ToLOVEる~氷炎の騎士~   作:カイナ

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第二十一話 闇の予兆

「はぁ……」

 

彩南高校の廊下。炎佐はため息をついて校内を見ていた。その廊下の窓のガラスにはヒビが入っており、ガムテープで応急処置されている他、酷いどころでは窓枠すらないという不用心にも程がある状態になっていた。

 

「俺がニャル子達からの依頼で数日学校を休んでる間にそんな事があったとはな……流石にララに説教の一つでも入れとかないと」

 

「お、お手柔らかにな?」

 

ニャル子――正確には惑星保護機構――から数日に渡る依頼があって数日間学校を休んでいた炎佐は、その間にララの発明品である自立移動型飛行掃除機――ごーごーバキュームくん(あんこう)が壊れて内部動力源であるマイクロブラックホールが暴走、あわや彩南高校を呑み込みかねない大事故に繋がりかけた事を聞き、そんな危険なものを発明品に使ったララに今更ながら説教をしなければならないかとぼやく。

その彼に対し、炎佐に学校の惨状を説明していたリトが苦笑を漏らしながらそう返した。

 

「それに、まあ確かに危なかったけどさ。悪い事ばかりじゃなかったっていうか、そのおかげで一つ進歩もあったんだぜ」

 

「ああ……あれね」

 

リトの言葉に炎佐は廊下のある方向を見る。

 

変身(トランス)!! ほーら、ハレンチせんぱいのおっぱいだよー」

 

そこには宇宙人であることを隠していたはずのメアが自分の胸を変身技術の応用で大きく膨らませてぷるんぷるんと柔らかく揺らしている光景があった。

なおそれに里紗と未央が「「おぉ~!」」と歓声を上げ、ナナは自分の平坦な胸に手を当てながら呆然となり、さらに自分をネタにされた唯が「こらーっ!」と声を荒げていた。

 

「メアさん! 変身(トランス)を変なコトに使わないっ!!」

 

「えへへ~」

 

普通の地球人ではありえない文句の説教もどこ吹く風という様子でメアは笑い、反省の色なしと見た唯の説教が続く。

 

「すっかり皆に受け入れられたみたいね、メアちゃん」

 

「……少しはしゃぎすぎですね……」

 

ひょこっと顔を出したティアーユの言葉に、きなこ豆乳を飲みながらのヤミが返す。

リトの言っていたごーごーバキュームくんAによる事件の結果である悪い事ばかりではなかった一つの進歩、それはメアが宇宙人である事が事件解決のどたばたの中でばれてしまったが、ヤミが上手くフォローを入れてメアが彩南高校の皆に受け入れられた事を言っていた。

 

「……」

 

と、そこでヤミはティアーユに気づいたように彼女をじっと見る。そして次の瞬間、足音もなくススススと後ろに下がってティアーユから距離を取るのであった。

 

「ヤミちゃーん!?」

 

ティアーユはその対応に悲鳴を上げた後、「うぅ」と呟いて涙目になった。

 

「ティアーユ先生……」

 

「落ち込む事ないですよ。ヤミちゃんがドクター・ルナティークの事嫌いじゃないのは分かってる――」

 

苦笑するリトとフォローをする炎佐、しかし彼の言葉は不自然に途切れる。というのも今や廊下の向こうにいるヤミが、それほど距離を取っていてもなお分かる程の殺気を炎佐に向けていたからだ。その意味する事は一つ、すなわち「余計な事を言うな」である。

そんな照れ隠しの殺気に炎佐も苦笑を漏らし、こくりと頷いて了解の意を示すと殺気も止み、ヤミはぷいとそっぽを向いてそのまま歩き去っていった。

 

「それにしても、ヤミちゃんの方は相変わらずだね」

 

「複雑な事情があるからな、あの二人……」

 

「ヤミちゃんの方は照れてるだけみたいだけど……」

 

炎佐とリトはそうぼやくように話し、ふぅとため息をつく。と、その時炎佐の携帯が鳴り始めた。

 

「あ、ごめん……ニャル子だ」

 

電話の相手が仕事仲間というか一応お得意様である相手のためすぐ電話に出る事に決めたらしく、廊下の隅に寄って声を潜め電話を開始する。

声を籠らせるためや唇の動きで会話内容を読み取られないように左手で口と携帯電話を隠すように覆っているため会話内容はあまり聞こえないが、漏れ出る声からは何か面倒そうな雰囲気が感じ取れる。

 

「はぁ、やれやれ……」

 

「どうしたんだ?」

 

ため息交じりに携帯をしまう炎佐にリトが首を傾げて問うと、炎佐も面倒くさそうに苦笑して肩をすくめた。

 

「ああ、ちょっと書類に不備があったそうでさ。こっちの署名が必要なそうなんだ。明日は丁度土曜だし直接ニャル子達のとこに行って書類の確認と署名をする羽目になった」

 

「ご、ご苦労さん……」

 

面倒くさそうな顔をする炎佐にリトも苦笑しながら労いの言葉をかける。が、炎佐は苦笑したような皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「ま、休日に宇宙人関係で頭を悩ませるのが書類不備なんていう形式めいたものであるだけマシってもんだよ。少し前まではララちゃんの婚約者候補によるリトの暗殺対策とかで頭悩ませてたんだしさ」

 

「あはは……」

 

皮肉めいた炎佐の言葉にリトも苦笑を漏らしつつ、しかし確かに最近平和になったよなと思うのであった。

 

それから土曜日曜を経て月曜日。炎佐はたまたま廊下を歩いていたモモと雑談に興じていた。

 

「にしても……メアもそうだけど、最近ネメシスも静かだよな」

 

「そうですね……ダークネス。その発現を待つと言って以来遊びほうけてるネメシス……リトさんにはああ言ったものの、まだ楽観視は出来ないかもしれません」

 

「ん? リトに何か話したのか?」

 

雑談の中で最近静かにしている不気味な存在――ネメシスの事を口にする炎佐に対してモモもその意見を肯定、相手の目的が未だよく分かっていない以上楽観視は出来ないかもと呟く。と、その言葉の内容が気になったのか炎佐は首を傾げてモモに話しかけ、口を滑らせたモモはぎくりと身を震わせた。

 

「あ、ああ、いや、その……そ、そうヤミさん! ヤミさんの事ですよ!」

 

「ヤミちゃんがどうかしたのか?」

 

実際に話していたのはハーレム計画の事だがそれを炎佐に知られたら絶対とまではいかずとも高確率で怒られると直感したモモは、実際にリトに話した内容でもあるヤミのことだと即座に嘘をついた。

 

「その……ヤミさんは最初はリトさんの命を狙っていたでしょ? けれど今のヤミさんにリトさんを傷つけられるとは思いませんし、そこは安心かな~と話しただけで……」

 

「なるほど……確かにそうだな。俺も最近ヤミちゃん関係はリトを守るよりもドクター・ルナティークとの関係性をどうするかって事しか考えてなかった」

 

モモの話に実際自分もヤミの事はリトの命を狙う殺し屋よりも一応は護衛対象であるティアーユとの関係改善を考える相手として見ていた事から納得。モモも上手く誤魔化せてほっと安堵の息を吐いた。

 

「……あ」

 

と、廊下の向こう側を見たモモがふと声を漏らす。

 

「どうした?」

 

「いえ、ヤミさんがいたというだけで」

 

モモの漏らした声が気になった炎佐が問うが、モモはそう返して廊下の向こう側を指差すのみ。たしかにその指の先にはヤミが何か考え事でもしている様子で歩いている姿があった。

と思うと彼女の進行方向先にはこっちも何か考えている様子のリトが歩いており、互いに考え事で前方不注意になっていたのかヤミとリトがドンとぶつかってしまう。

 

「あ、ってうわっ!?」

 

「「え?」」

 

次の瞬間リトが何故かずっこけ、ヤミを巻き込んで倒れてしまう。ヤミは幸い膝を折って尻餅をつきそうな形で倒れるだけで済んだがしかし、リトの方は何故か尻餅をつきそうな形で倒れたヤミのパンツが顔の上にのしかかりつつ、ヤミの両腿を両手で押さえ込んだ上にその両親指はヤミの股間を広げるような形で押さえているという珍妙この上ない体勢になっていた。

 

「あのぶつかり方でなぜこうなるのか……もはや物理法則もへったくれもないですね」

 

羞恥に頬を淡い赤色に染めたヤミの見下すような視線がリトに突き刺さる。同時にその髪が鋭い刃へと変身(トランス)した。

 

「とりあえず殺します」

 

「ゴゴゴゴメンなさーい!」

 

無数の刃を操ってリトに斬りかかるヤミと謝罪の言葉を出しながら大慌てで逃げ始めるリト。一応いつもの光景に分類されるものにモモもくすくすと笑った。

 

「大丈夫大丈夫。そうは言ってもホントにやるワケが……」

 

きっとヤミなりの照れ隠しなんだと考えるモモだが、ヤミの攻撃がやけにしつこくさらにリトの急所を狙っているようにも見えて頬を引きつかせ、彼女は炎佐の方を見た。

 

「エ、エンザさん……やっぱり一応助けた方がいいんでしょうか?……」

 

「そうだな。ヤミちゃんは俺が止めるからお前はリトの保護を頼む」

 

「はい!」

 

モモの言葉に炎佐もため息交じりに頷き、鎧を装備するためにデダイヤルを取り出す。そして接近しながら装着するつもりなのか二人は同時に飛び出そうと構えた。

 

「ヤ……ヤミちゃん! その辺で許してあげて!!」

 

「西連寺!?」

 

しかし二人が飛び出す前に春菜がリトを庇うようにヤミの前に飛び出した。

 

「お……お願い! 結城君、悪気はないと思うの」

 

「……今回だけですよ……」

 

春菜の説得が効いたのか刃を元の髪に戻し、すたすたと歩き去るヤミ。春菜はその間にリトに「大丈夫?」と心配そうな顔で尋ねていた。

 

(流石は春菜さん……リトさんの本命はダテじゃないわ!!)

 

その光景を見守るモモは何故か拳をぐっと握り、そう春菜の事を評価した。

 

「ちょっと西連寺さん!!」

 

するとそこにまた別の女子が乱入する。

 

「男子とそんなにくっついて何!? ハレンチだわ!」

「ずるーい。抜け駆け禁止よ委員長!」

 

「え~!?」

 

乱入し文句のような言葉を口にするのは唯とルンだ。ちなみに唯の肩には何故かセリーヌが乗っかっているが本人はあまり気にしていないようである。

 

「ちちちがうのよ、私はただ……」

 

「そうだよ。西連寺は俺を助けてくれて……」

 

顔を真っ赤にし慌てて弁解を始める春菜とリト。するとそこにララが「リトと春菜、なんかいい感じだね!」と爆弾をぶっ込み、その二人に「これ以上話をややこしくしないでー!」と叫ばれる羽目になっていた。

 

「あ~……リトも大変だよなぁ」

 

「そ、そうですね…(…抜け駆け……か……なんだかんだ言ってもまだまだ楽園(ハーレム)計画の障害は色々あるのよね……)」

 

色々な女性に言い寄られている親友の姿に炎佐が苦笑し、モモも笑みを引きつかせながらそれに同意。心の中で楽園計画の障害を考える。

もっとも大きな問題点は地球人、さらに言えばリトの属する民族である日本人は一夫一妻が当たり前で法的に重婚は認められておらず、それを当たり前の価値観として育っている春菜や唯もモモ本人がちゃんと確認したわけではないが性格的にハーレムに関しては忌避感を持っているだろうと考えられる。

特にリトの本命である春菜がハーレム計画に反対するだろう立場なのが一番の問題であるとモモは考えている。仮にリトがハーレム計画に心揺らいだとしても、本命の春菜がハーレム計画に反対していればそれを理由に踏みとどまる可能性は極めて高いだろう。という理由からだ。

 

「ほんと……まだまだ楽観視は出来ないわね」

 

モモがため息交じりにそんな言葉を口にする。その言葉は息を吐くように自然に、とても小さく漏れ出たためか隣に立つ炎佐にも聞こえていなかったらしく、彼は小さく首を傾げるだけなのであった。

 

 

 

時間が過ぎ、場所は学校のプールへと移る。モモ達一年生の女子は水泳の授業である。ちなみに男子はグラウンドで持久走を行っており、今頃汗を流してグラウンドを走り回っている事だろう。

 

「わーっ! ティアーユ先生、だいたーん!」

 

一年生女子の一人が、水泳の授業の監督に参加したティアーユを見てそう評価する。というのもティアーユの水着は大胆に露出した所謂ティーバックというもの。ティアーユの凹凸に富んだセクシーなボディを際立たせるそれは思春期の少年たちにとっては目に毒と言っても過言ではない。もちろんそのティアーユ自身も恥じらっている様子で頬を赤らめていた。

 

「女子の水泳の授業に出るって言ったらミカドにこれを着せられて……や、やっぱり大胆過ぎかしら?」

 

「いいよいいよ~。これを見られない男子共がカワイソ~」

 

ティアーユの言葉に対し、彼女の周りに群がった女子達がきゃいきゃいと姦しく盛り上がる。

 

「あ、あたしって……あたしって……」

 

「どんまいよ、ナナ」

 

なお離れたところでは胸囲に天と地ほどの差のあるナナが絶望に打ちひしがれており、モモが気にしないようにと返すがナナはモモの膨らんだ胸をキッと鋭い眼で睨みつけた。

 

「お前に言われるとムカツクー!」

 

「なによぅ、フォローしてあげたのに」

 

ナナの怒鳴り声にモモはケラケラと悪戯っぽく笑いながら返すのであった。

 

「あはは♪ まーた喧嘩してるね。あの二人」

 

それをプールサイドに腰かけ、プールに足をつけている格好のメアが眺めながら笑い、自身の隣で自分と同じようにプールサイドに腰かけてプールに足をつけているヤミに話す。

 

「地球では“ケンカするほど仲が良い”という言葉があるそうです」

 

「へー。流石ヤミお姉ちゃん、物知り~♪」

 

メアの言葉に地球の諺を教えるヤミと、姉を物知りだと称えるメア。しかしその後何かが気になったのかこてんと首を傾けた。

 

「けど、それで言うとあんまケンカしない私達って仲悪い?」

 

「そうとも限らないでしょう」

 

「だよね~、あははっ♪」

 

メアの言葉に真意はどうあれ仲が悪いわけではないと返すヤミと嬉しそうに笑って返すメア。たしかに仲が悪いとは思えない柔らかい雰囲気だ。

 

「ん~。でもそれなら私と兄上も実は仲が良いのかな? いっつも喧嘩してるし!」

 

「……」

 

実際はメアがべたべたして炎佐がうっとおしがって最終的にキレるだけなのだが、メアの中ではそれも喧嘩になってしまっているようだ。ニコニコと微笑みながらそういうメアにヤミは呆れたようにため息をつく。

 

「あいにくですが、あなたとエンザは兄妹ではありませんよ」

 

「あ、そいえばそだっけ」

 

ヤミの指摘にメアがぽんと手を叩いて思い出したようにこくりこくりと頷いた。

 

「それに……私達の場合は、これからかもしれない。私達はまだ姉妹になったばかりなんですから……」

 

さらにヤミはそう続ける。

 

「姉妹というのは、近い存在だからこそ……ぶつかり合う事もあるし、分かり合える事もある。そういうものだと思います」

 

「……うん、そだね。生まれが人でも兵器でも、そういうのはきっと変わらないよね」

 

ヤミの言葉にメアが無邪気に笑いながら答えると、ヤミは「素直に聞く耳を持つようになりましたね」と笑いかけ、それに対してメアが「私は前から素直だよ~?」と唇を尖らせる。

 

「私は……ずっと考えていました。自分はいつまでここにいられるのか」

 

再びヤミが語り始める。自分は兵器、ここにいつまでもいるのはおかしい。そんな気持ちがずっと心のどこかにあったのだ、と。

 

「でも……そんな心のもやを、メア、あなたが晴らしてくれた」

 

「私が?」

 

ヤミの言葉にメアがきょとんとした声で返すと、ヤミは小さく首肯する。ヤミの写し身のようなメアがこの彩南(まち)で暮らして人と関わり、人々に受け入れられていく姿を見たヤミは再確認できたのだという。この彩南(まち)で兵器とか人だとか細かい事を気にするのはバカらしい事だと。

 

「この彩南(まち)は……ここにいる人々は……受け入れてくれる」

 

優しさを含むその呟き。それはヤミがずっと言っていた兵器としての自分を自覚し、自身をそれと定義している限り決して出ない響きを宿す。

 

「私達は……ここにいても、いいのだと」

 

すなわち、ヤミが心から享受すると決めた平穏。それが彼女の声に優しさと和やかさ、そして慈しみをもたらしていた。

 

 

 

 

 

 

 

――IGNITION

 

 

だが、それがヤミの心の奥底、彼女自身すら把握していなかった何かの発動の引き金となる。

 

「!?」

 

 

――SELF CHECK

――START

 

 

突如ヤミの髪が彼女の意志に関わらず、彼女が格闘戦で好んで扱う巨大な腕へと変身。彼女の身体中をまるで確かめるようにまさぐっていく。

 

「ヤミお姉ちゃん!?」

 

メアが悲鳴を上げ、ヤミの異常に気づいたモモとナナも「ヤミさん!?」「どうしたんだ!?」と困惑の声を上げる。

 

「!! こ、この現象は……」

 

同じくヤミの異常を目撃したティアーユもまた、遠い昔の記憶を思い出したかのように声を漏らす。

 

「うっ……く……こ、これは……」

 

 

――ARM CHECK

 

――RIGHT ARM

――……OK

 

――LEFT ARM

――……OK

 

 

頭の中で反響する機械的な音声。それに従うように髪の毛が変身した腕が素早く、それでいてまるで健康診断の触診を行うように繊細にヤミの腕を撫でまわす。

 

 

――LEG CHECK

 

――RIGHT LEG

――……OK

 

――LEFT LEG

――……OK

 

 

続けて音声が変わると髪の毛は今度は今にも折れそうな細長い足を撫でまわしていく。その間も他の髪の毛がヤミの身体を抑えこんでおり身動きが取れない。

 

(これは……制御できない……)

 

――BODY CHECK

――START

 

「はぁうっ!?」

 

その上髪の毛は使い手たるヤミの命令を聞かず、彼女の解除命令を完全に無視して今はヤミの身体中を撫でまわし始めた。突然の刺激についヤミの口から声が漏れ出てしまう。

 

「ヤ、ヤミお姉ちゃんっ!? 変身(トランス)でそんなコト……ダイタンッ!」

 

何を勘違いしているのか、しかし客観的に見たらヤミがいきなり水着を部分的に剥ぎ取ってでも自身の身体を変身(トランス)を使って撫でまわしているようにしか見えない光景にメアが顔を真っ赤にしながら歓喜にも似た声を上げていた。

 

(何をカン違いしている、メア……これは“発動”だ)

 

するとメアの頭にそんな言葉が響いてくる。

 

(生体兵器イヴの真の姿……“ダークネス”の変身(トランス)のな)

 

「マスター!!……ど、どういう事!?」

 

いつの間にかプールを見渡せる校舎の屋上に立っているネメシス、彼女の言葉にメアが声を上げて説明を要求した。

 

(やり方を変えたのは成功だった。これが“ダークネス”発動のための条件だったのだ……)

 

「!」

 

「メアさん!」

 

ネメシスの呟きにメアがはっとする。その時彼女のもとにモモとナナが駆け寄ってきた。

 

「マスターって……ネメシスがどこに!?」

 

「どこって……ホラ、マスターはあそこに……」

 

モモの問いかけにメアは、先ほどネメシスが立っていた校舎の屋上を指差す。しかしそこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ?」

 

(無駄だよメア。()()()()お前にしか知覚できない……同じ変身(トランス)兵器でも私はお前やヤミとは異なる存在。だが……可愛い我が下僕メア……何も案ずることはない)

 

突然、メアの赤色の髪の毛が毛先から徐々に、まるで布の端をインクにひたすとインクが徐々に布全体を染めていくように黒色に侵食されていく。

 

(私が今からする事は全て、私達三人の未来のため……)

 

「……メア!?……」

 

「ずっと考えていた……ティアーユ追放後、科学者たちがお前の深層意識に植え付けた“ダークネス”の発動条件とは何か……」

 

そして髪全体が黒く染まり上がると、メアは悪戯好きな猫のような目に金色の輝きを宿してヤミをちらりと見下ろした。

 

「やっと分かった。それは……兵器にあるまじき“心の平穏”。それをお前が心から受け入れる事」

 

いや、全てを呑み込む闇のように黒色の髪に悪戯好きな猫のような瞳、それは既にメアとは違う何者かに切り替わっている。

 

(ネメ……シス!?……)

 

「やっと会えるな。本当のお前に♪」

 

その気配にヤミが愕然とするのを見下ろしながら、黒髪のメアは不気味に微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ここは――」

 

メアが声を漏らす。自分がいる場所は空中、視点の上には彩南町が広がり、しかし自分を囲むようにまるで水面のような揺らぎがある。自身の意識の中である事に気づくのに時間はかからなかった。

 

「!! マスター!?」

 

だが続けて彼女は自分以外の存在――ネメシスが自分の意識の中にいる事に気づき、驚愕の声を上げる。

 

「なんで私の意識の中に……何が起きてるの!?」

 

直後、メアはぞぷん、とまるで何か流体状のものが自分を包み込もうとするような感覚を覚える。いや、事実黒いスライムのような何かが自分を呑み込もうとしていた。

 

「!?」

 

(しばらくそこにいろ、メア……“ダークネス”の条件は満たした……後は――)

 

(ヤミ……お姉ちゃん……)

 

ネメシスがそう呟き、彼女が操っているのだろうスライムの拘束を強める。メアは何も出来ず、姉の安否を案ずる声を出すのが精一杯だった。

 

視点は再びプールへと移る。黒髪に変貌したメアはヤミを見下ろして笑みを浮かべており、ヤミは謎の変身(トランス)暴走によって身動きが取れず、身体中を撫でまわされているせいか妙に息が荒い。周囲の女子も「ヤミちゃん、一体どうしたの?」とヤミへの心配とただ事ではない状況への困惑の声を上げていた。

 

「へ、平和を自覚する事で起動するですって!? そんな……私の知らない所でそんなプログラムがイヴに植え付けられていたっていうの!?」

 

「その様子だとドクター・ティアーユ。あなたはうすうす見当がついていたようだな。“ダークネス”の正体に……」

 

(……メア?……)

 

ティアーユの悲鳴にも似た声に、その様子からダークネスの正体の見当がついていると予感した黒髪メアがそう話す。

すなわち、“ダークネス”とは変身(トランス)の暴走状態、言い換えればリミッターを解除した状態とも言える。無制限の変身(トランス)能力は対人の域を超え、それはもはや対惑星兵器とも呼ぶべきものとなる。と。

 

「かつてその危険性に気づいたあなたは金色の闇に人としての教育を施すことで覚醒リスクを抑えこもうとした……しかし、それは他の科学者達の思惑とは外れていた」

 

黒髪メアは再びそう語る。金色の闇を兵器として扱うつもりだった科学者はティアーユの追放後、研究を重ねて幼いヤミの意識へと刷り込んだ。それが究極の変身(トランス)、ダークネスシステムの正体である。と。

 

「私はその起動条件がなんなのか、ずっと考え続けていた。当初は金色の闇を殺し屋に戻すことがその近道だと思っていたが……この街で暮らし、変わりつつあるメアを見てようやくこの考えに至った」

 

黒髪メアはそこまで言うと一度言葉を区切り、不敵な笑みを漏らす。

 

「平和こそが鍵……ダークネスとは銀河大戦が終結し、平和に向かい始めたこの宇宙に対して仕掛けられた時限爆弾だったワケだ」

 

「!?!?……メア、何のギャグだ!?」

 

「ちがうわ、ナナ……私も何が何だかさっぱりだけど……一つだけ分かった。あれはメアさんじゃない!」

 

黒髪メアの言葉にナナが理解できていないのかメア渾身のギャグか何かかと思って尋ね、それに対しモモは黒髪メアを睨みつけてそう吼える。

その言葉を合図にしたように、黒髪メアの周囲を僅かに闇が覆い隠した。それと共に彼女の肌も褐色に染まっていく。それだけではない、髪型、顔つき、骨格、気配までもが別人へと変貌していた。

 

(さっきまでは間違いなくメアだった……はずなのに……)

 

ヤミも困惑を隠せない様子で、変貌していく黒髪メアを見る。

 

(明らかに……気配が変わった……)

 

「モモ姫の言う通りだ。私はネメシス」

 

困惑するヤミや周りをよそに、メアから変貌した存在――ネメシスは褐色の肌に映える白スクを着ながらナナやティアーユを一瞥した。

 

「ナナ姫やティアーユとは初めてだったっけな」

 

その言葉に、標的に捉えられたナナとティアーユに一瞬警戒が走る。

 

「よろしく、ね♪」

 

しかしその直後放たれたのは何の変哲もない、むしろ愛嬌のある微笑みからの挨拶だった。まさかの不意を突かれた挨拶に二人とも返す事すら出来ずに固まっている。

 

「ね♪ じゃないわよ!! メアさんに化けてどういう事なのネメシス!!!」

 

「おお怖い。ちょっと茶目っ気を出してみただけではないか。さりげなく白スクに衣替えした私のこだわりにはノーツッコミかモモ姫よ」

 

「どうでもいいっ!!」

 

モモがいつも学校で使っている、ナナ曰く良い子ぶりっこのお姫様キャラを忘れて怒号をあげてツッコミを入れる。

 

「お……お前が、ネメシス……メアのマスターだって!?」

 

そこでようやくフリーズが解けたナナも、目の前の光景を整理できたのかネメシスに話しかける。

 

「じゃあ……本物のメアは?」

 

「……」

 

そのナナの言葉にヤミも反応し、ネメシスを見る。

 

「……すまんな、ナナ姫。そして金色の闇」

 

それに対し、ネメシスはまず謝罪の言葉を口にする。

 

「メアなど、初めから存在しない」

 

そしてその口から続けて、メアの存在を否定する文句を口にした。

 

「は?」

 

「メアとは私が作り出した疑似人格。人と関わるのが苦手な私が、彩南に侵入するために用意したものにすぎない」

 

(マスター!? 何言ってんの、私はここにいるよ!?)

 

「無意味だったんだよ。人の心のぬくもりなど、いないはずの妹に届くはずがないだろう?」

 

(ヤミお姉ちゃん!! 私はここにいる!!!)

 

ネメシスの相手を抉るような言葉にメアが自身の存在を訴えるが、それは今やネメシスの心の中で言っているにすぎず、ネメシス以外の誰にも聞こえる事はない。

 

「ウソだっ!!」

 

するとナナがそう叫んだ。

 

「お前はメアに化けてすり替わってるだけだ!! 本物はどこだよ!! メアを返せ!!!」

 

(ナナちゃん……)

 

「ま……信じられなくても無理はないがな」

 

ナナの叫びに対し、ネメシスはニヤリと笑みを浮かべて呟く。

ネメシスの狙いは別にメアの存在を否定する事ではない。ナナはネメシスがメアに化けてすり替わってメアがいないと思い込ませようとしていると疑っているが、ヤミはそうはいかない。なにせついさっきまでメア本人と話していたからだ。

それが実はネメシスだった。この状況で冷静に判断できるはずがない。さらに自分が平和とは相いれない存在だったという事実、加えてメアが幻だったかもしれないという不安と失望。それは彼女の精神に過大な負荷(ストレス)をかける。

 

「あ、あぁ……あああぁぁぁぁあああああ!!!」

 

「ヤミちゃん! 心を落ち着けて!!」

 

多大な負荷によってヤミの心が押し潰されそうになり、彼女が悲痛な声を上げる。ティアーユが慌てて呼びかけるがもう遅く、ヤミはまるで幼虫が成虫へと生まれ変わる前のように自身の身体を髪の毛が変身(トランス)し膨張したような格好で作られた繭のようなものへと包み込まれていく。

 

(冷静な判断力を失ったところへの不安と失望、ダークネスという時限爆弾を持つ自分は平和とは相いれない存在であるという事実と絶望、それは――“ダークネス”をより強く発現させる!!!)

 

 

 

――EVE

 

――SELF CHECK

――OK

 

 

――ALL CHECK

――CLEAR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――DARKNESS SYSTEM START




皆様お久しぶりです。今回はついにというかやっとというか、金色の闇ダークネス編のスタートです。
さて、どうしよう……。(例によって行き当たりばったり)

ラストはまあアレだろうけども。そもそもヤミって別に炎佐のヒロインでもなんでもないし、むしろただの知り合いレベルだし。(ひでえ)
まあ知り合いは冗談としても、実際この子炎佐との関係といったら戦友ってのが一番しっくりくるパターンですし、無印最終話でのプールでの事件とかブラディクス編とか。炎佐がラブコメ系でヤミを助ける姿は正直想像できないです。(おい)

今回の最後というかダークネス暴走の予兆は兵器っぽく、ロボットアニメとかである感じの「システムチェックとか、システムオールグリーン、発進!」みたいな感じの流れをイメージしました。なお自分はロボットアニメにあまり詳しくありません。
ちなみに、原作を読み直してた時にダークネスが暴走した時にいきなり髪の毛がヤミの身体をまさぐり始めたのを「あ、これをシステムのチェックに置き換えたらなんか兵器の発動シークエンスっぽいんじゃね?」と無理矢理に理由付けしたのが始まりだったりします。(笑)

とりあえず次回は戦闘に入れればいいなぁと思いつつ、そもそもエンザって実力的にはノーマルモードのヤミに及ばない(無印時はバーストモードを使ってなんとか喰らいついてたけどあのまま続いてたら間違いなく死んでた)のにダークネスに敵うのだろうかというね……。
まあその辺は後でまた考えるとしましょう。では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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