IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―   作:和泉

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第十一話 紫苑と紫音

 まるで鏡を見ているようだった。目の前にいる存在は、僕と同じ髪、同じ顔、同じ姿を持っている。

 しばらくして、それは鏡などではないと思い至る。なぜなら、彼女の僕に向けられた瞳に何の感情も宿っていないから。まるで、物を見るような、興味のないものを見るようなそんな目だった。

 

 それを見て僕はすぐに思い至る、あぁ目の前にいるのは双子の姉の紫音だと。

 

 双子ということもあって、何をするにも一緒だった。でもそれは仲が良いという意味ではなく家が代々続く名家ということで同じ教育を徹底的に施していただけだ。物心ついたころにはそれは当たり前になっていたし、二人とも同程度にできていたので周りから優劣がつけられることはなかった。

 

 一つ決定的に違うことは、僕の周りには人がいなかったことだ。

 外で遊ぶようになると、僕が誰かと友達になろうとしたころには紫音が先に友達になっていて気付けば友達になってくる人がいなくなった。この頃から僕は歪んでいたのかもしれない、一緒に遊ぼうと言えばよかったのに、家からなんでも同じものを与えられる僕は紫音と一緒の友達を持つことを無意識に避けていた。

 しばらくは誰かと友達になれるかもしれないと努力もしたが、繰り返すうちに僕は諦めてしまった。気づけば独りでいることが好きになった、好きだと思い込もうとした。

 

 束さんとあの公園で出会ったのはそんな時だ。

 僕が彼女に話しかけたのは偶然だ。なんとなく独りで必死に何かをする彼女が気になっただけだ。でもその出会いから全てが変わった。

 

 その後、すぐに小学校に通うようになったけどそこで取り巻く環境は変わらない、いやむしろ悪化したと言える。僕も紫音も一般的な日本人とは決定的に異なる外見だった。既に入学前から友達がいた紫音は受け入れられていたが、独りでいることが多かった僕は避けられていた。

 

 そして入学から間もなく起きた、ある事件からそれはより顕著になっていく。

 そう、『白騎士事件』。それ以降、紫苑()紫音()は今まで以上に決定的に違う存在として分けられた。徐々に女尊男卑にシフトする世の中に合わせて、いやそれ以上の速さで僕に対するあたりは強くなっていった。紫音はそれを止めることはない。いや、興味すらなかったと思う。その場に居合わせてもこちらを気にする素振りすら見せなかった。

 

 当然のようにSTCは倉持技研と並んでIS開発に日本企業の中でもいち早く着手し、それゆえ早い段階で紫音にIS適性があることも判明した。その時から僕の西園寺家内での価値も急速に失われていく。

 

 でも僕は気にしていなかった。

 

『しーちゃん、ごめんね』

『なにが?』

 

 何故なら、束さんに出会えたから。

 

『だってだって、私がIS作ったせいで男の子のしーちゃんが辛い思いするかもしれないよ?』

『? 束さんがいるから僕は気にならないよ。ISを使って空を飛んだり宇宙に行けないのは残念だけどね』

 

 そう言ったあと、また束さんが泣きついてきて大変だったな、と当時のことを思い出して思わず苦笑してしまう。女尊男卑になるきっかけともいえる白騎士事件には僕も無意識とはいえ関わってしまっていたのは皮肉なものだと思う。でもそれで束さんを責める気は全くなかった。

 この時には、もう僕は歪み始めていた自覚はある。辛くなかったと言えばうそになるけど次第に周りの興味のない人達のことは気にならなくなった。今にして思えばこれも束さんの影響を受けていたのかもしれない。

 

 ふと、昔のことを思い出しながら目の前にいた紫音に意識を戻すと、さっきまでとは違いにっこりと笑っている。おかしい、こんな紫音は見たことないはず。ないはずなんだけど……僕はこの顔を知っている、しかもつい最近も見た気がする。

 

『……ん。……んくん』

 

 この声は……楯無さん?

 

『紫苑君!』

 

 あぁ、そうか。とその時僕は気づいた。今目の前にいるのは紫音じゃない、僕だ。

 紫音は確かに、あんな冷めた目をしていたけど僕もそうだったんじゃないか。でも、今は違う。束さんに会い、この学園でも楯無さんに……フォルテさんに……いろんな人に出会うことができて、今の僕はこんな風に笑えているんだ。

 なら、紫音はどうなんだろう。倒れる前は笑えていたのだろうか。友達と遊んでいるときも、仮面のような笑顔を見せても彼女の目は変わらなかった気がする。そして、僕は彼女のことをどう思っていたんだろう……。

 そう、考えようとした瞬間、目の前の紫音()はガラス細工のように砕け散った。同時に僕の意識が急激に覚醒していくのが分かる。

 

 

 

「紫苑君、大丈夫?」

 

 目を開けると、僕のことを心配そうに見下ろす楯無さんの顔が見えた。

 

「たて……なしさん?」

「あなた酷くうなされてたわよ? それに汗びっしょりじゃない……。昨日からなんだか体調悪そうだったし、ちょうど今日は休みなんだから、汗拭いたら着替えてもう一度寝なさい」

 

 確かに汗で服が貼り付いて気持ちが悪い。どうやら相当うなされていたようだ。昨日の疲れも溜まっていたんだろうか。……それにしても久々に姉のことを思い出すような夢だった。まだ少し体も怠いし、楯無さんの言うように汗拭いたあとに着替えてもう少し寝てよう。

 

「うん……ありがとう」

「ど、どういたしまして?」

 

 楯無さんのほうを向いて、自然と夢で見た紫音(自分)の笑顔を思い浮かべながらお礼を伝えたら何故か疑問形で返された上に顔を逸らされた。よくわからないけどちょっと傷つく。でも僕は心配してくれたことに加えて、名前で、紫苑と呼んでくれたことが嬉しかった。この学園でいる限りは僕は(紫音)の名で呼ばれる。ましてや紫音の夢を見た直後にその名で呼ばれたら少し気分が落ち込んでいたかもしれない。でも、今は楯無さんのおかげか少しすっきりした気分だ。

 

 しかし、その直後に僕の携帯が鳴る。まだ朝も早いこの時間にかけてくる人は僕の知り合いでは少ない。束さんだろうか、と思い手に取ってディスプレイを見ると、そこに表示されたのは父の名前だった。

 入学から今まで全く連絡がなかったのになんだろう、と思いつつ電話に出ると聞こえてきたのは聞きなれたいつもの父の声ではなく、淡々としたものだった。

 

『紫苑か?』

「うん、どうしたの?」

『時間がないから要点だけ言うぞ』

 

 その声には全く感情が込められておらず、どこか事務的だ。自分の記憶にある父の声とは違和感がある。

 

『紫音が死んだ』

「……え?」

 

 しかし告げられた内容は僕にとって全く予期せぬものだった。

 

『だが、やることは変わらん。表向きは紫苑が海外留学中に事故死したということになる。処理は全てこちらで行う、お前はそのままIS学園に通え。いいな』

「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」

『また追って連絡する。くれぐれも勝手に動くな』

「待って、父さん、父さん!」

 

 しかし、父はそのまま電話を切ったのか僕の耳にはただ電子音が響く。

 姉の突然の死。確かに原因不明の病と聞いていたけどすぐに死ぬようなことはないとも聞いていた。それがこんなに急に死ぬ事になるなんて。そして、父がそれを隠すような指示を出したのも僕には衝撃だった。父は僕が紫音の代役として入学することを心苦しく思っている、そう思っていた。何故なら西園寺の家の中で唯一の味方は父だけだと思っていたから。

 でも、今の電話からはそんなものは微塵も感じることができない。

 

「紫苑君!? どうしたの?」

 

 電話の内容から何かあったと悟ったのか、再び心配そうに僕の元に楯無さんがやってくる。目の前にいるのは、この学園で事情を知る数少ない人間。混乱している僕は縋るような思いで話してしまった。

 

「そう……お姉さんが……。そしてあなたはこのまま学園に通うことを強要されるわけね。正直な話、私としてはそれは助かるのだけど、あなた自身はどうなの?」

「僕は……どうしたいんだろうね。父のことも正直考えられないし、何より紫音が……姉が死んだっていうのに何の感情も湧かないんだ。悲しいとも何とも……思わないんだ」

「紫苑君……なに……言ってるの? ならあなたは何で……泣いてるの?」

「え?」

 

 楯無さんに指摘されて目元を指先で拭うと、確かに湿っていた。そのあとも止めどなく目から何かが流れてくるのがわかる。

 

「泣い……てる?」

「あなたはお姉さんに対していろんな想いがあったと思うけど、やっぱり心の底では大きな存在だったんじゃないかしら? それにお父さんのことも……。泣けるときに泣いておきなさい、でないと……辛いわよ」

「う……ぁ……あぁぁ」

 

 自分が泣いていると自覚した瞬間、一気に感情が溢れてきた。僕は悲しかったんだ、でもそれに気付かなかった。決して姉のことは好きではなかったけど、いなくなって悲しいと思える存在だった。それが嬉しい反面、手遅れであることが余計に絶望感を掻きたてる。もっと彼女と話していればよかった、そんな後悔が止めどなく押し寄せてくる。それに耐えきれずに僕は崩れ落ち、声を出して泣き続けた。いつの間にか近くで支えてくれた楯無さんに縋りつきながら。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。しばらく楯無さんに付き添われて泣き続けた僕は、少しずつ気分が落ち着いてくると、楯無さんの腕に覆われている自身の現状に気づき慌てて離れた。それを見た楯無さんは苦笑しながらその場を静かに離れる。近くの椅子に座って放心していると、楯無さんがコーヒーを入れて戻ってくる。

 

「落ち着いたかしら?」

「あ、あの。……ごめん。あと、ありがとう」

 

 なんとなくさっきまでの状況を思い出して気恥ずかしくなり、謝ってしまう。そんな僕の様子を見て再び楯無さんは笑みを浮かべる。

 

「ふふ、なら出世払いね、働いて返してちょうだい。私の胸で泣いた人間なんて数えるほどしかいないんだから、高いわよ?」

 

 落ち着いた僕に安堵したのか、楯無さんは少し茶化しながらそう言ってくれた。その中に彼女の気遣いのようなものが見えて嬉しくなる。

 

「それは……大変だね。学園から離れられない理由が増えちゃった」

 

 学園を辞めて西園寺に逆らっても、今の僕には何もなくなるだけだ。なら、少なからず居場所のあるこの学園生活を続けるのも悪くない。いや、誤魔化すのはやめよう、僕はまだこの学園に居続けたい。自分を偽り、過ごした時間は短いけれどそう思えるようになった。

 

 

 

「ん、紫音どうしたんスか? なんか元気ないッスよ」

 

 楯無さんと話して少しだけ気持ちの整理がついたあと、とても寝る気分にはなれなかったので楯無さんと食堂に向かった。そこでフォルテさんとフィーさんにも会ったので一緒に朝食をということになったんだけど……。

 

「そ、そうですか?」

 

 自分では大分気分は落ち着いたと思ったけど表情にでも出ていたのかな。それともフォルテさんが鋭いのか。弟が死んだ、という対外的な事実になる話をすればいいんだろうけど……気分的に避けたいしこれからの事がハッキリ決まってない以上それを言っていいのかも微妙だ。

 

「ん~? なんかいつもと様子が違う気がするッス。あ、もしかして紫音も昨日の虚先輩の料理食べ過ぎてお腹壊したんスか!? いや~、ウチも食べ過ぎて昨日は大変だったんスよ。ウチが言うのもなんだけどだめッスよ? 次の日まで影響が出るまで食べ過ぎてトイレ「フォルテちゃ~ん?」……へ?」

 

 何か勘違いしたのか、同族を見つけて喜んだのか捲し立ててくるフォルテさんに戸惑っていると、いつの間に移動したのか、僕の隣にいた楯無さんが僕とテーブルを挟んで対面にいたフォルテさんの背後に回り頭を鷲掴みにした。いわゆるアイアンクローだ。

 

「ちょ~っとお話があるの、いいかしら?」

「え、ちょ、なんで今なんスか!? しかも、あ、頭痛いッス。あ、楽しみにとっておいたプリン、せめてプリン食べ、あいたたたた」

 

 そのままフォルテさんは何やら黒いオーラを発散する楯無さんに引きずられながら食堂の外へと連れ出されていった。気遣ってくれた……のかな? なんかそれにしてはやり過ぎな感じもするけど。

 

「あ、あはは……何があったんだろう」

「ふにぃ、とりあえずお腹壊してるならこのプリンは食べていいですよねぇ」

 

 そう言いながらフィーさんはフォルテさんが楽しみにとっておいたらしいプリンを問答無用で食べてしまった。相変わらず容赦ないな、この人。というか、フォルテさんは別に何も悪くないのに……罪悪感が。

 

「うぅ、何かよく分からないけどひどい目にあったッス」

 

 フィーさんがプリンを食べ終わる頃には戻ってきたフォルテさん。何があったのか、精神的にぼろぼろになっている気がする。

 

(楯無さん……何したの?)

(別に何も? ちょっと食事中のマナーについてのお話ついでに今まで溜まってたお説教を、ね)

 

 な、何があったんだ……。説教の内容が気になるけど、なんとなくフォルテさんだといろいろあっても不思議じゃないと妙に納得しそう。

 

「ウチの傷ついた心を癒すのはもうプリンしか……ってないじゃないッスか!?」

「あふぅ、残されていたようでしたのでおいしく頂きましたぁ」

「いやいやいや、あんたも成り行き見てたッスよね!? ていうか何回目ッスか、ウチのプリン食べたのは! 冷蔵庫に名前書いて入れておいたのすら食べたッスよね!?」

「記憶にございませんよぉ」

 

 テーブルの対面では不毛な口論が繰り広げられている。フィーさん、常習犯だったのか……なら僕が罪悪感持つ必要ないか、良かった。いや、ごめん、楯無さんに連れて行かれたのはほぼ僕のせいか。

 

「うぅ、酷いッス。ウチに味方はいないんスか」

「フォルテさん、私ちょっと体調がよくないのでこのプリンどうぞ食べてください」

「い、いいんスか!? ありがとう、やっぱり紫音だけはやっぱりウチの味方だったッス!」

 

 あはは……、変に誤解されてしまったけどまぁいいか。隣で楯無さんが苦笑いしている。フィーさんはフォルテさんの剣幕もどこ吹く風、相変わらずのマイペースだ。フォルテさんは僕があげたプリンを幸せそうな顔で必死に食べている。

 

「ふふ……フォルテさん、ありがとう」

 

 そんなフォルテさんの様子やみんなとのやり取りを見ていたらいつの間にか朝の暗鬱とした気分がさらに晴れていた。やっぱり紫音のことは簡単に整理なんてつかないけど、やっぱり今の自分の居場所はここしかないのかもしれない。

 

「ん……何か言ったッスか?」

「いえ、なんでもないですよ」

 

 だから、僕は決めた。この学園生活を続けることを。そのためには千冬さんにも事情を話さないと。まだ楯無さんにバレたことも知らせていない。あとは束さんだね。西園寺の動向も片手間とはいえ調べていたみたいだから何か知っているかもしれない。

 

「ん、朝よりよっぽどいい顔になったわね」

「やっぱり、さっきまで顔に出てました?」

「いつも通りとは言えない程度にね、ちょっとは吹っ切れたのかしら」

「そう……だね。みんなのおかげかな」

「そ、なら私もフォルテちゃんをお説教した甲斐があったわ」

「それはどうかと……」

 

 相変わらずどこまで本気なのかよくわからない楯無さんの言葉に僕は苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 朝食が済み、みんなと別れた後に僕は千冬さんのところに向かう。

 

「……なんだと?」

 

 楯無さんのことも含めて、全て話したところ予想通りというかちょっと怒った……というより呆れた感じで返された。

 

「はぁ、まったく。前にも言ったが少しは頼れ。今回は……まぁどういう意図か知らんが更識が協力的だからよかったが。何かあったとき私は知らなかったでは居た堪れないぞ。そんなに私は信用ないか?」

「いや、そんなことは……」

 

 確かに、黙っていたのは良くなかったかもしれない。千冬さんが僕が男であることを認識している以上、悪い言い方をすれば千冬さんは共犯者でもある。もし僕の存在が公になれば、もちろん学園へ紫音として通っている云々の件もあるけどそれ以上に初の男性操縦者を隠匿したということで下手したら世界中から罪を問われる。

 今さらながらにその事実に気づき、僕は自己嫌悪に陥る。よくよく考えたら、いや僕の考えが足りなかっただけなんだけど、今の僕に関わった時点で千冬さんにはこれ以上ない迷惑をかけてしまっている。今更心配をかけたくないなんてどの口が言えるのだろう……。

 

「ごめんなさい」

 

 ならもう少し僕は人に……千冬さんに甘えてもいいのかな。

 

「ふん、分かればいい。子供が大人に変な気を遣うもんじゃない。それで、今後はどうするんだ? たとえお前の家が何と言おうとお前自身にその気がなければどうとでもなる。最悪、男性操縦者ということを明かし、紫音の弟として再入学することも……まぁ、可能だろう。西園寺家が何か言ってくるかもしれんがIS学園にいる以上は手出しはさせん」

「確かにそれは可能かもしれないけど、現実的じゃないよね。あまりに多くの人に迷惑がかかるし……それにまだ僕は父さんの真意がわからない。それも確かめたい」

 

 それに紫音のことも……。

 

「そうか、ならこのまま今まで通りだな。だが、注意しろ。正直、西園寺家が何を考えているのかわからん。今後、何かしらの干渉がある可能性もある。お前の実家のことを私がとやかく言う立場ではないが、一応な」

「うん、わかった。ありがとう」

 

 ふと、思った。千冬さんは何で僕のことをここまで面倒見てくれるのだろう。束さんを通して出会ってから少なからず交流はあったけど、それでも束さんに比べれば僅かだ。束さんから頼まれたというのもあるかもしれないけど、それだけでこんな危ない橋を渡る理由になるのだろうか。

 ……考えてもわからない。どうせ今の僕には彼女の好意に甘えるしかないんだから。でも、いつか恩は返したと心から思う。

  

 

 

さて、最後に一番厄介な束さんが残った……んだけど。正直どういう反応されるか予想がつかないからなぁ。とりあえず連絡してみよう。

 

『はい、こちら束様の研究所。というよりここに連絡できる方は限られているのですがどちら様でしょうか』

 

 ……ん? 束さんではない? 聞いたことのない声だ。ずっと一人で潜伏しているのだと思っていたのだけど違うのだろうか。

 

『あの?』

「あ、ごめんなさい。えっと、西園寺といいます。束さ『しーちゃーん!』ん?」

 

 覚悟していた以上の予想外の出来事に呆けていたら、相手がこちらを訝しむような声をあげる。引き戻された僕は慌てて名前と用件を伝えようとしたら聞きなれた声が割り込んできた。

 

「束さん? さっきの人は?」

「今のはくーちゃんだよ?」

「くーちゃん?」

 

 自分の用件より、先ほどの未知の人物に興味を持ってしまった僕は思わず束さんに尋ねるものの、出てきた名前はやはり知らないものだった。これが束さん以外なら僕もそれほど気にしないのだけど、なんたってあの束さんだ。身内と一部の人間……というか僕と千冬さん以外と話しているところを見たことがない。千冬さんによると、千冬さんの弟さんともしっかりと話はするらしい。

 つまり、それ以外の新たに束さんのテリトリーに踏み込んだ存在、ということになる。最初は束さんの妹さんかとも思ったけどそれにしては変だったし、たしか箒さんという名前だったはずだ。くーちゃんとは呼びようがない。

 

「うん、くーちゃんはくーちゃんだよ!」

 

 相変わらずよくわからない。でもこのままでは話が進まないのでまずは自分の用件を終わらせよう。その、くーちゃんという人について興味は尽きないけど、また後日でもいいし機会があれば会うのもいいかもしれない、相手がどれほど僕の事情を知っているかによるけど。

 

「そっか、また詳しい話は後日ということで、よろしく言っておいてね。それで電話した用件なんだけど……」

『ん、西園寺の件かな。えっと、なんだっけ。君のお姉さん? ドイツの病院にいたみたいだけど、二三日前に急に消息が掴めなくなったと思ったら今朝にいきなりしーちゃんが死んだって情報にすり替わってたよ?』

 

 どうやらこっちの用件もわかっていたらしい。でも妙だな、これだけすぐに束さんが情報を掴んでるということはそれなりに監視していたということだし。というかドイツにいたというのも初耳だけど……それはさておき、その監視を掻い潜ってそんなにすぐに情報操作なんてできるものだろうか。あらかじめ準備されていた? それに消息が掴めなくなったのが二三日前というのも気になる。

 

「そう……か」

 

 いろいろな考えが頭を駆け巡り、僕はそう呟くしかできなかった。

 

『う~ん。でもちょっとおかしいよね。しーちゃんのところには今日死んだって連絡がいったんだよね。ドイツで入院してたのは確かなんだけど……あは、まぁ別にどうでもいいか、しーちゃんが生きてるなら問題ないし』

 

 束さんも同じような考察していたようだけどどうやら途中で興味を失くしたようだ。

 

「ん、考えすぎても仕方ない、かな? それでまぁ、結局学園生活を続けることになっちゃったんで一応報告のために連絡したの」

『そっか、ありがとね! ところで西園寺はなんか言ってなかった? もししーちゃんの害になるなら言ってくれれば潰すよ? 物理的にでも社会的にでもお好きな方で!」

「いや、一応僕の生家なんで……とりあえず穏便に。でも、何かあった時は……また甘えさせて」

 

 気持ちは嬉しいけど物騒なのは勘弁で……。

 

『し、しーちゃんが甘えさせてなんて……!? 束さんはいつでもオッケーだよ! だからドンといらっしゃい!』

 

 なんか言外にいろいろ含みがありそうな気がするけどこの際気にしないことにしよう、そうしよう。

 

「あ、ありがとう」

『あ、今度くーちゃん連れて遊びに行くからよろしくね、それじゃ!』

 

 そういうと束さんは一方的に通信を切ってしまった。

 

 ……え?




近日、天災来襲です。

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