『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第三章 【A's】
第22話 『探索指定遺失物』


 時空管理局本部ロストロギア対策課は、ここ数年安定してロストロギアの早期発見、探索を行ってきた部隊である。特に数あるロストロギアの暴走をいち早く察知することにも長けており、次元世界の技術の粋を結集して作り上げた観測機の性能には全信頼を傾けていると言っていい。

 そしてそんな彼らにとってロストロギアの感知はそこまで驚くことではない。日常茶飯事だからだ。程度の違いはあれど、毎日のようにロストロギアの反応を探知しているのだから。

 感覚麻痺に陥っていると、外部の人間が囁くこともしばしば。

 しかし、そんな彼らも、今回感知された反応には大いに焦燥の念を発露させた。

 

 「探索指定遺失物が稼働しているだと!? ちゃんと再確認したんだろうな!!」

 

 探索指定遺失物。

 ロストロギアの中でも確認されているモノ、詳細や情報を得ているにも関わらず時空管理局の管理から逃げおおせている一級危険物。その危険度は言わずもがな。索敵指定遺失物と認定されたロストロギアの厄介さは、どれも基本的にドがつくほどに高い。

 これを探知したとなると、如何に歴戦の観測部隊と言えど不安と焦りを隠し通すことはできない。

 

 「何度もした! しかも被害者が出てるっていう最悪の証拠付きだ馬鹿野郎!!」

 

 シーベル定置観測隊の隊員達は人員をフル活用して情報収集を行っていた。

 ロストロギアが発動した際に発せられる特殊な電磁波をキャッチしてデータに纏め、それを他の部隊に精密かつ正確に伝えることが彼らの仕事の一つ。

 

 「ああ、こいつァ拙いぜ。管理局どころか一般市民にも有名な極悪無比な奴が動いてやがる! 第一級捜索遺失物『闇の書』だ!! また御出でなすったぜ!!」

 

 第一級捜索遺失物。ただでさえ危険な代物のなかで、最も被害が多く、知名度も高い、言うなれば天災のような代物。これが出現したとなると、誰も彼もが頭を抱えることを約束された最悪のロストロギアだ。

 

 「ドチクショウがッ! これで何度目だってんだ!! 今度は何処の世界を破壊するつもりだよ!!! どんだけ人の命を消せば気が済むんだ!!!!」

 

 十年に一度の単位で現れる死を呼ぶ魔書。いくら破壊しても転生を繰り返す化け物。『闇の書事件』の根幹。決して失われない太古の技術。天災の具現。

 あのロストロギアが出没するとき、多くの犠牲者が必ず生まれる。まさに死神だ。

 

 「剣、盾、鉄槌、湖の騎士が既に現界し蒐集活動を行っている! おいおい観測すんの遅すぎるぞ!」

 「無駄口を叩くな! すぐに本局運用部のレティ提督に武装局員強行探索装備Cを20…いや、40以上は揃えてくれと緊急要請!! 他の部隊の連中にも知らせろ!! 次元航行部隊、時空管理局地上本部全てだ!!!」

 「「「「了解!!!」」」」

 

 今年も覚悟しなければならない。

 もしこの件が対処されなければ、次元世界の幾つかが―――消し飛ぶことを。

 

 ◆

 

 

 第43無人世界。森林と砂漠しか存在しないといった酷くシンプルな世界だ。

 時空管理局に管理されるほどの危険もない、生命の営みが悉く乏しい無の世界。

 人もいなければ、生物も極わずか。とてもじゃないが、人が立ち入る場所ではない。

 そんな世界に、アースラの狙撃手はたった一人で訪れていた。

 

 「ったくこんな辺鄙なところに隠れやがって。人気のない場所に逃げ込むたぁ、何処の次元犯罪者も考えることは一緒なのか?」

 

 自称天才狙撃手、ヴァイス・グランセニックは愚痴を零しながら森林を歩く。

 ただいま彼は召喚杖と呼ばれるロストロギアを違法所持している魔導師を単独捜索中である。難易度で言うならCランク程度の任務だ。

 

 “なかなか見つかんねぇ。砲撃魔法を使えればさっさと此処一帯を薙ぎ払って炙り出せるんだけどなぁ。俺にもアホみたいな魔力があればなぁ”

 

 そんな阿呆なことを考えていると、先方から強大な魔力が感知できた………大規模な魔法を連続的に使用している。それも召喚系の術式。

 魔法の系統、この人のいない世界で滞在している人間、人の身ならざる魔力の使用。

 十中八九ヴァイスの「捕縛目標」だろう。

 

 しかし解せないことがあった。

 

 「………なんで魔法なんか行使してるんだ?」

 

 まだ自分と捕縛目標は一㎞ほど離れている。此方に気付いて警戒したというわけでも無い。むしろ自分に気付いたのであればさっさと逃げればいいはずだ。わざわざ使い魔を召喚して臨戦態勢を取る必要はない。というか自分に居場所をわざわざ知らせるような愚行だ。

 

 「妙だな」

 

 ヴァイスは適当な木に登り、その頂上からストームレイダーを構えて魔力の反応を示した先方を倍率スコープを通して見る。

 樹海を抜けた先に砂漠エリアがあり、そこから幾つもの火の手が上がっていた。

 

 “あれか………ん!?”

 

 自分の目に映ったのは血まみれになって倒れ伏している法衣の男と、それを見下す騎士甲冑を纏った女だ。

 その二人の周辺には魔物の残骸が散らばっており、血まみれの男が先ほど連続召喚した使い魔達の成れの果ての姿ということが確認できる。

 

 “法衣姿に杖状のデバイス。それにあの男の顔……間違いねェ。捕縛目標だ”

 

 血まみれの男は手には杖状のデバイスを握りしられている。恐らくアレがロストロギアの召喚杖。ならばあの男が自分の追っていた次元犯罪者で間違いない。だが、あの桜色の髪を一纏めに括っている女は全く知らない。分かっているのはスタイル抜群の女騎士であるということ。そして自分の好みを体現したような女性であることだ。

 

 “あの女は聖王教会の騎士か? だがこの件に聖王教会が介入するとは聞いてないぞ。それに、あんな美女なら俺のマル秘手帳に記されてないのはおかしすぎる”

 

 ヴァイスの理屈は無茶苦茶ではあるものの、無駄に説得力があった。

 

 “兎に角今は様子見だな……お、血まみれ男が立ち上がりやがった。何をする気だ…ってなんかスゲェ気持ちの悪いもん召喚しやがったな”

 

 男が召喚したのは巨大な百足。パッと見なかなかの高ランクの使い魔だ。ロストロギアのバックアップがあれば、あのくらいの無茶は可能なのだろう。

 しかしヴァイスは驚くこともなく、ただ実に残念そう、というか哀れな目で血まみれの男を見ている。

 

 「あーあーそれじゃあ駄目だわなぁ。そういうの、死亡フラグって言うんだぜ。無駄にデカくて強そうな見た目重視の怪物は、9割方負ける。優男だとか、可憐な女性の意外性を狙った高い戦闘力を魅せるための噛ませ犬になんだよ」

 

 案の定、その巨大な百足はいとも容易く女騎士の剣型デバイスに一刀両断された。

 焔を纏った刀身が剣筋を美しく描き、高速抜刀術とでも言うべき早業で百足を即死させたのだ。まるで「装甲? なにそれおいしいの?」と言わんばりにあっさりと。威力と切れ味が一般騎士共とは段違いである。

 倒しきったことを確認した女騎士は軽く剣を虚空に振って鞘に収める。「またつまらないものを斬ってしまった」とか言ってそうだ。

 

 「ほら言わんこっちゃない。だがおかげであの女騎士の手の内を知ることが出来た。あの剣型のデバイスは………古代ベルカ式のカートリッジシステムを搭載されているな」

 

 一時的に魔力を増幅させ、本来の効力を上回る効果を発揮させる技術。強力なシステムではあるが今の技術じゃあ安全面にかけることから普及されていない危険な力のはずだ。

 

 「古代ベルカ式の使い手は希少だ。実戦で扱える騎士なんざ、ゼストの旦那以来だ」

 

 現エースオブエース。魔導師ランクS+の武人ゼスト・グランガイツの鬼灯も古代ベルカ式のカートリッジシステムを採用しているが、あれも一線級の化け物だからこそ扱えるものだ。おいそれと扱えるものではない。

 

 「………おいおいおい」

 

 女騎士は相対していた血まみれの男の胸倉を掴み、持ち上げた。

 まさか、抵抗も出来ない相手にトドメを刺すつもりか? それは幾らなんでもやり過ぎだろう。あそこまで痛めつけたのなら十分すぎる。

 様子見を決め込むつもりだったが、此処までだ。男で犯罪者であっても流石に見捨てるわけにはいかない。

 この時ヴァイスはあの騎士を「敵」として割り切った。時空管理局員たるもの何度か警告して事情を聞くことが常道なのだが、生憎あの女騎士にそんな甘いことは言ってられそうにない。不意打ちの一発で気絶させてから後にゆっくり話を聞くことにしよう。

 

 「ちっ、野郎なんぞを助けるハメになるなんてなぁ。しかも銃口を向ける相手がここんとこ女の子ばかり…………本当についてないぜ」

 

 文句を言いながらも即決したのなら即行動に移す。それがヴァイスだ。

 彼は女騎士に銃口を向け、躊躇いなくその引き金を引いた。

 

 

 ◆

 

 

 ミッドチルダ北部に立ち並ぶビル群の路地裏には幾つもの人間の体が折り重なり、山を形成していた。全員息はあるが、意識は完全に飛んでいる。

 ソレを形成した二人組の男女は手慣れた手つきで倒れた者達の胸に手を突っ込んだ。

 光り輝く魔導師の動力源、リンカ―コアを敗者から引き抜いた先から魔道書にその動力源を納めていく。

 

 紅いドレスに身を包んでいる少女は鉄槌の騎士ヴィータ。

 額に小さな宝石が埋め込まれ、犬耳が印象的な成人男性は盾の守護獣ザフィーラ。

 両名とも闇の書に付属されている四体の防衛プログラムのうちの二体だ。

 

 「やっぱり此処なら大量に釣れると思ったぜ。だがまぁ湿気た魔力ばっかだな。全然糧になりゃしねぇ」

 「ヴィータ。打倒した者に唾をかけるようなことは言うな」

 「でもよぉ」

 「ヴィータ」

 「わーったよ。次からは気を付けるよ」

 

 ザフィーラに窘められたヴィータは怠そうに答える。ザフィーラはどこで教育を間違えたのだろうかと頭を傾げた。良い主に出会えてからヴィータに豊富な感情が芽生えてきたのは良い。しかし、時間が経つにつれ堕落、というか小生意気になっていくヴィータを見て不安にもなる。まぁ元気で活発なのはいいことだから別に咎めるほどのモノでもないと前向きに考えた。

 

 「………そろそろ撤退するぞ」

 「ッ! なんでだよザフィーラ! まだ三ページぐらいしか集めてねーのになんでそんなに早く撤退すんだよ!」

 「どんな時でも引き際は肝心だ。ヴィータも忘れたわけではあるまい。ここは時空管理局最大の拠点ミッドチルダだ。長居するのは危険極まる」

 

 ザフィーラは冷静に自分達の立場を把握している。

 此処ミッドチルダは自分達を付け狙う総本山。本来なら立ち入ることさえも危険過ぎる場所だ。武装隊も直にやってくる。包囲されれば抜け出すまでに時間が掛かるし、下手をすれば捕縛されかねない。

 いくらベルカの騎士であろうともたかだか二人だけの戦力だ。ヴォルケンリッター全員が揃えばまだしも、今の自分達では圧倒的戦力差には勝てない。

 

 「なんだよ保険に走るのか?」

 「そうではない。我らが捕まれば、主はやてに無用な悲しみを抱かせることになると言っているのだ」

 「………わかったよ。今日はここまでにする」

 

 ヴィータは鉄槌の柄を握る力を弱くする。設定年齢が一番低いと言ってもやはり騎士。戦場での聞き分けはしっかりしている。

 

 《二人とも大変よ!!》

 《シャマルか。どうした何を焦っている》

 

 念話を送ってきた湖の騎士シャマルは酷く焦っている声色をしていた。

 

 《貴方達の真上に魔力反応が感知されたわ!それも二つ!!》

 ()()()()()()

 

 ババッとザフィーラとヴィータは真上を向く。大空には美しい惑星が光を照らしており、それをバックに降下してくる者達がいた。

 

 「来たか………!!」

 「もう来やがったか!!」

 

 二人の騎士は俊敏な動きでバックステップを取り後退する。そして、先ほどまで自分達がいた場所に音もなく着地する男二人。

 

 回転式拳銃型デバイスを二丁所持している琥珀色の髪を持つ少年。

 もう一人は、黒いコートを着たカソック姿の黒髪の男性だ。

 

 「ティーダ・ランスター。あの二人を捕縛すれば『辛いことを脳髄が拒むほど刺激的な香辛料』を無償で頂けるのだな?」

 「勿論です。また増援が来るまで足止めしてくれても差し上げますよ」

 「それは重畳重畳。そこまでの好条件ならば、この拳を存分に振るうことになんの異存もない」

 

 獣としての感、戦士としての感がこの二人組が『脅威』として認識した。

 明らかに先ほど倒した魔導師とは格が違う圧力だ。

 時空管理局のエース格。少なくとも三等陸尉以上の力を持っているとみて間違いない。

 

 《ヴィータ。奴らの増援が来るまでにこの二人を倒すぞ》

 《んだよ撤退を促すかと思ったぜ?》

 《ふ、俺も所詮は獣ということだ。闘争本能が湧き出てきた。それに、どちらにせよ目の前の二人組が我らに転移する隙を与えてくれるとは到底思えん》

 《流石ザフィーラだ。良い言い訳を考えたな。よぉし、燃えてきたぜぇ!!》

 《シャマルは救援に来る必要はない。時を見計らって転移を頼む》

 《………分かりました。御武運を》

 

 ヴィータは鉄槌グラーフアイゼンを構え、ザフィーラは籠手を握りしめる。

 

 「一応名乗っておくよ。僕の名前はティーダ・ランスター。ミッドチルダ首都航空隊所属の二等空尉だ。被害が広がる前に、君達を捕縛させてもらう」

 「私の名は言峰綺礼。しがないのラーメン屋店主を務めている者だ」

 

 名乗りを上げた綺礼とティーダ。名乗られたならば名乗り返すが騎士の礼儀。

 

 「ヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣ザフィーラ。この拳を持って貴様らを捻じ伏せる」

 「同じく鉄槌の騎士ヴィータだ。アンタらのリンカーコア、頂いていくぜ」

 

 騎士達が名乗り終えた瞬間、その場にいた全員が一斉に――――動いた。

 

 

 




 言峰キレイ→言峰綺礼に修正しました。

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