I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 士郎の存在は既に学園中に知れ渡っていた。

 二人目の男性操縦者というスクープを見逃す筈もなく、休み時間に入った途端、何処からともなく現れた新聞部の黛薫子に捕まり写真をせがまれ、一夏と士郎は必要以上に時間を取られていた。

 次の授業はIS実習の為、遅れるわけにも行かない。薫子の『もう一枚、もう一枚』と言う執拗な催促をなんとか切り上げ、逃げるようにその場を後にする。

 一夏に案内された男性用更衣室で、時間も押している中、ISスーツに着替え終えたふたりは改めて向き直っていた。

 手短に一夏と士郎は挨拶をする。

「改めて、俺は織斑一夏です」

「士郎だ。衛宮士郎。よろしくな、織斑」

「一夏でいいですよ。衛宮先輩」

「ああ、それなら俺の事も好きなように呼んでくれて構わない。本来の学年が上だとしても、一緒のクラスなんだ。先輩なんて堅苦しいのは要らないよ。俺も一夏って呼ぶからさ」

「解りまし――解った。じゃあ、士郎って呼んでいいか?」

「おう」

「よろしくな。ちゃんとした男が来てくれてよかったよ」

 差し出す右手を強く握り返すと、士郎は今も気になった言葉に眉を寄せていた。

「ああ、さっきもそんな事言ってたな。何なんだ? ちゃんとした二人目って?」

「あー。それはまぁ色々とな。追々話すよ、と――マズい! 今は急ごうぜ。遅れると千冬姉に何されるか解んないからな」

「厳しそうだもんな、あの先生」

「厳しそうじゃないぞ、厳しいんだよ」

 こっちだと一夏の声に従い、ふたりは廊下を駆け出していた。

 

 

 ISスーツ越しにとは言え、それなりに鍛えている身体が女子の眼を惹いていた。制服の時と同様に、刺さる視線は変わらない。肌を晒す格好であれば尚更だろう。逆に言えば、士郎にとって見れば他の女生徒への眼のやり場に困るのが現状だった。

 少なからず身体のラインを魅せるデザインのISスーツは、起伏のある肢体を映えるさせるものだ。一高校生の士郎にとっては居心地は決して宜しいものではない。ついでに言えば、セイバーのISスーツ姿さえまともに見ていなかった。

 女生徒の中には、それに気づいて態と士郎に寄って来きたりした者もいたのだが。

 そんな中、ほにゃっとした女生徒、布仏本音が士郎の身体をぽんぽんと触れる。

「エミヤんの身体って、がっしりしてるねー。うわあ筋肉もあるねー」

 女性に身体を触られる事に、士郎は特に抵抗は無いのだが、どうにもむず痒く気恥ずかしいものがある。

 そんな彼を気にもせず、本音はマイペースのまま触れていた。天然で和やかそうな性格から、どこか三枝由紀香を連想する。

「私は布仏本音だよー。よろしくねー、エミヤん」

 エミヤん――

 まさか此処で、蛍塚音子以外にそのあだ名で呼ばれるとは思わなかった士郎は一瞬無言になっていた。

 相手の反応に首を傾げていた本音は言う。

「んー? 『エミヤん』て呼ばれるの嫌だったー?」

「んあ? あー悪い。そんな事無いぞ。好きなように呼んでくれて構わない」

「わーい。じゃあエミヤんよろしくねー。アルるんもよろしくねー」

 横に立つセイバーにも本音はぶんぶんと手を振っていた。

「よろしくお願いしますね、ホンネ」

 ちなみにセイバーのあだ名は『アルるん』になっている。本音に名前を教えてと訊かれた際に、つい『アルトリア』と応えてしまい、それが定着していた。

「ホンネだけとの秘密ですよ?」

「うん、解ったー、アルるんと私だけの秘密だよー」

 そのままセイバーと本音は仲良く話をしている。聴こえてくる言葉の節々からは友好的な感じだった。特に本音の『友達ー』と言う大きい声が一際印象的だった。

 と――

「いつまで喋っている! さっさと並べ!」

 千冬の叱責に居合わせた生徒たちはすぐさま並び立っていた。

 本音も怒られまいと『ひゃー』と声を上げて駆けていく。

「エミヤん、アルるんー、また後でねー」

 去り際に手を振るのを忘れぬ本音の後に続くように、士郎とセイバーも遅れまいと並んでいた。

 生徒たちに視線を向け、千冬は言う。

「衛宮、セイバー、お前たちはIS実習は始めてだ。他の連中の動きを良く見ておけ」

「はい」

「解りました」

 頷くふたりに千冬もまた頷き返していた。

 

 

 士郎は昨夜の事を思い出す。

 適正能力を調べるためとして、士郎とセイバーはISを身に纏い、適正テストを行った。行ったのだが……

 サーヴァントとしての身体能力をフルに発揮したセイバーに、千冬と同席した真耶は言葉を失っていた。

 基本動作を教え、模擬戦として手合わせた彼女は、瞬く間に元日本代表候補生の真耶を完膚なきまでに圧倒していた。

 絶対にやりすぎるな――

 宝具は使うなよ――

 あんなに念を押したのにと頭を抱える士郎をよそに、初めて動かしたセイバーの適正能力は見紛う事無く「S」――

 これは元ブリュンヒルデの織斑千冬、また、世界に五人しかいない文字通り最強のヴァルキリーと同様のランクである。

 一瞬にして勝負が決した事。真耶自身も、何が起こったのか理解できなかったのが現状だった。

 一応フォローするならば、彼女は一切油断等していなかった。その真耶が相手に一撃も与える事も出来ずに一方的に斬り伏せられ敗北したのだから。

 試合開始の合図とともに、次の瞬間には地面に叩き伏せらているなど、如何様にして納得する事が出来るだろうか。

 ちなみに士郎のランクは「C」だった。下手に目立つ動きはせず、純粋にISを動かす己の力のみでの結果だ。当然、魔術による強化、投影等は使用していれば、セイバー同様に真耶を圧倒していただろう。

 余談ではあるが、何故この時、真耶を相手に手加減をしなかったのか士郎が問いただした際に、セイバーはこう答えていた。

 彼女曰く――

「勝負に手を抜く事など出来ません」

 相手に全身全霊、全力で応えるのが騎士ですからと、ISをその日初めて動かした騎士王は、見事な騎士道精神を貫いていた。

 挙句は――

「真剣勝負にシロウは私に手を抜けというのですか!? いくらあなたの頼みでもそれに従う事は出来ない! 騎士の誇りにかけて!」 

 いや、状況が状況なんだから空気を読んでくれと懇願するが、逆に怒られる程だ。

 なんでさ、と一言零す事しか出来なかったのは言うまでも無い。

 また別に、後にこの事で千冬と士郎はどちらともなく会話を交わしていた。無論、セイバーの適正ランクでの事である。公開するにしても躊躇するレベルであるからなのも言うまでも無い。

「……まぁ、なんだ。セイバーは実直で生真面目なヤツなんだな」

「違いますよ……あれは、融通が利かない頑固者で、ただの負けず嫌いなだけですよ」

「そうか……」

 言葉少なく応える千冬に、士郎はもう擁護する気も失せていた。

「その、すまなかったな……」

「いえ、此方の方こそ……」

 それ以上互いの会話はなかった。

 

 

「専用機持ちは前に出ろ」

 千冬の声に五人――篠ノ之箒、織斑一夏、シャルロット・デュノア、セシリア・オルコット、ラウラ・ボーデヴィッヒたちが前に出る。

 各々は指示のままISを展開していくと、色取り取りの機体がその場に次々と並んでいく。

「――専用機?」

 思わず呟いた士郎に対し、真横に居た女生徒が声をかけてきた。

「IS操縦者の中でも、選ばれた人にだけ与えられる機体。簡単に言えばエリートかな」

「ふうん……」

 見ればISを身に纏った副担任真耶の姿もある。そのまま六人は空へと飛翔していた。

 上空で三組に分かれた機体は千冬の指示のもとに、それぞれ模擬戦を開始する。

 アリーナ内を縦横無尽に疾る六機を眺めながら、士郎は女生徒へ問いかけていた。

「なら、一夏もすごいのか?」

 滑空し、白の機体は紅の機体と交戦する。互いに刀で打ち合い――切り結びながら視界から離れていく。

 織斑君押されてるね、と呟いた女生徒は疑問に応える。

「あー、織斑君はちょっと別かな。ISを初めて動かした男性として、データ収集も兼ねてるって言ってたし。特別といえば、衛宮君も貰えたりするかもね、専用機」

「へぇ……」

 士郎のいまいちな反応に女生徒は首を傾げていた。

「反応薄いね。専用機欲しくないの?」

「あー、いや……俺さ、ISの事良く解らないからさ……専用機とか言われてもピンと来ないんだよな。それならその専用機ってのをもっと造ればいいのにって思ってな。専用機ってのは、要はその名の通り『専用』なワケだろ? 例えば、ええと……」

 そこで相手に向き直り、士郎は眼の前の女生徒の名前を思い出していた。

 休み時間に告げられた……確か、相川清香だったか…… 

「相川の馴染んだ癖に合わせたものとか造ればいいのに」

「お、私の名前覚えててくれたんだ。あはは、それはしょうがないよ。ISは規定数しかないんだし」

「? どう言う事だ?」

 不思議そうに尋ねる士郎に対し――相川清香は呆れていた。

「衛宮君……本当に何も知らないの?」

「おう。ISが467機しかないんだっけか?」

 昨夜渡された電話帳ほどの厚みを持つ書籍に眼を通し、ある程度得た知識、情報の中から答えを出す。

 無論、一夜で全てを覚える事は出来ていない。

「違うよ。全世界にあるコア数が467個」

「……コアってものが無いとISは動かないのか? 電池みたいなモンか」

 電池と簡単に割り切る男子生徒に清香は笑う。

「ISを作った人は知ってるよね?」

「篠ノ之束て人か? 名前だけは何となくだけれど、深くは知らないぞ。そんなに有名な人なのか?」

「――――」

 絶句。正にその言葉しか当てはまらない。

「ISを此処まで知らないって言う方が、逆にスゴイんだけれど……」

「悪いな。全く知らないぞ、俺。良ければ教えてくれると助かる」

「何処から話そうか……えーと、じゃあまずISのコアというのは、篠ノ之束博士にしか作れないの」

「篠ノ之束……」

 昨夜千冬が口にした名前。それを小さく士郎は繰り返す。

「何で他の人は造らないんだ? 特許?」

「違う違う。造らないんじゃなくて、造れないの。コアの製造は完全なブラックボックスで、篠ノ之博士しか知らないし、なによりオープンにされていないの。それに、これが一番重要なんだけれど、博士は467個以上のコアを造ろとはしていないの」

「なんでさ?」

「さあ? それは博士じゃないと解らない事だし」

「…………」

 そういうものなのかと考える。

 だが、黒いIS――後で『打鉄』と教えられたが、あのISに触れた時の事を思い出す。トレースした限りでは、あれは――

 と――

 千冬の声で意識は中断される。

「終わったみたい」

 清香の声に釣られてそちらを見れば、模擬戦を終えた一夏たちがゆっくりと地表へと降りてきていた。

 その中の二機、士郎の眼は両肩に大砲を載せた黒い機体と、長い銃身を持つ蒼い機体へ向けられる。

「おっかないもんだな。使い方次第で兵器にもなるだろ、アレ……」

 思わず呟いた士郎の声を耳に捉えていた清香は笑いながら応えていた。

「あはは、衛宮君、それは考えすぎだよ。アラスカ条約もあるんだし、これはあくまでもスポーツとしてのものなんだから」

 スポーツ――

 その言葉に士郎は眉を寄せていた。

 清香が言うように、士郎も通称『アラスカ条約』のIS運用協定は読んでいる。渡された分厚い書籍の中で彼が一際眼を惹いた、そこに記されてい軍事利用禁止の一文。

 これが兵器ではないと――?

 冗談にも程遠い。これは兵器だ。否、兵器以外の何物でもない。軍事利用禁止とあるが、士郎にとってはそんなものは机上の空論にしか思えない。

 現に眼にする機体には、御大層な砲身を持っているではないか。これが兵器でなくて何なのか。

 殺傷能力の高い玩具とでも言うつもりだろうか?

 ひとつ誤れば容易く命を奪い、愚かな人間が扱えば気軽に殺戮が出来る兵器。容易に軍事転換できる事に変わりはない。

 どうにも危機意識に欠けているようにしか思えない。それとも考えすぎなのかなと、士郎はひとり無言のままISを見入っていた。

 隣で清香が口を開き何かを話していたが、彼の耳にその声は届いていなかった。


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