真・恋姫†無双 北郷警備隊副長   作:残月

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第五十二話

俺は朝早くから起きていた。ここ数日、教えてもらった事を実践する為だ。

気を両腕に集中する。一定量をキープしながら、その気を逃さない様に左腕と右手に染み込ませる様にする。無理はせずに目を閉じて座禅を組んで、集中をする。

これは鍛練ではなく一種の治療である。気を意識して怪我をした箇所に流して自己の治癒能力を底上げするやり方で所謂『治療気功』って奴だ。本来は自身の気を他者に分け与えて傷を癒すのが本来のやり方だが、俺は自身に医療気功を使っているので傷を癒す反面、体力はゴリゴリと削れていく。

でも折れかけた左腕が本来とは違ったスピードで治っていくのは感動ものだ。凄い疲れるけどね。

 

この治療は凪から聞いたのだが予想以上に使えそうだ。ただこの医療気功にはデメリットが存在する。それは気を過剰に送ると副作用が発生する事だ。

例を言えば傷を負った者に気を送りすぎると傷は治るが送りすぎた気の分、体が太ってしまうと言う副作用もあったらしい。

そうならない様に慎重にやらねば……それにあまり無理をしてると……

 

 

「秋月さん……」

「ああ無理な鍛練とかじゃなくてリハビリ……簡単に言うと体が鈍ってるから適度な運動をしただけだよ月」

 

 

俺を起こしに来た月が俺を呼ぶ。最近、潤んだ瞳の月に言われるのが当たり前になってきてる。月自身、怪我をさせた負い目とかもあるんだろうけど、端から見れば俺が悪者となってしまう。

 

 

「なら……良いんですけど無理はしないでくださいね」

「ああ。気を付けるよ」

 

 

月は手慣れた手つきで俺の寝巻きを脱がすとスラックスとワイシャツを着させてくれる。これもここ数日で見慣れた光景だ。

…………見慣れたからって月に脱がされるのは慣れない。でも断るのも凄い悪い気がして言い出せないし……。まあ、手が治るまでのまでの話だ。俺は手の感覚を確かめる意味も含めて久々にネクタイを絞めた。今までは手の痛みから上着も着ないワイシャツとスラックスのみの格好だったけど、ネクタイを絞めるくらいには大丈夫になってきた。いや、まだ痛いのは痛いんだけどね。

 

着替えを終えると月と共に食堂へ。そこでは見知った顔が既に食事や談話に花を咲かせていた。

 

 

「おはよう詠」

「あら、おはよう秋月」

 

 

給仕をしていた詠に挨拶。月は食堂へ行くと同時に詠の手伝いを開始していた。

 

 

「月、コイツ直ぐに起きたみたいね?」

「詠ちゃん……ううん。今日は秋月さん、自分で起きてたんだよ」

 

 

詠の質問に少ししょんぼりと答える月。はて、何故に落ち込む?と考えていたら詠が俺の耳を引っ張り俺の体勢を低くさせる。痛いっての!

 

 

「ちょっとは考えなさいよ!月はアンタを起こすのを楽しみにしてるのよ!」

「そ、そうなの?」

 

 

ギリギリと耳をつねる力が増していく。いや、ちょっとは弁明させて!

 

 

「今日はたまたま早起きしちゃったんだよ。それに治療気功を試したかったし……」

「まったく……月を泣かしたら許さないんだから」

 

 

俺の言葉に詠は漸く手を離してくれる。あー痛かった。

 

 

「泣かせないよう頑張るよ」

「そうしなさい。はい、朝御飯」

 

 

満足したのか詠は俺に朝御飯を乗せたトレーを渡す。ふむ、ネクタイを絞めるくらいは大丈夫な訳だし今日から箸を……

 

 

「ありがとう詠ちゃん。さ、秋月さん食べましょう?」

「ああ……うん」

 

 

俺が今日から箸を使おうかと思っていたのだが月が率先してトレーを持っていってしまう。ああ……これから始まる事を思うと恥ずかしい。

 

 

「はい。秋月さん」

「ありがとう月……あむ」

 

 

そう所謂『あーん』って奴。俺が箸やレンゲが使えないから代わりに月が食べさせてくれるんだけど超恥ずかしい。回りでは霞や沙和がニヤニヤしながら見てるし。凪は『なるほど……』とか言ってる。何の参考にする気だ?

恥ずかしい時間ほど長く感じるものだが朝御飯を終えて、茶を一杯。うん、落ち着く。

 

 

「さて、そろそろ行くか」

「はい。いってらっしゃい秋月さん」

 

 

片付けをしてくれた月が見送りまでしてくれる。本当に良い子だよな。

 

 

「ちょっと待って秋月。ほら、曲がってる」

「ん、おお……悪いな」

 

 

食堂から出ようとした俺を引き留めたのは詠。詠は背伸びをしながら俺のネクタイを直してくれた。ヤバい……超可愛い。

 

 

「おーおー、出掛ける前の旦那の身支度を整える新妻みたいやなぁ」

「に、新妻っ!?」

 

 

今の状況を霞が冷やかし、詠が過剰反応をしてしまう。

 

 

「ち、違う!僕はそんなんじゃ……」

「おんや~?何が違うん?」

 

 

明らかに慌てまくる詠に明らかにからかっている霞。もしかしてこれが董卓軍の日常だったんだろうか?

 

 

「ほ、ほら!アンタはさっさっと仕事に行きなさいよ!華雄が待ってるわよ!」

「お、おう」

 

 

 

形勢不利と判断した詠は俺の背を押して食堂から追い出す。確かに俺がいると、からかわれる率も上がるわな。

そして警邏に出ると華雄と一緒だ。今日のシフトは午前中に華雄と警邏をして午後から真桜とからくり開発へ、夜は栄華、沙和と共に新たな服のアイデア出し。出来る仕事も増えてきたから一種のヒモ生活も終わっていた。と言うか終わらせたんだけどね。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

警邏に出たは良いのだが華雄が喋らない。いや、今までは仕事の話だとか色々してたんだけど今日に限って妙に静かなんだけど。その割りにはチラチラこっちを見てるし……俺、なんかしちゃった?

 

 

「副長、あちらの通りで喧嘩が……」

「ん、わかった。華雄、行くぞ!」

「……承知した!」

 

 

静かだった華雄も仕事となるとスイッチが切り替わる。警備隊の案内で現場に到着……到着したのだが……

 

 

「何よ、アンタ達が因縁つけてきたんでしょ!」

「ああん!?女が意気がってんじゃねーぞコラっ!」

 

 

絡まれていたのは荀彧だった。絡んでるのは恐らく酔っ払い。なんか凄いヒートアップした言い合いになってんだけど。

 

 

「秋月副長!」

 

 

そんな中、俺に駆け寄ってきたのは警備隊の若者。丁度良いし何があったか聞いててみるか。

 

 

「お疲れさん。この状況は?」

「自分も途中からしか分からないのですが……見ていた者の話では……」

 

 

ざっくり話を聞くと顛末はこうだ。

何やら考え事をしていた荀彧は街を歩いている内に酔っ払いの男達に声をかけられた。当然の事ながら断る荀彧だったが酔っ払いが何かを言った途端に荀彧はキレて罵声を浴びせた。それがヒートアップしたまま今に至る。

 

荀彧の男嫌いは今に始まった事じゃないが……なんか妙だよな。なんて思っていたら華雄も到着。話し合いで解決しようと思ったら男の一人が拳を振り上げた。それを見た瞬間、俺は走り出していた。

 

 

「荀彧に何してんだテメェ!」

「ぐはっ!?」

 

 

俺は荀彧を殴ろうとしていた男の顔面を殴った。超痛ってぇぇぇぇぇぇっ!今すぐに叫びたいが、この状況でそれは出来ん。じんわりと右手の包帯が赤く染まっていく……

 

 

「あ……秋月?」

「荀彧……大丈夫だったか?」

 

 

俺の右手からポタポタと流れ落ちる血の滴と俺の顔を交互に見ながら呆然と呟いた荀彧。ったく……また傷が開いちまった。


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