ToLOVEる~氷炎の騎士~   作:カイナ

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第二十五話 デビルーク王妃。秘められた想い

 彩南町の一般家庭結城家。そこには現在、何故か黒服にガタイのいい男性が十数人単位で警護を行っており、通行人のお婆さんが不思議そうな顔を見せながら家の前の道路を通過する。

 

「と、いうわけで。エンザ、君には家の中でセフィ様やリト殿達の周辺警護を頼みたい」

 

「帰りたい……」

 

 警備の責任者らしい男性――ザスティンの言葉に、エンザが遠い目を見せながらぼやく。

 普段なんやかんやでララ達の護衛任務が入った時はしっかりその職務を果たそうとしている彼らしくない無責任にも見える態度に、ザスティンは苦笑顔を見せた。

 

「気持ちは分からんでもないが、リト殿達を緊張させないためには周辺警護は君が行くのが適任なのは分かるだろう? それにまあ……セフィ様のたってのご希望だ」

 

「だから帰りたいんだけど……」

 

 どうにか説得するザスティンに対し、エンザはそう再びぼやく。しかし結局真面目な性格が災いしてかぶつぶつ独り言で愚痴りながらもエンザは了承の意を示すように頷き、普段の衣服に加えて何故かサングラスをかけて結城家に入っていく。

 しかし肩は力なく落ちており、どことなく重い雰囲気を漂わせている。その姿にザスティンは両手を合わせてまるで祈るように拝むのであった。

 

 

 

 

 

「セフィ・ミカエラ・デビルークです」

 

 ララ達と同じピンク色で天然なのか柔らかなウェーブがかかった髪を長く伸ばし、ヴェールで隠しているにも関わらず整っているのがよく分かる端正な顔。その整った唇から紡がれるのも綺麗で聞くだけで心が安らぐ美声。

 彼女はセフィ・ミカエラ・デビルーク。デビルーク星、ひいては銀河を治めるギド・ルシオン・デビルークの妻であり、ララ達デビルーク三姉妹の母親である。普段は政治に疎いギドに代わって銀河中を飛び回り政治活動を行っているのだが、この前のダークネスとの戦闘の後遺症で身体が縮んだララを心配に思い、時間を取ってララのお見舞いに来たらしい。

 

「ゴメンなさいね。本当はもっと早くご挨拶に伺いたかったのですけど」

 

「いえいえ! お忙しいって話は聞いてましたし!」

 

 そのついでにララがお世話になっている結城家への挨拶も行っており、しかしもっと早く挨拶に伺いたかったという彼女に美柑が慌てたように返答する。

 そんな美柑にセフィは一度会釈を返した後、ララの方を見て安心したように微笑んだ。

 

「元気そうね、ララ。安心したわ」

 

「うん! 少しずつ力もみなぎってるから、もうじき元の姿に戻れるよ」

 

 セフィの言葉にララがびしっとガッツポーズを決めながら健在を示す。と、次はナナがセフィに思いっきり抱きついた。

 

「母上ー、母上ー♪」

 

「あらあら。相変わらず甘えん坊ね、ナナ」

 

 甘えてくるナナをセフィは受け入れて彼女の頭を優しく撫でる。その次に彼女はどこか緊張の面持ちをしたモモを見た。

 

「地球の衣装、よく似合ってるわ。モモ」

 

「う、嬉しいですわ、お母さま」

 

 セフィの言葉に慌てたようにモモが返答する。その時部屋のドアがキィと僅かな軋み音を立てて開いた。

 

「クィーン・セフィ、周辺警護に参りました」

 

「まあ、エンザ! 久しぶり、大きくなったわね」

 

「……お、お久しぶりです」

 

 警護に来たエンザの姿を認めたセフィが嬉しそうに微笑んで立ち上がり、その姿にエンザはどこか苦虫を噛み潰したような表情で彼女から目を逸らしながら挨拶を返す。

 

「あ、ザスティン達がやけに物々しいことやってるけど。エンザも巻き込まれたのか?」

 

「そりゃあな。クィーン・セフィはデビルークの政治の要、それにクィーンはデビルーク星人じゃないからギドと比べて肉体的にもひ弱だからな、警護の重要性はギド以上だ」

 

 ギドなら刺客の千人や万人余裕で返り討ちに出来るから逆に警護の必要がないどころか、むしろザスティンレベルの兵士にならないと邪魔になると肩をすくめて語るエンザにリトがきょとんとした顔を見せた。

 

「……え? ララ達のお母さんってデビルーク星人じゃないのか?」

 

「言ってなかったか? クィーンは今の宇宙ではもはや絶滅したとも謳われる、宇宙一美しい容姿と声を持つ少数民族“チャーム人”の最後の末裔なんだ」

 

「その通り。種族を問わずあらゆる生物を魅了するその美しさはもはや“能力”の域に達しており、その顔を見た男性はどんな紳士でもたちまち心奪われケダモノとなってしまうのです」

 

 リトの疑問の声にエンザが答え、ペケが説明を引き継ぐ。「長く続いた銀河大戦の発端も元を辿れば一人のチャーム人を巡る銀河同士のいざこざであったという説もある」と続けて説明し、たった一人の人間を巡って銀河中が巻き込まれる規模の戦争にまで発展するチャーム人の魅了(チャーム)の強大さを示す言葉に、リトは「銀河大戦のイメージが変わるな」とどこか呆れ顔で返していた。

 

「んっと……モテモテすぎて大変ってこと?」

 

「そんなレベルじゃないぞ。男がみーんな理性なくして、校長並のド変態になっちまうんだ!」 

 

 説明の規模が大きすぎてピンと来ないのか曖昧な解釈を見せる美柑に、ナナはセフィのチャーム人の魅了(チャーム)の力を身近な人間を例に利用して説明。すると彼女は突然八重歯を見せ、何かを面白いことを思い出したというように、にししと笑ってエンザを見た。

 

「なー。エンザー?」

 

 その言葉に、いつの間にかリト達の方を向きつつわざとらしいほどにセフィに背を向けているエンザがびくぅっと身体を震わせる。

 

「「……え?」」

 

 その反応にリトと美柑が呆けた声を出すのであった。

 

「うん。エンザ、まだ私達の親衛隊にいた頃に一度間違ってお母さんの顔見ちゃったことがあるんだよ。それでね――」

「ララ! 余計なことを言うなっ!!」

 

 ララがこくりと頷いて説明を始めようとするが、それをエンザが声を張り上げて静止させる。だが彼自身はララやリト達から顔を逸らしてそっぽを向いており、しかしリトと美柑は彼の耳が真っ赤になっていることに気づいてしまった。

 するとエンザが部屋に入ってきた時に立ち上がっていたセフィが、何か思いついたようにニヤリと笑みを浮かべると足音を消した忍び足でこっそりとエンザへと近寄る。

 

「もう。そんな冷たいこと言ったらママ泣いちゃうわよ?」

 

「なぎゃあっ!? ク、クィーン!?」

 

 そして背後からエンザへと思いっきり抱きつき、人々を魅了する美声でエンザの耳をくすぐる。

 ぎゅっと優しく抱きしめるセフィの豊満な胸がエンザの背中に当たってむぎゅむぎゅと柔らかく形を変え、エンザは悲鳴を上げた後どうしようも出来ないのか、じたばたと控えめに暴れるしか出来なかった。

 

「も~! エンザは本当に可愛いんだから~! あの時みたいにママって呼んで甘えてくれたっていいのに~!」

 

「セ、セフィ!? あまりお戯れは……」

 

 頭の上にハートマークを乱舞させる勢いでエンザを愛で、すりすりと頬ずりをするセフィにエンザが慌てて叫ぶ。しかし何故か力ずくで振り払おうとしないどころか、どこか口元がにやけていて満更でもないような表情にも見え、リトと美柑は困惑を深めていた。 

 

「セフィ様、失礼します。エンザ、キョーコさんが遊びに来て、とりあえず通したのだが……」

 

 そこにひょこっとザスティンが顔を出してエンザに伝言を伝えようとするが現在の状況を見て固まる。

 

「ん、どしたの?」

 

 そこに続けて恭子がひょこっと顔を出す。そして彼女も目を点にして固まり、それを見たエンザも顔を真っ青にするのであった。

 

 

 

「……というわけで、クィーン・セフィ。こちら俺の従姉弟で、母さん達から見たら姪の霧崎恭子です」

 

「霧崎恭子です」

 

 恭子を紹介するエンザと平坦な声で名前を名乗る恭子。しかし彼女は何故かエンザの腕にしかと抱きついており、セフィを見る目もどこか彼女を睨んで警戒している様子だった。

 

「キョー姉ぇ、こちらはクィーン・セフィ。デビルーク星の王妃でララ達の母上だ」

 

「セフィ・ミカエラ・デビルークです。キョーコさん、ミーネからお話は伺っているわ。地球では有名なアイドルだと」

 

「……どうも」

 

 続けて恭子にセフィを紹介し、セフィが嬉しそうに微笑んで恭子を褒めるがその恭子はジト目&不愛想といういつもの明るい様子を消して挨拶を返すのみ。完全にセフィを警戒しており、そんな彼女を相手にセフィはにこにこと微笑んでいた。

 

 そんな修羅場がリビングで形成されている中、モモは一人まるで修羅場から逃げ出したかのように洗面所に立っていた。

 

「ふう…(…まさかお母様が地球に来られるなんて……嬉しいけど、でも――……)」

 

 モモは愛する母が地球に来た事自体は嬉しいものの、注意しなければならないと強く思う。

 何故ならセフィは徹底したハーレム否定派。彼女らの父親でありセフィの夫であり宇宙の覇者であるギドですらセフィには頭が上がらない。そんな彼女にリトを中心としたハーレムを作ろうという楽園(ハーレム)計画が知られてしまうのはあまりにハイリスクである。とモモは考えていた。

 

(ここは大人しくしとこう……せめて既成事実の一つや二つないと)

 

 楽園計画を押し通すにあたって倫理的に問題がありそうな事柄を考えながらモモはバシャバシャと手を洗う。

 

「モモさん、何か考え事ー?」

 

 するとそこに美柑がひょこっと顔を出し、何かに勘付いたように「ははーん、さては」と不敵に笑う。その顔にモモはハーレム計画をセフィに隠している事を悟られたかと、ぎくりと身体を揺らした。

 

「久しぶりにお母さんに会って照れてるんでしょ?」

 

「えっ……」

 

 しかしその次の美柑の言葉にはそうとだけ漏らして沈黙する。彼女の勘は鋭いのか鈍いのかよく分からない、とその心中で思っていた。

 

「あのさ、ナナさんが呼んでるんだけど……」

 

「姉上と母上が、久しぶりにみんなでフロ入ろうって!!」

 

「お風呂?」

 

 そう言う美柑の後ろからナナが顔を出して用件を言い、その言葉にモモがそう答える。

 

 

 それから場面が移り変わる。まるで夜のような闇の中、地球上に存在しない謎の動物たちが跋扈する中にある、無数の岩で囲まれた温水の溜まり場。所謂天然の温泉だ。

 小さくなったララがモモに抱きついて彼女の豊満な胸を触り、モモも姉のからかいに言葉で「やめてください」と言いつつも受け入れる。美柑とナナがそれをジト目で見つめ、最後にはナナは「デカけりゃいいってもんじゃないからな!」と毒づいて湯に浸かった。

 

「美柑だってそう思うだろ?」

 

「は、はは、そうだね……」

 

 同意を求めるナナに美柑も笑みを引きつかせながらとりあえず同意の言葉を口にして湯に浸かる。

 

「美柑ちゃん。お隣、失礼するね?」

 

 するとさらに美柑の隣にちゃぷり、と水音を立てて別の一人が入る。

 

「わ、キョーコさん。は、はい、どうぞ!」

 

 その相手――霧崎恭子に美柑は慌てたように返し、思わずスペースを開けるように彼女から距離を取ってしまっていた。

 

「あはは、美柑ちゃんったら。広いんだからそんなに離れなくたって大丈夫よぉ」

 

「あ、す、すみません。つい……」

 

 恭子が可笑しそうに笑い、美柑がぺこりと頭を下げて謝る。その後ろからナナがひょこりと顔を出し、恭子を見てまたもジト目を浮かべた。その視線に気づいた恭子が苦笑し、その苦笑で気づいた美柑もまた苦笑する。

 恭子は現役のしかも今をときめく大人気の少女アイドル。身体そのものが商売道具だと言ってもよく、そのプロポーションは抜群。本来の姿のララと比べれば見劣りするだろうが、世の女子高生の平均以上には成長しているだろうバストに、それと比べてきゅっと引き締まったウェスト、そしてこちらもまたしっかり締まりながらもだらしなくない程度に膨らんだヒップは見る人を魅了する魅力を備えていると言っていいだろう。

 さらにセフィを前にしていた時はジト目や不愛想な顔になっていたが、その本来の姿である彼女の笑顔もまた人を夢中にさせる輝きを持っていた。

 

「それにしても、驚いたなぁ。何か変なワープ装置を潜ったと思ったら、不思議な動物たちがいて、そこにこんな立派な温泉があるんだもん」

 

「あ、そっか。キョーコさん、電脳サファリ初めてでしたっけ?」

 

「というか。夕飯にお呼ばれした事は何度かあったけど、まだちゃんと挨拶はしたことなかったよね?」

 

 恭子の言葉に美柑が恭子が電脳サファリに入ったことない事に気づくと、恭子はそもそもきちんとした挨拶がまだだったと答えてナナの方を向いた。

 

「ララちゃんから聞いてたけど、改めまして。霧崎恭子です。よろしくね、ナナちゃん」

 

「あ、お、おう。ナナ・アスタ・デビルーク……よ、よろしくな、キョーコ」

 

 にこっと柔らかな笑顔を浮かべての挨拶にナナは照れたのか頬を赤らめつつ自分も名前を名乗り、よろしくと続ける。

 

「……あれ? ナナさんってキョーコさんと知り合いじゃなかったの? とらぶるクエストでキョーコさんがモデルの――」

「わーわーわー!!!」

「——むぐむぐ!?」

 

 しかしそこで美柑が余計なことを口走り、ナナが慌てて大声をあげ美柑の口を両手で塞いでそれを遮る。恭子がきょとんとした顔を見せた。

 

「とら……なに?」

 

「あーいやいやなんでもねえ! あーえっとその、だな……エ、エンザがいっつもキョーコのこと話してるから、まるで前からの知り合いみてーだなってさ、あ、あは、あはははは!」

 

 きょとんとした顔&首傾げを見せる恭子にナナが必死で誤魔化す。流石に本人の承諾なく、お色気系の魔王として自分達が作ったバーチャルリアリティー系のゲームキャラクターのモデルにしたなんて言えるわけもなく、口から出任せで誤魔化していた。

 

「……エンちゃん、そんなに私の事話してたの?」

 

「お、おう! あー、毎日毎日、えー、こっちが聞き飽きるってくらいに、だな、おー、ミミダコってのか?……あー、まあそんな感じで……」

 

 恭子が自分の言葉に興味を持ったのに気づいたナナは話を逸らすための言葉を口にしながらその次の言葉を頭の中で考え、最後はテキトーに誤魔化す。しかしその言葉を聞いた恭子の頬がぽーっと赤くなり、その頬や目尻にもにへ~という感じの緩みが走る。

 

「も~エンちゃんったらぁ。いつもはツンツンしてるのに素直じゃないんだから~」

 

(……悪い、エンザ。なんかややこしい事になった気がする……)

 

 赤く染まった頬を隠すように両手を頬に当て、顔を左右に振って照れている恭子を見たナナは誤魔化すためのでまかせのせいで恭子が妙な方向にデレた事に気づき、兄貴分に心の中で謝罪を行うのであった。

 

「ていうか、ホントに私やキョーコさんも来てよかったの? せっかくの家族水入らずなのにさ」

 

 そこに美柑が口を挟む。セフィは愛娘のお見舞いでさえ半日ほど時間を取るのが精一杯なほど忙しい日々を送っており、そんな貴重な家族水入らずの時間に赤の他人である自分達がお邪魔していいのだろうかと気を遣ったのだろう。

 しかしそんな美柑に近くに来たララが微笑んだ。

 

「大丈夫だよ~。美柑も家族みたいなものだし、キョーコちゃんだってお兄ちゃんのお姉ちゃんなんだもん」

 

「そーゆー事」

 

 ララ曰くずっと家族同然に過ごしてきた美柑だって家族みたいなものだし、恭子は自分達にとって兄であるエンザの姉のようなものなのだから自分達にとってはお姉ちゃんのようなものなんだ。と妙な理屈をつける。まあその後「そうでなくても、キョーコちゃんと一緒なんて嬉しいし」と続けており、マイペースなララに美柑と恭子は二人揃って苦笑顔を見せるのだが。

 

「ところで、セフィさん、やっぱお風呂の時はヴェール取るよね? 私が顔見ても大丈夫?」

 

「あ、それは大丈夫! チャームの能力の影響を受けるのは男だけだから」

 

 美柑のふと思った疑問にナナが答える。恐らく厳密には能力を使うチャーム人から見て異性という意味で男だけという意味だろうが、この場に来るチャーム人は女性であるセフィのみ。その説明でも問題はないだろう。

 

「ふぅん……そっかぁ。何か楽しみだけどキンチョーするなぁ……あ、そういえば」

 

 自分が魅了(チャーム)の影響を受けることはないという結論に一安心した美柑は、それでもセフィという美人なララ達の母と文字通り裸の付き合いに緊張を隠せず、緊張を少しでもほぐそうと何か話題を探していると何かを思い出す。

 

「ララさん、エンザさんが昔セフィさんの顔を見て大変だったみたいな事言ってましたけど、何があったんですか?」

 

「ん、なになにどういうこと?」

 

 美柑の質問にエンザの話題のためか恭子が食いつく。するとナナがきししと笑みを浮かべた。

 

「ああ、あれは兄上がまだあたしらの親衛隊にいた頃だったな。珍しく母上がお城にいて、あたしやモモが庭で喧嘩して泥だらけになっちまったから、風呂に入ることになったんだよ。エンザは行く気なかっただろうけど、モモが我儘――」

「余計なこと言わない! ま、まあそれで私とナナとお兄様、あとついでにお姉様も一緒にお風呂に行ったんです。そして皆で服を脱いで、いざお風呂に入ろうとした時に入れ違いでたまたまお風呂に入っていたお母様が出てきて、たまたま、本当にたまたま――くく――お兄様がお母様の顔を、ふふ……見てしまったんです」

 

 ナナが説明していたが、モモがしれっと自分の黒歴史をばらされそうになって慌てて遮り、説明を引き継ぐ。しかしその途中でナナとモモは肩を震わせ、その口から出る笑い声を必死で押し殺しているようだが殺しきれずにくくく、ふふふ、と笑い声が漏れ出ていた。

 

「く、くくく……あっはははは! いつも母上の前ではキリッとしてる兄上が顔を真っ赤にして目にハートマークまで浮かべて母上に甘える姿なんて後にも先にもあれっきりだったよな!」

「ふ、ふふふ……あはははは! い、今でも思い出せますわ……俺、ママと結婚するとか言ってましたわよね? ギドと別れて俺と結婚してとか……あれ以来、お兄様は露骨にお母様から距離を取ってますものね……」

 

「「うっわぁ……」」

 

 ナナとモモの笑いを押し殺し、しかし我慢できなかったのか爆笑しながらの言葉に恭子と美柑は、ここにいないエンザに同情する。育ての母と言える存在に甘えるならまだしも求婚するとかばらされたくないのも分かる圧倒的な黒歴史だった。

 

「でも私、ママにうっかり魅了(チャーム)されちゃったザスティンを見た事あるけど、それに比べたら別におかしくなかったよね? ただママに甘えてただけだもん」

 

「……まあな」

「……そうですわね」

 

 そこに口を挟むララに、ナナとモモは思わず笑いを消した真顔でこくこくと頷く。とりあえずザスティンの名誉のためにその詳細は口にしない事にしたらしい。

 

 

 

「と、いうわけで。現状セフィ様達の周囲に問題はありません」

 

「うむ、ご苦労。引き続き警戒を頼む……とは言っても流石に内部に入るのは問題だからな、入り口周辺の警戒で大丈夫だろう」

 

 玄関にてエンザからの報告を受けたザスティンは流石にデビルークの女王や姫君が入浴中である電脳サファリの中に入るのは問題があると判断したのか、電脳サファリの内部に唯一繋がるワープゾーン入り口周辺の警戒で問題ないだろうと次の指示を告げる。

 

「あ、セリーヌ! お前はもう寝なきゃダメだって!」

 

「ん?」

 

 するとリビングの方からリトの声が聞こえ、エンザは報告と次の指示の連絡も終わったため、ザスティンにちょっと待ってとジェスチャーで示してリビングに向かう。

 

「どうしたんだ、リト?」

 

「エンザ! セリーヌが電脳サファリに入って行っちまったんだ。俺ちょっと連れてくる!」

 

「ホントか!? 電脳サファリで迷ったら大変だ、俺も行く!」

 

 リトはエンザにそう伝えるや否や電脳サファリに繋がるワープゾーンに飛び込み、それを聞いたエンザもザスティンにまたもジェスチャーでごめんと示すとリトの後を追ってワープゾーンに飛び込んだ。

 ワープゾーンを潜った先にある電脳サファリ。リトとエンザが話していた僅かな間にセリーヌの姿は既に見えなくなっていた。

 

「まだそんなに遠くには行ってないはずだ。俺はあっちを探すからリトはあっちを頼む! 気をつけろよ!」

 

「おう!」

 

 セリーヌの足ではそんなに遠くには行けてないはずであり、エンザとリトは手分けして探すことにして二手に分かれ走り出す。

 

 

 

 

 

「——くそ、いないな……」

 

 電脳サファリを走り回り、汗を拭いながらエンザは呟く。電脳サファリ内に住むナナの友達ならセリーヌを間違えて食べるなんてことはないだろうが、この広い電脳サファリでもしも迷子になったり怪我をしては大変だ。そう思いながらエンザは再び走り出そうとする。

 

「……?」

 

 その時、ドドドドドという地響きを彼は耳にするのだった。

 

 少し時間を戻そう。セフィは温泉に向かう前にペケからララ達の近況報告を聞きながら脱衣をしており、ナナの呼び声を聞いてペケを伴い温泉に行こうとする。

 しかしその時セリーヌを探していたリトとたまたま鉢合わせてしまい、しかも足を滑らせたリトがいつものようにセフィを巻き込んで転倒。タオル越しとはいえセフィの豊満な胸に顔をうずめてしまっていたリトは慌てて起き上がるのだが、その時にうっかり掴んでいたセフィの顔を隠すためのヴェールを剥ぎ取ってしまい、そのままセフィの素顔を直視。

 今までの経験からリトを魅了(チャーム)してしまったと思ったセフィはペケが足止めに奮闘している隙にその場を逃げ出していた。

 

「もう……なんでこうなるのかしら!!! 美しすぎる自分が憎いっ!! どうしてこんな――」

 

 タオル一枚でその場を逃げながら、自分の美貌を呪っているような自慢しているような言葉を叫ぶセフィ。しかしその言葉は途中で止まる。

 リト達の喧騒が聞こえてやってきたのか、電脳サファリに住むナナの友達の動物が集合。セフィと目が合う。

 

「まあ……ナナのお友達の皆さん……」

 

 セフィの頬が引きつり、汗がだらだらと流れる。彼女を見る動物たちの顔が一斉に赤くなっていき、その目の瞳孔も興奮したように開いたと思うと瞳にハートマークが浮かび始めた。

 

「こっ……来ないでーっ!!!」

 

 咄嗟に元来た道を戻って逃げ出すセフィとそれを合図にしたかのように一斉にセフィを追いかけ始める動物たち。

 ドドドドドと地響きを盾ながらセフィを追いかけ回す彼らの目には例外なくハートマークが浮かび、ハートマークを乱舞させながら彼女を追う事から魅了されているのは間違いない。

 

「セフィさん!」

 

「ひっ!」

 

 元来た道を戻ったのだから当然だがリト--何故かパンツを被っている――と再び鉢合わせしてしまい、セフィは足を止める。目の前にはさっき自分が魅了してしまったリト、後ろにはやっぱり自分が魅了してしまった動物たち。セフィにとっては前門の虎後門の狼という格好の挟み撃ちになってしまった。

 

「セフィさん、こっちへ!!」

 

「い、いやっ――わ、私がそっちに行ったら組み倒されて○○○(ピー)とか×××××(バキューン)とかされちゃうんだわ! 絶対――」

「お、俺は正気ですから! いいからこっちへ!!」

 

 動揺しているのか女性や娘を持つ母親としては言ってはならない単語を口にするセフィにリトは「自分は正気だ」と訴えながらセフィの手を掴んで逃げ始める。

 セフィも自分の魅了が効かないリトに驚いて問い詰めているが、それどころではないため走るのも忘れない。

 

 [リト殿! セフィ様! 上からっ!!]

 

 しかしやはり周囲の注意が疎かになってしまったか、ペケの叫びを聞いてからやっと、上の方からナナの友達の一体である巨大なイカ型の宇宙生物が触手を伸ばしてきている事に気づく。

 その触手がセフィの身体を捕まえ、あっという間に自分の手元へと引き寄せる。

 

「ん、ふっ、くっ……んぅ~っ!」

 

 そして自分の触手でセフィの身体を拘束すると彼女の身体を弄び始めた。くすぐったさに身じろぎし、くぐもった声を出すセフィを見たリトがイカの触手を登りながら「その人を離せ!」とイカに怒鳴りつけるがただでさえセフィの能力で魅了された上に、その喘ぎ声で余計に興奮しているイカは触手をばたつかせるのみ。

 

「え? うおわあぁぁっ!?」

 

 しかもそのばたつかせた触手に掴まっていたリトが、どういうわけだかセフィの股間に顔をうずめる羽目になっていた。

 

「むぐ、むぐぐ~っ!?」

「ん、んああぁぁぁっ!」

 

 慌てて身体をばたつかせるが上手い具合に触手同士が絡み合って身体が固定されていて上手く離れられず、セフィが喘ぎ声を出す。ペケが「セフィ様を離すのですーっ!」と叫ぶが、荒ぶる触手の前では近づくことすらままならない状態だった。

 

「ったく。一体どうやればこんな状況になるんだよ……」

 

 そこにそんな呆れ声が聞こえたかと思うと、イカの荒ぶる触手の上をまるでアスレチックでも遊んでいるかのような軽快なジャンプで飛び移り、時には垂直に立った触手を壁にして蹴り上がりながら、一人の青年がイカの頭上へと跳び上がる。

 

「悪いがちょっと寝てもらうぞ!」

 

 竜を模したフルフェイスのヘルメットに全身を覆う鎧——ミーネ作のパワードスーツを纏ったエンザの左腕に鎖付きの鉄球が出現。ぶんぶんと空中で振り回して勢いをつけて投擲したそれがイカの頭部に激突、その威力にイカは一発で昏倒すると共に脱力してセフィとリトも空中へと投げ出される。

 

「ひっ!」

 

 しかしその下には既にイカと同じくセフィに魅了された動物たちが密集しており、このまま落ちたら蹂躙されると予測するのはたやすい。だが重力が働いている以上自分が落下する未来を変える事は出来ない。

 セフィは一難去ってまた一難、やっぱり自分の美しさのせいでこうなってしまうのかと考えながら、重力に従って落下していく。

 

「え?」

 

 その時、セフィは何かに抱きかかえられたような感触と浮き上がる感覚を覚え、咄嗟に上を向いた。

 

「っ、こ、こっちを見るな!」

「きゃっ!?」

 

 突如慌てた声が聞こえたかと思うと、なんだかんだ今まで身体に巻かれていたバスタオルが剥ぎ取られて顔に被せられる。むぐむぐと声にならない声を出しながら、しかしセフィは慌てた声から誰が自分を助けてくれたのかを察した。

 

「ありがとうね、エンザ」

 

「……このままだと余計にめんどくさくなると思っただけだ。今ペケにナナ達を呼ばせに行ってる」

 

 バスタオルで顔を隠しながら、でも口元をオープンにするくらいなら問題ないと判断して口元までタオルをたくし上げてお礼を言うが、それに対しエンザはツンツンとした棘のある口調でそう返して地上へと降り立つ。

 リトもエンザが作った氷の滑り台を滑って安全に地上に降りたらしく、エンザはセフィが顔を隠しているのを確認してからリトに言葉を向けた。

 

「リト、クィーンを頼む。顔を見ないように注意しろよ、お前まで魅了されたら事がややこしくなる」

 

「お、おう。ってエンザは?」

 

 何故だか魅了は平気っぽいのだが、それをいちいち説明している時間も惜しいので流すことにしたリトは、エンザはどうするのかと問う。それに対しエンザは右腕の装甲を変化させたハンマーを肩に担ぐように持っていった。

 

「とりあえずナナ達が来るまで足止めは必要だろ?」

 

 そう言ってハンマーを持ち上げたかと思うとハンマーに冷気が溜まっていき、その周囲に僅かな冷気が巻き散っていく。

 何かするつもりだ、と直感したリトは、エンザから降ろされた後まだ立ち上がらずにエンザを眺めていたセフィに手を差し出した。

 

「セ、セフィさん。今の内にあっちへ!」

 

「え、で、でも……」

 

「早くっ!!」

 

 真っ直ぐにセフィを見るリトの瞳に、彼女は何かを感じたように呆けながら彼の手を取って立ち上がると、リトと一緒に少しでも目くらましになると思ったのか湯気の濃い方へと逃げていく。セフィに魅了された動物たちがそれを追おうとするが、エンザがフルフェイスの兜を被っているため見えないはずだがギロリと睨みを利かせると本能的に危険を感じたのかその足が止まった。

 

「悪いけど、ここから先にはいかせない!!!」

 

 ドガン、とハンマーで地面をぶっ叩く。それと共にハンマーに溜まっていた冷気が一斉に解放され、巨大な氷の壁を作り出して動物たちの足を止めた。

 それから巨大な氷の壁が目印になったのか割とすぐにナナ達がやってきて、ナナが魅了された動物を一匹ずつはたいて正気に戻させ、お説教開始。お説教が終わって正気に戻った動物たちが自分達の住処に戻っていくのを確認後、セリーヌも見つかったためリト達も電脳サファリを後にする。

 

「んで……なんなのキョー姉ぇ?」

 

「んふふ~素直じゃないんだからぁ~♪」

 

 その間、まるで甘えるようにエンザの腕にしっかりと抱きつき、にへらぁっと笑いかける恭子にエンザは困惑顔を見せる。その後ろのナナも若干気まずそうな表情になっていたのだった。

 

 

「セフィ様。母船からの迎えが参りました」

 

「ありがとう、ザスティン」

 

 それから雑談に興じたりゲームをしたりで時間が過ぎていく。ザスティンからの報告を聞いたセフィが立ち上がるとナナが寂しそうな目でセフィを見た。

 

「もう帰っちゃうの、母上ー」

 

「また通信で会えるでしょ?」

 

 寂しそうな目で訴えるナナをセフィは嗜め、「そのうち時間を作ってまた来るわ。私も彩南(ここ)が気にいったしね」と微笑む。

 

「また来てくださいね、セフィさん。その時は私も出来る限りスケジュール空けるようにしますから!」

 

「ええ、その時はぜひ。キョーコさんもお仕事頑張ってくださいね。でもお身体には気を付けて」

 

 すっかり打ち解けたらしい恭子がセフィと握手をしながら喋る。もちろんその打ち解けた理由はエンザであり、お互いがお互いの知らないエンザの姿を語り合ったことで打ち解けていた。

 それからララに「元の姿に戻るまで無理してはいけませんよ」と呼びかけたり、リトが今日起きたアクシデントについて「いろいろスミマセン」と謝るがセフィはむしろ楽しかったわと笑い、「これからも娘たちをお願いします」と頭を下げる。

 最後にモモとも挨拶を終えて――何故かモモは顔を青くして固まっていたが――セフィは結城家を後にしようとする。

 

「……クィーン・セフィ」

 

 そこで唯一、まだ別れの挨拶を済ませていないエンザがセフィに声をかけた。

 

「その……ご自愛ください。貴方がいなければデビルークは成り立たないし……その……」

 

 どこか目を逸らしながらエンザはそこまで言うと、背後にはリト達が見送りのために立っていることを確認。何かを恥ずかしがっているように頭をかいた後、意を決したようにセフィの方を向き直し、ヴェールで覆われているとはいえセフィの顔を真っ直ぐに見る。

 

「あ、貴方に何かありましたら、俺が悲しいです。セフィ……ママ」

 

 やはり最後の台詞は恥ずかしかったのか、頬を淡い赤色に染め、目を逸らしての消え入りそうな小さな声になる。

 しかしセフィは嬉しかったのか頬をほころばせ、柔らかな笑みを浮かべてエンザに顔を近づける

 

「ええ、気を付けるわ」

 

 さりげなく片手でヴェールをたくし上げ、顔全体とまではいかずとも口元まで露出する。

 

「ありがとうね、エンザ」

 

「!?」

 

 ちゅ、と柔らかなリップ音がエンザの頬から聞こえ、エンザがぎょっとしてその頬に手を当てる。彼の頬にキスをしたセフィはすぐさまヴェールを下ろして隠した口元からぺろっと舌を出しておどけてみせた。

 その姿を見たエンザの顔があっという間に真っ赤に染まり上がる。その後ろではリト、美柑、ナナ、モモが呆然としたように目を丸くし、ララはよく分かってないのか無邪気に笑い、恭子がジト目でエンザを見ていたのだった。




なんか、よく、分かんないけど……矢吹先生が、ジャンプで新作を、書いた?ようですね?(ジャンプ未読勢。というか単行本派)
情報収集してみたけど、なんか空手家男子のTSもの?みたい?……読み切りらしいけど、連載してほしい。(そうじゃないと単行本手に入らないし、このためだけにその刊のジャンプ探して買うの面倒)


それはさておき、お久しぶりです。

今回のお話の前に一話オリジナルストーリーを入れたかったんですが、どれだけ考えても上手くまとまらなかったので没になりました。それが今回の投稿が遅れた理由の大部分になります……まあ、ちょっと執筆意欲が低下していたってのもあるっちゃあるんですが。

さて今回はセフィ登場。主人公の初恋の人枠であると同時に昔魅了されちゃったのが黒歴史になっていて強く出られない系です。そしてセフィの方はエンザの事を完全に息子扱いしてます、まあエンザ自身ララナナモモを妹と呼んで彼女らからも兄扱い受けてるからある意味当然だけど。
家を出たから最近は会ってないし久しぶりに会っても昔みたいに甘えずにツンツンしてる息子を愛でまくってます。エンザからすればそもそもその甘えた自体が魅了による黒歴史なんですが。

さらにノリと思い付きにより恭子も登場、登場時は「エンちゃんを取られる!」と思ってめっちゃセフィを警戒していましたが、エンザ大好き同士打ち解けました。
まあ最後の最後で「やっぱ油断ならねえ」と思ってるかもですが。(笑)

そしてエンザはセフィの事大好きですけど、表に出すのはヤバい&知られたら今まで以上にからかわれると理解しているから必死で隠してるイメージです。
その結果が基本ツンツンです、でも最後に彼なりにセフィ相手には渾身のデレを見せました。

さて次回はどうしようか。この辺りはエンザを絡ませ辛い話が多い感じだから何かオリジナルで考えてみようかな……。
まあその辺りはまた後で考えるとしよう。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


話は変わるけど、これの連載終了後に連載考えているゆらぎ荘の方も原作が14巻で新たな事実が判明しましたね。単行本派なので最新ストーリーまでは分からないけど……藤太の実力辺りの設定をちょっと考え直さなきゃな。
というか、アニメの感想サイトで「コガラシはシリアス本編終わった後のラブコメ後日談やってるようなもん」って例えてる人がいたけど……マジでこいつ王道RPGの勇者みたいな事やってんじゃん!?そりゃ強いわあいつ!こんなの出されたら最強系主人公という設定に納得せざるを得ない!

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