I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
非常に気まずい――
現時点によるシャルロットの心境を至極簡潔に述べるとするのならば、その一言に尽きるものだった。
彼女が今いる場所は、上空高度約40000フィート、地上より12000メートルほどを飛んでいる航空機の中である。ついでにいえば、僅か数席しかないファーストクラスの一席に座ってであるが。
機内アナウンスで流れた、「快適な空の旅をお楽しみください」との台詞がシャルロットにいいようのない不安を募らせていた。
彼女にとっては、このアナウンスには悪意があるのではなかろうかと邪推してしまうほどに、心はとてつもなく病んでいる。
(僕は、何を試されているんだろう……?)
何の試練を潜り抜けさせられているのかと彼女。
仮にこの世に『神』が存在し、その『神』が自身の気まぐれ、または退屈しのぎのためだけに現状を面白おかしく、大変愉快に設定されているとすれば、シャルロットは助走をつけて殴り飛ばすほどの気概を持ち合わせている。
「…………」
どちらかといえば、決して好戦的とはいえぬシャルロットではあるのだが――繰り返すが、今、この時ばかりは例外であろう。
彼女の隣の席に座っているのは、キャスターである。
「…………」
セシリアとランサーが英国へ向うためにIS学園を離れ、遅れてシャルロットはキャスターに連れられ日本を発つことになる。行き先は無論彼女の生まれ故郷であるフランスへ。
日本からフランスのシャルル・ド・ゴール空港までの飛行時間は、直行便にて約12時間程となる。
既に日本を発ってから数時間が経過しているが、その間というもの、シャルロットとキャスターのふたりに会話は一切ない。
「…………」
無言。
静寂。
シャルロットにとっては、素晴らしいほどに気まずい空気であろう。
何故こうなったのかといえば、キャスターの機嫌が悪いことが原因である。敢えて指摘しておくのならば、同行しているシャルロットが何か粗相をしたわけではない。むしろ彼女はこれ以上ないほどに全神経を最大限に集中させ気を使っている。気を使いすぎて、ストレスによってマッハで胃に穴が開くのではないかと思えるほどに。
ファーストクラスのチケットを用意しておけと伝えておいたのにもかかわらず、デュノア社は社用のビジネスジェット機を用意していたのだから。相手側からすれば、良かれと思って手配していたのだが、キャスターにとって見れば何を頼みもしていない余計なことをしているのかと機嫌を損ねるには十分だった。
そもそも、デュノア社の専用ジェット機が用意されているということは、当然さまざまな人の眼に触れられていることになる。
結果、デュノア社がわざわざ用意していたビジネスジェット機に乗るハズもなく、キャスターはファーストクラスのチケットを非合法な手段で自分で用意してフランス直行便の飛行機へ搭乗することとなったのだが。当然のことながら、チケット代の支払いはデュノア社持ちである。
「あの、我々はどうすれば……?」
「帰ればよくて? ああ、なんならせっかく日本に来たのなら観光でもすればいいんじゃないかしら? 適当にブラついて、適当に土産物でも摘まんで買ってから帰ればよろしいのではなくて?」
途方にくれるデュノア社スタッフにそう告げると、キャスターはそれ以上相手にすることもなく。
そんなやりとりの会話を思い出したシャルロットは、ぶるりと身を震わせる。
隣接する座席は真横であるが、仕切りを立てられていたほうがまだマシであるといえよう。今さらながら、シャルロットの側から仕切りを立てるのも如何なものか。
もっとも、この場の雰囲気に飲まれているのは彼女だけではない。
ファーストクラスの唯一の搭乗者であるふたりに対し、最初は頻繁にサービス提供をしていたキャビンアテンダントだったが、キャスターが発する『寄るな』『しゃべるな』『消え失せろ』とのオーラに気圧され奥へと引っ込んでからは自分からは出てこなくなった。
無論、こちらからの呼びかけ――飲み物などを求めた際には迅速に対応してはくれるのだが。
頬杖をつき、窓の外を見るとも無しに眺めるキャスター。その手元には、既に二桁目の本数となるワインが置かれている。まるで水を飲むかのごとくワインを摂取しているが、一切酔うこともなく。
「…………」
無言のままシャルロットはいろいろと考える。
フランスへ戻り、デュノア社に出向いたところで一体なにが出来るのか。
一時の感情のままに啖呵を切りはしたが、頭を冷やし落ち着けば落ち着くほどに、果たして自分は思うことを口に出来るのか、と。
後悔しているのかと問われれば、答えは否。後悔など一切考えてはいない。
だが、正直に言うのならば、彼女の本心はデュノア社に戻りたくはなかった。
不安や恐怖により心が押し潰されそうになるのだが、それでも何とか踏み留まっていられるのは、ひとえに隣に居るキャスターのおかげといえよう。
シャルロットにとって、キャスターの存在はとても心強い。
個人的に興味本位でISに関するデータベース上で『葛木メディア』を検索した彼女であるが、該当データは何ひとつ存在しなかった。
(よっぽどすごい人だとは思うんだけれど、該当データにヒットするものが何ひとつ存在しないっていうのはどういうことなんだろう……)
織斑千冬のような、とはいかぬとも、それ相応の実力を持つ女性なのは確かであるとシャルロットなりに考察している。しかしながら、悲しいかな、それはIS絡みによる捉え方でしかないだが。
それはさておき――
心強い彼女であるが故に、無言のプレッシャーは胃に悪い。
目的地であるフランスに着くまで寝てしまうという手もあるのだが、残念ながら睡魔に襲われることもない。逆にこれでもかといわんばかりに眼はギンギンに覚めてしまっている。
(こういう時にお酒とか飲めば眠れるのかな?)
そんなことを考えながら、シャルロットはオレンジジュースが注がれているグラスにちびちびと口をつけていた。
とはいえど、いつまでもこうしているわけにも行かない。
「…………」
ちらり、と横目でキャスターを見て彼女。
思わずごくりと固唾を飲み込み――
「あ、あの……」
意を決し、シャルロットは口を開き言葉を紡ぎ出していた。
「ま、前々からお訊ねしようと思っていたんですけれど……く、葛木先生の御亭主さんは……ど、どんな方なんですか……?」
「…………」
キャスターからの反応はない。
相手にされないのはわかっている。わかっていながらも、それでもめげずにシャルロットは言葉を吐き出していた。
自分から踏み込んだ以上は、立ち停まるワケにもいかず進み続けるのみ。
とはいえど、何も適当に思いついたことを口からでまかせじみたように言っているわけではない。
以前に、葛木宗一郎に関してはざっくばらん程度に話を聴いている。
結婚に至ることとなった相手の男性像をよくよく知りたいというのは、シャルロットの純粋なる好奇心である。
普段は織斑千冬並みにクールな養護教諭ではあるが、一度亭主の話となればその表情は180度ほど反転する。
主人のこととなると、聴かされているこちらが恥ずかしくなるほど惚気っぷり。しかしながら、シャルロットにとっては不快ではない。
あれほどまでに一途になれるのは逆に感慨深いために。
頑張れ自分と心の中で叱咤激励するシャルロットは続ける。
「葛木先生ほどの美人な方を奥さんに選ばれるだなんて、こう言ってしまっては失礼であることは重々承知していますけれど……そ、宗一郎さんは、相当モテたんじゃないのかなぁと思うんです……」
「…………」
「それでも先生と御結婚されたということは、お互いがとても惹かれあったということなんだと思います」
「…………」
「本当に個人的なことではあるんですけれど、だからこそ知りたいんです。宗一郎さんという方を。先生の心を射止めるだなんて、素敵だなと思います」
「…………」
「ぼ、僕も先生みたいな素敵な恋愛の末に結婚できればなぁって……だ、だから、参考までに、ぜひ、き、聴かせていただければなぁって……」
「…………」
「は、ははは……」
今一度ちらりと横目で見てみれば――キャスターの姿勢は一切変わっていなかった。窓の外に広がる景色を見るとも無しに眺めた恰好のままである。
「…………」
「はは、ははは、は……はあぁ……」
シャルロットの乾いた笑いは、最後は深い溜め息へと変わる。
再び無言と静寂の空間に戻った途端に、うな垂れたシャルロットは激しい罪悪感を覚えていた。
(なにをやってるんだろう……僕は……)
無理に話題を振ったところで、食いついてくるワケがない。相手は立派な大人の女性なのだから。
短絡すぎる浅はかな自分の考えが嫌になる。
(もう、空港に着くまで寝てようかなぁ……それに、士郎は大丈夫かなぁ……)
士郎の身を案じながらも、現状の空気に耐え切れず、心が折れかけているシャルロットは音楽でも聴きながら寝てしまおうとシートに手をかけようとして――
(……あれ?)
ふと、彼女は自分の手の甲に何気なく目線が向いていた。
(なんだろう……これ……)
見入る手の甲に、
なんとも形容しがたく、しかしながら、何かの紋様のような――
(どこかにぶつけたかなんかしたかなぁ……)
痣のようでありながら、格別痛みがあるわけでもない。
最近までこんなのはなかったはずなのにと、身に覚えがないながらも、シャルロットは小首を傾げかけ――視線を感じた彼女は顔を上げていた。
そこには、ジッとこちらを見つめるキャスター。
と――
「聴きたいの?」
「……え?」
一瞬、何を言われているのか理解できなかったシャルロットは思わず訊き返す。だが、キャスターは相手の返答などお構い無しのままに口を開く。
「聴きたいの? 宗一郎さまのことを? 宗一郎さまのことを、知りたいの?」
「え……あ、えっと……はい、すごく知りたいです。ぜひ、お願いします」
「……そう」
言って、キャスターは視線を逸らし窓の外へと向ける。
刹那――
「そう! そうなの? もう、仕方がないわね。シャルロットさんが、そうまで言うのならば聴かせてあげなくもないわよ」
再びこちらへと向き直ったキャスターの表情は一変していた。
本当にしょうがないわねと零しながらも、満更でもなく、弛みきったその顔は何と嬉しそうなことか。
「…………」
なんにせよ、結果的によるがキャスターの機嫌が良くなったことに対し、シャルロットは心の中で大きな安堵の息を漏らしていた。
のだが――
フランス、シャルル・ド・ゴール空港に着くまでのこれから残る全時間を、キャスターのおしゃべりに付き合わされることになろうとは……今のシャルロットは想像すらしていなかった。
セイバールート、ランサールート、キャスタールートそれぞれ突入。
あ、別にアンケートとかとってないんで投票しても意味ねェですよ?
たてなっしールートは存在しねっす。