I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
学園に滞在してから二週間が過ぎた――
クラスにはそこそこ馴染む事が出来、同様にISの制御も徐々にではあるが慣れる事が出来ていた。
千冬と真耶の助力もあり、士郎とセイバーはそれなりに学園生活を楽しめていた。
だがそれは、本来の目的を除いた話でのものだ。
魔術的概要、自分たちが此処に来た理由、また、元の世界に帰る手段は一向に思いつかず、方法は見つからないままでいた。
色々と模索はしているが、士郎自身に出来るものなど僅な事しかない。無上にも時間だけが過ぎていく。
僅か二週間、されど二週間――
体調を整える事も重要なもの。千冬や真耶、セイバーにゆっくり休むように言われもした。それほどまでに無理をした士郎の顔には焦燥感が出ていたのだろう。彼自身全く意識はしていなかった。
特に協力してくれている教師ふたりからみれば、魔術というものは当然解る筈もない。彼女たちが手助け出来るものといえば、言葉をかける事だけだった。
焦る必要はない、焦っても、どうする事も出来ないんだ――
無理はしちゃいけませんよ、不安と心配はあるでしょうけれど、少しずつ変えていきましょう――
こんな事しか言えなくてすまない――
ごめんなさい、こんな事しか言えなくて――
確かに、親身になってくれるのはありがたい。千冬と真耶からすれば言葉だけしかかける事が出来ず、力になれずすまないと謝られもしたが、そんな事はない。言葉をかけてもらえることが何より励みになった。だが逆に、それは何時までも世話になるわけにも行かないというのが士郎の正直な本心でもあった。
先立つものにはお金がある。政府公認の男性操縦者というものがまだ非公式ではあるが認められているため、表立ったものではないが援助がされている。生活分などはそこから工面してはいるが、考える事は色々と出てくる。
ひとりで抱えるにも限界はやってくるものだった。
サーヴァントは英霊の座に戻るという方法があるが、それはサーヴァントが倒れ伏した場合のみ。士郎にとっては別の話だ。
日本とは言え、此処は自分の知る世界とは別の世界、見知らぬ世界へ放り込まれ、そこで生きて行くなど並大抵ではない。
現にセイバーが傍に居てくれた事、並びに織斑千冬、山田真耶という理解者が居てくれた事が、今の衛宮士郎が此処に居られる現状であり、現実であった。
この幸運がなければ、士郎は絶望し、早々に諦めさえもしていた事だろう。
なんとかしなくてはならない。だが、その方法が自分にはない。
どうする事も出来ないジレンマ、歯痒い無力さに、士郎は今宵幾度目かになる溜息をついていた。
士郎の心情がそろそろ限界に近いのをセイバーも感じ取っていた。傍に居るだけに、日に日に焦燥しきる彼を見るのは忍びなかった。
それと同時に、助けてあげたくても魔術絡みの事ではセイバー自身に方法がなく、無力な己が恨めしかった。
その為か、ひとつの結論を彼女は口にする。
「シロウ」
「……ん?」
ベッドに腰掛けたまま返事はするが、声音は疲れを含んだもの。
セイバーは視線を向けたまま続けていた。
「考えたのですが、このままでもいいのではないでしょうか?」
「…………」
このままとは?
その意味を理解できず、士郎の視線がセイバーへ向けられる。
「このまま、この世界に留まるという事も」
「……それは……」
「確かに、元の世界に戻る方法はあるかもしれません。だが、それは今の私たちにはどうする事も出来ない」
「…………」
「シロウ……私は、アナタを見ているのが忍びない。同時に、あなたの力に何ひとつなれていない自分が情けない……本当にすまない……」
頭を下げるセイバーに、士郎はやめてくれと一言零す。
「なんでさ。そんな事はない。セイバーが居てくれるから頑張れる。支えてくれるだけで本当に感謝している。そりゃ今は手がないかもしれないけれど、それでも元の世界に戻れるよう努力する。だからセイバー……」
そこで言葉を区切り、士郎は愛する女性をまっすぐに見入る。
「ひとりで抱え込んでいた……ごめん。こんな不甲斐無い俺に、どうか力を貸してほしい」
「無論です。私はシロウの剣となり、如何なるものからアナタを護ると誓いました。例えどのような事があろうとも、私は、シロウ、アナタとともにあります。だからどうか、ひとりでは背負い込まないでください。及ばずながら、私が力になりますから」
「サンキュー、セイバー」
「…………」
僅かではあるが、表情はいつもの士郎に戻ってくれた事がセイバーは嬉しかった。
少しでも元気になってもらう為、暗い話を払拭するように彼女は話を続けていた。
「ISの方はどうですか、シロウ」
「相変わらずかな? 最初の頃よりは動かす事に抵抗は無くなったと思う。飛ぶ事も完全じゃないけれど、まず墜落しなくなったしな」
士郎もISでの模擬戦を行っている。
初心者故、扱いは拙いもの。訓練機の打鉄、ラファール・リヴァイヴはなんとか思うようには動かせる事は出来る。形だけは、ではあるが。
試合は思うように行きはしない。近接戦闘のブレードに関しては戦えなくは無いが、銃器に関してはからっきしだ。何より初めて扱うのだから。
間合いを離された途端に何も出来なくなる事が多々あった。
訓練機同士での模擬戦は当然だが、男性操縦者と言う立場上からデータ取りとして専用機持ちとも模擬戦を幾度となく繰り返していた。
結果から言えば、士郎は専用機持ちたちと戦って勝率はゼロ。真っ当な試合運びにすらなっていなかった。
特にシャルロットとセシリア、ラウラに対しては手も足も出なかった。格好の的として撃ち落される。
そんな中、士郎と模擬戦を終えたセシリアは、彼に対して気になる事が心に引っかかっていた。
状況に応じて、瞬時に判断処理する能力に長けているのでは――?
結果的に模擬戦はセシリアの圧勝だった。だが、彼女は『もしも』と考えていた。
あくまでも士郎は初心者である。また、IS稼働時間が僅かであるのは揺ぎ無い事実だ。だが、そんな事は然したる問題では無いのではと捉えていた。
そう思える節がある。実際戦闘中に数えるぐらいではあるが、こちらの反応を上回るような動きを見せかけていた事があった。それらも巧く次へと運べはしなかったのだが、その行動は、実力をつけていた場合ならば、また違う結果にも成りえていた。偶々だと言われればそれまでではあるが。
何が言いたいかといえば、セシリアから見ての『衛宮士郎』という男は、基礎をしっかり熟知し補うところを補い、伸ばすところを伸ばしさえすれば、短期間でも如何様にも化ける人間であると彼女なりに評価していた。そんな事は絶対に在りえないと否定しないのもセシリアなりの印象でもある。
(もしや、衛宮さんはとんだ食わせ者……此処で言うならば、狸と言ったところでしょうか……いえ、考えすぎですわね)
だが、セシリアと同様に箒もまたひとつ思う事があった。接近戦で幾度と士郎と鍔迫り合った際に、相手から何か異様なものを受けたのは事実だった。ブレードによる戦闘に関して、何処か場慣れしているような雰囲気が感じ取れたからだ。深くは考えず、気のせいかと箒は軽く流しはしたのだが。
総合して専用機持ちたちは士郎を侮ってはいない。厳密に言えば、今現在は実力の差があるとは見ているが油断はしていないつもりだ。
それは何故か――
全ての戦闘時において、圧倒的差があるにも、例え絶対的に不利な状況であろうとも、士郎の眼には決して諦めが浮かんでいなかったからだ。
追い詰められようとも――それはまるで起死回生を狙うかのような、僅かな綻び、小さな針の穴さえあれば、そこから一気に畳み掛け巻き返すような気概さえ宿した双眸。
ISの動きが例え拙かろうとも、その眼を前にしては、専用機持ちたちは言葉にならない違和感を受けていた。相手は初心者であるというのは解っているが、それでも全力で叩き伏せなければ此方が気圧されるという一抹の不安さえ覚えもした。
とは言え、気概だけで勝負を覆せるわけでもない事は確かだ。
あくまでもそれはイメージからのもの。それに対して明確な根拠があるのかと問われれば、見合った答えを用意する事は出来ないだろう。思い過ごしと言えばその通りだ。
何にせよ、衛宮士郎に対して各々思う事を感じ、意識はしているのだった。
己の実力だけで扱う士郎の現状IS操作は以上のもの。では、もうひとりのIS操縦はどうなのかと言えば――
別の意味で最悪だった。
対する相手、その人間全てに負けていないのだから。それは専用機持ちたちも例外ではない。
専用機待ち、挙句はふたり除いた各国代表候補生を、ぽっと出の転入生が圧倒している事……それは勿論ただ事ではない。
ただえさえ面倒なところに、更に厄介な問題をひとつセイバーは持っていた。
打鉄であろうとも、ラファール・リヴァイヴであろうとも、彼女はブレードしか使わない。そう、射撃武装を一切使わないのだ。
事実、セイバーはブレード一本で尽く斬り伏せていた。文字通り『ブレード一本』でだ。
一夏の白式、箒の紅椿、鈴の甲龍までは、まだ誤魔化しが効く。
だが、シャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、セシリアのブルー・ティアーズ、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンすら斬り伏せている。
何度も言うが、当然、ブレード一本でだ。挙句は真っ向勝負で、である。
一方的なこの模擬戦結果に、士郎は蒼い顔のままなのは言うまでも無い。がたがたと肩まで震わせていたのを鷹月静寐に『衛宮君、落ち着いて』と抑えられ頬を張られたほどだ。
先も述べたように、甲龍、最新型とはいえ第四世代ISの白式と紅椿に関しては、純粋な近接戦闘での実力の結果だとまだ言い訳が効きはするのだが――
後者三機には通る道理が通らない。
シャルロットが得意とする高速切替の銃弾の豪雨に掠りもせず、ミラージュ・デ・デザートも効きはしない。
セシリアの操るB.I.Tも尽く薙ぎ払い、スターライトmk-Ⅲの砲撃すら躊躇せず斬り捨てる。
ヴォーダン・オージェを発動させたラウラのAICさえ此方を認識させる暇を与えず圧倒する。
とにかく、セイバーは剣戟もそうだが、銃撃に関しては被弾をしない。甲龍の空間を圧縮して弾丸とする視えない衝撃砲すら斬って見せたのだから。
流石にこれに関しては鈴は激昂し叫んでいた。
「なんで当たんないのよっ!?」
鈴の理解できない疑問は当然ではあるが、セイバーにとっては箒たちを容易く圧倒する身体能力、更にはサーヴァントスキルの直感の恩恵によって決して当たる事が無いのだから。
長所に特化している事は決して悪い事ではない。寧ろ評価されるべきである。だが、何事にも限度と言うものが存在する。
教師ふたりは見過ごすわけもなく、当たり前のように口を挟む。
しかしながら、セイバーは融通が利かない堅物だ。自分の信念を決して曲げない。
千冬の指摘に対しても――
「何をしているセイバー! ライフルの扱い方は教えた筈だろう!」
「必要ありません」
真耶の指導に対しても――
「いいですかセイバーさん、此処は牽制する必要もあるんです。相手に不用意に近づかせない意味もあります。ラファールには拡張領域があって、多くの――」
「不要です」
など……
ああ言えばこう言う。
とにかく彼女は剣に拘る。それは自分が騎士なのだからという誇りがあるからだ。
例えどんなに間合いが離れようとも、例え相手が強靭な遠距離武装を纏おうとも、セイバーはそれらを掻い潜り相手を斬り倒す事だけに執着する。
ブレード一本のみで。
実際にそれをやってのけるのだから尚更始末が悪い。
当然、そんな彼女の自論は通りはしない。実力は認めはするが、全く話を聴かないセイバーに業を煮やした千冬が指導の名のもとに鉄拳を見舞ったのは言うまでも無い。
剣戟、銃撃には全く当たりもしなかったが、千冬の拳は簡単に標的を捉えていた。
これには士郎も驚いていた。あのセイバーの頭を拳骨で殴れるなど思いもよらなかったからだ。
叩かれたセイバーすら信じられないという顔をしていた。不意はつかれていない。油断すらしていない。それにも関わらず、だ。
「流石の私でも避けられませんでした。私の直感スキルでも見極められないとは……」
『直感スキル』は、その名の通りに、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力だ。セイバーにとっては、未来予知に近い第六感でさえ織斑千冬相手には役に立たなかった事になる。
「チフユには恐れ入ります。私はまだまだ未熟ですね、感服しました……」
「感服するのは勝手だが、銃も使え」
「それはお断りします」
セイバーと千冬の問答は平行線のまま。
そんな事があったにも拘らず、セイバーは相変わらず銃器を使用する事に関しては頑なに拒否はしたままなのだが。
思い出して、再び頭が痛くなってきたのだろう。士郎は話題を変えていた。
「ISもそうだけれど……それよりも、やっぱり慣れないのは女生徒ばかりっていうのがなぁ」
苦笑交じりに呟く士郎にセイバーは同意する。
「男がシロウとイチカと……後は用務員の方の三人だけですからね」
轡木十蔵――
IS学園の用務員で温厚そうな顔をした男性に士郎も幾度か会っている。
「肩身が狭いってのは、こういう事だなぁ……一夏の気持ちがすごく解るよ」
「おや、そうですか? 男性にとって、女性しかいない花園に放り込まれるのは、普通嬉しい事ではないのでしょうか?」
セイバーにしてはおかしな事を口にすると士郎は聴き留めていた。
彼女が意図して言葉にするとは思えない。
「なんでさ……誰から吹き込まれた?」
「吹き込まれたとは心外です。キヨカとユコから教わりました」
キヨカとユコ――
おそらく相川清香と谷本癒子の事だろう。士郎の脳裏にふたりがケタケタと悪巧みをする顔が浮かんでは消えていた。
意地悪そうに言うセイバーに、士郎は勘弁してくれと手を振っていた。
「俺にとっては荷が重過ぎだよ……ランサーなら喜びそうだけどな」
「それを言うならば、キャスターもではないですか? 可愛いものが好きな彼女にしてみれば、この学園の生徒には十分多い。特にホンネなどは打ってつけでしょう」
夜に寮内を着ぐるみのような格好で徘徊していた本音を始めて見た時は思わず吹き出していたものだ。
聴けば、あの格好に似たような物で臨海学校では泳いだというのだから。
本音とセイバーは相変わらず仲が良い。本音だけではなく、クラスでの交流は良好なもの。特に箒、セシリアと話している姿をよく眼にする。訊けば、箒とは剣、セシリアとは同じ出身国で意気投合していたらしい。イギリスの食文化ではふたり揃って沈んだ顔もしていたが。
ともあれ、良き友人として、セイバーも楽しんでいるのだろう。
「違いない」
言いながら、ランサーとキャスター、ふたりが此処に居れば、それはそれはさぞ楽しい事になるだろうと想像し――変化が起きた。
士郎を軸に、突然光が溢れ出る。それはあの日あの時と同じように。
「シロウ!?」
「っ――」
ふたりが身構える間も無く、閃光は一瞬だった。
光が消え去った後に残っていたのは、士郎とセイバーが良く知る……今し方話をしていた――
「ランサーと……キャスター!?」
唖然とするふたりだが、召還された二騎のサーヴァントも同様だ。
視線が士郎へ向けられ――
「坊主!?」
「坊や!?」
同時に口を開いていた。
「……なんでさ?」
アロハシャツ姿のランサーと、私服姿のキャスターを前に、士郎は力無くそう呟いていた。
ブリュンヒルデが騎士王を叩いたのはふざけです。
無敵設定、チート能力付属しておりません。