メイドさんと小さなご主人様   作:ハニトラ

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メイドさんは卵料理を作る

教室を半壊させたにも関わらず食堂に現れたルイズは晴れやかな顔をしていた。まるで数時間前のあの爆発事故がなかったかのようだ。

 

気落ちしたルイズをからかおうとしていた者にとってはそれがおもしろくない。何人かはルイズに近付いていこうとしたが、ルイズの近くにいたキュルケと眼鏡をかけた青髪の少女が軽く睨みを利かせるとおもしろくなさそうに鼻を鳴らして散っていった。

 

ルイズは周りの貴族より魔法を使えないという点で劣っていた。ルイズを馬鹿にしたり心無い悪辣な言葉を吐く者は多い。けれども女性には貴族や平民の関係なく優しく、卑しさも媚びたところもないのでルイズのことを気遣っている者は意外と多い。友人になりたい、親しくなりたいとは思っていても周囲の目が気になってみんなルイズに近付くのをためらっていた。

 

ちなみにルイズのことを馬鹿にしている大抵が男子で、ルイズとお近付きになりたい大抵が女子だ。だが当のルイズは男子からは悪口を言われ、女子は遠巻きにこちらを見て笑っているという認識だ。ルイズがこの学園で親しいと思えるのは幼馴染みのメイドと、かろうじて友達と言えるかもしれないキュルケだけだった。

 

さて、ルイズがいつも座っている席についてしばらくすると昨日と同じように才香がルイズだけの昼食を運んでくる。トレイに乗っているのはメイドの必須料理とも言えるオムライス。卵の上には赤いケチャップで、おそらくはこの世界で誰も読めないであろう文字で『のこすな♪』と可愛らしく書かれている。ルイズは手を合わせていただきますと言うと手に持つスプーンでガツガツと勢いよく頬張っていく。

 

「オムライスですか、あれ。タルブの名物料理をよく知っていましたね」

 

「私の住んでいた場所でもオムライスはあったのです。それともう一度言っておきます。先程は貴重な食材と調味料を分けていただきありがとうございました」

 

「いいんですよそんなの。故郷の村からいっぱい送られてきて一人では食べきれないんだもの。それに何度か他のメイドにも食べさせたけど……」

 

不評だったと小さくシエスタは残念がった。

 

「もったいない……」

 

「おいしいのに……」

 

と、そんな話を才香とシエスタがしているとルイズが振り向いてじっと二人を見ていた。スプーンを口にくわえて目だけでなにやら訴えてくる。不意に目の前にある空の皿を見て、それからまた二人……才香をじっと見つめてくる。

 

「女性なら十分な量だったはずでは…」

 

「あはは……ルイズ様は小柄ながら男性並に食事はお召しになりますから。小食の女性二人よりやや少ない分量を目安にするのがいいと思います。あとオムライスはルイズ様の好物なのであの量では…」

 

「物足りないと」

 

「です」

 

ハァ…と息を漏らし、ルイズに一礼だけして才香は厨房へと向かう。後には才香の代わりとばかりにシエスタが背後に控える。

 

「才香さんはタルブに縁のある方なのですか?」

 

「違うらしいわよ。それに私もシエスタもタルブで才香を見かけたことなんてないでしょ」

 

「そうなのですよね。でもオムライス作ってましたし」

 

「うん、正直言ってシエスタが作ってくれたのより美味しかったわ」

 

「あら、それはくやしいですね」

 

そう言いながらころころ笑うシエスタはどこか楽しそうに見える。

 

「米の他に味噌と醤油、山菜だしに味りん、マヨネーズやケチャップと色々持っていかれてしまいましたわ。あ~どうしましょうどうしましょう。これではわたくしどうしたらいいのかしら~」

 

「米を使って出てきたのがオムライスだからワショクは作れないんじゃないの?」

 

そうは言っても味噌と醤油を持っていった時点で才香がワショクを作れるのはほぼ確定している。そして才香のワショクの腕前がシエスタに匹敵、あるいはそれより上だったら……と、非情にわかりにくくシエスタは不安がっているのだが、きっとそんなこと長年シエスタといたルイズにしかわからない。

 

きっと今日の夕食はシエスタが腕によりをかけたワショク尽くしになるんだろうなぁ、なんてルイズは思う。好物のオムライスに嘘は付けないとばかりについシエスタが作ったものより美味しいなどと言ってしまった。

 

反省……と、しゅんとしたルイズを見てシエスタ、それと密かに様子を窺っていたキュルケは胸の奥が甘くキュンとした。

 

「と、ところでルイズ様。才香さんの寝所はどうされるのですか」

 

気を取り直してシエスタは話題を変える。というよりシエスタが才香とルイズに近付いたのはこちらが本題だった。ルイズの真後ろまで近寄り、そっと耳元に口を寄せる。

 

「どんな拍子でルイズ様の身体のことがばれてしまうかわかりません。できるだけ速やかに才香さんに部屋を用意することをお勧めします」

 

「あー……、なんか才香って護衛も兼ねることのできるメイドみたい。わたしも部屋を用意するって言ったんだけど、ご主人様から離れてはお守りすることができませんとか返されちゃったわ」

 

「やはり背中の大剣は飾りではありませんでしたか」

 

静かにそう漏らしルイズの瞳を見つめる。そこに出来立てのオムライスとデザートのケーキをトレイに乗せた才香が戻ってくる。シエスタは大人しく三歩引き下がり、幼馴染みとの会話は一旦そこで途切れた。

 

才香をちらりと見てシエスタは考える。才香はただのメイドではない。何か普通ではないものをその身に伴っている。それに背中の大剣。もしかしたらと可能性が頭をよぎったがすぐにそんな奇跡のような確率の可能性はないと考え直す。

 

「シエスタさん」

 

「っ!?」

 

いきなり声をかけられて驚いてみれば才香がじっとシエスタを見ていた。予備動作も気配も感じられなかった。

 

「さっきから私をずっと見ていますが気になることでも?」

 

しばらく思考が止まった。そうして数秒が経過して、シエスタはつい心の中で『こんちくしょう』と人知れず毒づく。

 

顔はルイズに向けていた。物音を立てもしなかった。才香の背後から視線だけを向けていただけだ。あ~もうやだやだわたしより二枚以上はうわてだ~と心で叫びながらも表情だけは意地で笑顔だった。

 

「黒髪なんて故郷の他では珍しかったのでつい気になって」

 

本当と嘘を混ぜた返答。才香が黒髪なこともシエスタは気になっていた。ひょっとしたらよそで育ったタルブ縁の者かもしれない。

 

シエスタは笑顔を浮かべたまま考えを巡らし、とある決意を固めたのだった。

 

 




なんだかいろいろと『おや?』『あれ?』と思う伏線ばらまきな話でした。

まあ勘の良い方は今回の話とタグですぐわかると思います。わかった人はばらさないように2828しながら伏線回収話をお待ちください。


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