侍女姿の袁術を見てから数日が経過したが……その間、袁術の変化に随分と驚かされた。荀緄さんの授業を受け、何か心境の変化でもあったのか、侍女の仕事をしている袁術。やり始めた当初は何も出来なかった袁術だが、意外と要領よく様々な物を学んでいた。
「袁家の人間があくせく働くのを見るのは不思議な気分ですね」
「そんで意外と学ぶスピードが早いんだわ。最初は大抵失敗するけど、その後で学び直して習得するのが早い。昨日なんか、荀緄さんと碁をしてたぞ」
アホの子みたいな感じだったのに今は勤勉な子に見える。見た目と内面の差が激しくなってきたな。
「魏に戻ったら、袁術の服も色々と考えたくなってきた。何でも似合いそうだ」
「本当に何でも作りそうですよね。その前に華琳のお仕置きで無事なら良いんですが」
魏に戻ったら北郷警備隊お洒落同好会に申請しようとすら考えていたが、一刀の一言に冷静……と言うか冷めた。
「土下座じゃ事足りない状況だよなぁ。もっと早く帰って来ていれば、もう少し違ったかも知れんが」
「それに加えて帰ってきたのに魏に戻らないのも怒られる理由の一つですよね。やっぱり早く魏に戻った方が……」
一刀の言い分も分かるが俺としては荀緄さんの見立ても間違ってないと思う。なんの成果もない状態で戻るのは良くないだろう。古参の兵士は兎も角、新参の兵士には俺達の事を知らない兵士も居るんだし。
「俺は荀緄さんを信じるよ。俺は天下一品武道会に参加する。一刀も現代の知識をこの世界の知識として変換して纏めておけ。大将が一番望むのは『知識』だろ?」
「そうですね……俺達が現代から持ち寄った本とかは華琳達は読めない訳ですから」
大将が喜ぶだろうと様々な知識本を持ってきたが、日本語で書かれているので大将達は読めないだろう。一刀は現在、その本の翻訳を書き上げていた。
「若造、休憩は終わりだ。そろそろ天下一品武道会への仕上げに入るとしよう。変装状態でも万全に戦える様に慣れておけ」
「顔不さん……はい」
顔不さんが俺の変装道具と武器を持ってきたので受け取る。そろそろ得物にも慣れなきゃとは思ってたから、丁度良い。
「純一さん……それが変装なんですか?言っちゃなんですけど、その状態で皆の前に出たら正体バレますよ?そんな格好をするのは純一さんくらいなんですから……」
「その事なんだけどな……俺達が天の国に帰ってから、この国で天の御遣い兄弟を自称する偽者が何度も現れたそうだ。弟は白い服を着て、兄はシルバースキンみたいな服装でな。その度に自称した偽者達は斬首に処されたそうだ」
一刀の発言に答えた俺の言葉は一刀に衝撃を与えていた。
「斬首って……そんな……」
「当然だ。貴様等は戦乱を治めた天の御遣い兄弟なんだ。それを自称し、甘い汁を吸おうなぞ最大級の戦犯となる。その手の者を放置すれば止めどなく似たような連中が沸いてくるだろう。見せしめとして、やらねばならなかったのだ」
「俺も荀緄さんから話を聞いた時は同じリアクションだったよ。優しさと甘さは違うと怒られちまったがな」
俺も聞いた時は納得出来ない、否定をしたかったが、俺と一刀がそれをすれば平和の為に散った者達への侮辱でしかないと荀緄さんに散々説かれた。
「まあ、そんな訳でシルバースキンに似た服を着て、天の御遣いを名乗る奴はこの四年間で殆んど居なくなったそうだ。そんな奴が居れば斬首確定だからな」
「だから、今……純一さんがその格好をしても正体を疑われないと?」
俺が変装道具を身に纏い、変装完了をすると一刀は呆れた様な、それでいて先程の話にまだ納得していない様子だった。
「天の御遣いを語る阿呆共は少なくなったが居なくなった訳ではない。正体を疑われる事は無かろうよ。尤も下手をすれば斬首だがな」
「まあ、天下一品武道会への参加は荀緄さんの推薦で一般枠の参加だから、いきなり首がすっ飛ぶ事は無いだろう。事故を装って殺されかねないが」
「なんで態々リスキーな方法をチョイスするんですか?」
顔不さんの発言に俺も同意はするが、ぶっちゃけ危険度が上がっただけの気がする。
「俺達はあの娘達を四年も待たせてしまったんだ……少しでも成長した所と詫びを見せなきゃだからな。さて、やりましょうか顔不さん」
「その意気や良し!覚悟せい!」
「努力の方向性を変えませんか?絶対にろくな結果になら無いんですから」
俺が武器を構えると顔不さんも武器を構えた。一刀のツッコミにもめげずに俺は顔不さんとの鍛練を開始する。俺達の戦いはこれからだ!
「なーんて、思ってたんだがな……」
「鍛練の成果は出ておるとは思うがな。被り物をして、そこまで戦えるなら余程の実力者と言う事だからな」
「明らかに視界が狭まる被り物ですもんね」
俺は顔不さんにボコボコにされて仰向けに倒れていた。いやー、まだまだ勝てそうにないや。顔不さんはフォローしてくれているけど勝てないってのは悔しいもんだ。
「だが、そこまでボロボロに成れば練習にもなるだろう。おい、そこで見てないで出てきたらどうだ?」
「そこで……って袁術?」
「ぴぃ!」
「まだ侍女の格好をしてたのか?それに練習って……痛たたっ……」
顔不さんの視線の先には袁術が物陰に隠れながら俺達を見ていた。水を向けられた袁術はビクッと体が震えた。俺は起き上がろうとしたのだが、痛みで起き上がれなかった。
「うむ、まだ寝ておれ。ほれ、やってみせよ」
「う、うむ……」
「え、ちょっと顔不さん?」
顔不さんは俺の変装道具を取ると素顔を晒す。プロレスだったらご法度行為だよ。そんな事を思っていたら袁術は俺に両手を翳し、力を込めるような動作をする。すると袁術の小さな掌から気の力が溢れだし、俺の体を優しく包むような暖かみが覆う。
「え、これは……痛みが引いていく……」
「この気は治癒気功と言ってな。気の力で直接傷を癒すと言う特別な気だ。これは才能がある者にしか出来ぬ特別な力よ」
俺が驚いていると顔不さんの解説が入り、更に驚く。
「まるで医者の華佗みたいですね」
「希少性で言うなら華佗以上と言えるな。華佗は針や施術で医療行為をしておるが、この娘がしておるのは気で直接治しておるのだからな。教えてから直ぐに習得しおった。天賦の才があると言えるのぅ」
「確かに体がどんどん軽くなってる」
一刀の言葉に顔不さんの解説に驚かされた。痛みが引いて起き上がれるくらいになってる。しかし……他人から搾取する側だった袁術が他人に施す医療気功の才能があるとか……
「凄いな、袁術。お陰で楽になったよ」
「う、うむ……妾に掛かれば……うみゅぅ……」
起き上がって頭を撫でてやれば、褒められて嬉しいのか恥ずかしいのか顔を赤くして俯いてしまった。
「そこまでにしておけ。それ以上はお嬢様と再会した時に殺されかねんぞ」
「リアルに想像出来た自分が怖いわー……」
袁術を可愛がって桂花が嫉妬して……みたいな事を想像した。いや、やたらとリアルに想像してブルッと体が恐怖に震えたわ。
「あ、後で……そ、その……話があるのじゃ!」
袁術の頭を撫でて続けていたのだが、袁術は俺の治療を止めると走り去ってしまった。
「純一さん……桂花に会う前に袁術と……」
「うむ。奥様やお嬢様に不義理をする様な真似は止めておけ」
「なんで、俺が袁術に手を出す事を前提に話を進めてんだ」
走り去る袁術の背を見ながら一刀と顔不さんにツッコミを入れた。それはそうと話ってなんだろうな。