I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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すみません。


50

 保健室に篭もり、キャスターはひとり黙考していた。

「…………」

 テーブル上に並べられている十点の品。それら全ては、専用機持ちたちと真耶から押収した待機形態状のISである。

 彼女なりにいろいろと調べはしたが、コア自体が完全なブラックボックスと呼ばれるだけに、特にこれといった成果は上がってはいない。

 同様に、それぞれのISからなにかしらの魔力残留が見つかることもなかった。

 だがこの結果は、自分たち以外のサーヴァント、または魔術師の仕業ではないことを確実に裏付けることとなる。

「…………」

 今一度眼を細めたキャスターは、無造作に――それでいて無作為に――ひとつの待機形態ISを摘んでいた。

 手にするのは、十字のマークがついた橙色のネックレス・トップ――シャルロットの専用機ISである。

 取り上げられた専用機持ちたちとて、皆が皆、納得しているわけではない。

 当然、気絶している間に自分たちのISを没収されていることを察した彼女たちは気が気でなかった。

 状況が状況ではあったが、勝手に取り上げられていることは了承できない。特に真っ先に奪い返そうと噛み付いたのは鈴であった。

 保健室に駆け込んでくるなり返せと喚き彼女。事態を知った千冬も同伴したのだが、キャスターは一切取り合おうともしなかった。

「どうして、アナタたちに返さなくてはならないの?」

「どうしてって……」

 自分たちの専用機だからと言いよどむ鈴ではあるが、キャスターは全く別のことを口にする。

「ああ、そうよね。ISが無いと、彼を殺せないものねェ?」

「――っ」

 その指摘に鈴は身体をびくりと竦ませる。

 言葉を詰まらせる鈴の代わりに口を開いたのは千冬である。

「待て。その言葉は聴き捨てならん。コイツらの心情をも理解せずに、貶するその言い方は取り消せ」

「心情? アナタこそおかしなことを口にするじゃない。どうして取り消す必要があって? わたしは事実を言ったまでよ? 現にそちらのお嬢さん方は、皆こぞって殺しにかかったじゃない。ねぇ? シャルロットさん? セシリアさん?」

 問いかけるキャスターの声音に――しかし、名を挙げられたふたりは押し黙るのみであった。

「そ、それ、は……」

「…………」

「それとも、第二形態移行(セカンド・シフト)しかける絶好の機会だから返せというのかしら? 他人を犠牲にしてまで結果を欲するというのであれば見事なものよねぇ? 彼が死のうがどうが、あなたにとってはISの方が大事ですものね」

「ち、ちが、ちがいますわっ……わたくしは、わたくしは決して……そのようなつもりは……」

 思わず眼を逸らし、なんとか言葉を選ぼうとするセシリアではあるが、キャスターは意に介しはしない。

「なら、返す必要は無いわよねぇ? アナタに返したところで、また彼に危害を与えないという確証は無いのだし」

「……っ……」

「まさか、彼に一切危害を加えない、信じてほしい、だからISを返してくれ、なんて虫のいいことは言わないわよねェ?」

「…………」

 そう告げられては……専用機持ちは、誰も何も言い返すことが出来なかった。

「アナタたちは、誰ひとりとして信用していないの」

『…………』

 沈黙する生徒たちとは対照に、理由はどうあれ、教師たる千冬は黙認するわけにはいかなかった。

「だからといって、キサマがコイツらのISを没収するというのか?」

「そうだと言ったら?」

「確かに、コイツらのISが何かしらの問題があったのは事実だろう。衛宮の件も、不幸な事故だと処理するつもりは毛頭ない。だが、それを調べるのは、お前がすることではない」

「それを言うならば、決めるのもアナタではないはずよねェ?」

「……『白式』までもか?」

「当然でしょう? 事の発端となる機体だからよ? まさか、弟可愛さのあまりに無罪放免などと馬鹿げたことは言わないわよねェ? そこまでアナタの頭の中はおめでたいのかしら?」 

「…………」

 キャスターの指摘に千冬は言葉も無い。

「それに、副担任の女の件も満足に対応できずに、偉そうなことを言うんじゃないわよ」

「――っ」

「生徒の心情? ひとりの女の心情も理解できない輩が、どの口を開いて言うのかしらねぇ?」

 キャスターが口にする内容に、千冬は僅かに表情を変化させていた。

 この女はどこまで何を知っているのか、と。

 逆に、専用機持ちたちにとっては何の話かは理解できていない。唯一、副担任との単語から、ふたりが山田真耶のことを指しているのだということは把握するのみ。

 ろくな反応も示さない相手にキャスターは鼻を鳴らす。

「別に、こちらは報告するところに報告し回ってもいいのよ? 私怨で男性操縦者を殺しかけた代表候補生というのも面白そうじゃない?」

「…………」

 この言葉に一気に顔色を悪くするのは代表候補生たちである。第二アリーナでの事件を公にされてしまっては、彼女たちに御咎めがない、などということはない。世論の声によっては、その身の進退すら危うくなる。

「当然、アナタも管理責任を問われることになるでしょうね」

「……脅迫のつもりか」

「脅迫? 自分の立場をよく考えてモノを言うことね。アナタたちがどういう状況に置かれているのか、まだわかっていないようね。この期に及んで、対等だと思っていたら大間違いよ? なんなら、そちらのお嬢さんたちを拘束するようにしてもいいのよ? 今こうして自由の身となっているだけでも感謝なさい」

「――っ」

 あくまでも見下す言い方のキャスターに対し、千冬は忌々しく舌を鳴らす。

「代表候補生の資格を剥奪される程度で済めばいいわよねぇ? 代わりはいくらでもいるんだから、各国にしてみれば、極力被害は最小限に抑えたいものですしね」

「……何が目的だ? 人質紛いにコイツらを利用するつもりか?」

「決めるのはわたしであって、アナタではないの。それに、アナタごときに応える義理もないのよ。さ、理解したのならば、お引取り願えるかしら? アナタたちの相手をしているほど、わたしは暇ではないのよ」

 まるで野良犬でも追い払うかのように手を動かしキャスター。

 だが、千冬とて大人しく引き下がるハズも無い。

「勝手なことをするな」

「滑稽ね。あなたの弟も、人ひとり殺しかけたというのに随分じゃない」

「――っ」

「それとも、可愛い可愛い弟さんは何をしても許されるとでも言うつもり? 事故が起きたのは仕方がないとでも言うつもりなのかしら? であるとしたならば、さすがは『ブリュンヒルデ』と呼ばれる女は考えることが普通とは違うわねェ? 他人がどうなろうとも、身内だけはどうにかしたいとは、つくづく甘いわねえ」

「キサマっ――!」

「あら、もしかして怒ったの? あまりにも本当のことを言われ過ぎたからかしら?」

「――ッ」

 手玉に取るようなキャスターの挑発。

 一触即発となる空気を肌で感じるラウラは思わずたじろいでいた。自分が知る限り、織斑千冬がこれほどまでに怒りを醸し出している姿を眼にするのは初めてであろう。

 千冬自身もギリギリのラインで自制を保ちはするが、その実は今すぐにでも飛びかかり、相手の顔面を激しく殴りつけたい衝動に駆られている。

 キャスターは構わず続けていた。

「こうまで言われておいて、それでも返せというのならば、別に返してもいいわよ? ただし、今後一切、わたしたちは、アナタたちを『敵』とみなすだけだから」

 突飛なその言葉に眉根を寄たのは鈴である。

「ちょ、ちょっと待ってよ……敵って……どういうこと……?」

「そのままよ。排除するのも厭わないと捉えなさい。加えて、もとよりアナタたちの指示など受けはしない。こちらは好き勝手にやるだけよ」

「――っ」

 ぞくりと背筋に冷たい汗が流れ、鈴ですらあまりの剣幕に一歩ほど後退している。この時点で、本格的に彼女は眼の前の養護教諭が何者なのかがわからなくなっていた。

 それほどまでに張り詰めた場の雰囲気の中であるにもかかわらず、口を開いていたのはセシリアである。

「……わかりましたわ。先生にお預けいたします」

「随分と物わかりがいいのね? アナタにとっては、彼が居なくなってくれた方が清々するのではなくて?」

 かまをかける言い方をするのだが、セシリアは臆することなく真っ直ぐに見返し応えていた。

「勘違いなさらないでくださいまし。現状にて、士郎さんをこのまま放っておくなど、わたくしとても意地がございますの。ですけれど、先生が仰られることに正直否定はできませんわ。ですから、今はお預けいたします。存分に御調べいただいて結構ですわ」

「セシリア、アンタ、それって……」

 鈴が思わず信じられないといった顔をする。

 それもそうであろう。淡々と応えてはいるが、一国家が管理する専用機である。それを事も無げに預けるなど正気の沙汰ではない。いわば、イギリスで造られた技術の結集である機体を預けるとは、すなわち機体の性能から全てのデータを提供することになる。これが他国にでも渡ればイギリスは痛手どころの騒ぎではない。

 代表候補生であるセシリアでさえ、専用機を他者へ渡したというこの事実が知れ渡れば、その身は拘束されるだけでは済みはしない。それ相応の処罰は下される。

 いや、そもそも第三世代型のイギリス、中国、ドイツに加えて、第四世代型まで有している。

 これら各国ISの技術は当然極秘とされているものであり、それらがどこかに売り渡されでもすればパワーバランスは大きく変動することになる。

 なによりも、他国はなんとしてでも第四世代と呼ばれる『白式』と『紅椿』のデータを欲している。この機体に備わるデータを解明できれば第三世代機も爆発的な飛躍を遂げることにもなる。いや、第三世代を超えて、第四世代型の量産も夢ではないといえよう。

「アンタ、()()()()()()()()()()()()()()()()()!? いいの!? アンタ、それで」

「いいも悪いも、わたくしが士郎さんを傷つけたのは事実でしてよ。正直言って、如何なる処罰も甘んじて受けるつもりですのよ」

「…………」

「それに、偽りではないという本心を見てももらいたいですし。それはそれ、これはこれとはいきませんわ。先生がわたくしを信用できないのは当然のことでございましょう。ですが、厚かましいというのは百も承知の上で、わたくしは先生に信じていただきたい。そのためならば、ティアーズをお預けすることに関しては、やぶさかではございませんわ」

「…………」

「加えて、これが少しでも士郎さんへの贖罪になるのならば」

 贖罪との言葉に全員が反応する。

 『国家の専用機』と秤にかけて彼女たちの自尊心に葛藤が生じぬハズが無い。特に、軍人であるラウラにとってはなおさらであろう。

 故に、場をまとめるように千冬は重い口を開いていた。

「いいだろう。わたしの権限で、一時的に状況検分の行使としてお前たちのISを預かることにする」

「……織斑、先生……?」

 生徒たちの視線を受けながら――千冬はキャスターを睨みつけ告げていた。

「その上で、キサマに渡しておく。だが、勘違いするな。渡してあるだけだ。状況は理解しているが、だからといってコイツらの機体を他国に売り飛ばすようなマネをしてみろ。わたしはキサマを完膚なきまでに叩きのめす」

「実に面白い冗談ね。傑作だわ」

 最後の最後まで緊張に包まれた場の空気に居合わせた生徒たちは生きた心地がしなかった。

 正直に言えば、この場に居たくはないというのが鈴の本音である。

 話は済んだとばかりに追い出された彼女たちではあったのだが――

 どうしたものかと思案に暮れる中、千冬は口を開いていた。

「すまんな、お前たち……」

「どうして千冬さ――織斑先生が謝るんですか?」

 思わず呟かれた謝罪の言葉に鈴は訊き返していた。

「……すまん……何もしてやれなくて」

「教官が気になさることではありません」

「……すまん……」

 ラウラの言葉を耳にはしているが、しかし千冬は自身の無力さを思い知らされるだけである。

 キャスターが告げた言葉が反芻される。

 ひとりの女の心情も理解できない輩が、どの口を開いて言うのかしらねぇ――?

 言い返すことが出来ない。指摘された内容はその通りなのだから。

「わたしは、眼を背けているだけなのかもしれんな……」

 静かに、独りごちり彼女。

 真耶が発した言葉が、今更ながらに胸に刺さる。

 そのような一悶着があったりしたのだが――

 ブラックボックスとされるコアの存在を忌々しく感じながら、キャスターは紅茶が注がれているカップを手に取り口へと運ぶ。

 と――

「?」

 不意に、廊下からバタバタと駆ける音を耳に捉える。

 最初は微かに聴こえていた音はやがて次第に大きくなり、徐々にこちらに近づいてくるようになり――

 力強くドアが開け放たれていた。

 が――

 衝撃によってか、激しく鈍い音を鳴らしながら勢いあまったドアは外れ、同時にバランスを崩して室内に転がり込んできたのはシャルロットであった。

 もんどり打って倒れる姿など、彼女にあるまじきダイナミックな入室の仕方であろう。

「シャルロット……さん……?」

 キャスターもまた僅かながらに驚いていた。思わず壁にかかる時計に視線を向ければ、昼休みは既に終わり、今は五時限目の授業となる時間帯である。それにもかかわらず此処にいるということは、授業をサボっているということになる。

 床に身体を打ちつけた痛みもなんのその、シャルロットは顔を上げると――強打した鼻は赤くなっているが――パクパクと口を動かしていた。

「せ、先、せ――せ、せせ、せ、先、先生――せ、せせ――」

「とりあえず、落ち着きなさい」

 未だ口をつけていなかったカップを半ば押し付けキャスター。

 そうまで興奮されていては、一向に話が進まない。とりあえずは冷静になってもらう必要がある。

 シャルロットもまた手渡された紅茶を一息のままに――結構な熱さを保っているのにもかかわらず――飲み干していた。

「落ち着いた?」

 問いかけるキャスターの声音にこくりと頷き――だが、すぐさまシャルロットは口を開いていた。

「せ、先生っ――た、大変なんですっ!」

「大変? なにが?」

 どちらかと言えば、この場においてはアナタの方が大変なのではなかろうかと感じるキャスターではあるが。

 授業をサボってしまっては、それこそ担任に大目玉を喰らうだろうと呑気なことさえ考えていたりもしたのだが――

「大変なんですっ! し、士郎がっ! 士郎がっ――」

 落ち着いたとばかりに思っていたのだが、再び息を切らし、興奮冷めやらぬまま、震える声音で告げるその言葉に――

 キャスターは表情を引き締めていた。

 

   ◆

 

「――どうしていいかわからなくて、それに、あんな姿の彼を、そのまま学園内を歩かせるわけにもいかなくて……とりあえず、病室に押し込んで出歩かないようにと言うことしかできませんでした」

「賢明な判断よ。見つけたのがアナタで、本当によかったわ」

「本音は離れようとしなかったので……その……すみません、仕方がなかったので一緒に居させています」

「……本音さんなら仕方がないわね。いい? 話した通りに合わせておきなさい。余計なことは言わないこと。わかったわね?」

「はい」

 ツカツカと歩くキャスターの背後を少しばかり小走りで続くシャルロット。ふたりが向かう先は、隔離部屋ではなく一年一組の教室である。

 と――

 ノックもせずに、がらりと無造作にドアを開けたキャスターに、当然のことながら教室内に居た全員は何事かといった顔を向けていた。

 無論の事、教壇に立っている担任の千冬もまた視線を向けてくるが、現れたのがキャスターであったために表情を露骨に変化させていたのだが。

 その後ろにシャルロットの姿を見つけた彼女は咎めるように口を開いていた。

「デュノア、遅刻するとは随分だな? そんなにわたしの授業を受けるのは退屈か?」

「す、すみません……」

 凄まれれば萎縮し謝るしかない。遅刻していることは事実であるため、彼女は頭を垂れていた。

 だが、それを遮るように割ってくるのはキャスターである。

「そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃない。彼女は、少しばかり具合が悪かったんだから。ちょっと保健室で休ませてあげていただけよ」

「…………」

 お前には聴いてはいないといった顔で睨みつける千冬ではあるが、キャスターはどこ吹く風か。

「体調も良くなったから、こうして連れて来たんじゃないの。それとも、織斑先生は生徒の体調を考慮してはあげないのかしら?」

「…………」

 今一度シャルロットを見れば、いわれるように、確かに顔色は宜しくは無かった。

 相手が告げるように、本当に体調が思わしくなかったのかもしれないと悟る千冬は教室内に入れとシャルロットを促していた。

 ご苦労だったと一応労いの言葉をかけて話を終えようとするのだが、そうは問屋が卸はしない。

 扉に手を添え、閉められまいとするキャスターは千冬にだけに聴こえるように声をかける。

 ぼそりと告げる内容に――

「――っ」

 本当か、という意味合いを篭めてキャスターに視線を向けてくる千冬であるが、当の相手は室内へ顔を向けていた。

「セイバーさん、ランサーさん、企業の人が専用機の件でお話があるそうよ。火急の用件らしいので急いでちょうだい」

 当然デタラメであるが、授業の妨げにならぬようにとふたりを引っ張り出す口実には十分であろう。

 セイバーとランサーもまた、キャスターがわざわざこうして授業中である教室に現れ、あげく、さん付けするなど何かがあったのだろうと容易に悟り席を立つ。

 教室を出るふたりに続き、千冬もまた話が話なだけに、授業は一時中断するしかなかった。

「聴け、お前たち。急用が出来たのでしばらく自習にする。いいか、くれぐれも馬鹿騒ぎはするな。静かにしていなければ、連帯責任としてPIC機能を切ったISでグラウンドを居残りで五十周させるからな」

『五十っ!?』

 生徒たちからの悲痛に近い悲鳴が上がるが、千冬は一切聴き入れず廊下へ出ると扉をぴしゃりと閉めていた。

 にわかに騒がしくなる室内の中、なにやら廊下で話し込んでいるのを尻目に、席に着こうとしたシャルロットであるが、その際に一夏に声をかけられていた。

「なぁ、シャル、なにかあったのか?」

「ううん、別に……」

「? そうか?」

 そそくさと席につく彼女の姿を、箒とセシリア、ラウラの三人だけは視線を向ける表情が違っていた。

 シャルロットもまた向けられる視線に気がつくと、彼女たちだけにわかるように口を開き――

「後で」

 声には出ださずに、口の動きだけで彼女はそう告げていた。

 

   ◆

 

「お、織斑先生っ――衛宮くんは、衛宮くんはどこですかっ!?」

「来たか、真耶」

 扉を開けて、息を切らして飛びこんで来た真耶は、目当ての人物を見つけるなり詰め寄っていた。

 学園を無断欠勤して五日目、マンションの自室で過ごしていた真耶の携帯電話が鳴り響く。

 表示される名前は、織斑千冬――

 出るかどうか迷う彼女であったが、いつもと違って、止まることもなくいつまでも鳴り響くコール音に、さすがに出てみれば――

「真耶、緊急を要する。今すぐ学園に戻れ。衛宮が――」

 耳にしたのは聴き慣れぬ千冬の切羽詰った声。しかし、真耶は疾うに話を聴いていなかった。

 相手が告げた『衛宮』との言葉、ならびに、尋常ではない声音を受けて――

(衛宮くん――)

 よくよく内容を聴きもせずに、未だ何かを話している千冬を無視し、携帯電話を放り捨てた彼女は着の身着のまま部屋を飛び出し、タクシーを捕まえると急いで学園へ向うこととなる。

 髪は梳かれもせずにボサボサのまま、履物すら片方がパンプス、片方がサンダルという出で立ち。

 それほどまでに慌てたという姿を物語らせている。

 室内に千冬と真耶を除いて他に居る者たちは六人。箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪である。

 真耶同様に、箒たちとて心情は穏やかではない。

 千冬から士郎の容体に変化があったとしか聴かされておらず、なにが起きたのか問いかけても、一切教えられることはなかった。

 とある部屋に呼び寄せられ、特定の人員が揃うまで待たされ続けたところへ、ようやくして最後の待ち人となる真耶が現れたのだった。

「織斑先生っ、衛宮くんは――」

「落ち着け」

「――――」

「わたしに聴くよりも、お前のその眼で確かめろ」

「……はい」

 幾許か呼吸を整えた相手に頷き、こっちだと顎でしゃくる千冬ではあるのだが――

 普段は冷静沈着である彼女には珍しく、どこか落ち着きが無いことに、はたして真耶は気づいていただろうか……?

「先に言っておくがな、真耶……それと、お前たち……くれぐれも取り乱すな。はっきり言って、わたしも理解が追いついていないというのが正直なところだ」

「それって、どういうことですか……?」

「…………」

 しかし千冬は真耶の問いかけに応えることはない。

 一体なにがあったのか……?

 そう感じながらも真耶は千冬の後へと続いていた。

 

   ◆

 

 入室した一同は、眼を疑う事実と直面していることに言葉を失っていた。

 見入る先――

 ベッドには、上半身を起した状態の士郎の姿がある。痛々しい姿はそのままに。頭部、腕に巻かれた包帯。頬に張られた湿布等。

 彼以外にも、室内に居たのは四人である。

 脇に置かれた椅子に座るのはセイバーと本音の姿。何故か本音の頭を士郎が撫でているという不可思議な光景であるのだが。

 入室してくる面々視線を向けてくるキャスターと、少し離れた場所には腕を組んだランサーが同じように立っている。

 五日前に見慣れた顔で、表情で。いつもと変わらぬ衛宮士郎は、確かにそこに存在している。

 と――

 こちらの姿に気づいた彼の視線が向けられていた。どこか気恥ずかしそうに、なんと声をかけてよいのかわからぬといった表情を浮かべて。

 それは、鈴たちとて同じであろう。どのように声をかけるべきなのか?

 真っ先に謝ろうとした彼女たちであったが、いざ本人の姿を眼の前にしてしまっては言葉が出ない。

「大丈夫だった?」

「災難だったわね」

 まさか軽率に、そんな簡単に声をかけられる勇気がない。

 だが――

 口を開いたのは、士郎であった。

「悪い……いろいろと迷惑をかけた」

 言って、あろう事か頭を下げていたのだから。これに慌てるのは当然鈴たちである。

「ちょっ――よ、よしてよ、なんでアンタが謝んのっ!? 寧ろ謝るのは、わたしたちの方なのに」

 返答に困る鈴を余所に、今の今まで彼の姿を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた真耶は駆け寄り――士郎の頭を抱きしめていた。

 突然の行動に、一部を除いた誰もが驚く。

 ぎゅっと力強く抱き寄せられることにより、士郎の顔には真耶の柔らかな膨らみが当たっている。

「待っ――山田、先生――?」

「…………」

 唐突な出来事に慌てる士郎ではあるが、真耶は聴く耳を持たなかった。逆に、更に強く抱きしめていたりする。

「……めん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめん、な、さい……」

 何度も何度も謝りの言葉を口にし彼女。その双眸からは、安堵による涙が流れてさえいた。

「あんなに血が……わたし、アナタにあんな酷いことを……わたし、わたしは……わたし、が……」

 言葉にならない嗚咽混じりの声音を漏らし真耶。

 が――

「……せっかくのお楽しみのところ、悪いのだけれど」

 横槍を入れるのは、キャスターの冷めた声音である。

「山田先生、アナタ、その無駄に育った脂肪の塊を押し付けて、彼を窒息させる気?」

「…………」

 キャスターの指摘に――

 我を忘れていた真耶は、ようやくして自分がなにをしているのかを理解していた。

 豊満な胸を押し付けていることによって、士郎の鼻と口を塞いでいる恰好となっていることに。

「ご、ごご、ごめ、ご、ごめんなさい衛宮くんっ」

 眼を赤くした真耶は、恥ずかしさのあまり顔まで真っ赤にすると慌てて離れ、士郎を解放していた。

 このやり取りに声を上げて笑うのはランサーである。

「おいおい、役得だなぁ、坊主」

「ラ、ランサー!」

 からからと笑う相手に対し、士郎もまた耳まで真っ赤にしながら反論する。

「出来ることなら代わってもらいてぇモンだ。で、どうだった?」

「ど、どうって……うるさいっ! 知るかっ!」

「あ? なんだぁ? 女に抱きつかれて嬉しくなかったってか? それはちっとばかし眼鏡のねーちゃんに酷いんじゃねーか? あ?」

「いや、別に……そりゃまぁ、嫌ってワケじゃないけれど……」

「つまりは、満更でもねぇってことか?」

 かまをかける言い方のランサーに、素直にこくりと頷き彼。

「……少しは」

「シロウ?」

 さり気なく呟く士郎に対し、すかさず冷たい声音を洩らすのはセイバーである。

 失言したと気づいた時には既に遅く、恐る恐ると視線を向けてみれば聴こえた声音以上に凍えきった表情を浮かばせるセイバーが映っていた。

「…………」

 ふと、もう一方からも射抜くような視線を感じた士郎がそちらを見てみれば――

 畜生でも見るかのように、蔑みを孕んだ眼を向けるのはキャスターである。表情は「これだから男という生き物は」と物語る。

 蒼白に近い顔を強張らせ、刹那に申し開きを零す士郎ではあるのだが、そんな中、まあ待てと割って入るのはランサーだった。

「ンなに怒ることでもねぇだろーが。今のは、ちょっとした事故なんだしよ」

「……むぅ……」

 そう言われてしまっては、セイバーとて押し黙るしかない。別に士郎から手を出したわけでもないために。しかしながら、彼女からしてみれば、別の女性――特に、自分は持ち合わせていない魅力的な部分に関して――と絡む姿は見ていて面白くはないというのが心情である。ぷくりと頬を膨らませた恰好――いわゆる、嫉妬なのだが。

「まぁ、残念ながら、こればっかりは、お前さんにゃあ無理があるか」

「ランサー……貴様、どこを見て言っているかっ!」

「あ? なんだ、お前? まさか、眼鏡のねーちゃんに勝てると思ってんのか?」

「…………」

 何に対してランサーが口にしているのか把握しながら――

 セイバーはちらりと真耶へと視線を向けていた。正確には、真耶の見事な胸部へ、であるが。

 現実を再認識させられたセイバーは、口惜しさに思わず唇を噛んでいた。

「くっ……さすがに、わたしには……」

 無念そうに深く息を吐き、ついと眼を逸らしセイバー。

「セイバーさんも、何を言ってるんですかっ!」

 先から槍玉にあげられる真耶としてはたまったものではない。自身の胸を隠すように更に一歩ほど離れるのだが――

 達観したかのようにセイバーは笑っていた。眼に力は篭っていないが。

「マヤ、あなたは、わたしにはない女性らしさを十分兼ねそろえている。それは誉れ、誇れるものだ」

「眼が笑っていませんよっ!?」

「実に素晴らしい。実に羨ましい。実に見事です。ええ、もげればいいですのに……」

 ぼそりと呟かれた言葉尻を真耶は聴き逃してはいないのだが。さり気なくセイバーは自身の胸に手を当て忌々しそうな表情を浮かべていたりするのも見逃してはいない。

「…………」

 コントのような一連の流れを呆然としたまま見入っていたラウラは、ようやくして口を開いていた。

「その、本当に……()()()()()()……?」

「…………」

 見当違いとともとりかねない問いかけとなるが、彼女の指摘はもっともであろう。

 もとより、ラウラたちが眼の前にしている衛宮士郎の容姿に関し、入室して視界に捉えた時点で皆言葉を失っていたのだから。

 ()()()()()()()()()

 面会謝絶とされていたが、こうもあっさりと顔を会わせることになろうとは。

 更には、今の彼の姿は五日前とハッキリと異なっていた。その最たるものが、髪の色である。赤髪は色素が抜け落ちたかのような白色。加えて、肌の色も一部が褐色に変わっている。

 しかしながら、笑えばいつもの見慣れた彼である。あんなことがあったというのに、何食わぬ顔で、いつものように、何事もなかったかのように振舞われては、キツネに摘まれでもしたかのように拍子抜けしてしまう。

 大前提として、彼はこちらに罵声のひとつも口にしていない。

 故に、再度の問いかけが漏れてしまうのも無理からぬことだった。

「身体は、大丈夫なのか?」

 重篤であったと聴かされていた手前、眼の前に存在する彼の姿は未だに信じられずにいる、というのがラウラの本心である。

 切創、割創、銃創、杙創(よくそう)、内出血に骨折、火傷すらも酷かったと耳にしていただけに。

 こうもあっさりと元気になるなど――

「わたしが……いや、怪我をさせた原因であるわたしたちが、そんなお前の身を労わる、というのもおかしな話ではあるのだが……」

 前置きにそう口にするラウラは恐る恐るといった表情で相手へ視線を向けていた。

「わたしたちは、お前に本当に申し訳ないことをした……いや、してしまった。許してくれなどと言えた身でもなければ、許してほしいとも思ってはいない。だが、それでも、訊かねばならない。身体の怪我は、問題ないのか?」

 驚異的な回復力、では片付けられない原状。どういうわけか彼のISは機能しておらず、そのため備わっているハズである操縦者絶対防御も何の役にも立ってはいなかったのだから。

 それがこうして普通に会話を交わせるまでに回復するなど、特に軍人であるラウラにとっては、にわかに信じられぬものなのだが。

 現に、こうまで見た目に変化が生じている以上、問題ないのか、との問いかけ自体が矛盾している。

「ああ、大丈夫だよ。すまない、心配かけた」

「……衛宮、その髪は……」

 箒の指摘に、士郎もまた自身の髪に触れながら。

「これは、まぁ……なんて言うか……」

 どう返答するべきか迷う彼ではあるが、ちらと視線をセイバー、ランサー、キャスターへと順に向けるのだが――三者三様といった表情を浮かべている。とりわけ面白がっているのはランサーであろう。キャスターに至っては、完全に興味が無いといわんばかりの顔である。助言するような素振りもなければ、自分で勝手にしろと雰囲気が安易に告げる。

 と――

 入室してから一切言葉を発していなかったセシリアが口を開いていた。

「士郎さん……お身体は、もう、よろしいんですのね……?」

「ん? ああ、悪いオルコットにも迷惑かけた」

「……本当に……本当に、よろしいんですのね? ウソ、偽りではございませんわね?」

「ああ」

 再度頷き、こちらを見る相手に対し――

「……そうですの。なら、安心しましたわ」

 そう言って――

「失礼」

 士郎の傍に寄ったセシリアは、腕を振り上げ――

 眼を疑うほどの流れるような挙動。乾いた音は二回鳴っていた。

 苦笑を浮かべるのはランサー。

 眼をぱちくりとさせるのはセイバー。

 キャスターは然して興味すらない顔のまま。

 シャルロットにいたっては、似たようなことを極最近にやったなぁと痛感しながら。

 それ以外の他の者たちは唖然としたまま。

「……オル、コット……?」

 両の頬を叩かれたことに士郎もまた呆然としていたが、次の瞬間にはギョッとした顔になっていた。セシリアは両の瞳にじんわりと涙を浮かべ、肩を震わせているのだから。

「約束、しましたわよね? 必ず、わたくしの前に戻ってきますようにって……約束を違えましたら……わたくし、あなたを許しませんわ、とも申し上げたはずですわよ……?」

「…………」

「それに、それに……決して……決して、無理はなさらないでって……」

「…………」

 今一度、士郎の頬を打つセシリアであるが、先と比べれば力は無い。

「許しません、許しませんわっ……無理はなさらないでって、約束、しましたのにっ……」

 止めようと動くセイバーではあるが、やめておけとばかりにその肩を押さえつけていたのはランサーである。

 士郎もまた抵抗する素振りも見せずに、ただ打たれるだけだった。

「……許し……許……」

 振るう力もなくなり、震える腕はだらりと下がり――

「……本当に……本当に、無事で……よかったですわ……本当に……」

 それが限界だった。

 感情の抑制が決壊し――恥も外聞も無く、堰を切ったようにわんわんと泣き出し彼女。

 セシリアに釣られてか、本音も泣き出し、シャルロットも声を上げて泣き、簪すらもすすり泣く。果ては、真耶にまで『嗚咽』は飛び火する。

 『啼泣』という名の五重奏――

「女を泣かせるとは、なかなかやるなぁ坊主」

 ランサーの軽口すら士郎の耳には入ってはいなかった。


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