『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第17話 『全力全開の一騎打ち』

 プレシアはフェイトに五つ以上のジュエルシードを集めるよう命令して地球へと再度向かわせた。アルフについては逃げ出したという嘘を言い、自分だけがフェイトの理解者であり、味方なのだと改めてフェイトに吹き込んだ。

 フェイトの負担は計り知れないものとなっているのだろうが、自分には関係ない。願いが成就するその時まで、せめて目的のジュエルシードを全て回収するまで持ち堪えてくれればいい。

 それにフェイトの代わりとなる『駒』の手配は、賭けではあるがちゃんと用意している。

 

 ”まぁそんなことより、問題なのは……やはり時間ね”

 

 自分の命の残り時間もあと少し。アリシアの保存限界時間の同じくらいだ。

 急がなくては、本物の娘との対面が叶わなくなってしまう。

 

 「冗談じゃない……冗談じゃないわ!」

 

 プレシアはアリシアの眠るカプセルを前にして、苛立ちを吐き出す。

 此処まで来て、諦めれるはずがない。

 犯罪者にまで身を堕として、多くのモノを切り捨てて、やっともう少しというところで、力尽きる。そんな不条理があってたまるか。そんな理不尽なことがあってたまるか。

 

 「忌々しい。この身体さえ真面(まとも)であれば………こんなに苦労することも無かったものを!」

 

 病に蝕まれ、刻々と命の灯が消えかけていくことを実感するようになり、贋作(フェイト)の力を頼らなければいけない自分の不甲斐なさに頭が来る。もし体が万全であったものなら、自分が直々に赴き、贋作よりも迅速にジュエルシードを回収できた。だというのに、度重なる吐血、重しを抱えているような疲労感に苛まれ、今ではこの有様だ。

 大魔導師と謳われた自分が、酷く情けなく、滑稽に思えてならない。

 

 ―――それでも、どんなに惨めでも、抗い続ける………この憎たらしい運命に。

 

 プレシアの目は既に正常と言えるには程遠いものとなっていた。

 その姿、在り様は亡霊と言っても差支えない。

 彼女は何処まで堕ちようと、目的を達成するまで走り続ける。

 

 「………ふふ。不運続きの私でも、終盤の賭けには勝ったわ」

 

 うっとりとした目をアリシアの横に設置されているもう一つの保存容器に向ける。

 緑色の液体が入れられているその保存容器の中には、金の髪、人形のように整った顔立ち。アリシアにもフェイトにも似ているが、細部が異なる少女の姿があった。

 

 「ジェイル。貴方は以前私に“生命を生み出した責任を持て”って言ったわよね」

 

 プレシアは膝を抱えて眠る金髪の少女を見ながら愉快に笑う。

 

 「馬鹿ねぇ。幾ら生命と言っても……所詮は偽物でしょ? 作り出された命に、なんの価値があるというのかしら」

 

 なのに責任を持て? 何を馬鹿なことを。狂った科学者(マッドサイエンティスト)として名を知らしめた男にしては、なんとも青臭い考えだろう。綺麗ごとにも程がある。そんなもの、いちいち持っていては邪魔になるだけだというのに。

 

 狂った嗤い声を時の庭園に響かせるプレシア。

 

 そして、金髪の少女が容れられている保存容器には表示モニターが映されていた。

 それには、《ナノマシン試験体》『イヴ』と名が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 AM5:55

 

 朝日が昇る前、海鳴公園では二人の少女が対峙していた。

 

 一人目は黒いバリアジャケットを既に身に纏っているフェイト・テスタロッサ。そしてもう一人は制服姿の高町なのはだ。

 

 フェイトは電柱の上に乗り、なのはを見下ろしている。

 

 それを離れて見守るのはエミヤ、クロノ、ユーノ、アルフ。

 管理局員のエミヤとクロノは、現れたフェイトを捕縛しようとする意志はないという風に、私服姿(黒Tシャツ&Gパン)で赴いている。

 

 保護されたアルフもその場に居合わせ、フェイトを説得しようとするが、彼女は首を横に振るばかり。

 

 フェイトはどんなに酷い仕打ちを受け続けようと、母に対する思いは変わらない。

 優しいあの頃に戻る。母が笑顔でいてくれる。その一心で今日まで頑張ってきた。今更言葉如きで今の自分の意志を変えれるはずがない。

 

 なのははその返答を聞いて、目を瞑り、バリアジャケットを身に纏った。

 

 「ただ捨てればいいってわけじゃないよね。逃げればいいわけじゃもっとない」

 

 フェイトがここで投降するはずがないというのは彼女も理解し切っていた。

 だからこそ、覚悟を決めてきた。

 

 今日、此処で――――決着をつける。

 その後でもいい。色んなことをゆっくり始めていくのは。

 

 「切っ掛けは、きっとジュエルシード。だから賭けよう………お互いが持ってる…………ジュエルシードを!」

 

 レイジングハートから今まで回収してきたジュエルシードを一つ残らず展開させる。

 勝負を持ちかけられたフェイトも無言でジュエルシードを展開させた。

 

 「………」

 

 この勝負に負ければ勿論彼女の持つジュエルシードは無くなってしまう。

 しかし、そんなこと彼女にとっては関係ない。自分が勝てばいいだけなのだから……負けることを想定しても意味はない。

 だから彼女はこれまで幾度となくぶつかり合ってきた高町なのはを今日此処で―――全力で潰すと決意する。

 

 「ふぅ……」

 

 なのはの友達になってほしいという申し出も、アルフがあちら側に付いているということも、今は頭の隅っこに放置する。エミヤシロウが無事回復していることに安心した気持ちも、ギュッと抑え込んだ。

 

 今考えるべきことは、残りのジュエルシードを回収することのみだ。

 

 ならばジュエルシードを大量に回収できる最後のチャンスであるこの勝負、絶対に負けられない。そしてなのははレイジングハートを構えて、

 

 「私達の全ては、まだ始まってもいない。だから、本当の自分を始めるために、始めよう

 ――――――最初で最後の本気の勝負………!!」

 

 開始の宣言と共に、二人の少女は天を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 白と黒の魔導師は空高く舞い、互いの信念をぶつけ合う。

 桜色と金色が混じり合う空を眺めながら、エミヤ達は唯それを見守っていた。

 

 「全くの互角か。この短い期間でよくあれだけの戦闘技術を身につけられたものだ」

 「あの子は正真正銘の天才だからね。僕達凡才の常識ではあの成長速度は測れないよ」

 「それもあるだろうが、それだけじゃない。フェイト・テスタロッサは前回よりも体調が優れてないと見える。それも相まって、互いの力量差をほぼ拮抗させているのだろう」

 

 エミヤの鷹の目には既に疲労しきったフェイトの動きがハッキリ視えている。

 しかし、その疲労を全く感じさせないほどの闘志が今の彼女にはあった。

 

 「本当に、いい勝負だ」

 「………どちらに勝利が転んでもおかしくないね」

 「結果は変わらないにしても、ここはなのはに勝ってもらいたいものだな」

 「ああ、せめて勝敗くらいは後味の良いものにしてあげたい。両者にとっても」

 

 今回の勝負、フェイト・テスタロッサには悪いが結局のところ、どちらに勝利が転んでも結果は変わらない。第一に時空管理局が何の理由もなくそうホイホイと『ジュエルシードを全て賭ける』などという愚行を許すはずがないのだ。

 こうしてなのはが時間を稼いでいる間、アースラでは着々と次元転移での帰還先の追跡準備が進められている。

 

 アルフから聞き出した情報を元に、次元要塞“時の庭園”とやらに直接乗り込むことができれば一番手っ取り早いのだが、パスワード、次元領域共に見事に変更されていた。アルフを仕留め損ねたと判断したプレシアがアジトを特定されぬよう手を加えていたのだ。

 

 故に、このジュエルシードを全て賭けた勝負を許可した。

 

 この勝負でなのはが負ければ、フェイトは転移してこの場を去り、その転移位置を追跡すれば時の庭園の場所を突き止められる。

 なのはが勝ったとしても、ジュエルシードに異常な執念を見せるプレシアが何のアクションも見せないわけがない。恐らく物を運ぶための転移魔法を行使するはず。そこで尻尾を掴む。ギャンブル性の高い作戦ではあるが、珍しいことにクロノは許可した。

 

 なのはの意も汲むのなら………これが一番の方法だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「フェイト・テスタロッサ…………」

 

 エミヤはポツリと、空を舞う金髪の少女の名を漏らす。

 

 彼はエイミィにテスタロッサ家の情報を本局を通して調べ尽くさせている。

 そして、その過程で幾つか不可解な点が浮上したのだ。

 まずテスタロッサ家の情報が圧倒的に少ない。本局の者であっても六割ほどしか収集できなかった。意図的に消されていたと本局からは報告されている。

 まぁそれでも重要な箇所は何とか抑えられた。

 次にプレシア・テスタロッサの娘は、フェイトという名前ではなく―-―アリシア・テスタロッサと記録されていた。さらにその娘は数年前、プレシアが起こした事故によって巻き込まれる形で死亡していることが確認されている。

 

 つまり、フェイト・テスタロッサは記録上この世に存在していない。

 

 “極めつけは、アリシア・テスタロッサの死体の消失と、後にプレシアが積極的に着手していたと思われる違法研究”

 

 アリシアの死体はプレシアが姿を消すと共に行方知れずとなっている。母親のプレシアがアリシアの死体を持ち出したとみて間違いないだろう。

 そして、それを機にプレシアが行っていた違法研究。その内容は使い魔を超える人工生命の開発であり、その開発コードは『FATE』

 

 “やはり、彼女の正体は――――”

 

 プレシアの娘、アリシア・テスタロッサと酷似している少女。名は人工生命の開発コードと同一のもの、『フェイト(FATE)』・テスタロッサ。

 

 ………此処までの材料が揃っている中、どのような答えに行く着くかは自然と絞られてくる。否、すでに確定しているも同義だ。

 このことを知っているクロノもエイミィもリンディも感づいている。だが彼らはなのはにテスタロッサ家の情報を伝えていない。彼女の勝負に、いらぬ雑念を与えることのないようにするための配慮だろう。

 

 『アーチャー、頼りにしてるよ』

 

 不意に、かつての主であった少女の顔がエミヤの脳裏に過った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「ファイア!!」

 

 フェイトはフォトンランサーを四つ生成し、時間差を設けて発射する。追尾性こそないが、スピードでは中々の性能を発揮するフォトンランサーはなのはに向かって飛来する。なのはもディバインシューターを持ちいりこれに応戦した。

 数は四つ。相殺狙いかと思われた魔法弾は、フォトンランサーの直撃間際に軌道を替え、フェイトを直接狙う。

 

 「――――――」

 

 フェイトの真骨頂、0から一への急加速によりディバインシューターを回避、するかと思われたがやはり誘導性。さらに軌道を変えて追尾してくる。

 フェイトはすかさず魔法障壁を展開し、4つの魔法弾を受け止める。直後、一瞬ではあるが眩しい閃光がフェイトの目を晦ました。

 

 「なっ」

 

 視界が回復すると、既になのはは5つものディバインシューターを用意して発射体勢に入っていた…………ここまでの流れを計算していたのか。

 

 「シュート!!」

 

 なのはは間髪入れず発射の合図を唱えた。

 

 「バルディッシュ!」

 

 今からフォトンランサーを生成しても間に合わず、防御したら隙が生まれると踏んだフェイトは瞬時にバルディッシュを鎌に変形させ、向かってきたディバインシュータに向かって突撃する。

 一、二撃目の魔法弾を斬り、勢いを殺さず三、四撃も問題なく迎撃した。五撃目は間に合わないと悟り、回避を選択。

 

 「早いっ!」

 

 なのはの放ったディバインシューターは一つもフェイトに掠ることもなく、全て対処された。さらに加速している中での二段加速をフェイトは行い肉弾戦へと持ち込もうとする。

 

 「うッ」

 

 左手にレイジングハートを持って、空いた腕を掲げて桜色の魔法障壁、グラウンドシールドを展開させ金色の刃を受け止める。

 レイジングハートは近接戦闘には向いていない。さらに言うと使い手であるなのはは極度の運動音痴。万能型であるフェイトに対して肉弾戦での勝負は不利だ。

 だからこそ、この状況を打破するために小細工を労する。

 

 「――――――――ッ」

 

 背後に危険を感じたフェイトは後ろに振り向く。

 そこには迎撃せずに回避した最後のディバインシューターが迫ってきていた。

 フェイトはバルディッシュを持っていた両手を解き、左手をディバインシューターの方へ向けて魔法障壁を展開した。

 バキィン、と音を発てて魔法弾を防いだが、それと同時に先ほどまでなのはの障壁と拮抗していた感覚がバルディッシュを持っていた右腕から無くなった。

 

 「消えた!?」

 

 ディバインシューターに気を取られている内に、なのはは姿を晦ましていた。

 フェイトはすぐに辺りを見渡すが何処にもなのはの姿はない。

 

 一体何処に?

 

 最大限の警戒を持ってなのはの姿を探し続ける。

 

 左右後ろ、下にもいない。

 

 ならば残された場所は一つしかない。

 

 「上―――!!」

 

 空を見上げると、そこにはレイジングハートを剣を振るように振り上げ高速で急降下してくるなのはがいた。

 接近戦が不得意であるが故に、距離を取って砲撃してくると予測していたフェイトは虚を突かれ、反応に遅れた。カウンターを仕掛けるべきところで防御を取ってしまったのだ。しかも魔法障壁を展開せず、デバイス同士でだ。

 

 至近距離の魔力相殺により一帯は爆音と光に包まれる。

 だがその光の中で、敢えてフェイトは動いた。

 

 フェイトは鎌状の魔力刃を縦一閃になのはに見舞おうとするが、紙一重で回避され、バリアジャケットのリボンが破れたくらいでダメージを与えられなかった。

 

 しかしまだフェイトの攻撃は続いている。

 

 一旦離脱しようと試みていたなのはの前には、既にフォトンランサーの球体が設置されていた。それも四つ。バルディッシュの詠唱に反応して四つのフォトンランサーが牙を剥く。

 しかし、ギリギリのところで魔法障壁を展開できたなのはは直撃を間逃れた。体勢を崩したというのに、なんという危機回避能力。

 

 “強い”

 

 前回の戦いでも理解していたが、やはり確実に強くなっている。魔力のコントロールも、スピードも、反応速度に判断力も………まるで別人のような戦いぶりだ。

 

 「ふふ………」

 

 不謹慎かもしれないが、この一時が“楽しい”と思えるようになった。別に戦闘狂というわけではないが、心が躍るような気分になる。そんな気持ちに浮かれつつある心の高揚を抑えて、息を整えバルディッシュを構え直す。

 このまま戦っては自分に勝機はない。元より本調子ではないのだから、持久戦となれば魔力が自分より多い彼女の方に分がある。

 

 故に迷い、油断、慢心を全て捨てて、次の業に全てを賭けなければならない。

 リニスに褒めてもらった、自分の持っている魔法術式の中でも最高位の魔法。

 それを、目の前の少女のぶつける。失敗は許されない。

 

 「確実に決めてみせる」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「―――む」

 

 派手な魔法バトルを観戦していたエミヤは、フェイトの纏う空気が変化したことに気付いた。今まで必至に攻防を繰り返し、荒れてきていた彼女の雰囲気が澄んできている。無駄な力を抜き、集中を高めているのだろう。

 普通ならここは妨害に出るのが基本だが、なのはも極度な緊張により息が荒れ、すぐには動けないでいる。フェイトにとってこれほどの好機はない。

 

 “やはり戦闘経験の差が出たか”

 

 フェイトの動きはつい最近魔導師になったというものではない。最低一年は魔導師訓練を明け暮れていたのだろう。

 良い師に恵まれ、実戦向けの指導を受けていたというのが動きで良く分かる。

 

 フェイトは杖を両手で持ち、足元に金色の巨大な魔方陣を展開させる。そして連続的にバインドの魔法術式をなのはの周りに発生させ、数で囲み、逃げ道を塞ぐ。結果、なのはは両手両足全てにバインドを掛けられた。

 

 「決めに来るか」

 

 なのはは身動きが取れず、磔状態。絶好のチャンスだ。

 しかしなのはの防御力を考えるのなら、生半可な業では通らない。

 恐らくフェイト・テスタロッサが用いる最大の魔法が発動されるだろう。

 

 なのはが磔にされたのを確認したフェイトは、自分の周りに幾つもの高密度な魔力弾を生成する。五つ六つどころかではない。その数はおよそ三十以上はある。

 

 「不味い―――フェイトは本気だ!!」

 「なのは………!!」

 

 狼形態のアルフはその魔法を見た瞬間焦り始めた。

 ユーノも防御式魔方陣を展開させようとするがクロノがそれを止めた。

 

 「彼女達の全力全開の一騎打ちに、水を指したらいけない。黙って見守ってあげるべきだ」

 「でも、フェイトのアレは本当に不味いんだよ!?」

 「不味いもクソもあるもんか………その手助けは絶対になのはの為にも、フェイトの為にもならない。ユーノもなのはの力を信頼しているのなら、無粋な真似はよせ」

 

 なのはに魔法を説いたのは君だろう?

 

 「…………うん」

 

 クロノの言葉にユーノは発動しかけた魔法術式を自戒させた。アルフも動きを止め、事の結末を見届ける覚悟をもって、二人の戦いを見据える。

 信念を賭したこの勝負に、横やりは愚かな行為だ。そんなことすれば、彼女達に深い傷を負わせてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

 ライトニング・バインドにより動きを封じている今、この魔法の弱点、長い詠唱による多大なる隙は完璧に克服できている。

 決めるのなら今しかない。いくら威力が強かろうと………非殺傷設定なのだから死ぬことはないだろう。

 

 「フォトンランサー・ファランクスシフト」

 

 なにより彼女の防御力は破格だ。

 中途半端な魔法では傷をつけられない。

 手加減できる相手ではないのだ。

 

 「撃ち砕け、ファイアー………!!!」

 

 38基のフォトンスフィアから放たれる膨大なフォトンランサーはなのは一人に向かって集中砲火される。

 この魔法は本来複数の人間を想定されているAAA魔法だ。それを一人の少女に全ての攻撃を集中させている。となれば、その威力は砲撃魔法を優に上回る威力を発揮する。あのリニスも、直撃して防げる者はいないと太鼓判を押している程だ。

 

 「ハァァァァァァァ!!!」

 

 手は緩めない。弾幕を切らすこともなく、1064発ものフォトンランサーを叩き入れる。

 黄色い煙がなのはが磔にされていたところを覆い尽くす。

 

 「う……そ………」

 

 そして、煙が風に払われて現れたのは衣服が所々破け、ボロボロになっている高町なのはの姿だった。

 ダメージは確かに蓄積している。しかしまだ立ち続けている。意識を保っている。

 あのフォトンランサー・ファランクスシフトを全て受けて、凌ぎ切ったのだ。

 

 「まだ、まだだ!!」

 

 何故、どうして、どうやって、と思うより先にフェイトの身体は動いた。

 彼女を縛っていたバインドはもう解除されている。ならば次の手を早急に打たなくてはならない。

 小さくなったものの、フォトンスフィアはまだ残っている。それらをかき集め、一つの魔法弾を再形成する。

 

 なのはが動く前に仕留める。

 

 「ディバイン………」

 

 ―――マズイ。彼女の得意技、砲撃魔法が放たれる。

 間に合わなかったと判断したフェイトはダメ元で圧縮したフォトンスフィアを投擲した。

 

 「バスター!!」

 

 やはり砲撃魔法に拮抗することもなく、フォトンスフィアは蒸発した。

 そのまま飛来してくる桜色の光線を、フェイトは残った魔力を絞って魔方陣を展開させる。

 

 「ぐ…う……ぁ…」

 

 スピード型のフェイトに砲撃魔法の防御はキツイ。しかも疲弊しきった今の状態では限界を超えている。

 次第にマントが割け、薄い装甲は一部破れて素肌が露わになる。徐々に押されている証拠だ……けれど、フェイトは諦めない。

 

 「負け……ない………!!」

 

 気合と共に桃色の光線を受けきった。

 息を荒げて、フェイトは自分より上空にいるなのはを見上げる。

 まだ、まだ決着はついていない。

 

 ―――さぁ、勝負を続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「フェイト…ちゃんは、やっぱり……凄い…よ」

 

 ボロボロになった身体に喝を入れ、空中に停滞しているなのははフェイトの意志の強さに、素直に凄いと思った。

 

 だけど、自分も負けていられない。

 

 先ほどのフォトンランサー・ファランクスシフトというのはフェイトの持つ最強の魔法だったのだろう。

 

 それを自分にぶつけてくれた。全力で戦ってくれた。

 

 それが、とても嬉しく思えた。

 

 だから自分も全力でそれに応えなくちゃいけない。

 

 「いくよ………フェイトちゃん」

 

 そう――――全力全開で。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「いくよ………フェイトちゃん」

 

 なのはの声にフェイトは迅速に動いた。何か仕出かす気だ。人としての本能が彼女が行おうとする行為に警鐘を鳴らす。

 

 残った魔力はあと僅か。魔力刃と飛行に全てを費やし、フェイトは特攻をしかけようとする。

 だが――――右手に何か引っかり、前進しようとした身体にストップが掛けられる。

 

 「バインド!?」

 

 気付いたころには、両手両足全てに桜色のバインドが取り付けられていた。

 先ほど自分がやったことをそのまま返されたのだ。意趣返しのつもりか。

 

 「う、動けない……!!」

 

 空中に固定され、磔状態にされたフェイトは身を捩りながら脱出しようとするが、桜色のバインドはビクともしない。

 

 「受けてみて………ディバインバスターのバリエーション!」

 

 なのはのレイジングハートの先端に魔力の羽が構成され、巨大な魔方陣が展開される。

 ディバインバスターの魔方陣ではない。それとは異なる、別の何か。

 

 あれは――――不味い(・・・)ものだ。

 

 見たこともない魔方陣だが、フェイトは確実にヤバいものだと認識した。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「あの一帯に停留していた魔力が………集まっているだと!?」

 

 エミヤは声を上げる。

 彼の目には霧状となって散布していた戦場に漂う残留魔力が、なのはの手前にかき集められているのをハッキリと視認できていた。

 

 「収束………そうか、なのはは魔力収束のレアスキル持ちか!!」

 

 その正体にいち早く気付いたクロノだ。

 流石は執務官。魔法術式についてはよく理解している。

 

 「高難易度の魔法の収束は天才的魔導センスがあるといっても素人が扱える代物じゃない。それも、魔道書も読まず実戦にまで持ち出せるとなれば、魔法収束系統のレアスキルしかありえない!」

 

 魔法収束。それは散布した使用済みの魔力を自分の魔力として再利用する魔法術式だ。

 その難易度はS相当。また、魔力収束のレアスキルを所持する例も存在する。この短時間で習得したなのはを見るに、レアスキル持ちである可能性が高い。

 

 「どんだけハイスペックな小学生だ」

 

 そこでエミヤはふと恐ろしい事実に気が付いた。

 

 「いや待て、待ってくれよクロノ。あの領域は魔力容量が膨大な魔導師二人が限界ギリギリまで魔法を行使していた場所だぞ。そんなところで魔力の収束を行なえば……」

 「察しの通り、今から行うなのはの砲撃は、並みのものじゃない。ディバインバスターの数倍の威力を発揮されるだろう」

 

 エミヤは頬に冷たい汗が流れていくのを感じた。

 ディバインバスターの威力は承知済みだ。

 それの何倍もの威力となれば、到底測れる代物ではない。

 

 贋作者:「………フェイト・テスタロッサが、死ぬことはないんだろうな?」

 執務官:「………非殺傷設定だし、大丈夫だろう?」

 贋作者:「疑問形で答えるな! そら、アルフが今にも飛んで行きそうではないか!」

 狼少女:「離せ! 離して!! フェイトが、フェイトが死んじまうよ!!」

 贋作者:「落ち着けアルフ! 大丈夫、大丈夫だ!!………たぶん」

 狼少女:「フェイトォォォォォォォ!!!」

 

 慌ただしくなった傍観組を余所に、なのはは魔力収束を完了させていた。

 溜りに溜まったその巨大な球体はまさに元気玉。見ての通りAAAランクの魔導師二人分の魔力が内包されている。

 その球体を崩すことなく、コントロールするなのはの天性の感覚にも驚かされるが、なによりその規模が圧巻の一言だ。

 ガチャリと音を発てて、レイジングハートを磔となり動けなくなったフェイトに向ける。

 

 「受けてみて…………私の全力全開!!」

 

 その時アースラ含む傍観組は皆一斉にして心に思ったことが重なり合った。

 そんな無茶な、と。

 

 「スターライト――――………ブレイカァァァァァァァァァ!!!」

 

 容赦なくなのはは莫大な魔力をフェイトに向かって発射された。

 球体は押し出されるような形で熱線となり、ビームとなってフェイトを飲み込んだ。全く持って慈悲もひったくれもない。

 

 約全員:「はい逝ったぁ――!!」

 

 恐ろしい、恐ろしすぎる。アレは非殺傷設定でも死ねる覚悟ができる。

 いや、本当に。冗談ではなく。

 

 「なのはの奴………ショック死というものを知らんのか?」

 

 エミヤは呆れてながら、剣を空中に投影して、その決闘の場に向かった。

 

 この勝負――――高町なのはの勝利だ。

 

 ならばもう、傍観することもない。プレシアのこともある。

 現場に向かい、フェイト・テスタロッサを保護しなければならない。

 

 スターライトブレイカー、略してSLBをモロに直撃したフェイトは気絶して海へと落下していく。ここはなのはに任せようと思ったのだが、彼女も気力、魔力、体力ともにSLBに喰われてすぐには動けない。このままではフェイトは頭から海へとドボンだ。

 エミヤは自分では役不足と思いながらも、フェイトを水面ギリギリでキャッチした。それも俗に言うお姫様抱っこで。右腕は相変わらず不自由だが、少女一人抱えるくらいなら別段問題はない。

 

 「軽いな。これだけ衰弱した状態でよくここまで戦い抜いたものだ」

 

 エミヤは疲れ果てて気絶しているフェイトを抱きかかえて、なのはの元にまで向かう。

 

 「う……ん………」

 

 その途中、フェイトの意識が戻った。

 この子の耐久力も中々だ。よくあれだけの砲撃に飲まれて、すぐに意識を吹き返すことができるものだと感心した。

 

 「起きたか、フェイト・テスタロッサ」

 「………は、い」

 

 自分の顔を見て一瞬驚きはしたが、すぐに冷静になった。

 

 エミヤはなのはの近くまで近寄った。

 なのははフェイトを気遣いながら、改めて、言葉を交わした。

 なのはが私が勝ったのかな、と。それに対して、そう…みたいだね、とフェイトは応えた。

 フェイト、バルディッシュは自分達の敗北を認め、所有していたジュエルシードを全て展開させた。

 

 本来ならば、これにて一件落着。

 彼女達に色々と語らせたいところだが、残念ながらそうもいかない。

 

 「エミヤ! その場からすぐに離れろ!!」

 

 後からやってきたクロノは魔力切れを起こしているなのはを担ぎ、フェイトが譲渡しようとしたジュエルシードから離れた。

 

 「随分とせっかちな大魔導師がいたものだ!」

 

 エミヤもフェイトを抱いたまま、ジュエルシードから距離を取る。

 その瞬間、上空に次元の『穴』が開けられた。

 雷撃が降ると身構えをしたエミヤとクロノだが、その予想は大きく外れた。

 次元の穴からは、フードを被り、全身を覆い隠している者が現れたのだ。

 気になるのは背中に生やした純白の翼。魔法を使わずアレで飛んでいるのか。

 フードで姿を隠した者は素早くジュエルシードを回収し、両翼を羽ばたかせて次元の穴へと戻っていった。

 

 「……新手か」

 

 報告にあった傀儡兵…ではないな。

 

 「フェイト・テスタロッサ。時の庭園とやらにプレシア以外に人はいたかね?」

 「………いません…でした。私と、アルフと………母さんだけです」

 「そうか。ならばアレは傭兵の類か、もしくは―――――いや、それよりも早くアースラに戻るか。非殺傷設定とはいえ無傷ではあるまい。すぐに治療と……ちゃんとした食事を取ってもらわねば」

 「え…………?」

 「ロクな食事を取っていないのだろう」

 

 コ〇ビニの食品ばかり食べていては体に悪い。白野にもよく言っていたものだ。

 そういえば体力を回復させれるからといって弁当箱ごと買ってきたことがあったな……懐かしい。

 

 「今後のことについても、色々と話さねばらないことが多くある。返答は?」

 「………わかりました」

 「よし、良い返事だ。では転移場所のところまで行く。しっかり捕まってろ。何分(なにぶん)魔導師のように華麗に飛ぶことはオレにはできないからな」

 

 エミヤは海鳴公園に設置されている転移場所まで駆ける。

 

 腕に抱かれたフェイトはギュッとエミヤの服に顔を寄せ、すすり泣いた。

 それはなのはに負けて悔しいという思いと、母の期待に応えられなかったという思いが、混ざり合って出た涙だろう。いや、それとも今まで我慢してきたモノが溢れ出ているのだろうか………なんにせよ、辛い時は涙を流すのが一番だ。

 

 ―――君は、今までよく頑張った―――

 

 

 

 




 ようやく大詰めに差し掛かってきました。

 これからも――――誠心誠意、頑張らせてもらいます!!

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