倉橋家の姫君   作:クレイオ

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帰省

 十二月に入ると、皆がクリスマス休暇を心待ちにして浮足立った。スリザリンの談話室では暖炉の炎が轟々と燃えていたが、そもそも地下にあるため、大広間や教室に比べると随分寒かった。だが、魔法薬学の地下牢教室よりマシだった。地下牢に暖炉はなく、生徒達は出来るだけ熱い釜に近付いて暖を取った。寒さに強い怜奈も、この時ばかりは大釜の火で指先を温めた。

 

 「かわいそうに」

 

 魔法薬の授業中、怜奈がカサゴの脊椎の粉末を釜に加えている隣でドラコが言った。

 

 「家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」

 

 クラッブとゴイルがくすくす笑ったが、窘めるように怜奈が一瞥すると口を閉じて調合に意識を戻した。

 怜奈はクリスマス休暇に帰省することにしていた。家族も使用人も怜奈の帰省を望んでいたし、怜奈も久しぶりに日本へ帰れることを楽しみにしていた。

 夕食の時間、怜奈が広間に入るとそこはクリスマス仕様になっていた。柊や宿木が綱のように編まれて壁に飾られ、クリスマスツリーが十二本もそびえ立っていた。小さな氷柱でキラキラ光るツリーもあれば、何百という蝋燭で輝いているツリーもあった。倉橋家でもクリスマスの装飾は行われるが、怜奈はこれ程見事なものは見たことがなかった。

 

 「レイナ様、こんばんは」

 

 「あら、リアン。セドリックも、こんばんは」

 

 「やあ、レイナ」

 

 怜奈が席に着くと、すぐ後ろの席にリアンとセドリックが座った。

 

 「レイナ様は日本に帰省するんですよね。プレゼントはご実家に届ければいいですか?」

 

 「ええ、愛さんにお願いして届けてちょうだい。イギリスから日本へ梟を飛ばすのは難しいでしょうから」

 

 愛とはリアンの母親である。彼女は倉橋家庶流の出身なので、倉橋家特有の方法で瞬時に日本に手紙や郵便物を届けることができる。怜奈の言葉にリアンが頷いた。

 

 「僕もレイナにクリスマスプレゼントを贈りたいんだけど、リアンに頼んだ方がいいかい?」

 

 「そちらの方が早いと思うわ。今から梟を飛ばしたのでは、日本に着くのは年末になってしまうと思うから。私も二人にプレゼントを準備したから楽しみにしていてね」

 

 セドリックの問いに怜奈がそう返すと、リアンと共に相好を崩した。既にイギリス在住の友人・知人にはプレゼントを準備し終え、ホグズミードにある郵便局に配送を頼んである。怜奈からのプレゼントはクリスマスの朝にきちんと届くだろう。

 クリスマス休暇が始まる朝は学校中が慌ただしかった。帰省のため、殆どの生徒がホグズミード駅からホグワーツ特急に乗りこんだ。城から駅までは馬車で向かったが、怜奈は馬車を引く馬を見て驚いた。それが死を見たものにしか視認できないという天馬・セストラルだったからである。きっと自分の死を経験したから見えるんだと怜奈は納得した。

 

 「――私、別のコンパートメントに行くわ。あなた達はどうぞごゆっくり」

 

 汽車に乗り込み、荷物を運びこんでくれたゴイルの後をついてコンパートメントに移動した怜奈だったが、個室の中でパンジーがドラコに熱い視線を送っているのを目撃してそう言った。怜奈が入ると定員オーバーになるし、恋する乙女の邪魔をするほど野暮ではない。引きとめようとするドラコを無視し、怜奈はゴイルから自分の荷物をもらってコンパートメントを出た。

 

 「ありがとう、クラハシ。今度お礼するわ」

 

 扉を閉める寸前、頬を染めたパンジーが耳打ちした。怜奈はその言葉に微笑み、席を探しに出た。

 通路を歩きながら空席を探すが、中々いい席は見つからなかった。既に生徒達はグループを作って各コンパートメントを占領していた。怜奈に気付いたスリザリン生が相席を申し出てくれたが、キングズ・クロス駅までの道中、ずっとおべっかを使われるのも疲れるので遠慮した。

 

 「あれ、レイナじゃないか。どうしたの?」

 

 後方の車両へ向かっている時、あるコンパートメントから顔を出して話しかけてくれたのはセドリックだった。彼の肩越しにはリアンが見える。他に生徒はおらず、二人だけのようだ。

 

 「席を探しているの。もしお邪魔でなければ相席させて頂けないかしら」

 

 怜奈が小首を傾げて尋ねると、セドリックは大きく頷いて怜奈を招き入れた。リアンがトランクケースを荷台に積み上げてくれた。

 

 「ありがとう、助かったわ。親しい方が少ないものだから、困っていたの」

 

 「マルフォイはどうしたんです?いつも一緒じゃないですか」

 

 席に座り、膝に乗った芒の背を撫でながら言うと、リアンが不思議そうに声を上げた。

 

 「最初は同じコンパートメントに入るつもりだったのだけど、彼に夢中な女の子が座っていたの。席もいっぱいだったし、お邪魔するのも悪いから抜けて来たのよ」

 

 怜奈が苦笑しながら答えると、芒がその通りだと言うように一声鳴いた。リアンが驚いたように「へえ」と漏らし、セドリックが面白そうに笑う。

 

 「さすがマルフォイ家の子息だね。もう彼女がいるのかい?」

 

 「彼女という訳ではないわ。でも、ドラコも満更でもない様子なの。あの二人を見ていると微笑ましいわ」

 

 「そういうレイナ様もモテるでしょう。ハッフルパフでも随分人気ですよ」

 

 怜奈が大人びた発言をすると、リアンがにやにやしながら言った。セドリックが眉を寄せてリアンの腹を肘で突く。怜奈はくすくす笑って首を横に振った。

 

 「さあ、どうかしら。直接アプローチされたことはないわ。ドラコが目を光らせているみたい。それに、私はスリザリン生だから他寮の方との接点が少ないし、同寮の方からの好意はどうしても家を通して見られているように思えてしまうの。恋愛感情を抱くような殿方はいらっしゃらないわ」

 

 「僕たちはレイナの家柄なんて気にしてないよ」

 

 セドリックが真摯な目をして言う。怜奈は目を丸くしたが、すぐに口角を上げた。

 

 「もちろん分かっているわ。二人は大切なお友達ですもの。感謝しています」

 

 そう言うと、リアンもセドリックも頬を染めて照れ臭そうに微笑んだ。

 それから三人は、車内販売でかぼちゃジュースとお菓子を買った。怜奈は二人の勧めで、生まれて初めてバーティー・ボッツの百味ビーンズを食べた。怜奈が口にしたのはブルーベリージャム味だったが、リアンはトウガラシ味を引いて噎せ返った。セドリックは怜奈が変な味を引き当てないように、一緒にビーンズを選んでくれた。

 車中での時間はあっという間に過ぎていった。怜奈は同年代の子供たちと同じように、ふざけながら過ごしたのは初めてだった。ホグワーツ入学前は倉橋本家令嬢として他の子供と対等に接する機会はなかったし、入学後も寮内で他の生徒と一線を引いて接していたからだ。ころころと声を上げて笑う怜奈を見て、芒が嬉しそうに尻尾を振った。

 

 「それじゃあ、ここでお別れだね」

 

 駅に着き、親が迎えに来ていることに気付いたセドリックが名残惜しそうに言った。怜奈がホームを見回すと、数人の魔法使いと魔女に囲まれた母、スピカを見つけた。怜奈と目が合うと、スピカは彼らを振り切ってこちらに歩いてきた。

 

 「楽しかったわ。また新年に会いましょう」

 

 「そうですね。レイナ様、セドリック、いいクリスマスを」

 

 「ああ、君達もね」

 

 そこで三人は別れた。セドリックは母親らしき人物と合流し、リオンは一人で改札口に続く列に並んだ。怜奈は四カ月ぶりに会うスピカと抱擁を交わした。

 

 「お母様、ただいま戻りました」

 

 「お帰り、レイナ。元気そうで安心したわ」

 

 二人は付き添い姿くらましで日本の倉橋本家邸宅に帰った。中門前に現れると使用人が総出で出迎え、弟の泰生が怜奈に抱きついた。怜奈は満面の笑みで「ただいま」と声を上げた。

 

 




 一年生でも、一時帰省の時は馬車に乗るんだろうか。転生者はセストラルが見えるんだろうか。色々考えましたが、まあ大丈夫だろう…と。
 そういえば、初めてパンジーが喋りましたね。

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