真剣で俺は過ごしていく   作:ニコウミ

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兇状 霞は憂いを感じる

「────この川神には少しばかりインフレが過ぎると僕は思うのさ」

「……はぁ……で?」

「主語が抜けていたね、つまり、僕達に関わる身体能力面での問題さ。例をあげるなら川神百代、アレの強さは頭一つどころか百個は飛び抜けている。気を放てば大地が揺れ、片手を振るえば嵐が起きる。さらには火や水も出せる、つくづく人間とは思えない」

 

 夕暮れに差し掛かる午後、俺は何時も通りの"とある部活"に参加すべく、畳が敷かれた四畳半の和室にのんびりとお茶を啜りながらぼんやりとしていた。

 そんな俺に、部活の部長であり川神学園五代残念美少女に数えられる、"凶状 霞"が片手に文庫をもて余しながら唐突に語りだした。

 

「……百個飛び抜けてたら見るに耐えない容姿だよな」

 

 なので俺も適当に呟いてみた。

 

「でもここで強さと言う概念を単純な腕っぷしに例えるなら。僕はそんな見た目が一番合っているような気がするよ。まぁ……僕はそんなくだらないことを言いたいんじゃないんだ、話を戻そう」

「あぁと……インフレがなんとか?」

 

 とりあえず話を合わせてみる。長年の経験上、霞が唐突に語りだすことには少なからず意味があるはずだ。

 霞は俺の言葉に薄ら笑いを浮かべ、長い黒髪を揺らしながら此方を見る。

 

「そう。彼女の強さを単純に頂点としようか。あぁそうだ、ここでの強さと言う概念は…」

「一々んな説明いらねぇんだよ、ガリレオかお前は」

「……じゃあ説明を省こう、ちなみにガリレオは教授と言う立場でありながら、そこまで説明が得意ではなかったんだよ。彼にはきっと彼独自の思考回路があり、それは彼特有の抜けた考えで、他人がそれを理解しようとすると常識が理解を拒むんだ。つまりアインシュタインもガリレオも、天才には常識から離れた思考を制御する何かがあるんだろう。ちなみにドラマのガリレオは結構、人物像ははっきりと似せてあるらしいよ」

「……あぁそう………いや説明は!?」

「………あぁ、そうだね。話がそれた。つまりだよ………どこまで話したっけ?」

 

 そろそろ帰っても良いだろうか。

 もうめんどくさいと言うか、コイツが残念美少女呼ばれる理由が明確に理解出来る瞬間だっただろう。

 

「強さを頂点としようとかだろ」

「そうだ。川神百代の強さを頂点とし、その辺の武術とは無縁の一般人を最底辺と定義しようか。君にとって、この間に来る存在、つまりは中間に位置する強さをもつ人物はどんな人物だい?」

「はぁ? ……そうだな……川神学園の教師とかか」

「それでは範囲が広いよ、もっと絞ってくれ」

 

 霞は手に持っていた文庫を畳に置くと壁にゆっくりと寄っ掛かりながら此方に言う。

 

「……じゃあ梅先生か?」

「違うと言わせて貰うよ。確かに先生は強い、でも真ん中ではなく下だ」

「ルー先生」

「それじゃあ真ん中ではなく上だ、分からないのかい? 君は案外、人を見る目が無いんだね。よく考えてみなよ、川神百代と一般人の差を 」

「んじゃ誰だよ……」

「そう、分からないのさ」

「喧嘩売ってんのか貴様………」

 

 米神に力が入る俺をからかうよう霞は笑みを浮かべてカラカラと笑う。

 

「答えはね。インフレさ」

「つまりどういうことなんですかねぇ?」

「あんまり怒らないでくれよ。つまりだよ、下は0、上は103って意味さ。二で割れない、だから真ん中が無い」

「無理矢理割れば良いんじゃないですかねぇ?」

「人は数字のように正確ではないんだよ。数字のように無理矢理割ることも出来なければ数字のように切りの良い数字にはならない。つまりだよ、人の強さってなんだろうね?」

 

 霞はそう言うとグラウンドが見下ろせる窓を覗き込んだ。

 その何処と無く憂いの帯びた横顔に、俺は手に持っていたお茶をテーブルに置き、大きく息を吸い込んだ。

 

「知るかァァァ!? え!? 今まで小難しく話していたのは結局人の強さはなんだとか言う今時アンパンマンも言わないことを聞きたかっただけ!?」

「うん」

「だったら最初からそう言えやァ!? 不器用か! 果てしなく不器用か! 一言ですんだじゃん!? 俺もう頭の中で何回かお前の言葉復唱してやっと理解したわ!!」

「理解力が無いね」

「喧嘩売ってんなら買ってやるぜコラァ!!」

「五月蝿い」

「痛ッ!?」

 

 片手のスナップを効かせ、投げられた文庫が俺の顔面に直撃する。

 そう。この"凶状 霞"が残念美少女と言われる由縁はこれなんだ。コイツ、霞は特別に頭が回る、それ故に頭で様々な思考を巡らせ、ありとあらゆる物事を回りくどく言ってしまうと言うめんどくさい癖がある。

 少し回りくどく言ってしまうなら別に良い。だが霞は360度回ってから言ってしまうのだ。

 "回るなよ、止まれよ美少女"こと凶状 霞。

 

「まぁ少し話を戻そうか」

「いやもう戻さなくて良いから」

「風間ファミリーは知っているかい」

「………一応、同じクラスだからな」

「知っているよ」

「じゃあ聞くなよ!!」

「確認さ。もし君がクラスでいじ……はぶ……孤独……一人でいることを好んでいたら」

「別に気を使わなくても友達くらい居るからな!?」

 

 俺の言葉に霞は薄い釣り目を見開いて俺を見つめてくる。

 

「え?いるのかい?」

「なんで驚いてんだよ!?」

「まぁ別にどうでも良いんだけど」

「じゃあ聞くなや!」

「話を戻そうか」

「話をずらしてんのはさっきからお前なんだよバカッ!!」

「その。風間ファミリー、実は僕の家の近くの廃棄ビルに秘密基地を作っているらしいんだよ」

「人の話聞いてます?」

「乗り込まないかい?」

「なんでだよ!?」

 

 俺の言葉に霞は笑みをさらに深め、演技かかった動作で片手を天井に上げ、口を開く。

 

「秘密基地って作ったことあるかい? 僕は無いよ」

「……まぁ見るからに想像通りだけどよ」

「ふとある日、通学路に通る山沿いで山に視線を向けると、そこには小学生程度の連中が皆で段ボールを集め、小さな家を作っていたんだ」

「ほう、まぁ小学生なら別に不思議は無いだろうよ」

「僕は言った。コイツら何が楽しいんだって」

「言ったのかよ!? 心で思えよ!?」

「そしたらあの小学生、僕に向かって楽しいから楽しいとか言い出したんだよ。まったく持ってイラつく」

「大人げ無さすぎだろうお前……」

「だから風間ファミリーの秘密基地に潜入しよう」

「なんで!?」

 

 俺の言葉に霞は俺の飲んでいたお茶を勝手に飲みだし、口元を釣り上げた。

 その、瞬間、俺の背筋に嫌な予感が走る。駄目だ、まだ霞とは三年間程度の付き合いだが、こいつがこんな笑みを浮かべる時は大抵に録な事を言わない。

 

「……彼らは高校生と言う立場に置いても秘密基地に集まると言う、人にしたら幼稚とも捕らえかねない行為をとっている。あぁ、ちなみに言うが勘違いはしないでくれよ。僕は決して秘密基地を幼稚だとは思ってない」

「小学生に対する発言は!?」

「楽しいのかが疑問なだけで、そこに大人だとか幼稚何て言う概念は浮かべてないんだよ。それに、高校生の僕らなんか大人から見れば幼稚だしね。幼稚な僕らが幼稚を嘲笑うなんて滑稽だ」

「お前はまったく幼稚に見えないんだがな……まぁいい、百歩譲ってあの廃棄ビルに乗り込んだとしようか。つぅか無理だろ、川神百代が居るんだぞ。バレるっての」

「そこで僕の作戦があるから大丈夫だよ。で、乗り込むかい? 」

 

 俺に向かって首を軽く傾げながら霞はその容姿にあったミステリアスな笑みを浮かべる。

 さて、なんだか可笑しな方向性になってきた気がしないでもないが。

 

「潜入して何をするんだよ?」

「秘密基地で何が楽しいのか探る」

「…………それだけ? 」

「うん、それだけ 」

 

 コイツは。

 本当に何を考えているのかさっぱり分からない。この三年間でますます霞と言う存在の謎が深まるばかりだ。

 俺は霞に向かって大袈裟なため息を深く吐いてしぶしぶに頷く。

 

「ボディーガードの俺が行かない訳にはいかないだろう……」

「くっくっくっ……─────知ってるよ」

 

 そんな俺に霞は嬉しそうに頷いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 それが時間にして一時間前。

 まさになすがまま、俺と霞は風間ファミリーが毎週、 金曜日に仲間内で過ごしているらしい廃棄ビルの近くまで来てしまったのだ。我ながら何をしているんだか。

 

「で、どうするんだよ。これ以上近付けば川神百代に気で気付かれるぞ」

「ふむ……気を全く持っていない僕からしたら疑いたくなる話だが、君が言うんだ。間違いないのだろう。なに、心配はいらないよ、僕の実家からくすねていたなんとなく便利そうな道具箱の中にこんな石が入っていたんだ」

「便利そうな石だ?」

 

 霞はそう言いながら改造された制服の内ポケットから薄く翡翠の丸い石を2つ、中指と人差し指で挟みながら取りだし、此方に見せてくる。

 その一見はただの宝石に見える翡翠、だが、俺の目からは実に不気味に写った。

 

「これだよ」

「"気が無い……?"」

 

 霞が手に持つ石には綺麗さっぱりに気が無いのだ。全く持って。

 本来、この世に存在する万物には必ず大小少なからず気が存在する。例えそれが道端に落ちている小石だろうとなんだろうとだ。

 だが、この翡翠の宝石には欠片も気が存在しない。つまりは活きていない、生きていない。

 

「鍛冶師曰く、石には気が存在し、その大小により宝剣や名剣、邪剣は生まれる。つまりは青龍円月刀やら村正さら小鉄やら。名剣と呼ばれる武器は豊富な気を持つ素材から生まれる。この例を取るならば、石だろうとなんだろうと気を持つんだろう?」

「あ、あぁ……気が無いってのは、つまり、俺達、気を感じられる人間からしたら幽霊や幻に違いはないんだが………ま、マジかそれ!? 気持ち悪!? 一ミリも気が無いぞッ!?」

 ドン引きする俺に冷たい視線を向ける霞は小さく首をかしげる。

 そりゃ気を感じない人間からしたらただの宝石だろうが

、俺からしたらなんで存在してるのか疑問な物なんだよ。

 

「……まぁいいや、なんでもこの石は凶状家に伝わる魔石らしく、この石を掌で強く握ると…」

 

 霞はそう言いながら翡翠の宝石一つを掌に握り締める。それと同時に、霞の微弱ながらも体内に宿っていた気が綺麗さっぱり消え去った。

 

「き、気持ち悪ッ!?」

「うら若き乙女に真正面で気持ち悪いはないだろう……」

 

 思わず叫んでしまった言葉に珍しく余裕気な表情を崩して傷付いている霞に俺は慌てて口を閉じて頭を下げる。

 

「……す、すまん。なんなんだよその奇々怪々な宝石は……」

「さぁ? 言っただろう、実家から持ち出した道具箱に入っていたって。同封されていたのはこの宝石と簡易な説明が書かれた古臭い紙だけだったからね……ふむ、折角だからこの場で名付けてしまおうか…………よし、気が消える君だ」

「ビックリするくらい安易だな!?」

「今朝に筆箱の中で見たネーミングから閃いたよ」

「消しゴムかよ!!」

 

 自信満々で言う霞に思わず突っ込みをいれる。コイツは真面目なのか不真面目なのか実に分かりにくい。

 項垂れる俺を面白そうに霞は喉を鳴らして笑っている。

 

「────あれ、カナメか?」

 

 そんな俺達の後ろから突然、声がかかる。

 咄嗟に霞と同じタイミングで振り返ると、そこには見覚えのある男女の姿。

 

「……あ、あっれ~大和に椎名さんじゃないか!」

「ども」

「なんか凄いわざとらしいな……こんな所でどうしたんだ………よ、あ、霞さんも居たんだね」

 

 

 俺にジト目を向けていた"直江 大和"、つまりは風間ファミリーの軍師とか呼ばれているメンバーの一人だ。

 今から潜入しようとしていた場所に行くであろう人物と出会ってしまったことに頬がひきつるのを感じながら俺は大袈裟な身ぶりで大和に手を降る。

 隣にいる、紫の髪の美少女、"椎名 京"だったか。椎名さんは此方に軽く頭を下げて大和の背中に隠れた。

 そんな中、何故か大和は俺と同じ様に顔をひきつらせて霞に顔を向けた。そんな大和に霞は今までに俺が見たことの無いような仮面の笑みを浮かべ、口を開く。

 

「やぁ、大和君。奇遇だね」

「あ、あぁ、奇遇だね……」

「実は少しばかり道に迷っていてね、僕らはあまり此方の方角には来ないんだ。申し訳無いんだけど駅前に行く道を教えて貰えないかな?」

「えっと、この道を真っ直ぐ行けば駅前だけど……」

「知ってるよ、学園周辺の道を知らない訳が無いだろう」

「え、えぇ………」

 

 なんで聞いたんだよコイツ。

 と言うかなんだこれは。このなんとも言えない不穏な空気は、なんでこんなに霞は"不機嫌"なんだ。

 はっきり言って、珍しいなんてレベルなんて物じゃない。霞はこの回りくどい性格がら、他人とはある程度の距離を開ける癖がある。その一定の距離を保ちながら気に入った人物の距離を狭めていくタイプだ。

 

 つまりは、霞は他人と大きく距離を開けるようなタイプではない、よくも悪くも他人行儀な奴な筈なんだが。

 

「くっくっくっ、少しの意地悪だよ。気にしないでくれ、よく言うだろう。嫌いな奴には嫌悪しか抱かないと」

「えっと………」

「冗談だよ、本気にしないでくれ。くっくっくっ」

「は、ははは……霞さんはお茶目だなぁ~」

「下の名前で呼ばないでくれ」

「えぇ………」

 

 本気で此方に助けを求める視線を向けてくる大和に俺は頬を軽く掻きながら徐に霞の頭に手をのせる。

 そのまま霞は顔を此方に向けると少し悪い笑みを浮かべた。そんな霞に俺はため息を吐きながら大和に顔を向ける。

 

「悪いな大和、コイツ、今はちょい機嫌が悪いみたいだ」

「あ、あぁ、そうみたいだな……」

「別に僕は…」

「黙ってろ」

 

 何かを言おうとする霞に俺は頭に乗せている手で軽く叩く。

 

「あう」

「悪い、また絡むとコイツはめんどくさいから構わず行ってくれ、明日には治ってるからよ」

「……分かった、じゃあ俺達はここで失礼するよ」

「仮にも…」

「五月蝿い」

「あう……」

「ははは……じゃあまた明日」

「おう、また明日」

 

 軽く頭を下げてそそくさと歩いていく大和達の背を見ながら俺は目線を霞に下げる。

 遠退いていく二人の背を見ながら俺は口を開く。

 

「………大和みたいな奴は嫌いなのか?」

 

 俺の言葉に霞は薄く笑みを浮かべて、俺の目を合わせてくる。

 

「嫌いなんだよ、他人を道具みたいに見る奴は」

「……大和は別にそんな人間じゃ…」

「そんな人間じゃないだろう。でも、"みたいな人間なんだ"。他人に近付き、甘く囁き、辛く頼る。そこに信頼はあれど友情は無い。つまりは利害関係の位置、なのに彼はそれを友情と見る。何れは……」

「……よく分からん」

「そうだね、僕にしか分からないだろう。でもそれで良いよ。君は分からないでくれ。」

 

 そう言うと霞は大和達が歩いていく方向とは逆の方に歩いていく。その背中を見ながら俺は小さく首をかしげる。

 やはり、分からん。霞の考えていることは何も。

 だがとりあえず、今日は廃棄ビルの潜入は無しなんだろう、駅前にでも行ってぶらつくのか。

 真面目な固い奴に見えてぶらぶらと。

 

「ったく、霞んだ奴だな」

 

 

 全く持って、凶状 霞は掴めない女性だ。

 

 

 

 


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