「ふんふんふふ~ん♪」
結城家。美柑はベッドでゴロゴロしながら鼻歌を歌い、ファッション雑誌をチェックしていた。足をパタパタと動かし、そのせいでスカートがめくれてパンツが見えているが今部屋にいるのは一人だけのため特に気にしていない。
「おーい美柑」
と、部屋のドアをがちゃっと開けてリトが入ってくる。それに美柑は目を細めてリトを見た。
「リト、せめてノックしなよ。着替え中だったらどうすんの? ララさんとかそういう事多いでしょ?」
「あ、悪い……」
「ま、いいけど。何か用?」
美柑の注意にリトは頭をかきながら一言謝り、美柑はまあいいけどと返すと用件を尋ね、しかし耳で聞けばいいやとでも思っているのか視線はファッション雑誌に戻っていた。
「あ、いや。俺の携帯に炎佐から電話がかかっててさ。美柑に用事があるみたいで、今通話が繋がって――」
リトがそこまで言った瞬間、美柑はベッドから飛び降りるとリトにタックルするかの勢いで近づき、リトが持っている携帯を奪い取るとすぐに携帯を耳に押し当てる。
「もっ、ももももしもし炎佐さん!?」
[こんにちは、美柑ちゃん。もしかしてお着替え中だった?]
「ちっ、ちちち違います!」
混乱と大慌ての様子で喋る美柑に炎佐は冗談交じりに問いかけ、それを聞いた美柑はぽんっと顔を赤くして否定する。
[やー、いきなりごめんね。リトの家電の番号ど忘れしちゃって。リトの携帯にかけるしかなかったんだ]
「え、えと……それで、一体どうしたんですか?」
[あーうん。この前美柑ちゃんとの約束破っちゃったでしょ? だからお詫びっていうかさ……美柑ちゃん、今何かしてもらいたいこととかないかな? 僕に出来る事ならなんでもするよ?]
「なん……でも?……」
なんでもする。炎佐の口から紡がれたその言葉が美柑の中でエコーがかって繰り返される。それが事実なら……。
「……」
頭の中で色々考える美柑。しかしその妄想だけで限界になったのか、彼女はオーバーヒートしたかのように顔を真っ赤にしてふらっとふらつく。
「だー!? 美柑が鼻血吹いてぶっ倒れたー!? でもなんだこのめっちゃ幸せそうな顔!?」
[み、美柑ちゃん!? どうしたの、美柑ちゃーん!?]
「に、にへへへへへ……」
直後、リトと炎佐の悲鳴が響き渡った。
(わ、私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿!)
翌日、美柑は歩きながら昨日の自分に対し悪態をついていた。
「でも美柑ちゃん、散歩や買い物に付き合ってって。それだけでいいの?」
「あ、は、はい。炎佐さんも破りたくて破ったわけじゃないんですし……」
その隣を歩く炎佐が美柑にそう尋ね、美柑もどこか引きつった笑みで返す。昨日美柑は鼻血を吹いて気絶した後、改めて電話をかけ直したはいいがどうしても緊張が勝ってしまい、最終的に口走ったのは「お、お散歩に行きたいです。あと買い物!」というなんか訳の分からない言葉。付き合ってくださいどころかデートの一言も言えていない過去の自分を美柑は責めていた。
(で、でもあれだよね! 二人っきりのお散歩とか買い物とか、これもう遠回しにデートだよね!)
だがとりあえず自分に都合よく考えておく。
「うん。じゃあ一日よろしく。それで、どこか行きたいところとかある?」
「え? えーっと……と、特に考えてませんでした……」
炎佐の質問に美柑は少し考えるが、散歩&買い物(美柑曰くデート)自体がパニクッていた中でつい口に出してしまった言葉。しかも炎佐からオッケーを貰ってからその日の就寝時間まで完全に舞い上がっており、デートで何をするかなんて全く考えていなかったのだ。
なお舞い上がり過ぎ上機嫌になった結果、その日の結城家の夕食は満漢全席となっていた事をここに追記しておこう。ちなみに残したものを冷蔵庫に保存する事一切考えられていない盛り付けになっていたためリト達で頑張って残さず平らげ、結果今朝ナナとモモは「今日朝食いらない……」と地獄を見たような青い顔で呟いていた。
「じゃあ、久しぶりにストレイキャッツにでも行こうか」
「はい!」
炎佐からストレイキャッツへ行こうという案が出、美柑は炎佐が一緒なら別にどこでもいいのか元気に頷いた。
「わーいエンちゃん久しぶり~♪」
「ぐむっ!?」
ストレイキャッツに入った瞬間、ストレイキャッツ店長であり恭子の知り合いである都築乙女が遠慮なく炎佐に抱擁を行い、炎佐は身体能力的な意味で本気を出しても振りほどけない怪力の乙女に抱きしめられじたばたと暴れる。その顔はララを越える大きさの胸に埋められており、美柑はその後ろでまたぐさぐさっと精神的にダメージをくらっていた。
「あ、あはは……久しぶりです、氷崎さん」
「おう、都築さんも元気そうでなにより……」
ようやく乙女から解放された時は炎佐はげんなりとした表情になっており、そこのバイトであり乙女の家族である都築巧の挨拶にやや疲れた様子の調子で返す。
「っと、そういえば氷崎さんが来ない間にバイトが増えたんですよ。せっかくだし紹介します」
そう言って巧は店の奥に走り、「
「この子は
「へ~……つまり、都築さんの彼女ってわけ?」
「えっ!? あ、いや、べ、別にそういうわけじゃ……」
同棲している、という単語からそう考えた炎佐の質問に巧はやや照れた様子で否定。しかしそれを感じ取った別のバイト少女――
「つ、都築さん、大丈夫か?」
「あ、はい、なんとか……」
蹴り飛ばされ壁に叩きつけられた巧に炎佐が呼びかけ、巧は苦笑を漏らしながら立ち上がる。なんか慣れている感じがした。
「あー! 芹沢文乃! なにやってんのー!?」
「おわ、梅ノ森!?」
と、店の入り口の方からそんな怒号が響いてきた。それに巧が驚いたように声を上げ、炎佐も入り口を見る。そこには金髪を長く伸ばした小学生くらいだろう少女が腕組みをして牙を剥いていた。
「えーっと、お客さん?」
「あーいや、まあそういえなくもないかも……」
「ん? なにこいつ?」
美柑が困ったように尋ね、巧が困ったように頬をかくと梅ノ森と呼ばれた少女は美柑を睨み、美柑もびくりと怯える。
「こら梅ノ森、お客様を睨むな。えーっと、この子は
「同級生……あ、すまない。小学生なのかと――」
「誰がだっ!!」
巧の紹介に少女――千世はふふんと腕組みをするが、炎佐が美柑とそんなに変わらないどころか美柑の方が若干高いかもしれない身長を見ながら謝罪。すると千世はすぐさま目を研ぎ澄ませて炎佐にストレートパンチを放ち、低身長から放たれたそれは炎佐のみぞおちにもろに突き刺さった。
「いづっ!?」
だが非力な少女の右ストレート程度、鍛えている炎佐は若干痛みに呻く程度で終了する。
「ちょっとあんた、結局なんの用なのよ? 今日はあんた休みでしょ?」
と、文乃が千世を睨みながらそう問いかける。だが目からバチバチと火花が走っており、とても仮にもお客様に対する態度ではなかった。
「ふふ~ん。私にそんな態度を取ってていいの、芹沢文乃」
「は?」
「このお店に折角客を連れてきてあげたっていうのに!」
ドドーン、という擬音が背後から飛び出そうなほどに腕組み&ふんぞり返りながら千世がそう言う。
「千世、前置きが長すぎますわよ。もう待てませんわ!」
と、ドバンッと店のドアが開き、金髪縦ロールの見るからにお嬢様という感じの女性が入ってきた。
「って、天条院先輩!?」
「あら氷崎炎佐に結城美柑。あなた達何をしてらっしゃるの?」
その相手――天条院沙姫は炎佐と美柑を見て驚いたように声を漏らす。
「あれ、氷崎さんの知り合いなんですか?」
「ああ、うちの学校の先輩」
「私は彩南クイーンこと天条院沙姫、お初にお目にかかりますわ。おーっほっほっほっほ!」
巧が尋ね、炎佐が紹介すると沙姫が名乗りを上げた後に高笑いを始める。
「世間とは狭いものだな。まさか沙姫様のお知り合いである千世様の話す店が、君達の知り合いの店だったとは」
「本当ですね」
凜がくすりと笑みを浮かべて炎佐にそう返す。ちなみに綾はいつものように「流石です、沙姫様!」と目を輝かせていた。
それから炎佐と美柑、そしてこの二人&千世の知り合いである沙姫とそのお付きがやってきたという事で大きな円状のテーブルを引っ張り出し、そこに炎佐達お客さんだけでなく何故か巧達まで座る羽目になる。言うまでもなく乙女の提案だ。
「セバスチャン、適当にケーキを持って来なさい。あと紅茶」
「ははっ」
「では紅茶は私が」
パチンと指を鳴らしていつの間にかいた執事に指示を出す千世。それにセバスチャンと呼ばれた初老の男性はうやうやしくお辞儀をすると「失礼いたします」と一言添えてからさささっとケーキをガラスケースから取り出し、お皿に盛り付け、こちらもいつの間にか待機していたメイド服の女性二人に手渡し、彼女らが炎佐達の待つ円卓にさささっと並べていく。なお紅茶は凜の方が用意し始め、こちらも見事な手際で良い香りの紅茶を入れており、メイド服の少女二人がまたも見事な手際で並べていく。
「おいおい梅ノ森……」
「大丈夫よ、ちゃんとお金払うし。それに今回は皆で食べる分だけ買い占めるから」
勝手にケーキを取っていくよう指示をした千世に対し困ったように苦笑する巧に千世はそう言い、ふいっと顔を逸らす。
そしてケーキやクッキー、紅茶などが並んだところで歓談が始まり、炎佐や巧は最近学校でどういうことがあったかという高校生らしい会話――なお炎佐はリトとそれを取り巻くどたばたに対し宇宙人などに関してはぼかしながら話していたが、巧達は若干非現実的さが隠れていないその会話に若干引き、美柑は苦笑していた――を、沙姫と千世がお互いの家の関係についてなど話を進め、凜はセバスチャンと呼ばれた男性に使用人としての心得の教授を受けていた。
「うぃ~す、巧~。遊びに来たぜー」
「む、客人か」
「お、家康に大吾郎。いらっしゃい」
さらに巧の友人も加わって話に花が咲く。なお会話の中で家康と呼ばれていた少年がリトの話を聞き「何そのハーレム&ラブコメ!?」と声を荒げていた事を追記しておこう。
「なんていうか、いつもより騒がしかったですね」
ストレイキャッツを後にし(お土産を沙姫の支払いで貰った。曰く「凜がお世話になっているようなので」とのこと。凜がやや顔を赤くして慌てていた)、彩南町に戻ってきた辺りで美柑がくすくすと笑いながらそう言う。
「まあね。まさか天上院先輩の知り合いがあのお店でバイトしてたなんて知らなかったよ。ところで次、どうする?」
「え~っと……じゃあデパートでお買い物でも」
「うん、分かった」
次はデパートに、という美柑のお願いを炎佐はこくりと頷いて了承する。
「ふはははは! ついに見つけたぞ!!」
と、そこに突然そんな悪役感満載な声が聞こえてきた。
「ん?」
炎佐がそれに反応すると同時、空から何かが落ちてくると炎佐の目の前に着地。黒ずくめの鎧姿とでもいうべきだろうか、そんな長身っぽい人型の存在が彼らの前に立つ。
「見つけたぞ結城美柑! お前はララ・サタリン・デビルークの婚約者結城リトの妹だと聞く! お前を人質にしてララ・サタリン・デビルークと結城リトの婚約を白紙に戻させてやる!」
「!」
まるでトンネル内で大声を出しているような反響がかかったしわがれたような声による分かりやすいほどの説明口調で黒ずくめの鎧は言い、その言葉を聞いた美柑がびくりと反応。自分の身が危険だという事に気づいてこそこそと炎佐の後ろに隠れる。
「……おい、頭上注意」
「ふえ?」
だが炎佐は呆れたように額に手を当てており、彼が静かにそう言うと黒ずくめの鎧は上を見上げる。そこには漆黒の衣服を身にまとう金髪の少女が、足を鉄球のように変えて蹴りかかっている光景があった。もう回避も間に合わない。
「グロンギゴッ!?」
そして黒ずくめの鎧は奇声を上げて蹴り飛ばされ、その先の塀に叩きつけられる。
「何をしているのですか? 美柑、エンザ」
「ヤミさん! 助かったぁ……」
ぱくっとたい焼きを口に入れながら、先ほど黒ずくめの鎧に鉄球蹴りを叩き込んだ少女――ヤミちゃんこと金色の闇が尋ね、美柑はほおっと安堵の息を吐く。
「……」
その間に炎佐は無言でつかつかと黒ずくめの鎧の方に歩いていき、一発蹴りを入れる。
「テメエは何をやってんだ!?」
そして一回声を荒げて問いかけ、すうっと息を吸って続ける。
「ニャル子!?」
「あったたたた……いやー分かっちゃいました?」
炎佐の怒号に対し、黒ずくめの鎧は頭を押さえながら、先ほどまでのまるでトンネル内で大声を出しているような反響がかかったしわがれたような声はどこへいったとばかりの高い可愛らしい声で返す。そう思うとその姿が銀髪ロングの可愛らしい少女へと変化した。
「やー。ララさんと電話してたら今日、炎佐さんがなんとデートだという話を聞きましてね」
「うん、まずはお前いつの間にララちゃんのアドレス知った?」
惑星保護機構職員が一惑星――というか銀河を統一させた星――の王族のアドレスを知っている事に炎佐がツッコミを入れつつ、携帯をいじる。
「まあそこは気にしない気にしない。で、ほらあれですよ、不良に絡まれて、狙われた女性に対して“こいつは俺のものだ~”的な。そんなロマンチックなシチュエーションを提供してあげようかと――」
「八坂君に録音データ添付してメールしといたから」
「――すんませんマジ勘弁してください!!」
にっこにこと邪気のない笑顔で説明するニャル子に炎佐が冷たい目でそう言い、録音データを見せるとニャル子は即土下座に移行する。
それからニャル子は真尋への弁明という名の言い訳タイムを少しでも早く行うために帰っていき、炎佐と美柑はヤミを伴って再び歩き始めた。
「ところで先ほどニャル子が言っていたデートというのは……」
「ちっ、違う違う! その、ちょっとお買い物とお散歩に付き合ってもらってるだけで……」
「ああ。この前美柑ちゃんにはちょっと迷惑かけちゃったから、そのお詫びってだけだよ」
ヤミのどこか炎佐を牽制するような視線での言葉を美柑は慌てて否定するが、炎佐からも否定の言葉を出されるとつい彼にジト目を向けてしまう。複雑な乙女心なのであった。
「話は変わりますが……エンザ」
目的地のデパートに辿り着いたところで再びヤミは言葉を紡ぐ。だがその目は鋭く研ぎ澄まされており、ヤミちゃんではなく金色の闇としてのオーラを見せていた。とはいっても口の方は喋る合間にたい焼きを休みなくもぎゅもぎゅしているため威圧感は何もないのだが。
「先ほどニャル子が悪ふざけで言っていた、美柑を人質に取る。という件ですが……これは案外馬鹿に出来るものではありません。以前のアゼンダのように私に手出しをさせなくさせる。という点はもちろん、結城リト、プリンセス・ララの二人に共通する最大の弱点ともなりかねません」
要するに美柑はいつの間にやら、銀河を統一した王――ギド・ルシオン・デビルークの長女であり次期デビルーク王妃であるララ、彼女の婚約者候補でありデビルーク王の後継ぎ筆頭候補であるリト、そして宇宙最強の暗殺者金色の闇の共通した弱点となり得る存在になってしまっている。という事だ。
「もちろん、アゼンダの時のような不覚を取るつもりはありません。ですが――」
ヤミはそう言った瞬間、炎佐を睨みつける。その口元にたい焼きはなく、その威圧感は金色の闇の本気を伺える。
「――あなたが側についていながら、美柑にもしもの事があってみなさい。その時は、私の暗殺
放たれる宇宙最強の暗殺者からの殺気。それに炎佐は不敵な笑みを持って返す。
「当然さ。この俺が側にいる限り、美柑ちゃんに傷一つつけさせはしない」
「炎佐さん……」
その言葉に美柑がぱーっと顔を輝かせる。その頭上ではハートマークも乱舞していた。
「まあだけど、ヤミちゃんのことも頼りにしてるよ。友達として、ね?」
「……」
先程の不敵な笑みとはまた別の、優しい笑顔を浮かべてヤミの頭を撫でる炎佐。それに対しヤミは気恥ずかしそうにぷいと顔を背けた後、彼らに背を向ける。
「……ド、ドクター・ミカドに買い物を頼まれていたのを忘れていました。では私はこれで」
その言葉が終わった瞬間、ヤミの姿が消える。いや、常人の目に追いつかない高速移動で彼らの視界から消える。だがその頬が淡い赤色に染まっていたのに美柑は気づいていた。
(恥ずかしかったのかな?……も、もしかしてヤミちゃんもライバルとか、ないよね……)
美柑はヤミが照れていた理由を考察、もしや親友までも
「じゃ、行こうか美柑ちゃん。この前のお詫びなんだし、僕に出来るものならなんでも奢るよ?」
「……ふふ、じゃあ期待しますね?」
だが炎佐が美柑に行こうと促すと、美柑はさっきまでの不安を横に置いて小悪魔な笑みを浮かべる。
それから美柑はデパートで目についたある店に入ると、次々に欲しいものをカゴに入れていき、そのお代を全て炎佐に払ってもらって店を出る。
「何か、何かが違うっ……」
そして近くのベンチでうなだれる。その横に置かれているのはたくさんの買い物袋(中身は数週間分の食事の材料)。確かに欲しいものだし必要なものではあるのだが、デートで買うようなものではない事も確かである。ちなみにリトの好物である唐揚げは材料含めてしっかりキープ済だ。
「美柑ちゃん、歩き疲れたでしょ? はい、アイスクリーム買ってきたからちょっと休憩しようか」
「あ、ありがとうございます……」
炎佐は全国にチェーン店を展開している某31なアイスクリーム屋のアイスを買ってきており、美柑はお礼を言って自分の分のアイスを受け取る。
「というか、ストレイキャッツといいこれといい、なんか食べてばっかりだね」
「い、いえ、これも楽しいです」
炎佐はストレイキャッツでのケーキやここのアイスなど、なんだか食べてばかりだと笑い、しかし美柑は楽しいですよとフォローを入れる。それから二人はベンチで隣り合わせに座り、アイスを食べながら休憩に入る。
「それにしても、美柑ちゃんもすごいね」
「何がですか?」
「だってヤミちゃんを篭絡させちゃったんだもん。ヤミちゃんが個人的に暗殺リストに入れる~とか言うなんて信じられないよ」
「いえ、流石に冗談でしょ?」
「冗談とは思えない殺気だったし、冗談だったとしたらその冗談を言えることがすごいんだよ」
「え?」
炎佐の言葉に美柑がぽかんとした声を出す。
「僕自身はヤミちゃんに会ったのは地球でリトが狙われた時が初めてなんだけど、金色の闇の噂自体は賞金稼ぎ時代に嫌って程に聞いていたからね。曰く“漆黒の衣服を身に纏い、その様相は死神の如く”、曰く“得物を選ばず、変幻自在に様々な武器を使いこなす”、曰く“実は人に非ず、古代の兵器が復活した存在”とか途方もない噂だけどね。挙句には星一つぶった斬ったなんて話も出たくらいだよ。そんな事キング・ギド以外に出来てたまるかっての」
「あ、あはは……」
金色の闇にまつわるとんでもない噂に美柑は、物静かながらどことなく優しい小柄で可憐な可愛い親友の姿を思い浮かべて苦笑する。
「そのせいで僕は最初金色の闇を黒ずくめのスーツを着て色んな武器を背負ったガタイのいい金髪の男だなんて想像してたんだからね。なんていうかこう、地球で例えるなら武蔵坊弁慶が現代風のSPみたいな格好をした感じの」
「ぶふっ!!!」
炎佐の想像上の金色の闇の姿に美柑が笑いを堪えきれずに吹き出す。しかも現在のヤミちゃんの格好をそれに置き換えるとさらに笑いがこみあげてきたらしく、空いている左手で膝をばんばんと叩いて頑張って笑いを堪えていた。
「ああ。ミカドにも大爆笑されたよ。ま、そんな訳でね。でもヤミちゃんが優しいだの人の為に戦っただの、そんな噂は一つも聞いたことがなかった。だから美柑ちゃんはすごいんだよ」
悪い噂ばかりを聞き、良い噂を聞かなかった金色の闇。そんな彼女をこの平和な地球での生活に馴染ませてしまった美柑はすごい。炎佐はそう言っており、それに美柑は照れたように頬をかいた。
「そんな……私はその、仲良くなりたいって思っただけだし……」
「得体のしれない宇宙人と仲良くなろうって考えるのが度胸あるよ。異星関係が全く進んでない地球人なのに」
「いえ、ララさん達がいたし……何より、炎佐さんだって宇宙人なのにとっても優しいです。宇宙人ってだけで忌避するのは間違ってますよ」
美柑は穏やかに微笑みながら炎佐の言葉に返す。それに炎佐もふふっと笑った。
「なんですか?」
「なんでもないよ。願わくば、その優しさを持ったまま大きくなりますように」
首を傾げる美柑に炎佐は微笑みながらそう、祈るように呟く。なんだか子ども扱いされたような気がして美柑は頬を膨らませ、そろそろ溶け始めたアイスをぱくぱくと食べ終えるとベンチを立ち、数歩先に進む。
「ちょ、美柑ちゃん」
炎佐も慌ててアイスを食べ、荷物を持って席を立つ。それを待っていたように美柑は振り返す。あごを上げて見下ろすようなポーズだ。
「じゃ、早く行きましょう。まだまだ買い物は終わりませんよ?」
「はいはい」
振り返った顔をにしし、と悪戯っぽく笑わせて美柑は言い、炎佐もこくりと頷いて返すと歩き出した。
それからまた時間が過ぎて夕暮れ時、美柑は鼻歌を歌いながらスキップをしてくるくると回転。嬉しいという感情を全身で表現していた。
「えへへ。炎佐さんに選んでもらった服、大事にしますね♪」
「そんな大袈裟な」
「さ、あとは一緒に晩ご飯です! ご馳走作りますね!」
「はいはい」
心の底から楽しそうな美柑に炎佐は苦笑しながら答える。それから回転しながら歩き続ける事もできないため普通に歩き出した美柑の横で炎佐も今日買った荷物を手に歩く。変な沈黙が辺りを支配した。
「あ、あのっ!」
「ん? どうしたの?」
その沈黙を破るように美柑が口を開く。
「そ、その……ば、晩ご飯何食べたいですかっ!?」
「……いや、特に希望は考えてなかったけど……」
「そ、そうですか……じゃあ、唐揚げでも作りましょう……」
顔を赤くしながらやけに真剣な表情で晩ご飯の希望を聞いてくる美柑に炎佐は困った様子で返し、その返答に美柑も苦笑を返す。
(うぅぅ~、違う、違うの、こういうのじゃなくって……告白はまだでも、せめて彼女がいないかくらい……炎佐さん、リト程じゃないけど結構危険だもん……)
美柑は炎佐の女性関係を色々と思い出す。流石に兄であるリト程詳細には知らないものの、今をときめく人気アイドルの霧崎恭子の従姉弟であり彼女から好かれていることは間違いなし。今日の偶然の結果だが凜もやや好感度があるらしい。共通の知り合いでも里紗などは割と怪しいし御門もいる。さらにヤミについてもやや疑わしいところがある。せめてこのチャンスに少しでも情報を収集しておきたい、と美柑は考えていた。
「あ、着いた着いた」
(ってもう家まで着いちゃったし!!)
だが炎佐の言葉に顔を上げ、目の前に立つ自宅に美柑は心中で頭を抱える。流石に家の中でそんな追及をするわけにもいかない。
「さ、美柑ちゃん。入ろうか」
「ま、待ってください!」
炎佐の呼びかけに美柑は思わず呼び止め、炎佐は首を傾げて足を止める。
「(あうぅ~、まだ何も考えてないのに~……え、ええい、ままよ!…)…そ、その、ちょ、ちょっとかがんでください……」
「? どうしたの、何か落としちゃった?」
美柑の中の内なる美柑が目をぐるぐると渦巻きにしながらパニクるが、美柑は開き直ってむんと気合を入れて炎佐にかがむようお願い、炎佐も首を傾げながらかがんだ。
「え、えいっ!」
「わっ!?」
その隙をついて美柑は炎佐に飛びかかるように近づくと、彼の頬にちゅっとキスをする。
「そ、その、きょ、今日一日付き合ってくれたお礼ですっ!」
美柑は真っ赤にしながら頬へのキスを今日一日のお礼だと言い張る。それに炎佐はぽかんとした後、くすっと笑った。
「ありがと、美柑ちゃん。これはそのお礼だよ」
「ふぇ!?」
そう言い、炎佐は美柑の前髪をかき上げるとその額に優しく唇を落とす。
「……ふにゃ~……」
美柑は顔をさらに真っ赤にし、顔面から湯気を放出すると目をぐるぐると渦巻きにして気絶する。その鼻からは真っ赤な液体が流れていた。
「……えええぇぇぇぇっ!? 美柑ちゃんが鼻血吹いて気絶したー!? リ、リト!! リト助けてー!!!」
「そ、その声炎佐か!? どうしたんだ、ってみかーん!? なんで気を失ってんだお前ー!? っていうかなんだこのめっちゃ幸せそうな顔ー!?」
炎佐の悲鳴が響き、それを聞いたのか家からリトが飛び出してくる。結城家の前で二人の男子が大騒ぎ、
「に、にへへへへへ……」
その間美柑は幸せそうな顔をして完全に気絶してしまっていた。
なお彼女が目を覚ました時には炎佐は帰ってしまっており、しかも晩ご飯は炎佐が作ったものを食べたということで、二重の意味でショックを受けた美柑はその日の残る時間全て部屋に引きこもってしまったのはまた別のお話。
まさかの「ToLOVEるでR-18を書く予定はないんですか?」というメッセージをいただいて困惑しております。いや……需要ないでしょ?ないですよね!?こんな駄作のR-18なんて!?(困惑)……なお書く予定はマジでありません。そっち方面に知識はないし興味もないっていうか書くのめんどいし……。
さて今回は「美柑が不憫過ぎる」と読者様から意見いただいた&流石に自覚があるのでサブヒロイン美柑編です。美柑は日常編が書きやすいですね、常識人の純地球人だから完全日常である迷い猫メンバーにも会わせやすい。
なおリトと会わせようとしたら“リトずっこけ、文乃の胸にダイブ→文乃に「二回死ねー!」で蹴り飛ばされる→吹っ飛んだ先の千世を押し倒す→千世に「無礼者ー!」的にストレートをくらい殴り飛ばされる→希を巻き込んで倒れてお色気系のラッキースケベ展開”というコンボが完成いたしました。どうなってんのこれ?(汗)
なお書くつもりはありません。っていうかリトがこいつらと出会うか自体不明です……いや、リトが行ったら必然的にララがついてきそうだし、そうなったら迷い猫メンバーまで非日常の宇宙人メンバーのどたばたに巻き込んで収拾がつかなくなりそうで……迷い猫は平凡な日常なんだ!宇宙人とかそういうのに巻き込んだらいけないんだ!!みたいな意地もありますし……。
で、ラストの方はおかしいなぁ……俺すっかり美柑をおちょくる癖がついちゃったんだろうか。(汗)
まああれだな、炎佐もそういうスキンシップが遠慮なく取れるくらいには美柑の事が好きなんだと思っておこう、うん。妹分として。
真面目な話になりますが。ネット上で入手した情報によるとクロがリトの抹殺に動き出すそうじゃないですか。これはエンザVSクロを今から考えなければ!……しかし、やるとしたらBLACKCATのように恭子→クロになりかけてエンザがぶち切れるというギャグ方面かな~って思ってたのにまさかシリアスで考える羽目になるとはなぁ……。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。