤがここまで切り結べているのが何よりの証拠。ステータス面も幾らか落ち込んでいるのは決定的に明らか。

 

 〝恐らく冬木のサーヴァントシステムよりも不完全な降霊が為されている”

 

 例えるならば、大幅なステータスダウンと思考の排除が為されている狂戦士(バーサーカー)のクラスに無理矢理入れられた英霊と言ったところだろうか。例え元が大英雄であっても、それを活かしきれるほどの柩が用意されていないのだ。もし眼前の敵が元来の力を発揮できたのなら今頃自分などはただの肉塊へと成り果て、この場にいる者は等しく皆殺しにされていただろう。

 だが安心してはいられない。いくら劣化しても英霊は英霊である。これほど多くの枷を施されているにも関わらずこの圧倒的な強さ。以前として命に係わる厄介な敵に変わりはない。

 薄汚れてもなお威厳を感じさせる騎士の甲冑。曲がりなりにも宝具である夫婦剣と鍔迫り合いが可能な無銘の西洋剣。何より、彼が身に着けているサーコートに刻まれた赤十字。

 さぞ高名な英雄だったのだろう。それがここまで成り果てようとは憐れみさえ禁じ得ない。

 

 〝マスター不在でこれほどの英霊が存在し続けている。ならば、考えられる可能性は唯一つ。海鳴市の地脈そのものがこの英霊の魔力供給源になっているということ”

 

 今でもこの世界の魔力が全てこの英霊に集まっている。

 地脈の魔力の流れが全て霊核(しんぞう)に収集されている。

 

 〝―――この英霊自身が地脈に異変を起こしている原因とみて間違いない”

 

 もはやこの際、不可解な疑問は一先ず殴り棄てよう。

 今は全力で目の前の脅威を排除する。他のことは後々考えればいい。

 

 〝短期決戦に無理矢理にでも持ち込む”

 

 正直に言えば、自分一人でこの化け物を退治するにはキツイものがあった。しかし今は頼れる仲間が多くいる。彼らと連携を取り、排除に全力を傾ければ打倒し得れない敵ではない。何より英霊の象徴であり奥の手である『宝具』を扱われる前に始末しなければならないのだ。

 

 「シグナム、ヴィータ!!」

 

 エミヤは白兵戦に秀でた二人の騎士の名を叫ぶ。

 ただそれだけで指名された二人は己の為すことを理解できた。

 

 「承知した!」

 「ぶっ潰すッ!!」

 

 鍔迫り合いをしているエミヤと英霊の間にシグナムとヴィータが滑り込み、各々の武技を英霊に叩き込む。無論―――非殺傷設定は解除している。

 ベルカの騎士二人の全力全霊の一撃を喰らった英霊は流石に吹っ飛ばされ、近くの民家に衝突。しかしそれだけで攻撃が止むと思った大間違いである。

 エミヤが時間稼ぎをしていてくれたおかげでアースラ隊も態勢を立て直せた。既に幼少組を含む空戦能力を有する人材は空に上がり、砲撃の準備を行っている。ヴァイスもこの場から距離を取り、ヘルシングを構えていた。

 

 「―――撃てェ!!」

 

 クロノの指示により空に上がっていた魔導師と地上の狙撃手による砲撃の掃射が行われた。

 莫大な魔力砲は天からの豪雨の如く地上に降り注ぎ、遥か後方からは戦艦すら撃ち落とす強烈無比な一撃が見舞われる。

 結果、英霊がいた一帯は民家諸共綺麗に吹き飛ばされた。どの砲撃も非殺傷設定が解除された代物ゆえ、普通の人間なら骨も残らず蒸発していることだろう。

 幼少組はアレが人でないと割り切り、非殺傷設定を解除して砲撃に加わった。だがそれでも罪悪感が否めない。本当に彼は人ではなく、魔道具(マジックアイテム)を取り込んだ人外であったのだろうかと心の何処かで思っている。しかしそのような心のゆとりはすぐに消え失せた。

 

 「―――――」

 

 激しい土煙の中から姿を現した英霊はただただ無言でそこに立っていた。民家や地面は砲撃により全て吹き飛ばされたというのに、その騎士が立っている場所だけは全く被害を受けていなかった。何よりその騎士自体は鎧に少々傷がついただけの損傷で済んでいる。

 あり得ない。全魔導師によるディバインバスター級の砲撃集中砲火。それをモロに受けていてなお軽傷で済まされるなどあり得ていいはずがない。

 

 ―――絶望。

 

 そんな言葉が幼少組の頭を横切った。

 そして更なる絶望が彼女達を襲う。

 

 「……――……」

 

 敵は何もない虚空の空間を剣で切り裂くや否や、そこに次元の裂け目ができた。

 そしてその裂け目から頭を出したのは一頭の黒い馬である。

 だが一般的に見る馬とでは格があまりにも違いすぎる。

 ソレは魔力を帯び、殺意を帯び、何より莫大な神秘をその身に宿していた。

 魔導師達はその存在をただ強力な魔獣と言うのだろうが、エミヤが元いた世界に存在する魔術師達は――――最高位の幻想種と言うだろう。

 

 「―――え?」

 

 なのはは己の目を疑った。敵がその馬に跨った瞬間、それは姿を消したのだ。

 もはや速いなんていうもんじゃない。フェイト・T・ハラオウンの速度すら補足できるなのはが見失うとしたらそれは、アレは彼女の移動速度を優に上回っていることを意味する。

 

 「ごッ!?」

 「ガぁ―――!!」

 「ッづゥ!」

 

 一緒に空を飛んでいたはずの武装隊は次々と墜落していく。血祭に上げられていく。

 まるで目がついていけない。まるで捉えきれない。

 

 「なのは!!」

 

 フェイトが叫ぶ。

 呆けていたなのはの後ろには既に刃が迫っていたのだ。

 

 「…………ッ!」

 

 今から魔力障壁を張ったところで間に合わない。せめて致命傷だけでも回避できればと思ったのだが―――刃がなのはの元に届く前にクロノがなのはを突き飛ばした。

 

 「な―――!?」

 

 なのはは驚くと同時に急いで先ほどまで自分いた場所に目を向ける。

 

 「ああ、クソッ。これじゃあ……エミヤのこともとやかく言えないな」

 

 黒髪の少年(クロノ・ハラオウン)はそんなことを言ってその場に立っていた。

 彼の胸元からは大量の血が滴り落ちている。見るからに深い傷口が彼に刻まれていた。

 口からは血が溢れ出ており、内臓にも損傷があるように見える。

 それでも彼は不気味なほど冷静だった。恐ろしいほど、その傷を受け入れていた。

 

 「治癒魔法と凍結魔法を組み合わせれば……よし。なんとか応急処置にはなったか」

 「だ、大丈夫なのクロノくん!?」

 「このくらいはどうってことない。それよりも周囲の警戒を怠るな………!」

 

 またなのはの死角から接近してきた騎士の一撃をクロノはデュランダルで受け止めた。

 流石は最高峰のストレージデバイスというだけはある。あの斬撃をまともに受けて耐え切れるだけの頑丈さは備えていた。

 

 「刃が交わるこの瞬間を待っていた―――凍てつけ!!」

 

 デュランダルは決して人に対して使うべきデバイスではない。何せこのデバイスは非殺傷設定が効かない。強力過ぎるが故に手加減が一切できない代物であるからだ。

 元は闇の書に対する切り札。怪物を相手取るために作られたモノ。人に対して手加減ができないのは当然である。

 だが今回の敵は人でもなければ生物でもない。魔道具により存在する魔力の塊。正真正銘怪物である。故に手加減をする必要もなく、良心が痛むわけでもない。何より―――ここまで大切な部下を切り倒し、挙句に大切な生徒まで危害を加えようとした者に手心を加える筋合いは一つもない。

 

 「私も手伝うで!!」

 

 近くにいたはやてもまた石化の魔法を叩き込んだ。

 数多の魔法を知り得る魔道騎士が選んだ最高峰の封印術。

 その威力たるや、デュランダルの凍結と比肩し得るほどである。

 天を駆ける馬の脚から騎士の肉体までが瞬く間に凍り付く。その上で石化が付加された。

 如何に化け物であろうが何だろうが、この連撃を前にすれば――――。

 

 「「―――な!?」」

 

 バキンッ、と音を立てて氷結と石化が砕け散る。

 あの闇の書の『闇』でさえ解除に時間を要した技二つの重ね掛けをこうもあっさり砕かれた。

 

 「…………」

 

 まるで蚊ほどの痛みもないと言わんばかりに黒い騎士は二人に向けて西洋剣を振り下ろす。

 動きに衰えが全く見えない。

 砲撃の爆撃、氷結、石化を全て受けてなお、ダメージが蓄積していないとでもいうのか。

 

 「やらせない!!」

 

 フェイトはなのはとクロノに再度迫りくる刃をギリギリ間に入ってバルディッシュで受け止めることができた。

 

 「―――うっ!?」

 

 しかし今の彼女の力ではどう足掻いても力負けをする。力の差があり過ぎる。

 大人の容赦ない一撃を小学生が受け止めるようなものだ。耐えられるはずがない。

 

 「あぐッ!」

 

 力強い一撃の前にガードを容易に弾かれ、隙を露わにするフェイト。

 騎士が放つ二撃目の剣の軌道は確実にフェイトのか細い首に誘われている。

 このままでは一秒もしないうちに彼女の首が刎ねられる。

 

 「フェイトッ!!」

 

 すかさず使い魔のアルフによるチェーンバインドが騎士の右手を捕縛する。

 敵は女子供容赦なく殺そうとする化け物だ。全力で、殺す気でいかないと殺される。

 それは彼女も理解できていた。だからこそ殺す準備も整えてきた。

 

 〝嗚呼、確かにこの騎士からは嫌な気配しかしない。殺意しかないね”

 

 なるほどザフィーラが言っていたことは確かに当たっていた。的中していた。

 あの男があれほどまでに恐れていただけはある。コイツはとんだ怪物だ。

 だがおかげで覚悟を早くに決めることができた。

 この、全力全霊の拳をぶつける覚悟を。怪物を屠るという決意を。

 

 「その不気味な頭を吹っ飛ばしてやる!!」

 

 狙うは鎧も何もない頭部。流石に物理攻撃を生身で喰らえば頑丈と言えど唯では済むまい。

 非殺傷設定も何もない、純粋な威力だけが残るアルフの拳。

 魔法による放出型でもないので打ち消される心配はない。決まりさえすれば終わらせられる。

 尤も、決まりさえすれば……だが。

 

 「な……に………?」

 

 騎士はアルフの拳を剣も握っていない空いていた左手で受け止めた。まるで当然のように。

 まだ様子見のジャブなら理解できる。だが、アルフは全力全霊の一撃を見舞おうとした。

 それを、それをまるで意を介さず対処されるなんて―――。

 

 「あ―――」

 

 次の手も打てないままアルフの肉体は袈裟斬りを受ける。

 まるで躊躇いのない一撃。それは致命傷と言えるだけの損傷。

 赤子を捻るが如く、アルフは騎士により斬り捨てられた。

 獣の血は噴水のように傷口から飛び出し、騎士に返り血として降りかかる。

 嗚呼、それはなんて猟奇的な光景なのだろうかとアルフは自嘲する。

 

 「あ、アルフ――――ッ!!!」

 

 フェイトの声が聞こえる。だが、どうやら自分は此処までのようだ。

 騎士は袈裟斬りが入った後に更なる追撃を用意している。

 それは―――刺突。狙いは頭。念入りにアルフを潰そうというわけである。

 流石に使い魔が頑丈とはいえ、袈裟斬りを受けた上に刺突で頭を貫かれたら死ぬ。

 まぁ無念にも力及ばず殺されるわけだが、せめて己の主を助けられただけでも良しとするかとアルフは妥協した。

 

 「………―…――」

 

 しかし、あれだけ覚悟していた彼女に絶対的な死は訪れなかった。

 確実にアルフを捉えていただろう騎士の刺突は虚空を切り抜いただけ。

 何者かが騎士の刺突が彼女に届く前に攫っていったのだ。

 

 「う……ない…す…タイミ…ング……助かっ…たよ………ザフィー…ら…………」

 「無理に喋ろうとするなッ! すぐシャマルの元まで連れていく! それまで何としてでも持ち応えろ………!!」

 

 それを為し得たのは蒼い騎士甲冑を纏うザフィーラ。

 間一髪のところで、彼があの凶刃からアルフを遠ざけたのだ。

 彼の顔は今までにないほど動揺していた。アルフは何をそんなに心配そうにしているのかと不思議に思った。別に八神はやて(守護騎士の主)がやられたわけでもあるまいし…と、力なく苦笑する。

 自分は、彼にとって主と同じくらい特別な存在とでもいうのか……いや、それは流石に自惚れも甚だしいな。血が不足しているせいかどうにもまともに思考が纏まらないようだ。

 

 「ごめん……なぁ………」

 

 こうしてザフィーラの腕に抱えられている間にも傷口から大量の血が溢れ出ていて止まる気配がない。流石に血を流しすぎたなぁ、ザフィーラの体に自分の血がついて汚れちゃうなぁ、と申し訳ない思いを心中で吐露しながら瞼をゆっくりと閉じていく。

 

 「アルフ……死ぬな、死んでくれるなッ! お前が死ねば約束を果たせないだろうが! お前の願いを叶えると誓ったのだから、このようなところで果てるなど許されんぞ!!」

 「はは……アンタって…本当に、馬鹿真面目………」

 

 そう言って彼女は完全に瞼を閉じた。

 流石に冷静沈着で知られるザフィーラであっても焦燥感がその身を支配したが、生命力が途切れてないことからただ気絶しただけだと分かって安堵した。

 しかし多大な安堵が過ぎれば残るモノは純粋な怒りのみ。アルフをここまで追い込んだ、あの黒き騎士には最大級の殺意しか湧いてこない。

 

 「おのれ………口惜しい!!」

 

 本来ならば今すぐにでもあの怨敵を潰したいところだが、彼は守護騎士(ヴォルケンリッター)のなかで最も冷静な思考を持つ騎士である。自身一人の力ではアレには遠く及ばず、返り討ちに遭うのが関の山ということくらいは理解できる。そして自分の腕には重体のアルフが抱えられているのだ。今はシャマルの元に向かい、彼女の一命を取り留めることこそ最優先。

 

 何より、今奴に近づけば巻き込まれる(・・・・・・)

 敵を討つどころか味方の一撃で死ぬのは阿呆の死に方だ。

 

 「――――?」

 

 敵も気が付いたようだ。すでにあの場にはフェイトも、クロノも、なのはも、はやても姿を消していることに。

 

 魔法は掻き消され、あらゆる剣戟、格闘術を受けてなお膝すらつかない存在。

 空を駆け上がる無敵の幻想種を従え、一騎当千の戦闘力を魅せつける騎士。

 

 それでも彼は不死身ではない。最強でもない。

 心臓を貫かれれば消える。致命傷を与えても死ぬ。

 

 ならば―――殺せない敵ではない。

 

 「皆、射線上から退避したな」

 

 巨大な西洋弓を持つ兵士は海鳴高等学校のグラウンドに佇み、静かに狙いをつけていた。

 彼の持ち得る攻撃手段は魔法ではない。殆どが物理的なものに限られる。

 そしてそのどれもが『必殺』の域。

 時空管理局員としては認められないほどの殺傷能力を持つ魔具ばかりを所持している。

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 詠唱と共に男の掌には一つの武具が現れた。

 それはひどく抉れた形をした一振りの剣。人を斬るにしてはあまりにも不適切な剣。

 されどその武具に内包された莫大な魔力は何物にも勝る。まさに高純度の神秘の塊。

 

 「――――ッ!!」

 

 此処にきて初めて黒き騎士は外敵を難敵として捉え直した。

 どれだけ穢されても騎士としての本能、直感がアレは危険だと警告したのだろう。

 英霊は愛馬の手綱を強く握り締め、エミヤの元に特攻する。

 それでももう遅い。既に魔矢は装填を終えている。

 もし、あの騎士が正気であったのならこのようなミスは犯さなかっただろうに。

 

 「I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 更なる魔力を叩き込まれた螺旋剣は嬉々として脈動する。

 今にも弓から離れ、獲物を喰らおうと暴れ狂う。

 ―――貫く。

 ただその一つの概念のみ存在する回避不可、防御不可の改造宝具。

 本来の堅き稲妻(カラドボルク)としての概念を歪め、射出する武器として特化させたその真名は―――

 

 「―――偽・螺旋剣Ⅱ(カラドボルグ)!!」

 

 放たれるは空間をも切り裂くエミヤシロウの奥の手の一つ。最大瞬間火力を担う一撃。

 音速を軽く凌駕するその一筋の魔矢は騎士の心臓を射抜かんとばかりに突き進む。

 この一撃を受けた者は例え魔女であろうが騎士だろうが戦士であろうが等しく無に還る。

 まさに必殺足り得る宝具である。

 

 「…―……――……――――!!!!」

 

 されど敵もまた人間の領域を超越した存在。死して英霊にまで祭り上げられた大英雄。

 例え意識が剥ぎ取られ、力が大きく劣化してもその事実が歪められることはない。

 

 英霊は迫りくる死の魔矢に西洋剣を刃を全力を持って叩き込んだ。

 あの音速を超えた速度に到達した螺旋剣を迎撃するとは流石―――英雄。

 かつてあの宝具(カラドボルグ)を技量のみで叩き落としたギリシャの大英雄を彷彿させる。

 

 しかし、それでもその螺旋剣は止まらない。怯みもしない。

 

 高ランクの宝具と無銘の西洋剣がせめぎ合えるはずもなく、呆気なく英霊の剣戟は粉々に粉砕された。此処までくればさしもの大英雄と言えど死は免れない。

 まるで迫撃砲が着弾したかのような破壊音を鳴らしながら英霊の甲冑に魔矢が直撃する。

 

 「………仕留めた」

 

 これ以上にない、確かな手応えをエミヤは感じた。

 あらゆる攻撃を弾いていた鎧は粉々に粉砕され、英霊の霊核を抉り取ったのだから当然だ。

 誰しもが勝利したと思えた。あのエミヤシロウでさえ確かな手応えから仕留めたと確信した。

 

 ………しかし、その凡夫達の淡き確信を幻想へと堕落させてこそ大英雄。

 心臓を貫かれた英霊はその英霊足らしめる詠唱を口にする。

 

 「―――幻影戦馬(ベイヤード)―――」

 

 真名解放。

 エミヤシロウが何よりも恐れていたものをあの英霊は行使した。

 それも仕留めたと確信した後にだ。

 今この状況でその真名を口にするとなると、どのような能力であるのかは限られてくる。

 

 「まさか―――」

 

 英霊が真名解放を行った瞬間、吹き飛ばしたはずの英霊の霊核は瞬く間に元通りとなった。

 抉ったはずの心臓が復元され、肉体の致命傷を無かったことにされた。

 その代わり、ベイヤードと呼ばれた幻想種の心臓付近に穴が開き、消滅した。

 

 「致命傷を、幻想種が全て肩代わりしたというのか………!!」

 

 悪夢としか言えなかった。

 全力の魔力を注ぎ込んで放った魔矢を悉く対処されたのだ。

 このようなことは長い人生を思い返しても一度くらいしかない。

 

 「……――…――…」

 

 英霊は愛馬が消滅したことにより重力に従い落下。海鳴高等学校のグラウンドに着地した。

 空戦能力を削いだだけでも上出来を思うべきか。しかしそれでも彼はまだ隠し玉を持っていた。

 英霊はエミヤを見据えて更なる絶望を叩き込む。

 

 「…―…―力屠る祝福の剣(アスカロン)

 

 折れた西洋剣は既に彼の手にはない。その代わりとばかりに新たな剣を顕現させた。

 それは先ほどの無銘の剣とは格が違いすぎる魔力と神秘が内包されている。

 顕現した宝剣は華美な装飾に彩られ、さりとて武器としての機能は損なわれていない。

 ソレは無数に存在する聖剣、魔剣のなかでも最上位に君臨する伝説の竜殺しの聖剣。あらゆる害意、敵意を退ける無敵の剣。そしてその守護の力を反転させることで、あらゆる鎧を貫き通す最強の剣にもなる。

 

 魔女から授けられし魔法の幻想種 幻影戦馬(ベイヤード)

 竜殺しを為し得た最高峰の宝具 力屠る祝福の剣(アスカロン)

 サーコートに刻まれた赤十字。

 

 此処まで材料が揃えばあの英霊の正体は確定したようなものだ。

 

 古代ローマ時代末期に活躍したキリスト教の伝説の英雄。

 イングランドを筆頭に多くの国で語り継がれている英傑。

 不死身のジークフリートと並ぶ竜殺しの代表格たる英霊。

 

 ―――竜殺しの聖人 ゲオルギウス―――

 

 歴代最高峰と謳われた第五次聖杯戦争の英霊達と互角の霊格を持ち、月で行われた聖杯戦争に招かれた数多の英霊……そのなかの上位陣と比べても何ら遜色のない大英雄。

 

 エミヤ達を待ち受けていた怪物の正体は、想像を遥かに超えている規格外な存在だった。

 

 「……――…―」

 

 目元を隠していたバイザーは螺旋剣の余波で音を立てて崩れ去り、その素顔が明らかになる。

 穏やかな表情をする男だっただろう英雄の顔は何処までも無表情。まるで人形のように生気がない。瞳孔も常に開いており、感情が全く無いように見える……否、事実感情などというものは今の彼には無いのだろう。何せ彼にはただこの世界に侵入してきた外敵に向ける強い防衛機能的な殺意しか無く、それ以外の思考は削ぎ落とされているのだから。

 

 「それが聖人のする顔か………」

 

 エミヤは同情の籠った声でそう口した。口にせざるを得なかった。

 そのあまりにも徳の高い英霊とは思えぬ哀れな姿故に。

 本来の力も出せず、異形へとカタチを変え、感情すら削り取られた大英雄。

 それは何処までも痛々しかった。見るに堪えない不憫なものだった。

 この場にいる彼は一世を風靡した英雄でも、世に名を刻んだ聖人でもない。

 ――――ただの怪物だ。

 

 「――…―………――」

 

 ゲオルギウスは力屠る祝福の剣(アスカロン)の切っ先をエミヤに向ける。

 幻想種を失った彼が先ほどより脅威ではなくなった……ということはあり得ない。

 むしろ力屠る祝福の剣(アスカロン)という新たな武装を解禁した彼は更なる脅威を振り撒くだろう。

 

 「やれやれだ……これは、骨が折れる」

 

 エミヤは夫婦剣を投影し、構えを取る。

 敵の正体は竜殺しの聖人。並みの英雄ではないことも理解している。

 だがゲオルギウスを屠らなければ海鳴市の異変は和らぎもしなければ止まりもしない。

 ならば、エミヤシロウが取るべき行動は唯一つ。

 この堕ちた大英雄を――――打倒することのみ。

 




・プリヤの黒化英霊は本来のステータスが1~2ランクも劣化し、一部の宝具ですらランクが落ち、その上で戦術、技術などを披露するために必要不可欠な思考まで取り除かれるという酷い劣化仕様。さらに魔力供給こそMaxなんですが知名度補正諸々は皆無という鬼のような不利条件。これは如何に第五次サーヴァントでも魔法少女や爆殺天使バゼットさんにやられても仕方がない……。

・実は高名な聖人を黒化英霊にするのは如何なものか、と55話完成した後に少しだけ躊躇ってしまいました。なんというか不屈の逸話とスキル的に素で黒化を弾き飛ばしそうな人ですし。それに最初に登場する黒化英霊にしては滅茶苦茶強すぎて後々の英霊達のハードルがバカ高くなるという罠。というか宝具からスキルから多すぎるし強すぎませんかこの人。
 しかしゲオルギウスを出したいという我が儘な欲には敵いませんでした。もしFate/Grand Orderで登場したら絶対パーティーに入れるので許してください。

・ベイヤードの飛行能力はオリジナルです。そして対魔力はリリカルなのは式の魔法をも無効化できる設定にしました。

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