I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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疲れてるんですね、わたしは。
本編に関係ない話です。時系列は幕間EX2の続きあたりでしょうか。


幕間EX3 ランチタイム

 とある日の昼休み――

 穏やかな天気の中、いつもの面々に引っ張られた一夏は、昼食を摂るために屋上へと連れて来られていた。

 各々弁当、または途中の購買で選んだパンを持参し、人もまばらな屋上の一画を陣取ろうとして――ひとり背を向けて座るランサーの姿を鈴は見逃さず捉えていた。

 場所はあそこでいいかと勝手に決め付けた鈴は足早に。

 遅れて、先に進む彼女に倣うかのように一夏に箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、セイバー、簪と続く。

「アンタ、何してんの?」

「あ? ああ、なんだ凰の嬢ちゃんか」

 ランサーの背後からひょいと覗き込んだ鈴。

「なに? なに読んでんの、アンタ。おおかた、イヤラシイ本でも読んでんでしょ」

 一方的に決め付け、女性の裸体がひっきりなしに載っているであろうグラビア雑誌でも読んでいるに違いないとした鈴ではあるのだが――

 そこには、彼女が予想していたものは存在しなかった。いや、むしろ眼にしたものの方が意外すぎていただろう。

「……なにソレ……競馬?」

 彼女の指摘とおり、ランサーが手にしているのは競馬新聞である。

 缶コーヒーを置き、片手に新聞を広げ、残るもう片方の手には赤鉛筆が握り締められていた。

 レジャーシートを敷き終え、それぞれが座る中、地べたに直に座るランサーに対し、よかったらこっちにどうぞと声をかけるのはシャルロットである。

 気配りのできる相手の言葉に甘え、座り直した彼は缶コーヒーに口をつけながら。

「小遣い稼ぎにちょいとな。暇潰しにゃちょうどよくてよ。なかなか面白ェモンだぞ?」

「……あのさぁ……人の趣味にとやかくどうこう言うつもりはないんだけれど、学園内で競馬新聞片手にチェックしてるヤツなんて、はじめて見たわよ?」

 呆れ果て、軽く聴き流そうとしていた鈴ではあるが、以外にも話に割って入ってきたのはセシリアであった。

「近代競馬は、日本ではギャンブルとしての認識が強いでしょうけれど、イギリスでは人気のスポーツとして有名ですわよ」

「そうなのか? セシリアは随分と詳しいんだな」

 思わず感心した一夏の声音に――セシリアは良くぞ訊いてくれたと顔をほころばせていた。

「ええ、ええ、当然でしてよ。近代競馬の発祥の地は、我が祖国イギリスですもの。加えて、なにを隠そう、このわたくし、セシリア・オルコットは馬主でしてよ?」

 さらり、と優雅に髪をかきあげ――何故に、今、髪をかきあげる仕草が必要なのかは理解に苦しむが――彼女。

「馬主ってことは、もしかして、セシリアは乗馬も出来るのか?」

「もしかしなくても無論ですわよ。優雅なわたくしの乗馬姿、ぜひとも御見せしたいものですわ」

「へぇ」

 感心したように呟く一夏に気を良くしたのか、セシリアの頬は僅かに赤みを増していた。

「ま、まぁ、このぐらい、淑女のたしなみというものですわよ」

「貴族のお嬢さまに乗馬が趣味ってのは、いかにもって感じで絵になるよな。うん、セシリアにはピッタリだな。すごく似合ってると思う」

「――――」

 その言葉に、セシリアは天にも昇る心地であろう。加えて、脳内では更に都合よく解釈されている。

 ピッタリだ→すごく似合ってる→綺麗だ→素敵だよ→愛してる→結婚しようセシリア、と。

「ええ、喜んで、ですわーっ!!」

「? なにがだ?」

 飛躍しすぎな上に、幻聴に次いで妄想である。

 実際、彼はそのようなことは一切口にしていない。否、超が付くほどの唐変木である一夏にできるはずがない。

 そんなふたりのやりとりを見て、ギシリと歯を軋らせるのは箒と鈴、シャルロットである。三人とも非常にわかりやすい。

 性格が歪んだ鈴は告げる。

「ふーん……で? アンタが飼ってるていう、その馬の名前はなんていうの? 『キンパツタテロール』とか? ああ、アンタには『ナリキンセレブ』がお似合いじゃない? いかにもセシリアって感じでピッタリだと思うわよ? 『ブロンドメッキ』てのもなんか強そうじゃない? 別の意味で」

「……馬鹿にしてますの?」

 夢見心地であったセシリアの意識は瞬く間に現実へと戻されていた。

 睨みつけてくる相手に――鈴は「ハン」と鼻で笑ってみせると、肩を竦めて言い返していた。

「イヤーねェ。とてもとても、わたしたちとはレベルが違う、大層ご立派な、お金持ちの貴族のお嬢さまを馬鹿になんかしてないわよ?」

「……随分と棘のある言い方ですわね?」

「言ったでしょ? 馬鹿になんかしてないって。わたしはね、ただ単に、アンタをおちょくってんのよ」

「それを一般的に、馬鹿にしてると言うんですのよっっ!?」

 これだから品位に欠ける方は、と溜め息混じりに呟かれたセシリアの言葉は――だがしかし、鈴の耳には確実に届いている。

 沸点の低い彼女は、額に血管を浮かび上がらせていた。

「はぁ? 貧乏人なめんじゃないわよ。なにアンタ、自分は品格あるとでも思ってんの? だったらお生憎さま。アンタ自身が思ってるよりも、アンタの品格なんて低すぎてタカが知れてるから。身の程知るためにも病院に行ったほうがいいんじゃない? どこが悪いの? ああ、頭だったわね」

「……なんですって?」

 セシリアの額にも青筋がうっすらと浮き上がっていく。

 犬猿の仲と化しているふたりの感情は更に増していた。

「そもそも、アンタがスゴイんじゃなくて、アンタの親がスゴイだけでしょ。単なる親の七光りじゃない」

「なっ――」

 その一言が決め手となる。

 セシリアの心情は爆発していた。

「もうぅぅぅぅ我慢の限界ですわっっ! このわたくしに対する度重なる無礼の数々ッ! 今までの積もりに積もった不届き千万っ! 溜まりに溜まった怨み辛み、全ての鬱憤っ! 今ここで晴らしてさしあげますわよっ!!」

「ハッ! アンタごときにやられるほど、わたしはヤワじゃないのよ! ほら、どっからでもかかってきなさいよ。ボッコボコに叩きのめして、返り討ちにしてやるわよっ!」

「地べたに這い蹲って、泣いて謝っても許してさしあげませんわよっ!」

「それはこっちの台詞よ! アンタこそ、負けた時の言い訳でも今から考えてたらイイんじゃないの? 泣きベソかいて土下座するのが眼に見えてるわよ」

 と――

「覚悟なさいっ!」

「ハンッ、唯一の射撃しか取柄のないお嬢さまごときが、このわたしに接近戦を挑んだ時点でアンタの負けは決まってんのよ!」

 刹那に、互いの髪や頬に手を伸ばしては掴み合いをはじめ、ぎゃーぎゃーと喧しく喚き散らす鈴とセシリア。あわててセイバーと簪が止めに入る一方で、憤怒と憎悪を滲ませる箒の眼光により、突き刺さるような尋常ではない視線を感じた一夏はうろたえるのみ。

「な、なんだよっ、なに怒ってんだよ、箒――なんでそんな眼をしてるんだよっ!? な、なぁ、シャル――?」

 助けを求めるように、シャルロットへと視線を向けるのだが――

「ん? なにかな? 織斑くん?」

「……なんで、お前も怒ってるんだよ」

 菩薩のようでありながら、実質、般若と化した……なんだかよくわからない表情の彼女。

「怒ってないよ? 織斑くんは失礼だなぁ」

「いや、だって実際怒ってるだろ?」

「怒ってないよ? 織斑くんは失礼だなぁ」

「……いや、あのさ……だから」

「怒ってないよ? 織斑くんは失礼だなぁ」

「……ハイ……すみません……」

 三回連続同じ台詞を聴かされしまっては、何故か此方に非があると判断させられた一夏は申し訳なさそうに謝罪を口にしていたのだが。

 連中を尻目に、ひとりつまらなそうな顔をするのはラウラであった。ラウラとて、競馬というのがどういうものかを理解している。

「実にくだらん。要は、速い馬を決めるだけではないか。簡単なことだ」

「いやいや、そう思うだろ? それがそうもいかねェモンなんだよ」

 缶コーヒーを手に取り、意味深に笑みを浮かべるランサー――視線は掴み合いを続けたままごろごろと転がる鈴とセシリアに向けられているのだが――に対し、ラウラは表情をムッとさせていた。

「……どういう意味だ?」

「走るのは確かに馬ではあるがな、その馬を操るのは騎手になるワケだ」

「…………」

 ラウラは無言となるが、眼は『それがどうした?』と物語る。

 まあ聴けやとランサーは自論を展開していた。

「競走馬や騎手の体調、両の組み合わせ……加えて、馬場の状態、天候状況なんかにも案外左右されることもあってな。レース分析、パドック、オッズ、スピード指数、血統などなど、それらを見越した上で一着二着を予想して決めるモンなんだよ」

「……むぅ」

「一番速い馬だから、必ず一番になれるともかぎらねえワケだ。馬にだって体力はあるんだからよ。初っ端から全快でトばして最後まで持つか? 中盤辺りから追い込んで逃げ切るか、終盤にかけて一気に決めにかかるか、駆け引きがモノをいう状態でもあるんだぜ?」

「…………」

 ランサーの説明にラウラは無言のまま。

「お前さんで例えれば、部隊のひとりが欠けたことによって作戦行動に支障は出ねェか?」

「うむ……確かに、部隊員がひとり負傷したことにより行動、作戦に大きな影響が出るのは否めない。負傷者を連れた上での救援艇とのランデブーポイントに遅れてしまっては死活問題だ。競馬というのは奥が深いものなのだな」

 なるほど、言われてみれば納得深いと腕を組み頷きラウラ。

 そんな彼女を呆れた眼で見るのはシャルロットである。

「そこ、納得するの?」

 しかしながら、ラウラは驚いたような顔をして友人へ視線を向けていた。

「何を言うシャルロット……作戦行動中の部隊にとって、一番の損失は何だと思っている?」

「え……そ、損失……? 突然言われても……え、ええと……戦力……かなぁ?」

「それも大事ではあるが、一番重要とされるのは情報だ」

「……へ?」

「情報だ」

 間の抜けた声音を洩らすシャルロットを無視したまま、本来の軍人の貌となるラウラは説明を続ける。

「情報の漏洩ほど恐ろしいものはない。いいか、よく考えてみろ。極秘重要任務に就く一個部隊が、迂闊にも敵の策に嵌り拘束でもされてみろ。惨い尋問により情報が漏れでもすれば、それがどういう意味をもたらすのかは、お前にもわかるだろう?」

「ええと……」

「部隊は壊滅……いや、損害が一部隊程度で済むのならば、まだよしとしよう。だが、これが我が祖国ドイツの根幹から崩壊するようなものであれば想像を絶する! 国家を脅かすなど決して許されることではないのだぞっ! お前は、わかっているのかっ!?」

「えーと、その前にふたついい? ひとつは、どうして僕は怒られてるのかな? それともうひとつは、なんでラウラはそんなに熱くなってるのかな?」

 競馬の話だったよねコレと洩らすシャルロットだが、ラウラはやはり無視したまま拳を力強く握り締めては言葉を吐き出していた。

「よくぞ訊いた。あれは忘れもしない……深々と雪が降り積もり、月明かりもなにもなく、ただただ凍えるようなとても寒い冬の出来事だった。あの夜、斥候に出た我が黒ウサギ部隊は敵の策に翻弄された挙句に退路を断たれ、補給もままならない状態で弾薬も尽きかけてな……もはや肉体的にも精神的にも追い詰められた我々は――」

「あー、ゴメン。その話、長くなるかな? それに、僕が怒られた理由って無いよね?」

 話が逸脱しそうだと悟るシャルロットではあるのだが、三度ラウラは無視したまま、ぽつりぽつりと昔話を語り出していた。

 なにをしているのだと胸中呟きながらも、箒は箒で、ランサーの言葉に一部共感するところがあった。

「人馬一体というワケか……確かに、記された情報から推測するというのは観察力や洞察力を養うことにもなるか」

 ふむと顎に手を添え彼女。

「見極めるってのは、相応に難しいけどな」

「まぁ、アンタが言ってることはわからなくはないけれどね」

 いい加減にしなさいとセイバーによって強引に引き剥がされた鈴は無理やり座らされ、少々不貞腐れたままにランサーに対し答えていた。

 同じように、簪に宥められたとはいえ、セシリアもまた完全に溜飲は下がってはいない。

 記載されている情報から読みとり、独自の見解により結果を導き出すというのは、洞察力を高めるに関してはあながち間違いではない。しかしながら、それが近代競馬を題材というのは些か問題であろうが。

「まぁまぁ、モノは試しだ。オマエさんの意見を聴かせてくれや」

「え? ちょっと――」

 言って、ランサーは手にする競馬新聞を昼食を口にする鈴へと渡していた。

 流れ的に鈴は思わず受けとってしまっていたが――どうしようか迷いながらも、箸を口に銜えた恰好のままガサリと紙面を広げていた。

 シャルロットから箸を口に銜えるのは行儀が悪いよと指摘を受けるが無視。

「……第666回、TMネコアルク杯……なにコレ? こんなのあんの?」

 ふざけたレース名だと感じながらも――これが一番人気のメインレースだと説明を受けるのだが――彼女は意外にも真剣に紙面に眼を走らせていく。

 そこに記載されている出走馬名、騎手、各々の戦績情報等――

 箒とセイバーも興味深そうに横から覗き込んではぼそりと呟く。

「……ずいぶんとかわった名前の馬ばかりだな」

「これは、最近の流行なのでしょうか……?」

 首を傾げるふたりを他所に、予想外であったのは簪も乗り気であったりする。

 一通りざっと眼を通し――

「んー、わたし的には、この『ハナノミヤコ』ってのかな?」

「ほう、そりゃまたどうしてだ?」

 そう問いかけるランサーに、肩を竦めてみせた鈴は銜えていた箸を手に取っていた。

「別に、深い意味はないわよ。単に、馬が中国生まれってなトコね。わたしンとこだし。後は、他の馬よりもちょっと小柄ってなとこが引っかかっただけかな。競馬ってのはよくわかんないけれど、風の抵抗とかもこの馬ならそんなにないんじゃないのかって思っただけだし。オッズは……うっわ、この馬人気ないわね」

「決めては地元ってのと体格ってトコか?」

「悪い? 手堅く一番人気のこの『ブリュンスタッド』なんての選んでも面白くないじゃない。どっちかって言えば、番狂わせとかの方が面白そうだし」

「いんや、悪くなんざねェさ。競馬なんて選んで狙うのは人それぞれだ。要は愉しみゃそれでいいモンだっての」

「そういうもん?」

 適当に相槌を打って鈴。

 ところで煙草吸っていいかと訊ねるランサーに対し、ダメに決まってんでしょ、とすかさず告げる彼女。

「制服に臭いつくなんて冗談じゃないっての……ったく……で、ちなみに訊くんだけどさ、アンタはどの馬を推してるわけ?」

「俺か? 俺はこの『クレナイセキシュ』てのだな。牝馬ながらにやたらと気が強ェってトコが決めてだな」

「……それだけ?」

「おうよ」

「……何ソレ、そんなんで決めてんの?」

「そんなモンだって言ったろ? 完全な儲け目的で決めてるワケじゃねーし。遊びだ、遊び。まぁ、これで当たりゃ更に文句はねェがな」

「どーでもいいわよ。それよりもアンタ、どうせ馬券買うんでしょ? 当たったら当たったで、わたしらになんか奢りなさいよ。期待はしてないけれど」

 図々しく言いのける鈴から手渡された新聞をジッと見ていたセイバーではあるが、口を挟んでいた。

「わたしとしては、やはり一番人気の『ブリュンスタッド』でしょうか。二番人気である七枠の『マイソウキカン』という馬も侮りがたいですが」

「お前はお前で手堅く決めてんなぁ」

 現実的だと皮肉るランサーにセイバーは表情を変えずに返答する。

「それはそうでしょう。勝負を決するというのであれば、わたし的には、この二頭しか考えられない」

「その分、配当も低いみたいだけどね」

 人気が高い分オッズも低いと洩らす鈴の言葉にセイバーは頷くだけ。

「それも然りです。ですが、それこそ強者としての証でしょう。そもそも、互いがライバルじみた関係というのも興味深い。カンザシ、あなたはどう見ますか?」

「え? わ、わたし?」

「ええ。アナタの意見をぜひ聴かせてほしい」

 話を振られた簪は慌てるが――視線は先から鈴と箒の間からちらちらと新聞へと向けられていたのだが。

 当然のことながら、セイバーはそんな彼女に気がついていないワケがない。

「わ、わたしは……この『ユミヅカサッチン』かな……脚力がスゴイてところに興味ある……力で他をねじ伏せるとか、ちょっとカッコイイかなって……」

「……アンタって、結構好戦的よね?」

「そ、そう?」

 それとどこか地味っぽそうと思うのは、簪の心の中だけでの秘密である。

 そんな彼女の胸中など知る由もなく、鈴はなるほどねと呟いていた。

「確かに、こう見ると馬力ってーの? 違う? 工率の単位? あっそ、知んないわよ。パワーだけで見れば『ハナノミヤコ』ってのよりは圧倒してるわね。ふーん、言われるように、わたしもセイバーも簪も意見は違うわよね」

「そういうこった。な、面白ェだろ? 与えられた限られた情報から得た結果で、答えはこうも違くなるモンなんだからよ」

「わからなくはないけれど、アンタが言うほど面白くはないわよ?」

 ニタリとするランサーに鈴の言葉は辛辣である。

 シートに広げられた新聞を見て、箸を止めた一夏は口を開く。

「俺は、この『ジュウナナブンカツ』かな」

 良くも無く悪くも無く、スタンダードってのは決めるところは決めるんじゃないのかな、よくはわからないけれどと付けて。

 ぷりぷりと独り怒り、サンドイッチをつまんでいたセシリアも話に混ざる。

「わたくしは、この『マジックガンナー』ですわね。特にこのガンナーとの響きがとても他人事のようには思えませんわね。それに、なんだかこう……ありとあらゆるもの全てを破壊尽くして突き進むようなイメージですわ。通り過ぎた後には草も生えずに、何も残らなそうな感じもしますわよ」

「はっはっはっ、そんな馬鹿な」

「ていうか、この馬のデータに未知数、規格外とか載ってるんだけれど、こんなのアリなの?」

 セシリアの言葉にラウラは笑い、鈴はなにコレと眉を寄せる。が、シャルロットは逆に神妙な面持ちだった。

(なんでだろう? どうしてだかわからないけれど、セシリアの言ってることはあながち間違ってないような気がするんだけれど……)

 確証など何もない。ただ自分は何故かそう思ってしまっていたのだが。

 と――

 更に鈴は騎手のデータに眼を通していた。

 目読していくだけで、眉間に皺が刻まれていく。

「……ここに載ってる騎手も、変わった名前の連中ばっかね。なに、この……ネコアルク、ネコアルクバブルス……ネコアルクデスティニー、ネコアルクエボリューションに……ネコアルクカオス、ネコアルクブラック、ネコアルクノワール、ネコアルクシュバルツ、ネコアルクネロ……ネコカオスブラックG666って……騎手全員身内か兄弟ってコト? GCVってトコに所属してるってあるけれど、なに? GCVって?」

「なんで俺に訊くんだよ。俺が知るワケないだろう?」

 話を振られた一夏は困惑する。使えないわねと零す鈴に「なんでだよ」と言い返しながら。

「ノワールって、僕のフランスでは『黒』て意味なんだよね」

 何気に呟くシャルロットに続き、ラウラと簪もまた口を開く。

「それをいうならば、このシュバルツという言葉は我がドイツ語で『黒』を意味するな。ドイツ出身の者ということか」

「……ネロ、は……確かイタリア語で、同じく『黒』って意味だったハズ……」

 『黒』にこだわりでもあるのかと意見する三人を尻目に、パラパラと紙面をめくる鈴ではあるが、再び出走場の一覧へと戻される。

 食事をしながらわいのわいのと言い合う皆の中、ひとり黙考しているのは箒である。

(それにしても……)

 記載されている枠、十六頭の名前を今一度見やり彼女。

 ブリュンスタッド――

 ジュウナナブンカツ――

 クレナイセキシュ――

 センノウタンテイ――

 マジカルアンバー――

 エルトナムアトラシア――

 マイソウキカン――

 ユミヅカサッチン――

 クロネコレン――

 シロネコレン――

 マジックガンナー――

 ハナノミヤコ――

 フォアブロロワイン――

 バルダムヨォン――

 ズェピアオベローン――

 チョクシノマガン――

(なんというか……どの馬も、本当にずいぶんと個性的な名ではあるな……)

 近代競馬に詳しいハズもなく、箒は無言のまま小首を傾げていた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「おべんと、おべんと、たのしいな~♪」

「……子どもか? お前は……」

 るんたたるんたたとスキップさながらに、上機嫌のまま鼻唄を口ずさむのは真耶。

 そんな彼女の横に並んで歩くのは、呆れたような顔をした千冬である。

 たまには外で食べましょうとの真耶の提案に従い、屋上に連れられた千冬だが――

 対極的な表情を浮かべる両者ではあるが、共通するものがひとつだけあった。それは各々手にする士郎特製のお弁当を携えて。

 相変わらず、士郎からの差し入れとして日々渡される弁当は美味であった。特に千冬にとっては、一夏の作る料理は確かに美味いが、士郎の作る料理の味にも感心させられていた。

 どちらがより美味いのか、そんな甲乙などつけられることもない。

 どんな味付けが好みか訊かれた際に、さり気なく応えた千冬ではあるが、その些細な好みを士郎は聴き逃してはいなかった。

 もう少し薄くても構わない――

 もう少し濃くても構わない――

 だがしかし、そんなものは敢えて言うならばと前置きしての感想であり、本当に些細なことでしかない。美味いものは、間違いなく美味いのだから。

 とは言えども、士郎にとっては俄然調理に意欲を抱かせるには十分となる。

 せっかく食べてもらうのならば、よりよく美味しく食べてもらいたい――

 試行錯誤を繰り返したとはいえ、数日後には、ほぼ千冬好みの味付けへと変貌している。それは、真耶にも同じことが言えたのだった。

 つまりは、真耶の弁当と千冬の弁当とでは、同じ食材でもわざわざ味付けが異なっているというわけである。

 そこまで徹底しているのは何故なのかと問われれば、それが士郎の『食』に対するこだわりであろう。

「衛宮くんのお弁当ですよ? これが愉しまずにいられますか?」

「……たかが弁当だろう?」

 あくまでもドライな反応を示す千冬ではあるが――真耶はムッとした表情へと変わっていた。

「じゃあ織斑先生は明日から衛宮くんのお弁当は要らないんですね? なるほどなるほど。それじゃ、わたしから彼にそう伝えておきますよ」

「……誰も、そうは言っていないだろう」

「そうですか? いかにも要らなそうな感じですけれど?」

「……わたしの失言は認めよう。衛宮の作る弁当は愉しみではある……これで満足か?」

「満足です」

 明日から自分のは無しだといわれてしまっては、相応に残念な気持ちになってしまう。

 千冬なりに士郎の弁当が楽しみであったりするのは事実となる。彼女は彼女で、真耶のように露骨に表情に出ないだけなのだから。

 昨日(きのう)のケチャップとチーズの乗った洋風焼きナスは美味かった。

 一昨日(おととい)のじゃがいもとベーコン、ほうれん草を混ぜた卵焼きも美味かった。

 一昨昨日(さきおととい)の甘すぎず濃すぎることもなく、ほどよい味付けの切干大根も美味であった。

 横で美味しそうに食べている同僚を見て、自分には無くなってしまっている姿を想像し……損得を秤にかければ、損に傾いてしまっている。

「いい天気ですねー。穏やかで風もない……こんな時に外で食べるってのも悪くないですね」

「まぁ、たまにはな……」

 陽射しは強いが暖かく、空は快晴。まさに、すがすがしい日本晴れの気持ちとはこのことか。

 と――

 なにやら騒がしい一画に気づき千冬。なんだと見れば、一夏を筆頭にいつものメンバーがなにやら言い合う姿を捉えていた。

「なにをしているんだ? アイツらは……」

 その面々の中にランサーとセイバーが混ざっているのが珍しい。また馬鹿騒ぎでもしているのかとよくよく耳を済まして聴いてみれば――

 あれやこれやといった部分的にではあるが、違う、おかしい、そうじゃないと、なにやら真剣な眼差しで意見をぶつけ合っている。

「…………」

 普段は騒ぎを起すことが多い連中が、あんなに真面目な顔をして言い合う姿など久しく見ていなかっただけに。

(ガキだガキだと思ってはいたが、アイツらはアイツらなりに成長しているということか……?)

 ISのことで議論でもしているのだろうと認識した千冬の口元は自然とほころんでいた。

「ふふ……」

 唐突に、横に立つ真耶の口からくすくすと小さな笑いが零れていた。

「何がおかしい?」

 どうかしたかと視線を向ける千冬ではあるが、真耶はすみませんと声を洩らす。

「織斑先生、今、すごくイイ笑顔になってましたよ? ご自分でも気づいていらっしゃいませんでしたよね?」

「む……そうか?」

「ええ、でもわかります。普段はなんだかんだと問題を起すあの子たちですけれど、やっぱりライバル同士なんだなぁって思って。あんなに真面目な顔をして議論し合うだなんて……わたしはあの子たちをきちんと見ていないんだなって思い知らされちゃいました」

「…………」

 確かに、馬鹿騒ぎを起すことには優れた面々が――ランサーが居ることに引っかかりはするが――真剣になっているのは純粋に評価に値する。

「……まぁ、な……」

 その点に関してだけは千冬とて素直に頷くのみとなる。

「どれ、わたしも教師としてではなく、先輩として意見を述べてきますかね!」

 生徒たちの姿を見て、昔の自分の姿を重ねて思い出したのか、少しばかり興奮している真耶。

「……だからといって、依怙贔屓はするなよ?」

「そんなことしませんよ。今のわたしは、一OGです」

 言って、輪に混ざりに少しばかり早足で彼女。

「……まったく、これではどちらがガキかわからんな」

 呆れながらも――満更でもなく――吐息を漏らした千冬もまた苦笑混じりに歩み寄り――

 その会話を耳にする。

「だから、馬場の状況も考慮するべきだと思うのよ。この日の予報は雨でしょ? ぬかるんだ地形ではレースにだって影響が出ないとは限らないじゃない?」

「でもさ、この組み合わせだとオッズは低いよ? 守りに入ったら勝てる『勝負』も勝てないよ? 万馬券を狙うんなら、ここは敢えて挑戦するべきだと僕は思うんだよね」

「待て……今、ドイツ経由で過去のデータを調べたところによるとだな……」

「最後尾の馬がラストスパートで他の馬を全て抜き去るのはすごかったな。圧巻とは、ああいうものをいうのだろう」

「……でも、ジョッキーによるところもあると思う……見て……この『武内崇』ていう騎手……『センノウタンテイ』に騎乗した時は、全てのレース優勝している……」

「ぶっちぎりですわね。他の馬に乗っている時の結果はまちまちですけれども……何者ですの? この騎手の方は……」

「やはり『ブリュンスタッド』と『マイソウキカン』……大穴として、『マジカルアンバー』といったところでしょうか」

「なぁ、煙草吸っていいか?」

「ダメって言われたろ? アンタ聴いてないのかよ」

 などなど――

 競馬に関して熱く議論し合う生徒たちを見て――

「な――」

 凍りついた笑顔を張り付かせた真耶は――

「なにをしているんですかっっっ!? アナタたちはっっっ!?」

 咆哮が屋上に響き渡ることとなる。

 突然の声量に一同が驚き顔を上げ――げえっ、と声を洩らしたのは一夏である。

「や、山田先生っ!?」

「『山田先生』じゃありませんっ!! ISや学業のことで議論しているのかと思えば――」

 言って、真耶はたまたまラウラが手に持っていた競馬新聞を引ったくっていた。

 わなわなと手を震わせると、新聞は握り潰されていく。

「信じられませんッッ! なにを話しているのかと思いきや、あろうことかっ! 賭博だなんてっっ!!」

「……なにをやっているんだ、オマエたちは」

 本格的に呆れながらも千冬もまた続いていた。

「ギャンブルは、未成年にはまだ早すぎるぞ?」

「そういう問題じゃありませんッッ!」

 見当違いな指摘に対し、真耶は千冬にまで噛み付いていた。

 すぐさま失言したと悟った千冬は苦しみ紛れに視線をラウラへと向けていたのだが。

「ボ、ボーデヴィッヒ、これはどういうことだ、説明しろ!」

「はっ、教官! 今、我々はランサーに単勝、馬連、三連複、三連単に関する払戻金を習っていたところであります」

 払戻金という単語により、真耶の表情が更に怒りに染まる。

 慌てたセイバーはランサーの肩を掴み耳打ちしていた。

「ランサー、なんとかしてください。マヤがとてつもなく恐ろしい。アナタひとりの犠牲で済むのならば安い話です。我々の安住のためにも」

「――オマっ、俺にだけ責任押し付けんなよっ! お前も一緒になってやがったろっ!? おいっ! どさくさに紛れて押すんじゃねェよ!」

「ちょっと! もとはといえば、アンタが悪いんでしょ! 男でしょ! 大人でしょ! アンタが責任取りなさいよっ! ついでに一夏も!」

「なんでだよっ!?」

 ランサー、セイバー、鈴、一夏と順に声を上げるが――

「黙りなさいっ!」

 真耶の一喝とともに、雲ひとつない快晴であったはずが、雷鳴を轟かせ稲妻が手近のグラウンドへと落ちていた。

 白い息を吐き出し、ギロリと睨みつける様は、まさしくバーサーカー。

 あまりの剣幕にラウラとシャルロットは涙目となり互いに抱きつきガタガタと震え、箒とセシリアはセイバーの背後で縮こまる。簪はランサーの背後に隠れ既に気絶一歩手前である。

 そんな中――

 全ての責任を押し付けられた形となるランサーは申し開きを口にしていた。

「ま、まあまあ、待ってくれや、眼鏡のねーちゃん……こりゃアレだ、アレ……えーと、じょ、情操教育の一環てヤツでだなぁ、物事の例えを俺なりに手っ取り早く教えてたモンであってだな、いやー、さすがに競馬は無ェかなっては、怒られるのはもっともだがよ」

「…………」

「まぁ、なんだ……アンタが怒るってのも、わからなくはねぇんだよ。俺が悪いってのは自覚してる。反省してる。だがな、敢えてだ、敢えて言わせてもらいてぇんだが……」

「…………」

「そう、おっかねぇ『貌』すんなっての……せっかくの可愛い顔が台無しだからよ」

 と――

「も、もうっ! か、可愛いだなんて――ランサーさんたら」

 表情を一転させ、恥らう真耶を見て、しめたと一気にたたみかけようとするランサーではあるのだが――

「――なんて、言うと思ってますか?」

 それらは全て芝居であった。

 顔を覆っていた両手を外せば――再びそこには、氷を超越する冷ややかな表情を浮かべる真耶がいた。

 男に褒められることが慣れていないと目論んだランサーの致命的なミスであろう。真耶を甘く見すぎていた結果である。

 彼女はそれを容易く見越していただけでしかないのだが。

 もはや、悪鬼羅刹でしかない。

「巧く丸め込めたと思いましたよね? ちょろい、と思いましたよね? 馬鹿にしてますよね?」

「あー、いや、そんなことはねぇぞ、うん」

「ならどうしてわたしの眼を見て言ってくれないんでしょうか? 人と話す時は、相手の眼をきちんと見てお話しするようにと教えられませんでしたか?」

「いやー、教えられたような気はするんだが、如何せん学がねぇモンでなぁ。アンタの眼を真っ直ぐに見つめるだなんて、俺には眩しすぎて出来ねェモンでよ」

 眼を泳がせるランサーではあるが、両手を伸ばした真耶は相手の顔を掴み無理やり自分の方へと向けさせていた。

 それでも視線だけは在らぬ方へ逃がし彼。

 眼鏡越しから覗く真耶の双眸は、魔眼でもないはずなのに、どういうわけかライダーのサーヴァントであるメデューサのように石化でもさせるかのごとく。

 懸命に首の力だけで逃れようとするのだが、それ以上にがっしりと捕らえられた真耶の指の力は上回っている。

(このねーちゃん、どうしてこんなに力がありやがんだっ!?)

 内心叫びながらも目線はつい千冬へと向けられていた。アイコンタクトだけで『なんとかしてくれ』と訴える。

 無言のまま腕を組んでいた千冬ではあるが、やがて深い溜め息を漏らしていた。

「山田先生……コイツの馬鹿さ加減は今にはじまったことでもないだろう?」

「…………」

「確かに、コイツがしでかしたことを鑑みればロクでもないことだろう。改めるとしても、今のこの時間ではなく、放課後にでも設けてみてはどうだろうか?」

「…………」

 怒り心頭である真耶は聴く耳を持ちはしなかったが――

 やがて「ふう」と息を吐き出していた。

「そうですね……今はお昼休みですし、後ほどきちんとお話しましょうか」

 言って指を離し真耶。解放されたことに安堵したランサーは――間抜けなほどに口を滑らせていた。

「いやー、これがなかなかなレースなモンでよ、当たったら、お前さんも吊り眼のねーちゃんも飲みに連れてくからよ」

「…………」

 一瞬の間を置き――

 しばらくして、こほんとひとつ咳払いをした千冬は真耶へと向き直っていた。

「山田先生、コイツも一応これでも反省しているようなので、これ以上は――」

「織斑先生? アナタも何を真面目な顔をして一緒になってふざけているんですか? 馬鹿にしてます? 馬鹿にしてるんですか? 馬鹿にしてるんですねッッ!?」

 真耶、再び激昂す――

 沈静化したと思われた彼女の『怒り』という火に油を注ぐだけである。

 掴みかかろうとする真耶の手を咄嗟にかわし避けた千冬であるが、バランスを崩し倒れかける――寸前に、ランサーは腕を掴み引き寄せていた。

「吊り眼のねーちゃん、お前もお前でなにやってんだよっ!」

「す、すまん……ついうっかり……というか、お前が原因だろう」

 キシャーと奇声を上げるかのごとく、真耶は怒りの矛先を撒き散らす。

 空はいつの間にか曇天が覆い、雷がふりそそいでいた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 昼休みも半ばほど過ぎた頃、生徒会室での事務を終えた士郎は楯無に連れられ廊下を歩いていた。

 他愛も無い雑談――ほとんど楯無が一方的に喋り、士郎は聴く側に徹するだけなのだが――に興じてふたり。

「そうそう、こないだの『たてなっしー』だけど、結構評判良かったのよ」

「…………」

 士郎は無言となる。

 散々な目に遭わされたあの忌まわしい存在――

 あんなものがいったい何処に評判が良いというのだろうか。警備会社で好評なのかと訝しみ彼。

「それで、まだ極秘ではあるんだけれど、プロモーションビデオの第二弾を作ろうと思うのよ」

「極秘って意味、わかってるか?」

「第二弾は、『たてなっしーVSかんざっしー』とか」

「誰得だ? ソレ……」

「制御の利かない姉を助ける妹の物語」

「既に『姉』は制御不能だろ? 世のためにも破壊した方がイイと思うんだけれどな」

 皮肉を零す士郎であるが、当然楯無は聴き流す。

 加えて、現実世界では姉妹の仲がいまいち宜しくないからといって、空想世界で理想の姉妹像を描くというのはどうだろうかと考える。これをなんらかの形で簪本人が観たとしたらどうなるか。以前の『かんざっしー』の話の時点で大層イヤな顔をしていただけに、決して良い印象は抱かないだろう。

 またぞろ姉妹仲が悪くなるのではなかろうかと危惧する彼ではあるのだが。

 しかし、楯無は気にした様子もない。

「そのために『たてなっしー』は弐号機として生まれ変わったのよ」

「……ニゴウキ?」

「そ、弐号機。あ、『弐』てのは難しく書く方の『弐』よ。漢数字の『二』じゃないから。ここ重要」

「…………」

 どうでもいいところにこだわるんだなと士郎は呆れ果てている。

「回収された『たてなっしー』は、あれから改良が施されたのよ。聴いて驚かないでよ」

「……またそのフレーズか? それよりも、俺が脱ぎ捨ててた()()はきっちり回収してたのかよ」

 学園から逃走した際に頃合と安全を見計らって士郎は『たてなっしー』を脱ぎ捨てると近くのゴミ捨て場に放り込んでいたのだが。

 どうせ色が変わったとでも言うつもりなのだろうと士郎は読んでいた。おおかた赤色になったとでも口にするのだろうとして。

 が――

「なんと、今度の弐号機は飛べるのよ」

「……は?」

「飛ぶのよ」

「は――はあああああっっ!?」

 予想の遥か斜めを告げるその発表に、彼は純粋に驚愕の声を上げていた。

「……士郎くん、驚かないでとは言ったけれど、驚きすぎよ。むしろ大げさ? うーん、そういうのはちょっといらないと思うのよね。おねーさんちょっと引くかな」

「アホか? 飛ぶって、飛ぶことだよな? 飛ぶんだろ? 『跳躍』の跳ぶじゃなくて、『飛行』の飛ぶってことだろうっ!? あんなのに飛行能力が備わったってことでいいんだろっ!?」

「うん、flying」

 素直にこくりと頷き彼女。だが、対照的に士郎の表情は驚きのままである。

「お前っ……これが驚かずにいられるかっての」

 ただでさえISという存在に世界は振り回されているところに、よりにもよってあんなものが飛行技術まで組み込まれて世に出るなど考えられない。

 それこそ『ひゃっはーっ!』と奇声を上げて敵陣に突っ込んで爆発するミサイルにしか思えてならない。

「『たてなっしー』脅威のメカニズム! 量産体勢もバッチリよ!」

「あんなモンが大量生産されたら末恐ろしいぞ」

「さまざまな地域で活躍できるわね。人命救助、復興支援に大いに貢献できるってものだわ」

「…………」

 士郎は無言である。

 あんなものがわらわらと動いている姿など想像もしたくない。

 むしろ世紀末な荒廃した世界に闊歩している方がしっくり来ると思えてしまうのは偏見であろうか。

「でもね、ジェットエンジンを背負っての話なワケよ。ついでに言えば、まだテスト段階なのよね」

「いや、それでも十分すごいだろ」

「ありがと。参考イメージとしては、ほら、こないだ『鋼鉄男』て洋画があったじゃない。両足のスラスターブーツによる飛行機能。アレを意識してるんだけれどね。理想と現実とでは巧くいかないものなのよ」

「…………」

 『鋼鉄男』とは楯無に誘われて観た米国映画である。パワードスーツを身に纏い、悪人と戦うといういわば正義の味方といったストーリーであった。その作中内での主人公はパワードスーツを着て自在に空を飛んでいたのだが。

「だから」

 言って、微笑を浮かべた楯無は士郎の両肩に手を添えていた。

「テストパイロット、お願いね」

「なんでさ?」

「言ったでしょ、まだテスト段階だって。つまり、試運転をしなくちゃいけないわけよ」

「…………」

「超音速飛行を狙ってみようかと思うの」

「超音速って、お前……よくよく考えてみれば、ジェットエンジン背中に括りつけて飛ぶなんて、直接の人体にどれだけの負荷がかかると思ってるんだよ」

「だからこそ、それを試すんじゃないの。そのためのテスト飛行よ。大丈夫大丈夫。ダミー人形で試してみたから。下手しても、ちょっと爆発四散しただけだから」

 然したる問題じゃないわよ、と彼女。

 しかしながら、そんな話を聴かされて、士郎が冷静でいられるハズがない。

「しただけってなんだよ! 大問題だろっ!? ちょっとのレベルが、お前は相変わらずぶっ飛んでるんだよ。この前のスタンロッドもそうだったろ」

「そうそう、スタンロッドっていえば、武装も改良したのよ。憶えてる?」

「…………」

 憶えているかと訊ねれば、士郎は無言にならざるをえなかった。扇子を模したモノが、実は象をも一撃で昏倒させる電気ショックを与える器具であると明かされれば、どう考えてもやりすぎであろう。

 楯無本人はあくまでも護身用具だと豪語するが、相手を良くて黒焦げ、悪くて消し炭にするような、完全に殺傷能力ありきのシロモノを容認できるハズがない。

「接近戦しかなかった『たてなっしー』に、ついに飛び道具が備わったのよ」

「……おい」

「ビームかレーザーを組み込めなくて残念て言ったでしょ? ふふん、科学は進歩するものなのよ」

「……待て」

「『弐号機』の両の掌からレーザーが出るようになったのよ」

 うっふっふっ、と含み笑いを漏らす楯無は嬉しそうに話しはじめる。

「これのすごいところはね、筋肉の動きだけでコントロールすることが出来るのよ」

「だから、待てっての」

「詳しく説明するとね、要は腕部に組み込まれた筋電図がポイントなのよ。筋肉の動きを認識することによって、前腕の筋肉に力を入れるとチャージ。逆に前腕の力を抜けば超高圧縮レーザー発射なワケ。当然連射も可能よ」

 キュイーン、バシュー、と口で擬音を発しながら実際に構えて見せる楯無。

 士郎は眩暈を覚えるだけでしかない。

「それ本当にただの殺戮兵器だろっ!?」

「ちなみにこれも『鋼鉄男』からのオマージュ。これで名実ともに、『たてなっしー』はオールラウンダーとして誕生したの。もう遠距離からの狙撃もオッケーてなモノよ」

「やめろっての」

 冗談ではない。

 飛行能力に加え、更には射撃武装まで備わったなど、()()()()()()()()()()

 『鋼鉄男』のガントレットの掌から発射される、標準的攻撃用光線兵器は士郎も知っている。

 だが、だからといって『ひゃっはーっ!』と叫び、バシュバシュバシュバシュと、両手から同様にレーザーを放つ姿は無差別攻撃のなにものでもない。

「でもねー、これもダミー人形だから、試し撃ちでレーザー連射してたら簡単に両腕が吹き飛んじゃったのよねー。なので、こっちのテストもよろしくね」

「するわけないだろっ!」

「えー? どうして? 限界に挑戦するのって、ロマンだと思わない?」

 同意を求める彼女に対し、士郎が了承できる箇所は欠片も存在していない。

「爆砕したり、吹っ飛んだりするのが前提で話を進めるのをやめろ。無人で失敗したから、有人でってのがどう考えてもおかしいだろうがっ!? そもそも、そういうのは、お前自身がやればいいだろう?」

「なんで? わたしに何かあったらどうするの?」

 士郎くんてホントおかしなこと訊くわね、と彼女。

「どうして急に真顔になるんだよ。それに、なんで俺ならいいんだよ」

「頑張れ、男の子♪」

 ウインクひとつに親指を突き出す彼女の手を、士郎はぺしんと叩いていた。

「答えになってないんだよ。馬鹿だろ、お前」

「大丈夫大丈夫。なにかあったとしても、映画とかでよくあるじゃない。事故に遭って奇跡的に生還したけれど、失った部位を機械で補ったりとか」

「やめろ。流れが想像つく」

「サイボーグ士郎くん、なんて響きカッコよくない?」

「語呂悪すぎだろ。どこぞの漫画やアニメのタイトルみたいだな」

「機械の身体なんてカッコイイじゃない。いわば正義の味方よ? ヒーロー、ヒーロー。『英雄』と書いて『ヒーロー』と読むのよ!」

「…………」

 正義の味方という言葉にピクリと反応する士郎ではあるのだが――

「片腕なんてドリルよ、ドリル! どう、興奮しない? プロトタイプなんてカッコイイじゃないの」

「するかっ! 日常生活において、明らかに不要だろうが」

「わっかんないわよ? 突然落石があったらどうするつもり? そんな時にこそドリルで一撃粉砕っ!」

「ものすごく超が付くほどの限定状況だろソレ」

「他にもプロトタイプだから言語機能に問題があったりするの。起動時の挨拶は『オハヨウゴザイマシタ』とか」

「ただの欠陥品じゃないかよ」

「メカ士郎くんとか、ロボ士郎くんとかの方がイイ?」

 本当に話に脈絡がなさ過ぎる。

 会話を交わし続けることに士郎の苛立ちは募りはじめる。

「良いか悪いかの問題じゃないだろう?」

「士郎対メカシロウ、とか?」

「聴けよ。どうして疑問系なんだ? それと、どこかの特撮怪獣映画で使われそうなタイトルだな」

 顎に指を当て、少しばかり斜に考える楯無に対し、士郎はジト目となっていた。

「じゃあ……オレサマ、オマエ、マルカジリ、とか?」

「それはもう機械的なモン関係ないだろ!」

「あ、ああ! うっかりしてたわ、ゴメンなさい」

「……なにがさ」

「モビルなスーツや、モビルなアーマーの方が好みなワケね。男の子だもんね。オッケーオッケー、極力要望には応えるわよ?」

「アホだろ」

 ピッと指差しにこりと微笑み彼女。

 士郎は心の底から深い溜め息を漏らすのみ。

 どうしてこんなに疲れさせられるのだろうか――?

「…………」

 しかし、と彼はふと思い立つ。

 屋上で食べようと提案した楯無であるのだが、その彼女は手に何も持っていない。なにかしらパンでも買ってくるのかと思っていたのだが。

「……なぁ」

「ん?」

「ところでさ、お前……昼食は?」

「ん」

 言って――

 楯無は手を差し出していた。何もない空手を、である。

 意味がわからず首を傾げる士郎であるが、彼女は不思議そうな顔をしていた。

「え? そのお弁当って、わたしにでしょ?」

「え? なんでだよ」

「え? 違うの?」

「え?」

「え?」

 刹那に――

『え?』

 互いに顔を見合わせていたが、先に動いたのは楯無だった。

 ふう、やれやれと肩を竦めると――

「あーっ! あんなところに空飛ぶ猫のミイラ!」

「……はあっ?」

 突如声を上げて、在らぬ方へと指さす彼女。

「なにが空飛ぶ猫のミイラだよ……どこだよ」

 見るとも無しに顔を向けた士郎であるが――楯無の示す先には何も存在していなかった。

 瞬間――

 士郎の手から弁当をさっと掠め盗り彼女。そのまま一目散に駆け出していた。

 一瞬何が起きたのか理解できずにいた士郎ではあるが、奪われたことを理解すると慌てて追いかけていた。

「おまっ――購買に行ってパンでも買って食えよ!」

「じゃ、士郎くん買ってきて。ツナサンドとタマゴサンド、それとコーヒー牛乳ね。全力ダッシュでよろしく」

「なんでだよ! 自分で買ってこいよ!」

「ヤ。面倒くさい。それじゃ、このお弁当はわたしのね。ハーイ、決ーまり」

「返せコラッ!」

「オホホホホ、ほーら、捕まえてごらんなさい」

 リゾートビーチの波打ち際を追いかけっこするような、どこぞのバカップルのようなノリで駆ける楯無。そのまま屋上へと続く階段を三段跳びに駆け昇っていく。

「なんであんなに速いんだアイツは!」

 遅れて士郎もまた屋上へと辿り着き――

「おい! お前なに人のもの盗ってるんだよっ!」

 後ろから追いつき、若干声を荒げる士郎ではあるのだが――

 屋上は強風が吹き荒れ、見渡す空は黒い雲に覆われ雷鳴が絶え間なく響いていた。

 生徒会室を出た際には暖かい陽射しに青い空が続いていたハズだというのに――

 僅かな短時間で一体なにが起こったのかと考えさせられる中、戸口に立つ楯無は微動だにせず。振り返ることも反応することもなく。

「?」

 不審に思い横へと回る彼ではあるが、やはり楯無は固まったようにピクリとも動きはしなかった。

 本格的に訝しみながらも、士郎は彼女が見入る先へと視線を向けて――

「……なんだ、アレは……」

 それしか呟けず、他には言葉を失う。

 ようやくして、状況を理解した楯無もまた口を開いていた。

「あ……ありのまま今起こっている事を話すわ……士郎くんから貰ったお弁当を屋上で食べようと思ったら、山田先生に怒られている織斑先生たちの姿を見ることになったの……な、何を言ってるのかわからないと思うけれど、わたしも何を見たのかわからなかったわ……」

「いや、わかるから。それに、俺は別にお前に弁当あげてないぞ? いいから返せよ」

 ほら、と手を出し弁当を渡せと告げるのだが、楯無は頑なに拒否をする。

 そんなふたりのやりとりなど気づきもせず――士郎と楯無が居合わせていることすら気づいていないのだが――千冬は静かに独りごちる。

「な、何故に、わたしまで」

 ランサーたちと一緒に正座させられている彼女はそう呟きはするのだが――瞬時に、ギロリと真耶に睨まれては俯き無言となっていた。

 普段は穏やかで温厚な真耶が、今は眼を吊り上げて怒りをあらわにしている。

「…………」

 彼女でも、怒る時は怒るものなのだなと実感する士郎ではあるのだが――

 正座させられている面々を見て、彼は首を傾げてしまっていた。

 一列に並ぶ一夏、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪たちは皆俯いたまま。

「……本当に、何をやらかしたんだ……?」

 セイバーとランサー、千冬までいる以上は、なにか余程のことがあったのだろうと、士郎はひとり推測することしかできなかった。




各ネタ詳細は活動報告に。
読まなくても特に問題は無いです。

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