倉橋家の姫君   作:クレイオ

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ダイアゴン横丁

 

 予定通り、7月31日に怜奈とスピカはダイアゴン横丁を訪れた。倉橋家の離れには煙突飛行ネットワークに加入している暖炉があるが、服が汚れるのを嫌う二人は付き添い姿現しでイギリスはロンドンに飛んだ。日本の魔法族はマグルと同じ服装で生活しているのだが、その格好でダイアゴン横丁を歩くと目立つ上、マグル嫌いのマルフォイ家が嫌がるのは目に見えていたので、怜奈もスピカも魔法族らしい装いだ。

 「漏れ鍋」という魔法族の間では有名なパブから横丁に入り、喫茶店でマルフォイ家を待つ。彼らは約束の時間きっかりにやって来た。

 

 「レイナ!」

 

 「ドラコ、久しぶりね。一か月ぶりかしら。ルシウス小父様もナルシッサ小母様もお久しぶりです」

 

 怜奈がそう言うと、ドラコは嬉しそうに頷き、マルフォイ夫妻は目を細めた。

 

 「ほんの一月会わないうちに、レイナはまた一段と美しくなったようだ」

 

 「あら、小父様ったらお上手ですわね。褒めても何も出ませんよ?」

 

 「私の娘を口説くのはやめてちょうだいよ、ルシウス」

 

 「でも、本当に綺麗だわ。その服も良く似合ってるし」

 

 「そうでしょう。私が見立てたの。レイナのミッドナイトブルーの髪と目を引き立たせるには、アイボリーがぴったりだわ」

 

 そのまま放っておくとスピカとナルシッサが服の話に花を咲かせると思った怜奈は、ドラコの手を取って少し大きな声で言った。

 

 「ねえ、早くお買い物して、ドラコや小父様達とお茶したいわ」

 

 すると、スピカもナルシッサもその通りだと頷いた。怜奈はルシウスとドラコがほっとした様子で自分に目配せするのに笑った。二人とも、レディ達の会話には口が出しにくいのである。

 倉橋親子もマルフォイ親子も、グリンゴッツ魔法銀行に行かなくても十分なお金を自宅から持って来ていたので、すぐに買い物を始めた。しかし、何分新入生というのは必要な学用品が多い。全員で固まって回るより手分けして回った方が効率的だということで、ルシウスが教科書を、スピカが鍋や望遠鏡等を、そしてナルシッサがドラコの杖を担当することにした。怜奈は既に、6歳の誕生日に自分の杖を買ってもらっているので必要ないのだ。ちなみに、彼女の杖は本体がヒノキ、芯が雪女の髪の毛で日本製である。

 怜奈とドラコは制服を仕立てるために「マダム・マルキンの洋装店」に行くことにした。二人が店に入ると、藤色の服を着たふくよかな魔女、マダム・マルキンが笑顔で出迎えた。

 

 「お嬢ちゃんと坊ちゃんはホグワーツの新入生かしら?」

 

 「ええ、制服をお願い。それから、私は普段着のローブを新調したいの。いくつか見繕っていただけるかしら」

 

 怜奈が言うと、マダムは大きく頷いて二人を踏み台に立たせ、店の者に採寸を頼んだ。魔女は黒く長いローブを二人の頭から被せてピンを留めていく。

 

 「新しく作るのか?」

 

 「背が伸びて不格好になっちゃったのよ。日本じゃローブなんて着ないから問題なかったけど、ホグワーツに通うとなれば別でしょ」

 

 怜奈の私服はマグルの少女と大差ない物だし、礼装は和服である。ローブなど、マルフォイ家に遊びに行く時くらいしか着なかったのだ。今日ローブを羽織ってそのことに気づき、せっかくだから全て買いなおすことにしたのである。

 

 「それなら、僕も選ぶのを手伝うよ。レイナなら何を着ても似合うだろうけど、一応ね」

 

 「あら、本当?ありがとう、助かるわ」

 

 怜奈が微笑むと、ドラコは青白い顔をピンクに染めて小さく口角を上げた。

 それから間もなくして、店の扉が開いた。ホグワーツの新入生らしい。ドラコの横の踏み台に立ったのは、くしゃくしゃな黒髪でメガネをした痩身の少年だった。怜奈はその少年が誰かわかっていたが、興味がなかったので一瞥しただけで前を向いた。一方ドラコは少年を上から下まで眺め、彼の服装がみすぼらしいことに気付くと、つんと澄ました顔をして少年に声をかけた。

 

 「やあ、君もホグワーツかい?」

 

 「うん」

 

 「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその先で杖を見てる」

 

 ドラコは気取った話し方をする。怜奈の前ではそうでもないが、彼のこの口調は通常である。ただ、一般人(魔法貴族でない人)にはあまり好ましく思われないだろう、と怜奈は思っていた。

 

 「これから、二人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。一年生が自分の箒を持っちゃいけないなんて、理由がわからないね。父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる」

 

 本人を前にしたら意見なんてちっとも出来ないのに。そう思うが、怜奈が口にすることはない。ドラコが尊大な物言いをするのは今に始まったことではないし、注意していじけられても困るからだ。

 

 「君は自分の箒を持ってるのかい?」

 

 「ううん」

 

 「クディッチはやるの?」

 

 「ううん」

 

 少年は「クディッチってなんだろう」という顔をしたが、自慢話で手いっぱいのドラコは気付かない。怜奈は彼の観察眼のなさを心の中で嘆いたが、そういえば11歳なんてこんなものだったかもしれないと思い直した。

 

 「僕はやるよ――父は僕が寮の代表選手に選ばれなかったらそれこそ犯罪だって言うんだ。僕もそう思うね。君はどの寮に入るかもう知ってるの?」

 

 「ううん」

 

  少年の眉がハの字を描く。きっと上手く答えられないことを情けなく思っているのだろう。

 

 「まあ、ほんとのところは、行ってみないとわからないけど。そうだろう?だけど僕はスリザリンに決まってるよ。僕の家族はみんなそうだったんだから……ハッフルパフなんかに入れられてみろよ。僕なら退学するな。そうだろう?」

 

 「ウーン」

 

 少年が相槌しかうたないことに飽きたのか、ドラコは怜奈の方を向いた。そこで初めて少年と目が合った。怜奈が会釈をすると、少年は顔を真っ赤にして慌てて会釈を返した。

 

 「レイナもスリザリンに決まってる。なんたってレイナは純血中の純血だ」

 

 「どうかしら。血は関係ないと思うけれど」

 

 我関せずの態度をとり続けていた怜奈だが、話を振られては答えない訳にもいかない。怜奈の答えにドラコが眉を寄せたが、怜奈は気にせずに微笑んだ。

 

 「でも、お父様もお母様もスリザリンの出身だし、セブルスもいるからスリザリンがいいわ」

 

 それから、怜奈は少年に目をやった。

 

 「どの寮に行くかはその人次第よ。私たちの言葉なんて気にしないでちょうだいね。それに、ここで会ったのも何かの縁だわ。寮が違っても仲良くしましょう」

 

 「ああ、うん!ぼ、僕の方こそ…」

 

 少年は頬を赤らめてもごもごと言った。怜奈は気にしなかったが、ドラコは面白くなさそうに窓の方を見た。そして、外に何かを見つけると少年の視線を怜奈から外させるように、窓の方を顎でしゃくった。

 

 「ほら、あの男を見てごらん!」

 

 そこにはボウボウの長い髪とモジャモジャの荒々しい髭をした、普通の人の倍以上ある大男が立っていた。男は二段のアイスクリームを両手に持っていて、それを掲げて、これがあるから店の中には入れないというジェスチャーをした。

 

 「あれ、ハグリットだよ。ホグワーツで働いてるんだ」

 

 少年はやや弾んだ声で言った。

 

 「ああ、聞いたことがある。一種の召使だろ?」

 

 「森の番人だよ」

 

 「そう、それだ。言うなれば野蛮人だって聞いたよ……学校の領地内のほったて小屋に住んでいて、しょっちゅう酔っ払って、魔法を使おうとして、自分のベッドに火をつけるんだそうだ」

 

 「ちょっと、ドラコ……」

 

 怜奈が諌めるが、ドラコは聞いていない。明らかにあの男は少年の知人なのに、どうしてそういう事を言うのだろう。もっと友好的に話せないのだろうか、と怜奈は思った。今までドラコが自分の前でこんな態度をとらなかったので放置してきたが、流石にこれはまずいかもしれない。再従弟のコミュニケーション能力に不安を覚えた怜奈は、ホグワーツでは自分が彼のフォローをし、そして矯正しようと考えた。このままでは倉橋の名に傷がつく。

 

 「彼って最高だと思うよ」

 

 少年の声は冷たい。ドラコは鼻先でせせら笑った。

 

 「どうして君と一緒なの?君の両親はどうしたの?」

 

 「死んだよ」

 

 「おや、ごめんなさい」

 

 少年がそっけなく答えると、ドラコは全く申し訳なく思っていない声で謝った。怜奈は小さく溜息をつく。例え思ってなくても、もう少し反省した演技をするべきだ、と。

 

 「でも、君の両親も僕らと同族なんだろう?」

 

 「魔法使いと魔女だよ。そういう意味で聞いてるんなら」

 

 「他の連中は入学させるべきじゃないと思うよ。そう思わないか?連中は僕らと同じじゃないんだ。僕らのやり方がわかるような育ち方をしてないんだ。手紙をもらうまではホグワーツのことだって聞いたこともなかった、なんて奴もいるんだ。考えられないようなことだよ。入学は昔からの魔法使い名門家族に限るべきだと思うよ」

 

 少年がぎゅっと眉を寄せた。それを見た怜奈はドラコを睨み、やや低い声で彼の発言を窘めた。

 

 「ドラコ、私の前で純血主義を主張しないでって何度言ったらわかるの。マグルはマグルなりに魔法なしで快適に生活しているし、彼らの生活の方が便利な部分もあるわ。それに、マグル生まれがいなきゃ、今ごろ魔法族は絶滅の危機に瀕しているところよ」

 

 「でもレイナ……!」

 

 「でも、じゃないわ。いいこと、この話はもうお終いにしましょう」

 

 怜奈がそう言った時、ちょうど少年の採寸が終わった。先に来た怜奈達の方が時間がかかっていることが気になるが、それでもドラコと少年が離れられる方がいい。

 

 「ごめんなさいね。ホグワーツで会いましょう」

 

 逃げるように店を出る少年の背中に声をかける。少年は怜奈のセリフにぎこちなく頷いて、あの大男とダイアゴン横丁の雑踏に消えていった。

 

 「お二人の採寸も終わりましたよ。さあ、お嬢ちゃん。何点かサイズの合うものを選んだのだけど、どれがいいかしら?いいものがなかったらオーダーメイドという手もあるけど」

 

 マダムが色とりどりのローブを怜奈の前に広げた。怜奈はそれらを一瞥してからドラコの方を向く。彼は怜奈に諌められたことが大層不服な様子で、完全に不機嫌になっていた。怜奈は苦笑して、ドラコの顔を覗き込むようにして言った。

 

 「ねえ、ドラコ。ローブ選んでくれるんでしょう。私、あなたが気に入ったローブが着たいわ」

 

 ドラコはぴくりと片眉を上げ、怜奈の顔を見た。そして、一拍置いて軽く息を吐いてマダムの広げたローブに目をやった。

 その後数分間ドラコを煽てれば、店を出るころには彼の機嫌は直っていた。

怜奈とドラコはスピカ達と合流し、老舗の杖専門店「オリバンダー杖店」でドラコの杖を買った後、ウィルトシャーにあるマルフォイ邸でアフタヌーンティーを楽しんだ。

ちなみに、ドラコはルシウスに箒が欲しいとは言ったが、一年生は必要ないと一蹴されていた。箒用具店を恨めしそうに眺めるドラコを見て、怜奈は彼にばれないように笑った。

 

 

 




怜奈は純血主義者ではありません。ドラコを諌めるのは、血縁者であるドラコが純血主義を主張することで倉橋家の品位が下がらないようにするためです。また、将来的に純血主義が下火になるのを知っているからでもあり、前世での自分を侮辱されているように感じるからでもあります。

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