メイドさんと小さなご主人様   作:ハニトラ

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メイドさんはお茶をする

うららかな昼下がり。昼食の後のお茶を十分に楽しんでからルイズは自室のベッドに転がった。すっかりくつろぎの体制に入っているルイズをじと目で睨みつつシエスタは口を開いた。

 

「もう四日目です」

 

才香がルイズに召喚されてから四日目。ルイズは一瞬だけシエスタと視線を交わし、それから逃れるようにベッドをゴロゴロ転がった。枕を引っ掴んで胸に抱きゴロゴロゴロゴロ。シエスタはじと目のまま大股でベッドに近寄る。ベッドでゴロゴロしてるルイズは小さな声でぼそぼそと言った。

 

「あれよね。使い魔なんだし部屋は一緒でも……」

 

いいんじゃないかしら、とごしょごしょ。

 

「どのみち部屋を用意してもわたしから離れないような気がするわ。それに才香ならわたしのことを話しても……」

 

誰にも言わない、とこれまたごしょごしょ。

 

「こうなると部屋を角部屋にしたのが悔やまれます。最低でも隣の部屋でないと才香さんは納得しないという話でしたし」

 

シエスタはキュルケに部屋を移ってくれるよう頼みに行った時のことを思い出す。

 

「隣のキュルケ様は聞く耳持たず、部屋を移ってくれる気配は全くありません」

 

「ふん……ツェルプストーの人間がヴァリエールの言うことを素直に聞くわけないわ。いっつもいっつもヴァリエールに嫌がらせばかりして!」

 

「はあ、そういえばタルブに来てまでルイズ様にちょっかいかけていましたね」

 

「そうなのよ!まったくもうまったくもう!わたしのひいひいひいおじいさんなんてキュルケのひいひいひいおばあさんに悪戯で夜這いをかけられて、あわや離婚の危機だったんだから!あとその女性はなぜかひいひいひいおじいさんの愛人になったそうよ。今から二百年前くらいに!」

 

大胆な方だったんだなあとシエスタは思った。

 

「さらにひどいことにキュルケのひいひいおばあさんはわたしのひいひいおじいさんの婚約者にひどい嫌がらせをして婚約破棄まで追い込んだの!その後にお詫びとして、『わたしの身体を好きにしてくださって構いません』ですって!ヴァリエールを馬鹿にして!」

 

素直になれなかったんだなあとシエスタは思った。

 

「ひいおじいさんなんか奥さんを取られたのよ!その後にこれまた『慰めに後妻にでもどうぞ』なんて嫌味たっぷりな手紙と若いツェルプストーの女をよこしたりして!」

 

傷心の身を若い女に慰められれば情が湧くだろうなあとシエスタは思った。

 

「はあ……つまりはルイズ様の家系はキュルケ様の家系に恋人と別れさせられ続けているわけなんですね」

 

「そうなのよ!さらに領地が国境沿いで隣り合ってるものだから何度も小競り合いしてるの!悪いことにツェルプストーは女傑の一族で戦場に出てくるのは女ばかり。女には優しくしろ守ってやれって時代錯誤の家訓のせいでヴァリエールは戦いに勝ってもツェルプストーの女を見逃すしかなかったの!なのにあの女たちは代々嫌がらせばっかりして!」

 

だからなのかとシエスタは納得した。それは代々ちょっかいをかけられるわけだ。代々恋人と別れさせられて、その後のヴァリエールの男の隣には必ずツェルプストーの女がいる。優しくされて命を見逃してもらえば惚れもするだろう。とにかくツェルプストーの女はヴァリエールの隣にいるのが自分じゃないと我慢できない性質らしい。なにをしようとも隣になろうとするらしい。

 

幸いルイズはそのことに気付いておらず気付く気配もない。気付かせてキュルケを意識でもされたら面倒になるのでシエスタは絶対に秘密にしておこうと心に誓った。

 

それに遠巻きながらルイズを気にかけている女子が増えている。これ以上、女性がルイズと親しくなるのはまずい。シエスタにとってすごくまずい。ルイズの隣にはわたしがいれば十分。そう思って、次の瞬間、部屋の窓を揺さぶる程の音が外から響いてきた。

 

ルイズはゴロゴロした体制から枕を放り投げてベッドから下りる。

 

「中庭の広場にみんな集まってる……ん、あそこにいるのは」

 

ようやく仕掛けが動いた。ルイズの視界にはない背後で…

 

「才香!」

 

シエスタの口が弧を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズから『今日は休日だから才香も自由にして』と言われても才香には特にすることはない。ならば自由に今日もご主人様に仕えようとしたところ部屋から追い出されてしまった。シエスタが付いていてくれるから才香は今日くらい仕事を休みなさいとのこと。

 

ならばと学院の敷地内を散策して建物と地形を頭に入れる。罠を仕掛けるならあの場所、奇襲があるならあそこから、ご主人様の部屋はあそこだから緊急脱出経路はあちらだのあれこれ。休日だろうとご主人様第一の思考はいつもと変わらない。

 

なのにと才香は小さく息を吐いた。多分捕まったという表現が一番当てはまるのだと思う。

 

「美味しいわこれ。ミルクティーだけどミルクは紅茶の風味を殺さない分量で紅茶の華やかな香りが心地いいわ」

 

金色の巻き髪をした小柄な少女はそう言うと、紅茶のカップを置いて、ほぅ…ともらす。テーブルの脇には薔薇の絵が描かれたしゃれたティーポットと予備のティーカップ。少女が無言で紅茶のおかわりをうながすと、才香は優雅な動作でポットからカップへとお茶を注ぐ。優しく甘いミルクティーの香りが食堂に広がった。

 

「うん……美味しい。この学院に来てから飲んだ中では一番、もしかすると今まで飲んできた中で一番上品な味かもしれない」

 

そんなことを言う少女に軽く微笑んだ後、才香もカップに口を付けた。食堂のテラスにある四人掛けの小さな丸テーブル。そこに才香と、モンモランシーと名乗った少女、それとモンモランシーの恋人のちょっと気障な男ギーシュ。

 

才香がのんびりと一人お茶を楽しんでいると二人が乱入してきたのは今から三十分も前のこと。最初は回りくどくルイズの近況を聞いていたモンモランシーだったが、紅茶を口にした途端、今度は才香に興味が向いたようで他愛ない会話をしている。

 

「するとご主人様とモンモランシー様は試験前はいつもお二人で勉強をなさっているのですか」

 

「そうよ。ルイズは魔法は失敗ばかりだけど座学の成績はずば抜けて高い。魔法を抜きにすればルイズに知識で勝てる生徒なんていないでしょうね」

 

あらこのクッキーも美味しいわね、などど言いながら才香とモンモランシーの会話は続く。ご主人様のルイズのことを評価されるのもだが、クッキーと紅茶を褒められたことも素直に嬉しい。

 

呼びもしていない突然の客だったものの、思いのほか有意義な時間を過ごせている。才香の知らないルイズのことも聞けたし紅茶も高評価を受けた。だというのに……

 

「わたしが好きなら今すぐこの女を叩きのめして!」

 

モンモランシーはギロリと才香を睨みながら指を突きつけて恋人のギーシュに喚いている。本当にどうしてこうなったと才香は頭を抱えたくなったのだった。




ケティなんていなかった!
コーラの牛乳割りは意外と美味しいぞ!

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