竜騎を駆る者   作:副隊長

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4話 合同訓練

「で、どうだった?」

「うーん。あの一瞬のやり取りだけだから完璧には解らないけど、凄いね。予想以上だったよ。特に馬に乗った時が段違い。あれは詐欺だよ、詐欺」

 

 ユインが駆けて行く後姿を眺めた後、ギュランドロスは傍らに立つパティルナに短く尋ねた。何処となく尋ねる声音は明るく、機嫌が良さそうに見える。問われたパティルナは一瞬考え込みつつも、即座に答えた。

 

「だろ? 実際俺も調練を施している様を見たが、馬上でのアイツは苛烈と言う言葉でも足りないぞ。上手く言えんが、どこか狂気じみたモノを感じる」

「かも、知れないね。正直言えばさ、馬に乗る前まではそこそこやりそうな男ぐらいにしか思って無かったんだ。苦戦はするだろけど、負ける気って言うのは全然しなかった。けど、刃が届く直前、人が変わったかと思ったよ。背筋がぞくっとしたなぁ」

「ああ、それがユイン・シルヴェストって男の本領だろうな。言わば、人馬一体だな。個の武では奴より強い者は居るだろうが、馬を駆るアイツを止められる者はそうはいないぞ。うちで言うなら、三銃士レベルは欲しい。確実に止めるとなれば、更にもう一人いるかもしれんな」

「うーん確かに。あたしも負ける気は無いけど、一筋縄でいかないのは肌で感じたよ」

「パティにそこまで言わせるなら、上出来だ。いやいや、面白くなってきたぜ」

 

 ユインの実力を肌で感じたパティルナが評した内容に、ギュランドロスは満足したようににやりと笑った。パティルナは動物的な勘の鋭い将であり、理屈では無い直感的なもので物事を判断するところがある。そのパティルナが、一筋縄ではいかない相手だという評価を下したのである。エルミナを筆頭にする反対意見を押し切ってまで用いる事にした男が、思惑通りの才を持っていたことにギュランドロスは素直に喜びを示した。ユインに対して本質的な懸念はあるとしても、まずは逸材を手に入れたことを素直に喜んだのだ。

 

「しかし、パティ。どうもアイツは、放って置けん」

 

 懸念はあった。もう一度裏切るかなどの、軍事的な意味では無く、ユイン・シルヴェストの在り方に、ギュランドロスは言い知れぬ不安を感じていた。苛烈なまでに戦いに生きるその在り方に、ある種の暗い感情を感じるのである。生き急いでいるのではないか。そう思えて仕方がない。

 

「うーん。そうかなぁ? あんまり構わなくても、自力でエル姉に認められてユン・ガソルの一員になれると思うけど? 仮にエル姉に認められなかったとしても、あたし直属の部下にするって手もあるしね」

「いや、その点については心配していないんだが……少し、な。と言うかパティはえらくユインの事を買うんだな。一番気が合いそうだと思って連れて来たんだが、ソレにしたって見込んだもんだぜ」

 

 パティルナの言葉には、大丈夫だろうと気楽に答える。エルミナが試すと言っている事については、何も心配していなかった。寡兵で、ギュランドロス率いるユン・ガソル軍に奇襲を仕掛け、見事としか言えないほどの鮮やかな戦果を挙げた男だった。その際にギュランドロスを討つ一歩手前まで迫っていたのだ。ただ一度の交錯で、欲しいと思った人物であった。

 幾ら自分の信頼する三銃士の一人であるエルミナが試すとは言え、合同訓練の中で無様な姿をさらすと言うのが想像できないのだ。実際に敵として相対した。こと、軍略に関してで言えば、三銃士にも引けを取らないのではないだろうかと、ギュランドロスは思っている。そして、新兵同士の合同訓練である。いわば、戦に慣れていない者同士の戦いだ。ある意味では、ユインに最も有利な状態であった。その中で、確固たる存在感を見せつける可能性すらあると思えた。

 

「そりゃ、ユインはまだ全快じゃないみたいだからね。本人は隠そうとしているのか普通に見ただけじゃ全然気づかないけど、左手を庇っているのが良く解ったからね。あ、でもアレは無意識なのかもしれないなぁ。むむむ、よく考えてみると、そんな気がしてきた」

「ほぅ、俺には全然わからなかったが、そうなのか?」

「うん。手綱をとって馬に乗った瞬間と、それから駆け出すまでの一瞬で、義手をしている左手だけが、動作が遅れてた。表面上は日常生活に困ってないように見えるけど、もしかしたら苦労しているのかもしれない」

「いや、パティ。お前も大概だな。仕掛けておきながらあの一瞬で其処まで分かったのか」

「ふふん、あたしは戦局を左右する切り札だよ。それぐらい当然だよ。それにギュランドロス様、あたしから仕掛けたからこそ、解ったんだ」

 

 最初は感心したようにいったギュランドロスであったが、パティルナの言葉を聞き、むしろ呆れていた。パティルナを軽くいなしたユインも凄いが、あの一瞬でユインが万全でない事を容易く看破したパティルナの洞察力も常人の範疇を超えていたのである。自身に部下の非凡さに、驚くと言うより呆れが勝ったのだ。

 

「成程な。はっは、と言う事は、まだまだそこが知れんと言う事だな。くく、そのうちアイツの本気を見てみたいもんだぜ」

「それには同意できるよ。どれぐらいになるか解んないけど、ユインと一緒に駆ける戦場は楽しそうだなぁ」

「まったくだ。あの男と共に三銃士と俺で戦場を駆ける。そういう軍になれば、ユン・ガソルは更に大きくなる」

「うん、きっとできると思うな。ね、ギュランロス様」

 

 パティルナと共に語りながら、ギュランドロスは自分の軍にユインと言う新しい札を加えたらどうなるのか、そんな事を思いを馳せる。三銃士を前面に押し出し、ギュランドロスが総指揮をとり、ユインが間隙を突き強襲する。何時もの陣容に一つ新たな矛が増えただけで、戦術の幅が飛躍的に広がっていた。この軍で戦っていきたい。ギュランドロスはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「……、皆、準備は良いか?」

「はっ」

 

 麾下に声をかける。短く、だが力強く返事が返ってきた。

 眼前を見据える。歩兵の部隊が展開していた。数は、500と言ったところである。此方よりも数は多いが、ただの歩兵であった。

 

「敵方は、数を頼りに此方を窺うように布陣しておりますな」

「そのようだな。そして、すぐ背後にのぼり坂を置いている。成程、守るのに地の利を生かしているな」

 

 カイアスと共に、敵軍が布陣する様を見据えていた。既に合同訓練は始まっており、東西に別れ相対していたのだ。対陣する将が誰であるかは告げられていなかった。だが、坂を背後に置き、陣形を整え布陣する様は、どっしりと構えている山のようであり、見事な構えだった。

 

「正面と右はしばらく平地が広がりやがて山野に繋がり、左方には木々がひろがっていて、背後には緩やかな下り坂、といったところか」

「ですね。となれば、このまま仕掛けますか?」

「ああ、一度ぶつかる」

 

 短く、打ち合わせる。相手はどっしりと構え、守りの陣容を見せていた。ならば、此方から仕掛けるしかないのである。考えるまでもなかった。

 彼我の戦力差による不安は、僅かばかりも湧かなかった。騎兵が歩兵より数が少ないのは、当たり前なのである。同数で当たれば、騎兵は速さと言う歩兵にはない武器があり、勝負にならないのだ。それ程、勢いと言うのは野戦において強みであった。そのため、敵方の方が数が多いのは妥当であるし、だからこそ恐れる必要もない。

 

「皆、準備はいいな」

 

 右手に持つ槍を、体に対して水平に構えた。それだけで、初の合同訓練に、僅かばかり浮き足立っていた麾下達の気が引き締まったのを感じた。強くなった。そう思った。まだまだ、弱い。それは事実であるが、それでも初めて会った時と比べれば、見違えるほど速く、鋭く、果敢になっていた。

 口元に僅かばかり笑みが浮かんだ。訓練とは言え、この地は戦場なのである。血潮が滾り、心が躍る。強さを求めていた。自身の麾下たるに相応しい強さ。将たるに者として、相応しい強さ。そして、散らせた命に呑まれないほどの、強さ。

 それが、どの程度のモノになったかを確かめる、良い機会であった。麾下達とっても、自分たちの強さを実感させるのに良い機会であった。だからこそ、勝つ。それが目標であり、同時に手にすべき当然の結末であると思えた。

 

「行くぞ」

 

 左手。魔力を用い失った左手の変わりとなる義手で魔剣を持ち、天に掲げた。それを無造作に振り下ろし、告げる。傍らで、麾下の一人が音を鳴らし、合図を告げた。静寂に包まれた戦場に、音が響き渡った。始まった。そう思いながら、ただ戦陣を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

「臆することはありません。敵は騎兵とは言え此方の半数以下であり、地の利もこちらにあります。皆が落ち着いて対処すれば、負ける要素の無い戦いです」

 

 ユイン率いる騎馬隊と対峙する歩兵を指揮する将、エルミナ・エクスは落ち着いた声音で新兵たちを鼓舞する。彼女が言う通り、地の利はエルミナ側にあった。背後に斜面を置いているのである。斜面を登ると言うのは、思いの外労力が必要である。それだけで、いつも以上の力が必要であるし、仮に陣容を突破されたとしても、斜面を登り切り敵が陣容を整え転進する前に、勝負をつける自信があった。

 

「エルミナ様、ユイン・シルヴェスト率いる騎兵が動き出しました!」

「そうですか、解りました。あなたは持ち場に戻ってください。」

 

 配下の報告を聞き、エルミナは静かに待ち受ける。布陣は完璧であった。無論率いているのが新兵であるため、エルミナから見れば細かい隙はいくらでも見ることができたが、今回は新兵同士の戦いであった。双方ともに正規軍と比べれば、錬度は低い。それ故、現時点で組める守りとしては完璧だったのである。

 エルミナから攻めると言う事は考えていなかった。相手は騎兵である。援護も無しに正面からぶつかり合ったならば、率いる将が余程無能でなければまず間違いなく押し負けるのであった。それが、騎兵と歩兵の戦力差なのである。とはいえ、それは野戦で陣形を組まずに戦った場合の話であり、どっしりと守りの布陣を敷いていれば、たとえ騎兵が相手だったとしても、無様に敗北する道理は無い。それ故、エルミナは敵が仕掛けて来るのを待ち受けていたのである。

 

「もう一度、見せてもらいますよ。貴方の力を」

 

 エルミナは、そう呟いた。

 本来ならば、三銃士であるエルミナが自ら新兵を率い、訓練の指揮をする事など無い筈だった。しかし、今回に限り、その必要があった。降将である、ユイン・シルヴェストである。彼の者の力を推し量る必要があったのだ。だからこそ、エルミナは自ら兵を率い、彼の者の力を試そうとしていた。それは、彼女の主であるギュランドロス・ヴァスガンの望みであり、エルミナ自身の意思でもあった。そして、エルミナがそう思うのは、ギュランドロスの意図したところであった。

 

「皆、聞きなさい。これからぶつかり合う敵は、以前に我らを打ち破った、あのユイン・シルヴェストです。しかし、恐れる事はありません。彼の者の率いる兵は、ユン・ガソルの新兵であり、あなたたちと同じなのです。ならば、三銃士たる私が指揮するあなた方が敗れる道理はありません。皆で、勝ちましょう」

「応!」

 

 だが、一つだけ誤算だったとすれば、エルミナは誰よりもユイン・シルヴェストの事を評価していたことだ。ユン・ガソル軍強襲。それを行った張本人であった。その戦いでは、エルミナもギュランドロスの指揮に従い戦っていた。奇襲の報を聞いたとき、多少の混乱だけだろうと思ったが、何故か気になった。パティルナではないが、エルミナは自身の第六感に導かれ、ギュランドロスの救援に戻った際、それを見た。

 

 ――主に牙を剥く、漆黒の騎馬隊を。

 

 考えるより先に、体が動いていた。主であるギュランドロスを討とうとする敵将に向かい、エルミナは側面から自らの双剣を振り抜いていた。渾身の一撃であったと、エルミナは思う。それを、ユイン・シルヴェストは意にも返さず、ギュランドロスに強襲を成功させていた。実際には捨て置けない脅威と判断されていたのだが、それはエルミナの知るところでは無かった。

 守り切れなかったのだと、その時にエルミナは思った。主の持前の強運なのか、その刃はギュランドロスの赤く輝く鎧に弾かれ事なきを得たが、完膚なきまでの敗北だったのである。ギュランドロスでなければ、総大将を討たれていたのだ。その時にエルミナは、ユインの腕を切り裂くことに成功しているが、そんなものは戦果でも何でもなかった。奇襲してきた将軍を負傷させた事と、自らが守るべき総大将を討たれた事とでは、比べるまでもなかったのである。実際には主を討たれたわけではないのだが、生真面目で融通が利かないエルミナは、そう思っていたのだ。

 

「恐らく、あなたは強い。だからこそ、私は貴方を認める訳には行かない」

 

 だからこそ、認める事はできなかった。認めれば、それはエルミナがギュランドロスを一度死なせてしまったと言う事になる。それだけは、認める訳にはいかなかったのだ。実力を本心では認めつつも、三銃士として、国王を守護する者として、認める事が出来なかった。

 漆黒が動き出す。馬蹄が地を伝い、エルミナに届いた。

 

 

 

「エルミナ様、騎馬隊、来ます!」

「皆、落ち着きなさい。普段の訓練通りにやれば、良いのです。落ちついて槍を構えなさい」

「エルミナ様に無様な姿を見せられん、皆、声を張り上げろ!」

 

 馬蹄が響き、気炎が上がった。ユイン率いる騎馬隊が、エルミナ率いる歩兵とぶつかり合ったのだ。エルミナは、騎馬隊の圧力により、僅かに浮足立った兵たちを激励し、戦線を立て直す。指揮するのは、三銃士の一人である。兵たちには、それで活力を与えていた。

 

「敵の数はこちらより遥かに少ない。一人で一人に当たるのではなく、複数で一人に当たれば、勝てます!」

「応!」

 

 相手は騎馬隊である。まともに当たれば、勢いがある分騎馬の方が強いのである。その戦力差を補うためにエルミナは一人の敵兵に、複数の兵士を宛がうことで対処していた。地の利があり、数においても有利であった。その事を余すことなく利用する事で、戦いは拮抗していたと言える。エルミナの手腕は三銃士の噂に違わない、見事な指揮と言えた。

 

「エルミナ様!」

「何ですか!?」

 

 部下の言葉に、エルミナは半ば怒鳴るように尋ねる。戦力は拮抗している。それは、エルミナを以てしてでも、気を抜く事ができないと言う事であった。迫りくる騎馬隊から目をそらさず、聞き返していた。

 

「敵が、引きます。引いてます!」

「……そのようですね」

 

 部下の一人が、そういった。冷静に周りを見る。漆黒の騎馬隊が、僅かに後退を始めていた。無論、一目散に逃げているわけでは無く、歩兵と戦いながら後退しているのである。それでも、退ける事に成功しているようであった。

 

「……やりましたね。ですが、思ったよりもあっけな――」

「貴方が、彼らを指揮する将か?」

「ッ?!」

 

 僅かな、間隙であった。敵軍を一度退けたことで、ほんの僅かに顔を出した油断。ソレを見事に突かれていた。エルミナが気付いた時には、配下を数名戦闘不能に追い込まれていた。ユインは全軍を後退させつつも、僅かに供を引き連れ、エルミナの直ぐ傍らまで辿り着いていたのだ。 

 そのまま右手に持つ槍を、軽く引き、一気に振り抜いた。

 

「ッ、その、程度で!」

「……ほう」

 

 間隙をついて、陣容を縫うように突破し放たれた凶刃。それを、エルミナは自身の持つ双剣で受け止めた。僅かにユインが目を見開いた。その目に宿るのは、深い驚嘆の色であった。本人としては今の一撃で終わらせるつもりであったのである。僅かに口元が吊り上がった。そのまま左腕に持つ剣を振り下ろす。それを、エルミナは打ち払った。数舜、睨み合った。

 

「敵ながら、見事。間隙を突いた。それで終わらせる気であったが、凌がれるとはな」

「そうやすやすと、負ける訳には行きません」

「だろうな、此処は引く」

「逃げられると、思っているのですか?」

「捕えられると、思っているのか?」

 

 交錯。刃を二度重ねた。それだけで、軍人としては充分であった。相手が誰だと言う事は重要では無く、どれぐらい強いのかと言うのが肝心だった。名乗りなど必要なく、力さえ伝われば良かったのである。即座にユイン率いる騎馬隊は反転し、駆けだした。

 

「何をしているのですか、囲みなさい!」

「邪魔をすると言うのならば、穿つ。止められると言うのならば、止めてみるが良い」

 

 即座に、エルミナの部下は少数の騎馬隊を取り囲むが、既に駆け始めていた騎馬の勢いの前に、成す術は無かった。

 

「……ユイン、シルヴェストッ」

 

  

 嵐のように現れ、暴風の如く去って行く。その姿を、エルミナはただ見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

「首尾はどうでしたか?」

「外した」

「おや、相手の将はそれほどの者でしたか?」

 

 後退した麾下達と合流したところで、カイアスが尋ねてきた。簡潔に結果のみを告げる。少し意外そうに、そう尋られた。後退をはじめ、緊張が揺らいだところで本命を打ち込む。それで終わらせるつもりであった。それ故、麾下達には一度だけぶつかり合い、それ以上戦う事はさせなかった。しかし、麾下達に自分たちの強さを実感させるには、それだけで十分であった。

 

「あれって、俺たちと同じなんだよな?」

「将軍たちが言うには、そうらしいぜ」

「それにしては、歯ごたえが無いと言うか、思ってた程じゃなかったな」

「ソレは言えてる。もしかしたら、敵に何か作戦でもあるんじゃないか?」

「かも知れないな。それなら次はもっと気をつけとかないと」

 

 麾下達の会話に耳を傾ける。思っていたよりも、遥かに手応えが無かったため、困惑していると言ったところである。既に、成果は出ていた。

 

「調練は順調なようですね」

「そのようだな。私の麾下達は、強いな」

「ええ。ですが、まだまだでしょう?」

「ああ、この程度では、到底満足できん」

 

 麾下達は、強くなっていた。彼らが言うように、敵方に作戦があると言う訳では無かった。ただ、自身が率いる騎馬隊が、新兵とは思えないほどに強いのである。これまで、自身の麾下同士としか調練をさせた事は無かった。どの軍よりも苛烈な訓練を施していた。だからこそ、こと強さと言う点に関していえば、他の追随を許さないのである。実力はあるが、経験が無かった。それ故、麾下達は彼我の戦力差を違和感として認識していたのである。

 

「カイアス」

「はっ」

「次は、全力でやれ。指揮は、任せる」

「解りました」

 

 短く伝える。次で、終わらせるつもりであった。

 

「皆、聞け。敵の指揮を執る将は、三銃士の一人、エルミナ・エクスである」

 

 麾下達に告げた。自身にとって、指揮官が誰かと言う事はさして重要な事では無かった。が、麾下達にとっては、何よりも大事な事であった。自分達が当たるモノの強大さを推し量るには丁度良いのである。

 三銃士と言う根拠はそれなりに合った。新兵の指揮が見事であった。地の利を活用する、軍略が見事であった。自身が強襲し、直接相対したその武勇に驚嘆した。そしてその将軍は、金髪の美しい少女であった。其処までの器を持つ女将軍が何人もいるとは思えないし、服装も三銃士であるパティルナと同じものを着ていた。故に、三銃士の一人だと断言することができた。

 パティルナとは面識があった。ルイーネ・サーキュリーは、以前に諸国を見聞していた時に王と共にいるのを見た事があった。何の事は無い、消去法で彼女がエルミナ・エクスと断定したのである。

 

「しかし、恐れる事は何もない。例え三銃士が指揮を執ると言っても、相手は烏合の衆である。先ほどぶつかった時、感じたであろう。歯ごたえが無い、と。それが我が麾下たる、お前たちの実力なのだ」

 

 右手を握り締め、語る。気付けば、熱くなっていた。強さを求め、部下たちにも同じものを求めた。その結果が今実を結んでいた。それは、例え三銃士が相手でも、何の懸念もなく打ち破れると言う、確固たる自信であった。

 麾下達は、黙って俺の言葉を聞いていた。気が、軍全体に満ちるのを肌で感じる。

 

「断言しよう、お前たちは強い。その力を、十分に振るうと良い。此れより、弱者を……討つ」

「応!」

 

 気炎が上がった。麾下達全てが、打ち震えていた。三銃士は、ユン・ガソルの兵士たちにとって象徴であり、憧れであった。その存在よりも強いと、断言した。そしてそれを事実だと思わせる戦果を直前にあげた。

 麾下達を乗せるには、十分であった。皆、王に心服する、熱い魂を持つ男たちであった。国の象徴たる三銃士に守られるのではなく、守る事が出来る程に強くなったと実感させてしまえば、実力以上の力を出せると言うのは、火を見るよりも明らかであった。それ故、勢いに乗せたのだ。実際に直属の配下を指揮していたら、今の麾下達では打ち破れると思えないが、相手の率いるのも新兵である。それならば、自身が鍛え上げた軍が負ける道理は無かった。

 

「カイアス。部隊を広く展開させろ。できるだけ、大きく見せるんだ。それで、敵は錯覚するだろう。責める時は、果敢に。だが、機が訪れるまでは本腰を入れて仕掛けるのはやめておけ」

「解りました」

「では、暫くは頼んだ」

「お任せください」

 

 カイアスと別れる。精鋭を、20名選び出していた。その者達を率い、木々が生い茂る森を駆けた。

 

 

 

 

 

 騎馬隊が、駆ける。首元には、真紅の布を巻きつけていた。麾下達も、自分の様に首元の者もいれば、腕や肩など、様々な場所に巻き付けている。それは自身が率いる部隊の者にのみ手渡す、ある種の証しのようなものであった。これを巻き付けている者のみが、俺の麾下であり、精鋭の証しだった。

 

「始まったか」

 

 木々の合間を縫いつつ、戦場の様子を覗き見る。漆黒の騎馬隊が、再びぶつかろうとしていた。指揮を執るのは、カイアスであった。相対するのは、恐らく三銃士のエルミナ・エクス。兵の質では我が麾下が勝っているが、指揮官の質は敵方が勝っていると言わざる得なかった。副官も有能ではあるが、流石に三銃士ほどでは無い。それを考慮すると、あまりのんびりもしていられなかった。

 

「間に合いますか?」

「間に合わせるさ」

 

 麾下の問いに、端的に答えた。やるならば、徹底的に。そのためには、一度軍を分ける必要があった。

 先ほどエルミ・ナエクスに奇襲を仕掛け、それを凌がれた。あれで、討つつもりであったが、向うが此方の予想を超えてきたのである。ならば、次はこちらが凌駕する。そう思ったわけであった。

 軍を広く展開させたのは、意味があった。戦場で敵の数と言うのは数える訳では無い。事前に得ている情報と、見た感じで判断するのである。部隊を広く展開することで、本来より人数が多くいるように見せる事が出来る。広がり過ぎてはだめだが、自身の指揮は基本的に過密なまでに力を収束するため、広く展開することで兵の数を偽装するという策は、他の軍と比べて気取られにくかった。

 

「上手くやっているようだな」

 

 戦況を眺めつつ、呟く。戦場では、カイアス率いる騎馬隊が、歩兵部隊の前衛を切り崩すかのように駆けまわり、徐々に徐々に戦力を削っていた。それに対して、エルミナは数的理と地の利を生かし防衛線を引いているが、率いるのが新兵故、少しずつ前線の陣形が伸びてきており、徐々に崩れかけてきているのが見て取れる。

 仕掛ける機は、訪れようとしていた。

 

「皆、此れより奇襲をかける。相手は、先ほど一度仕掛けたエルミナ・エクスである。幾ら三銃士とは言え、一日のうちに二度目の奇襲、それは予想していないだろう。これで、終わらせる。抜かるなよ」

「応!」

 

 麾下に告げると、静かに、だが気の充実した返事が返ってきた。それが心地よかった。静かに蓄えた闘気。ソレを、苛烈なまでに爆発させるのだ。そう、思った。やがて、木々を抜け、視界が開けた。敵方の後方。斜面に背を向けている布陣だった。ソレは、確かに地の利を生かした布陣だった。しかし、それは敵が対面にいる場合である。今、俺は敵の背後を取っていた。突如現れた、漆黒の騎馬隊に、敵陣が動揺したのを感じ取った。下り坂であった。奇しくも、以前ユン・ガソルに奇襲をかけたときと同じく、逆落としの構えであった。

 

「原野を駆ける我らが意思に、竜をも破る峻烈なる加護を」

 

 左腕、魔剣を掲げ、その膨大な魔力を解き放った。我が麾下に託している真紅が淡い光を宿し、仄かに輝いているのが、戦場でも解った。笑みが、浮かんだ。風が心地よい、そう思った。眼前を見据える。正面からは漆黒の騎馬隊が、真紅を煌めかせ、敵陣を突き破ろうとしているのが解った。 

 

「行くぞ、敵を穿つ。恐れるモノは何もない。我に……、続け!」

 

 叫んで、一気に駆け抜けた。斜面、それが騎馬隊に更なる圧力を与える。愛馬、疾風のようにかけ続けた。両手に持つ、槍と剣。共に、光を帯びていた。

 

「応!」

 

 貯めに貯めていた、闘気。それをついに開放した。

 漆黒の騎馬隊、真紅を纏い、戦場を駆け抜ける。強さ。それを示すためだけに、ただ駆け抜けた。

 

 


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