ToLOVEる~氷炎の騎士~   作:カイナ

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第八話 彼の居場所

まっ平らな、樹木どころか草すらも生えていない荒野。黒髪を短く切っている、小柄な体格をしている少年は沈黙したまま赤と青のオッドアイで辺りを見回した。そこには大勢の宇宙人が武器を構えて立っている。

 

「見つけたぜぇ、氷炎のエンザ……」

 

「……何か用か?」

 

黒いコートに海賊帽子という、正に海賊というような恰好をしている男性がカトラスを肩に担ぎながら笑ってそう呟くと少年――エンザは静かに問い返す。

 

「用? まあ、用があるのはお前の首にある賞金ってとこだな」

 

「……」

 

海賊風の男性の言葉にエンザは沈黙し、ため息をつくと懐から刃のない刀の柄を取り出して右手に握り、それに力を送り込んで赤い刃を形成させる。

 

「かかれぇっ!!!」

 

『うおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

隊長らしい海賊風の男性の掛け声と同時にその手下達がエンザ目掛けて一斉に襲い掛かる。それを見たエンザは黙って左手を腰にやると左腰のガンベルトに挿していた拳銃を抜き、銃口を相手に向けると躊躇いなくトリガーを連射。放たれた弾丸が次々に海賊の手下どもを撃ち抜いていく。

 

「「「らああぁぁぁっ!!」」」

 

その背後から三人の敵が襲い掛かるがエンザはそっちの方を向くと無造作に回転し、その方に向けて刀を横に薙ぎ払う。と、その軌跡が大爆発を起こし敵を一瞬で吹き飛ばした。

 

「怯むな、かかれーっ!!!」

 

『うおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

隊長の叫ぶと共に六人ほどの敵がエンザを囲んで襲い掛かり、エンザは刀から刃を消してため息をつく。その時白い息が彼の口から漏れ、エンザは静かにトンッと足で地面を叩く。

 

『が、ふっ……』

 

その瞬間エンザの周りに無数の氷の棘が伸び、敵を串刺しにする。氷の棘に赤い液体が流れた。それを黙って見ながらエンザはゆっくりと刀を振り上げ、再び刀に赤い刃が形成される。

 

「邪魔だ!」

 

地面に刀を突き刺すと同時、そこを中心に放射線状にヒビが伸びていきそのヒビから赤い火が漏れ出たと思うと大爆発が発生、氷の棘に突き殺された敵を氷ごと粉々にする。

 

「ち、近づくな! 撃て! 撃ち殺せ!!」

 

隊長が叫び、銃を持った手下達が一斉に銃をエンザに向け、それを見たエンザは黙ってその場に立つ。その時彼の周囲に陽炎が発生する。

 

「撃てーっ!!!」

 

その叫びの直後銃声が辺りに木霊する。そしてその銃声が止んだ後、エンザは無傷で立っていた。

 

「な、そんな……」

 

「実弾か……だが、この程度の弾丸なら俺の熱で充分に溶かせる!」

 

「そ、そうか! 奴はフレイム星人の力を持つ、その力で周囲の熱を上げて銃弾を溶かしたのか!」

 

「ご名答! 褒美にこいつをくれてやる!」

 

隊長の言葉にエンザは不敵に笑ってそう言い、銃口を隊長に向け引き金を引く。それを見た隊長は咄嗟に手近にいた部下をひっつかみ、盾にして銃弾を防いだ。

 

「く、くそっ! なんとしてでも殺せぇっ!!」

 

「……飽きた。そろそろこっちからも攻めさせてもらう!」

 

エンザは燃えるような赤い瞳で彼らを睨み、赤い刃の刀を振り上げて地面を蹴り、同時に地面を爆発させるとその勢いを利用して急加速。

 

「はああぁぁぁっ!!!」

 

そのまま突進の勢いで、襲い掛かってきた多数の敵を次々と斬り倒し、その群れを突っ切った辺りで急停止。エンザが通った場所にいた敵は全員身体から血を流して倒れ込む。しかしエンザの身体には血がついていない。

 

「うおおぉぉぉっ!!」

 

そこに背後からカトラスを振り上げて襲い掛かる新たな敵、しかしエンザは微動だにせずそのカトラスが振り下ろされる。が、そのカトラスの刃はエンザに触れる前に融解してしまい敵がそれに驚いて動きを止めた瞬間エンザはその相手の額に銃を押し付けて引き金を引く。ドンッという銃声と共にその敵の額に穴が開き、血が噴き出た。しかしその血はエンザにかかることなく蒸発してしまう。彼は自らの体温を普通の金属や血なら一瞬で蒸発するほどに上昇させ、鉄の武器に対しては鉄壁といえる防御を敷いていた。

 

「次……」

 

刀から刃を消し、彼は凍らせるような青い瞳を覗かせて相手を見る。

 

「バ、バズーカだ! バズーカで木端微塵にしろ!!」

 

隊長がわめくように指示を出し、手下達は一斉にバズーカを構える。そして隊長の「撃てぇっ!」という号令と共にバズーカから弾丸が発射されエンザに向かっていく。そしてそれらの弾丸が一気に爆発、彼の立っていた地点を覆い尽くす大爆発が襲い掛かった。

 

「へ、へへ、ざまぁみろ……なっ!?」

 

煙を見ながら隊長は呟くが、その煙が晴れた時彼は絶句する。何もなかったはずの荒野にただ一つ水晶のように綺麗なドーム状の物体が出来ており、そう思ったらその物体は水蒸気を発して消え去った。

 

「ちょっと驚いたな」

 

その物体の中からエンザが悠々と現れる。さっきのバズーカをエンザは水晶のように綺麗なドーム状の物体――自らの能力で作り出した氷のドーム――で防ぎきって見せたのだ。

 

「バ、バケモノ……く、くそっ!! 突撃、突撃ーっ!!! たった一人、数で押し切れっ!!!」

 

隊長はそう叫んでカトラスを振りかざし、一気に敵全員が剣を構え銃を構えエンザ目掛けて突進、それに対しエンザは手刀を作るとそれを地面に突き刺した。

 

「爆発っていうのは……こうやって作るんだよ!」

 

彼がそう叫んで右手をさらに地面に突き込んだその瞬間、まるでスイッチを入れたかのように地面が大爆発。一気に敵全体が空中に吹っ飛ばされ、エンザは右手を地面から抜いて二、三度振るうと瞳の色を青く変化させる。

それからトトンッと地面を足で叩き、くるっと回転。それはまるでダンスのステップを踏み、踊るかのよう。それと共に彼を中心として放射線状に地面が凍り付いていく。さらにそれらは鋭い棘となって天を目指すように突き出した。

 

「終わり」

 

『ぐはぁっ!!!』

 

呟くと同時、悲鳴が響き渡る。隊長を含め敵全員が鋭い氷の棘に突き刺さり絶命、氷を赤い血が伝っていく。あっという間にその場が真っ赤に染まり上がり、血の匂いが充満する。それを感じながら、エンザは偶然目の前で氷の棘に貫かれた隊長を赤と青のオッドアイの瞳で見る。彼は瞳孔を開き、恨みのこもった視線でエンザを見つめ続けていた。

 

「……」

 

なんとなく嫌な気分がしたためエンザは目を逸らす。と、その目に映った者を見て目を見開く。

 

「リ……ト……?」

 

その目の先で氷の棘に突き刺さり、目から光を失っているのはリト。氷の棘は彼の心臓を貫いて真っ赤に染まっており、肌は爆発のせいか焼け焦げ、口から血を流している。しかし、それだけじゃない。

 

「美柑ちゃん……西連寺さん……サル……籾岡さん……沢田さん……」

 

周りで氷の棘に刺さり絶命しているのは皆、彼が地球に来てから知り合った友達だった。全員リトと同じように肌が焦げており、光を失った目でエンザを、どこか恨んでいるような目で見ている。

 

「っ!!」

 

その目に耐えきれなくなり、彼はリト達から目を逸らす。が、その先の光景を見た時彼はさらに息を飲んだ。

 

「キョー……姉ぇ……」

 

その先で眠ったように目を閉じている恭子。しかしその華奢な体は氷の棘に貫かれ、赤い血が彼女の頬を彩っていた。エンザはふらふらと恭子の方に歩いていき、手を伸ばす。その時彼女の目が見開かれた。

 

「っ!?」

 

「ナンデ、コロシタノ?」

 

恭子の口から放たれる呪詛の言葉、それにエンザは驚いたように尻餅をつく。

 

「ナンデ、オレタチガシナナキャイケナインダ?」

 

死んでいるはずのリトの口が動き、自分をこんな目に合わせたエンザを憎む言葉が発される。

 

「エンザサン、ドウイウコトナノ?」

「ナンデ、コンナコトニ?」

「アツイ、イタイ」

「エンザ、イタイヨ」

「ツメタイ、ナンデコンナメニ」

 

周りの七人からエンザに向けられる呪詛の言葉。それはエンザが耳を塞いでもまるで脳に直接刻み込まれるかのように鮮明に聞こえてくる。

 

――バケモノ――

 

ひときわ強く脳内に刻まれるその言葉。それの意味を彼の脳が理解した瞬間、彼は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

そう叫ぶ彼の視界に広がるのは何の変哲もない天井。今まで自分はベッドで平和に眠りについていた。そこに宇宙での血なまぐさい激闘の跡も、氷の棘に突き刺さって絶命したリト達の死体もない。

 

「……夢、か……」

 

そう呟き、彼は息を吐く。

 

「ふえっくし!」

 

その後、小さくくしゃみが出た。

 

 

 

 

 

金色の闇との激闘の翌日、日曜日。

 

「ぶぇっくしぃっ!!!」

 

炎佐はベッドで寝込んでいた。

 

「う~……怠い……」

 

彼は寝返りを打ちながらぼそりと呟く。金色の闇との戦いの間で使った彼のとっておき、バーストモード。彼の中に流れる相反する二つの血の両方を無理矢理活性化させ、その相反する能力を強制的に両立させる彼の奥の手だがその無理矢理の活性化のせいで身体には大きな負担がかかり、使用後はしばらく倦怠感に襲われるついでに身体の抵抗力も弱くなってしまうのか、翌日は程度に違いこそあるがまず確実に体調不良に見舞われてしまう欠点があった。どうやら今回は風邪らしい。

 

「う~、スケートー……」

 

涙目になってぼそぼそと呟く炎佐。今朝リトから「ララ達と一緒にスケートに行くけどどうだ?」という誘いを受けていたのだがその頃には既に絶賛体調不良中、泣く泣く諦めたのだ。ちなみにリトから見舞いに行こうかと尋ねられたがララ達に悪いからと断ったのは余談である。

 

「……あ~、怠いけど薬買ってこなくちゃ……」

 

呟き、彼は身体に力を込めて立ち上がると普段より厚着に着替えて家を出、ふらふらとした足取りである場所へと向かう。それから彼がやってくるのはどう見繕っても奇怪としか言いようのない、お化け屋敷だと噂されてもなんらおかしくもない不気味な洋館。炎佐は少し慣れた様子でその門を開き、扉の前に立つとトントンと扉を叩いた。

 

「ドクター・ミカド、いらっしゃいませんか~?」

 

「あら、いらっしゃい」

 

炎佐がトントンとノックするとまるで待ちかまえていたようにこの家の主――御門涼子が白衣姿で出迎える。しかしその白衣の下には服を着ておらず上下ともに黒い下着姿だった。とりあえず来客を出迎える格好ではない。

 

「……すいません、今ツッコミ入れる気力もないんですが……何やってんですか?」

 

「さっきまで寝てたから。別に初めてじゃないでしょ?」

 

「……もういいです」

 

「いつもの薬でしょ? 今調合してるところだからちょっと待ってて、上がって横になってなさい」

 

炎佐のぐったりとした声に御門はクスクスと悪戯っぽく笑いながら返し、しかし溌剌としたどう見ても寝起きには見えない顔を見た炎佐は諦めたように呟く。それに御門は彼の目的を理解しているようにそう言って彼を家に招き入れ、患者用のベッドに寝かせる。その横で御門はさっきまでしていたらしい薬品の調合を再開した。

彼らが通う彩南高校の養護教諭とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は地球を訪れている宇宙人の治療を行っている腕利きの闇医者、人呼んでドクター・ミカドだ。

 

「準備良いですね……」

 

「昨日あなたが金色の闇と戦ってたのを見てね。バーストモードを使ってたみたいだったから、こうなる事は予想してたわ。でも調合しようとしたら患者が来ちゃってね。それがなかったらあなたが来る前には調合済ませておくつもりだったんだけど」

 

炎佐の言葉に御門はくすくすと笑ってそう言い、慣れた手つきで薬品の調合を進めていく。

 

「なんならヒーリング・カプセルに入る? 安くしとくわよ?」

 

「高い風邪薬代になるから却下。いつもの薬だけでいいですよ……」

 

「ちぇっ。じゃ、一人暮らしなんだし何かあったらいけないから入院しとく?」

 

「却下」

 

御門の誘いを炎佐は跳ね除け、ごろんと寝返りを打って彼女に背を向ける。

 

「それにしても、金色の闇と正面きって戦うとは思いもしなかったわ」

 

「……戦わなきゃリトが殺されてた」

 

「その殺し合いが嫌になってここ(地球)に来たんじゃなかったっけ?」

 

「……」

 

御門の指摘に炎佐は黙りこくる。

 

「まあ、別にいいわ。はい、薬出来たわよ。いつものやつと、今回は風邪みたいだから風邪薬サービスしとくわ」

 

「……どうも……薬代は地球通貨で渡すのが良かったんですよね?」

 

「ええ。そうしてくれればありがたいわ」

 

御門のクスクスと笑いながらの言葉に炎佐はそう返すと日本円で薬代を支払い、ベッドから降りようとする。と、御門がひょいっとカップを手渡してきた。

 

「……コーヒー?」

 

「お客に飲み物一つ出さないのも失礼でしょ? 飲んでおきなさい」

 

「ども……」

 

渡されたものを返す理由もないので炎佐はカップを受け取り、クピッとコーヒーを飲む。

 

「ちなみにそれ、コーヒーと見せかけた新薬だったりして――」

「ぶっ!?」

 

その瞬間御門がそう言い、炎佐は思わずコーヒーを噴き出す。

 

「――なーんて言ったら信じる? もーベッド汚しちゃって。悪い子ね♪」

 

「このヤブ医者……」

 

しかし御門は小悪魔の笑顔を浮かべてそう続け、炎佐はぼそりと毒づく。それからベッドのシーツを予備に変え、コーヒーで汚したシーツを洗濯機に放り込んでから炎佐は玄関へと向かう。

 

「じゃ、帰り気をつけてね」

 

「はい。ありがとうございます、ドクター・ミカド」

 

玄関まで見送りに出てきた御門の言葉に炎佐は頷いて返し、彼女にお礼を言う。と、御門は慈愛のこもった目を見せた。

 

「何かあったら相談に乗るわよ? 私はあなた達地球に住む宇宙人を治療する医者であると同時に、あなたの学校の養護教諭なんだからね、氷崎君」

 

「……ええ。ありがとうございます、御門先生」

 

御門の言葉に炎佐もふっと微笑を浮かべてお礼を言い、彼女の家を出ていった。御門の家で休み、御門作の薬も少し飲んだため風邪は治まってきたがまだバーストモードの反動である倦怠感が残っており怠い。そう思いながら彼は家に帰っていく。

 

「エンちゃん!」

 

「!?」

 

と、その帰路の途中に聞こえてきた呼び声に炎佐は硬直、振り返る。

 

「キョ、キョー姉ぇ……仕事中?」

 

「ああ、うん。マジカルキョーコの収録中なのよ。で、ちょっと機材の調子が悪くなったから休憩中でエンちゃん見つけたからね」

 

現代女子高生アレンジ魔女コスプレ姿の恭子はそう言ってにししと笑い、直後はっと気づき炎佐も倦怠感で遅れたが周囲の視線に気づく。

 

「まずっ……エンちゃん、話合わせて」

 

恭子はそう言うと炎佐の手を掴んだ。

 

「監督!! 遅刻したバイトのスタッフ見つかりました!!」

 

「!?」

 

恭子は突然そう言いだして炎佐を引っ張り出し、監督らしき男性の方にウィンクでサインを送り、監督らしき男性も恭子と炎佐の顔を交互に見ると理解したように数回頷く。

 

「遅いぞ! 今カメラの調整中だからとっとと手伝え!!」

 

「は、はいっ!?」

 

監督らしき男性に怒鳴られ、炎佐は怠い身体に鞭打ってスタッフの中に入り込んでいく。そして撮影が開始されると実際は単なる巻き込まれ一般人である炎佐はとりあえず機材が寄せられている場所に座り込んだ。

 

「やあ、いきなりすまないね」

 

と、監督らしき男性が声をかけ、炎佐も肩をすくめる。

 

「いえ、霧崎恭子に彼氏がいるなんてスキャンダルの種を作るよりはマシですよ」

 

「そう言ってもらえて助かる……キョーコちゃんから話は聞いているよ。従姉弟の炎佐君だそうだね」

 

「はい」

 

「撮影の休憩中、スタッフや皆と話す時はいつも君の話題だよ。写真もいつも見せられていてね、君がそうだと分かったからすぐ話も合わせられた」

 

「そうですか」

 

監督の言葉に炎佐は苦笑する。

 

「それじゃあ、ほとぼりが冷めるまでゆっくり見物でもしていきなさい」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

最後にそう言い残して監督は仕事に戻っていき、炎佐も機材の中に隠れるよう座り込みマジカルキョーコの撮影を見学し始める。

 

 

 

 

 

 

「本日も、燃やして解決っ!」

 

そして数時間後、キョーコの決めポーズと決め台詞が決まり、監督が「カット!」と叫ぶと本日の撮影は終了したらしく、スタッフ達が片づけに入り始める。集まっていた野次馬もどんどん散っていき、野次馬がいなくなると炎佐も充分以上に休憩できたから帰ろうと立ち上がる。ちなみに昼飯はスタッフからお弁当を貰っていたり寒いだろうと気を遣われたのか毛布を借りたり暖かい飲み物を出してもらったりしている。

 

「エンちゃんっ!」

 

「あ、キョー姉ぇ。お疲れ様」

 

と、恭子が元気に声をかけてきた。それに炎佐もにこっと微笑んで返す。

 

「えへへ、ありがとっ!」

 

「わっ!?」

 

恭子はそう言って突然炎佐に抱き付き、すりすりと頬擦りする。

 

「ん~。エンちゃん分補給~♪」

 

「何訳分かんない事言ってんのさ」

 

幸せそうにそう言う恭子に炎佐は呆れたようにツッコミを入れる。

 

「でさ、気分はもうよくなった?」

 

「!?」

 

突然の言葉、それに炎佐はぎょっとした目を見せ、恭子は炎佐から離れるとにこっと微笑んだ。

 

「エンちゃん、私が見つけた時少し顔色が悪かったから。具合が悪いのかと思ってスタッフさんにそれとなく気にしておくようお願いしといたの。家、エンちゃん一人だから心配でさ……余計なお世話だった?」

 

「……別に。家に一人だったのは確かだし」

 

恭子の言葉に炎佐は静かにそう呟き、それに恭子はふふっと微笑んだ。

 

「エンちゃん。私に遠慮しなくていいからね?」

 

「え?」

 

「私、今は仕事忙しいからあまりエンちゃんに構ってあげられないけどさ……何かあったら遠慮なく電話とかしてくれていいんだからね?」

 

「……俺なんかがキョー姉ぇの邪魔をしていい訳ないよ」

 

恭子は心の底から炎佐を心配していたが、炎佐はどこかふてくされたような様子で恭子から目を逸らし気味にそう言う。と、恭子が再び炎佐を抱きしめた。

 

「きょっ、きょー姉ぇっ!?」

 

「大丈夫だよ、エンちゃん。確かにエンちゃんって昔やんちゃしてたし、しょうがないよ」

 

「いや、やんちゃってレベルじゃ……」

 

いきなり抱きしめられ炎佐の声が上ずりじたばたとしていたが恭子は優しく言葉を投げかける。しかし彼女がやんちゃと言い切る彼の過去はそんなレベルでなく炎佐は困惑気味にそう漏らす。

 

「でも、エンちゃんは私の大事な弟。エンちゃんの本当の家族は今そう簡単に会えないだろうけどさ、私だってエンちゃんを家族みたいに思ってるんだから。家族に遠慮は無用なんだからね?」

 

「キョー姉ぇ……!?」

 

「エンちゃん?」

 

恭子の言葉に炎佐は彼女の方を見ながらそう漏らすが、直後周りの気配に気づき、硬直。その様子に気づいたのか恭子が問いかける。

 

「キョ、キョー姉ぇ、う、後ろ……」

 

「後ろ?……!?」

 

炎佐の心なしか震える声に恭子も後ろを振り向くと彼女も顔を赤くして硬直する。片付けや出発の準備が終わったのかスタッフや共演者達がめっちゃにやにやしながら二人を見ていた。

 

「ふふ。あ、ごめんごめん。僕達を気にしないで続けていいんだよ。恋人同士の語らい」

 

「ちょっ! ちがーう!! エンちゃんは私の家族なんですー!!!」

 

マジカルキョーコで恭子の共演者である青年――マジカルキョーコ内では池綿というキャラを演じている――が笑いを堪え切れない様子で微笑ましくにやつきながらそう言うと恭子は顔を真っ赤にして両腕を上下にじたばたさせながら弁解を始める。

 

それから恭子やスタッフ達が車に乗って移動するのを見送ってから炎佐は改めて帰路につく。ちなみに恭子は出発直前まで共演者にからかわれ、顔を真っ赤にして噛みついていた。

 

「……ん?」

 

と、炎佐は自宅の明かりがついているのに気づく。

 

「電気、消し忘れたっけ?」

 

朝出た時は風邪と怠さで意識が少し朦朧としていたため覚えていない。しかしまあいいかと結論づけ、炎佐はドアノブに手をかける。

 

「あ、鍵かけ忘れてた……無防備にも程があるだろ俺……」

 

どうやら丸一日鍵を開けっ放しで外出していたも同然だったらしく、炎佐は意識が少し朦朧としていたとはいえ自らの不注意を呪いながらドアを開ける。

 

「あっ! お帰りエンザー!!」

 

「はぁっ!?」

 

いきなり中から聞こえてきた女の子の声、それに炎佐は驚愕の声を上げた。

 

「あ、遅いわよ! 病人が何出歩いてるわけー?」

 

「籾岡さん!?」

 

呆れたように居間の方から顔を出してきた少女――里紗の姿に炎佐はまた声を上げる。

 

「お、炎佐。どうしたんだ? 病院にでも行ってきてたのか?」

 

「リト!? って、一体どういうこと!?」

 

そこに現れたリトに炎佐が驚いたように問いかけ、リトは頬をかいて苦笑した。

 

「いや、それがさ。スケートの解散前に炎佐が風邪ひいてるって皆に教えたらお見舞いに行こうってことになってさ。来たら来たで鍵が開いてるのに誰もいないから、留守番ついでにお前を待ってたんだよ」

 

どうやら本当に鍵をかけ忘れていたらしい。それに炎佐はため息をつく。

 

「ま、そういうわけで今美柑とララが晩飯作ってくれてるからさ。一緒に食おうぜ?」

 

「つーか、風邪は大丈夫なの?」

 

「あ、うん、まあ。薬貰ってきて飲んだら治まってきたから。まだちょっと怠いけど」

 

リトの次に里紗が風邪の様子を尋ねると彼はそう返し、それに里紗はふぅんとどこか安心した様子で頷く。そして炎佐が家に上がり、居間にやってくるとそこで待っていたらしい猿山と春菜があっと声を出す。

 

「よぅ、邪魔してるぜ~」

 

「お、お邪魔してます。勝手にごめんね?」

 

「いや、いいよ。こっちこそ鍵かけ忘れてたせいで留守番押し付けちゃったみたいで……」

 

「あはは、私らは別に気にしてないよ。それより、風邪は大丈夫?」

 

「もう少し怠いくらいだよ」

 

猿山のフランクな挨拶と春菜の慌てて頭を下げながらの挨拶に炎佐も会釈して返し、次に未央が尋ねると彼はそう返してテーブルの空いている箇所に座り、その隣にリトが座る。ちなみにリトの右斜め前に春菜が座っている位置関係になる。

 

「ご飯出来たよー!」

「炎佐さん、食欲ありますか?」

 

「うん」

 

ララと美柑が夕食を運び、テーブルに配膳していく。一応病人である炎佐を気遣っているのか消化に良さそうなメニューになっていた。

 

「ちゃんと食べれる? なんならあ~んしてあげよっか?」

 

「いらないよ。じゃ、いただきます」

 

『いただきまーす』

 

里紗がにやにやしながら尋ねてくるのに炎佐は冷静に返し、両手を合わせていただきますと言うとリト達もそれに習う。そしてお粥をまず一口食べると炎佐は同じメニューのリト達を見た。

 

「ところで、リト達それじゃ物足りなくない? 何か別のもの作ったらいいんじゃあ?……」

 

「何言ってんだよ? 炎佐がお粥食ってる横でそんなの食ってたら悪いじゃん」

 

「うん。気にしなくて大丈夫だよ、それにたまにはこういう食事も楽しいし」

 

「ま、物足りなかったらお菓子でも食べればいいだけだしね~」

 

「あはは、たしかに」

 

炎佐の言葉にリトと春菜が微笑みながら返し、里紗がそう続けると未央も笑う。そんなこんなでわいわいと賑やかな食事が続いていき、お粥を食べ終えるとリトが「う~ん」と呟いた。

 

「やっぱ、なんか物足りないな……」

 

「だから言ったでしょ?」

 

「あ、大丈夫だよリト、エンザ。私もお粥作ってるから!」

 

「「え?」」

 

「炎佐さんが明日も風邪が長引いた時用に残してたんだけどね」

 

リトの呟きに対し炎佐が苦笑しているとララがそう言って席を立ち、美柑も肩をすくめるとララはお粥を入れた鍋を持ってきた。

 

「ほら、皆でどうぞ」

 

「お、ありがとララちぃ!」

「サンキューララちゃん!」

 

ララの笑顔での言葉に里紗がそう言って一番にお粥をよそい、猿山が次にお粥をよそうとリト達も後に続く。そして全員一緒にララ作のお粥を口に含んだ。

 

「むぐっ!? けほっけほっ!?」

 

「な、なにこれっ!? からっ!!!」

「辛ぇっつか痛ぇっ!!!」

 

「えー、そう?」

 

春菜が違和感に咳き込み、里紗が悲鳴を上げ未央も暑い時の犬みたいに舌を出し猿山の舌を襲う激痛に悶える。それをララはきょとんとした目で見ながらお粥を食べていた。

 

「ぅぐ……ま、まあ、スパイス効いてるかな?……」

 

美柑も必死でフォローしているが我慢できないのか涙目になっている。リトも顔を真っ赤にして炎を吐きそうなほどに口を大きく開いていた。

 

「そんなに変?」

 

「変っていうか辛いよもー! ララちぃって辛いもの好きなのー?」

 

ララのきょとんとした声に未央が涙目で言い、そのツッコミのせいか皆がクスクスと笑いその場が笑い声に包まれる。その穏やかな空気を感じながら、炎佐はゆっくりと辛いお粥を食べていく。

 

「本当に辛いなぁ……」

 

呟き、彼は服の袖で目元を擦る。いつの間にか彼の目から涙が零れ落ちていた。

 

「辛すぎて涙出てきちゃったよ、もう」

 

目の前に広がるのはぎゃーぎゃーわーわーと騒がしい、しかし安心できる光景。友達との団欒。その光景を見ながら彼は目から涙が零れ落ちる理由を作るため、泣きそうなほどに辛いお粥を再び食べ進めていった。




今回はちょっとした日常もの。作中で言ってますけどリト達がスケートに行っていた日のお話と考えてください。ちなみに猿山はお見舞いに向かっている途中で偶然合流したという設定です。回想というか悪夢の中で炎佐の賞金稼ぎ時代もちょっと書けました……書いててちょっと心折れそうになったけど……。
さて次回はバレンタイン……なんだけど炎佐、これに絡めるかな?……ま、なんとか考えてみるか。いざとなったらすっ飛ばそう、こういう時事ネタは出来る限り使いたいけどネタがなかったらしょうがないし。それでは~。


そんでもって失礼しました。何故か最初のエンザの昔の夢部分だけが綺麗さっぱり抜けてたので修正分を投稿いたしました。なんでだ?……まあどうせ俺の操作ミスだろうけど。

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