「…………」
とある土曜日。少々癖のあるピンク色の髪を短く切っている美少女――モモ・ベリア・デビルーク。彼女は今、ある家の居間で、ややふてくされた様子でクッションを抱き枕にしてごろ寝をしていた。
「……で、何の用事なんですか? プリンセス・モモ。ああ、荷物客間に放り込んどいたから後で確認しといてくれ」
と、この家の家主である炎佐が呆れた様子でモモに問いかけた。この家は現在モモが居候をしているリトの家ではなく、炎佐の家だ。
「……ナナと喧嘩をしました」
「……で、自分が悪いと思ったから俺のとこに来たってか? 変わんないよな」
モモの言葉に炎佐はあっさりとそう返す。デビルーク星で炎佐が彼女らの護衛兼遊び相手を住み込みでしていた頃も、ナナとモモは毎日のように喧嘩をしていた。大抵はララがなんだかんだを起こして喧嘩の空気をぶち壊し仲直りしてしまうのだが、そうもいかない時は大抵ナナが炎佐に泣きついて彼の部屋に泊まり込んでいるのだが、たまにモモが自分が悪いと反省している時は彼女が炎佐のところにやってくることもあったものだ。と彼は思い返していた。
「その、いつもの事なんですが――」
「いちいちお前らの喧嘩の理由なんか聞いてられるか。テキトーに頭冷やしてからとっとと帰れ」
「――酷くないですか!?」
モモは静かに喧嘩の理由を話そうとするのだが炎佐はしれっと、さらにはしっしっと追い払うように手を動かして言い放ち、その反応にモモはがばっと起き上がって非難の声を上げる。
「こういう時はほら! 頭なでなでするとか! 好きなご飯作ってあげるとか!」
「めんどくさい」
さっき抱き枕にしていたクッション――ちなみに炎佐が恭子と出かけた時に恭子が気に入って購入し、炎佐宅に置きっぱなしにしている物だ――をばしばし叩きながら訴えるモモ。だが炎佐はめんどくさいの一言で切って捨て、モモは頬を膨らませる。
「だ、だったら――」
「今日の晩飯ニンジン尽くしにするぞ?」
「――私何かエンザさんの怒り買うようなことしました!?」
今度こそ何か言う前に炎佐は言い捨て、さっきまでの酷い扱いに加えて自らがキライなニンジンを盾にされたモモが泣き叫ぶ。
「実は昨日、ニャル子からの依頼でめんどくさい仕事があってな。帰ってきたのは日付変更後。それからぐっすり寝てたんだがいきなり呼び鈴が鳴らされまくってな。いやー不思議な事もあるもんだよなぁ」
「……ごめんなさい……」
今気づいたが炎佐の目の下にはうっすらとクマが出来ており、モモはやや顔を青くして身体をぷるぷる小刻みに震わせながら謝罪の言葉を口に出した。
「ま、ナナと喧嘩して顔合わせづらいんだろ? 出来ればとっとと帰ってほしいが、リトの家に帰ってからも喧嘩続きでリト達に迷惑かけられても困るからな。ナナと落ち着いて話せるようになるまではいてもいいぞ」
「……ありがとうございます」
炎佐はモモの好物の紅茶を淹れながらそう言い、なんだかんだで気遣ってくれる炎佐の優しさにモモもお礼を返した。
「……で?」
「なんだ?」
場面はスーパーマーケットに変わる。炎佐は何かを書いているメモを読みながらそれと財布等の小物を入れている小さなバッグ以外は手ぶらで歩き、その後ろを中身が満杯に入っているエコバッグを両手に持ちながらモモが額に怒りマークをくっつけていた。
「なんで買い物してるんですか!? っていうかなんで全部私が持たされてるんですか!?」
「いい荷物持ちがいるんだから活用しないとな。この前のクリスマスの日にドクター・ミカドが俺を拉致した理由が今分かったよ。これは楽だ、何を買うべきか考えるのに集中できる」
「か弱い女性に荷物持たせるなんて、それが男のやる事ですか!?」
「デビルーク星人にとってはそんなもん指一本で軽々持てるだろうが。さ、次だ。おひとり様何個ってのが決められてて且つ競争率高いもの買うからな、お前にも働いてもらうぞ」
「ここに外道がいます!?」
わーわーとうるさいモモに対し炎佐は平然とそう言い、彼のナチュラルこき使い発言にモモは戦慄していた。
「ぐぬぬぬぬ……」
家に帰りつき、タイムセールでおばちゃん達に巻き込まれながら商品を奪いつつ炎佐が買った商品を死守するという無茶振りをやらされたモモは台所の椅子に座りテーブルに突っ伏しながら炎佐をジト目で睨んでいた。その炎佐は買ってきた食材を使って夕食作りに勤しんでいる。
「ほれ、そんな睨んでないで髪でも梳いてこい。酷いありさまだぞ」
「誰のせいだと思って……」
炎佐の言葉にモモはぶつくさ言いながらも席を立ち、洗面所の方に歩いていった。タイムセールでの激闘によるものか、モモの毎日綺麗にセットされている髪はややぐちゃぐちゃになっていた。
それから炎佐の作っていた料理が完成し、夕食になる。が、モモは自分の目の前のさらに盛り付けられたご飯とそれにかけられた茶色い流動状の物体、その中にある赤い物体を見て目を細めた。
「ニンジン……」
「カレーにはニンジンが無いとな。さ、遠慮せず食え」
「やっぱりエンザさん、怒ってます?……」
自分が嫌いなニンジンが入っているモモは嫌そうな声を出し、しかしエンザは気にも止めずに言い放つ。モモはうぅと泣きそうな声を出した。
「いーやー怒ってないぞー。ほれ、ニンジンの味が嫌なら流し込め」
そう言ってとんっとモモの前に乳白色の液体を入れたコップを置く。
「……牛乳も嫌いなんですが?」
「そうか。それは知らなかった」
嘘だ、完全に嫌がらせだ。モモはそう直感する。なぜならモモが牛乳を嫌いだと知らなかったなんていう炎佐の口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいるからだ。
「し、死ぬかと思いました……」
「大袈裟だな」
夕食を終えた後、モモは心なしか青い顔でリビングの床に突っ伏しクッションに頭を乗っけていた。それに対し炎佐はそう呟き、着替えを持つと立ち上がる。
「んじゃ俺は風呂行ってくる」
そう言い残して彼は浴室に歩いていく。
「……」
それを聞いたモモは僅かに何か考えるような表情を見せた後、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたのであった。
「ふぅ……」
炎佐は湯船で身体を温めた後、湯船から上がってタオルにボディソープをつけて泡立て、身体を洗っていく。と、丁度身体中に泡がついていった時、風呂場のドアが開く音が聞こえてきた。
「なんだ?」
音に反応し、振り返る炎佐。
「お背中お流ししましょうか? エンザさん♪」
そこに立っているのはにこっと微笑んでいるモモ。しかし服は全て脱いでおり、バスタオルを巻いて身体を隠してはいるものの彼女の年齢に見合わない発育をしている肉体を強調する形になっていた。しかも胸の谷間を隠さず、むしろやや強調するようにタオルを巻いている。
「……何してんだ、お前?」
「うふふ。泊めていただくんですから少しはお礼をしないとと思いまして♪」
冷たい目でモモを見る炎佐に対し、モモはうふふと笑いながら前かがみになって胸の谷間を強調する形にする。
「……はぁ」
が、炎佐は呆れたようにため息をつくと、青い瞳を宿す両目の瞼を閉じる。
「アホか」
「へぶぎゅっ!?」
そして彼がそう言った瞬間、前かがみになっているモモの後頭部に衝撃が走る。重心が前に寄っていたモモはその衝撃でバランスを崩して前に倒れ込み、背を向けている炎佐にまるで抱きつくような格好になる。
「ひゃあああぁぁぁぁっ!!??」
炎佐に抱き付き、胸を押し付けてしまった形になったモモは慌てたように飛び退く。が、何か冷たいものを踏んづけてしまい、つるんっと滑る。
「ふえ?」
謎の浮遊感。そしてその直後ごっちーんという後頭部への痛みを感じつつ、モモの意識は暗転していった。
「おい、起きろ。大丈夫か?」
「う……えと……」
モモは目を覚まし、起き上がると辺りを見回す。どうやらベッドに寝かされていたらしい。
「覚えてるか? お前風呂に乱入してきたろ?」
「あ、はい。何か踏んづけて……氷?」
「勘がいいな。悪い、まさかお前に当てた氷を踏んづけるとは……」
炎佐が参ったように言いよどむ。どうやら前かがみになっていたモモの後頭部に当たったのは炎佐がブリザド星人の力を使って生み出した氷らしい。そして、床に落ちたそれを飛び退いたモモが偶然踏んづけ、転ぶ結果になってしまったらしい。
「一応ドクター・ミカドに連絡は取ったが、冷やしておいて明日まだ痛むなら診療所まで来るようにだとよ」
「そうですか。分かりました……って、あら?」
御門からの伝言を聞いたモモはこくりと頷いた後、自分の格好に気づく。風呂に入っていたため当たり前だが先ほどの自分はバスタオルを身体に巻いていたはず。だが今の自分は家から持ってきた、ピンク色を基調に花柄というやや子供っぽいデザインのパジャマに着替えていた。
「ああ、勝手に悪かったが荷物漁ってパジャマに着替えさせてもらった。バスタオル一枚だと風邪ひくかもしれないしな」
犯人は自分しかいないとはいえ平然と自白する炎佐。それにモモは「はぁ」と曖昧な返事を返した後、何かに気づいたように悪戯っぽい笑みを一瞬浮かべると、ばっと自分の胸を両腕で隠すようにして目を潤ませる。
「ハ、ハレンチな! もしや私が気絶している間に悪戯を――」
「するわけねえだろボケ」
「――ふみゅっ」
彼女の言葉が言い終わる前にツッコミにおでこへのチョップを叩き込む炎佐。顔色一つ変えず、むしろ呆れた目で見てくる彼にモモはつまんなそうに頬を膨らませた。
「むー……リトさんと全然違いますね……」
「お前まさかリトの入浴中にまで突っ込んだのか? お前バカか?」
お風呂への乱入と言い今回と言い、ほぼ悪ふざけとはいえ色仕掛けが全く通じない炎佐にモモがジト目を向けると炎佐は呆れきった表情でツッコミを入れる。
「つーか、そもそもなんで俺が今更お前の裸なんぞに照れなきゃならん?」
「はい?」
炎佐の言葉を聞き、どこか引っかかったのかモモの頭に怒りマークがくっつき、その目つきがややきつくなる。と、炎佐はまたも呆れたようなため息をついた。
「昔、風呂を怖がって“エンザさんが一緒じゃないとお風呂行きたくないですー”とか駄々こねてたのはどこのどいつだったかな?」
「……ナ、ナナジャアリマセンデシタッケーワタシノキオクニハナイデスネー」
炎佐の、物真似部分はやけに高い声を使ったツッコミを聞いたモモは一瞬で目を逸らし、キョドキョド目を泳がせながら黒歴史を双子の姉に押し付けようとする。
「あーそうかそうか。結構昔だったしなぁ、記憶間違ってても無理はねえか?」
しかし炎佐はにやにやと悪戯っぽく笑っており、モモはむむむ、と言いながらジト目で頬を膨らませていた。と、炎佐はぽんっと彼女の頭に手を置いた。
「ま、今日はもう休んでろ。何かあったら呼べよ」
「……というか、ここ誰の部屋なんですか?」
「ん? キョー姉ぇが泊まる時使ってる部屋だが? 俺の部屋は隣だから。少し大声出せば聞こえると思うぜ」
モモのごもっともな質問に対し炎佐は恭子が泊まる時に使っている部屋で、自分の部屋は隣。防音設備は施してないのか大声を出せば聞こえる。と説明して部屋を出て行く。
「うーん……」
モモはやや難しい顔をしながらベッドに寝転んだ。
「すー……」
真夜中。寝巻に着替えた炎佐は静かに眠りについていた……が、扉の開くキィ、という音が聞こえた瞬間その寝息が止まる。
「どうかしたか、モモ」
「起こしちゃいましたか?」
部屋に何者かが入った瞬間目が覚める気配察知能力にモモは苦笑。枕を抱えながらとことこと炎佐の方までやってくる。そしてぽいっと枕をベッドの上に放り投げるとすぐさま炎佐の布団に潜り込んだ。
「なんだ!?」
「んふふー。頭を打っちゃいましたし、念のためエンザさんの近くで寝た方がいざという時対処しやすいかな~って思いまして。今日はここで寝させてください♪」
「はぁ!? ふざけんなよ狭いんだから!」
驚く炎佐にモモは笑いながらそう言い、だが当然炎佐は拒絶する。と、モモはいきなり自分の頭に手をやった。
「う~ん。さっき打った頭が急に痛くなってきたな~」
「……チッ」
元はと言えばふざけてきたモモの自業自得なのだが彼女が転ぶ原因を作ったのは自分であるためか、そう言われると無理に追い出すことが出来なくなってしまう。諦めてごろりと転がり、モモが入れる程度のスペースを作るとモモも嬉しそうにそこに寝転がる。
「久しぶりですね。エンザさんが私達の親衛隊にいた頃、お姉様やナナと一緒にお昼寝をしてた時以来でしたっけ?」
「ああ、そうだっけか?」
モモの言葉に対し炎佐はやや適当そうに返す。と、モモはすすす、と炎佐の懐に潜り込み、彼の寝巻を掴んだ。
「お休みなさい、エンザお兄ちゃん」
「……ああ。お休み、モモ」
にこり、と可憐な微笑みを浮かべて挨拶をするモモに炎佐も穏やかに笑いながら挨拶を返して左手を彼女の頭にぽんと置く。そのまま二人は眠りについたのであった。
今回は思いついたモモとの日常系。ちなみにこの二人の間に男女の愛情は存在しません、せいぜいが兄妹愛とか親愛です。モモが炎佐にやってる色仕掛けだって別に“炎佐に異性として見てもらいたい”とかじゃなくって単純にからかってるだけですし、炎佐の方も割と遠慮ないし一言で言えばからかいからかわれの関係ですね。まあモモのからかいという名の色仕掛けは炎佐本人には冷たい目で見られるわ躾けとして拳骨くらうわで大概碌な目にあってませんけど。案外自信があるのにそういう反応返されてむきになってるって説もあるな。
ちなみに炎佐の方は元々モモ(というかデビルーク三姉妹)は妹的ポジションに置いてるから異性としての反応があまり出来ないってことと、ナナとモモに関してはそれこそ彼女らが物心ついた頃から自分が親衛隊辞めるまで色々世話してたから、今回で言うとモモが裸見せてきて炎佐を照れさせようとした事に関しては「お前の裸なんて昔飽きる程見たよ。何で今更照れにゃならん」くらいに思ってたりしてるという感じです。何気にダークネス編に入って