I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 窓から差し込む朝の陽射し――

 爽やかな風を受けながらも、色々あった昨夜のせいで眠りが浅い。

 寝足り無いなと思いながらも、意識をハッキリさせるべく、ぱしんと自分の両頬をひとつ打つ。

「まさか、こんな事になるなんてなぁ……」

 覚めた眼で、昨夜のうちに用意されていた真新しい制服――白を基調としたそれに袖を通しながら士郎はぼやく。

「確かに。まさかシロウと一緒に学校に通う事になるとは思いませんでした」

 セイバーも制服を身に纏い、胸元の青いリボンを結わえていた。鏡に映る自分を見ながら――おかしなところは無いか確認し、士郎へと向き直る。

「どうですか、シロウ。変なところはありませんか?」

「似合ってる。可愛いぞ、セイバー」

「――――」

 身嗜みの事を訊いたのに、容姿の事を言われるとは思わなかったのだろう。

 挙句、面と向かって言われた彼女は一気に顔を真っ赤にして俯いていた。

「そ、そんな事を不意に口にするとは……シ、シロウは卑怯です!」

「なんでさ」

「わ、私の事よりも……シ、シロウも似合っていますよ」

 白い制服を身に纏う士郎の姿はセイバーにとっては斬新だ。普段見慣れている姿とは違う一面を垣間見ているのだから。

 世辞でもなく、純粋にその格好は似合っていた。

「ありがとな」

 ははと笑う士郎に――むぅと少しばかり頬を膨らませるセイバー。

 一般で言うなれば、カップルのやり取りでしかない。もしくは惚気か。

 仲のいい恋人同士。

 ここにもし、遠坂凛と間桐桜が居合わせていたならば、彼女たちはこう告げる。

「なに惚気てんのアンタたち。馬鹿なの? 死ぬの?」

 随時舌打ちする「あかいあくま」はガンドを放ち――

「くすくすと笑ってゴーゴーですね。ええ、くうくうお腹が空きました」

 意味不明な言葉を漏らし、真っ黒になった桜は、それはそれは――えも言われぬ素晴らしい笑みを浮かべて襲い掛かっていた事だろう。

 閑話休題――

「さて、じゃあ……」

「行きましょうか」

 どちらともなく、準備が整ったふたりは部屋を後にしていた。

 

 

「席に着け、小娘ども。SHRを始めるぞ!」

 担任教師織斑千冬と、副担任山田真耶の両名が教室に現れると同時、わたわたと生徒たちは慌てて着席する。

 しんと静まり返る室内の生徒たちを見回し、千冬は言う。

「SHRを始める前に、転入生をふたり紹介する」

 ざわ――

 その一言に教室内が色めき、どよめき立つ。

「転入生?」

「ふたり?」

 一夏や箒、シャルロットたちも一様に驚いていた。

 がやがやと騒ぐ生徒たちに対し、千冬は出席簿で教卓を叩き一喝する。

「騒ぐな。静かにしろ。ふたりとも入れ」

 戸口に声をかけると同時、がらりと扉が開く。

 現れたふたりを見て、生徒たちは一斉に口を噤む。ある者は思わず席を立ち上がりかけ、またある者は眼を丸くする。各々の何かを言いたそうな表情ではあるが、皆我慢している具合だろう。

 教壇に立つふたりに千冬は言う。

「自己紹介をしろ」

 促され、はいと一言応え、男子生徒――衛宮士郎は口を開いていた。

「衛宮士郎です。えーと……趣味は、家事全般とガラクタ弄り……と言うか機械弄りか。大抵の物は直せますので、なにか困った事がある際には言ってくれれば。ISの事はわからないので、色々教えてくれると助かります」

「セイバーと申します。以後お見知りおきを」

 しんと静まる室内。

 生徒の視線を一身に浴び、照れくさそうな士郎とは対象に、セイバーは言葉少なめに。だが、凛とした声音は十分インパクトがある。

「本来、衛宮はお前らより二学年上の三年生だが、ISの基礎から学ぶために特例としてこのクラスの編入となる。聴いた通り、こいつはISの事を全く知らん。お前らの方がある意味先輩だ。色々教えてやれ。セイバーも同様だ。仲良くしろよ、お前ら」

 千冬の説明に続き、宜しくお願いしますとふたりは頭を下げていた。

 顔を上げ――ふと、士郎は中央最前列に座る生徒と眼が合っていた。話に聴いていた、このクラスで唯一の男子生徒、更には世界で初めてISを動かせた男性操縦者。織斑千冬の実弟で、確か名前は織斑一夏だったか。その名を前以って教えられていた士郎は何気なく思い出していた。

「あの……」

 沈黙の中、おずおずと手を挙げたのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットだった。

「なんだ、オルコット」

「あの、織斑先生……そこのセイバーさんは女性という事でわかりますが……その……そちらの殿方は?」

 言って、彼女の視線の先は、当然、衛宮士郎へと向けられている。

 セシリアの指摘はクラス全員が思う事だ。

 視線を受ける士郎にしてみれば大変居心地が悪い。正確にはセイバーにも視線は向けられているが、やはり男という存在への好奇心が多数を占める。

 衛宮士郎――紛れも無く男性の彼が此処に居る意味がわからない。

 いや、誰もが予想はついてはいるのだろう。だが、それを確実たる証拠と成り得るかがわからぬ為、口にしていないだけだった。

 IS工学を習う為だけに編入するなどありえない。その類のものであれば、何もこのIS学園でなくても構わないのだから。

 ならば残る推測は唯ひとつ。

 しかし千冬は、つまらなそうに、だがハッキリと答え言う。

「衛宮はISを動かせる。それだけだ。なお、まだ公に発表はされていない事案の為、緘口令が敷かれている。他言した者は相応のペナルティを受ける事になる。最悪退学にもなりかねんのでな、注意しておけ」

 ざわり、と今度こそどよめきが上がる。

 いとも簡単に告げる内容は、本来息を呑むものだ。あの『ドイツの冷氷』ラウラでさえ驚いた顔をしている。

 ISは原則女性にしか扱えない。それが当たり前に通ってきた事だ。イレギュラーの織斑一夏の存在が世に出るまでは。

 男性で扱えるという事柄は世界を騒がせ、震撼させた大ニュースであった。それもその筈に、どのような規格外であろうとも、女尊男卑の今の社会に一石を投じるに事になりえたものだからだ。

 そこへ二人目のIS操縦者が現れたとなれば、全世界の国家を巻き込む大問題になる。にもかかわらず、担任教師の千冬はしれっと答えている。

 生徒たちから見ても、これがどれほど問題視になる事なのかぐらいは把握している。教員である彼女がわからないはずはないのだが――

「よかったな、織斑。同じ男同士だ。これで少しは楽になるだろう?」

「は、はあ……」

 いきなり話を振られ、返答に困る一夏はそう答える事しか出来なかった。

 確かに男が自分ひとりしかいなかったため、色々と肩身の狭い不自由な事が多かったが、突然過ぎる話についていけていないのが現状だった。

「なんだ、つまらんな。ああ、衛宮はれっきとした男だからな。変な期待はするな、安心しろ……まぁいい。他には何かあるか? なければ――」

 授業を始めるぞ、と適当に切り上げようとした刹那、それを公認の質問タイムと勘違いした生徒たちから歓声が上がる。

「きゃーっ!」

「セイバーさん!? きれーい、ちっちゃーい!」

「オルコットさんとデュノアさんとも違った綺麗な金髪ー」

「先輩の男の子! しかもちゃんとした二人目の男の子!」

「織斑君と違ってなんか可愛いわね」

「ちょっと大人びた先輩の男の子ってのもありよねー」

 堰を切ったかのように騒ぎ出す女子生徒たち。

 喧しいと額に手を添える千冬とは別に、士郎とセイバーは女生徒の勢いに気圧されていた。

 あまりにも元気過ぎるクラスに、つい士郎は、ここは美綴綾子と薪寺楓の二タイプしかいないのかと思わされていた程だ。

「……本当に女性しか居ませんね」

「ああ……」

「先程の『ちゃんとした二人目』とはどういう事でしょう?」

「わかんない」

 ぼそぼそと壇上で会話を交わす士郎とセイバーのふたりを見て、目敏くひとりの女生徒――谷本癒子が手を挙げる。

「何々? 衛宮君とセイバーさんは知り合いなの?」

「もしかして、恋人ですかー?」

 別の生徒も発した茶化すようなその言葉に――セイバーは『ええ』とたった一言、肯定する。

 瞬間、水面を打ったかのように再度静まる教室。

 手を挙げて騒いでいた生徒たちが言葉を失い、教師ふたりもぽかんとしている。士郎もまた無言。

 静寂が包む空間の中、セイバーは続ける。

「私は、シロウに全てを捧げました。私は如何なる敵をも討ち倒す剣として、この身も心も、シロウと共にあります」

 言葉を区切り、片手を自身の胸元に添えて――

「私は、シロウを愛している――」 

 恥ずかしさをおくびにも出さずに、セイバーは淡々と告げた。

 刹那――

『きゃあああああああああっっ――』

 先までとは桁が違う――一際高い黄色い歓声。女生徒たちの興奮は一気に加熱し爆発する。

「そ、相思相愛――!?」

「に、二学年違う男の人と付き合うだけで、こうも違うものなの!?」

「身も心も捧げたなんて、言ってみたーい!」

「あ、愛してるだなんて……きゃーっ!」

 異常な熱気の反応に、さすがのセイバーも僅かばかり困惑する。

 見れば副担任の真耶ですら赤めた頬を押さえながら身をくねらせていた。

「い、いけませんセイバーさんたら、恋愛は節度を持たなければ……学生の身でありながら、あ、愛してるだなんて……そんな、は、早すぎます! でも、素敵です……きゃーっ!」

「山田先生、落ち着いてください」

 身悶えし興奮する副担任に、千冬は額に手を添えたまま嘆息していた。

「む、本当の事を言ったのはマズかったでしょうか?」

「あー、まぁな……」

 こりゃ質問攻めが続くなと、気恥ずかしそうに考えながら頬を掻く士郎に対し、セイバーは小首を傾げていた。


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