四月に入っての新学期も少々過ぎ、新たな学年生活にも慣れ始めた頃の日曜日。炎佐は一人駅前に佇んでいた。
「……どうしてこうなった」
目を細めてはぁ~と重苦しいため息を漏らし、駅の壁に背中を預けるようにもたれかかり頭を上げて空模様を見る。雲一つない快晴、暖かな日差しが降り注ぎ、風も程よく吹く絶好のお出かけ日和だ。
(とても平和な……ね)
そこまで考えて炎佐は再びふぅと息を吐く。
「エーンちゃーんっ!!!」
その瞬間響いてきた女性の声に彼はがくっとうつむき、声の方を見る。そこにはベレー帽を被っており、後ろにはベレー帽で隠せない程に黒髪を長く伸ばしてさらにメガネをかけた可愛い女の子が肩に小型のショルダーバッグを引っかけ手を振って走ってきていた。
「……遅かったね、キョー姉ぇ」
「もー。女の子の遅刻は笑って許すのが男だよー」
炎佐の呟きに女の子――霧崎恭子がころころと笑うと炎佐はやれやれとため息をつくと壁から背を離し、駅の中に入ろうと歩き出す。
「で、キョー姉ぇが言ってたケーキ屋って?」
「もー。せっかく久々に二人きりでゆっくりできるんだからのんびりしようよー」
「はいはい行くよー」
ドライな言動を見せる炎佐に恭子はつまんなそうに頬を膨らませるが、やがて右手で口元を隠しにやっと悪戯っぽく笑うと、次に目元を両手で覆って地面に膝をつけるように座る。
「くすん、エンちゃんが不良になっちゃった……」
「……」
「私が忙しいからって放っといたのがいけなかったのかな……ごめんね……」
いきなりの猿芝居。しかし炎佐は足を止めてしまう。事情をよく知らない周りの人々がざわつき、何人かはひそひそと喋り始めた。まあ傍から見たら彼女泣かせて勝手にどこか行こうとしている彼氏だ。
「……」
足を止めた炎佐はぶるぶると震え、踵を返しずかずかと足音荒く恭子の方まで歩いて彼女の手を取り、すぐさま駅の中に入って適当な人気のないところに隠れると真っ赤な顔で恭子を見る。
「恥・ず・か・し・い・だ・ろ・う・が!!!」
「えへへ、だってこうでもしないとエンちゃん止まんないんだもん」
羞恥と怒りから顔を真っ赤にしている炎佐に対し恭子は涙一粒分すらも濡れていない顔を輝かせて笑いながらそう言い、一般人をさらっと騙すアイドルの演技力に炎佐は頭を抱える。
「あはは。エンちゃんってやんちゃな事には強いけどこういうのにはほんと弱いよね」
恭子は笑いながらそう言い、炎佐の手を取る。
「ほら、そろそろ行こう。私今日しかスケジュール空いてないんだから」
「……はいはい」
炎佐はまたもため息をつき、恭子に引っ張られるままに電車の切符を買い、二人は電車に乗っていった。
「いらっしゃいませ」
それから二人が来たのは恭子が以前撮影の合間にケーキを食べたというケーキ屋。お店のドアを開けカランカランというベルの音と共に、店員らしい女の子――茶色い髪を長く伸ばして赤いリボンを結び、八重歯が印象的だ――が挨拶する。
「エンちゃん、遠慮せず好きなもの頼んでいいからね? どうせならお友達へのお土産も買っていったら?」
「あ、ああ……」
恭子はニコニコ笑顔で炎佐にそう言い、炎佐も頷くと商品が並べられているガラスケースの方に向かう。
「えっと……んじゃ苺のショートケーキを四つを持ち帰りで、チーズケーキはここで食べます」
「はい、ありがとうございます」
炎佐の注文を受け、やはりこっちも店員らしい男の子――黒髪を短髪にし、穏やかな顔つきをしている――がてきぱきと苺のショートケーキ四つを持ち帰り用の箱に入れ、チーズケーキを皿に乗せてフォークを準備する。
「あ、私もチーズケーキで」
「はい」
炎佐の後ろから覗き込むようにして注文してきた恭子に男子は笑顔で応対し、恭子の分のケーキを皿に乗せてフォークを準備してから代金を計算し、恭子が清算する。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとっ」
男子の言葉に恭子は笑顔でお礼を言い、男子は照れたように頬をかく。その瞬間炎佐は背後、ちょうどさっき挨拶してきた少女がいた方向から殺気を感じ取るが、こんな穏やかな店で物騒な殺気なんて感じるわけないかとそっちを見ることなく気のせいだと結論づける。だがその方を見たらしい男子が若干驚いたというか怯えたような表情を見せていた。それから二人は適当な窓際の席に座り、フォークを手に取る。
「ほらね、学生のアルバイトさん多いでしょ?」
「多いっていうか、シフトがたまたまそうなのかもだけど二人とも学生じゃない?」
恭子の言葉に炎佐はチーズケーキを口の中に入れながら、さっき女の子が男の子に向けて八重歯をまるで牙のように見せて目を吊り上げて怒り、男子が困ったように笑いながらまあまあと落ち着かせているのを見る。なお最終的に女子が「二回死ねー!」と叫んで男子を殴り飛ばしていた。
「……なんとなくあの男の子はリトと同じ匂いがする」
「あはは。じゃあ今度はその子を連れてきたら?」
「……まあ、ここを教えてはみるよ」
男子を見ながらそう呟く炎佐に恭子が笑ってそう言うと炎佐はそうとだけ言ってもう一口ケーキを食べ、飲み込む。
「……なんていうかな、特別美味しいって思えないというか……」
「ま、それは分かるけどね。ここって味じゃなくって――」
炎佐は食べたケーキの批評に少し言葉を詰まらせ、それに恭子が頷いて同意した後そう続けようとする。
「たっだいまーっ!!」
と、その時そんな元気な女性の声が聞こえ、炎佐は思わず声の方を向いてしまう。元気にそう挨拶してドアを開けたのは青色の綺麗な髪を長く伸ばし、抜群のスタイルをした綺麗な女性だ。
「あ、乙女さん!」
「あっれー恭子ちゃん! ひっさしぶりー!!」
その姿を見た恭子が嬉しそうに笑顔を浮かべるとその女性も恭子を見て嬉しそうに微笑み、彼女をぎゅーっと抱きしめる。
「わ、ちょ、ちょっと乙女さん! お客様に何やってるんですか!?」
バイトの女子が慌てたように女性向けて叫び、駆け寄ってくる。
「えー、大丈夫よ文乃ちゃん。だってお友達なんだもーんっ♪」
しかし乙女と呼ばれた女性は気にせずに無邪気な笑顔を浮かべており、女子――文乃もえぇーっと声を漏らす。
「あ、そっか。文乃って霧崎さんが来る時、いつもタイミング悪く休んでたり店にいなかったりだっけ」
と、ケーキを補充していたらしい男子が気づいたようにそう言い、乙女も「そうだっけー」と言うと恭子を離す。
「こちら、最近たまに来てくださる霧崎恭子さんよ?」
「ふふ、初めまして」
乙女が紹介すると恭子はベレー帽とカツラ、そしてメガネを外して挨拶。その姿を見た文乃は目を丸くした。
「き、霧崎恭子ってま、まさか……少女アイドルのキョーコちゃん!?」
「あったりー」
「キョ、キョー姉ぇ! そんな無防備に!!」
文乃の言葉に恭子が素直に肯定すると炎佐がそう叫んで立ち上がる。と恭子は呆れたようにため息をついた。
「もー。エンちゃんは心配性が過ぎるわよ。ごめんね乙女さん、エンちゃんって本当に心配性なの」
「うふふ、そうみたいね」
恭子の困ったように笑いながらの言葉に乙女は笑ってそう言い、何を思ったのか炎佐に近づく。
「ほーら、むぎゅー」
「むぐぐぐぐっ!?」
そしていきなり炎佐を抱きしめ、炎佐の顔が乙女の豊満な胸にダイブする。
(ラ、ララちゃんよりでかっ!? じゃなくって――)
幼馴染の姫君を超えるかもしれないバストとその柔らかさに驚く炎佐だが慌てて脱出しようと試みる。しかし流石に炎や氷は使っていないとはいえ結構本気で振りほどこうとしているのに乙女の拘束は全く外れる様子を見せなかった。
「大丈夫だよ、エンちゃん? 私は恭子ちゃんがアイドルだって知らなくっても、恭子ちゃんが大好きなんだもん。恭子ちゃんが静かにケーキを食べたいっていうなら、私は絶対内緒にするから」
「……」
乙女の相手を安心させるような声で紡がれる言葉を聞いた炎佐は抵抗を止め、彼女の抱擁を受け入れる。なお、客の正体を知った文乃は恭子を前に狼狽えサインでも貰おうというのかノートを持ってきており、恭子もサインペン片手に平然とサインに応じていた。
(く、苦しい……)
「あ、あのさ、乙女姉さん。その人窒息しそうだからそろそろ離してあげて?……」
乙女の豊満なバストに包み込まれていた炎佐はそのまま窒息しそうになっており、男子が乙女の肩を叩いてそう言うと乙女はあららと呟いて炎佐を離す。
「げほっげほっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「な、なんとか……ありがとう。えーっと……」
テーブルに手をやって苦しそうに咳き込む炎佐に男子が心配そうに彼の背中をさすりながら呼びかけ、炎佐はこくこくと頷いて呼吸を整えた後お礼を言う、がその次の言葉に詰まってしまい、男子は苦笑した。
「俺、都築巧。で、あっちはアルバイトで俺の幼馴染の芹沢文乃です」
「ああ、俺は氷崎炎佐。キョー姉ぇとは従姉弟ってとこ」
「ええ。前に霧崎さんが店に来た時に聞いたことありますよ。同い年っぽいから話が合いそうだって」
男子――巧は穏やかに笑いながらそう言い、それに炎佐も微笑む。
「そりゃありがたい……ま、強いて言うなら俺より俺の友達の方が話が合いそうだけどな」
「その心は?」
「ああ、なんつうかな……」
炎佐の言葉に巧が首を傾げると、彼は腕を組んで少し考える様子で虚空を見上げる。
「その友達、なんつうか女難なんだよ。女の子と仲良くなったと思ったらトラブルを起こすというかなんというか……都築さんも近い未来にそういう苦労が始まりそうな匂いを感じるんだ」
「あ、そ、そうですか……気をつけます」
炎佐の言葉に巧は頬を引きつかせ忠告に感謝しておく。その引きつった頬に炎佐は苦笑を見せた後、今は自分達以外客のいない店内を見回す。
「それにしても、初めて来た店にこんな事言うのはなんだけど……あんまり流行ってないのか? ケーキの味も正直特筆すべきってレベルじゃないし……」
「ああ、痛いとこ突かれてます、それ……」
「あ、気に障ったなら謝るよ、ごめん……でもさ、こう言っちゃなんだけど霧崎恭子推薦とか、そういう感じのポスターでもすればキョー姉ぇ目当ての客が来るんじゃないか? なんなら俺からキョー姉ぇにサインや写真とか頼んでみるけど?」
「あ、いえ、いいんですよ」
炎佐の提案を巧は両手を前にして断り、頬をかく。
「たしかに人気アイドルがよく来る店って宣伝すれば客は集まるかもしれませんけど、それじゃせっかく仕事の合間わざわざ来てくれる霧崎さんがゆっくり出来ないでしょ?」
「……」
巧の言葉に炎佐は驚いたように目を丸くする。
「まあ確かにこの店、乙女姉さんのファンの人がケーキ買ってくれたり、アルバイトしてくれてる文乃の他、家康や大吾郎……友達に助けてもらってどうにか成り立ってる状態だからあんま偉そうには言えないけどさ。でも、だからこそ、来てくれるお客様一人一人を大事にしたいんだ」
「……なるほど。キョー姉ぇがこの店を気に入ってる理由が分かったよ」
巧の言葉に炎佐は笑みを浮かべながら納得したように頷き、彼に右手を差し出す。
「また今度、友達を連れてくるよ。その時はよろしく」
「はい、こちらこそ」
炎佐がそう言って差し出してきた右手に対して巧も右手を差し出し、握手を交わす。
「「「ありがとうございました」」」
そして炎佐と恭子は店員三人と一緒にケーキを食べ――乙女が自分と巧と文乃の三人分を売り物から勝手に持ち出してきていた――ながら談笑した後、店員三名の見送りを受けながら店を後にする。そして少し町中を歩きながら恭子がふふっと笑う、ちなみに当然店を出る前に再びロングヘアベレー帽眼鏡っ娘という変装状態に戻っている。
「ね? 良いお店だったでしょ?」
「ああ。落ち着く雰囲気だった」
恭子が炎佐の顔を覗き込むようにして笑いながら問いかけると、炎佐もふっと微笑んで頷く。と、恭子は再び笑う。しかし、その笑顔はさっきとは違う性質を秘めており、さっきの笑みが純粋に喜びの感情から楽しさを表現しているものだとしたら今度はにまっという悪戯心を覗かせる笑みだった。
「それに、乙女さんってスタイル抜群だもんね~。抱きしめられて嬉しかった?」
「ぶふっ!? な、いや、なにをっ……」
その言葉に炎佐は吹き出し、かぁっと顔を真っ赤にさせて恭子を見る。しかしその弁解の言葉は動揺のあまり言葉になっておらず、恭子はくすくすと笑う。
「冗談冗談。本当にエンちゃんはこういうの弱いからからかいがいがあるね」
「……チッ」
恭子の冗談交じりに笑いながらの言葉に炎佐は舌打ちを叩くと頭をかく。
「しょうがねえだろ。宇宙で親父やお袋と一緒に傭兵やってた時はこんなことに巻き込まれることなんてなかったんだからよ……」
「へぇ~? で、地球に来てからこういうことに興味津々?」
「……いい加減殴り飛ばすぞ」
「地球では無暗に暴力を振るってはいけませんって教えたでしょ~?」
「……」
恭子のからかいに炎佐は額に青筋を立てて拳を握りしめ彼女を睨みつけるが、彼女がくすくすと笑いながらそう言うと震える拳を下ろす。
「覚えてろ。今度遊びに来た時食事でキョー姉ぇが嫌いなものばっかり出してやる」
「あはは、それは困るね。ごめんごめん、許してエンちゃん♪」
悔しそうに目を細め、子供みたいな事を言いだす炎佐を見た恭子はころころと鈴の音のような笑い声をあげてそう言い謝りながら彼の腕に抱き付いた。それに炎佐は恥ずかしそうにまた頬を赤く染め、照れ隠しのようにふんと鼻を鳴らして彼女から目を逸らした。それを見た恭子はまたも楽しそうにふふふと笑って炎佐から離れる。
「きゃっ!?」
と、その時いきなり恭子の悲鳴が聞こえ、炎佐は驚いたようにそっちを見る。と恭子は地面に尻餅をついていた。どうやら誰かにぶつかったらしい、が、そのぶつかった者がいない。炎佐は恭子の体勢から相手を探す、と丁度二人が歩いていた先の方に一人の、身体つきからして男が走っているのを見つける。
「あーっ!!?? か、鞄盗まれたーっ!!??」
直後響く恭子の声。どうやらあの男、ひったくりのようだ。
「ったく、もう! 行くよキョー姉ぇ!」
「わ、ちょっ!?」
尻餅をついていた恭子の手を引いて立ち上がらせ、手を握ったまま走り出す。幸いにして歩いていた商店街は人ごみとは無縁とばかりに人気がなく、人ごみに呑み込まれてひったくりを見失うという事はなさそうだ。
(……速い……)
炎佐が心の中で呟く。地球の一般人から見て不自然ではない程度に本気で走っているためただの一般人なら簡単に追いつくはず、相手が陸上経験者等で足に自信があったとしても少しずつ距離を詰めていけるはずなのに距離に変化が見られなかった。
「……」
炎佐は少し考える様子を見せ、彼を結構必死に追いかける恭子はその姿を見て少し首を傾げた。
「……撒いたか」
恭子からひったくりをした男性。彼はいくつか曲がり角を曲がり、追いかけてきた相手を撒いたのを確認した後自分の顔に手をやる。そして、その顔をいきなり剥がすとそこにはチョウチンアンコウのような触手を生やした、日本人どころか地球人離れした顔が現れていた。
「ふひひひ、地球人は警戒心が薄いな……居住してきて大正解」
男は恭子のショルダーバッグを見ながら気味悪く笑う。
「ヒッタクン星人か。道理で地球人一般高校生レベルの身体能力に押さえてたら追いつけないわけだ」
「!?」
そこにいきなり後ろから聞こえてきた声。驚いた、ヒッタクン星人と呼ばれた男は勢いよく振り向くがそこには誰もおらず、ヒッタクン星人はきょろきょろと辺りを見回す。しかし、その時彼の後頭部に何かが押し当てられた。
「動くな。動けば貴様の脳天に風穴が開くぞ」
聞こえてきた冷淡な声、殺気すらも感じ取れるそれにヒッタクン星人は硬直してしまった。
「ば、ばかな……」
「静養中の宇宙傭兵の連れの荷物をひったくったのが運の尽きだ……と言いたいところだが」
完全に撒いたはず、そもそも今彼の後頭部に押し当てられているのは日本ではごく一部の職業を除いて携帯が許されていない銃。それを感触で理解したヒッタクン星人は驚いたように呟くが、その謎の答えを銃を押し付けている相手――炎佐が説明する。が、続けて彼はふんっと相手を鼻で笑った。
「俺は今静養中。折角気分良く遊んでる時に面倒事はごめんだ。ひったくった荷物を返せば今回は見逃してやる。運が良かったな、とっとと荷物を置いて失せろ」
「へ、へへ……わ、分かりやした」
炎佐の脅しにヒッタクン星人は逆らったら殺されると直感的に理解したのか鞄をそーっと地面に置こうとする。
「エ、エンちゃん、いきなり本気で走り出さないでよ……」
「キョー姉ぇ!? 馬鹿、来んな!!」
「え?」
その時タイミング悪く恭子が炎佐の後ろに合流し、いきなり一般人である恭子が現れたことに炎佐が動揺してついヒッタクン星人から目を離すと、彼はにやりと笑って懐からレーザー銃を取り出した。
「死ねぇっ!!」
「!?」
叫びと共に炎佐目掛けて放たれるレーザー。それを炎佐はかわすことも出来ずにくらってしまい、がくっと膝をつく。
「ク……」
「へ、へへ、ざまぁみやがれ……」
ヒッタクン星人は嫌らしく笑い、目の前で炎佐が撃たれ呆然とへたり込んでいる恭子を見る。
「念のためだ。悪く思うなよ?」
呟き、恭子にレーザー銃を向ける。それに恭子はびくりと怯えた反応を見せる。
「……ッソがァ……」
「!」
その時、ヒッタクン星人の足元に膝をついていたエンザの口からそんな声が漏れ出た。
「せっかく人が見逃してやろうと思ったのによォ、人の親切無駄にしやがってェ……」
地獄の底から聞こえてきそうな低い声を出しながらエンザは立ち上がり、まるで獲物を見つけた獣のような目をヒッタクン星人へと向ける。瞳孔も開いており、完璧にキレた目だ。
「挙句の果てにいきなり銃ぶっ放すだァ?……別にテメエの銃如き目ェ瞑ってでもかわせンだけどよォ、キョー姉ェに当たって怪我でもしたらテメエどう責任取るつもりなんだよ、アァン!?」
「ぐぶっ!?」
怒鳴ると同時にヒッタクン星人目掛けて蹴りを叩き込み、完全に怯んでいた結果防ぐこともかわすことも出来ずに蹴りをくらったヒッタクン星人は悲鳴を上げて吹っ飛び、レーザー銃と恭子の鞄もその手から吹っ飛ぶ。
「チッ、気が変わった……」
エンザは呟いて、右手の人差し指だけを立てて右手を上空に挙げる。と同時に巨大な火の玉がその指先に形成された。
「テメエ、死んどけ」
弱肉強食、殺さなければ殺される世界を生きていた中で形成された殺しに躊躇がない獣の目。今までひったくってそのまま逃げ、ほぼ無抵抗な相手しかしていなかったのだろうヒッタクン星人はその目から感じられる殺気に完全に怯み、ガクガクガクと震えだす。そしてついにヒッタクン星人を骨すら残さず灰にするであろう火の玉を落とそうと、エンザは右手を下ろそうとする。
「エンちゃんっ!!」
と、背後から恭子がエンザを羽交い絞めにし、特に右手を下ろさせないよう必死で押さえ込む。その隙にヒッタクン星人は懐から何かの玉を取り出して地面に叩きつけ、同時にその玉が叩きつけられた場所から煙が出る。どうやら煙幕のようだ。
「逃げンなゴラァッ!!!」
「エンちゃんっ! 落ち着いてっ!!」
「離せ恭子!! あの野郎、ぶっ殺してやる!!!」
煙幕を使って逃げたのを見たエンザが怒鳴り、直接殺そうと考えたのか火の玉を消すと恭子も説得を始めるがエンザは完全に頭に血が上ってるのか喚き散らすのみ。と、恭子はすぅっと息を吐く。
「炎佐! 無暗に暴力を振るったらダメッ!!」
「っ!!」
張り上げられた大声を聞いた瞬間エンザの動きが止まる。それは彼が地球に来て、恭子からエンザが炎佐として暮らせるよう地球のルールを教えられていた時に一番最初に教えられ今もなおからかい交じりだが大事だからと言われていることだ。
「……」
動きが止まったエンザから殺気が消えていき、彼はゆっくりと力を抜いていく。
「……ごめん、キョー姉ぇ」
やがて、炎佐の口から謝罪の言葉が出る。その申し訳なさそうな、だが穏やかな声を聞いた恭子は安心したように笑う。
「うん、大丈夫だよ。元々エンちゃんは私の鞄取り戻そうとしてくれたんだもん」
恭子はそう言って自分の鞄を拾い上げながら炎佐の前に回り込み、鞄を肩にかける。
「ありがとね、炎佐」
そして輝かんばかりに満面の笑顔を浮かべてお礼を言い、その笑顔を見た炎佐はふいっと目を逸らして頬をかく。
「お、お礼言われるほどじゃないよ……結局キョー姉ぇに迷惑かけちゃったし……っていうか、結構体温上げちゃってたような気がするけど、火傷とかしなかった?」
「あのねぇ、私だって一応フレイム星人の血を引いてるのよ? 熱さへの耐性ならエンちゃんにも負けてないって」
心配そうに尋ねてくる炎佐に恭子は呆れたように返し、次ににまっと笑みを見せる。
「なんなら直に見てみる?」
「ふざけんな」
悪戯っぽく笑い、前傾姿勢になっての言葉に対し炎佐はチョップを恭子の額に叩きつけて返す。
「むぅ、焦ると思ったのに……」
「一日何度もされりゃ慣れるっての……さ、もう帰るよ。晩御飯の準備しなきゃいけないし」
「はーい」
恭子は予想とは違う対応に叩かれた額を押さえながら唇を尖らせ、それに炎佐はため息をついて返す。そして彼が帰ろうと言うと恭子は素直に返し、二人は家に帰るため歩き出した。
ちなみに後日、
「ごめん。リト、ララちゃん、美柑ちゃん。この前遊びに行ってた時お土産にケーキ買ったんだけど、その後宇宙人と小競り合いになっちゃって……帰って見てみたらケーキ、完全に駄目になっちゃってた……」
「あ、あはは。気にすんなよ」
「うん、大丈夫だって」
「なんなら今度、一緒に買いに行きましょうよ」
そんな話があったのはまた別のお話。
今回はちょい特別話と言いますか、思いついたので書いてみました炎佐と恭子のデート。基本的に炎佐は恭子にはおもちゃにされて可愛がられてます。でも炎佐は恭子の事は大事な恩人であり大好きなお姉ちゃんなので命を懸けて守ろうとします。
で、ケーキ屋は漫画が作者繋がりの某ラノベから出しました。最後までキャラクターの名前を出すか出さないかで迷いましたが、考えてみたら乙女さんの名前を出さずに済ませるのが(他のキャラの呼称的に)不可能だと思ったので諦めて、じゃあもういいかという感じになりました。ちなみにイメージ的にはまだ迷い猫の方は原作ストーリー開始前なので希はいません。ついでに言うと……迷い猫、ラノベはもう大分読んでないというか現在手元にあるのが漫画版だけなので正直彼らのキャラこんなもんでよかったかと凄い不安だったりします……文乃を素直にさせすぎたかな? 巧のお店や客に対する考え方の主張間違ってないかな?……まあ、そもそもキャラがどうかの不安なんて言いだしたら恭子こんなんでいいのかっていつも迷いまくってんですけどね、メインヒロインに抜擢していながら未だにキャラがちゃんと掴めていない……。
で、後半は若干悪ノリというかなんというかで書き進めました……当初はもうちょい穏便に済ませるはずだったんですが恭子が空気だなぁと思って出して、そんで彼女が傷つけられそうになったら暴走しました。(汗)……なんだ、この子は恭子に対してヤンデレの素質でもあるのか? ツンデレは決めてたんだけど……。
さて、なんか色々どたばたなお話でしたがご指摘ご感想があればお気軽にどうぞ。それでは。