倉橋家の姫君   作:クレイオ

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ドラゴンと減点

 

 春になり、寒さが緩んで過ごしやすくなると、各授業で山のように課題が出るようになった。怜奈は復活祭の休暇にも日本に帰省したが、その時は自宅の庭園で花見をした程度で、残りはずっと課題や自主勉強に追われた。

 スリザリンの寮生は目に見えて慌てた様子はなかったが、やはり課題の多さには参っている様子だった。怜奈はよくドラコやパンジーに頼まれてレポートの添削をしたが、クラッブとゴイルは自分がどこをわかっていないか理解していない様子だったので、何とも手の施しようがなかった。

 図書室では、怜奈とリアンとセドリックで勉強することも度々あった。セドリックが怜奈に「なんとかリアンに羽ペンを取らせてくれ」と頼んだからである。怜奈とセドリックが二人がかりで監視すれば、いくら勉強嫌いのリアンでもやらざるを得なかった。どうして一年生の自分が三年生に勉強を教えているのかしらと思いながらも、怜奈はリアンに魔法薬学を教えた。放っておくと、リアンの羊皮紙にはミミズが這ったような文字が躍った。

 

 初夏のある日、図書館で勉強を終えた怜奈が談話室に戻ると、やけに機嫌の良いドラコがいた。ここ一週間は妙ににやついていたが、今日は特に酷い。くたびれた羊皮紙を持って意地悪な笑みを浮かべている。怜奈が少し不気味に思いながら近づくと、ドラコはその紙をさっと本の間に挿んだ。

 

 「……何の悪巧みをしているの?」

 

 「大したことじゃないよ。ただ、馬鹿な真似をしている奴らをまとめて追い出してやるだけさ」

 

 「そう……何をしようと構わないけれど、策に溺れるような真似はしないことね。あなたは詰めが甘いのだから」

 

 怜奈が呆れた声を出すと、ドラコはわかっているという風に手をひらひらさせて男子寮に消えて行った。その様子を見て、怜奈は不安で仕方なかった。

 

 翌日、怜奈が朝食をとりに大広間に行くと、いつもスリザリンテーブルの真ん中に陣取っているドラコが端の方で小さくなっているのを見つけた。隣に座るパンジーがしきりに何事か声をかけて慰めている。周囲のスリザリン生達もドラコの様子を気にしていたが、それよりも広間の前方を見て騒ぐ生徒の方が多かった。よく見ると、他寮の生徒もそちらを見て騒いでおり、特にグリフィンドールのテーブルからは悲鳴さえ上がっていた。不思議に思って怜奈も広間の前方を見て、目を疑う光景に思わず呆然とした。

 

 「うそ……」

 

 ぽかっと口を開けたままなのに気付いて、慌てて口元を引き結ぶ。―昨日まで最も多かったグリフィンドール寮の砂時計の赤い砂が、ごっそりと減っていた。数字を見ると150点もマイナスになっている。その衝撃で印象が薄れているが、スリザリン寮からも20点減点されていた。

 その日の午後には学校中に噂が広まっていた。

 

 「あの“ハリー・ポッター”が何人かの馬鹿な一年生と一緒になって、寮の得点を大量に失ったらしい」

 

 怜奈がしょぼくれるドラコを問い詰めたところによると、ハグリットが違法に入手したドラゴンの赤ん坊を、ハリーとハーマイオニーが夜中に運び出してマクゴナガルに見つかったらしい。ドラコはその情報を事前に手にし、教師に告げ口してハリー達を嵌めようとしたのだとか。けれど、結局深夜に徘徊していたドラコも減点され、なぜかネビル・ロングボトムもとばっちりを喰ったようだ。

 

 「私の忠告がすっかり頭から抜け落ちていたようね」

 

 怜奈が冷たく言うと、ドラコは一層体を小さくした。

 学校で最も有名だったハリーは、一夜にして一番の嫌われ者になった。レイブンクローやハッフルパフでさえ敵に回った。皆スリザリンから寮杯が奪われるのを楽しみにしていたからだ。どこへ行っても、皆がハリーを指さし、声を潜めることもせず、おおっぴらに悪口を言った。一方スリザリン寮生は、ハリーが通るたびに拍手をし、口笛を吹き、「ポッター、ありがとうよ。借りができたぜ!」とはやしたてた。

 常ならば先陣を切ってハリー達をはやすはずのドラコだったが、今回は自分も寮の点を20点も減らしたことで、何も言わずにクラッブとゴイルの巨体に隠れて視線をやり過ごした。

 

 試験まで一週間を切ったある朝、ドラコのもとに一通の手紙が届いた。手紙は罰則に関するものだった。

 

 「夜十一時?一体何をやらせるつもりなんだ。妙な罰則だったら父上に言いつけてやる」

 

 「大人しくお受けなさい。小父様に言ったところで一蹴されるだけでしょうね。むしろあなたが叱られると思うわ」

 

 文句を垂れるドラコを怜奈が一喝すると、彼はたちまち口を閉じた。

 その夜、ドラコは重い足取りで談話室を後にした。怜奈を筆頭に、クラッブ、ゴイル、パンジーの四人は談話室でドラコの帰りを待つことにしたが、すぐにクラッブとゴイルの二人が船を漕ぎ始めた。

 

 「あなた達、眠いのなら部屋に戻りなさい。ドラコには私がうまく言っておくから」

 

 見かねた怜奈が声をかけると、二人は覚束ない足で部屋に帰っていった。怜奈とパンジーは試験勉強をしながら時間を潰していたが、十二時を少し回ったところでパンジーの羽ペンが止まり始め、羊皮紙には解読不明の文字が並びだした。

 

 「パンジー、ベッドに行きなさい」

 

 「ダメよ―ドラコが戻るまで、待ってなくちゃ」

 

 「睡眠不足はお肌に悪いのよ。あなた、美しくない容姿でドラコを迎えたいのかしら?」

 

 怜奈がそう言うと、パンジーは名残惜しそうにしながらも部屋に戻った。

 それから怜奈は一人、天文学で必要な星の名前と役割を復習した。たまに襲ってくる眠気をカフェインと苦みたっぷりの抹茶を飲むことで誤魔化し、ひたすらドラコの帰りを待った。

 時計の針が二時近くに届いた時、談話室の扉が勢いよく開いてドラコが飛び込んできた。ドラコは酷く怯え、慌てた様子だった。白い肌は一層白くなり、いつもはきっちり整えられているプラチナ・ブロンドの髪が乱れ、額には汗が滲んでいる。

 

 「ドラコ、一体どうしたの!」

 

 「森で……ユニコーンが―…銀色の血……血、マントの奴が……血を……!」

 

 ドラコは息も絶え絶えで、話は支離滅裂だった。しかし、罰則で酷く恐ろしいことを経験したというのは怜奈にも分かった。

 

 「まずは落ち着きましょう。ほら、これを飲んで」

 

 怜奈はドラコをソファに座らせ、杖を振って出したカモミールティーを飲ませた。温かいそれを飲む内に、ドラコは大分落ち着いたようだ。頬に赤みが戻り、乱れた髪を撫でつける余裕を取り戻した。

 改めて尋ねると、ドラコ、ハリー、ハーマイオニー、ネビルは罰則で森に入り傷ついたユニコーンを探していたところ、ユニコーンを襲ってその血を飲む謎の人影を目撃したという。怜奈は、例え罰則でも生徒が「禁じられた森」に入ったことに息を呑んだ。そうと知っていれば芒を同行させたのに。一方で、ユニコーンの血を飲むという禁忌を犯すような危険人物と遭遇したにも関わらず、ドラコが怪我一つなく戻ったことを喜んだ。

 

 「とにかく、ドラコが無事でよかったわ。もう寝てしまいなさい。明日起きれば恐怖も薄れているわよ」

 

 怜奈はそう言って、ドラコを部屋まで送り届けた。自分の部屋のベッドに潜りこんで目を閉じる前、きっとその人影はクィレルなんだろうと怜奈は考えた。

 

 




 今回はかなりあっさりした仕上がり。ドラコと一緒に減点させて罰則を受けさせることも考えましたが、ただ長くなるだけになりそうなのでやめました。

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