『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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 今回エミヤが主人公なのに………


第05話 『幸運:E』

 平行世界とは無限の可能性が連なる世界線だ。同一人物でも性格が違う。自分の住む世界には在るはずのものが別の世界では無い。世界の常識にも異なるものを持つものもある。例えば冬は暑い、夏には雪が降るということもありえるだろう。

 エミヤは生前に平行世界の運営をする宝石翁、第二魔法の到達に尽力する遠坂凛などと関係を持っていた。当然、平行世界のことについても少なからず知る機会があったのだ。なのに、エミヤにはなかなか割り切れないものがあった。

 

 「エミヤシロウ。久しぶりだな」

 「………あ、ああ。本当に久しぶり、だな。言峰」

 

 聖王教会の門前でエミヤを待っていた平行世界の言峰綺礼。この男だ。

 自分の知っている綺礼よりか幾分も若い青年の姿をしている。死んだ魚のような目は若くても変わってないが。

 

 “―――オレの運の悪さも伊達じゃないな”

 

 生前、死後、転生後。なぜこの男はいつも自分の周りに存在する。何か縁でもあるのか? あるのなら今すぐにでも断ち切りたい。だが、目の前の綺礼はあの綺礼ではないのでそう卑下にはできない。平行世界の人間であるし、なによりエミヤの知る言峰綺礼とは全くの別人なのだ。そう、割り切らなくてはならない。最初に出会ったときは無意識に宝具を投影しそうになったのは秘密だ。

 

 「頼まれていた魔術礼装を届けに来た。注文通り400もの礼装を用意している。受け取れ」

 

 魔術礼装が詰め込まれた書型の収納デバイスを綺礼に渡す。

 

 エミヤは魔術師が存在しないこの世界で唯一魔術礼装を製作することができる人間だ。概念という科学魔法では為しえない力を彼は所有している。

 聖王教会と時空管理局にエミヤは投影できる手軽な魔術礼装を支給している。魔力値の低い者や隊長格に装備されることにより被害を緩和させることが可能になるからだ。とは言っても一人が生成できる量はたかが知れているので数は極少数に限られている。

 

 綺礼はエミヤと似たような黒いコートを羽織っているがそれもエミヤが作成した魔術礼装の一つである。渡された収納デバイスの中身を確認する綺礼。暫くの間を置き軽く頷いた。どうやら確認し終えたらしい。収納デバイスを待機モードに戻した。

 

 「確かに受け取った」

 

 ならばもうここには長居は無用。そう思い、すぐに立ち去ろうとするが綺礼の手がエミヤの腕を掴む。

 

 「まあ待てエミヤ。そうすぐに帰ろうとするな。せっかく本人が届けに来たのだ。歓迎しよう」

 「………は?」

 「クラウディアも待っている。久方ぶりに会う友を見て奴も喜ぶだろう」

 

 綺礼はエミヤの腕を掴みずるずると引きずりながら自分の部屋へと連れて行く。エミヤは問題にならない程度に抵抗はしたがガッチリと固定された綺礼の手はエミヤの腕を放そうとしない。相変わらずなんという力だ。サーヴァントほどではないが子供がもつレベルの握力ではない。

 

 「いや、今回は遠慮しておこう。また次の機会に――――」

 「そう言うな。私もクラウディアと共に近い内に教会を出て店を開く予定なのだ。料理が得意な貴様には私達の料理の味見をしてもらう。あと感想も聞きたい」

 「それが本音か!………いやちょっとまて、店を開くとやらは初耳だぞ! リセイ神父はそれを許しているのか!?」

 「父上の承諾などとうに得ている」

 

 なんてこった。つまり綺礼が受け取り人として門前に居いたのも全てはエミヤに料理の味見をさせるため。この男が作る料理など、どこの平行世界に行っても唯一つしかない。そして綺礼の許嫁クラウディア・オルテンシアの味覚も異常だということをエミヤは知っている。彼らの作るモノを同じ日に食べるとなると舌が本当に死ぬ。冗談では済まされない……!!

 

 「は、離せ! オレの味覚がおかしくなる!!」

 「その台詞をクラウディアの前でも言えるか?」

 「―――――ッ!」

 「流石はエミヤシロウだ。女には甘い」

 

 HAHAHAHAHAと高笑いをしながらエミヤを綺礼の個室に放り込む。やはりこの男、歪んでなくとも性格の悪さは変わらない。

 エミヤはなんとかしてこの場を脱出しようと模索したが、その個室で待っていた一人の女性を目視した瞬間に逃げ道が完全に断たれたということを悟った。

 

 「エミヤさんお久しぶりです!お元気そうですね!!」

 「ク、クラウディアこそ元気そうでなによりだ……」

 

 太陽のような笑顔を振りまく銀髪の隻眼少女ことクラウディア・オルテンシア。綺礼一途の可愛らしい少女である。

 

 「………言峰と共に飲食店を開くのだと聞いたぞ」

 「ええ! ラーメン屋を営むことができるなんてワクワクします!」

 

 アレ………おかしいな。聴覚には自信があったのだが幻聴が聞こえたような気がする。

 

 「今なんと?」

 「ですから、ラーメン店ですって!」

 

 ラーメン店? 綺礼が? あの麻婆神父がラーメンだと!?

 

 エミヤは今までの常識が大きく覆された気分になる。確かにここは平行世界なのだから確かにあり得ないことではない―――と頭では理解しているのだが、それでもその事実を受け入れることに精神が拒絶反応を起こすのだ。

 違和感、そう、違和感しかない。あの言峰綺礼が麻婆豆腐ではなくラーメンを選ぶなど異物もいいとこだ。例えるならどこぞのカレー先輩がスパゲッティを喰うぐらいアリエナイ。

 

 「言峰、本当にラーメン店を開くのか」

 「ああ。店の名は泰山と命名する予定だ。看板商品は麻婆ラーメン」

 「………やっぱり麻婆があるんだな」

 

 深く安心してしまった。やはり綺礼は麻婆が必要不可欠。麻婆のない綺礼など想像できなかった。麻婆ラーメンと言う名からして具材のほとんどが麻婆だろう。食べたことはないが中々斬新で良い組み合わせだと個人的には思う。食べたくはないが。

 

 「それとなエミヤシロウ。泰山にはもう一つ看板商品があるのだ」

 

 綺礼は視線で合図を送り、それを受け取ったクラウディアは腰に両手を当ててドヤ顔で、

 

 「苺ケーキラーメン! すごく甘くて美味しいですよ♪」

 

 ―――――と恐ろしいことを言い放った。ある意味彼女が一番外道なのかもしれない。

 

 そうだ、この二人は対極の味覚を有しているのだ。綺礼は痛いほどの刺激の効いたスパイシーなものを好みクラウディアは脳まで溶けてしまいそうなほど甘いものを好む………両方とも極端すぎるだろう。というかクラウディアはアウト過ぎる。苺ケーキは決してラーメンに入れるようなものではない。

 いくら料理に対して発想が富み、あらゆる創作が許されるであろうと苺ケーキとラーメンの組み合わせなど、食への冒涜に他ならない。

 嗚呼、今恐らく自分の顔は酷く真っ青な色合いになっているに違いない。それを見た綺礼はニヤリと笑い、トドメとばかりに追い打ちを掛ける。

 

 「喜べクラウディア。エミヤシロウが私達の料理を試食してくれるそうだぞ」

 「言峰貴様…………!!」

 「まぁ、確かに料理がお上手なエミヤさんなら品物として売れるかどうか判断してくれますね!」

 

 クラウディアはフンスと気合を入れてキッチンに急ぎ足で向かっていった。止める者などいやしない。いたとしても言峰綺礼が止めるだろう。

 

 「エミヤともあろう者が人様の料理を喰わずして逃げることなどありえんよな」

 

 それだけを言い綺礼もキッチンに向かっていった。奴も自作ラーメンを作らんが為にだ。もはや野に放たれた魔犬よりも厄介極まりない。

 この時エミヤは取り残された部屋で“嗚呼、白野に皆。オレの命はここまでかもしれん”と呟いたそうな。

 

 そしてエミヤに許された懺悔の時間も僅かしかなく、すぐに死食の時間が訪れた。

 

 「――――これが、ラーメン?」

 

 エミヤの頬の一筋の汗が流れる。彼の目の前には赤い赤いラーメンと、豚骨ラーメンの中に無理矢理苺ケーキを混入されたラーメンらしい何かが置かれている。正直食べたくない。今すぐ逃げたい。苺ラーメンはもはや食べ物であるかどうかすら怪しい。食える云々の前に目の前の料理がもはや生物兵器にしか見えない。

 

 「どうしたのだエミヤ。はやく食べないと麺が伸びてしまうぞ?」

 

 憎き仇敵綺礼ははやく食べろと催促する。こいつ、楽しんでやがる………!!

 エミヤは激情のあまりソードバレルを展開しそうになったがなんとか怒りを抑え、テーブルに置かれた物体を改めて見る。

 

 

 「……まずは麻婆ラーメンから処理しよう」

 

 もはや後戻りはできない。てか逃げれない。もう、腹を括るしかないのだ。

 麻婆なら白野のサ―ヴァントとして使役されていた時に食したことがある。それに生前にも食べた記憶がある。故にあの“痛み”には慣れている。エミヤは心を無にして、舌の味覚をシャットアウト。胃を魔術強化を施し存在概念を底上げして頑丈にする。これで例え食したものが猛毒が混入したものであろうとも死ぬことはない。

 

 “一気に行くか”

 

 恐らくメインの麺はこのマグマの底に申し訳無い程度に沈んでいるに違いない。ならば一気飲みをして即時撃破を狙うことが出来る。

 

 

 「頂きます………!!」

 

 

 ――――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッッ!!!

 

 赤いラー油を胃の中に叩き込む。麻婆を口に入れた瞬間に次々と身体に異変が起きた。痛覚を切断しているというのに本能レベルで痛さらしきものが脳髄を蹂躙し、喉が焼け、胃が溶けるような感覚に見舞われる。終いには体中の穴と言う穴から汗が滝のように溢れ出る。これは一種の状態異常ではなかろうか。

 

 「………ゴフッ!」

 

 完食した後に自身の体に多くの危険信号が発生した。危うく固有結界が暴走するところだった。この麻婆ラーメンとやらは今まで経験した激辛料理の中でも頂点に立つ。耐性があるエミヤでも意識を繋ぐのがやっとだ。とても食べられたものじゃない。

 

 「して感想は?」

 「………色々言いたいが…まず常人が食べれるだけの………刺激に抑え…ろ………」

 「ふむ、分かった」

 

 本当に分かっているのかこの男。自分だったから良かったものの、もし常人がこれを食したら発狂ものだ。下手したら死人が出る。

 

 「………ッ」

 

 麻婆ラーメンの次は苺ケーキラーメン。名前からも見た目からも食欲を削ぐような料理だ。まだスープもなく、ただ麺の上に苺ケーキが乗っかっているのならまだしも何故豚骨スープの中に苺ケーキを加えた。光に反射して見えるのはまさか砂糖と水飴か? ケーキだけでは飽き足らず………なんという料理だ。いやもはや料理と言えるのかこれは? だが死んでもそのような暴言を彼女の前で言えない。間違いを正したいのだが、食さずコレを不味いと断じることもエミヤシロウには許されない。

 

 “そうだ。食べもせずにコレを不味いと決め込むのはあまりにも失礼だ。それに先ほどの麻婆のおかげで舌は完全に麻痺しているはず……!!”

 

 エミヤは覚悟を決め、箸を取り、麺を取り出す。キラキラと光る砂糖。テカテカと輝く水飴。濃厚な生クリームの付いた麺。嗅覚をカットしているのに甘い匂いが鼻をついているような気がする。意を決したエミヤは体は剣、体は剣と心の中で詠唱を唱えながらそれを――――

 

 「頂きます………!!!」

 

 ――――食した。そして、

 

 「――――――――」

 

 言葉を発することもできずに白目を剥いて昇天した。体が小刻みに痙攣し、口からは蟹のように泡を吹いている。それでも箸を握り続けている彼のガッツは凄まじい。

 

 「エミヤさん? どうしたのですか?」

 「なに、クラウディアよ心配するな。あまりの旨さに気絶したのだろう」

 

 クラウディアはきょとんと不思議な顔をしてエミヤを見つめ、綺礼は満足したという顔をして適当に答える。

 気絶してから全く目覚める様子のない死に体となったエミヤはアースラの元へと丁重に送られました。

 

 

 余談

 

 美少女&美青年が運営するラーメン店泰山はミッドチルダでかなりの人気を誇るようになる。特に看板娘のラ―ナの手料理(苺ケーキラーメン)を食したいがために多くの勇者が三途の川を渡りかけたという。麻婆ラーメンも激辛料理愛好家の人々に賞賛された。

 

 




 言峰夫妻ってどんな生活を送っていたのでしょうね。言峰妻は自分自身の歪みに苦悩する夫を支えていたのか、それとも気づいていなかったのか。
 まぁそんなことより言峰妻可愛すぎ。原画まで描いてあるのならアニメでも放送して欲しかったです。

 タイコロであの毒舌シスターが綺礼の娘だということが判明。外見は妻に似て、中身は綺礼ということですからさぞ妻の方は性格が良かったのでしょう。

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