I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
今回の視点は、「40」冒頭に出たゲスト亡国機業サイドのみです。無駄に一話分延びます。
「報告読んだが、ありゃどういうことだよ」
「あー?」
ソファに寝転がり、ヌードグラビア専門誌に眼を通していたバンビーノは面倒くさそうに視線を上げてセイスへと向けていた。
「どうもこうもねぇよ。読んだ通りだ。それ以上でも以下もねぇよ」
「……なんだよそりゃ」
「…………」
呆れた声音を含んだセイスの指摘に――だが、バンビーノは気だるそうな表情を崩さぬままに無言となるしかなかった。
今考えても、理解できない。
脳裏でそのことを踏まえ考察しながら、雑誌で顔を隠した彼は問いかけていた。
「なぁ、セイスくん」
「あんだよ」
気色悪い呼び方をするなと洩らす相手を無視したまま、バンビーノは続ける。
「お前さぁ、人外相手にしたことあったっけか?」
「……何の話だ?」
「…………」
「そもそも、人外って言やぁティーガーの兄貴はどうなんだよ」
「…………」
生身で第二世代型ISを解体するような兄貴だぜ、と告げるセイスに――やはりバンビーノは無言のまま。
自身も属するフォレスト一派はいずれも曲者ぞろいである。
良く言えば個性が強く、悪く言えば我が強い、といった一癖も二癖もある連中である。特にセイスが口にした、ドイツ語で『虎』の意味を示すティーガーを名に持つ男は一番の武闘派である。
が――
「この子、胸デケェなぁ」
自分から話を振っておきながら、バンビーノは雑誌を見入ったままだった。
セイスにとっては答えらしい答えを返されるわけでもなくやりきれない。
「……聴けよ、オイ。訊いてきたのはそっちだろうが。エロ本なんざ読んでんじゃねえよ」
大体なんでそんなの読んでるんだと声を荒げる相手ではあるが、バンビーノは取り合わなかった。逆に、わかっていないなといった表情を浮かべて。
「ヌード写真集ってのはなぁ、セイスくん……言ってみれば芸術だ。それがわからないってことは、いわゆる学が足りない証拠であってだなぁ。つまりは、一緒くたにすんなってことだ。オーケー?」
「同じようなモンだろうが。要は、素っ裸の女が載ってるってこったろ?」
身も蓋もない解釈に、バンビーノはやれやれと肩を竦めるだけだった。
「見るか?」
「載ってる奴が俺好みじゃないから、いらね」
その言葉に――バンビーノは多少驚いたように一瞥をくれる。
「……意外だな。お前にも、女の好みってモンがあったのか……?」
「テメェは、俺をなんだと思ってやがるんだ?」
「堅物、もしくはホモ――ってごめんなさい冗談です謝りますから握った拳を解いて下さいお願いします」
「……俺だって、人並にはそういうモンには興味があるっての……」
フンと鼻を鳴らすセイスであるが――
ああそうかとバンビーノは納得してみせていた。
「ま、どうせお前のことだから、目付きの悪い小柄でスレンダーな黒髪ショートの女の子とかが大好きなんだろ?」
「…………」
セイスは口を噤んだまま。
無言を肯定と捉えたバンビーノは、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「図星かこの野郎、どんだけエムのこと好きなんだ……?」
「べ、別に好きじゃねぇよ、アイツのことなんか」
「野郎のツンデレなんざ、誰得だってんだ?」
「うるせぇな」
多少顔を赤らめたセイスは視線を逸らす。話を変えるためにわざと咳を払いながら。
「ンな事よりも……次は俺にやらせろよ。お前の尾行を撒くなんざ、それなりに楽しめそうなヤツのようだしな」
「あー、その件だけどよ」
「あ?」
どこか乗り気なセイスの気概を削ることに対して、多少なりとも悪びれながらバンビーノ。
「俺らは、この件から手を引くぞ?」
雑誌から眼を離さずに彼はそう告げていた。
「……は? どういうことだよ。聴いてねェぞ」
言っている意味が理解できずに思わず訊き返す。せっかくの暇つぶしになると思っていたセイスにしてみれば承諾できるはずもない。
「そりゃそうだ。言ってねェもん俺。こっちの子はいいケツしてるよな」
「おい……おいおいおい、ふざけんなよ……こんな面白ェモン、指銜えて黙って見てろってか?」
「知るか。旦那の指示だからな。今後一切、俺らフォレスト一派は別命あるまで一切関与しねぇんだとさ。例え何があろうと静観に徹するとよ」
「……本気で言ってんのか?」
僅かな間を置き、十分考えた上で問うセイスではあるが、バンビーノはつまらなそうに一蹴する。
「こんなことで冗談言ってどうすんだ? なんの特にもなりゃしねぇだろうが。いいか、くれぐれも勝手な行動は起こすなよ? それにだ、ここに来てスコール派が一歩後退してやがる。あの女がこの機会に敢えて下がるのなんざ、どう考えても何かあるぞ」
「だから、俺たちも動きを止めるってか?」
「そういうこった」
「……足並みそろえる必要もねぇだろうに。それに、他のヤツらは黙っちゃいねェぞ?」
亡国機業は一枚岩ではない。組織に属する者たちとは言えど、幹部といった役職に就く連中の思想はそれぞれ違う。
思想が違うのであれば、当然のことながら野心も違う。
各派閥の長は今の役職で満足するような輩たちではない。組織内での更なる発言力、権限力を得るために上を目指している。それは、フォレストやスコールとて例外ではない。
だが、そのためには、それ相応となる実績が伴ってくる。
極端な例で挙げるのならば、どこかの国で造られていた新型ISの奪取であったり、ISを動かすことが出来る男性操縦者の身柄の拘束であったりといったところであろうか。
フォレストやスコール以外の派閥の連中も機に乗じて動きをみせているのをセイスは知っている。他者を出し抜くことは好むのだが、他者に出し抜かれるとなると面白くはない。故に、彼なりに危惧した上での発言であるのだが。
当然のことながら、バンビーノとて機先を制されることに関しては気に食わなかった。殊更スコールもフォレストも動かないともなれば、躍起になるのは想像に難くない。
ページをめくりながら彼は淡々と応えていた。
「だろうな。旦那もスコールも、そんなモンは承知の上だろ。だが、それでも動かないって事はだ……それ以上に何かがあるって事で動かねぇんだろうよ」
「…………」
「好き放題やりたい放題し放題な俺らだとは言えどもよ、さすがに旦那の意向に背くワケにゃいかねぇからな。ま、旦那にゃ旦那の考えがあるってこったろ」
「…………」
フォレストの名を出されては、さすがにセイスとて黙らざるを得ない。
手前勝手な連中ではあるが、さすがに規律は守っている。それも派閥の長の命令であるならば従うしかない。
しかしながら、わかってはいてもセイスとしては納得はできていなかった。
「この機会に俺らが抑え込まれるってのは、癪に障るぞ?」
「奇遇だな。その点に関しては、俺も同意だ」
フォレストの命に背く気はないが、このまま黙って他の連中に先を越されるのはつまらない。となれば、バンビーノにできることは妨害のみ。
彼にとってみれば情報撹乱、諜報活動など御手のものであろう。それなりに精々足を引っ張ってやると彼は胸中でほくそ笑んでいた。
「……しっかし、その男ってのは本当になんなんだ? いくらオマエでも、ただの堅気の人間相手を逃がすなんてヘマそうそうしねぇだろうに」
「…………」
何気なく触れるセイスの声に――自然と顎に指を触れさせていたバンビーノは、思考の海に意識を潜らせる。
「…………」
セイスが言うように、相手はただの人間だ。否、人間のハズだ。
相手の挙動を認識できなかったなど、そんな馬鹿な話があるわけがない。
日本の漫画で読んだような事柄と似たような状況に直面したのだから。
確か、あの漫画は催眠術やら超スピードやらとは違うと触れていたが、自分が受けた現象も、決してそんな言葉で説明がつくようなものではない。想像以上の事柄を如何様に表わすことができようか。
馬鹿げた話だ。そう、アレは馬鹿げた話でしかないという括りで状況を思い出すのみだった。
ベータワンと呼称された三番目の男性操縦者を追跡するバンビーノは内心動揺を隠せていなかった。
(……どういうこった?)
尾行の基本は、相手に悟られないことであり、次に相手を見失わないことである。
だというのに――
今の彼は、走って対象者を追っていた。
革靴を履いてはいるが、亡国機業の工作員さながら音もなく駆ける。だが、どういう理屈か、相手は普通に歩いているというのに、一向にその差は縮まっていない。
(こりゃ一体、どういうこった……?)
今一度の疑問を胸中で呟きバンビーノ。
黒縁眼鏡にスーツ姿。どこにでもいるサラリーマン然とした恰好のバンビーノではあるが、見失わず、その背を追うのがやっとであった。
最初は一定の距離を保ち歩いていたが、やがて徐々に早足となり、今はこうして走って追跡しているのだから。
雑踏で賑う大通りを立ち止まることなく駆け抜けて彼。
「クソッ――」
ぶつかりそうになる人垣をなんとか掻き分け――地下歩道へ続く出入り口に対象者の姿を発見していた。
「悪ィな! 急いでんだ!」
身体を乱雑に割り込ませ、人を押しのけて突き進む。背後で罵声が上がるが聴いている暇などない。
撒かれるわけにもいかず、バンビーノも遅れて地下へと降りる。
大規模な地下歩道空間は出入口が無数にある。駅改札へ続く出入口、駅前通りの歩道に続く出入口、さらには一部の駅前通り沿いのビルとも接続されている出入口すらある。
この僅かな合間に対象者の姿を見失うのは致命的であるといえる。どの出入り口からも、自由に移動することが可能であるからだ。
「チッ……」
一足飛びに階段を降り立ったバンビーノは顔を上げていた。
やはり、対象者の姿は視界にはない。
何処へ行ったと視線を張り巡らせ――そこで彼は、対象者の姿を追うことだけに囚われ周囲の異変に気づくことに遅れていた。
「――っ」
異常は直ぐに理解する。広がる地下通路に、音が存在していなかった。
もとよりも、行き交うべきはずの人々の姿が一切見当たらなかった。
「……なんだ、こりゃ」
蛍光灯に照らされる空間は、まるで俗世から切りとられたかの如く、隔離でもされたような雰囲気を漂わせていた。
地下鉄道改札口と繋がっている箇所もあれば、近くの地下駐車場がエレベーターで結ばれている所もある。決して、人の姿が存在しないなど、在り得ないはずだ。
しかしながら、その異様な空間に居合わせているバンビーノは油断なく周囲を窺うのみ。
「…………」
工作員としての勘が、この異常性に警鐘を鳴らしている。
本能ではこの場から直ぐに離脱するべきだということも理解している。
と――
知らずのうちに自然と壁に背を張り付かせていたバンビーノは己の行動に思わず苦笑していた。常識はずれな状況に直面していながらも、身体は最善の策をとるべきだと行動している。
ならば――
本能を押し殺し、落ち着かせるように息を吐き出し、意を決したバンビーノは一角から身体を滑り込ませていた。
「――っ!?」
そこに、自身が追っていた対象者の男は立っていた。
広がる地下歩道の中央に、相手との距離にしては15メートルほどであろうか。こちらが姿を現せるのを気だるそうに待ちかねていたかのように。
「意外にしつけェなぁ」
「…………」
「生憎と、男に追いかけられるってのは気持ちがいいモンじゃねぇし、趣味でもねぇんだがよ」
かつかつと靴底を鳴らし、相手は数歩ほど進んでいた。
こちらの存在に気づいてなお待ち構えているなど理解できない。つい周囲へとくまなく視線を向けるバンビーノではあるが、やはり自分たち以外の人の気配は感じなかった。対象者の背後へと続く地下通路からも、誰かがやってくるという姿もない。
「あの、わたしに言ってるんでしょうか?」
つい背後を振り返るフリをするバンビーノはそう切り返していた。当然のことながら、後ろには誰もいない。
だが――
「俺を追って来たんだろ?」
「……ちょっ、ちょっと待ってください。なんの事をおっしゃっているのかさっぱりなんですが……? わたしは、たまたまここを通っただけですよ? 何方かとお間違えじゃないでしょうか?」
思わず苦笑を浮かべ、黒縁眼鏡に手を添え訊き返すバンビーノではあるが、ハンと相手は鼻で笑うだけだった。
「
「――――」
瞬間――
僅かに息を呑むバンビーノではあるが、相手は見入ったまま続けていた。
「下手にすっとぼけてんじゃねェよ。その身体に染み付いてんのは、血と……銃ってヤツの硝煙の臭いだろ? ここまで臭うぜ。テメェも、
「…………」
クモ女、とかまをかけるその言葉に――
バンビーノは指に触れていた黒縁眼鏡を外すと、脇へと適当に放り捨てていた。
先まで取り繕っていた笑みは消え失せ、亡国機業員のひとりたる鋭い顔つきへと変わる。
この男は、なにをどこまで知っているのか――?
ただひとつハッキリと理解したのは、この男は普通ではないということだった。
「いい顔つきになるじゃねえか」
「…………」
軽口を叩く相手を無視し、無意識のうちに顔を強張らせるバンビーノは――やはり自覚せぬまま戦闘スタンスを取っていた。僅かに重心を傾け、いつでも反応できるように五感を研ぎ澄ませている。
「ほう」
対する彼もまた相手の纏う雰囲気が変わったことに思わず声を洩らしていた。ただの優男ではないということを察したために。
と――
意識を集中していたバンビーノが瞬きをしたその瞬間に、相手は眼前に迫っていた。
「ッ!?」
予備動作を一切見せずにこの距離を移動するなど在り得ない。しかし、在り得ない現実の中肉薄し、抉り込むかのように疾る拳を――バンビーノは身体を捻りやり過ごすと同時、カウンターさながらに蹴りを叩きこんでいた。
だが、脚に伝わる衝撃は予想以上に軽かった。確認する暇もないが、防がれたと無理やり判断すると咄嗟に間合いを取るために離れていた。
視線を向ければ、片膝をあげた姿の男。叩き込んだはずの蹴りは、やはり防がれていたのだと解すバンビーノ。
膝を下ろした相手は笑みを浮かべたまま。対するバンビーノも無言のままに構えをとる。
一触即発となりかける、まさにその瞬間――
動いたのは、相手の男だった。
「……なんだよ、これからだって時に……時間切れか」
「あ?」
耳に捉えた言葉を訊き返すバンビーノを無視し、表情を崩した相手は後方へと身を投げていた。ついで、片手の五指を舗装地面へと触れさせ――
刹那に、世界に音が流れ出していた。
「な――?」
人の気配が溢れ出す。ついぞ先まで無音、無人のはずであった空間に、日常が戻っている。
何が起こったのか、どういう手法か理解できない彼は思わず対象者から眼を離し、周囲を見渡してしまっていた。
その僅かな隙に――
第三の男性操縦者の姿は、地下空間から完全に消えていた。
あっさりと逃げ出した相手を追うことも出来ぬバンビーノを見計らったかのように、無線に連絡が入る。聴けば、アルファワン、アルファツーを追跡していた仲間も標的を見失ったとの報告を受けていた。
ロスト、となった以上は追跡の続行は不可能であると判断し、やむを得ず切り上げることとなったのだが。
「…………」
相対した状況を思い出しているバンビーノに気づくわけもなく、セイスは再度声をかける。
「
「……使うヒマがねぇよ」
セイスが指摘するのは、バンビーノの左手首に輝く紫色のブレスレット。
僅かに視線を落とし、彼は自問する。
あの場で、この
相手もISを展開できていたのではなかろうか?
いや――
どちらかと言えば、バンビーノは荒事が不得手である。それこそ裏方作業の方が彼にとっては性に合っているといえる。
だが、曲がりなりにも亡国機業の内部派閥の一派であるフォレスト派に籍を置く彼は、成人男性ひとり程度拉致することなど造作もない。
純粋な一個人の戦闘能力ではティーガーやセイスに劣るとはいえども、彼とて身体能力は十二分に兼ねそろえている。
とりわけ肉体労働は苦手であって、出来ないわけではない。
つまりは、一度敵と認識すれば相応の対処は行える。相手を無力化するための人体の急所は熟知しており、破壊する術も同様に網羅している。
とはいえども、だからといってティーガーやセイスたちと肩を並べるほど格闘術に精通しているワケでもない。
「…………」
正直に考えてみたところで、フォレスト一派の
癖を持つ連中ではあるが、軽んじているわけではない。相手が仮に、ISを展開していた場合であればどのように状況が変わるかも想像につかない。
(ティーガーとセイスのふたりがかりでなら、あの男を捕縛することが出来たか?)
純粋に思考した上で、どのような結果になるというのかがわからなかっただけに。
「
諧謔を弄するセイスではあるが、バンビーノは聴いてはいなかった。
知らずのうちに――
理解できぬ疑問を払うかのように、彼は吐息を漏らしていた。
バンビーノ、セイスは四季の歓喜さんが執筆されている「IS学園潜入任務~リア充観察記録~」「アイ潜IF外伝」でのオリジナル亡国機業メンバーです。
亡国機業は一枚岩ではないため、いろんな派閥が存在すると思います。
四季の歓喜さんが創るフォレスト派は、そんな派閥のひとつだということでのゲスト参加させていただきました。
他のIS作品作られている方の中にも魅力的な亡国機業のキャラがいたりするんですよねェ。