I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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現在の展開は、こちらの考えた通りに進めています。


52

 同時刻――

 自国イギリスの地にて、技術開発局へのあいさつ回りを一通り終えたセシリアは、ティールームにてようやくくつろげたことに安堵の息を漏らしていた。

 ソーサーに乗せられていたカップを手に取ると、彼女は紅茶を一口啜る。

「…………」

 不味い――

 口にした瞬間に、安物を使っていると彼女は判断していた。これならば、IS学園の養護教諭の淹れた紅茶の方が圧倒的に美味い。いや、比べるまでもない。

 いまいちな味にカップを戻し、顔を向けセシリア。

 席の対面に座るのはランサーである。彼は脚を組み、頬杖をつきながら行き交うスタッフへ見るともなしに視線を向けていた。

 同様に、ふたりは逆にスタッフからの視線も浴びている。代表候補生でありBT一号機の搭乗者であるセシリアはもとより、そんな彼女と一緒にいるランサーには好奇の眼が向けられていた。

 もともと持ち合わせている端整な顔立ちに加え、そこらにいる男性連中とは明らかに一線を画く野生的な雰囲気を漂せては、女尊男卑とはいえども女性たちはつい一目置いてしまっていた。

 ふたりはどんな関係なのだろうか?

 歳の離れた兄妹、恋人同士、行儀の悪い従者、セシリアとランサーが知らぬ外では多種多様な見られ方をしていたりするのだが。

「…………」

 思わず、彼女はじっと見入ってしまっていた。

 よくよく考えてみれば、セシリアはこんなに近くでランサーと居合わせることなどなかったものだ。しかも、ふたりきりで、である。

 クラスメイトの会話を、彼女は今更ながらに思い出していた。

 同年代の一夏や士郎といった彼らとは違う大人の男性。奔放で口は悪いが、そこに愛嬌があり面倒見が良いとの評判が高い。さっぱりとした性格ながらも、そこがまた魅力だという話も耳にしている。

 初対面時には、ランサーの言動や行動に嫌悪感を抱いていたセシリアではあるが――

(確かに、こうまじまじと見てしまいますと、彼女たちの言っていることも理解できますわね……)

 それなりに人気があるのも頷ける。密かにファンクラブなるものが存在するのも彼女は知っている。

 とはいえど――

(ですが……だからといって、女性をとっかえひっかえなさるのは、いかがなものかと思いますけれど)

 節操のなさがいただけないと彼女は指摘するのだが、セシリアとてその点に関しては誤った認識でしかない。確かにランサーが生徒、あるいは教員に声をかけているのは事実である。しかしながら、全てが全て、ではない。

 逆に、生徒からランサーに声をかけてくるケースが多かったりもするのが現状である。

 形上ではIS学園に在籍三人の男性操縦者。その中でもひとり大人であるランサーの存在に、生徒たちの興味が無いわけがない。無論、男がISを起動させることが面白くないと感じる生徒も存在する。

 だが、そういった連中を差し引いたとしても、学園内で彼は人気があるのだが。

 とりわけランサーと話をしている女生徒たちは至極嬉しそうに。嫌がる素振りも見せずに、それなりに楽しんでいる。

「…………」

 考えるともなしにひとつの席を男女で座る現状に、ついセシリアは、ランサーと恋人であったならばと想像していた。

 気さくな性格ではあるのだが、こと戦闘時においては信念を貫く武人と化す。なによりも、女尊男卑と化したこの世界で、男性でありながらも女性に対し卑屈になる姿を一切見せずに、言いたいことはずけずけと口にする態度は評価している。もっとも、女性優遇社会という根本的な認識が通用していないものもあるのだが。

 女性に対してのだらしなさはありながらも、それを見越したとしても――

(ま、まあ、年上の男性というのも、わ、悪くはないですわね……)

 次に彼女は、これが一夏であったならばと想像していた。

 以前、夏休み時に一夏の家に遊びに訪れたセシリアであるが、そこでケーキの食べさせ合いっこをしたのを思い出していた。あの時はいろいろと邪魔が入ってしまったが、その延長上とばかりに妄想に徹する。

 状況は自宅に伺う直前まで耽っていた桃色な妄想である。何故かベッドに腰掛ける自分と一夏。自然とふたりは寄り添うと――

 セシリアは頬に手を添えると、ブンブンと頭を振っていた。

(い、いけませんわ、一夏さん……わたくしにだって、こ、心の準備がございましてよ。き、きちんと手順は踏んでいただかないと困りますわ)

 だが、妄想内での彼女は一夏に耳元で甘く囁かれてしまえば即陥落であろう。

(も、もう、一夏さんたら、強引なんですから……でも、そんなところもワイルドで素敵ですわね)

 思わず頬がニヤけてしまう。人目がなければ涎まで垂らしそうなほどに弛みきっていたことであろう。

 が、先からひとりだらしない顔をしていたりする姿は行き交うスタッフにバッチリと見られているということに彼女自身は気づいていない。

(…………)

 ならばもうひとついでとばかりに、三度想像する相手は士郎である。

(……士郎さんならば……)

 デートさながらにカフェにて名前で呼び合い、仲睦まじく過ごす姿を想像し――

 先のランサー、一夏以上に、セシリアは頬を紅潮させていた。

「――っ」

 たったそれだけのことを妄想しただけで、セシリアは一際赤面する。

 屈託のない笑顔の士郎を思い浮かべただけで、胸はドクンドクンと早鐘を打つかのごとく、激しい鼓動。

(な、何を考えてますの、わたくし……そ、そもそも、先から三人を比べるようなマネをして……こ、これでは、お尻が軽い女ではありませんことっ!?)

 だが、冷静になろうと意識すればするほどに、逆に脳内での映像は更に鮮明となっていく。

 思い浮かべる男の顔は――

「――ッ!!」

 妄想を打ち消すように、勢いよくカップの紅茶を口に含んだセシリアは――熱さで舌と咥内を火傷する。

 激しく咽、テーブルに添えられていたナプキンを慌てて手に取り口元を拭い彼女。

 液体が気管に入ったことと、口の中はひりひりとした痛みにより、若干涙目になりながらも視線は対面へと向けられていた。

 恥ずかしく、みっともない姿を晒したと感じた彼女ではあるのだが――

「…………」

 退屈そうに、ランサーは欠伸をひとつ。

 彼は、セシリアの今し方の一連の動きをまったく見てはいなかった。

(なんと言いましょうか……見られていなかったことが良かったのか、見られていたことの方が良かったのか……わかりませんわね……コレは……)

 ひとり馬鹿みたいな奇行に彼女の意識は沈んでいく。

 対照に、セシリアに同行し、イギリスへと訪れたランサーではあったのだが……彼は、疾うに飽きていた。

 彼女が専用機の修復を依頼してからというもの、関係者は軒並みランサーへアプローチをひっきりなしに続けていた。

 個人データを取らせてくれと言われるのはまだいい方である。中には専属契約の話を持ち込んでくる者までいる始末であった。

 もっとも、スタッフたちがこうまで躍起になるのも無理からぬことであろう。

 一部の人間はランサーのIS操作能力が著しく高いことを知っている。加えて、代表候補生であるセシリアとともにどういうわけかイギリスにやってきたともなれば、連中にとっては接触するまたとないチャンスであるのだから。

 パーソナルデータやIS搭乗稼動データ採取など、『お願い』というよりも『命令』に近い。

 不躾な申し出が多かったことは否めなかった。

「あの……ランサーさん……その、申し訳ございませんわ」

 そういったことに関して機嫌が悪くなっているのだと感じたセシリアは、つい謝罪の言葉を口にしていた。彼女から見ても、関連スタッフたちの言動は眼に余るものがあったために。

 だが、目線を合わせぬままにランサーは返答する。

「別に、オルコットの嬢ちゃんが謝ることじゃねェよ」

「ですが――」

「そもそも、嬢ちゃんに付いて来たのは、個人的な理由に寄らぁ。気にすることじゃねぇっての」

「……ですけれど、わたくしに付き合うのも……なんでしたら、気分転換に観光などされてはいかがでしょうか」

 わざわざ自分に付き合うのも気が引けた彼女は、ランサーの息抜きも兼ねてそう進言するのだが。

 やはり目線を合わせることもなく、頬杖をついた彼は気だるそうに応えるのみ。

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

 理解しかねる返答に、思わずセシリアは小首を傾げていた。

 と――

「久しぶりですわね、ミス・オルコット」

 唐突に声をかけられたセシリアはそちらに顔を上げてみれば――

「アナタは」

 そこには、優雅に青いドレスを身にまとい、見事な縦ロールの金髪をなびかせる少女が立っていた。

 その少女をセシリアは知っている。故に、その名を口にしていた。

「ええ、お久しぶりですわ。ミス・エーデルフェルト。ですが、こんなところでアナタに会うなんて奇遇ですわね……こちらには、何か御用があって?」

 そう訊ねるセシリアではあったが、エーデルフェルトと呼ばれた少女は鼻で笑っていた。

「あら、どうやらその様子ですと、何もご存じないようですわね?」

「?」

「ミス・オルコット、わたくしも代表候補生になりましてよ」

「…………」

 その言葉に――

 僅かながらにセシリアの表情に変化が生じていた。。

「それは……おめでとう、といわせていただきますわ」

「……ミス・オルコット、確かに貴女はBT一号機をお受けになられていますが……だからといって、いつまでも上だと思わないことですわね」

 上から目線の物言いと捉えた少女はフンと鼻を鳴らす。

「国家代表になるのは、このわたくしですわよ」

「……わたくしとて、譲る気はございませんわ」

「結構……ところで」

 そこで彼女の視線は、ようやくして同席しているランサーへと向けられていた。

「こちらの殿方はご紹介してはいただけないのでしょうか? お名前を伺ってもよろしくて、ミスタ?」

「これは失礼いたしましたわ」

 席から立ち上がると、セシリアは手をランサーへと差し向けていた。

「ミス・エーデルフェルト、こちら、日本から来られたランサーさんですわ」

 ついで、今度はエーデルフェルトへ手を差し向ける。

「ランサーさん、こちら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト――わたくしと同じように、代表候補生となられた方ですわ」

 セシリアの紹介を受けて、スカートの端を両の手でそれぞれ摘んだルヴィアゼリッタは恭しく一礼する。

「お初にお目にかかりましてミスタ。わたくしは、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。ご紹介にあずかりましたように、フィンランドから、ここイギリスの代表候補生となりましたの。以後、お見知りおきを」

「フィンランド?」

 告げられた国の名を聴き、ランサーはつい眉を寄せていた。

 脳裏の知識から、フィンランドが北ヨーロッパの北欧諸国のひとつであることを引っ張り出しながら彼。

「自国の代表候補生じゃねぇのか?」

「ええ、我が祖国フィンランドであれば、国家代表となるのは自明の理。ですが、ここイギリスが着手している第三世代型であるBTシリーズの可能性に、わたくしは大変興味を惹かれましたの。そして、このわたくしにこそ、相応しい機体であると確信いたしましたのよ」

 故に、イギリス国家代表を目指すのだという。

 一応として志しは立派ではあるのだが、イギリスのISに携わる関係者の間ではルヴィアゼリッタは別の意味で有名な少女であった。

 自身で告げるように、IS適性能力は極めて高い。加えて、フィンランドではエーデルフェルト家は名族であり、誇り高く優雅で気品に溢れ、容姿端麗、成績優秀と非の打ちどころのないそんな彼女へ一部の人間たちからは『地上で最も優美なハイエナ』と評されている。

 更識楯無も日本人でありながらロシアの国家代表であることを思い出したランサーは、必ずしも出身国が絶対であるとは限らないことも悟ると、つまりはそういうことなのだろうと理解していた。

 ルヴィアゼリッタは続ける。

「ミス・オルコット……貴女がこちらへ戻ったのも、一号機の修復と……大方、三号機の件でしょうけれど」

「…………」

 セシリアを蔑視したように、彼女は態度を一変させる。

「IS学園での入学時の貴女の噂、聴きましてよ? 近接武装のブレード一本しか持たぬ機体相手に随分と油断した挙句、失態を曝したようですわね」

「…………」

 事実であり耳が痛い。

 何も言い返さぬセシリアに、無言を肯定と捉えた相手は続ける。

「わたくしならば、もっと優雅に乗りこなしてみせましてよ? まぁ、貴女にとってはデータをサンプリングするためだけの試作機である一号機がお似合いでしょうけれど。ですが、後者の件でしたのならばお生憎さま。残念ながら、BT三号機である『ナイツ・オブ・ラウンド(円卓の騎士)』は、わたくしに決まりでしてよ?」

「三号機……三号機の搭乗者は、アナタに決まりましたの? 聴いておりませんわよ」

「それは、貴女に言う必要などないのではありませんこと? 順当にいって、このわたくし、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトにこそ、BTシリーズの最高傑作である三号機を承る資質があるのは当然でしてよ」

 セシリアとなにやら言い争うルヴィアゼリッタに対し、ランサーは眼を細める。

 負けず嫌いなのか、どこか攻撃的な性格を相手から感じ取る彼は、自身が知る中で、とある者と姿を重ね合わせていた。

(にしても……なんつーか、どこか凛に似たようなヤツだな、コイツは……)

 金髪版の遠坂凛を髣髴させるとの答えに行き着いたランサーではあったのだが――

(それはさておき、このふたり……金髪に縦ロールってのは、キャラ被りじゃねェのか?)

 そんな俗なことを考えていたりするのは余談である。

「代表候補生としては後れをとりましたけれども、これで対等ですわ。いえ、どんなに貴女が無駄な努力をなさろうとも、国家代表は、このわたくしに決まりでしょうけれど。所詮、一号機と二号機はプロトタイプ兼テストタイプでしょう。ですが、三号機こそが本物のBT機体となりましてよ」

「……なぁ」

 聴くともなしにふたりの会話を耳にしていたランサーは、表情に変化を生じさせることもなくぼそりと呟く。

「俺が聴いてたところによるとよ、三号機ってのは、乗り手がまだ決まってねえって話だが?」

 話に割り込んでくるランサーに――だが、ルヴィアゼリッタは嫌な顔ひとつせず、逆に意外だといった表情を浮かべていた。

「ええ、よくご存知でして。確かに、三号機に関する話に些かの齟齬は生じていますけれども……ですが、それこそ些細なことでしてよ。遅かれ早かれ、三号機はこのわたくし、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトにこそ乗り手に相応しい機体ですわ」

「なるほどな」

 そういうことかと頷くランサー。

 ルヴィアゼリッタはそんな彼へ逆に問いかけていた。

「しかしながらミスタ? 関係者しか知らぬ極秘事項を何故ご存知ですの? 大方、ミス・オルコットがお話したのでしょうけれど、情報漏洩とは感心致しませんわね」

「別に大したことじゃねえさ。俺にその三号機のテストパイロットにならねぇかって話が、嬢ちゃんトコのここ(イギリス)から来てんだよ」

「あら、そうでしたの。これは失礼」

 しれっと答えるランサーに対し、ルヴィアゼリッタもまた頷き返し――

『はあっっ!?』

 若干の間を空けてから、声を揃えて訊き返していたのは、ルヴィアゼリッタとセシリアであった。

 特に、セシリアにとっては正に『寝耳に水』であろう。

「な、何ですのソレ……聴いていませんわよっ!?」

「そりゃそうだろ。極秘だとか言ってやがったし。あぁ、言っちゃマズかったんだっけな、コレ」

 声を荒げるルヴィアゼリッタではあるが、ランサーは格別気にするわけもなく頭を掻いていた。

「ラ、ランサーさん……それで、その……う、受けましたの? その話……」

 以前にイギリスの通信者からの話と、だから此処に居るのかと合点がいくセシリアではあるのだが、彼女もまた眼を白黒とさせている。いくらISの操作に優れた男性操縦者とはいえど、表立った通達もなく水面下で他国の専用機を受領したともなれば大問題となろう。

 昨日までは何事もなく、だが日をまたいだ途端にどこかの国の代表候補生になりました、などと宣言されてしまっては各国は黙ってなどいるハズもない。

 下手をすれば、国家代表にもなりかねないがために。

 表立っていないといえば、各国が喉から手が出るほどに欲する人材は合計で五人である。

 一夏に箒、ランサー、セイバー、それと士郎である。

 最初のふたりに関しては、所属する国家もなければ、所持するISが現在何処の国家も企業も辿り着けていない未知の領域である第四世代型であること。加えて、ひとりは『世界最強』と呼ばれる織斑千冬の弟であり世界初と公表された男性操縦者。ひとりはISのコアを造った自他共に認める『天災』篠ノ之束の妹ということが対象であるといえよう。

 ランサーは男性操縦者の中でも取り分けIS能力が高く、訓練機でありながらも学園祭時に亡国機業とのめまぐるしい戦闘結果を刮目されている。

 セイバーに至っても同様に、その戦闘能力は極めて高く、特に近接戦闘には眼を見張る実力を秘めている。

 最近では、どこから情報を仕入れたのか、ここに来て士郎の評価を再認識している国も多い。

 未だ状況が飲み込めていないセシリアに対し、ランサーは不思議そうに問いかけていた。

「あ? オルコットの嬢ちゃんには言ってなかったか?」

「き、聴いておりませんわよ! 初耳ですわ!」

「そうか? 悪かったな」

 言って、それ以上ランサーは何も口にはしなかった。この話はこれで終わりだという雰囲気に――納得できていないのは、何を隠そうルヴィアゼリッタである。

「お、お待ちなさい、ミスタ……どういうことですのっ!? 三号機に乗るというのは……いえ、それ以前に、どうして男性が三号機に乗るというんですのっ!? ISは男性には扱えないハズでしてよっ!? 説明なさい、ミス・オルコット! 田舎者である貴女の従僕風情が何故――」

 と――

 そこまで口にした時点でルヴィアゼリッタの表情は固まっていた。双眸は、まさかと訴える。

 それに応じるかのように、答えたのは些か冷静さを取り戻したセシリアであった。相手の言い方が癪に障っていたために。

「ミス・エーデルフェルト……アナタこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……どういうことですの?」

「こちらにおられるランサーさんは、男性操縦者のおひとりでしてよ?」

「――ッッ!?」

 この言葉に、ルヴィアゼリッタは本格的に息を呑む。

「その様子ですと、本当に何も知らないようですわね? それと、わたくしのことを如何様に仰っても構いませんわ。ですが、彼を侮辱する発言は、一切許しませんわよ」

 売り言葉に買い言葉、とはこのことか。

 イギリスの名門貴族であるオルコット家を田舎者呼ばわりされたことよりも、ランサーを従僕呼ばわりしたことがセシリアは気に入らなかった。

 そんな彼女の胸中とは別に、ランサー自身は特別感情に変化はない。従僕とはサーヴァントの自分にとって似合いの言葉だと内心納得していたりする。

 加えて、子供のお守で同行している彼にとっては尚更であろう。

 じっとこちらを見入るランサーの不躾な視線にルヴィアゼリッタもまた瞳を向ける。

「ミスタ、なにか?」

「ああ、いやな、随分とまぁ美人な嬢ちゃんだと思ってよ。つい見蕩れちまってた。気を悪くしたンなら謝るさ。悪ィ悪ィ」

「あら、このわたくしの美しさを理解できていることに関しては褒めて差し上げますが、その言い方は評価に値しませんわ。もっとも、このわたくしの気品を感じない輩の方がどうかしていますけれど」

 言って、口元に手の甲を当て高らかに笑うルヴィアゼリッタ。

 いやまったくだと相槌を打つランサーではあるが、その眼は笑ってはいなかった。

 サーヴァントたる彼の本能が先から捉えていたのは『魔力』である。それは、眼前に立つルヴィアゼリッタから感じ取っていた。

(この女、魔術師の類か……?)

 愛想笑いを浮かべながらもそれなりに詮索するランサーではあるのだが――

(にしちゃぁ……杜撰すぎるか)

 仮に本当に魔術師だとした場合、雰囲気に違和感がある。

 慎重かつ警戒さを感じない。感情のみの言動が極めて目立つ。更に言えば、こちらがサーヴァントであることを知った上で敢えて近づいているのかといった憶測すら混ざる。

 何故にこの女から魔力を感じるのか、今この時点で判断する確たる証拠は得ていない。

 が――

 高笑いに興じていたルヴィアゼリッタではあるが、話を逸らされたことに気づくとその眼を吊り上げていた。

「ミスタ! 話を誤魔化すのはおやめなさい! どういうことですのっ!?」

「どうもこうも、今言ったとおりだってのよ。ちょいとワケありでオファーが来てたもんでな。それも兼ねて、一応付いて来たんだが……乗り手は嬢ちゃんに決まったんだってんなら、俺が此処に居るのも意味ねぇワケだ」

 言って、ランサーは席から立ち上がっていた。

「つーことでだオルコットの嬢ちゃん、俺ぁそこらブラついて来るんで、後は頼まぁ」

 ひらひらと手を振り退席しようとする彼に――

「……お、お待ちなさい」

 呼び止めるのはルヴィアゼリッタ。だが、呼び止めたからといって表情は困惑の色を浮かべるのみ。

「だ、誰が、そう仰ったんですの?」

「政府のお偉いさんがどうとか言ってやがったが……話半分で聴いてたもんでな、名前までは覚えちゃいねェよ」

「…………」

 この発言に、一気に顔色を悪くするのはルヴィアゼリッタである。

 どんな形、結果であれ、今この場でのやり取りを公言されるなど、彼女にとっては痛手となる。

 ありのままとはいえども、人に伝わる内容に、尾びれ背びれがついて話がよりややこしくなってしまってはどうにもならない。

 政府から直々に呼ばれた、いわばゲストに対し、一代表候補生が難癖をつけて三号機の話を取り消しにさせたことが発覚しようものならば、処罰がくだされぬわけがない。

「…………」

 だが、だからといって、彼女――ルヴィアゼリッタには承服出来かねる話であろう。

 三号機こそ、自分が乗り手に相応しい機体だと信じて疑わぬのだから。

「な、納得いきませんわ……何の間違いでISを起動させることが出来たのかは知りませんが、身の程を弁えた方がよろしくてよ?」

 ならば、結果を示せば誰もが納得できる事実となろう。

 観衆の面前で、完膚なきまでに叩きのめし、自身の実力を示せば何の憂いも存在しない。

「このわたくしと手合わせ願えまして、ミスタ?」

 しかしながら、この言葉に待ったをかけたのはセシリアである。彼女は相手の考えを容易に見抜けたからだった。

「ミス・エーデルフェルト、彼は、アナタよりもIS操作能力は極めて高いですわよ」

「あら、それはどういう意味でして? ミス・オルコット?」

 セシリアのこの言葉にはカチンと来たのだろう。腕を組み、笑みを浮かべながらもルヴィアゼリッタは反論していた。

「その言い方ですと、まるで、然もわたくしが劣ると仰ってるようにしか聴こえませんけれど?」

「否定はしませんわ。しかし、面白半分に彼を見下すのはおやめになられた方がよろしくてよ? 学園にて幾度となく模擬戦をお受けいただけましたが、実力は相応ですので」

 アナタの思う通りには行かないと眼で告げるセシリア。

「それは、貴女が単純に弱いからではなくて?」

 フンと鼻を鳴らし、侮蔑の双眸でルヴィアゼリッタ。だが、セシリは頷いて見せていた。

「ええ、アナタの言うように、わたくしはまだまだ未熟ですわ。それは認めましてよ。学園にて、それが嫌なほどにわかりましたもの。ですが、これだけはハッキリと言えますわ。()()()()()()()()()()()()()?」

 セシリアなりの挑発を含むその言い回しに、ルヴィアゼリッタの表情は僅かに強張っていた。

 が、それも一瞬のこと。

「……しばらく見ない間に随分と丸くなられたようですわね、ミス・オルコット。何があったのかは存じませんが、わたくしは貴女のような腑抜けとは違いましてよ」

 そう言うと、彼女は視線を今一度ランサーへと向け直していた。

「いかがかしら、ミスタ? お話を聴く限り、ミス・オルコットとは勝負なされて、このわたくしとはお相手いただけないのかしら?」

「…………」

「上層部からスカウトされるなど、余程ISの腕が立つのだとお見受けいたしますわ。それに、ミス・オルコットよりもお強いのでしょう? ならば、御指導、御鞭撻を含んだ上で、是非とも、このわたくしとお手合わせ願えませんこと?」

「…………」

 無言のままランサーの視線はセシリアへと向けられる。

 セシリアもまた無言ではあるが、首を静かに左右に振っていた。相手にするなと物語る。

 だが――

 自信に満ち溢れたルヴィアゼリッタに対し、ランサーは格別思うこともない。

「いいぜ。やるってんなら、俺は別に構いはしねーよ」

「決まりですわ」

 言質をとったとばかりにルヴィアは告げると、早速訓練施設を空けるように話をつけてくるとその場を後にしていた。

 彼女がいなくなったのを見計らい、声を荒げるのはセシリアである。

「ランサーさん、どうして!? 何も、彼女に無理に付き合う必要もございませんのよっ!?」

 相手にすることはないと言ったではないかと食ってかかるセシリアに対し、ランサーは苦笑するのみ。

「んなこと言ってもなぁ……見ててもわかるじゃねェか。ああいうタイプは、言い出したら聴かねーぞ」

「……それは、そうですけれども……だからといって……」

「正直言やぁ別に三号機がどうこうなろうが俺には関係ねェし、興味もねェんだよ。あの嬢ちゃんが乗りてぇってんなら、素直に乗せてやりゃぁいいだろーによ」

 欲しいというならくれてやればいいだけだろうに、何か問題があるのかと零す相手にセシリアは頭を痛める。

「……問題大有りですわよ……ランサーさん、あなたが考えるように、事はそう簡単にはいきませんのよ。わたくしとて、『ブルー・ティアーズ』を受け取るために死に物狂いでしたもの」

「代表候補生ってのは、面倒くせぇモンなんだな」

「…………」

 面倒くさい、とは嫌味な言葉だとセシリアは捉えていた。

 幾度となくランサーとの模擬戦を経た彼女ではあるが、まともな勝利を手にしたことはない。

 『ブルー・ティアーズ』は射撃を主体とした機体である。どんなに距離をとろうとも、ランサー相手にはまったく意味がない。しかも、訓練機である『打鉄』を身に纏っていながら、真っ向からレーザーライフルやビットの雨を容易に掻い潜っては間合いを詰められてしまう。

 正に自身の手足のように扱い迫るさまは脅威となる。

 IS稼働時間では言うに及ばず確かに勝っている。にもかかわらず、技術、実力、精神力、全ての面において劣っているのは紛れもない事実である。

 セシリアに嫉妬がないわけではない。

 悪い言い方をしてしまえば、何も知らないぽっと出の男に、血の滲むような努力を積み重ねてきた自分があっさりと抜かれてしまう姿を認めることなど屈辱以外の何物でもない。

 逆に、自分が欲するものを持っていることに対する憧れもまた強い。

「…………」

 自然とスカートの裾を握り締めていたセシリアは吐息を漏らす。

 確かに、ランサーはISを動かせる男性のひとりである。しかしながら、一男性操縦者だからといって機体の権利を譲り渡す話が出ているなどと聴かされては、さすがのセシリアも表立った行動言動には出さずとも思うことはあろう。当然ながら、それは良いものもあれば悪いものをも含む意味で、であるが。

 ルヴィアゼリッタの言い分がわからなくもない。立場が逆であったのならば、自分もまた納得など出来ていない。

 理解出来る半面と、理解できぬ半面、その両立にセシリアは葛藤する。

「とりあえずは、あの嬢ちゃんか。ま、ちょうどいい暇潰しにはなんだろーよ」

「……暇潰し、ですの……」

 セシリアが知るルヴィアゼリッタとは、決して簡単な相手ではないと認識している。BTシステム適性能力、IS適性能力は低くはない。代表候補生になる資格素質は十二分に兼ねそろえており、口だけではなく、相いまった実力をも持ち合わせている。

 いや、しばらく会わなかったとはいえ、彼女もまた知っていた以前よりも更に成長しているだろうとセシリアは読んでいた。

 だというのに、いくら知らぬとはいえども、この男にとっては、暇潰し程度の相手と映るのだろう。

「本当に、わからない方ですわね……」

 ランサーの横顔を、セシリアは複雑な心境のまま見入っていた。


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