リンカ―コアの傷が癒え、無事、聖祥大附属小学校に登校して全ての授業を終えれたフェイト・T・ハラオウンは一息つく。放課後になると道草せずに家に帰る生徒、グラウンドに集まって遊ぶ生徒、教室に残って友人達と喋る生徒と蜘蛛の子のようにバラバラになり、行動していた。自分はアリサ、なのは、すずかと一緒に集団下校だ。
「ふふ。ねぇ、すずかはちゃんとはやてのプレゼント用意した?」
「うん、持ってきてるよ。喜んでくれるかどうかは分からないけど」
「大丈夫よ。気持ちさえ籠っていれば、だいたいのものは喜んでくれるわ」
今病院に入院している少女、八神はやては自分達の友達で最近よくお見舞いに足を運んでいる。そして今日もお見舞いに行く予定だ。ちなみに今回のお見舞いは事前に連絡していない。各々プレゼントを用意して、サプライズを仕掛ける予定なのだ。
「さーて、それじゃあ行きますか!」
「「「おー!」」」
小さな集団を作ってはやてが入院している病院に向かう。
―――ただ、フェイトとなのはは知らなかった。八神はやては闇の書の主で、今日はヴォルケンリッターも全員はやての見舞いに来ているということを。
◆
同時刻、ヴォルケンリッターは時空管理局の目を盗んで病院に向かっていた。
最近 時空管理局局員と思わしき人影が多くなったのだ。
どうやらザフィーラが打ち倒した武装隊が復帰したようで、見覚えのある局員がちらほらと見える。約30名もの武装隊がうろちょろしているものだから、病院に行くのにも強力な認識阻害の魔法を纏わなければバレてしまいかねない危険なレベルだ
改めてシャマルの有能性に感謝しながら、守護騎士一行は無事病院まで辿り着くことが出来た。ザフィーラは病院を眺めて、目を少しばかり細める。
「シャマルよ。本当に今日は主の御友人達は訪れないのだろうな」
「大丈夫大丈夫。はやてちゃんのお見舞いに来る予定に、今日は入ってなかったわ」
「………ならば、いいのだが」
「ザフィーラ。少し心配し過ぎではないか?」
「そうか――――うむ、そうだな」
シグナムの言う通り、少しばかり心配し過ぎていたな。
ザフィーラは気を取り直して病院に足を運ばせた。
…………
………
……
…
「「「「「「……………」」」」」」
はやての病室に訪れて数分後、来ないはずのすずか一行が現れた。
おいこれはどういうことだとシグナム、ザフィーラは少々怒気の込められた目線をシャマルに向ける。シャマルも訳が分からないと言った感じで涙目になるしかなかった。
「――――――」
ヴィータは敵意全開でなのは達を睨んでいる。
殺気こそ抑え込んでいるが、いつ漏れ出すか分かったものではない。そうなれば無関係なすずかやアリサを怖がらせることになり、最悪はやてに感づかれてしまう。それだけは避けなければならない。
『抑えろヴィータ。とりあえず、主はやてに感づかれないよう自然に振舞え。シャマルはすぐにジャミングを撒くんだ。奴らの仲間に連絡を取らせるな』
『…………わかった』
『は、はい。分かりました!』
シグナムは迅速に指示を送り、なんとか混乱を防いだ。
なのは達も状況が飲み込めえていないなか、今騒ぎ立てるのだけは得策ではないと判断し、沈黙している辺りは敵であれど賞賛せざるを得ない。
そう、現状も理解せず此処で争えば互いの大切なものが傷つくだけなのだから。
―――すずかの話によれば、今日はサプライズとして此処に訪れたらしい。よく見れば彼女達の手にはプレゼントの包みがあることが見受けられる。
守護騎士として、八神はやての家族としてとても有り難いことなのだが如何せんタイミングが悪い。悪すぎる。何故よりにもよって今日なのか。
「主はやてへの見舞い、敵ではあるが感謝する。すずか、アリサ殿の無関係者がこの病院を出た後、屋上にてケリを付けよう。お互い後腐れなく……な」
ザフィーラは小声でフェイトに言葉をかける。それは決意の籠った言霊だった。
何百という敵を屠ってきた騎士の決意が重圧となり、なのなとフェイトを襲う。
「――――分かりました。決着を、屋上でつけましょう。逃げはしません」
フェイトは重圧に押しつぶされそうな体に喝を入れ、平然と装い、自分を見下す大男ザフィーラの双眼を見据える。なのはも同じく、退くことはない意志を目に宿してヴォルケンリッターを見ていた。
――――十分後――――
暫くの間、はやてとすずかとアリサは談笑をし、いつものように帰宅していった。それを確認したヴォルケンリッターとなのは達は、病院の屋上へと場所を変える。
だがそれにも限度というものがある。遅かれ早かれ必ずアースラの魔導師に気付かれるだろう。
故に、今ヴォルケンリッターが望むのは早期決着のみ。
「悲願があと僅かで叶う。ここで邪魔されるわけにはいかんのだ」
「貴方達がはやてちゃんのお友だちでも、目的の障害になるのなら容赦はしません」
デバイスを展開して、その矛先を向けるシグナムとシャマル。
眼前の少女達を主の友人ではなく、敵だと割り切り、武器に宿すは確かな殺気と敵意。
「待って! 本当に待ってください!! わたしたちの話を聞いて! 闇の書が完成してしまったら、はやてちゃんは――――」
高町なのはは必至の形相で何かを伝えようと声を張り上げる。
しかし、その言葉を最後まで言い終えることはできなかった。
「オラァァァァァ!!」
ヴィータは背後からなのはに奇襲をかける。
もはや
卑怯と思うのなら存分に罵るがいい。そんなことはヴィータも重々承知している。今は名誉よりも、誇りよりも―――結果だけが欲しいのだ。
「―――――ッ!」
ギリギリヴィータの奇襲に気付いたなのはは瞬時に障壁を張る。
だが所詮は生身での障壁展開。ザフィーラほど障壁生成に長けていなければヴィータの鉄槌は受けきれない。
「吹っ飛べやぁ!」
鉄槌の衝撃から少女の足は地から浮き、言葉通りに吹き飛ばされる。
ガシャンッ、と物音を立ててフェンスにぶつかり、膝をつくなのは。
フェンスのおかげで屋上から落ちるという最悪の事態は未然に防がれた。
「なのは――――!?」
友人の元に駆け寄ろうとしたフェイトは、容赦なく斬りかかってきたシグナムに気付きバルディッシュを展開させる。
「せめて我らと出会った記憶だけでも消さねば、帰すわけにはいかん」
私服から騎士甲冑に姿を変えたシグナムは愛剣に力を籠める。
ここでなのは達を逃せば終わりだ。そう理解しているが故に、いつもとは比べものにならないほどの迫力を有していた。
◆
「………悪魔め!」
ヴィータは怨敵である白い魔導師を睨み殺すかのような眼光で見て、そう言った。
あと少しで願いが成就されるというのに。あと少しで、全てが終わるというのに。
今までの苦難、苦闘を退けながらやっと手に入れられる幸福を、眼前の敵は潰そうとしている。あの白い少女が打ち壊そうとしている。その姿、その脅威を悪魔と例えないで何に例える。
「もう悪魔でいいよ。だったら悪魔らしいやり方で、話を聞いてもらうから」
敵は沈んだ表情から、覚悟を決めた面構えになった。
すでにバリアジャケットに換装している彼女は、レイジングハートを強く握り締め、構えを取っている。
「あたしらは………アンタらなんかに負けてらんないんだよ!」
「わたし達も負けられない。取り返しのつかないことになるまえに、あなた達を止める」
「ハッ――――吠えたな悪魔がァ!!」
爆音を響かせ、白と赤の魔導師は三度目の戦闘を開始した。
もはやヴィータに加減などない。殺す勢いで白の魔導師に突貫する。
◆
「正気か………貴様」
シグナムは眼前の少女の行いに驚愕の声を上げる。
フェイト・T・ハラオウンの展開したバリアジャケットの装甲が、以前戦った時よりもさらに薄くなっているのだ。
それは装甲だけに留まらず、マントも、籠手も、あらゆる防具が全て撤去されている。
あれではいくら非殺傷設定があっても死ぬ可能性が出てしまう。それは幼い彼女とて理解しているはずだ。
「成程。生半可な防御は捨て、身軽になったか。確かにそれならばスピードを上げることは出来よう。しかし、一歩間違えれば命は無いぞ?」
冷淡に、ザフィーラは宣告する。
「こうでもしなければ歴戦の騎士に、強いあなた達には勝てない。ここで勝とうと思うのなら、手段は選べない。それに、防御が薄くても攻撃が当たらなければいいだけの話です」
「…………ほう」
子供とは思えない覚悟の表れだ。ついザフィーラは関心してしまった。
あの執務官や三等陸尉もそうだったが、本当にこの時代の子供達は皆、思いきりが良い。かつての古代ベルカ時代の若き騎士達を思い出す。
「こんな出会いをしていなければ、お前と私はいったいどれほどの友になれていただろうか」
シグナムはギリッと奥歯を軋ませる。このような結果を齎せた運命とは酷く憎いものだ。
出会いがもっと良いものだったのなら、互いの背中を任せ合える友となれただろうに。
「まだ間に合います!」
「………悪いなテスタロッサ。我らは止まれんよ。止まるわけにはいかんのだ!!」
どのような犠牲を払っても救いたい一がある。例え主の命令に反しても為さなければならないことがある。ならば何故止まることができようか―――そう、今更止まることなぞできはしない。
「
「分かっています。それに、例え二対一でも負ける気はありません。私の胸に今あるのは、確固とした勝つ気のみです」
「よく言いきった。ならば――――」
「「――――終わりにしよう――――」」
刃を交える。まさに、その直後、上空から2人の男の声が聞こえた。
悪寒がそこにいた全員の背筋を襲う。
歴戦の騎士達の本能は激しい警報を鳴らした。
「「「「「「!?」」」」」」
一瞬だ。一瞬で、屋上にいた全員が、バインドによって身動きが封じられた。
回避する間もなく、抵抗することもできずに、ヴォルケンリッターも、時空管理局の少女達も、見境なしに捕縛された。
並外れたバインドの精密性。これだけの大人数を一網打尽にできる制圧力。こんなことができるのは、フェイトの知り得る限りクロノ・ハラオウンと――――仮面の男だけだ。
「おのれ。よもやこのタイミングで現れるとは……」
ザフィーラは上空の敵を睨みつける。
彼らを捕えたのは、仮面の男達だ………遂に化けの皮を剥がしたか。
最後の最後、闇の書の完成間際に本性を現した。
「流石に全員を一気に捕えるのは些か疲れるな。はやく作業を終わらせよう」
「ああ。分かっている」
淡々と話す二人の男。そして彼らは取り出した。一冊の魔道書を。
「な、それは――――!」
シャマルの悲鳴めいた声が辺りを響かせる。
仮面の男が取り出したのは闇の書だ。
先ほどまで湖の騎士シャマルが所持し、確かに管理していたというのにいったいどうやって掠め取ったのか。
「最後の糧は不要となった守護騎士自らが指し出す。これまでの幾度か、そうだったはずだ」
闇の書をまるで自分のものかのように、何不自由なく操作する仮面の男。
まさかヴォルケンリッターよりも闇の書の扱いを心得ているのか。
「あ、ぁああぁぁああああああ!」
「ぬ……あ、ぁあぁぁぁ!」
足元から粒子となって消え去っていく湖の騎士シャマル。そして、剣の騎士シグナム。
体が徐々に消えていく痛みに顔を苦痛に歪ませ、最後まで抵抗のできないまま、その姿を完全に消失させた。
あまりにも呆気ない。あれほどの強者達が、あれだけの猛者が、反撃の余地も与えられずにこの世から消え去った。
なのはとフェイトは、先ほどまで話していた人が消えゆく瞬間を見て、ただただ言葉を失い、息を飲んだ。
「シャマル!? シグナム!? クソ、何者なんだよお前らァッ!!」
「プログラム風情が知る必要はない」
「ッう、あああああああああああ!?」
いくら騒いだところでヴィータは悶え苦しむことしかできない。
彼女もすぐにリンカ―コアを抜かれて、意識を切断された。
しかし、ヴィータは何故か原型を留めている。意識こそ失っているが、シグナム達のように消滅させられていない。それはザフィーラも同じだった。
「………何を、する気だ」
何故シグナムやシャマルのように消滅させない。
恐らく自分達だけ殺さないのは理由があるはずだ。
ザフィーラは意識をギリギリ保たせながら、奴らに問う。
「知れたこと。貴様らには、八神はやてを覚醒させるための装置になってもらう」
「貴様ら……主はやてに手を出してみろ! 俺は必ずその首を噛み砕く!! 臓物を引きずり出す!! この世に肉片も残らないと思え!!!」
「威勢の良い番犬だな。個人的には悪くはないが、少々五月蠅すぎる」
装置に口は必要ない。そう言ってザフィーラの意識も刈り取った。
さらには残る2人の魔法少女に対して強力な捕縛結界を展開し、完全に封じ込め、無力化する。三角形型の小さな結界は対防音機能付きでどれだけ騒ごうと外には声は漏れない。
「君達は邪魔さえしなければ危害は加えない」
その結界を屋上から暫し遠ざける。これから行う儀式の邪魔にならぬように。
もはやこの屋上に残ったのは倒れ伏した二人の騎士と、仮面の男達だけ。
「舞台は整った。さぁ、仕上げといこうか」
仮面の男2人は、高町なのはとフェイト・テスタロッサの姿に化ける。より儀式を円滑に進めるために。さらには転移魔法を発動して、何も知らない八神はやてをこの屋上に強制召喚する。
「ようこそ闇の主。歓迎しよう」
「え………ここは、何処?」
「おやおやいきなり召喚されたものだから呆けているね」
「なのはちゃん……フェイトちゃん…………なんなんこれ…………!?」
ヴィータとザフィーラが倒れ伏している姿。そして周りにはシグナムとシャマルが着ていたはずの服が散乱している。
パニックに陥っている八神はやてを助けれる者は、一人もいない。ただ、その残酷な現状をその幼い眼に収めることだけが、彼女に許されていた。
「皆は病気なんだよ。闇の書の呪っていう病気………」
なのはに化けた仮面の男は歌うように言う。
「もうね、治らないんだ。貴方も、この子達も」
フェイトに化けた仮面の男は言葉を噤む。
「……え………ぇ?」
はやては混乱するばかりだ。
ただ不吉なワードだけはしっかりとその耳に届いている。
「剣の騎士シグナムも、鉄槌の騎士ヴィータも、湖の騎士シャマルも、盾の守護獣ザフィーラも、皆壊れた。人に例えるのなら死んだというべきか」
残酷な言葉が剣と為り、次々と幼い少女に突き刺さっていく。
「シグナムとシグナムは粒子となって消えてしまった。そして未だヒトのカタチを保てているこの二騎も、これから消えるんだ――――いや、消すと言った方が正しいかな」
「な―――――」
瞳孔は開き、絶望で顔を満たす八神はやて。
彼らはこの瞬間を待っていたと言葉を零し、最後の仕上げに取り掛かる。
「なんで、なんでこんなこと…………」
「壊れた機械を処分するのは当然の行いだよ。
さぁ、よぉく見ておくんだ。今生の別れを見届けてこその真の主だろう?」
「やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
粒子となって消えていく二人の騎士の姿を目にして、八神はやては絶叫する。
――――………そして、静寂が辺りを包む。
ヴィータとザフィーラは消滅した。肉片も残らず、跡形もなく。
「―――――――――――――――――」
それに呼応して、彼女の地面には白色をした古代ベルカ式の魔方陣が展開された。
さらには魔道書『闇の書』も主の前へと帰還する。
「あ………あ、あああ―――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
少女のものとは思えない慟哭が空気を揺るがす。
純白の古代ベルカ式の魔方陣は一瞬にしてドスグロイ紫色へと変色した。
莫大な魔力の本流が彼女を包み込み、今まで何千何億となる憎悪を一身に浴びる。
「ようやく覚醒したか…………」
「いかん、魔力の奔流が激しすぎる。いったん距離を取るぞ」
「ああ」
確かな手応えを感じた二人の男は、一時距離を取る。
あのままあの場所にい続けていては魔力の本流に巻き込まれかねない。
「はやてちゃん!」
「はやて………!」
三角形型の捕縛結界に囚われていた少女達は力技でそれを破壊した。
しかし、遅い。遅すぎる。もう儀式は終わった。闇の書は完全に覚醒したのだ。
「また、終わってしまったのか。いったい幾度、これほどの悲しみを繰り返すのか」
黒い魔力の本流から現れたのは八神はやてではなかった。
長い銀髪、黒のバリアジャケット、四枚の黒羽、成熟した肢体。
紅い眼から涙を流し、現界した彼女の名は―――――、
「我は闇の書。我が力の全てを持って、主の願いを叶えよう」
A'sの物語補正のおかげで活躍の場が無かった
主人公格なのに最近影が薄い三等陸尉と執務官。
――――彼らには、そろそろ活躍してもらいましょう。