I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
よくある新展開とか、新章突入てな感じ……か、コレ?
「束さまっ――」
普段は表立った感情をあらわにせぬクロエではあるが、今この状況においては例外であった。
思わず洩らした声音には、彼女らしからぬ若干の震えが含まれている。
「――ッ!?」
ぞくりと背筋に走る悪寒。
瞬時に身体を捻るとともに、クロエは手にする凶刃を一閃する。
しかし――
火花が踊る。
右脇から振り上げられた一刀を――捌くことは出来ずに、勢いさえ殺すことすら敵わず。
「――っっ」
至近距離から爆撃でもされたかと錯覚させるほどの衝撃が身体を駆ける。
そのまま――轟音を奏で、クロエは身に纏う機体ごと、海浜公園の大広場へと叩きつけられていた。
「くうっ……」
地表をすべり彼女。
夜の時間帯ともあり、周囲に人影はない。しかしながら、今挙がった音は聴こえた人の耳には確かに捉えられたことであろう。こんな時間になんだろうと不審に感じるハズでもある。
いたるところから痛みを覚え、機体損傷部分を示す警告文、システムダウンによるエラーが表示されるが、眼には留まりはしなかった。
今は、一刻も早く、この場から逃げなければならない。
身体がバラバラにでもなったのかと思わされるほどの鈍痛。声を洩らしながら懸命に機体を起しかけ――
「――――」
確認する暇さえなく――だが、直前まで居た場所に轟音が叩き込まれたのを理解しながら――横へと跳ねてかわしていた。
地を踏むと同時に瞬時加速により疾るのみ。
視界の隅にかすかに映るクレーター。あんなものをまともに喰らっては、いくらISとは言えどどうなるかわかったものではない。
理解の範疇を超えている現実。相手の繰り出す剣の重さ、威力、速度、ありとあらゆるものに圧倒されているのだから。
小さく呻きを洩らしながらも、クロエは地を蹴り駆け抜けていた。
だが――
真横にぴたりと張り付く小柄な人影。射抜くかのようなセイバーの瞳に――
「――ッ」
絡みつく恐怖により、クロエの脳裏に警鐘が鳴り響く。
回転するかのように振り下ろされる剣戟を、クロエもまた呼び出していた近接武装を打ち当てつけていた。
闇夜に火花が散り、両者の顔を照らすのだが、互いの表情は対照的だった。
片や焦燥に駆られ、片や冷静に剣を手繰る。
IS学園から全速を以って逃走しているというのに、追っ手を振り切ることは出来ていなかった。
と――
咄嗟に腕のアーマーで刃を防ぐクロエではあるが、刹那に爆ぜる。
ブレードをぶつけられた衝撃により装甲が爆発するなど在り得ない。
だが、在り得ないことが現実に起きている。
「くっ!?」
爆発の衝撃により、クロエは身体を回転させるとスラスターを逆噴射していた。
しかし、その行動は裏目に出る。
クロエが反応するよりも遥かに早く、次の動作に移行していたのはセイバーだった。
一閃――
横薙ぎに払われた衝撃を受け流すことも捌くことも出来ず、クロエは公園内に設置されている遊具一画へと跳ね飛ばされていた。
耳障りな鈍音――
ぶつかる衝撃の凄まじさにより、遊具のひとつであったジャングルジムはひしゃげていた。その残骸から這い出るクロエの表情は恐怖一色である。
あの華奢な身体、細腕から繰り出される、説明がつかぬこの威力はなんだというのか?
相手が手にしている武器は、紛れもなく日本の量産型IS『打鉄』が装備する近接ブレード『葵』である。そのデータは隠しようがない。
しかしながら、クロエが知り得る限りの近接ブレード『葵』とは想像を絶している。こんな馬鹿げた破壊力を有しているなど聴いたことがなかった。特殊換装装備にも該当しなければ、表示されるのは、カスタマイズされているわけでもなく、ただのブレードである。
いわば
生身で――いや、もしかしたら自分のように、生態ISを処置されているのやも知れぬ。
(この者は、危険すぎます)
本能的に――
第六感とでも称する勘が告げる――
ここまで来れば、直に肌で感じ取ったからこそ理解していた。いや、強制的に、理解させられていた。
相対するこの女性は、今後必ず障害と成りえることに。それは、まさに脅威と呼ぶほどに。
そのためには――
「束さまの理想を脅かす者は、すべからく排除しなくてはならない」
相手が何者であるかわからない。どのようなISを所持しているのかも見当がつかない。
だがしかし、だからといってこのまま逃げ帰るにもいかぬと悟るクロエは覚悟を決めていた。
例え己が身がどうなろうとも、刺し違えてでも――如何なる手段を行使してでも、今この場で始末するしかない。
刹那に――
ブレードを構え、一気に距離を詰めてくる相手の姿を捕捉したクロエは迎え撃つかのように光弾を放っていた。
無論の事ではあるが、セイバーにとっては相手に休息を与える暇など考えてはいない。頭にあるのは、今此処で仕留め無力化するのみ。
クロエにとっては近づかせるわけにはいかない。近距離戦など圧倒的に分が悪すぎる。遠距離から蜂の巣にするように掃射し彼女。
しかし――
セイバーは光の弾丸をことごとくを斬り捨て、立ち止まることも臆することもなく――より更に加速し――クロエへと来襲する。
「――っ」
眼前に迫るブレードに、砲撃を見舞いながら片腕を叩き込む。
が――
斬撃により、クロエのISアーマーの片腕が刎ね飛ばされる。
束が開発した第四世代型ISに装備されている展開装甲を応用した腕を、事も無げに第二世代型ISの近接ブレードで両断されていた。
勢いに押されたクロエの身体は、地面へと倒れ伏すこととなる。
絶対防御に包まれているというのに、全身を焼けるような痛みが駆け巡る。特に左腕からの痛みが酷く、痛覚すら感じぬ部分があった。恐らくは折れているのだろう。機体すらもほぼ半壊といった中、彼女は恐る恐ると顔を上げていた。
無様に倒れ込んだクロエに手を差し向けるかのごとく、ブレードを握るセイバーは静かに告げる。
「何故、シロウを狙う?」
喉元に突きつけた切っ先が月の光に煌く。
「目的はなんですか? 答えなさい。返答如何によっては容赦はしません」
「…………」
ごくりと固唾を嚥下し、頬を汗が伝うが、クロエは応えない。
黙秘を通す相手の態度に、口を割らせようと今一度警告を発しようとして――事態は急変する。
「――っ!?」
唐突に――
僅かに反応が遅れたセイバーの真横から超高速で迫ったのは、例えるならば銀の彗星だった。
超音速飛行で体当たりするかの如く、白銀の機体はセイバーを押し潰さんとばかりに襲いかかっていた。
臓腑を抉るかのような痛覚、ごぎんごぎんと何処かの骨が軋む音を耳にしながらも――不意を衝かれはしたが、セイバーとて無抵抗ではない。
衝撃を受けつつ、取り落としていなかったブレードを白銀めがけて叩き伏せるように剣戟を見舞う。
だが、バイザーで顔を覆う白銀は、背負う六枚の翼を盾のように眼前に展開すると、その一撃を見事に受け止めていた。
「――っ」
ついで、セイバーは僅かに呻きを洩らす。
振りかぶった衝撃により、わき腹に走るずきりとした痛み。同時に、ブレードを受け止めている白銀の翼は一部がスライドしていた。そこから覗くのは砲口である。
「しまっ――」
意識を切り替えるよりも早くセイバーの身体は反応していた。白銀の腹を蹴り飛ばし、自身は後方へと跳び無理やり間合いを離させる。刹那の間を置かずに、一帯は翼から放たれていた光弾が爆裂していた。
熱波と爆風を浴びながらも、後一瞬でも遅かったらと感じるセイバーは体勢を整え着地し、駆け出そうとして――その身は動きはしなかった。
「身体が――」
凍結したかのように動かぬ身体。足も動かず、ブレードを握る指先一本すらぴくりともしない。
「これは、まさか――」
ラウラが有する機体に搭載されている
懸命に身体を動かそうとするのだが、地面に縫い付けられたかのように、完全に自由を奪われ停止したセイバーめがけて、頭上から白銀の機体のはためく光の翼から、いくつものまばゆい珠が吐き出されていた。
「――――」
防ぐことも避けることもできず、セイバーは迫る光弾を前に歯を食いしばることしか出来なかった。
が――
「セイバーっ!」
彼女の耳に響くのはラウラの声だった。
眼前には数発のグレネード弾が光の珠の進路を塞ぐように滑り込むと、爆発が起こる。
グレネード弾とエネルギー光弾がぶつかりあい、昼間かと思えるほどの光明が海浜公園を包み込む。
さすがにラウラとて降り注ぐ光弾を全てを撃ち落とすことはできていない。だが、立ち込める爆煙によってか、セイバーを拘束する見えない力は消失していた。
自由を取り戻した彼女の行動は迅速である。瞬時に後方へと飛び退きかわすと、入れ替わるように瞬前まで居た場所が光弾により爆砕する。
「無事か、セイバー!」
セイバーの隣へと降り立ったラウラは、訓練機ISである『ラファールリヴァイヴ』を身に纏っていた。白銀の機体へいつでも射撃を出来るようにアサルトライフルを構えたまま。先のグレネード弾を撃ち放ったのも彼女である。
「ええ、すみません、ラウラ」
「……状況がわからん。簡潔に説明しろ」
学園外でISを展開するなど大問題となる。それは十二分に理解しているラウラではあるが、状況が状況であるがために、そんなことには構ってなどいられなかった。もはや、後はどうにでもなれという考えはいき過ぎであろうが。
「詳しい話は後で。今は、あそこにいる者を拘束せねばなりません」
セイバーの言葉に――頭上に陣取る白銀に注意しながらも、ラウラはこの場にもうひとり存在するのを捉えていた。
損壊したIS――データ照合してみても該当しない機体を纏う少女を。
「アイツを捕らえればいいのか?」
「はい。あの者から話を訊き出さねばなりません。それとラウラ、気をつけてください。新手は、もう一体います」
その発言に、ラウラは眉を寄せていた。
「もう一体だと?」
「ええ。わたしの身体は突然動かなくなりました。おそらく、あなたのISが持つAICに似たような装備を所持している機体がどこかにいるはずです。動きを封じたところを先の銀の機体が攻撃を担ったのでしょうが、ラウラが来てくれたおかげで助かりました」
「ハイパーセンサーに反応はない……ステルス機能搭載のISというわけか……厄介だな」
「来ます!」
輝きを増す六枚の光の翼。降り注ぐのは光の珠。
セイバーとラウラを殲滅させるが如く、高速移動からなる広域射撃武器――
六枚翼から撃たれる光弾を見て、ラウラにとってはこの戦闘スタイルは眼にした覚えがあった。
彼女の脳裏に思い浮かぶのは、とある機体である。
「攻撃と機動に特化した機体かっ――これでは、まるで」
『
胸中で叫ぶラウラではあるが、確証などない。自分が知る限り、こんな機体は見たことがなかった。『
とはいえど、この状況で強制的に理解させられていることは二点であった。一点は、『
見境なく光弾による爆砕を繰り返す中、狙いをセイバーに決めた白銀は超高速で強襲する。
しかし――
両の手にマシンガンを握るラウラが許しはしなかった。
銃火器の掃射によってセイバーから距離をとらせたところへ、彼女もまた瞬時加速により近接武装で斬りかかる。
邪魔をしたラウラを標的に変更した白銀は――だが、瞬く間に剣戟を弾いていた。
「――っ、機体が重い」
扱い慣れた
あげく、敵対する機体の性能は圧倒的に上だと把握させられる。
「ちいっ――」
訓練機では分が悪すぎる。操作性――いわゆる使い慣れた愛機であるからこそのクセが存在する。
「――っ」
コールが遅れながらも、手中に生まれた近接ブレードで相手の砲撃をいなしにかかるラウラではあるが――
相手機体は紙一重でかわし避けていた。
と――
ほんの僅かにブレードを薙ぐ戻りの隙を見逃さず、加速した白銀の機体はラウラの腹に蹴りを叩き込んでいた。
「ッッ!?」
腹部に突き刺さるかのような衝撃に、ラウラの身体は苦痛により『く』の字に曲がる。
そのまま――
零距離からの砲撃で蹴散らすかのように、光の翼がはためくが――光弾を放つことが出来なかった。
横合いから高速で襲いかかるのはセイバーである。今まさに、ラウラに撃ち放とうとしていた六翼のうち二翼を、そうはさせるかと一刀のもとに斬り捨てていた。
セイバーの剣戟は停まらない。
返す刀で逆の一翼もまた断ち斬ると、更に首を斬り落とすかのごとく振るわれる一閃を――白銀の機体は僅かに身をよじり回避に移る。
だが――
かわしたと思われた一刀は、かわしきれていなかった。
音を立て――
顔を覆っていたバイザー型のハイパーセンサーが砕け散っていた。
あらわになる貌。艶やかな金の髪が外気にさらされ、なびくさまは舞うかのように。
セイバーにとっては見知らぬ女であろう。だが、ラウラに至ってはそうではない。
「お前は――」
彼女は、その操縦者を知っている。
アメリカ国籍、ISテストパイロット、『
「――『メタトロン』」
敵意を剥き出しに、睨みつけるナターシャの言葉に応じるように、白銀の機体は残る翼を鞭のようにセイバーへと叩きつける。
瞬く間にブレードの剣身で受け止め彼女。
援護に回るようにラウラが射撃で応戦するが――同時に、セイバーとラウラはその場から飛び退いていた。
「っ、新手か!?」
真逆の方角からの砲撃――
砲撃箇所を瞬時に割り当てると、ハイパーセンサーを駆使したラウラはそちらへ向けてアサルトライフルを構え――
刹那に、ラウラは息を呑むかのように、砲撃の手は停まっていた。
その隙を見逃さず、ナターシャの機体はエネルギー弾の雨を降らせていた。
と――
棒立ちとなっているラウラを突き飛ばすかの如く、横から抱きかかえるようにセイバーは疾っていた。
「なにをしているのですか、ラウラ! 動きを停めるなど、的になるだけですよ!?」
叱咤するセイバーではあるが、ラウラはその声を聴いていなかった。
「何故だ……」
「ラウラ?」
腕に抱かれ、ぼそりと呟くラウラにセイバーは声をかけていた。
「ラウラ、一体どうしたというのですか? あの者を知っているのですか?」
誰何されるが――ラウラは応えはしなかった。否、応えることができていなかった。なぜならば、彼女は周囲の声など耳には入っておらず、向ける瞳には、信じられないものを映しているのだから。
月明かりを背に、滞空する黒の機体。
その機体を纏う搭乗者の顔を、ラウラは知っている。もとい、黒の機体に身を包む者の顔を知らぬハズがない。
結果――
ラウラの口は自然と動き、驚愕といった表情へと変わる。
「何故だ――」
自分が、見間違えるハズがない――
「何故、お前がここにいる――」
自分が、見忘れるワケがない――
その機体を、その搭乗者の顔を――
「クラリッサっっ!」
震えるラウラの叫びに――だが、クロエを抱きかかえ、『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を纏うクラリッサ・ハルフォールは、冷ややかな瞳を向けてくるだけだった。