I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
彼女――真耶は、落ち着かなかった。
待ち合わせとして、相手が指定してきた場所は、ホテル『テレシア』の最上階にあるレストランである。
居合わせる者たちも、明らかに上流階級の人間たちばかりであった。
場違いな雰囲気をひしひしと感じる彼女だとはいえども、だが、だからといって真耶の容姿が見劣りするのかといえば、そうではない。
彼女もまたイブニングドレスに身を包んでいる。
派手さは無いが、落ち着いた色を基調としたドレスはいかにも真耶に似合っていた。
ウェイターに案内されて通された場所は、夜景が一望できる一角。そこに――相手もこちらに気づいたのだろう。ひらひらと手を振るのは、豊かな金の髪に紫のドレスを纏う女性がひとり座っていた。
メールのやりとりを交わした相手から、特徴通りの容姿の者であることを踏まえて確認のために真耶は問いかける。
「……ええと、ミューゼルさん、ですか……?」
「ええ。そういう貴女は、山田真耶で間違いはなくて?」
「は、はい、そうです……それで、あの……メールでのことで……わ、わたし、アナタに訊きたいことが……」
「まぁ待って。とりあえず、まずは座って。食事をしてから話をしましょう」
「あ、あの……」
本題に入ろうとする真耶をスコールは軽く手で制し、席に座るように促していた。
◆
自分たちの周囲の隣席に座る他の客の姿はない。
レストラン側の配慮なのか、または眼の前に座る女性の指示か。
グラスを手にとり、くいとワインを口に含みスコール。
対照に、真耶はコースメニューである料理の類には、なにひとつ手をつけていなかった。
貴女も食べなさいと勧められはするのだが、彼女はナイフとフォークを手に取ることはない。
オードブルからはじまり、メインディッシュにつづくのだが……真耶にとっては、食事などしている状況ではない。
何故に、自分へ連絡してきたのか。
彼女は、何を知っているのか。
そもそも、相手は一体何者なのか。
「フレンチは、お嫌い?」
「……いえ」
口元をナフキンで押さえる仕草すら気品がある彼女。
「衛宮士郎くん……可愛い男の子よね、彼」
「…………」
相手の口ぶりから察するに、やはり彼女は士郎と既に接触したことがあるのだろうと察していた。
瞬時に脳裏に浮かぶ疑問がある。
ならば、何故……?
意味、理由、目的……それら諸々が真耶の頭の中を駆け巡る。だが、最重要に認識しておかねばならないことを彼女は欠落させている。
メールに書かれていた真意を確かめるよりも、大事なことを。
それは、眼の前の女性が衛宮士郎の敵であるのか味方であるのかということを。
「いろいろと訊きたい事があるといった顔をしているわね」
「…………」
いかにも顔に出ていたのだろう、スコールはグラスに指を伸ばしていた。
「さっき訊きかけたわよね? 何故知っているのかといえば、調べたからよ。わたしたちなりに、
「亡国、機業……?」
その組織の名を真耶は当然知っている。
だが、知っているのは名前でだけであるというのが正直なところでしかない。
何故ならば、組織の目的や存在理由、規模といった詳細が一切不明であり謎が多い組織であるという認識でしかないために。
「わたしの素性を明かすけれど、わたしはスコール・ミューゼル。亡国機業のひとりよ」
「……何を、言っているんですか……?」
「信じる信じないは、貴女の勝手よ? でも、貴女が調べようとしているものを……探ろうとしているものを、知ろうとしていることは同じよ、真耶」
「……え?」
世間話でもするかのように、あっけらかんと告げる相手に真耶は状況が理解できていない。
メールでやりとりをし、待ち合わせの場所で顔を会わせてみれば、相手は亡国機業に身を置く者だという。
いわば裏の世界で暗躍する秘密結社という存在であるがために、そこへその組織のひとりだと告げられたところでにわかに信じることなど出来るはずもない。
からかわれているのかと邪推するのは無理からぬことであろう。
「…………」
じっと相手を見据えた上で、真耶は口を開いていた。
「……仮に、アナタが本当にその組織に所属する人間だとして……そんなことを明かした上で、わたしに接触する意図はなんですか? いえ、それ以前に、衛宮くんに対しても同じです。アナタの目的はなんですか!? アナタは、一体何を知っているというんですかっ!?」
「目的……そうね」
グラスを手に取り、注がれたワインを零さぬように手中で回しスコール。
やがて……視線は真耶へと向けられる。
同性であるにもかかわらず、スコールの眼差しに思わずドキリとする真耶ではあるが。
「真耶、こうして貴女と直に会うことも、衛宮士郎くんへ接触したことも、当然理由はあるわよ?」
「…………」
顔を強張らせる真耶ではあるが、スコールは笑みを浮かべると、そんなに
「そうね。
「……は?」
「前者の質問も後者の質問も、わたしにとっては、とても興味があるからなのよ。貴女自身も、衛宮士郎くんも」
「ふざけないでくださいっ!」
「別に、ふざけてなんかいないわよ?」
「……興味が、ある……? 衛宮くんが男性操縦者のひとりであるということに関してならわかりますが、わたしに興味を持つなんてどうかしているとしか思えませんけれど? ただの一教師を拘束したとして、得られる情報なんて無いと言っておきますよ……?」
例えどのようなことをされようとも、自身が知る限りの衛宮士郎に関する情報だけは決して口を割らぬと覚悟する真耶ではあるのだが――
スコールはパタパタと手を振るだけだった。
「何か勘違いしているようだけれど、貴女を拘束する気なんては無いわよ? 言ったように、わたしは興味があるからよ? メールで貴女と連絡のやりとりをしたのもそのため。それに、わかってはいないみたいだけれど、貴女は貴女自身が思っている以上に実力を秘めている……貴女に興味を持つのはそれが理由よ」
「…………」
「ハッキリと言っておくわ。元、日本の代表候補生、山田真耶……どう?
「なに、を……?」
相手が何を言っているのか、その意味を理解しかねた真耶は思わず訊き返していた。
スコールは顎の下で指を組むと、眼を細めて続けていた。
「永遠に、織斑千冬の影で終わるつもり? もっと貴女が貴女らしく輝けて、活躍できる場所を用意してあげるといったら? 今以上に……いえ、よりよく貴女の才能を如何なく発揮させてあげるとしたら?」
スコールが口にする内容は、御世辞でもなければ嘘でもない。彼女は真耶のデータを知り得た上での純粋な見解を述べただけであり、織斑千冬と比べられ、代表候補生止まりとは嘲笑されはするが、それは真耶本人が持ちえるポテンシャルを全て余すことなく出し尽くしていれば話は変わる。
彼女が持つ潜在能力は確かに未知数ではある。
「……スカウトしてるつもりですか? 冗談にしては、笑えませんよ?」
「わたしは、本気のつもりだけれど? 貴女ほどの操者なら歓迎するわ」
小首を傾げ、『どう?』と問いかけるスコールに――真耶は己の信念をもって言い捨てていた。
「わたしはっ! 先輩を尊敬しています! あの人の力になれるなら、わたしはそれで……」
織斑千冬は憧れであり、敬愛している。太陽のように眩しい彼女に近づけるのなら、これ以上の幸せはない。
しかし――
「嘘ね」
「……っ、わたしはっ! 嘘なんて……」
「よく考えてごらんなさいな。貴女はそうだとしても、あの女が、貴女を必要としていて?」
「っ、それは……」
指摘された言葉に真耶は口を噤むざるをえなかった。
対照に、スコールは口元に笑みを浮かべる。
「義理立てする必要も何もないでしょう?」
「……義理立てって……」
「そうかしら? 織斑千冬がいなかったら……織斑千冬さえいなかったなら、あなたが国家代表になることができていたのではなくて?」
「――っ」
突然の指摘に、思わず真耶は息を呑んでいた。
スコールは畳みかけるように言葉を吐き出す。
「常に一歩先を行く、あの女が目障りだったのではなくて?」
「……やめて」
「疎ましかったでしょう? 妬ましかったでしょう? 貴女は人一倍努力していたんですものね? 織斑千冬に負けないほどに。それなのに――」
「やめてっ!」
それ以上、耳にしていたくはなかった。
声を荒げ、テーブルを激しく叩き立ち上がり真耶。
「わたしはっ! そんなことは、絶対に思ってなんて――」
だが――
真耶の口からは、『ない』との言葉は続かなかった。
自分は本当に、憎んでいなかったと言えるのか?
恨み、妬みがなかったのか?
自問するが――答えは出ない。
と――
「ミス・ミューゼル、いかがされましたか?」
「ああ、なんでもないの。ごめんなさいね」
何かトラブルがあったのかと、足早にやってきた初老のウェイターに対して、スコールはやんわりと返答すると軽く手を振っていた。
「…………」
老紳士は無言のまま。ちらと視線を向けてみれば、片方は怒りのままに席を立ち、片方は穏やかな表情を浮かべている。本来であれば、これが何も無いはずがない。
だが――
スコールがそう告げる以上は、何も問題は無いことになる。
「…………」
その意味を理解した老紳士は一礼すると立ち去っていく。
口元に指を当てたスコールは、おどけたような口調で咎めていた。
「食事中に大きな声を上げて席を立つのはマナー違反よ? 他の皆さんに失礼だわ」
「――ッッ」
見れば、周囲の客やスタッフから何事かといった視線を受ける形となっている。
周りの客にとっては迷惑なことであろう。それぞれ食事の時間を楽しんでいるだけに。中には、いかにも露骨に不快そうな顔をする者までいた。
人目があるこんなところで、いくらなんでも騒ぎを起すのは得策ではない。
「それでもやるというのならば止めはしないわ。好きになさい。実力行使であろうとも、ISであろうとも、御自由に」
声音は気楽さが含まれているが、細めるスコールの眼の色には先までの安気は微塵も無い。
こちらの手の内を完全に読まれていることに、真耶は背筋に汗を這わせていた。
「…………」
結果、逡巡するも、彼女は無言のまま着席することしか出来なかったのだが。
加えて、この時点で周囲の客たちからの非難の視線は逸れている。
「せっかくだから、貴女も飲みなさい」
「…………」
ワインを勧めるスコールではあるが、やはり真耶は口にしようとはしなかった。
スコールもまた相手が飲もうとする素振りを見せぬと悟ると、それ以上は無理に勧めることもせずに。
「もう一度言うけれども、先の話、わたしは本気よ?」
「…………」
「来なさい、真耶。貴女は
「…………」
「いつまでも、
「……前に?」
「そうよ。よく考えてみなさい。衛宮士郎くんの身に起きたことを。あの女は何をしてくれたの? むしろ篠ノ之束側の味方であるかもしれないとは思わないの?」
「…………」
その指摘は真耶とて疑いを晴らすことはできていないというのが現状である。千冬本人に正直に問い詰めているわけでもない。
しかし――
だからといって、スコールの話をまともに聴いて鵜呑みに出来るハズもない。
これ以上話を聴いていたくなかった真耶は、再び席を立ち上がっていた。
二度目となる行動に、再度周囲の客から煩わしそうな視線を浴びることになるのだが――
だが、真耶こそ今度は周囲の視線など一切気にしてなどいなかった。
「帰ります……もう、これ以上、アナタと話す意味がありません……」
「あら? わたしとしては、貴女ともっとお話したいと思ってるのよ? この機会に、お互い、もっと仲良くなれると思うのだけれど?」
「――っ、わたしは思いませんっ!」
ハンドバッグを手にし、退席しようとする彼女へ――スコールは呼び止めていた。
「ああ、ちょっと待って」
「なんですかっ!? お金を払えというのならば払いますよっ!?」
自分のディナー代を払っていけというのであれば、真耶は大枚をはたくつもりである。なんなら、相手の分でさえ払って早くこの場から去りたい感情が強かった。
見当違いな啖呵を切る真耶に対し――しかし、スコールは嫌われたものねと静かに笑う。
「違うわよ。コレ」
テーブルクロス上を滑らせるように、差し出されていたのは折りたたまれた紙片である。
意図が理解できぬ真耶の視線はスコールと紙片とを交互に行き来する。
「わたしの連絡先よ。受け取るも、捨てるなりお好きになさい」
「…………」
「ただ、これだけは言っておくけれど、学園にいる以上は、調べられることにも限界があるわよ? 今の貴女に出来ることなど高が知れているのだから。よく考えることをお勧めするわ」
「――ッ、馬鹿にしてっ!」
眼の前で破り捨てようと手を伸ばした真耶ではあるが――
そうはせずに、奪い取るように紙片を握り締めると踵を返していた。
「何かあったら、いつでも連絡しなさい。これでもわたしは、貴女の味方のつもりよ? その時に、貴女が知りたいことを教えてあげるわ」
「…………」
聴いているのかいないのか――
それには返答することも無く、真耶は駆けるように出入り口へと向って行った。
◆
「なんで、あんなヤツに声をかけたんだ?」
真耶が退席するのを見計らい、入れ違うかのようにスコールへと歩み寄って声をかけたのは、同じようにドレス姿のオータムである。彼女もまたこのレストランの一角に座り、一部始終のやりとりを観察してはいたのだが。
当然のことながら、スコールに何かあったとすれば、真耶をこの場で殺すことも厭わなかったが。
オータムにとって、山田真耶など『ただのトロそうな女』という程度にしか見えていない。あんな女をこちら側に引き入れるメリットなどなにもないでは無いかというのが本音である。
「何の役にも立たないだろ、あんな女」
「そうかしら? 彼女、
「…………」
面白い、とはどういった意味をさしているのかオータムは理解していない。故に、彼女の表情は、更にムスッとしたものへと変わっていた。
スコールの興味が真耶へと移っていることへ。なによりも、一番面白くないと捉えているのは、よりにもよってスコールがプライベートである連絡先を教えていたことだった。
仏頂面となるオータムに――スコールもまた相手の認識を悟ると、くすりと声を洩らしていた。
「もしかして、焼きもち?」
「…………」
図星であることにオータムは反論せず。フンとつまらなそうにそっぽを向くだけ。
「嫉妬してくれるオータムは可愛いわね」
「フン」
「彼女にはフラれちゃったから、そんなオータムと一緒に食事がしたいわ」
「……わたしは、あの女の代わりなワケか?」
「あら、わたしとじゃ嫌?」
「…………」
嫌なものかと口にできるワケもなく、黙って席に着くなり――添えられているナイフとフォークを手にすると、手付かずであった真耶の分の料理を口にしオータム。
スコールもまたワインに口をつけていた。
「厄介なことにならないといいがな」
考え無しに簡単に連絡先など教えてしまっては、そこから足が付きかねない。
面倒くさいことになるだけだろうと読むオータムではあるのだが……スコールは「大丈夫よ」と応えるだけだった。
「どうしてそう言える? あの女が織斑千冬に話でもしてみろ。どうあっても、邪魔になるだけだろ?」
「それは『話していれば』での前提よね? 織斑千冬には話さないわよ、彼女……恐らく、ひとりでどうこうしようとするタイプだもの」
現に、此処に来たのも彼女ひとりである。誰かに話をし、同行者を伴って来るという選択肢もなくはなかった。
だが、真耶はそうはしなかった。出来ないわけではない。出来るのにしなかった。この意味は、似ているようでいながらも全く異なる。
スコールの読みのまま、ひとりで現れたということは裏が取れたことになるのだから。
予想通りに、
このことを今一度把握したのはスコールだけである。
当然オータムはそんなことを知らないために、疑問を口にするだけでしかない。
「根拠は?」
「……そうね……
「……なんだ、そりゃ」
「そう簡単に釣れるとは思ってはいないわよ。今日の本来の目的は、顔見せのようなものだったし。それに」
「それに?」
「遅かれ早かれ、彼女は
揺さぶりは十二分に意味を成す。
確信を得たかのように、スコールは愉しそうに笑みを浮かべるのだった。