『タルブのメイド』、それはトリステインのみならず周辺各国で高い評価を受けている。タルブのメイドが仕えているというだけで一種のステイタスとなる。貴族のパーティーにタルブのメイドをお供として連れていけば羨望の眼差しを向けられる。下手をするまでもなく下級貴族よりその格は高い。
なぜタルブのメイドがそれほどの扱いをされているのかといえば、彼女たちは他のメイドとはその在り方が違った。
まず彼女たちは金銭では決して動かない。どれだけの金貨を積もうがタルブのメイドは雇えない。主として見定められなければ彼女たちは絶対に人に仕えない。彼女たちが仕えているということは、彼女たちに認められたということ。それはそのまま主の格をあらわす。
だから貴族はこぞってタルブのメイドを求める。だが彼女たちはそう簡単には首を縦に振らない。それが、よりタルブのメイドの希少価値を高め、貴族をより惹きつけていく。
という話を才香はシエスタから聞かされていた。シエスタはそのタルブのメイドの中でも高い地位にいるらしく、『もし貴族の方と問題を起こした場合、タルブのメイドの名を出して下さい。大抵はそれで相手が折れてくださいます』とタルブのメイドを名乗ることを勧められた。だというのに……
「タルブのメイドですって!」
これはどういうことかと才香は頭を抱えたくなった。
「あー…なんだねモンモランシー。彼女に非があるわけでもあるまいしそのくらいで……」
「ギーシュは黙ってて!」
モンモランシーが喚くのをギーシュが宥めてはいるが効果は期待できない。才香はといえばモンモランシーに急に怒鳴られてわけがわからない。小さくため息もつきたくはなる。
「さっきまで彼女と楽しく話していたではないかね。どうか落ち着いておくれよ僕のモンモランシー。それに彼女は……」
「男を寝取るのに長けたタルブのメイドだって言うんでしょ!」
その言葉で才香はなんとなく理解した。所属しているMUSでもそんな話はあったなぁと思い出す。つまりは、雇ったメイドにその主がどんどん惹かれていくのだ。
有能なメイドとは真摯に奉仕の心を持って主に尽くす。病める時も健やかなる時も貧しき時も富める時も、ただただ主に尽くす。主が気弱になれば優しくそれを励まし、身に合わない増長をすれば厳しく諌める。それが主にとってはたまらなく心地よく、情が湧くには十分な理由。恋人や妻がいた主がメイドに惹かれるあまりにそれらと縁を切ったという話はそう珍しいことでもない。
だからだろうか、MUSのメイドを目の敵にしている女性はそこそこ多い。特に男に捨てられた妻や恋人は言うまでもない。時にはMUSと敵対している組織に頼んでメイドを抹消しようとする者もいる。
「身体を使って男を誘惑することしかできないメイドが気安くこの学院をうろつかないでちょうだい!」
モンモランシーはギロリと才香を睨みながら指を突きつけて吠える。さすがに才香もカチンときたが、我慢我慢と拳をぎゅっと握って耐える。
「ふん……ルイズもタルブのメイドなんて召喚しちゃって」
モンモランシーはそこで何かを思いつき、にやりと口を歪める。
「ふふ、そういうことね。主人と相性のいい使い魔が召喚されるとはよく言ったものね。魔法の使えないルイズは」
才香は目を瞑って次に来る言葉に備える。
「タルブのメイドと同じように男に媚を売って生きていくしかないんだから」
ぴしりと、なにかが壊れる音を才香は身の内に感じた。ご主人を馬鹿にされた。メイドというものを馬鹿にされた。ふっ、と身体の奥から漏れる。モンモランシーの全体を値踏みするかのように才香は見渡し……
「なによその目は!」
なおも喚き続けているモンモランシーに向かって言った。
「貧 乳」
直後、顔を真っ赤にしたモンモランシーはギーシュに向かって自分の代わりに才香を痛めつけるよう怒鳴ったのだった。
シエスタが主としているのはルイズ。学院で働いている他のメイドとは違い、シエスタを雇っているのは学院ではなくルイズだった。なので当然シエスタの生活用品、給金はルイズから出ている。学院内でルイズの世話をし、助けとなり、奉仕の心を持ってルイズに仕えるのがシエスタの役目。
だから才香のことを見極める必要があった。才香の本質を知る必要があった。自分より有能とはいえ得体の知れない者をルイズの傍におくことはできない。故にシエスタは細工した。才香がタルブのメイドを名乗るように仕掛けた。
男子にとっては喉から手が出るほど欲しいそれは、女子にとっては遠ざけたいものでしかない。ルイズのお付のメイドとして学院に入ったシエスタは無用のいざこざを起こさないためにタルブのメイドを名乗ったことは今までに一度もない。知っているのは学院長と教師の一人だけだ。
才香がタルブのメイドを名乗れば必ずなにかが起きる。それをどう対処するかでシエスタは才香のことを見極めるつもりだった。善悪を見極める必要はない。見極めるのはルイズに害を成すか成さないかの一点のみ。ルイズに害がないならば他がどうなろうとシエスタの知ったことではない。
才香の姿があった中庭に全力で走っているルイズの背中を追いながらシエスタは思う。さあ才香さん。あなたの本当の姿をわたしとご主人様に見せて、と。
モンモランシーに引っ張られる形でヴェストリの広場に連れてこられたギーシュは頭を抱えていた。モンモランシーのことは好きだ。モンモランシーの願いならばなんでも叶えてやりたいと思っている。だが今回のモンモランシーの願いは悪すぎた。痛めつけてと頼まれたのはメイドで、しかもギーシュの父親ですら切望しているタルブのメイドだ。
もしタルブのメイドを一歩的な言いがかりで傷つけたことが噂で広まってしまえばギーシュだけでなくグラモン家の威厳は冗談ではなく二段は落ちる。人知れず事態を収めようとしても、休日で暇を持て余していた生徒たちが野次馬で集まっていて難しい。
ならどうするかとあれこれ考えていると…
「ギーシュ様、この度はわたしの訓練に付き合うという願いに付き合ってくださり誠にありがとうございます」
才香の言葉にギーシュはしばしきょとんと動きを止めた。
「せっかくの休日の時間を削って私のために魔法の腕を振るってくださるそのお心使い、大変すばらしいものだと賞賛いたします」
ギーシュが何をいうまでもなく、集まっていた生徒やメイドたちは才香の言葉を受け入れた。平民のメイドのために精神を削って魔法を見せるとはお人よしだ。なんだ、メイドをいたぶるわけではないんだ。貴族なのにメイドの願いを聞いてくださるなんて。などなどと、周囲の声がギーシュの耳に入ってくる。
なるほどなとギーシュは思う。貴族がこぞって求めるわけだ。たったこれだけの話術でギーシュもタルブのメイドに惹かれている。敵に塩を送るとは憎いことをする。そうだな、彼女にゴーレムのダンスでも見せてやろう。それで彼女を楽しませてやろう。ギーシュはそんな風に考えなおしていたが恋人の声がそれを許さない。
「いいわねギーシュ!二度と生意気な態度ができないよう痛めつけてやるのよ!」
ギーシュの傍にいて観客にまでモンモランシーの声が届いていないことが唯一の救いだった。しょうがない、せめて一撃で気絶させて終わりにしよう。それから彼女が目覚めたら誠心誠意謝罪して許しを請おう。治療費と幾ばくかの慰謝料を渡すのも忘れてはいかんなと、そんなことを考えながらギーシュは俯いていた顔を上げ、正面にいる才香を見た。
ギーシュは見てしまった。いつも背中に背負っていた大剣をしっかりと両手に握り、鋭い切っ先を前方に向けている才香の姿を。刀身は不気味に紫色の光を宿し、それに合わせるように才香の唇がニィっ、と楽しげに歪む。
「すみませんギーシュ様」
才香が一歩を踏み出す。知らずギーシュが一歩後ずさる。
「感情を制御できぬ私の未熟さをお許しください」
才香は大剣を振り下ろし、ギーシュは本能が命じるままゴーレムを生み出したのだった。
自分の独断偏見ですが
アナザー・ワン≧vs七万時のガンダ才人
くらいの戦力と思っています。でもってアナザー・ワンが使い魔の能力を手に入れているわけですから……
次回はそんな才香の戦闘シーンです。