新学期が始まると、また怜奈は図書館と地下牢に入り浸るようになった。
クリスマスにセブルスからもらった本に載っている薬を調合するのは楽しかったが、今までのように一度で成功することは出来なかった。扱いの難しい材料が多く、粉末の量が一グラムでも多いと液体が固まったり、材料を刻む回数が一回でも少ないと全く効果が出なかったりした。怜奈は調合の度にセブルスにレポートを提出し、どこがいけなかったのか考えるのに苦労した。
クリスマス休暇前と変わったことといえば、パンジー・パーキンソンと話し、共に行動する機会が増えたということか。入学当初からドラコという共通の知人がいたため、他の女子学生と比べると接することが多かったのだが、身分差とでもいうのだろうか。両者の間には壁があった。怜奈は気にしていなかったが、パンジーが気後れしているようで、常に怜奈の動向を探っている雰囲気があった。
しかし休暇初日、怜奈がパンジーに気を利かせて、ホグワーツ特急のコンパートメントで席を譲ってあげたことが彼女の琴線に触れたらしい。
「私、あなたのことを誤解してたみたい。クラハシは日本の魔法貴族だし、ブラック家令嬢の血を引いてるし、パーキンソン家なんて見下してると思ってたけど、そうじゃなかったのね」
新学期一日目、談話室のソファに座って芒を撫でている怜奈の前に立ったパンジーが、きらきらした目をして早口にまくし立てた。
「ねえ、レイナって呼んでもいいかしら?私のことはパンジーって呼んでちょうだい。ミス・パーキンソンなんてよそよそしいじゃない?」
あまりの変わり様に暫く固まっていた怜奈だが、同寮に同じ歳の友人がいるのは悪いことではない。パンジーは純血主義でグリフィンドールを異常に敵視している点を除けば、悪い人間ではない。怜奈と相反する主義を掲げているが、それはドラコも同じであるし、どうしても気になるならば怜奈が矯正すればいい。直らければ縁を切ればいいだけだ。パンジーはドラコと違い、倉橋の身内ではないのだから。
「ええ、改めてよろしくね。パンジー」
打算的な考えを心の奥底に隠し、怜奈は綺麗に微笑んだ。にっこりと笑い返したパンジーは、周囲をきょろきょろと見回して、頬を染めながら怜奈に耳打ちした。
「それと、レイナは気付いてると思うけど……その、ドラコのこと…」
「あなたの恋を応援すると約束はできないけど、邪魔するつもりなんてないわ――え、私がドラコのことを?いやだ、絶対にないわよ。だって、あの子は弟みたいなものなんだもの。ドラコだって同じよ。本当だったら」
パンジーの見当違いの考えを即座に否定し、今度こそ怜奈は本当に笑った。
ある日、怜奈が寮へ帰ると談話室でクィディッチ・チームのキャプテン、フリントがソファの肘掛部分に腰掛けて、たくさんの生徒の中心で声高にこう言っていた。
「次のグリフィンドール対ハッフルパフの試合では、我らが寮監、スネイプ教授が審判をやってくださるぞ!」
怜奈は目を丸くして、近くにいたパンジーに尋ねた。
「ねえ、ミスター・フリントの話は本当なの?彼の勘違いじゃなくって?」
「本当よ!これでグリフィンドールの負けは決まったも同然ね。スネイプ先生がスリザリンの不利になるジャッジをなさるわけないもの」
パンジーは興奮で頬を真っ赤に染めて頷いた。
怜奈は最後まで懐疑的だったが、当日にピッチに立つセブルスの姿を見れば認めざるを得なかった。前回の試合を踏まえ、クィレルに呪いをかけさせないために審判を買って出たのかもしれない、と怜奈は思った。しかし怜奈以外の生徒全員は、セブルスがグリフィンドールの勝利を阻むために審判になったと考えているだろう。何も知らなければ怜奈も同じように考えていたはずだ。ただ一つ確実に言えることは、セブルスに明るい色の審判服は似合わないということだ。
「あら、校長まで見に来ているのね」
学校中が観戦しているといっても過言ではない。溢れかえる人の中、目立つ銀の髭を蓄えた老魔法使いの姿を見て怜奈が声を上げた。ダンブルドアが来るのだったら、わざわざセブルスが審判になる必要もなかったのに。同じことを考えているのか、セブルスの顔は苦々しげだった。
「ねえ、それよりドラコ達はまだかしら。折角席を取っておいたのに」
パンジーが唇を尖らせる。確かに、スリザリンの観客席にはドラコとクラッブとゴイルの姿がなかった。
「さあ、どこかしらね。探しに行ったらどう?」
適当な返事をして、怜奈は双眼鏡を覗き込む。ピッチに入場したハッフルパフの選手の中に、リアンとセドリックの姿を見つけた。セドリックは宣言通り、怜奈が贈ったクィディッチ用ゴーグルを着けている。怜奈は嬉しくなって、聞こえないと知りながら「頑張れ」と呟いた。
試合が始まった。間もなく、ジョージ・ウィーズリーがブラッジャーをセブルスの方に打ったという理由で、セブルスがハッフルパフにペナルティー・シュートを与えた。
「もう、ドラコったら本当にどこにいるのかしら。私、ちょっと探してくるわ」
少ししてパンジーが言った。セブルスが何の理由もなくハッフルパフにペナルティー・シュートを与えた所だ。怜奈が観客席を降りて行くパンジーを眺めていると、突然大歓声が起こった。慌てて視線をピッチに戻すと、ハリーが急降下していた。ハリーは弾丸のように一直線に地面に向かって突っ込んでいく。遅れてセドリックがそれを追った。
「ああ、頑張って、セドリック!」
立ちあがって、怜奈が囁くように叫んだ。ハリーがセブルスめがけて突進する。気付いたセブルスが箒の向きを変えると、その直後に耳元をハリーが掠めて行った。次の瞬間、ハリーは急降下をやめて意気揚々と手を挙げた。怜奈の期待虚しく、その手にはスニッチが握られていた。
「ハリーがスニッチを取った!試合終了―グリフィンドールの勝利です!グリフィンドールが寮対抗の首位に立ちました!」
グリフィンドールの生徒がどっとピッチに流れ込んでハリーを肩車した。お祭り騒ぎのグリフィンドールとは対照的に、スリザリン生は悪態をつきながら城に戻っていく。怜奈も帰ろうかと思ったが、リアンとセドリックに声をかけないまま戻るのは憚られた。
負けた直後に声をかけるのは不躾かしら。怜奈は不安に思いながらハッフルパフ側の更衣室の外で待った。選手たちは思ったよりも早くに出てきた。皆、一人で佇む怜奈を見てぎょっとしていたが、怜奈は素知らぬふりをして待ち続けた。
「レイナ様!どうしたんですか?」
先に出てきたリアンが目を丸くして怜奈に駆け寄った。すぐ後ろにいたセドリックも同じような事を言った。
「セドリックがゴーグルを着けてくれていたから、お礼を言おうと思ったの。本当は、その……来ない方がいいかしらって思ったのだけれど」
怜奈が目を泳がせながら言うと、二人は苦笑いを浮かべた。
「折角もらったのに、使うチャンスがなかったね」
「いえ、そういうつもりじゃないの。ただ……」
「大丈夫、俺もセドリックも分かってますよ。それに、気にしてません。次に勝てば済むことですから」
怜奈が慌てると、リアンが安心させるように笑った。セドリックも頷いていて、二人は本当に敗北を気にしていないようだった。悔しさは窺えたが、そこに負の感情は一切見えない。怜奈もようやくほっとして、普段通りに口角を上げた。
「また応援に行くわ。その時もゴーグルを着けてちょうだいね」
「もちろんさ。次こそこれを役立てて、スニッチを取ってみせるよ」
セドリックがゴーグルに手をやって力強く告げる。怜奈が嬉しそうに頷くと、リアンがセドリックの肩に肘を置いて言った。
「レイナ様、セドリックだけじゃなくて俺の雄姿も見てくださいね」
「当たり前じゃない。絶対に応援する、約束するわ」
二人が目を細めて怜奈を見つめたので、怜奈は少し恥ずかしくなって、二人を城に戻るように急かした。だがその照れ隠しはばれていた様子で、リアンもセドリックも終始微笑ましい顔をしているので、ついに怜奈は顔を赤くして唇を尖らせてしまった。それでも上級生の二人は楽しそうに笑っていた。
同じ寮にいるのだから、もっとスリザリンの生徒と仲良くさせるべきだろうと思い、まずはパンジーから。ただし、原作によく登場するスリザリン女子生徒はパンジー位しかいないので、女友達はパンジーしか出ないかも。