竜騎を駆る者   作:副隊長

18 / 26
16話 強さの意味

「ユイン・シルヴェスト様、でしょうか?」

「ああ。ユン・ガソルの黒騎士。今は倒すべき敵であるが、元々はノイアス前元帥に仕え、メルキアに所属していたと聞く。ベルモンは何か知っているだろうか?」

 

 メルキア帝国東の都センタクス。東領元帥ヴァイスハイトと有志による仕事の斡旋所を取り仕切る男、ベルモンは向かい合い話をしていた。ユン・ガソルの黒騎士。元々はセンタクスを治めていた前元帥である、ノイアス・エンシュミオスの配下であった。そして、兵士たちから聞いた話によると、強さに並々ならぬ執着があると掴んでいた。ならば、斡旋所を取り仕切るベルモンなら何か知っているのかと期待し、赴いたのであった。

 

「ええ。何度か仕事をお願いしたことがあります。幾つか、討伐の依頼を受けて貰いました」

「話に聞く、あの男通りだな」

「はい。詳しい理由を聞いたわけではありません。ですが、常に戦いを求めている方であったと記憶しております。苛烈。そう言うのに相応しき方だったと思います」

 

 ベルモンが瞳を閉じ、思い出すように言葉を紡ぐ。それをヴァイスハイトは聞いていた。少しでも、黒騎士の事を知りたかった。

 

「皆がそう言う。奴に直接訓練を受けた兵士は、他の部隊の訓練など楽なものだと漏らすほどだったらしい。聞く限り、兵士に死ぬか生きるか、そのぎりぎりの調練を施すほど厳しい男のようだ」

「厳しい、ですか。確かにその面が強いでしょう。自身にも部下の兵士にも、調練の時は異常に厳しい方であったと聞いています」

 

 ヴァイスハイトの言葉に、ベルモンは落ち着いた声音で続ける。斡旋所に来る兵士たちから、様々な話を聞いていた。その中には、ユインの話もあったのだ。数こそ少ないが、直接話したこともある。それらを総合する。

 

「あの方は、それしか無いと言っておられました。自分には、強く在る事しかないのだと。少しだけ寂しそうに語られました。それは強いから更なる力を求めた、と言う事ではないのだと思います。寧ろあの方は強さとは対極にあるのかもしれません」

「どういう事だ?」

 

 ベルモンの言葉に、ヴァイスハイトは小首を傾げる。信じられない強さであった。実際に命を狙われたからこそ分かる、その強さ。メルキアの精鋭を突き崩し、魔導巧殻をも寄せ付けない程の武勇。それをヴァイスハイトは身をもって実感していた。だからこそ、ベルモンの言っている事が釈然としない。

 

「あの方は、どうしようもなく弱いのではないでしょうか。弱いから力を求める。弱いから、自身が何よりも強く在る事を望む。どうしてそう在るのかは解りません。ですが、そんな人なのだと思います」

「そう言うものだろうか?」

「解りません。ですが、あの方は、心の底から強さだけを求めていたと想像ができます。裏を返せば、弱い自分を変えたい、と言う事になるのではないでしょうか?」

 

 語り終え、ベルモンは軽く吐息をつく。ヴァイスハイトはその言葉を黙って聞いていた。

 

「成程、な。確かにベルモンの言う事も解る気がする。有意義な話を聞けた。感謝している」

「お力になれたのならば幸いです」

 

 ヴァイスハイトはベルモンに礼を言った。

 

「が、事実として奴は強い。少なくとも、この俺よりもな。弱いが、だからこそ強い。強く在る事だけを選ぶ事が出来る。その在り方は、早々マネできるモノでは無いと思う。やはり、あの男は強いのだろうな」

「そうかもしれません。強さとは、難しいモノですね」

「まったくだ」

 

 ユインは弱い。弱いからこそ、強く在る事を望む。弱いことを良しとしない苛烈さ。それを持っているのだろう。それ故、ただ己の力に固執する。だからこそ、ユイン・シルヴェストは強いのだと、ヴァイスハイトはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 二振りの魔剣を抜き放つ。左手の義手。魔法具店の店主に調整を施して貰っていた。結局、数日の時をかけ、納得のいく出来となった。魔剣を握り締める。生身の右手と同じ動きができる。この数日間でそれは十分に実感できていた。構える。風が優しく頬を薙いだ。正面に聳え立つ、巨大な岩山に視線を定める。敵だ。そう思い定めた。

 ラナハイム首都、楼閣アルトリザス。険しい山々に囲まれた天然の要害と言うべき地であった。鉱物資源はふんだんに取れるが、反面、食糧生産能力は乏しいと言えた。辺りに続く山脈を見詰めていると、そういう地だと言う事はどれほどの言葉を聞くよりも、納得する事が出来た。大勢の人間が生活するには厳しい土地なのだ。だからこそ、ラナハイムの兵は強くなるだろう。環境が厳しいと言う事は、それだけで調練になるのだ。周囲の環境を眺めるだけでも、クライスの、ラナハイムの率いる兵は精強なのだろうと、予想がついた。

 暫くの間、両の手に魔剣を構え、気を練り上げる。大分良くはなっていたが、剣を振り回すのはまだ早いと思えた。だからこそ、気を練り上げる。剣を持つ方が、より集中できる気がした。そのまま、体の芯から湧き出る力を、ゆっくりと時間をかけ全身に浸透させていく。熱い。全身から漲る力に、ただそれだけを思う。右手を見る。騎帝の剣。それを持つ手から、汗が噴き出しているのが解った。左腕。義手より上の生身の部分からは、同じように汗が零れていた。眺める。どちらかと言えば、右手の方が消耗しているように感じた。生身だからだろう。そう思った。静寂の中、鼓動だけが、うるさく聞こえている。生きているのだ。そう思った。自身が確かに生きているのを実感したところで、更に気を練り上げる。戦鬼ガルムス。それに勝つには生半可な力では到底不可能である。故に、全身全霊の力が出せるように、気を只管練り上げる。時をかけ、ゆっくりと力を蓄えていくのだ。

 

 どれくらい力を蓄えただろうか。見据えている岩山を相手に、蓄えた気を向けてみる。直後に、吹き飛ばされた。無論、実際に吹き飛ばされたわけでは無い。自身の気が、岩山に跳ね返されたと言う事だった。眺めているだけであったのならば、何の変哲もない岩山であった。敵と思い睨み付けている間も、僅かな気の流れを感じる事が出来たが、それだけであった。気力が充実していた。容易に切れるのではないか。大地を倒す事は無理だろう。だが、斬り伏せる事ならば出来るのではないか? そう考え、斬ると言う意識を以て対峙をした。

 

「成程。大地と言うのは凄まじい。人間の力など、実に小さなものだ」

 

 勝負にすらならなかった。直前まで斬れるのではないか。そう考えていた自分に苦笑する。言うならば、大地と俺の戦であった。気をぶつけた瞬間に、羽虫を払うが如く、俺の気は霧散させられていた。構えていた魔剣を腰に携えた鞘に戻す。そして息を吐いた。人の身で、大地を相手に戦を挑むなど、無謀であったか。そんな事を思いつつも、笑みが零れる。赤子を捻るように、敗北を喫した。強大な敵である。ソレが解った。戦鬼ガルムスや東方元帥ヴァイスハイト。二人とも強大な敵であった。だが、大地と戦をする事と比べれば、遥かに勝算はある。そもそも人間と大地を比べるのがおかしい。そう気づいて、苦笑が漏れた。

 

「俺より強いモノは、確実にいるのだな」

 

 愛馬に声をかけた。此方を見た。直ぐ傍で、草を食んでいた。今自分が試みていたことは、激しい訓練などでは無かったため、目の届く範囲で自由にさせていたのだ。その灰色とも銀とも取れる見事な毛並みに触れながら、ゆっくりと語る。

 

「ここ数日、調子が良い。もうそろそろ、本気で剣を振る事を考えても良いかもしれんな。お前も、十分に駆けさせてやれると思う」

 

 体調は、幾分か持ち直していると思えた。騎帝の剣。それを使う事が無かったため、体調が安定しているのかもしれない。そう思った。古の魔剣である。身体にかかる負担もそれなりのモノがあった。ましてや自分は戦鬼に深手を負わさえれながらもその力を用いた。万全ならば気にならないが、負傷している身にはその反動が大きかったと言う訳だ。とはいえ、商隊の皆と旅をしている時に血を吐いて以来、何事も無く順調に回復していると思えた。無理さえしなければ安定するのか。そう、思った。

 

「背を、借りるぞ」

 

 白夜の瞳を見ながら一声かけ、鐙に足を掛ける。そのままゆっくりと力を入れ、その背に跨る。義手をする左手で手綱を取る。視界は地に立っている時に比べて、より開けていた。ラナハイム特有の、険しい山々が広がっているのを、より広い視野でみる事が出来た。険しく、厳しい。そんな言葉が思い浮かぶ。だが、それ以上に偉大なのだろう。そう思った。人に、生き物に厳しく在る。だが、生きる事を許してもいる。だからこそ、偉大だった。

 馬上で再び剣を魔剣を抜き放つ。右には騎帝。左には白亜。両の手に魔剣を携える。手綱は手放していた。そのまままた気を練り上げる。体の芯を起点にし、ゆっくりと力が漲ってくるのを感じた。腿に僅かに力を入れ、白夜に合図を送る。短く嘶いた。ゆっくりと歩き出す。駆けるのではなく、唯ゆったりと歩く。それだけで良かった。ゆっくりと、俺と白夜の気が混じり合うのを感じる。自分だけの力では無く、愛馬の、友の力を借りていた。地上でやった時と比べ物にならないほどの力を感じる。自分の気と愛馬の気が混じり合い、昇華しているのだ。それを感じながら、更に腿に力を入れる。言葉はいらない。気が混じり合い、心が一体化している。そう思った。白夜が早足になり、やがて駆けはじめる。

 普段とは比べ物にならないほどゆったりと駆けていた。だが、それで良いと思った。駆けるのが目的では無い。人馬一体。自分の最も優れていると思える力。それを研ぎ澄ますには、速さは必要なかった。愛馬と心を一体化させる。ソレが必要なのである。息遣いを静かに感じ取り、足を使い此方の意思を伝え続ける。同時に、二振りの魔剣にも意識をやり、更に気を練り上げる。強く、誰よりも強く。そうある事を望んでいるのだ。

 

「強く、誰よりも強く。それだけで、良い」

 

 声に出す。その必要はない。だが、口に出す事で、改めて自分に言い聞かせていた。愛馬が嘶く。一心同体となっていた。心配しているのが、手に取るようにわかった。腿に力を入れ、意思を伝える。大丈夫だ。そう言った。返事は無い。だが、溶け合った気が、強くなっているのを感じた。俺の求めるもの。ソレを良く解っているのだろう。良い馬であった。両手に意識を移す。愛馬が力強く支えてくれていた。自分が力を見せないでどうする。そう思った。力を練り上げる。限界などない。何度も乗り越えたモノであった。左手、白亜が淡く輝いている。新たに手にした剣であった。騎帝の剣に重ね合わせる。刃がぶつかり、鈍い音が鳴り響いた。限界など、無いのだ。そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……凄まじい、剣気ですね」

「これは意外な人だ。私に何か用かな?」

 

 愛馬に乗り、ただただ気を練り上げているところに、声をかけられた。それに応える。相手はラクリール・セイクラス。友の背を守る者であった。いる事には前から気付いていたのだが、此方からは話す事が特になかったので、そのまま気を練り上げる事に専念していた。戦鬼に、元帥。倒すべき敵は多い。できる事をしておきたかったのだ。

 

「突然訪った事、お許しいただけると有りがたいです」

「なに、構わんよ。しかし、私に何か御用だろうか?」

 

 非礼を詫びるラクリールに、穏やかに返す。既に気を練り上げる事はやめ、自然体に戻っていた。二振りの魔剣を鞘に納め、鐙から片足を離し、白夜から降りる。そのまま軽く馬首を抱き、礼の言葉を述べる。馬とは信頼関係が大事であった。一通りの事を終えると、ラクリールと向かい合う。

 

「クライス様に、貴方の事を尋ねました」

「ほう。私の事を……。それで何と言っていたのだろうか? あの男の事だ、面倒な言い回しはせず、端的に事実を告げたのではないだろうか?」

 

 ラクリールの言葉に、少し想像してみた。クライスの事である。嫌そうにしながらも、淡々と事実を語ったのだろう。そう思った。聞いたと言う事は、クライスが話しても良いと判断した相手である。思った通り、ラクリールは信頼できる人物と考えてよいと人物のようだ。

 

「最初に刃を交えた、宿敵だと聞きました。クライス様が全身全霊を出してぶつかり合った強き人だと。その武技の冴え、クライス様に勝るとも劣らぬ。そう聞いています。漢の誇りを賭け、戦うに値する相手だと、言われました」

「強き男であったよ。一対一ならば、私より強いのだろう。その男がさらに強くなった。それを感じるだけで、心が躍る」

「本当にクライス様の言う通りなのですね。何よりも戦いを望んでおられる」

「解るかな」

「はい。会ったばかりの私でも、凄く楽しそうだと思ってしまいました」

「悪い癖だ。少しばかり直さないといけないかもしれんな」

 

 ラクリールの言葉に苦笑する。確かに自分の事をクライスは語ったのだと、その言葉を聞けば分かった。何よりも強く在る事を望んでいる。敗れる事を是としない。そんな自分の事を、目の前の女性は、ある程度理解しているように思えた。

 

「それで、そんな私のところに来て、どうしたのかな」

「正直言うと、信じられませんでした。昨日見た貴方は、手練れであるとは思いましたが、失礼ながら私でも相手に出来ないほどでは無いと感じました。私では勝てるかは解りません。寧ろ、負ける公算の方が大きいとは思いました。ですが、クライス様を相手に出来るとはとても思えませんでした」

「成程。我が力に疑問を持ったと」

「はい。失礼ながら、クライス様は貴方の事を過大評価しすぎなのではないか、と思ったのです」

 

 ラクリールが謝罪しながら告げた。その点については、特に怒るような事でもなかった。ラクリールの言う事は、純然たる事実なのだ。それ故、怒る道理は無い。むしろ、その事を刃も重ねず気付いたラクリールの技量に感服する思いだった。ラナハイムの近衛兵。侮れる人物では無い。そう思った。

 

「くく、まぁ、そう思うのも無理は無い。実際、あの男と私だけで事を構えれば、勝てはせぬよ」

「そうでしょうね。ですが、馬上ならば話は変わります」

 

 にやりと笑いながら、ラクリールの言葉に同意する。個の強さでは、クライスの方が上である。ソレは事実であり、恥じる事では無い。そもそも、自分の強さは個の武勇では無いのだ。無論、個の武勇も突き詰める心算ではあるが、根本的なところで、目指しているものでは無い。人馬一体の武。言うならば、馬と人、一騎で一つの力なのである。それを突き詰める事を目的としている。愛馬と共に戦場を駆け抜ける。その戦い方が、一番自分には合っていると思っていた。だからこそ単体での力が劣っていようと、気になるところでは無かった。一人では無く、自分たちは一騎なのである。そう思った。

 

「随分と評価してくれるものだ。それ程までに私は強かったかな」

「はい。正直、私だけでも勝てると思ったのが恥ずかしい程です。最初に地上で気を練っている辺りから、様子を見ていたのですが、馬に乗ってから劇的に変わりました。地上では手練れだと思っただけでした」

「馬上では?」

 

 ラクリールは最初の方から見ていたようであった。苦笑する。途中で見ている事には気付いたが、其処まで早くからだとは思わなかったからだ。そんな事を思いつつ、促す。目の前の女性は、自分の事をどう評価するのかが気になった。

 

「化け物。クライス様のご友人には失礼ですが、私にはそんな言葉しか思いつきませんでした」

「くく。獣と呼ばれたことはあるが、化け物とは、な」

 

 思わず笑いが零れる。ラクリールは真剣な顔をして、化け物と評してくれた。その瞳を見れば、冗談を言っているようには見えず、また、短い付き合いではあるが、冗談を好むような人柄にも思えなかった。そんな人物が自分と白夜を見て、化け物と評した。心の底からの言葉だろう。そう考えると、痛快だった。自分も戦鬼の様に人外の領域に片足を入れたのかもしれない。そんな事を思った。

 

「っ、す、すみません。クライス様のご友人であるユイン様に無礼な口をっ」

 

 そんな俺の様子に、ラクリールはハッとした様な顔になり、慌てて謝罪をしてきた。些か真面目過ぎる。ユン・ガソルの誇る三銃士のあの方に、すこし性格が似ている。そんな事を思った。勿論、エルミナ様の事だ。

 

「なに、構わんよ。それに私はラナハイム王の友だが、私自身が偉い訳ではないよ。それ故もう少し楽に話して貰えると有りがたい。立場上、気安くと言うのは無理かもしれないが、それ程畏まらなくても良いと思う。貴女はラナハイムの将で、私はユン・ガソルの将なのだから」

「ご配慮、痛み入ります。せめて、ユイン殿と呼ばせてもらいます」

「ああ、ありがとう。私は、あまり畏まられるような人間では無いのだよ。流石に様付けは思うところがあった」

 

 ラクリールの言葉に満足する。流石に様付けは、違和感があった。どちらかと言えば自分も主を戴き、畏まる側の人間だ。それ故彼女の言葉にはなれなかったのだ。

 

「貴方にお願いがあります」

「何だろうか?」

 

 ラクリールが真剣な目で此方を見た。何処となく、切実な雰囲気であった。それを感じながら、促す。

 

「私と、戦って貰えませんか?」

「ほう……」

 

 彼女の言葉に、口元が吊り上がるのを感じた。目の前の女性は強い。ソレは解っていたからだ。少しだけ、心が躍るのを感じた。

 

「何故、と聞いても?」

「私は、強くなりたいんです。クライス様を守れるほど、強く。その道を切り開けるほど、強く。全ての敵を打払えるほど、強く!」

「成程、な。クライスの為か」

 

 言葉を聞く。悲痛なまでの叫びであった。クライスの為ならば、死ねる。それ程の気迫を感じた。面白い、そう思った。心が震えている。魂が、熱かった。良い、女だ。クライスの事を心の底から思っているラクリールを見て、そう思った。美しい女性だとは思う。だが、そう言う意味では無かった。この女性もまた、気高いのだ。思い人の為に剣を取る。気高く、健気なのだ。そんな彼女の思いに、応えてやりたい。そう思った。

 

「駄目、でしょうか? 誰かのために、強くなりたいと思うのは、言い訳でしょうか?」

 

 少しばかり黙った俺に、ラクリールが不安そうに尋ねてきた。言葉を選ぶ。

 

「そんな事は無いさ。と言うよりは、強さを求める理由に良いも悪いもない。私はそう思うのだよ」

「どういう事ですか?」

「強さを求める思いに、上も下も無いのだよ。高尚な理由があろうと、下らない理由があろうと、そんな事は関係ない。当人がどれだけ強く在りたいと望むか。強さには、それだけがあれば良いと思っている。他者の思いなど、誰も理解できないのだから、な」

 

 強く在ろうとする事に、理由などはどうでもよかった。ソレは自分さえ分かっていれば良いモノだからだ。そんな事よりも、どれほど渇望しているか。それだけが必要なのだ。他人には他人の、自分には自分の求める理由がある。それ故、強く在る事には、何故強く在りたいかと言う事は重要では無く、強さを求める事こそが最も重要だと思っていた。何故、では無く、欲しい。それだけを思う事が、重要だった。自分にも強さを求めた理由はある。だが、今ではその理由も思い出す事は殆ど無くなっている。自分にとっては、理由などその程度のものなのだった。

 

「クライス様の為でも良いと? ひいては、自分の為でも良いのでしょうか」

「構わないよ。と言うよりは、私の場合はどうでも良い、と言うべきだがね。強さを求める理由など、人によって違うのだ。だからこそ、比べるような事では無い。理由など、自分が認めていれば良いのでは無いだろうか。少なくとも、私はそう思うよ」

「そうかも、しれません」

 

 淡々と告げる。理由など、重要では無いのだ。そもそも、自分だけが解っていればいいモノである。敗れぬ事を誇りとし、ただ力を渇望していた。自分はそれで良いのだ。そう思っている。そんな男が言える言葉など、あまりないのだ。ラクリールにはラクリールの在り方を見つければいい。そんな事を思った。

 

「とはいえ、ラクリール殿。私は少しばかり怪我を持っていてね。武器を交わす事はできない。それ故、我が技を体験させると言う事で構わないだろうか?」

「それで、充分です。是非、お願いします」

 

 強さを望む者に手を貸すのは、嫌いでは無かった。もう一度鐙に足を掛け、愛馬に跨り、剣を抜き放つ。そのままゆっくりと全身に力を浸透させていく。愛馬の気と自分の気が混じり合った。人馬一体。愛馬の鼓動を感じていた。

 

「これが、ユイン・シルヴェスト。クライス様の、宿敵」

 

 ラクリールが、呟いた。魔力が吹き荒れる。ラクリールから、魔力が立ち上っていた。その様を見、面白い。そう思った。先ほどから、心は熱く燃え滾っている。楽しくて、仕方が無かった。両の魔剣を強く握り、敵だけを見据える。轟。ラクリールが放つ魔力が唸りを上げた。見事な気迫であった。術式など無く、気炎である。彼女が放つ魔力を見詰め、そんな事を思った。

 

「我が力、その目に刻み付けると良い」

「……ッ」

 

 告げる。ラクリールが息を鳴らす。それが合図だった。駆け抜ける。それだけの意思を白夜に伝え、ラクリールに向かい、唯、駆け抜けた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。