◆◇side翠◆◇
私の居た涼州は曹操の軍に攻め入られた。私や蒲公英、一族の皆は逃げ延びて蜀に下った。悔しい……母様の仇の曹操や魏の将を討つと私は心に決めた。
そして意外な事に仇を討つ機会は早くに訪れた。蜀の軍師、諸葛亮・朱里の発案で魏の領土ぎりぎりの所に間者を配置し、その事を調べに来た将を討つ。
この策を実行して出てきたのは曹操の側近の夏候淵だった。その付き添いに典韋に天の御使いの片割れと言われてる男だった。
私達は定軍山に誘き寄せた夏候淵達を討つべく、待ち伏せをして一晩掛けて追い立てた。情報操作もしていたので魏から援軍が来るはずがない。
そして一晩明け、夏候淵達が山から下りて広場に出た時、絶好の機会が訪れた。
黄忠・紫苑が夏候淵の相手をして蒲公英の相手をする典韋。そして数の少なくなった魏の兵士達を蜀の兵士が数で圧倒する。私は夏候淵を討つ好機を待ち、遂にその時を来た。私が飛び出して夏候淵を討とうとした瞬間……何故か丸太が飛んで地面に刺さった。そして丸太の上には天の御使いの片割れが立っていた。コイツ……まさか丸太で空を飛んできたのか!?
その後は酷いものだった。天の御使いの片割れが現れてから、夏候淵も典韋も息を吹き返して紫苑や蒲公英を押し返していた。更に何故か妙に強い熊が蜀の兵士を襲っていた。
なんなんだよ……なんなんだよコイツは……
この天の御使いの片割れが現れてから順調に進んでいた策が全て崩された。私は持っていた槍に力を込め、飛び出した。
「さぁて……秋蘭も助けられたし、後は……」
「ふざけるな!」
私は呑気にしている、この男に苛立ちを感じた。
「な、ちょっと待て!」
「うるさい!お前さえ居なければ夏候淵を討てたんだ!」
コイツさえ……コイツさえいなければ上手くいった筈なんだ!
「母様の仇を討つ!」
「だったら話を聞……がっ!?」
私は男の言葉を遮って男の脇腹を削った。男は脇腹を押さえながら膝を突き、立ち上がれなくなった。
「これで終わりだぁぁぁぁっ!」
男に槍を突き刺そうと私は振りかぶる。私の仇を討つ邪魔をした天誅だ!
「魔閃光!」
「何っ、うわっ!?」
その直後、男の背後から気弾が飛んできて私を吹き飛ばす。体勢を立て直しながら気弾の飛んできた方に視線を移すと、私の方に両手を突き出している女の子が居た。
「く、くそ……まだだ!」
「駄目よ翠ちゃん!魏の兵士が周囲を包囲し始めてる!」
私は男と女の子を倒そうと立ち上がったけど紫苑に止められ、撤退せざるを得なかった。撤退の時、蜀の兵士を襲っていた熊はペッと唾を吐いて山へと帰っていった。本当になんなんだ、あの熊は。
撤退の際に星と合流した私達は打ち捨てられた城に逃げ込んだ。籠城しても簡単に落とされてしまいそうな城だが、星の策で『曹操は小さな城を全軍挙げて攻めたと風評を出す気か?』と挑発した。その効果はあったらしく曹操の軍は城の手前で進軍を止めていた。そんな中、曹操が数人従えて城の中へと入ってきていた。
「おいおい、曹操の奴来ちまったぞ!?」
「何かあるのかしら?」
私と紫苑は動揺した。このまま帰るかと思ったのに。
「おや……天の御使いの片割れ殿もいらしている様だ」
「アイツも……」
私はギリッと歯を噛んだ。アイツが居なければこんな事には……
「何をしに来たか訪ねる必要がありそうだな。翠、行くか?」
「誰が行くか!」
「じゃあ、蒲公英が行ってくるよ!」
星が私に行くかと聞いてくるが行きたくない。代わりに蒲公英が行くと言ってくれたので私は蒲公英に任せる事にした。私は城の石垣に腰を下ろした。なんでだろう……なんか疲れちゃった気がする。
暫くすると曹操との話を終えた蒲公英が戻ってきた。戻ってきた蒲公英は少し悲しげな顔をしていた。
そして蒲公英の話は私達を驚かせるものだった。
曹操は母様を涼州の流儀で丁重に葬り、埋葬してくれたらしい。更にお墓の位置も教えてくれた。
紫苑も曹操は母様を配下にしたいと考えていたからあり得ない話ではないと言ってくれた。
しかも話はそれだけではなく……
「母様の……遺言!?」
「うん……最後を看取った天の御使いの片割れ……純一さんが遺言を託されたって」
私は驚愕した。私がさっきまで討とうとした男が母様の遺言を託されていたなんて。
「そ、それで……」
「あ、うん……『アンタはアンタの道を行きな』だって」
天の御使い経由で蒲公英から聞いた母様の遺言。なんとなく母様らしい言葉だと思って笑ってしまう。
「ふむ……相も変わらず面白い御仁だ」
「確か……魏では種馬兄弟って言われてるのよね?」
星と紫苑があの男の話をしている。私は思った疑問を星にする事にした。
「星は前に会った事があるのか?」
「うむ。反董卓連合の時と魏を攻めた時にな」
「噂じゃ女ったらしって聞くよね」
星の説明に蒲公英がニシシッと笑みを浮かべながら聞く。そうか……女ったらしか。
「『女ったらし』もそうだが……どちらかと言えば『人たらし』だがな」
「人……たらし?」
星の言葉に思わず聞き返してしまう。
「うむ……あの御仁は会う人物に様々な影響を与えてな。元董卓軍の連中もそうだし、蜀ならば桃香様もその一人と言えるな。愛紗もあの御仁を気にかけていた」
「え、桃香様や愛紗もかよ!?」
私は星の言葉に驚く。まさか桃香様や愛紗までそうなんて……
「言っておくが気にかけていると言っただけで恋愛感情とは言ってはおらんぞ」
「だ、誰が……そんな事を……」
「気にしてたんだねお姉様」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる星と蒲公英。後で覚えとけよ、ちくしょう。
「ま、強いのか弱いのか。魅力があるのか無いのか。よくわからん御仁だが……見ていて飽きはせぬよ」
「…………」
星の言葉に城から出ていく際に脇腹を押さえながら、曹操に付き添っていた典韋達と話を交わしつつ笑っている男を見た私は先程、何も知らなかったとは言えど、傷つけてしまった事を酷く後悔していた。