◆◇side桂花◇◆
華雄と飲み比べ勝負をしてから、どれくらいの時間が経過したかも分からない……ひっく……
「わ、わらしは……まだまだ平気よ……」
「ふ、ふん……抜かせ。呂律が回らなくなって来てるではないか……」
私と華雄は机を挟んで、にらみ合いながら酒を飲む。こいつ……いい加減に潰れなさいよね……
「あちゃー……まさかここまで本気の勝負とは思わなかったわぁ」
「ど、どうしましょう……霞さん」
私達の後ろでは霞と流琉が慌てた様子で私達の勝負を見守っていた。
「奴は……あの男は私が守らねばならん。そして、その役目は私のものだ。貴様ごときに先に譲る気はない」
「ふん……言ってくれるじゃない。アンタにアイツの何がわかるのよ……あの馬鹿の笑ってる顔も嫌な顔も……全部、私のなのよ」
華雄と私の言い争い。どっちも互いに譲らない話……の筈だった。
「だったら……その時点で桂花の敗けだな。何故、私が奴を守ると言ったと思う」
「どういう意味よ……」
華雄の意味ありげな言葉に私は食いついてしまう。あの馬鹿は私と一緒の時間が長いんだから私よりもアイツを知っているとは考えづらい。
「アイツは………秋月は強い様に見えて、ひどく脆い。最近のアイツは先の見えない暗がりを恐る恐る歩いている様に見える。桂花……さっきお前は秋月はお前のものだと言ったが……奴の苦しみはわかってやれていたの……か……」
「何よ……私がっ!……寝ちゃった……」
私が何かを反論しようとしたら華雄はそのまま机に顔を預けて寝てしまった。やっぱり限界だったんじゃない……。
でも気になる事、言ってたわね……秋月が強い様に見えて、脆いって。
「まったく……飲みすぎやで。審判役はツラいなぁ」
「私達よりも飲んだくせに、よく言うわね」
私が考え事を始めると、霞が華雄に肩を貸して無理矢理、立たせた。
「審判役なんかやってると酒を飲んでも酔えへんのや。特にこんな話されとったらな」
私と華雄にとっては真面目な勝負だったけど霞や流琉は巻き込まれた側だから大変だったのかしら。
「ま、今日のところは桂花の勝ちな。片付けは流琉がやるし、ウチは華雄を部屋に運ぶから……お楽しみしてきたらー?」
「な、何を……た、確かに、それを賭けた勝負だったけど……私は別に……」
霞の言葉に動揺して、素っ気ない言葉を出そうとした私に霞は人差し指を立てて、止めた。
「桂花が素直やないのはわかっとる。さっきの言い方で桂花が純一のいっちゃん近い場所におるのも理解したけど……一旦、純一の事を見てあげた方がええで……ほななー!」
言うだけ言って霞は華雄を連れていってしまう。流琉は既に片付けをしていたので、挨拶を残して私は食堂を後にした。
食堂を後にした私の行き先は秋月の部屋。
べ、別に私が行きたい訳じゃない。そう、勝負に勝ったから仕方なく……
「うー……頭痛ぇ……」
「だから飲みすぎるなって言ったのよ」
「秋月……お酒臭い」
なんて独り言を言っていたら秋月、詠、恋が反対側の廊下から来た。
来たと言うか……秋月が恋に背負われて詠がそれを支えてる。どんな状況よコレ。
「アンタもねねも似たり寄ったりよ。アンタはお酒の飲み過ぎ、ねねはご飯の食べ過ぎ」
「いやぁ……つい」
ぐったりしてる秋月に文句を言ってる詠。なるほど私と華雄が追い出しちゃったから外で詠達と夕食にしたのね……
「ねねは月が部屋に連れていったけど……アンタはそう簡単な話じゃないんだから、これに懲りてお酒を控える事ね」
「俺だって酔いつぶれたい時があるのよー」
恋に背負われたまま詠との会話を続ける秋月。私はなんとなく隠れてしまい物陰から話を盗み聞きしていた。
「でも桂花も馬鹿よね。華雄との勝負でアンタを追い出したんじゃ本末転倒じゃない。あれで筆頭軍師が勤まるのかしら」
言ってくれるわね詠……今度、象棋でボコボコにしてやるわ。
「バカを言うな。桂花から知略を取ったら貧乳しか残らんぞ」
「アンタ……本人が聞いてないと思って言うわね」
ちゃんと聞いてるわよ!後で覚えときなさいよね、アイツ等……その後、恋は秋月を背負ったまま、部屋に入っていく。
どうしよう……このまま部屋に入っても恋達が居るし……それにアイツも酔い潰れてるから行っても……
「秋月なら、もう寝たわよ。よっぽど心労が溜まってたのね」
「詠っ!?」
私が考え事をしていると背後から声をかけられて驚いた。振り返れば、そこには詠が腕組みをして立っている。何処か威圧的な感じね……
「な、何よ……」
「アンタ……秋月との付き合いが長いってだけで、アイツの事、理解してないのね」
な、何よ急に!しかも私が秋月の事、わかってないってどういう意味よ。
「秋月は寝てるわ。僕と恋はもう行くし、アンタがこれから秋月の部屋に行って……何も感じないなら秋月と一緒にいれないわよ」
え……何よ、それ……私が意味を聞き出す前に詠は行ってしまう。本当になんなのよ。
私は詠の言葉を妙に重く受け止めてしまったのか、秋月の部屋に入るのも躊躇ってしまった……いやいや、何を緊張してるのよ私。ただ、アイツの様子を見に来ただけじゃない。
「くかー……くー……」
居るわね……かなり呑気に寝てる。仮にも警備隊の副長なら私が部屋に入った段階で気配で起きなさいよ。まあ、起きられても困るけど。
でも……さっき詠は秋月は心労が溜まってると言っていた。この能天気に悩みなんかあるわけ?
そう言えば母様も昔……『知らない異国の地に一人きり……強がって笑っていても、誤魔化せませんよ』って言っていた。
もしかして、私と華雄が今日、秋月を除け者にして傷ついた?まさか……コイツに限ってそれはないと思う。
認めたくないけどコイツは魏にとって北郷共々、重要人物となってきている。北郷も同郷からなのかコイツを頼って……あ、そっか……
「秋月には……頼れる人がいない……」
行き着いた答えに私は頭が冷えるのを感じた。
華琳様は仕えるべき主。春蘭達は同僚。北郷は同郷とは言っても頼るよりも頼られる事が多い筈。だったら……
「だったら……秋月が頼るのは……私?……」
その仮定が当たっていたとするなら今日、私のした事は……
「ん……んぅ……」
私が悩んでいると秋月は寝台の上で寝返りをした。寝返りをして出来た隙間は人一人が入るには十分な幅だった。
「………責任を感じる訳じゃないけど……特別なんだからね」
私は靴を脱ぐと秋月の寝台に膝を乗せて体重を掛ける。そして先程、出来た隙間に体を潜り込ませた。
お酒の匂いがする……私も相当、飲んだけどコイツも相当、飲んだわね。飲みすぎのせいなのか……私のした事のせいなのか……秋月は寝苦しそうにしている。
「アンタは……私が捕まえててやる……だから……一人じゃないわよ」
私は秋月の服を掴みながら、そう言ってやると秋月の顔は少し緩んだ。