倉橋家の姫君   作:クレイオ

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クィディッチ

 十一月に入ると、とても寒くなった。学校を囲む山々は灰色に凍りつき、湖には厚い氷が張った。校庭には毎朝霜が降り、朝日を受けてキラキラと輝いた。生徒達は寒さに凍え、風邪を引く者が続出したが、雪女の血を引く怜奈は普通より寒さに強かったので、平気な顔をして地下牢で魔法薬を調合していた。一方、寒さに弱い芒は怜奈の自室にこもることが多くなった。彼はよく、なぜスリザリン寮は地下なんぞにあるのかと愚痴をこぼした。

 クィディッチ・シーズンの到来だ。土曜日はいよいよスリザリン対グリフィンドールの試合が行われる。原則的に一年生がクィディッチの寮代表選手になるのは禁止だが、マクゴナガルの強い希望でハリーがシーカーに選ばれた。ハリーは秘密兵器ということで誰も練習している姿を見たことがなかったが、誰もがハリー・ポッターがシーカーだと知っていた。その噂を耳にするたび、ドラコは忌々しそうに顔を顰めた。

 ハロウィーン以降、ハリーとロンのコンビにハーマイオニーが加わったのもドラコが機嫌を悪くする一因だった。反りが合わないハリー、家族ぐるみで敵対するロンの二人だけでも嫌悪感は相当なものだったのに、そこにマグル生まれのハーマイオニーが追加され、彼らが視界に入る度、ドラコはクラッブとゴイルを引き連れていちゃもんをつけた。

 

 どんなに寒くなっても、怜奈は放課後に地下牢で魔法薬を作るのをやめなかった。魔法薬製造は怜奈の趣味だ。セブルスが出す課題をこなすのは非常に楽しく、時にはオリジナルの魔法薬を作って評価してもらった。

 その日も、放課後に地下牢を訪れた怜奈は校医マダム・ポンフリーの依頼だという傷薬をセブルスと共に作っていた。

 寮対抗クィディッチ・トーナメントが本格的に始動した今、怪我をした選手の治療に使う傷薬が消耗されるペースはかなり早い。マダム一人では追いつかないということで、毎年この時期になると魔法薬学教授が手伝うことが恒例となっているようだ。しかし、セブルスとて授業の準備があって忙しい。そこで、怜奈は製薬の手伝いを自ら申し出た。彼女の腕を知っているセブルスも、快くそれを受け入れた。

 

 「ふむ、問題ない。今日はこれで終わりにしよう」

 

 完成した薬の入った鍋を覗いたセブルスが満足そうに頷いた。

 杖を振って薬を瓶詰めし、使用した道具を綺麗にして片付けていると、翌週の授業の準備をしていたセブルスが手を止めて言った。

 

 「先日お前が調合した香料入りの保湿薬だが、スプラウト先生が譲ってほしいそうだ。出来れば調合方法も知りたいらしいが、いかがかね?」

 

 「構わないわよ。気に入っていただけたなら、喜んでお教えするわ」

 

 「そうか。では、お前からそう言ってやりなさい。彼女が直接礼を言いたいそうなのでね」

 

 今の時間ならば職員室にいるかもしれない。早く作り方を教えてやった方がいいだろうということで、怜奈はセブルスと一緒に職員室に行くことにした。

 片づけを終えて向かったのだが、室内には誰もいなかった。丁度皆が準備室や自室にいるのだろう。折角ここまで来たのだからと、怜奈は消灯時間ぎりぎりまで職員室で待つことにした。

 

 「では私も付き合おう。紅茶でもいかがかな?」

 

 「あら、ありがとう。いただくわ」

 

 セブルスが杖を一振りすると二つのカップが現れた。相変わらず便利な魔法だなと思いつつ、怜奈は手近な椅子に座って紅茶を飲んだ。

 

 「そういえば、ススキはどうした?最近あまり姿を見かけないが」

 

 「彼は寒いのが苦手なの。だから、ここの所ずっと部屋で丸まっているわ。保温魔法でもかけてあげるべきかしらね」

 

 「ああ、その点は普通の猫と変わらぬのだな。服でも着せてやったらどうだね」

 

 「服は体が締め付けられるから嫌いなんですって。温かいのにね」

 

 怜奈は肩を竦めてみせた。何度か芒に毛糸の服を着せようとしたことがあったが、彼は頑として拒んだ。その度に「きっと可愛いのに」「私は雄だよ」というやりとりをするのが冬のお決まりだ。

 

 「しかし、先日のあの姿には驚いた。あそこまで大きくなるのだな」

 

 「あれが本来の姿よ。セブルスは初めて見たんだったわね」

 

 そう言うと、セブルスは頷いた。誰もが猫又としての姿に戻った芒を見て、少なからず驚く。平時とのギャップが激しいからだろうか。

 

 「彼は頼りになるのよ。お父様が私の最初の式神に宛がっただけあるわね。その気になれば、あの犬だって喰い殺すのも容易いと思うわ」

 

 「ほう、そこまでの力があるのか。ならば、代わりにあの部屋に立ってもらいたい所だ。ススキがいれば、万が一の時、私が行っても襲われる心配がなくて助かる」

 

 「まあ、ダメよ。あれは私のなんだから。そもそも、あの犬は調教を受けていないの?」

 

 「受けていても命令を聞くかどうか」

 

 セブルスは疲れた様子で首を横に振った。

 

 「まったく、忌々しいやつだ。三つの頭に同時に注意することなんて出来るか?」

 

 「三つ首龍を手懐けた陰陽師の伝説を聞いたことがあるけれど…どうかしらね」

 

 怜奈がかつて叔父から聞いた伝説を思い出していると、不意にセブルスが目を剥いて大声を出した。

 

 「ポッター!」

 

 びくりと体を揺らして怜奈が振り返ると、扉の外にハリーが立っていた。ハリーは冷や汗を流し、唇を震わせながら言った。

 

 「本を返してもらえたらと思って」

 

 なんのことだろうと不思議に思う怜奈。一方セブルスは眉間に深い皺を刻みながら、自分の机の上に置いてあった本を持って立ち上がり、足音荒くハリーに近付いた。

 

 「我輩とミス・クラハシの会話を盗み聞きかね?」

 

 「いいえ、僕は何も聞いていません」

 

 「…ふん、早く自寮に帰れ」

 

 依然として恐ろしい形相をしたセブルスが言えば、ハリーは逃げるように走っていってしまった。不快さを隠しもせずに鼻を鳴らして、セブルスが勢いよく扉を閉めた。

 

 「あれは私達の会話を聞いたに違いないわね」

 

 嘘をつくのが下手なことだと怜奈が呆れる。セブルスも同じ考えのようで盛大に舌打ちした。

 

 「面倒な奴に聞かれたものだ。グリフィンドールの、しかもポッターとは…」

 

 ぶつぶつと呪詛でも唱えるが如き声音でぼやいている。彼のポッター嫌いは筋金入りだな、といっそ感心しながら怜奈は紅茶を一口飲んだ。

 

 「まあ、聞かれていてもあまり問題ないでしょう。妙なことをしようとすれば、忘却呪文でもかければいいのだから」

 

 怜奈が実にスリザリン生らしい発言をすると、セブルスもしっかりと首を縦に振った。

 

 翌日、クィディッチ競技場には学校中の生徒が詰めかけた。怜奈はドラコに腕を引かれ、クラッブとゴイルが確保した最前列の席に着いた。ドラコから渡された双眼鏡を覗いてピッチに入場する選手達を眺めた。緑と赤、それぞれの寮カラーのユニフォームを纏った選手達が睨みあい、審判のマダム・フーチが笛を吹くと箒に跨った彼らが一斉に舞い上がった。

 

 「さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました――何てすばらしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります」

 

 「ジョーダン!」

 

 「失礼しました、先生」

 

 グリフィンドールの三年生、リー・ジョーダンがマクゴナガルの監視を受けながら実況している。スリザリンの観客席からはブイーイングが飛んだが、他の三つからは笑いが起こった。漫才のようなやりとりに怜奈はドラコに怒られないよう、口元を手で隠してくすくす笑った。

 

 「ジョンソン選手、突っ走っております。アリシア・スピネットにきれいなパス。オリバー・ウッドはよい選手を見つけたものです。去年はまだ補欠でした―ジョンソンにクアッフルが返る、そして―あ、ダメです。スリザリンがクアッフルを奪いました。キャプテンのマーカス・フリントが取って走る―鷲のように舞い上がっております―ゴールを決めるか―いや、グリフィンドールのキーパー、ウッドがすばらしい動きで、ストップしました。クアッフルは再びグリフィンドールへ―あ、あれはグリフィンドールのチェイサー、ケイティ・ベルです。フリントの周りですばらしい急降下。ゴールに向かって飛びます―あいたっ!これは痛かった。ブラッジャーが後頭部にぶつかりました―クアッフルはスリザリンに取られました―今度はエイドリアン・ピュシーがゴールに向かってダッシュしています。しかし、これは別のブラッジャーに阻まれました―フレッドなのかジョージなのか見分けはつきませんか、ウィーズリーのどちらかが狙い撃ちをかけました―グリフィンドール、ビーターのファインプレーですね。そしてクアッフルは再びジョンソンの手に。前方には誰もいません。さあ飛び出しました―ジョンソン選手―ブラッジャーがものすごいスピードで襲うのをかわします―ゴールは目の前だ―がんばれ、いまだ、アンジェリーナ―キーパーのブレッチリーが飛びつく―が、ミスした―グリフィンドール先取点!」

 

 グリフィンドールの大歓声が広がった。レイブンクロー、ハッフルパフからも歓声が上がる。ただ一つ、スリザリンからは野次と溜息が上がった。怜奈の隣で、ドラコがブレッチリーに悪態をついた。

 

 「さて今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピュシーはブラッジャーを二つかわし、双子のウィーズリーをかわし、チェイサーのベルをかわして、ものすごい勢いでゴ……ちょっと待ってください―あれはスニッチか?」

 

 エイドリアン・ピュシーは、左耳をかすめた金色の閃光を振り返るのに気を取られて、クアッフルを落としてしまった。凡ミスだがスリザリンから野次は飛ばず、観客達はスニッチの出現にざわついた。

 怜奈も空に輝く金の光を見た。ハリーが急降下し、スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズも追いかける。スニッチを追って二人は大接戦だ。チェイサーたちも自分の役目を忘れ、宙に浮いたままその様子を見つめた。

 ハリーの方が僅かにヒッグズより速かった。スニッチに向かって手を伸ばす―が、フリントがわざとハリーの邪魔をした。小柄なハリーは弾き飛ばされ、グリフィンドールから怒りの声が上がった。フーチはフリントに厳重注意を与え、グリフィンドールにペナルティー・シュートを与えた。途端にスリザリンの観客席から不満が湧き出たが、怜奈は仕方がないことだと思った。フリントの行為は、誰が見てもあからさまなファールだった。

 

 「えー、誰が見てもはっきりと、胸くその悪くなるようなインチキの後……」

 

 「ジョーダン!」

 

 リー・ジョーダンの実況にマクゴナガルが凄みを利かせ、スリザリンからも非難の声が上がった。

 

 「えーと、おおっぴらで不快なファールの後……」

 

 「ジョーダン、いいかげんにしないと―」

 

 「はい、はい、了解。フリントはグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。誰にでもあり得るようなミスですね、きっと。そこでグリフィンドールのペナルティー・シュートです。スピネットが投げました。決まりました。さあ、ゲーム続行。クアッフルはグリフィンドールが持ったままです」

 

 怜奈はリー・ジョーダンとマクゴナガルの漫才のようなやりとりに、くすくすと笑いながら観戦を続けた。

 

 「スリザリンの攻撃です―クアッフルはフリントが持っています―スピネットが抜かれた―ベルが抜かれた―あ、ブラッジャーがフリントの顔にぶつかりました。鼻をへし折るといいんですが―ほんの冗談です、先生―スリザリンの得点です―あーあ……」

 

 スリザリンは大歓声だ。興奮したパンジーがドラコに抱きついたが、同じく興奮しているドラコは気が付いていないようだ。

 突然、観客が一斉にハリーの方を指さした。怜奈も同じようにハリーの方を見ると、箒がぐるぐる回り始めた。ハリーは冷や汗を流し、辛うじてしがみついている。次の瞬間、箒が荒々しく揺れてハリーを振り落とそうとした。怜奈は息を呑んだ。いまやハリーは片手だけで箒の柄にぶら下がっている。

 

 「どうしたのかしら……」

 

 「ふん。ポッターの奴、箒のコントロールができないんだ。やっぱり、あんな奴が代表選手に選ばれたのは間違いだったのさ」

 

 怜奈の呟きを拾ってドラコがそう言ったが、彼の声は震えていた。箒は激しく震え、今にも乗り手を振り落さんとしている。観客は恐怖で顔を引きつらせて総立ちになっている。

 きっと誰かが闇の魔法を使っているに違いない。怜奈はハリーから観客席に双眼鏡を向けて、教師の顔を一人一人確認した。遠方にいるハリーに呪いをかけることができるのは高度な闇の魔法だ。生徒ではなく、教師が犯人である可能性が高いと思ったのだ。すると、教師用の観覧席でそれらしき人物を二人見つけた。クィレルとセブルスである。どちらかが呪いをかけ、もう一方が反対呪文を唱えているのだろう。ハリーから目を逸らさず、瞬きすることなく口を動かし続けている。考えるまでもなく、クィレルが犯人だ。彼にはヴォルデモートが憑いている。奴がハリーを殺せと命じているのだろう。

 怜奈が気付かれないようにクィレルを見つめながら加勢するべきか否かと悩んでいると、急に彼が前に倒れた。誰かがクィレルにぶつかったのだ。間もなくして、セブルスが血相を変えて振り返った。よくよく見ると、セブルスのマントに焦げた跡があった。怜奈がハリーに視線を戻すと、もう箒は揺れていなかった。呪いが解けたのだ。

 ハリーが急降下した。そして、手で口を押さえて吐きそうな顔をした。四つん這いで着陸し、コホンと咳き込む。金色の物体が口から飛び出た。

 

 「スニッチを取ったぞ!」

 

 頭上高くスニッチを振りかざし、ハリーが叫んだ。

 混乱の内に試合は終了した。グリフィンドールを筆頭に、レイブンクローとハッフルパフの生徒達も勝利に沸いた。スリザリンだけは「ポッターはスニッチを取ったのではなく、飲み込んだのだ」と主張したが、認められなかった。ルールブックにも、スニッチを口でキャッチすることが反則だとは載っていないのだ。

 怜奈が談話室に入ると、生徒達が集まって今日の試合について口ぐちに文句をつけていた。

 

 「見たかい?ポッターのあの無様な姿を。あんな風に勝利して喜ぶなんて、まったくグリフィンドールは低レベルだよ。箒から落ちそうになったのも、スニッチを飲み込んだのも、技術が追いつかないくせに目立とうとしたからさ」

 

 ドラコは革張りのソファに踏ん反り返って揶揄したが、声を上げて嘲笑したのはクラッブ、ゴイル、パンジーといった近しい者だけだった。他は曖昧に笑っただけだ。試合に負けたのに不満はあったが、スリザリン生の多くも、ハリーが箒から落ちずにスニッチを取ったことを評価していた。

 悔しそうに顔を歪めるドラコを一瞥し、怜奈は自室に戻った。セブルスを陰ながら助けるべきかしら。それとも、知らないふりをしていた方が利口かしら。ヴォルデモートが本格的に動き始め、今後面倒事が増えるのが容易に想像できてしまい、怜奈は深い溜息をついた。

 

 




 セブルスとたくさん絡めることができて満足です。あと、やっと芒の名前を怜奈以外に呼ばせることができました。

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