I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
「以上でホームルームを終わる。今日はこれまでだ」
「はい。いいですかー皆さん、放課後だからって道草食ってはいけませんよー」
千冬と真耶の言葉に生徒たちから安堵の声が漏れていた。今日一日の授業を終えた今、放課後は生徒たちの自由時間となる。
極端な言い方をすれば、拘束から開放されたという認識は、あながち間違ってもいない。
がやがやとする喧騒。各々思い思いの時間を過ごそうと席を立とうとする生徒たちの中、思い出したように千冬は士郎に声をかけていた。
「ああ、待て衛宮……お前の部屋だがな、お前は織斑と同室になる」
『え?』と声を漏らしたのは、名前を呼ばれた当人ふたり、士郎と一夏だ。
聴き捕らえた言葉に興味を持ったのだろう、女生徒からひそひそと声が上がる。
声すら上げていないが、当然のように箒とシャルロットもぴくりと反応しているのだが。
そんな生徒たちとは違い、中には納得いかないとばかりに声を荒げていた者も居る――セシリアだ。
「な、何故に彼が一夏さんと同室なんですの!? 納得行きませんわっ!」
この発言に対し、果たして何人の者が同意し、何人の物が異を唱えたか……
少なからず、担任教師の織斑千冬は異を唱える側の人間だった。
「オルコット、お前は同性同士が同室になる事がおかしいと捉えるのか?」
至極真っ当な理由である。
「い、いえ、そのような事はありませんが……」
「では、何が不服だ? お前には衛宮が男ではなく、女に見えるとでも言うのか? だから同室には反対だという事か?」
「ふ、不服なんてございませんわ!」
思わず単純に一夏さんと相部屋なんてズルイですわズルイですわ、贔屓ですわと言えるわけでも無いですわ、と胸中で叫ぶセシリアだった。
渋々と下がるイギリス代表候補生をそれ以上は相手にせず、千冬は士郎へ再度視線を向けていた。
「そう言うわけだ。いいな衛宮」
「はあ……それは構いませんけれど、一夏の意見も聞かないとマズいんじゃないですか?」
言って、士郎の視線は教室内のもうひとりの男子生徒へ向けられる。勝手に決めていいものか、という意味でのものだ。
それに対して、一夏は然して気もせずあっさりと応えていた。
「俺は全然構わないぞ。気にすんなよ、士郎。寧ろ男同士の方が俺は嬉しいし」
一夏にしてみれば特に意識した発言ではないが、『男同士の方が俺は嬉しい』という言葉に幾人かの女子が反応したのは言うまでも無い。
御多分に洩れず、箒、シャルロット、セシリアの三人も僅かばかり頬を膨らせていた。
(まったく……いくら男子が自分ひとりしか居なかったからとは言え、お、男の方がいいだなどと……はっ、まさか一夏の奴……しゅ、衆道の気があるというのかっっ!?)
(もうっ、い、一夏ったら……そりゃ僕の時は男装してたとは言え、同じ男だからって喜んでたけれど……いくら男の人がいいからってあんなに喜ばなくたっていいじゃないか……て? あれ? まさか一夏って、本当に実はそっちが……て、ふ、不潔だよ一夏っ!)
(一夏さんたら、確かに殿方はおひとりしかいらっしゃらなかったとは言え、あそこまで喜ぶ事もないですのに……て……ま、まさか……まさかーっ!? あ、あの喜び様は、まさか一夏さんは同性愛者でいらっしゃいますのっ!? あ――ありえませんわっ、ありえませんわぁぁぁっ!)
三者三様、無言のまま、思考は各々都合よくぶっ飛び中である。
更には、何故か一夏を誑かした元凶として、勝手な難癖を付けられている衛宮士郎の株は大暴落中だ。下降の一途を辿り、現在も目下驀進中である。
あまつさえ、その三人の女子に士郎が睨まれている意味もわかるわけがない。とんだとばっちりだ。
(何で俺、あの三人に睨まれてんだろう……俺、なんかやったかなぁ……)
専用機持ちの中で、唯一反応を示さないラウラに関しては、『教官が決めた事では仕方が無い』と諦めている。だが、朝の早い内に一夏のベッドに潜り込む事とは別なのだから構わないだろうと、勝手な解釈をしている一番の強か者は彼女だったりするのだが。
それはさておき――
三人に『よくも……』と怨念篭る双眸で睨まれている事に、やはり士郎自身は覚えがない為、理解出来るはずもない。
例えるならば、必中必殺の呪いの槍、「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)」も裸足で逃げ出すほどの射殺す視線を感じながらも、士郎はとりあえず一夏の件を了承していた。
「……わかった。でも先生、そうなるとセイバーはどうなるんですか?」
「問題ありません。私はシロウと同室で構いません」
然も当然とばかりに答えるセイバーに、クラスからは『きゃーっ』と黄色い悲鳴が上がる。
問題ありすぎである――
馬鹿を言うなと千冬は一言漏らす。
「そういうわけにもいかん。お前たちふたりの関係を深くは追求せんが、此処は学園であり、お前たちは生徒だ。ルールには従え。淫行を黙認する訳にもいかんからな」
「い、淫行って……」
思わず呟く士郎に対し、千冬は片眼を瞑って言う。
「年頃の男女が同室で間違いがあっては困るのでな。なぁ、篠ノ之? デュノア?」
『はひぃ――!?』
不意に名前を呼ばれ、話を振られたふたりは素っ頓狂な声を上げて、こくこくと力なく首を縦に振っていた。
何故に顔を赤くしているのだろうか、と疑問に思う士郎を見もせず、千冬はセイバーへ向き直る。
「と言う事だ。わかったな?」
「それは……」
と、声を詰まらせ、頬を赤らめ俯きながら……だがセイバーはハッキリと告げる。
「シロウが私を求めるのならば、私はそれに応じるだけです……」
「はい、アウトーっ!」
両腕をクロスさせ、爽やかな笑顔のままにバツ印を作る真耶。千冬も額に手を添えている。
「お前は人の話を聴いているのか? その耳は飾りか? 此処まで説明させておいて、一体何を聴いているんだお前は! まぁいい。今言ったように、衛宮との同室は認められん。例外中の例外ではあるが、部屋が用意されるまでは、セイバーは私の部屋で同室となる」
ざわ――
「千冬さまとっ!?」
「う、羨ましいぃ……」
別の意味で『きゃーっ!』と騒ぐ女生徒たちを、千冬は『喧しい』と一喝する。
「そう言うわけだ。いいな、ふたりとも」
しんと静まる生徒たちの中、ただひとり、だらだらと汗を流すのは一夏だった。
同室?
誰が?
千冬姉が?
そんなのは無理に決まっている――
(家事全般スキルゼロの、あのだらしない千冬姉が誰かとルームシェア?)
馬鹿な、と一夏は一笑する。
炊事洗濯まるっきり駄目駄目で家ではぐうたらな、あのものぐさな姉の姿を他人の眼に見られるとなるのは、弟として大変恥ずかしいものがある。
ゴミの分別すらまともに出来ない姉は、恥も外聞もなく、間違いなく醜態を曝すだけでしかない。
何せ、燃えるゴミと燃えないゴミを混合した際の言葉が、彼にとっては今でも忘れられないものがある。
千冬曰く――
「回収業者が本気を出せば、缶も瓶も、燃えないゴミも燃えるものだろう?」
名言ならぬ迷言――
不思議そうな顔、不思議そうに発した声を、一夏は永遠に忘れもしない。
結果、姉の名誉を護るため、弟は挙手し進言していた。
早まらないでくれ、千冬姉――
自分で自分の首を絞めるのはヤメテくれ――
「織斑先生! 織斑先生よりも、俺は山田先生の方がイイと思います!」
「私ですか?」
「ほう、何故だ?」
名前を挙げられ、ぱちくりとする真耶と、少しばかりムッとなる千冬。
それを見て、一夏もまたきょとんとした顔をする。
「え? 言っていいの?」
瞬間――
一際いい音とともに、彼は出席簿で頭を殴られていた。
「織斑……お前、今、失礼な事を考えたな?」
「失礼も何も、俺は寧ろ千冬姉の名誉の為に……」
再度の打撃。先よりも高い音が上がるのは言うまでもない。
「織斑先生と呼べと何度言わせる。それにだ。貴様に心配されるほど落ちぶれてなどおらん」
「お、おう……」
何か言おうとしたが、三度出席簿アタックという名の指導を受けたくない一夏はそれ以上何も言わなかった。
「とにかく、部屋割りは以上だ。わかったな?」
頷く士郎とセイバーのふたりではあったが……
後に一夏が言わんとしていたものを、セイバーは身を持って思い知らされる事となる。
寮長室――と、プレートに打たれた文字を見て、セイバーは感嘆する。
「チフユは教師の身でありながら生徒の寮も管理しているのですか」
「まあな。一年の寮だけではあるが、ガキどもの相手は疲れてな」
「いえ、立派です」
鍵を開け、セイバーを招き入れる。
「入れ」
「失礼します」
それが魔界への入り口の始まりだった。
視界に飛び込む異形の空間――
「これは……」
部屋に足を踏み入れた際に、セイバーはまず絶句するしかなかった。
一言で表すならば「汚い」に尽きた。
コンビニ弁当の空箱や空となった缶ビールの山。
浸しっぱなしになっている食器。
机に散乱している書類の山。
脱ぎ散らかされ、皺になったスーツや果ては下着まで。
ある意味、地獄絵図――
部屋の燦々たる有様に、彼女は恐怖すら覚えていた。
(これではまるで凛のようではありませんか!?)
脳裏に浮かぶ、専業主夫も見事と言わんばかりに家事全般をこなす赤い外套を羽織る弓兵のマスター、遠坂凛――
居ない筈のアーチャーのマスターの姿が千冬に重なって見えていた。ついでに言えば、重なった凛は無駄に高笑い姿だったのは完全な余談である。
「すまないな。多少散らかっているが――」
セイバーにとって、千冬の声などもはや聴こえていなかった。無理矢理聴かなくなったと言った方が合っているかもしれないが。
今何と言った? 『多少』と言ったのか――馬鹿な! これは死活問題だっ!
「一夏も失礼な奴だ。私とて、片付けぐらい普通に出来ると言うのに……」
やはり聴こえない。
片付ける? 否、これは散らかすの間違いだろう――
「? 何をしている、セイバー……いつまでもそんなところに立っていないで、中に入れと――」
不思議がる千冬の声を断ち切り、セイバーは踵を返す。
「シロウを呼びます」
一言残し、そのまま彼女は部屋を出て行った。
「こんなもんかな」
分別したゴミ袋の口を閉じ、士郎はふうと息を漏らす。
一夏と士郎のふたりがかりにより、てきぱきと手際よく、それでいて「汚部屋」は見違えるほど見事に元の状態へと戻っていた。
ついでとばかりにキッチン、水周りも綺麗にし、今に至る。
一夏は今は此処には居ない。ゴミ出しの第一便として席を外していた。
お茶を煎れた士郎は、千冬とセイバーへ差し出していた。
「その、すまんな、衛宮……まさかお前にまで片づけをさせるとは……」
「気にしないでください。ひとり知り合いに同じような奴が居ますから……小まめに分別はした方がいいかもしれないですね。なかなかそうは巧くいかないかもしれませんけれど」
部屋でくつろぎ、一夏と話をしていたところを唐突に鬼の形相のセイバーが現れた。
突然の事に対応に困った一夏と士郎に構わず、ずかずかと部屋に入ったセイバーに言葉なく士郎は腕を掴まれ廊下へと連れ出されていた。
無言のまま腕を引かれる士郎だが、視界に映るセイバーがこれほど不機嫌なのは何時以来だろうか。食事に手を抜いた時かなと他愛もなく思い出していた。
そのまま目的の部屋へ連れて来られ、士郎は状況を見て瞬時に理解する。
何事かと後を追って来た一夏もまた、予想通りの惨状を眼の当たりにし、頭を抱えていたのは言うまでもない。
日中は一夏を叱る千冬の姿を良く見ていたが、逆に一夏に叱られている千冬の姿は新鮮だった。
年下の弟に、やれ、着た服と着てない服を一緒にするな、やれ、燃えるゴミと燃えないゴミを何で一緒にするんだ、と……
その都度、千冬は子供のようにしゅんとし、項垂れていた。
「すまんな……確かに、ちょっとは片付いていない、ぐらいにしか思ってなくてな……面目ない」
流石に女性物の下着は士郎が手をつけるわけにはいかなかった。それらは弟の一夏に全て任せていた。
千冬にしてみれば、弟に下着を触られる事に恥ずかしさと抵抗はあるだろうが、状況が状況なだけに、今はそんな事も言っていられなかった。
手洗い用の物は区分けし、それ以外の色落ちに関係ない物はまとめて洗濯機の中に放り込み、今はごうんごうんと音を立てて泡まみれになっている。
士郎にしてみれば、久しぶりの掃除のし甲斐がある空間だった。
「セイバーもすまんな。迷惑をかけた」
「いえ、私の方こそ出過ぎたマネをしまして……すみません」
双方気まずそうに、千冬とセイバーはお茶を啜る。
ふたりに視線を向けていた士郎だが、大丈夫だろうと判断すると壁にかかる時計を見る。
「さてと……じゃ、俺は部屋に戻りますので」
言って、口を結んだゴミ袋を手に持ち立ち上がる。
それを見て、千冬は慌てて制していた。
「待て、それぐらいは私がするぞ」
「ついでですから……別に構わないですよ。代わりとは言っちゃ何ですが、セイバーの事、お願いしますね」
尚も言いかける千冬を何とか逆に制し、そのまま部屋を後にした。
厳しい一面しか見ない千冬にも苦手なものがあったのが士郎にとっては面白い発見だった。
(あんなにしっかりした人でも、藤ねえみたいなところもあるんだな……)
人間、得手不得手が在るとはこの事か。
無論こういう事に関して、士郎は誰彼へと口外する気などはない。ただ純粋にそう思うだけで、自身の心に留めておくだけだ。
それ故に――
笑みを浮かべて歩いていたからだろうか。
それとも、自分はそれほどまでに浮かれていたのだろうか?
唐突に声をかけられ、横を歩いていた少女に気がつかなかったのは。
「楽しそうね。そんなにいい事があったのかしら?」
「――――」
ぴたりと歩が停まる。
空気が凍る――
静寂の中、視線が向いた先に――真横にはひとりの女生徒が立っていた。思わず眼についた制服の胸元に巻かれた黄色いリボンが相手を二年生だと物語る。
気配を感じさせなかった水色の髪の少女は、人懐っこいような笑顔のまま。
対照に、士郎の表情は険しくなる。その変化に自分自身も気づいている。
「怖いお顔。男の子がそんな顔しちゃ、女の子は寄って来ないわよ?」
「…………」
「私は更識楯無。あなたのお名前、おねーさんに教えてほしいなー?」
「……衛宮士郎」
「うんうん、士郎君ね。本音ちゃんが言ってたように、一夏君と違って可愛い子ね、あなた」
面と向かって――更には初対面の人間に可愛いなどと言われても、士郎は眉を寄せるだけでしかない。なによりも、相手が口にした『本音ちゃん』とは、おそらく布仏本音の事だろう。
警戒するように、一歩間合いを取る士郎に、楯無はぱたぱたと手を振っていた。
「そんなに警戒しないでほしいなぁ。おねーさん傷つくなぁ……ぐすん。ちょーっとお話したいだけなのに」
「話?」
思わずオウム返しに呟いた言葉に彼女は頷く。
「セイバーさんのIS適正能力……あれは本当なのかしら? ついでに言えば、君もどうなのかなぁ? そこのところ、おねーさん気になるなぁ」
「――――」
今度こそ、完全に士郎の表情は一変していた。鋭い眼つきで相手を射抜く。
何故それを知っている――
両手に持っていたゴミ袋を落とし、彼は自然と向き直っていた。
千冬と真耶を疑うわけではないが、実際のところ、彼女たちはセイバーのデータを公表してはいない。何処かへも一切提出していない。にも拘らず、何故、眼の前の少女はそれを知っているのか――
訝しむ士郎を気にも留めず、楯無は何処から取り出したのか、扇子を開き口元に当てていた。
一層警戒させた事に彼女は僅かに首を傾げる。ありゃ、失敗したかなと一言呟き――
「怖いなぁ。そんなに睨まれちゃったら、怖くて怖くて、おねーさん泣いちゃいそう。でも――いい『貌』をするのね」
でもね、と彼女は言葉を紡いでいた。
「そんなに簡単に表情には出さない方がいいわよ、衛宮士郎君? それだと、いかにも『僕は何かを隠しています』と言っているようなものだから。これは、おねーさんからの忠告ね」
「…………」
忠告? 脅迫の間違いではないのだろうか?
顎を引き、士郎は無言のまま。
口元を覆っていた扇子を閉じ、楯無はニコリと笑う。これ以上、何を言っても彼は応えてくれないと判断したのだろう。
事実、士郎は何も話す気はなかった。
「お話は終わり。会えて嬉しかったわ、士郎君。ああ、私の事は一夏君が知っているから、おねーさんに興味があったら訊いてみてね。生徒会室に来るのも歓迎するわ」
言って、楯無は身を翻すと士郎に背を向け立ち去っていく。
またね――
去り際に彼女が残した言葉は、士郎の耳にいつまでも響いていた。