真・恋姫†無双 北郷警備隊副長   作:残月

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第百八十五話

「待て!何をする気じゃ秋月!」

「黙っててくださいよ!直ぐに着きますから!」

 

 

黄蓋さんを抱き抱えたまま走る。正直、超キツい!いや、黄蓋さんが重いとかじゃなくて俺の体調が悪いって意味で!黄蓋さんを抱き抱えた辺りから急に体調が悪くなった気がする……

 

 

「な、なんと水の上を走るとは……」

 

 

黄蓋さんが俺の行動に驚いているが、それは違う。俺は破壊された船の破片の上を走ってるのだ。しかも気で足を強化しながらじゃなきゃ出来ない。

見えてきた、孫策の船!俺は最後の力を振り絞り船の破片を足場にジャンプをして、孫策の船に着地した。

 

 

「ぜー、はー、ふー……かはっ……」

 

 

船に着地したは良いけど息が途切れ途切れだ。息を整えるまで時間が掛かりそうだけど……それどころじゃなさそうなのよね。

 

 

「祭っ!」

「祭殿!」

 

 

孫策や周瑜達が駆け寄ってくる。俺は黄蓋さんを寝かせながら向かい会った。

 

 

「ぜ、はー……ほら、黄蓋さん、迎えが……来ましたよ……」

「………何故じゃ」

 

 

俺は息を整えながら黄蓋さんに話し掛ける。黄蓋さんは俺を睨み付けながら口を開いた。

 

 

「何故、ワシを死なせてくれなんだ……先程の言葉で分かるじゃろう」

 

 

黄蓋さんは悲しさと悔しさが同居したような声で話し掛ける。そうだよね、覚悟を無駄にしたのは俺だからね。

 

 

「ワシは一矢報いようとしたが叶わず……呉の為に動いたにも関わらず何も出来なんだ……せめて戦場で散ったと誉れを残そうとした結果がこれとは……貴様はワシを晒し者にする気か!」

 

 

黄蓋さんの叫びに孫策達の顔が曇る。

 

 

「晒し者、結構じゃないですか……俺なんて西涼から呉まで種馬兄弟の噂が広まってるんですよ。今さら……」

「いや、なんの話をしとるんじゃ!?」

 

 

俺の発言に黄蓋さんのツッコミが入る。さて、ここからが大変だな。

 

 

「ま、そっちは兎も角……黄蓋さんはまだ生きるべきだと思いまして。勝手をさせてもらいました」

「勝手じゃ……勝手過ぎるぞ……」

 

 

黄蓋さんはダン!と船の床を叩いた。

 

 

「ああ、勝手な真似をした。でも、俺は黄蓋さんに死んでほしくなかった」

「ワシの生き死にを貴様が決める権利が何処にある!」

 

 

黄蓋さんは今にも飛び起きて俺を殺さんばかりの勢いだ。目の前の呉や蜀の武将達も俺を睨んでる。ちょー怖い。

 

 

「当然ながら権利は無いですね。でも……俺は黄蓋さんの死を見たくなかった。俺は目の前で助けられなかった命があった時に……凄い後悔をした。甘いと言われようが、将の恥を掛かせたと言われようが……目の前で失われそうな命があれば助けたい」

「当人が死に望んでもか?」

 

 

俺の言葉に不満だと黄蓋さんがギロリと睨む。眼力だけで人を殺せる勢いだよ。

 

 

「んじゃ言えますか、自分は死にたかったって。この子達の前で」

「そ、それは……」

 

 

俺の視線を孫策達の方へ向けると孫策達は涙を流していた。個人差はあるが目の端に涙を溜めている者も居れば大粒の涙を流している者もいる。それを察してか黄蓋さんは顔を背けた。

 

 

「さっき黄蓋さんが孫策達に来るなと叫んだのは、その身を案じたのもあるんだろうけど、本当は孫策達の顔を見たら決心が鈍るからでしょ?」

 

 

黄蓋さんは顔を俺から背けた。その行動は肯定ってね。

 

 

「本当はまだまだ孫策達を見ていたいんでしょ?意地張ってないで素直になりんさい」

「じゃが……ワシはさっき完全に死ぬ気だったんじゃぞ」

 

 

黄蓋さんは再び俺と顔を合わせる。心なしか顔が赤い気がするが。

 

 

「あの状態から普通に戻れと言うのか!あんな決死の覚悟を見せてから『オッス、オラ黄蓋』なんて戻れる筈も無かろう!」

「悟空か、アンタは」

 

 

まあ、確かにあんだけカッコ良く決めた後に死に損なって戻るのはキツいとは思うが。

 

 

「だったら、さっきも言ってましたけど孫文台さんの所に逝くにせよ、新しい時代の呉を見てからでも遅くは無いでしょう。その方が文台さんも喜ぶでしょうし……何よりも貴女の死を望む人は此処には居ないと思いますよ」

「こ、こら!止めんか!?」

 

 

俺は黄蓋さんの顔に手を添えると孫策達の方へと向ける。先程から黄蓋さんは孫策達の方を見ないようにと必死だったから。

 

 

「ねえ、祭……私はまだ貴方に呉に居て欲しいわ」

「祭殿……我等の下に帰ってきてください」

 

 

孫策や周瑜はここぞとばかりに黄蓋さんの説得に参加する。他の面々も口々に黄蓋さんに生きて欲しいと説得を始めた。しかし、黄蓋さんは迷っている様子だった。

 

 

「まだ迷っているんですか」

「だが……ワシはこれから何を目的に生きれば……」

 

 

黄蓋さんも最後の踏ん切りが付かないのか中々、首を縦には降らなかった。何よりも決死の覚悟を逸らされて生きる目標と言うか意味を探せていない感じだ。仕方無い……荒療治でいこうか。

 

 

「決心がつきませんか?……祭さん」

「なっ!?」

「貴様、祭殿の真名を!」

 

 

俺の発言に黄蓋さんは驚き、周囲がざわつき始める。俺もこの世界に来て長くなるから真名の重要性は理解してるし、勝手に真名を呼ぶのがどういう意味なのかも分かってる。

 

 

「……俺は今、祭さんの真名を呼んだ。許されてもいないのにだ」

「それがどういう意味か分かっていながら呼んだのか?」

 

 

黄蓋さんは俺の言葉を聞きながら睨む。いや、マジで怖いよ。周囲の皆さんも武器を取り出して殺る気満々だし。

 

 

「そう……だから祭さんは俺を殺すべきだ。いや、殺しに来なきゃならない。それが貴女の生きる理由じゃ足りないかい?」

「……く、くくっ」

 

 

俺の言いたい事が分かったのか黄蓋さんは笑い始める。そう、俺が真名を呼んだのを許せないなら生きて怪我を直してから俺を殺しに来いと喧嘩を売ったのだ。真名を重要視する、この世界の住人なら乗ってくる筈と俺は踏んでいた。

周囲も怒りはおさまらないものの俺の意図を察したのか、殺気立っていた周囲の皆さんの圧も少し軟化していた。まだ怖いけどね。俺も気丈に振る舞ってるけど、実は内心心臓がバクバク言っていて背中には嫌な汗が流れてる。

 

 

「ならば、これからと言わず……今、殺してやろう」

「なっ!しまっ……」

 

 

周囲に気を取られて油断してた!黄蓋さんは俺のネクタイを掴んで俺を引き寄せる。怪我人だと思って油断しすぎた。

 

 

「ん……ちゅ……」

「んむっ!?」

「な、ちょっと祭!?」

 

 

何故か突然、黄蓋さんにキスされた。孫策の驚いた様な声も聞こえたが俺はそれ所じゃない。

 

 

「ちゅ……ちゅむ……」

「ん……う……」

「は、はわわ……」

 

 

物凄いディープなキスだった。思わず逃れようとしたのだが、黄蓋さんは手で俺の頭をガッチリとホールドして逃れられない。周囲のざわつきは黄色い悲鳴へと変わっていた。

 

 

「ちゅ……ふふっ……ちゅる……」

「む、むぅ……ちゅう……」

「こ、これが大人の口付け……」

 

 

黄蓋さんの舌が俺の頭の中を掻き回してるんじゃないだろうか?そう思えるほどに濃厚なキスだった。

 

 

「……ふむ。これは中々」

「……ぷはっ」

 

 

漸く黄蓋さんから解放された俺は息切れしていた。なんだろう……色々と負けた気がする。周囲の黄色い声が妙に遠く感じる。

 

 

「あ、あの……黄蓋さん?」

「これ、呼び方が戻っておるぞ」

 

 

俺が黄蓋さんに話し掛けると不満そうな黄蓋さん。いや、真名を呼んだのを咎めるでしょ普通!なんでキスした!?

 

 

「あ、あの……何故、私めの唇を奪ったので?」

「言ったじゃろう殺してやると。見事に骨抜きに殺してやったんじゃがな」

 

 

戸惑う俺に黄蓋さんはドヤ顔をしながら、自身の指で俺の顎をクイッと上げる。あら、やだ男前!

 

 

「普通、それをするなら立場が逆でしょう祭殿」

「何を言うか冥琳。小賢しくもワシを生かそうとした小僧じゃ、それなりに仕返しをしなければ気が済まん」

 

 

呆れた様子の周瑜にケラケラと笑う黄蓋さん。その笑みは俺と酒を飲み、大河と凰雛の事を見ていた時と同じような笑みだった。

と言うか……凄かった。あんなディープなキスされて動揺しない方がどうにかしてる。

 

 

「おや、小僧。思い出しておるのか顔が真っ赤じゃぞ」

「黄蓋さん、もう止めて……」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる黄蓋さんに俺は完全敗北を屈した気がした。顔が真っ赤だと触らなくても分かるくらいに熱を持っている。

 

 

「祭じゃ。一度呼んだのなら、それを貫け馬鹿者」

「あー、でも……さっきのは」

 

 

真名で呼んだのは黄蓋さんの生きる意味にと思ったのに、なんか俺の思っていたのとは違った方向に話が進んでる。

 

 

「ふふっ、ワシも生きる意味を見付けた……と言ったところかの。このままお主を呉に縛るのも面白そうじゃ」

 

 

この瞬間、俺は察した。この人、本気だと。

 

 

「黄蓋さ……」

「祭、そう呼べ」

 

 

俺が口を開くと同時に指で制止された。呼び方もそれ以外は許さんとばかりに。

 

 

「あー……祭さん。俺は魏に戻りますから」

「ああ、構わん。今度、魏と戦うときにお主を貰うと決めたからな」

 

 

サラッと言われた。下手な男よりも男らしいんですけど。

その瞬間だった。チリーンと鈴の音が鳴ったかと思えば俺の首筋に冷たい物が突き付けられた。

 

 

「このまま帰れると思ったか?」

「ですよねー」

 

 

恐らく、呉の武将の一人なのだろう。鋭い目付きで俺を睨みながら剣を握っていた。

 

 

「止めよ思春」

「思春、経緯は気に入らないものがあったけど、彼は祭を私達のところに連れてきてくれたのよ」

「……御意」

 

 

祭さんと孫策に止められて剣を下ろしてくれた。うん、間違いなく斬る気だったね本気で。

これ以上、この場に留まると危なそうだしサッサッと帰ろう。そう思っていたら蜀の武将の中に馬超が居た事に気付く。正直、気まずいな。

馬超からしてみたら「なんで母様は助けなかったのに黄蓋は!」と言った所だろう。俺は馬超からこれ以上に憎しみの目で見られたくない一心から船の縁に足を掛け、そのまま川に飛び込むようにジャンプした。それと同時に最後の気を振り絞った。

 

 

「あ、ちょっと待って……」

「波っ!」

 

 

馬超が何かを言おうとしたが俺は、かめはめ波を放ち、その反動で魏の陣地へと飛んでいった。いや、大体の方角だけで飛んだだけなんだけどね。そして飛んだと同時に蜀の一団に凰雛の姿が見えた。やっぱ蜀の陣営だったか。無事なら何よりだ。

 

この後、なんとか魏の船団の辺りに着水した俺。着地の事は考えてなかった……気が枯渇したのと祭さんを運んだときの体調不良とかで船に上がる気力もなかった俺は、そのまま沈んでいきそうになったが大将の船の近くだったので引き上げてもらった。

 

 

「あー……流石に死ぬかと思った」

「あら、約束を守って生きて戻ったんだから上等じゃない」

 

 

開口一番死にかけた事を口にしたら大将からは意外にも労いの言葉が出た。

 

 

「まったく……心配したんだから馬鹿……」

「桂花……悪い……」

 

 

俺が上着を預けた桂花は本当に心配していたと不安げな表情だったが、俺が帰ってきた事に安堵してくれていた。

 

 

「ところで純一?これは黄蓋の口紅よね?」

「え、あ……」

 

 

そんな空気を無視してか……いや、察した上でなのか大将が指で俺の唇をなぞる。そこには先程のディープなキスをした際に俺の方に移った口紅が。

 

 

「ふーん、黄蓋を送っていったと華琳様から聞いてたけど何してたのアンタ……」

「ま、待った……これには事情が……」

 

 

桂花の絶対零度の視線が俺を射る。正直、水に濡れた躯にその視線はかなりキツい。

 

 

「へぇ……事情?黄蓋と口付けをする事情があったんだ」

「いや、正しくは祭さんに唇を奪われたと言うか……」

「あら、黄蓋に真名を許されたのね」

 

 

なんとか弁明しようとしたが、大将は目敏く俺が祭さんの真名を呼んだのを見逃さなかった。止めて、桂花が軍師にあるまじきオーラを発してるから!

 

 

「簀巻きにして川に流すか?」

「いやいや、華雄の姉さん。船の先端に張り付けでどないでしょう?」

「恋殿との模擬戦で許してやるのです」

 

 

背後では華雄と真桜とねねが俺の処刑方法を考えてる。最後のは確実に死ぬぞ俺。

 

 

「もう少し私達が秋月さんを見てあげるべきなんでしょうか?でも、束縛しすぎると嫌われちゃうかも……ううん……どうしよう」

 

 

隣では斗詩がかなり真面目に俺の今後を考えていた。国に戻ったら月とか詠にも心配されそうだ。

 

 

「どんだけフラグ立てしてるんですか純一さん」

 

 

一刀、お前にだけは言われたくない。

 

 

「さて、色々と聞かせてもらいましょうか?」

 

 

ニコニコと笑みを浮かべてる大将に俺は先程の呉の船団に居た時、同様に嫌な汗が背中に流れた気がする。いや……汗は兎も角……また目眩が……

 

 

「ちょっと聞いてるの秋月……秋月?」

 

 

桂花が俺に話し掛けるが妙に遠く感じる。そう思ったと同時にグルンと俺の視界が反転した。

 

 

「秋月……秋月!?」

「純一さん!?」

「師匠!?」

「早く中に運びなさい!」

 

 

 

桂花や一刀達の心配そうな声と大将の声が聞こえたが、俺の意識はそこで途絶えた。

 




『オッス、オラ悟空』
アニメのドラゴンボールの予告での悟空の一言。
余談だが悟空は本編では一言も「オッス、オラ悟空」とは言っておらず予告のみの発言だったりする。

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