『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第14話 『歪んだ在り方』

「なんて無茶をする子だ」

 

 エミヤはモニターに映された映像に愕然とする。

 フェイト・テスタロッサは持ち前の大量の魔力を持ち入り、一気にジュエルシードに注ぎ込んで刺激したのだ。その結果、海中に沈んでいた六つものジュエルシードは全て起動し、膨大な魔力を纏った竜巻となって現れた。巨大な雷雲も生み出している。その規模は一つのジュエルシードの範囲を当然ながら超えている。

 

 「無謀すぎる。あれでは間違いなく自滅するよ、あの子」

 

 クロノの言う通りあの行為はあまりにも無謀であり、下手したら自滅する。

 ワザと暴走され、六つのジュエルシードを全て見つけた実績は評価しよう。しかしこの事態は一人と一匹で事を納めれるほど甘くはない。明らかに個人で解決できる許容量を大きく逸脱している。魔力消費も馬鹿にならないだろうに。

 

 『済みません。俺のミスです………』

 

 別のモニターにヴァイスの顔が映される。

 彼女の暴走を止め損ねたことに後悔しているのだろう。

 

 「そう悔やんでいても何も始まらん。とにかくヴァイスはそのままその場所に待機だ」

 『………了解』

 

 ヴァイスは今帰還されるよりも不慮の事態に備えて待機させておいた方がいい。

 しかしここまで大事になっては、アースラも全戦力を投入して事態の収拾に取り掛かるしかない。このまま破壊の規模が大きくなれば、最悪の結果が待っているのだから。

 

 「まだジュエルシードを捜索していた者はすぐに海辺に集まり、何重もの結界術式を組み立てろ。一般市民に被害を被らせるな!」

 『『『『了解!!』』』』

 

 エミヤはフェイトが張った結界が消滅した際に備え、現地に赴いていた部下達に結界構築の指示を送る。これで万が一、彼女の結界が壊れたとしても一般人に目視されることも、被害を与えることもないはずだ。

 

 「………さて、どうしたものか」

 

 応急処置な対策は打った。残る問題なのは、

 

 「このまま彼女が自滅するまで待つか。それとも助けに入るか、だな」

 「局員としては、このまま自滅するまで待つのが上策だろうね」

 

 クロノの繋ぎ言葉にエミヤは相槌を打つ。

 非情だが、局員の在り方からすればそれが一番合理的だ。

 

 今暴走体と奮闘している彼女が、見事ジュエルシードの回収に成功できるのならそれでいい。此方は疲弊した後に確実に叩くことができる。しかも残ったジュエルシード(封印済み)と敵側の情報込みだ。仮に失敗したとしても代わりに自分達がそれに対処すればいい。そして疲弊し、自滅した彼女を逃げる隙も与えず捕縛して、情報を聞き出し事件解決に王手をかける。

 この事態を逆手に取れば被害を最小限にして事件の幕を下ろせるチャンスへと為り変わるのだ。

 

 そう思案していた時に、

 

 「フェイトちゃん………!!」

 

 白い制服を来た少女の悲痛な声がブリッジを響かせた。

 

 「あの、私、急いで現場に!!」

 

 必ずそう言うと思っていた。

 自分の気持ちに素直で、後先考えず行動する。

 昔の自分、衛宮士郎なら高町なのはと同じことを言っていただろう。

 

 「その必要はない。オレ達は彼女が自滅した後に向かえばいい。何故なら―――」

 

 エミヤは自身の決定をなのはの前で口にする。

 

 「そんな………」

 

 一通りの説明はしたが、やはりなのはは納得していない。

 

 「辛いかもしれないが………今は、待機だ。命令には従ってもらう」

 

 重い空気がブリッジを覆う。

 

 「失礼します」

 

 静かになったブリッジの中に、ユーノが入室してきた。

 そして、どういう訳なのかそのまま無言で彼は入口近くに立ち止まる。

 

 “………む?”

 

 ただ現状を見に来ただけなのか、と思ったエミヤはユーノの表情に疑問を持った。

 感情が顔に現れているぞ、ユーノ。

 

 《クロノ……あの二人念話を使ってないか?》

 《たぶん使っているね》

 《止めるか? 恐らく飛び出していくぞ、あの二人》

 《覚悟を決めた彼女らが言葉で止まるとでも?》

 

 クロノの飄々とした返答にエミヤは肩の力を抜かす。こいつ行かす気満々だ。なにより力ずくで二人を止めるのは楽だが、その小競り合いのせいでブリッジになんらかの被害がでたら洒落にならん。

 

 《まったく、どいつもこいつも戯けばかりだ》

 《君もその戯けた人間の内の一人だろう?》

 《……………》

 

 エミヤとクロノの念話が終了したと同時に、予想通り高町なのははゲートに向かって走り出した。

 

 “………仕方がないな”

 

 此処から転移室にまで辿り着くにはそれなりの距離がある筈。

 密かに残る扉を全て開けるよう部下に指示しようとしたエミヤだが、

 

 「命令違反、ごめんなさい!」

 「彼女の結界内に、転送!!」

 

 その考えは余計なお世話だったようだ。

 

 ユーノは幾つもの印を高速で行い、なのはを目的地まで瞬時に送ったのだ。

 

 流石は天才と言ったところか。まさかデバイス無しの状態で一人の人間を特定の座標を合わせ転移させることが可能とは………本当に9歳児かと疑問に思う時がある。

 

 高町なのはの影に隠れがちだが、彼のぶっ飛び具合も負けてはいないな。

 

 

 「………ユーノ・スクライア」

 

 

 短くも長く感じた沈黙を不意にクロノが破った。

 

 「「……………」」

 

 ユーノはクロノの眼光から目を逸らさない。そして、ここは通さないと言う風に両手を広げ、立ち塞がる。その対応にクロノは内心苦笑しながら、表では溜息を吐いた。

 

 「なのはと君はこの件が解決した後に、反省文10枚は書いてもらうよ」

 「それで済むのなら安いものですよ。クロノ執務官」

 「ふん、確かに安いよな」

 

 皮肉った返答を受け流すクロノ。

 

 「では行くぞ、フェレットもどき」

 「フェレットもどきっていう………え!?」

 

 彼の言葉にユーノは酷く驚いた顔をする。

 

 「君達の無事を約束した僕が、ただ傍観しているわけにもいかないだろう」

 「ちょ、クロノ!?」

 「リンディ艦長。始末書はちゃんと仕上げます」

 「エミヤさん!? ああ、もう……勝手になさい!」

 

 

 その会話のやり取りにブリッジの局員達は笑い合う。

 やっぱりエミヤ三等陸尉とクロノ執務官はお人好しだ、と。

 そしてリンディは気付いているのだろうか。

 自分の頬が、微かに緩んでいるということを。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はッ………」

 

 想像以上の暴走体の魔力にフェイトは危機に瀕していた。

 

 「こ、こんなところで!!」

 

 次々と生き物のように襲ってくる(いかずち)を紙一重で避けながら、フェイトはジュエルシードがある竜巻に接近するよう何度も試みる。だが全く隙が無い。まるで要塞か何かのようだ。有効射程距離まで接近を許してくれない。

 

 “なんて高密度な魔力の塊………!”

 

 ロストロギア6個分の魔力は伊達ではない。スピード重視で防御力の薄い自分があの雷を一撃でも喰らえば間違いなく墜ちる。更に魔力残量も限界に近づいている。このままでは――――、

 

 「だめ、ダメ!! 諦めたら、駄目だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 挫けそうな心に喝を入れる。ここで諦めたら次は無い。

 母の願いを叶えるために、自分のために、退くわけにはいかない。

 

 「フェイト!!」

 「――――――ッ!」

 

 背後から雷が迫ってきていることに、アルフの大声で気付いた。

 

 “か、躱せない!”

 

 疲労がピークに来ていることもあり、体が思うように動いてくれない。防御しようにもバルディッシュに供給する魔力が少なすぎて魔法障壁の構築が間に合わない。

 

 直撃を覚悟したフェイトは強く目を閉じた。だが、

 

 「はぁ………そんな身体で無茶なことをするから不覚を取る」

 

 いくら待っても覚悟していた痛みはなく、代わりに呆れた声が聞こえた。

 

 そっと目を開けてみると、そこには以前管理局の三等空尉と名乗っていた少年、エミヤシロウが自分の盾になるように立っていた。

 先ほどの雷で負傷したのか、手には焼け焦げた跡がある。見ているだけでも痛々しい、酷い怪我だ。

 

 “………どうして”

 

 敵である人間が自分を助けたということにフェイトは困惑する。

 彼は腕を痛がる素振りも見せず、上空に向かっていきなり怒鳴った。

 

 「なのは………後から来たオレより遅いとはどういうことだ!」

 「ご、ごめんなさい!!」

 

 雨雲から何度も戦闘をした少女、高町なのはも現れた。

 それに続けて初めて見る金髪の少年、局員の黒髪の少年クロノも姿を見せる。

 

 「あ、貴方たちは………」

 「フェイトの邪魔をしにきたんなら管理局でも容赦しないよ!!」

 

 アルフはフェイトの数倍の大声を出して威嚇する。だがそれをエミヤは軽くスルーした。

 

 「ふぅ。君達には色々と説教をしたいところだが、今はそうも言っておれん。共闘だ」

 「え、でも」

 「本来なら利用していた………彼女に感謝するんだな」

 「………え?」

 

 フェイトの視線はなのはに向けられる。

 そして、彼女はゆっくりと此方に近づいてきた。

 

 「フェイトちゃん手伝って! 一緒にジュエルシードを止めよう! 勿論二人で半分個!!」

 

 彼女のデバイス、レイジングハートからバルディッシュに魔力供給が行われる。

 フェイトは戸惑いながらも、その桜色の魔力を受け取った。

 

 『powercharge』

 

 魔力不足で魔力刃も出なくなっていたバルディッシュは息を吹き返したように煙を上げる。

 

 「よし、準備は整ったな。ならばさっさと終わらせるぞ」

 「アンタたちは………信用できるのかい?」

 

 アルフは怪しむ素振りを止めない。

 

 「オレはともかく、なのはのことは信用しろ。あれが人を陥れることを企んでいる人間の目か?」

 「………わかったよ」

 

 なのはの目は純粋な意志しか感じられない。疑う方が阿呆らしくなる。

 

 「でもアンタは信用できないね」

 「結構だ。元より信用されないのは慣れている」

 「そんなこと言ってないで早くなんとかしてください!」

 

 頭上から悲鳴のような声が聞こえ、一人と一匹が頭上を見上げてみると、一人でチェーンバインドを手繰り寄せて奮闘している金髪少年の姿があった。

 

 「あ、済まない。すっかり忘れていた」

 「忘れないでくださいよ!!」

 

 彼は泣いていいと思う。

 

 「さて、と。君はどうする」

 「私は………」

 

 鋼色の目がフェイトを捕える。

 

 「なのははもう向かっていったぞ。君は唯見物するだけかね?」

 

 それだけの覚悟なのか?

 挑発的なにやけた顔にフェイトはカチンときて、

 

 「―――行きます」

 

 つい、ムキになって強い声色で応えてしまった。

 それを彼は良い返事だと褒めた。

 

 「竜巻と落雷はオレ達に任せろ。君は存分に力を振るえ」

 「………はい………ありがとう………ございます」

 

 フェイトは助けてくれたことも含んでの、精一杯の感謝の言葉をエミヤに伝えた後に、ジュエルシードに向かって高く―――飛翔した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………感謝するべき相手が違うだろうに」

 

 飛び立っていったフェイトを困ったような顔をして見送ったエミヤは改めて無数の雷を見据える。右腕は潰してしまったが、これだけの戦力だ。ロストロギアが相手でも支障になる程の怪我ではない。

 

 「クロノ、設置型の魔方陣で足場を作ってくれ。そちらの方が安定して良い」

 「了解」

 

 足場の依頼を頼まれたクロノはすかさず蒼い魔方陣を空中に展開させる。

 それにエミヤは剣の足場から乗り移った。

 

 「あの二人の砲撃魔法があれば一網打尽が狙えるだろう。オレ達はその砲撃の準備を終えるまでの時間稼ぎが役割だ」

 

 言われなくても分かっていると言いクロノは|Stinger Blade Execution Shift《スティンガーブレイド・エクスキューションシフト》の詠唱に入る。

 

 《さっそく汚名返上のチャンス到来だな、ヴァイス》

 《任せてください。全弾命中させて見せますよ! 師匠!!》

 

 陸で待機していたヴァイスにも雷の撃ち落としを頼む。

 陸からはかなりの距離だが、ヴァイスの腕であれば問題ない。

 これで準備は全て整った。あとは、

 

 「主役は彼女達だ。鬱陶しい邪魔者は潔く退場してもらおう」

 

 あの小五月蠅い雷を、二人の少女に近づけなくするだけだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 (みな)の援護を受けながら、なのはとフェイトは有効射程距離まで突貫する。それを阻もうとする落雷は、蒼と銀に染まった弾幕により全て落とされていった。

 

 「クゥ、そろそろ限界だよ………!!」

 

 アルフはバインドを竜巻に絡めながら苦悶の声を出す。

 ジュエルシードの暴走で起きた竜巻は海水を喰らい、魔力による付与により自然のモノとは段違いの威力を有している。縛れるだけでも上出来だ。

 

 「………来る!!」

 

 強大な魔力を感じ取ったユーノは上空を見上げる。そこには魔力を長時間溜め込み、砲撃の発射体勢を整えている少女二人の姿があった。

 

 なのははレイジングハートを砲撃に適した形に変形させ、フェイトは周りの魔力を纏った雷を跳ね返すほどの電撃をバルディッシュに纏わせる。

 

 

 「ディバイィィィィン」

 「サンダァァァァァァ」

 

 

 まずフェイトが放った落雷が竜巻に直撃する。

 一瞬だけ竜巻の中に含まれていたジュエルシードの活動が雷の麻痺により弱められた。

 

 

 「バスタアァァァァァァァ!!」

 「レイジィィィィィィィィ!!」

 

 

 そのチャンスを逃さず、二人は莫大な魔力の籠った大技をジュエルシードに目掛けて放つ。

 可愛らしい声とは裏腹に、その威力は凶悪の一言。

 あれだけの魔力を発散していたジュエルシードは活動を停止して、一つ残らず纏めて封印された。

 

 それを援護しながら見ていた者達は、

 

 

  贋作者:「もう、魔法少女から魔砲少女へと変えるべきだな。特になのは」

  執務官:「………魔力放出が大きいとはいえ、呆れるほどの力技だね」

  狙撃手:「………陸にまで余波きたんすけど」

 メイン盾:「末恐ろしい、て言葉はあの二人にピッタリだと僕は思う」

  狼少女:「流石はフェイト! あたしのご主人様だよ!!」

 

 

 アルフを除いた全員が戦々恐々としながら各々の感想を口にしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 静けさを取り戻した海に一閃の青い光柱が現れる。

 そこからは封印済みの六つのジュエルシードが姿を見せた。

 

 「「…………」」

 

 目的の品があるにも関わらず、二人の少女は互いを見つめ合いながら、無言の間を作る。

 

 “今は………様子見だな”

 

 エミヤはその光景を見てそう思った。

 恐らくなのははこの機会にフェイト・テスタロッサに向けて何か伝えたいことがあるのだろう。

 なのはの目は、今まで自分の本当の気持ちに気付かなかった人間が、それを知った時に初めて魅せる目だ。

 こういう時は決まって外野は無粋なことをしない方がいい。

 

 「クロノ、今の内に治療を頼む」

 

 エミヤは焦げた腕を近くにいたクロノに見せ、治療魔法を頼んだ。

 フェイトが落雷に直撃しそうだった時、到着したばかりのエミヤは咄嗟にフェイトを庇った。その際、自分への防御、武具の投影を頭に入れていなかったのだ。おかげで魔力が大量に籠った雷をモロに受けてしまい、右腕が完璧に麻痺してしまっている。

 

 「………全く、これで何度目だ?」

 

 呆れた様子でクロノはエミヤの腕に蒼色の治療術式を当てる。それにエミヤは申し訳ない顔で済まないと謝罪した。

 何年も任務を共にしてきた仲であるが故に、彼はもうエミヤの無茶を顧みない行動にはだいぶ慣れている。大方の魔法を習得しているクロノは治療魔法も覚えておいて本当に良かった、とこうしてエミヤの治療を行うたびに思うのも恒例ものだと感じるほどだ。

 

 クロノが治療を行なっている途中、なのはは自分の思いをフェイトに伝えた。

 

 それは敵である少女と“友達になりたい”というもの。

 

 その想いを伝えられたフェイトは困惑してどう答えればいいか分からないでいる。

 まぁ確かに、今まで対立して潰し合ってきた相手にいきなりそう言われても困るだろう。だが、フェイトもその申し出を断るといった感じでもない。

 

 上手くいけば和解に持ち込める………と考えるのも今は無粋なのだろうな。

 

 「なかなか、いい雰囲気だね。ここで割り込んだら間違いなく“空気の読めない男”のレッテルを張られるな」

 

 治療を行いながらクロノは二人の様子を見る。生真面目な彼もこの状況で今すぐジュエルシードを回収しようとは思っていない。暫く彼女達の青春を見守ろうという構えだ。

 

 「そうだな。確かにこの場面に割り込めば、それは本当に空気の読めない―――」

 

 奴だ、とエミヤが言おうとした丁度その時、紫の電撃がなのはとフェイトの近くに落ちた。

 

 「な、馬鹿な!? いや、これはまさか………」

 

 雷の発生源だったジュエルシードは封印されている。

 なのに、何故?

 とエミヤは思考するが、それはすぐに解決できた。

 

 “電撃のレアスキル付属の砲撃魔法………しかも次元跳躍式か!?”

 

 「クソッ、治療は一時中断だ! ジュエルシードの近くにいるなのはを守るぞ!!」

 「分かった!!」

 

 呆けているユーノとアルフを尻目にエミヤとクロノは全力で彼女達のいる場所に向かった。こういった非常事態に思考を停止させるほど二人は甘い訓練を受けていない。

 

 「母さん?」

 

 フェイトの口から発せられた言葉がエミヤの耳に入った。

 そして、それに呼応するように紫の雷がフェイトを襲いに掛かる。

 

 “なのはではなく、仲間である娘に向けてだと!?”

 

 いったいプレシア・テスタロッサは何を考えている。

 

 なのはの護りをクロノに任せたエミヤは瞬間的にフェイトの方角へと方向転換をする。全力で駆ければまだ間に合う距離だ。

 

 「う、おおおおおおおお!!!」

 

 エミヤは脚を魔術で強化させ、空中に幾つもの剣を投影する。そしてその空中に投影した剣を力強く蹴り、フェイトの盾になるよう雷の前にまで移動した。

 

 「投影(トレース)開始(オン)…………!!」

 

 飛来する雷撃は神秘の籠っていない生半可な武具では敵わないと視たエミヤはある日本刀を投影し、それを片腕で真横に振るい紫雷を真っ二つに切り裂いた。

 エミヤが投影した日本刀は(いかずち)を捻じ伏せたと謳われる名刀『雷切』またの名を『千鳥』と呼ばれる常時開放型の対人宝具だ。半身不随の名将、立花道雪が愛用した日本刀であり、その概念もその名の通り雷を“斬る”こと。

 

 ジュエルシード暴走の際は後方援護に徹していたため、使われることがなかった刀である。

 

 輝く貌のディルムッド・オディナの朱槍を投影する手もあったが、片腕が死んでいる今の状態では長槍よりか刀である雷切の方が使いやすい。

 

 雷撃を切り払ったエミヤはすぐさま雨雲を見上げる。

 

 「やはり、貴様が主犯か! プレシア・テスタロッサッ!」

 

 何処からか此方を見ているであろう首謀者の名をエミヤは叫ぶ。それに応じるかのように二撃目、三撃目と落雷が次々と襲い掛かってきた。先ほどの雷撃より何割か威力が増されている。しかも雷を模様しているだけに弾速も速い。

 

 “クッ………条件付きとはいえ、SSランク級の大魔導師の称号は伊達ではないか!”

 

 信じられないことに質、量ともにジュエルシードの雷撃と遜色がないのだ。

 これが本当に人間の出せるレベルの出力なのか?

 さらに正確無比の標準、次元越しからの砲撃故に此方からの攻撃は一切受けることが無いといった反則技だ。厄介さだと此方の方が上だろう。

 

 「ちぃッ………!」

 

 いくら雷切の雷斬りの概念があるとはいえ、これを全て片手で捌ききるのは幾らなんでも無理がある。

 

 “マズイな”

 

 雷撃をなんとか捌いてはいるエミヤだが、そのあまりの火力に徐々に押されてきている。今の自分は人を超越した英霊ではなく年齢14の未発達な身体を持つ唯の人間に過ぎない。いくら魔術により身体を強化しようとも、全盛期並みの反応速度についてこられるだけの肉体は到底望めない………!!

 

 「致し方ない、か」

 

 クロノ達の方も雷撃で足を止められているのでは、援護は期待できない。そして弾幕が薄い個所は一つだけ。もはや護りが破られるのも時間の問題だと悟ったエミヤは一つの行動に出た。

 

 「フェイト・テスタロッサ。先に謝っておく―――済まない」

 「―――――え?」

 

 状況が掴めないでいるフェイトは呆けた顔をする。

 それを無視してエミヤは行動に移るまでの動作を淀みなく始めた。

 

 まず雷切を手放し、生きている左腕を自由にする。そしてその空いた腕でフェイトのバリアジャケットにあるマントの襟を掴む。これにはフェイトも驚き小さな悲鳴を上げた。

 エミヤは構うことなく次のステップに移る。それはフェイトの使い魔アルフに―――

 

 「狼の使い魔………アルフと言ったな! 今から貴様の主人を其方に投げる! しっかり受け止めろ!!」

 

 今から投げるであろう(フェイト)を受け止める役を頼むことだった。

 

 「「え!?」」

 

 え? じゃない。どういうつもりか知らないが、この攻撃はフェイトに向けられている。このままでは不味い。そしてエミヤはこの時改めて思い知らされた。

 結局―――衛宮士郎は何処まで行ってもその歪な在り方は変えられないのだと。

 

 「―――フッ!!」

 

 エミヤは反論をさせる隙も与えずフェイトの幼い体をアルフに向けて全力でぶん投げた。

 金色の弾丸と化したフェイトはアルフのいる場所まで一直線。流石は元弓兵のサーヴァント。一寸の狂いもない素晴らしい投擲だ。

 

 「きゃあぁぁぁぁ!!??」

 

 フェイトは悲鳴を上げながらアルフの元へと強制的に送られる。

 

 「フェイトぉぉぉ!!??」

 

 それをアルフはあたふたと焦りながらもしっかりと受け取った。

 

 そしてそのすれ違い様に新たな砲撃がエミヤに向かってくる。此方の撃墜が優先だと判断されたのだろう。

 そのプレシアのその判断に対してエミヤはニヒルな笑みを浮かべる。そして彼は言葉に出さず、こういった。

 

 『 好 都 合 だ 』

 

 それと同時に雷撃を受ける覚悟も決めていた。

 

 フェイトを投げる(逃がす)ために雷切を捨て、無防備になったエミヤにはもう、大魔導師プレシアの雷を防ぐ術が残されていないのだ。再度雷切を投影するにしても、あれはBランク以上の宝具。さらに用途が用途なのであまり投影したことがない刀だ。使い慣れた干将・莫耶のように素早く投影できる筈がない。魔力残量の問題で防具系の武具もキツイ。剣軍を連続投影しようとしても、タイムラグがあり過ぎる。

 エミヤはせめてもの悪足掻きとして瞬時に用意できる干将・莫耶を投影した。

 これで対魔力がそれなりに向上するのだから、決して無駄な行いではない。それでも多少、マシになったくらいだが。

 

 ”ああ、またクロノ達にどやされるな”

 

 エミヤは自身の危機的状況にも関わらず、そんな呑気なことを考えてしまった。

 迫りくる雷を見据えながら、ついエミヤの口から嘲笑した笑い声が漏れる。

 

 

 「やはり……オレが一番の戯け、大馬鹿者だ―――」

 

 

 直後、エミヤの小さな身体は今までのモノとは比にならない轟雷に飲み込まれた。

 

 

 

 




 小説書いている時が一番スッキリしますね!

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