「ミィーカァードォー!!!」
彩南高校にそんな怒鳴り声が響き渡る。
「え、炎佐!? どうしたん……だ?……」
ばたばたばたと足音がその怒鳴り声の発生源――保健室へと近づき、バンッと扉を開けながら先頭に立つリトが声をかける。が、その言葉は途中からしぼんでいき、その後ろからモモやララ、一緒にいたヤミが覗き込むと彼女らも目を点にする。
「えへへへへ~♪ 兄上~兄上~あーにーうーえー♪」
そこには頭の上でお花が舞っているような幻覚が見えるほどににへらぁとしまりのない顔をして、まるで猫のように炎佐に抱きつき頬ずりをしているナナと、額に怒りマークをくっつけて眉間にしわを寄せ目を閉じて頬を引きつかせるという明らかに怒っているオーラ満々だがナナを払いのける事が出来ずに椅子に座っている炎佐、そしてその後ろであわあわとしているティアーユの姿があった。
「へくちっ!」
時間を戻して放課後。下駄箱の前に立つナナが突然くしゃみをし、別の下駄箱の列からリトが覗き込む。
「ナナ、朝からくしゃみしてたけどまだ止まらないのか?」
「授業中にもしてたわよね?」
「ん~……放っときゃ治るだろ?」
リトの言葉にモモが補足するように続けると、ナナは鼻の下をこすりながらそう答える。
「ダメだ。御門のとこに行くぞ、風邪薬ぐらい常備してんだろ」
だがその背後に炎佐が立ち、ナナを引っ張っていく。
「えー? 別にいいだろそんなもんー」
「リト達に風邪うつされても面倒だ。なにより保健室なら薬くらいタダで貰えるだろ。悪いリト、先帰っててくれ」
「あぁ、いいっていいって。待ってるからさ」
しれっとケチな事を言いながら炎佐はナナを引っ張って保健室まで歩いて行った。
「御門先生、いらっしゃいますか?」
「あら、エンザ。ナナちゃんも。どうかしたの?」
遠慮なく保健室の扉を開け、御門がいるか聞く炎佐。それに対し保健室にいた養護教諭――御門が片手をあげながらどうかしたのと用件を尋ねる。その隣には今まで話をしていた様子のティアーユが座っており、彼女も炎佐達にぺこりと一礼した。
「ナナがくしゃみが止まらないみたいで。風邪薬か何かあります?」
「あら、風邪? でもごめんなさい。私ちょっと佐清先生に用事があるから……あ、佐清先生が顧問をしてるテニス部で最近練習中の捻挫とかの軽い怪我が多いからそれについて相談を受けるだけよ。やきもち焼かないでね?」
「焼かねえよ馬鹿」
炎佐からの言葉を受けた御門はちょっと用事があるから保健室からいなくなるらしく、そこで彼女がちょっとふざけた様子で炎佐に言うが彼は冷淡に返すのみ。御門はむっとした顔を見せた後、ティアーユの方を向いた。
「じゃあティア。すぐ戻るから、それまでお願いね」
「ええ」
「えっと、風邪薬だっけ? それならそこの戸棚の上の、奥の方に置いてるわ。ティア、取ってあげて。じゃあお願いね」
どうやらティアーユは御門がいない間の留守番らしく、御門は炎佐の頼んだ風邪薬がどこにあるかということだけ伝えると足早に保健室を出ていった。
「じゃあ二人とも座ってて」
「俺が取りましょうか?」
「いいのいいの。生徒に薬を触らせるわけにもいかないから」
御門が保健室から出て行った後ティアーユが立ち上がって炎佐達に座ってるよう促すと、炎佐が自分が取ろうかと尋ねるがティアーユは生徒に薬を触らせるわけにはいかないと返して、薬の入っている戸棚を開ける。
「えーと、上の奥の方……」
戸棚が高く、しかし踏み台が近くになかったので背伸びをして御門に指示された場所を探すティアーユ。しかしその足は頼りなさげにプルプルと震えていた。
「取れた! きゃっ!?」
ティアーユが奥の方にある瓶を掴む、が同時にプルプルと震えていた足に限界が来たのか彼女はずっこけてしまう。
「ド、ドクター・ルナティーク!?」
「だ、大丈夫か!?」
慌てて炎佐とナナが声をかける。
「あいたた……え、ええ。ごめんなさい……」
ティアーユは瓶を握ってない方の手で頭を押さえながら立ち上がり、瓶を確認する。がその時少し怪訝な表情になった。
(なんだかさっきのとラベルが違うような?……気のせいかしら?)
そういえば倒れる時に手を離しそうになったり別の瓶を掴みそうになった気がする。と考えそうになったが、そこまで考える前に「気のせいよね」と結論づけた。
「はい、ナナちゃん。錠剤だから一錠ずつ飲んでね」
「はーい」
「ほれナナ、コップに水入れてやったぞ」
「サンキュー」
ティアーユから瓶を渡され、ナナは瓶の中から薬を一錠出す。それから炎佐が入れてくれた水を最初に飲んで口内を湿らせ、錠剤を口に入れて噛まずに水で流し込む。
「ん~……」
まあそんなに早く効くこともないだろうが、くしゃみは止まらないかな、と思いながらしばし待つ。
「どうだ?」
「……」
ナナの顔を覗き込んで炎佐が尋ねる。が、ナナは無言のまま。するとその時彼女の頬がぽーっと赤くなり、目がとろんとなる。
「ナ、ナナ?」
「えへ、えへへ……」
様子がおかしい。と思った瞬間、ナナはにへらぁ、と笑って突然炎佐に抱き付いた。
「あ~に~う~え~♪」
むふふ、と笑いながら炎佐に頬ずりをし始めるナナ。突然の変貌、その原因は知れたもの。結論を出した炎佐の額に青筋が立つ。
「ミィーカァードォー!!!」
そして、話は冒頭に戻る。
「えっと……ナナ、どうしたんだ?」
「にへへへへ、あにうえ~♪」
リトが声をかけるがナナは意にも介さず炎佐に甘え続けるのみ。尻尾も上機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。
「騒がしいわね、どうかしたの?」
すると御門も戻ってきた。
「お前! ナナに何飲ませた!?」
「はぁ? 風邪薬でしょ?……ティア、飲ませた薬を見せてくれる?」
「え、ええ……」
炎佐の怒号に御門は首を傾げながら返した後、ティアーユに薬を見せてくれと続け、ティアーユが先ほどナナに飲ませた薬の瓶を御門に渡すとそのラベルを確認する。
「あ、やばっ」
そして聞き捨てならない一言を呟いた。
「おい、やばいってなんだ!? まさか毒物じゃねえだろうな!?」
「ど、毒!? 御門先生、なんでそんなもんをっ!?」
聞き捨てならない一言に炎佐が怒鳴るとリトも慌て始める。
「だ、大丈夫! 身体に害はないから!……」
しかし御門は頬を引きつかせながらすぐに炎佐を落ち着かせる。
「えーっと……でもナナちゃんがこれだしなぁ……ララちゃんモモちゃん、アマエリスって動物知ってる?」
「「え? えーっと……」」
「聞いたことがあります。単体ではひ弱な草食動物ですが、特殊なフェロモンを放出する事で身を守っている、と」
御門は動物に詳しいナナがこの状態だからとララとモモに尋ねるが、二人とも聞いたことないのか首を傾げる。しかしそこにヤミが助け船を出した。
「フェロモン?」
「はい。そのフェロモンを嗅いだ動物はアマエリスに対する庇護欲を刺激され、アマエリスの餌を取ったり別の外敵から守るような行動を取る。と図鑑には書かれていました」
「ええ。要するにアマエリスは他の動物が自分を甘やかすようなフェロモンを使ってるの……そして、ある薬剤を使う事でその性質を変化、逆にこの薬を飲んだ者はその時目の前にいた人間に甘えるっていう効力になったんだけど……」
御門はそう薬の説明をした後、どこか歯切れの悪い様子になる。
「……ドクター・ミカド。私はしばらくあなたから貰うものは一切口にしません」
すると彼女の目的を理解したのかヤミが一番に宣言。御門がぎくっと身体を揺らす。
「右に同じく。変な弱み握られたらたまったもんじゃない」
「し、失礼ね! 私はただヤミちゃんがティアに甘えるようになったら少しは二人の仲が進展するかなって思っただけよ!!」
そこに炎佐がそう続けると、御門はかっとなったのか怒鳴る勢いでそう宣言。
「やはりそういう事でしたか……」
「はうあっ!?」
しかし口を滑らせてしまい、ヤミの冷たい視線が御門を貫く。
「ま、待ってヤミちゃん! これは私が勝手にしたことなの! ティアは関係ないから、だ、だから……」
御門が慌てて弁解を開始。とにかくティアーユが嫌われないようにしないと、という気持ちが見え、ヤミはため息交じりに「まあいいです」と答えた。
「で、その薬の作成動機も分かったところで……ミカド、これどうにかできないのか?」
ため息交じりにナナの頭をなでなでしながら、炎佐は御門にそう尋ねた。
「えーと……ごめん。まだそれ実験中で、解毒剤はまだ作ってないの……一応理論上はただ甘えまくるだけのはずなんだけど……」
「……いつ切れる?」
「ごめん、それも分かんない……一錠くらいなら流石に明日には切れると思うんだけど……」
いまいち煮え切らない態度の御門に炎佐は再びため息をついて立ち上がる。その首にはナナの腕が巻き付いている。
「あーにーうーえー♪」
「ナナ、おぶってやるから一回離れろ」
「はーい♪」
いつもなら子ども扱いするなと怒りそうなのに素直に聞き入れて炎佐の背中に乗っかるナナとそれをおぶりなおす炎佐。なお二人の荷物はそれぞれリトとララが持った。
「明日までに治ってなかったら承知しとけよ?」
「わ、分かってる分かってる! 念のため解毒剤準備しとくから!」
保健室から出て行きざま、顔だけ若干振り返ってギロッと睨みつける炎佐に御門は冷や汗を流しながらこくこくと頷くのであった。
「……あんなこと言って大丈夫なの?」
「ああ言うしかないじゃないの……」
保健室から誰もいなくなった後、ティアーユの質問に御門は頭を抱えながらそう返すしか出来なかった。
「エンザさん。これ、ナナの着替え一式と明日の時間割を入れたカバンです」
炎佐宅。ナナがどうしても炎佐から離れたがらず、やむを得ず今日は炎佐の家に泊まらせる事になったためモモが着替え一式と明日も学校があるためその荷物を渡しに来ていた。
「ナナが迷惑かけてごめんなさい」
「いや、悪いのは御門だ」
ぺこりと頭を下げて謝るモモに対し炎佐はそう返す。そもそも薬を間違えたのはティアーユなのだが、炎佐はそれを棚に上げて諸悪の根源を御門だと断じていた。
「では、ナナをよろしくお願いします」
「ああ」
最後にもう一度礼をしてモモは帰っていき、炎佐もナナの荷物を手に家の中へと戻る。
「あ、兄上。なにしてたんだよ~」
ぷー、とほっぺたを膨らませるナナ。彼女は現在格ゲーをしており今はポーズ画面。というよりも二人でゲームをしていたところにモモがやってきたため炎佐がその対応をしていたわけだ。
「モモからお前の着替えを貰ってきただけだよ」
「なーんだ。んじゃ進めるぞー。はいスタート!」
「おい! 俺まだコントローラー持ってねえぞ!」
「油断してる奴が悪いってのー! おらおらー!!」
ポーズが解除され、直後一気呵成に攻撃を仕掛ける青髪の少女剣士と無防備にダメージをくらってしまう赤帽子の男性。自分がまだ操作可能な状況にない炎佐が声を上げるが、ナナは笑いながらそう返す。
「くそ! そうはいくか!」
すぐコントローラーを持ち直し、炎佐も再スタート。相手が強力なスマッシュ攻撃を仕掛けようとしたのを見てその攻撃を転がるように回避、逆に少女剣士の背後に回り込むと炎を纏った強力な掌底で少女剣士を吹っ飛ばした。
「お返しだ!!」
「うげ!? ま、まだだ!」
悲鳴を上げるナナに対し炎佐は無情に追撃を仕掛け、しかしナナは負けじと操作。辛うじて場外に落とされる事だけは回避する。
「はいご苦労さん。んじゃなー」
「あー!!!」
しかし崖に掴まった少女がステージに復帰した直後、いつの間にか赤帽子の男性は持っていたアイテムを投擲。目と足のついた爆弾のような物体は少女剣士に当たると同時に大爆発、少女剣士は勢いよく場外に吹っ飛び、ナナが悲鳴を上げる。その目はすっかりテレビに夢中になっていた。
(どうやら、俺が近くにいないとうるさいけど。俺にくっついてばっかりではなさそうだ)
ゲームをつけるまでナナはずっと自分におぶられていたが、ゲームを始めてナナの注意がそっちに向けば少しはマシになるらしい。と炎佐は薬の効能や優先順位について自分なりに分析を進めた。ナナは「まだまだー!」と叫びながら復活した少女剣士を操作し炎佐の操る赤帽子の男性へと斬りかかる。「うりゃっこのっ!」と身体ごとコントローラーを大きく動かしながら操作するナナの姿に苦笑しつつ、炎佐もコントローラーを操作するのであった。
「む~……」
ゲームが一段落し、というか負けっ放しのナナが「飽きた!」の一言でコントローラーをぽいっと投げ出してそのまま横にころんと寝っ転がって炎佐に膝枕させるような格好になってからうつ伏せへと寝返りを打っていた。それから彼女は炎佐を見上げるような目線になり、頬を膨らませる。
「兄上ー。ちょっとぐらい手加減しろよなー」
「したらしたで怒るくせに」
「うっせー。あたしに気づかれないように手加減しろー」
手足をじたばたさせながら我儘を言い出すナナに炎佐は苦笑。それから彼は時計を見る。
「そろそろ飯にするか」
「あ、あたしオムライス食いたい!」
「はいはい」
ナナからリクエストを受け、炎佐は彼女の頭を一撫でするとナナをどけて立ち上がり、台所に向かうと冷蔵庫を開け、食材をチェック。幸いにもオムライスを作る分に不自由はなさそうと確認するとエプロンを取って夕食作りを開始した。
「あーん」
「へいへい。あーん」
「はむっ」
夕食の時間。やっぱり甘えるナナは炎佐にあーんを要求。断るのもめんどくさいので炎佐もオムライスを一口分乗せたスプーンをナナの口元へと運び、それを食べるナナはむふふ~と幸せそうな笑みを浮かべる。
「なあ、ナナ……」
「なんだ、兄上?」
「……俺が食べづらいんだが」
というか、ナナは炎佐の膝の上に座っていた。
「ナナ、大丈夫かなぁ」
「心配する必要ねえだろ、炎佐が一緒なんだし」
一方結城家。夕食を食べながらララがナナを案じ、それに対しリトは炎佐の家にお泊まりに行ってるだけと解釈して心配ないと返す。
「……はぁ」
そんな中、モモは夕食を食べる手を止めてため息をついた。
「どうしたの、モモさん?」
「え? あぁ、いえ、別に……」
それに気づいた美柑が声をかけるが、モモはどこか浮かない顔でそう返すだけ。リトと美柑も別に、と言われて納得できる雰囲気ではないため困った様子を見せると、ララが「あっ」と何か察したように微笑んだ。
「分かった。モモってばナナがエンザに甘えてるのが羨ましいんだ!」
「なっ!?」
ララのニコニコ笑顔での言葉にモモも顔をぽんっと赤くする。が、直後彼女は唇を尖らせて髪を指先でくるくるといじり出した。
「そ、それはまあ、その、ナナがあんな小さい頃みたいに? エンザさんに甘えてるのを見て? その、まあ、そう思ってしまった事はありますけども……」
「うんうん。モモってエンザの事大好きだったもんね。ナナとエンザを取り合って喧嘩したことあったし、エンザも困ってたよね~」
[それ、最終的に全部喧嘩両成敗でエンザさんが二人ともに拳骨入れていた記憶しかないんですが……]
照れた様子でそう答えるモモに対しララが微笑みながら言うとペケが困惑気味に答える。その光景が容易に想像でき、リトと美柑は苦笑を漏らした。
「べ、別に好きとかそういうのじゃ! ま、まあ、エンザさんはお兄様ですし? 強くて優しくてかっこいいですし、尊敬するお兄様だとは思ってますよ! ええ、お兄様として!」
ララの言葉にモモは頬を赤くしながらぷいっと顔を背け、兄として大好き、兄として尊敬すると強調する。と、そこでモモは何か思いついたのか一瞬にやっと微笑んだ後、潤んだ目をリトに向ける。
「そうですね。私もちょっと、たまには甘えたいな~って思います。なのでリトさん、お兄様の代わりとして今日、一緒に寝ていただけないでしょうか?」
「は、はぁ?」
モモの言葉にリトが呆けた声を出す。
「ダメに決まってんでしょ!!!」
直後、美柑の怒りの声が響くのであった。
「ふぃ~」
それからまた少し時間が過ぎ、炎佐は風呂に入っていた。ちなみにナナは風邪の疑いがあるからと入浴禁止を言い渡され、ほっぺを膨らませていたが渋々了解した様子でテレビを見ていたのを炎佐は入浴前に確認している。炎佐は適当に温まった後湯船から上がり、タオルにボディソープをつけて泡立てて身体を洗っていく。丁度身体中に泡がついていった時、風呂場のドアが開く音が聞こえてきた。
「あっにっうっえー!」
「ぬあっ!?」
ドアが開くと同時に何者か――というかナナが炎佐の背中に抱きついてくる。
「ってナナ!? お前今日は風呂入るなって言っただろうが!?」
「だって暇なんだもん。兄上と一緒なら大丈夫だろ?」
むふふ~と笑って炎佐に抱きつく力を強めるナナ。と、そこで炎佐は何かに気づく。ナナの身体がやけに肌色成分多めになっていることを。
「お、お前服着てねえのか!?」
「何言ってんだ? お風呂に入るんだから裸になるのは当たり前じゃん?」
「確かにそうだけどな! いいから出ていけ服を着ろ!!」
「やーだー。兄上と一緒にお風呂入るんだー」
ナナを風呂から追い出そうとする炎佐とそれを阻止しようと炎佐に抱きつくナナ。ばたばたと炎佐が暴れる中、炎佐の腕がシャワーのレバーを動かす。
「「うわっ!?」」
瞬間、シャワーから冷水が二人に降り注ぎ、怯んだ拍子にナナが離れ炎佐も手探りでシャワーのレバーを元に戻した後、ナナの方を向いて呆れた目を見せる。
「ったく。風呂場でふざけるからそうなるんだ。マジで風邪引くからとっとと身体を拭いて――」
そこまで注意をしたところで炎佐は気づく。ナナが呆然とした顔を見せながら目を見開き、顔が真っ赤に染まっていること。そして現在自分は全裸である事と、さっきのシャワーですっかり身体中の泡が流れてしまっていることに。ついでに、ナナがやけに自分の股間に目を向けていることに。
「ケ……」
ナナの口からそんな声が漏れ出る。
「ケダモノだー!!!」
そしてナナの悲鳴が響き渡った。
「ナーナー! いい加減に出てこーい」
「うっせー!!! 来んなー!!!」
自分の部屋のドアをどんどんとノックしながら炎佐が呼びかけるが、部屋の中から聞こえてくるのはナナの拒絶の声。真っ赤になっていたナナは悲鳴を上げた後風呂場から出て行き、服を着ることすらせずに濡れて裸のまま炎佐の部屋に逃げ込んだのだ。なお最初鍵はかかっていたが、予備の鍵で鍵を開けてドアを押してもまるで何かに阻まれているかのようにドアはびくともしない。きっと部屋に置いていたタンスなどで壁を作っているのか、もしくはナナの友達の動物が押さえているのだろう。とにかく、炎佐にはどうしようもないようだ。
「……ちゃんと身体拭いて、パジャマ着ろよ。荷物はドアの前に置いとくから」
結局、そう注意を言い残すだけでナナの着替え一式などを入れたカバンを部屋の前に行くと、しょうがないから今日は自分が客間で寝ようと隣の客間へと向かう。
「あ、あたし……な、何やってたんだ……」
炎佐のベッドの中で布団を被りながらナナが思い返す。今日の放課後からちょっとばかり記憶が曖昧になっている。覚えていることと言えば炎佐に抱きつき、おんぶしてもらい、膝枕をしてもらい、膝の上に乗ってご飯を食べさせてもらい、そして風呂に入って炎佐の裸を見て……そこまで考えた瞬間、ナナの顔が真っ赤に染まり上がった。
「エ、エンザの……おっきくなってた……」
遠い昔、炎佐がまだ自分達の親衛隊をしていた頃。モモが「エンザさんが一緒じゃないとお風呂行きたくない!」と駄々をこね、根負けした炎佐が一緒にお風呂に入っていた時にその股間の象のような物体はよく見ていた。しかし今の炎佐のものはその時とは比べ物にならない。
「ケ、ケダモノ……バケモノ……」
ナナはうわ言のように呟き、布団を深く被り直す。炎佐の匂いが漂い、それが余計にナナの顔を赤くさせる。だがどうしてもそれをはねのける気にもならない。
「……へくちっ」
ナナの口から小さくくしゃみが飛び出た。
翌日。炎佐は朝から宇宙ゴリラのゴリ助に起こされ――どうやら彼が炎佐の部屋のドアを押さえていた犯人らしい――ナナの寝ている部屋に向かうと彼女が顔を真っ赤にしながら「ケダモノ、バケモノ」とうわ言を呟いている光景を発見。
部屋の前の荷物がそのままだったことから予想はついていたがナナは全裸、しかもその顔は真っ赤で汗が酷く、一目見て風邪をひいていると判断するのは難しくない。その姿を見た炎佐は呆れたようにため息をつくと携帯電話を取り出し、ある番号へとかけた。
「ああ、もしもしリト? あのバカナナ、本当に風邪をこじらせやがった……ああ。心配だし俺の監督不行き届きだ。俺も今日は休んでナナの看病をするよ……ああ、気にすんなよ。そういうわけで伝言よろしく、風邪引いたってことでいいからさ。後でノートだけ写させてくれ……ああ、じゃあ頼むな」
話を終え、炎佐は携帯をしまう。それからゴリ助に指示を出して風呂場からタオルと、部屋の前に置いていた荷物を持ってこさせるとタオルを手にナナへと話しかける。
「ナナ、汗拭くぞ」
「ケダモノ……」
目の焦点が合っていないナナはそんなうわ言を呟くのみ。炎佐は「はいはい」と適当に返答しながらナナの身体を起こすと慣れたようにナナの身体を拭いていき、ナナにパジャマを着せてもう一度寝かせる。
「今からおかゆ作ってやるから、大人しくしてろよ」
「……あにうえ」
そう言って部屋を出ていこうとする炎佐に、ナナはうわ言のようにそう声を出す。振り向いた炎佐の目に、焦点が合ってないながらも潤んだ瞳で炎佐を見るナナの姿が映った。
「……病人なんだ。しっかり甘えろ」
「……うん」
くすっと微笑を浮かべてそう言う炎佐に、ナナは小さく、だがしっかりと頷いて返すのであった。
……ナナが炎佐に甘えまくっている光景を幻視したから書いた!後悔はしていない!!
というわけで。この光景を幻視した時これはお告げかと思ったので、本来は凜ヒロインのブラクティス編を予定していましたが、急遽予定を変更してナナヒロインの甘えんぼナナ編です。
オチに関しては正直ナナには刺激が強い事をやらせちゃったなぁと思ってます。ですが、ナナならきっとああいう反応を見せてくれると信じてます!(おい)……あとはまあ、オチが思いつかなかったから最初ナナは風邪だったという設定をどうにか引っ張ってきてオチをつけたと言いますかなんと言いますか。
次回こそブラクティス編に行きたいと思ってます。頑張ります。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。