I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 意識を取り戻した真耶の脳裏に真っ先に浮かび上がったのは士郎の身である。

 己が身すら爆発の衝撃によるダメージが残り、動くだけで激痛に見舞われる。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 直前までの状況は覚えている。自身の手で士郎を刺し、撃ち抜いた現実を。

 呑気に病室で寝てもいられるはずもなく、彼女は医療区画を駆けずり回ることとなる。

 フロアをくまなく捜すのだが、士郎は見つけられずにいた。

 と――

 キャスターの姿を視界に捉えた彼女は走り寄り、その肩を掴んでいた。

「あ、あのっ――衛宮くんに会わせてください」

「…………」

 歩を止め――キャスターは、掴まれた肩を面白くなさそうに一瞥した後、ゆっくりと振り返っていた。

「会わせろ? ずいぶんとふざけたことをヌかすじゃない」

「――っ」

 その『貌』を見た真耶は二の句が告げられなかった

 冷酷な色を灯す双眸。無表情となる相手を前にし、真耶は背筋が凍るほどの恐怖を感じていた。

 以前学園祭時に交戦した白い少女とはまた別に、同じ人間でありながらどうすればこのような『貌』ができるのかと思わされていた。

 眼を合わせていられず、顔を背ける真耶。

 口を開くことができずに、ただただ無言となる相手を鬱陶しそうに視線を投げたままキャスターは告げる。

「……会ってどうするの?」

「ど、どうって……」

「会わせる意味もなければ、会わせるつもりもないわよ。会わせたところで、彼を今度こそ殺されるワケにもいかないのよ」

「わ、わたしはっ、そんなことは――」

 するつもりなど毛頭ない、とは言い切れなかった。自身でも知らずのうちに士郎に危害を与えた事実は覆せない。如何様にして信じてほしいなどといえるものか。

 やはり黙ったままの真耶を邪魔そうに見入りながらキャスターは続ける。

「わたしは、あなたたちを誰ひとりとして信用も信頼もしていないの。わかったのなら、さっさと眼の前から消えなさい。これ以上ゴネるのならば、容赦はしないわ」

「…………」

 食い下がることもできない真耶は大人しくキャスターの前から去ることしかできなかった。

 重い足取りのまま、次に彼女が向かった先はセイバーとランサーだった。

 謝ったところで許してもらえるなど思っていない真耶ではあるが、謝らないわけにはいかなかった。

 せめてふたりには謝罪したいというのが彼女の嘘偽りない本心である。

 地べたに這い蹲って許しを請おうとする彼女ではあるが、それは出来なかった。いや、することすら叶わなかった。

 首根っこ――正確には襟首だが――をランサーにつかまれた恰好の真耶は膝を付くことができずにいたのだから。

「マヤ、経緯はどうあれ、あなたが謝る必要はない」

「そんなことは……だって、現にわたしは……わたしが……」

 セイバーの声に対し、真耶は言葉を詰まらせ俯くのみ。

「あなたの性格上、あなたの行動は理解できる。だが、今のあなたがしようとする行為は黙認することはできない。彼女(キャスター)から事の経緯は聴きました。それに」

「…………」

「そんな顔をしているあなたを、どうして責めることができるでしょうか? 確かに、気にするなとは言えません。謝り許しを請うのならば、それはシロウが眼を覚ましたときに、本人に直に伝えるべきだ」

「…………」

 もっともシロウのことですから何も考えずに容易に許すことでしょうけれど、とセイバーは胸中で呟いていた。

 話は以上ですと告げて去るセイバーと、真耶の頭をがしがしと撫でつけて立ち去るランサーふたりの背を黙って見送ることしかできなかった彼女のその後の行動は、千冬に連れられて学園の外に出た話に繋がる。

 咎められずに放任されるなど真耶の性格上、精神的には苦痛だった。口汚く罵られていた方が、まだどれだけマシだったものか。

 頬には湿布をはった姿。患部をとにかく冷やし続ける処置を施し、腫れは当初と比べて大分落ち着いていた。痣ができることはなかったが、痛みはまだ残ったまま。

「なにをしてるんでしょうか、わたし……」

 椅子の背もたれに寄りかかり、真耶はそうひとりごちていた。

 束に殴られ、千冬を拒んだあの夜以降、彼女は学園に戻っておらず、この三日間は学園勤務さえしていなかった。

 千冬と顔を会わせることが気まずく、また、セイバーやランサーと会うのにも気が引けていた。

「無断欠勤なんて、教師として失格ですね……」

 だが、彼女は知る由もない。

 無断欠勤したIS学園から御咎めが来ることもない。それもそのはずに、キャスターの計略による。口実を与えるための休日理由が『衛宮士郎の専用機に関して、デュノア社との交渉のため』というものをでっち上げられていることに。

 自身の知らぬところで話を進められているなど思いもよらぬことであろう。

 満足な睡眠をとっていない彼女の顔は、傍から見ても疲労の色が一際強く感じられていた。眼の下には若干の隈さえできていた。

 無造作に机上に置かれている携帯電話の着信ランプが点滅している。

 携帯電話には千冬からの着信履歴が数多く残り、心配する旨のメールも届いている。だが、彼女はそれらに一切出ず、メールも読んではいなかった。

 彼女が帰った場所も、学園の教職員寮ではなく、本来のひとり暮らしで契約しているマンションに引き篭もっていた。

 だが、かといって自堕落に過ごしているというわけではなく、彼女は彼女なりに調べていたことがあった。それは、第二アリーナで起きた衛宮士郎を襲った暴走事故に関してである。

 しかしながら、一個人のパーソナルコンピュータを使ったところで調べられることができる上限など高が知れる。さらにいえば、調べるにしても何から手をつけ、何処からどういったものをどのように調べるかに行き詰るだけだった。

 IS学園ならまだしも、個人で管理使用する端末からでは制限がかかり、ハッキング紛いなことをしても侵入できるエリアは極々僅かであった。

 当然、これといった手がかりが掴めるわけもなく、無駄に時間が過ぎ去るだけだった。

 それでも、諦めずに何かしらの手がかりを見つけたいと奮闘する真耶の心境は、自責の念に駆られていた。

 あげく、士郎の状態を知りながらもケラケラと笑う束の精神性が許せなかった。

 だが、それと同時に束から告げられた言葉が真耶の胸を深く抉っている。

「だいたいさぁ、お前も殺しかけて喜んでたひとりのクセに、何が護るだ死なせないだ、だよ。よくそんなことが言えるもんだね。今頃いい子ぶるなって言ってんだよ」

 喜んでなどいない。そんなつもりは微塵もない。

 しかし――

 どんなに否定の言葉を口にしたところで、実際にブレードで刺し、アサルトライフルで撃ち抜いたのは紛れもない現実であり、それを行ったのは自分である。

 そこで真耶はふと考えてしまっていた。

「…………」

 自分は本当に衛宮士郎を憎んでいなかったのだろうか?

 心の片隅では知らずのうちに彼に敵意を持っていたのではなかろうか?

 そんなことさえ思うようになっていた。

 だが――

 暗く沈みかける心を払拭するかのごとく――自分自身を鼓舞するように頬を打つ。

 乾いた音に、ついで両の頬はじんじんとした熱が帯びていた。

「…………」

 呑まれるな。弱気になるな。

 今は、自分が思うように、やりたいようにしなければならない。

 何を弱気になろうとしているのか。弱気になってしまっては、すべてが悪い方向へと進んでしまう。

 無かったことになどできないし、するつもりもないと自分自身に誓ったはずだ。

 それならば、いっそ一思いに開き直り、強気になってしまえばいいだけだ。

 本人が目覚めるのを信じて待ち、謝るのはそれからであろう。

 どんな罵倒も受け入れよう。どんな暴力も受け入れよう。

 覚悟を決めた真耶は、再度己の頬を強く打っていた。二度目は力加減を誤り、とても痛かったりしたのだが。

 意識を切り替えた彼女は静かに呟く。

「……篠ノ之博士は、衛宮くんのあの不思議な力には気付いていない……もし、知っていたとしたら、こんな回りくどい方法を取る必要はないハズ……」

 千冬と束の会話のやり取りを思い出す。

 真耶なりに話の流れを覚えていた限りでは、束が士郎に固執する原因もいまいちはっきりとしない。

 確実に理解しているのは、やはりISを動かせるという事実に何かしらの執着があるのだろうと捉えていた。

 だが、だからといって、ISを動かすことができる貴重な男性にどうしてそこまで固執するのか。織斑一夏とて立場は同じであるというのに。

 腑に落ちない。

 そして、ここにきたところで今まで当たり前のように捉えていた事柄に関して疑問が生じる。

 自分は、根本的なことを見誤っているのではなかろうか?

「なぜ、織斑くんがISを動かすことが出来たんでしょうか……」

 そう、その点が本来であれば一番重要視されべきことである。今現在も詳しく解明もされず、有耶無耶のままにされている。

 ISを動かせることが出来たのは、織斑千冬の弟だから――?

 いや、それはあまりにも突飛過ぎておかしな話であろう。世界最強(織斑千冬)の弟だからという血縁関係を基礎とする『肉親』を安易な答えであるとするならば、世の女性がISを動かせる以上、その女性の兄や弟、はたまた父親ならば同様のケースが出ていてもおかしくはない。

「…………」

 唐突に――カチリ、と思考が型にはまる。

 何気なく思いついたことは、偶然ではなく必然だとしたら、だった。

 視点を変えてみる。織斑一夏でなければならないこととはなんなのか?

 『ISを動かせたのが織斑一夏だったから』ではなくて、『織斑一夏だったからISを動かせた』だとしたら?

 例えるならば、車のエンジンをかけるにはキーを回す必要がある。車をISと見立て、必要なキーが織斑一夏だからこそ動かすことができるという仕組みだとしたら?

「まるで……」

 そう、これではまるで、ISを動かせられる男性が『織斑一夏』以外に存在されてはマズイということではないのだろうか。つまりは、ISを動かせる男性が織斑一夏ただひとりでなければならないという意図にもとれる。

「……はじめから、織斑くんだけにしか動かせない代物だとしたらどうでしょう……? いや、違う……もっと根本的なところ……ISは女性にしか使えないのに織斑くんが動かせた、ではなくて……逆に、ISは織斑くんにしか使えないところを、後から女性も動かせるようなシステムだとしたらどうでしょう?」

 導き出す答えではあるのだが、しかし、謎はまだ残っている。

 そうなると、何のために織斑一夏が動かす意味が存在するのか?

「深くは考えていませんでしたが、織斑くん以外の男性が動かすことに何か困ることでもあるというんでしょうか……」

 そのために士郎の存在を疎ましく思い、排除しようとでもいうのだろうか。

 同時に、たったそれだけのために、そんなことをするのだろうかとも彼女は考えていた。

「…………」

 織斑一夏の姉は織斑千冬である。誰もが認める世界最強のIS操縦者だった彼女。

 美貌と実力から敬意をもって「ブリュンヒルデ」と呼ばれる姉を持つ織斑一夏。

 このふたりとの更なる接点を持つ近しい人物は限られる。真っ先に上がるのは幼馴染でもある篠ノ之姉妹。特に姉である、ISを世に生み出した『天才』篠ノ之束。

 この四人の関係を考えると偶然は偶然とも思えなくなる。

 ISの創造者、篠ノ之束――

 世界最強の織斑千冬――

 唯一男性でISを動かすことができていた織斑一夏――

 姉妹というだけで第四世代型のIS『紅椿』を手に入れた篠ノ之箒――

「…………」

 だが――

 この四人の関係を崩す存在が、例外として現れた第二、第三の男性操縦者となる衛宮士郎とランサーのふたりである。

「篠ノ之博士にとって、ISは男性では織斑くんのみにしか動かせないなんらかのプロテクトやシステムを組み込んでいたとしたら? それがどういうわけか、まったく予想外に現れた衛宮くんとランサーさんには適応されずに動かせることができてしまったとしたら……それは面白くはないのは当然……でも……」

 あくまでも個人の 想像の範疇である。 

 はっきりと束が何かをしたという証拠は何も見つけることは出来ていない。

 しかし、それでも真耶は彼女が何かをしたのだと偏見視で決め付けていた。暴走事故の犯人は彼女で間違いないと。

 だが、いくらどんなに自分ひとりが騒いだところで事体が解決するワケではない。

 そのためには、解決の糸口となるのは、なんとしても決定的な証拠となるものが存在しなくてはならない。

「…………」

 ふと脳裏をよぎる疑問がある。このことに、もし仮に、千冬が関わっていたとしたら?

 考えたくはないが、千冬と束のふたりは裏で繋がっているのではないかと猜疑の眼を向けていた。

「……先輩が、もし本当に篠ノ之博士側の味方だとしたら、今の衛宮くんの身は……」

 そこまで言いかけ、真耶は首を振っていた。

 いくらなんでも、そこまで千冬は人間性を失ってはいないと捉えていた。考えすぎではあると思いたいが、士郎の身柄を束に売るようなマネはしないだろうと推測する。

 だが……

 今の真耶は、千冬に対して尊敬、傾慕し、信頼はしているが、信用はできずにいた。

「そんなことはない、と思いたいですが……確信は持てません……」

 加えて、今の学園内に士郎を留めておくこと自体が問題となってくるのではないかとも考えていた。

 学園に配備されている『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』といった量産機ISが今回のように暴走でもすれば――

 搭乗者の意思に関係なく、だれもかもが襲いかかることになるのではなかろうか?

 ならば、どうするべきか――

 IS学園が安全でないとすれば、どこか別の場所へ移さねばならない。では、その別の場所とは何処となるか?

 どこかの国家が管理する機関に保護してもらうとなれば、また更なる問題が浮上してくる。どこの国家が信用できるというのだろうか?

 その国家が、実は裏で篠ノ之束と繋がっているのではなかろうか?

 思案すれば思案するほど、全てが疑わしく思えてならなかった。

 皮肉にも、以前千冬に対して告げた疑心を真耶自身が覆すこととなるのだが……

「…………」

 それらを含んだ上で、やはり学園に残しておくのが無難であろうかと彼女は結論付ける。特に、例え危険な状況にあるとしても、士郎の傍には頼れる三人が存在している。

「わたしなんかよりも……セイバーさんにランサーさん……それに、メディアさんがいれば安全ですし……」

 自分が傍に居なくても、あの三人がいれば士郎を護ることなど造作もないだろうと読む。

 正直に言えば、真耶自身も士郎を護ってあげたいと本心では思うことである。だが、彼女は自分自身のことがわからなくなっていた。また彼を傷つけるような暴挙に出たとあっては今度こそ立ち直ることはできないとさえ思い込むほどに。

「……わたしは、わたしでできることをするだけしかありませんね……」

 いい加減、シャワーでも浴びて少し横になろうかと立ち上がりかけ――

 不意に、立ち上げていたメールソフトから新しいメールが届いたことを知らせる受信音が鳴っていた。

「…………」

 大方、千冬からのメールだろうと思いながらも、送信者の名前だけでも確認しようと何気なくマウスを手に取り動かし――

 件名を見て、その指先は止まることとなる。

 第二男性操縦者、衛宮士郎に関して――

 その文面を見た真耶の眠気は一気に吹き飛び、上げかけた腰を座り直らせると、齧りつくかのようにモニターを見入っていた。

「これは……」

 表示されている送信者のアドレスは知らない相手だった。

 何かしらの悪戯かと邪推する真耶ではあるが、指先はマウスカーソル動かすと受信したメールを開いていた。

「…………」

 そこに綴られている文章は簡素に、しかし、真耶の視線は向けられたまま。

 ――第二男性操縦者の身に起きた真相を知りたくはないか?

 たった一行に収められた文章では在るが、彼女が興味を持つには十分だった。

 一体誰がなんのために――

 いや、そもそも、この送信者は何を知っているというのだろうか。

 真っ先に思い当たった人物は篠ノ之束である。だが、すぐにその推測は在り得ないと判断していた。彼女にとってそんな行動を取るメリットが見当たらないし、何よりも此方に接触する道理がない。

 そう鑑みれば、束以外の別の人間となるのだが……

 今一度、メール送信者のアドレスを確認する真耶ではあるのだが、やはり見覚えはない。メールアドレスもまた、誰もが入手できるフリーメールであることに気付いていた。

「どうしてわたしに……? 一体誰が? なんのために?」

 本来の――正常な思考が働く真耶であれば、こんなメールはスパムと決め付け消去していただろう。

 だが、そうはしなかった。逆にあろうことか、自分が知り得ない、自分が知りたいことを教えてくれるのかと容易く信じ込むほどに。

 このメールに信憑性など何ひとつない。不用意に信じるなど迂闊すぎるにもほどがある。

 だが、それほどまでに精神的に追い込まれた彼女は、傍から見れば怪しすぎる文面にも警戒を見せなかった。

「…………」

 藁にも縋る思いでも何でもいい。何かしらの手がかりがつかめるのなら。

 自身でも知らずのうちに、送信者へ返信の文章を打ち込んでいく。

「今度こそ、わたしは必ず護ってみせます……」

 真耶を突き動かすのは、ひとえに士郎に対する贖罪のみ。

 光の宿らない瞳のまま――真耶はそう呟いていた。

 

   ◆

 

 デュノア社からの暗号通信は、いまだシャルロットへ送られ続けていた。

 ここに来て、早急に衛宮士郎の個人データと彼が扱うIS『アーチャー』の機体データを入手するようにとの催促の旨を含む内容である。

 理由も明確であろう。この三日という合間に、シャルロットの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は大幅な戦闘経験値を入手している。急激な自己進化率の向上は無視できない事態となる。

 言い方を変えれば、第二世代型の機体とはいえ、第二形態移行(セカンド・シフト)しかけるのではないか?

 希望的観測を現実に変換させるためにも今のデュノア社にとって見れば、少なくとも衛宮士郎の存在は軽視できなくなっていた。

 当初は、『天才』篠ノ之束と親交を持ち、『世界最強』と呼ばれる織斑千冬を姉に持つ織斑一夏と比べては、ISを動かせるという事以外に特筆する要因もないという認識程度であった。もっと悪い言い方をすれば、入手するべき本命(織斑一夏)である男性操縦者データの予備レベル。

 二番目に現れた男性操縦者とはいえど、特にこれといった長所を持ち合わせているわけでもないという認識だったハズが、それがどうであろうか?

 確かに初期は無様な操縦技術であったものが、今は爆発的飛躍を遂げるとでも表現するかのごとく見違えており、加えて極秘裏に入手した衛宮士郎の戦闘データは、他国の専用機持ちをも上回りかねないほどの数値を示しかけているのだから。

 それ故に、デュノア社の方針としては、必要であるならば更なる戦闘経験値を取得せよ、とも告げていた。

 だが――

「…………」

 ふざけるな、とシャルロットは胸中で叫ぶこととなる。

 要は、士郎を踏み台にして戦闘データを手に入れろ、と。なんとも勝手な言い分であろう。

 彼の現状を知りもせずに、都合のいい御託ばかりを並べてくる。

 さすがに、と言うよりも――ついに、と言うべきであろう。シャルロットの堪忍袋の緒は切れていた。

「……できません。いえ、僕はやりません」

「……シャルロット・デュノア候補生、あなたは、御自身が口にしている意味を理解していますか?」

「…………」

 相手からの言葉に――シャルロットの肩は静かに震えていた。恐怖がないわけではない。

 しかし――

「なんと言われようとも、僕は、僕が決めたことです」

「IS学園の特記事項があるから、ということでしょうか? 向こう三年間は手出しできないという入れ知恵を受けたようですが――」

 いくら織斑千冬が取り計らい、尽力してくれようとも、デュノア社がこのまま大人しく黙っているハズがない。

 事実、セイバーから聴けば、査問委員会にフランス政府が会合させたとも耳にした。

 なんとしてもデータを入手するようにと強い口調で責められるシャルロットではあるが、意を決した彼女に迷いはない。

「僕は、意志を変えるつもりはありません」

「……あなたは、御父上とデュノア社を裏切るというのですね?」

「裏切るも何も、僕は前にも言ったはずです。構いません、フランスに戻って直接父に話します。その結果、どうなろうと覚悟の上です」

 シャルロットなりの精一杯の虚勢であろう。

 覚悟はあるとは言えど、少女の心中に去来するのは『不安』の一言。

 自国へ戻るという意味がどういうことを示すのかも理解している。例えその身が拘束されようが、投獄されようが、最悪命を絶たれるようなことになろうとも、もはや関係がなかった。

 IS学園という自分の居場所を手放すことへの抵抗、先の見えない恐怖感がないワケではない。

 だが、それでもシャルロットが勇気を振り絞って行動を起こそうとするのは友人の士郎のためとなる。

 これが仮に、万が一にでも士郎が命を落すようなことにでもなれば、本格的にシャルロットは正気ではいられなくなる。

 士郎が死んで呑気に過ごせるような神経を持ち合わせてはいない。ならば、罪を償うためにも、これ以上士郎に迷惑をかけたくはない。そのためには、自分が犠牲になろうとも厭わなかった。

「僕がどうなろうとも、答えに変わりはありません。父にそう伝えてください」

「後悔することになりますよ? 今一度、自分の立場をよく考えた方が賢明ですが?」

「…………」

 自分の立場を考えろとの言葉にシャルロットは胸の内で舌打ちしていた。

 データを入手することだけに躍起になっている連中に言われたくはない。

 うるさい――

 そう罵声を浴びせようとした刹那、唐突に手に握り締めていた携帯電話の質量は消えていた。

「――っ」

 驚き、顔を上げて見れば、真横には居るはずのないキャスターが立っていた。

 眼を白黒させるシャルロットとは対照に、キャスターは取り上げた携帯電話に話しかけていた。

「随分と面白いことをしているのね。年端もいかない子供を脅迫するのは楽しいかしら?」

「――――」

 通話口越しとはいえ、相手が息を呑むのを気配で感じながら彼女。

 相手もまさかシャルロット以外の者が通話に出るとは夢にも思わぬことであろう。

「……失礼ですが、あなたは?」

 なんとか声を絞り出してそのように問いかける男ではあるが、キャスターはフンと鼻を鳴らすだけだった。極々つまらなそうに言い返す。

「わたしが誰かなんては、どうでもいいことよ。この子に命じて、いろいろと鬱陶しいことをやっているようね」

「…………」

 キャスターの指摘に相手は無言のまま。当然の反応に彼女は今一度鼻を鳴らす。

「衛宮士郎の機体データ、欲しいんでしょう? くれてやるわよ」

「先生っ!?」

 これに声を荒げたのはシャルロットである。だが、やはりキャスターは意に介さない。口元に人差し指を当て、静かにしなさいと仕草で示す。

「『はい』か『イエス』か『わかりました』で答えなさい。どれかしら?」

 選択の余地などなかろう。ほぼ恫喝であり、言葉が違うだけで意味は同じである。

 しかしながら、男にとって見れば素直に受け入れられることではない。第二男性操縦者の専用機体データを欲しているのは紛れもない事実である。だが、きちんと裏が取れている内容であれば了承しようもあるが、なんの前触れもなく突拍子に告げられた話を鵜呑みにできるワケがない。

 そもそも、素性の知れぬ輩の戯言に信憑性があるハズもない。そう判断した男は口を開いていた。

「……わたしの一存では決めかねます。一度報告をさせて――」

「次はないわよ? この子を突き出すところに突き出せば、あなたたちデュノア社がどれほど薄汚い手を使っていたのか、芋づる式に明らかになるわよねぇ?」

「……お待ちください。先からなんのことを言っているのやら――」

 取り繕うように言葉を選ぶ相手に、キャスターはつまらなそうに言い返すのみ。

「知らぬ存ぜぬが通るとは思わないことね。引っ張り出すことが出来ないと思うのならば、それでも結構よ」

「…………」

「あなたたちがどうなろうと知ったことじゃないのよ。倒産して社員が路頭に迷おうが、首を括ろうが、そんなのはどうでもいいのよ。わたしが告げるのはただひとつ。自分の意志で自分の考えを決めたこの子に余計な茶々を入れるなと言ってるのよ」

「…………」

「この子を通じて欲しいデータが手に入らない……だから、わたしが代わりに用意してやると言っているのよ。その少ない脳味噌でも言ってることは理解できるでしょう? おわかり?」

「……そうまで仰る以上は、見返りの要求はなんでしょうか?」

 誤魔化しが効かないと悟った相手は、慎重に言葉を選び、そう問いかけていた。

 しかしながら、その告げられた内容に対してキャスターは失笑を洩らすだけだった。

「そんなものなにも要らないわよ。ああ、この話を信用できないということで蹴るのはご自由に。だけれど、その場合は、こちらはこちらで勝手にやるだけよ。容赦はしないわ。徹底的に叩き潰すから覚悟しておきなさい。もちろん、あなたも例外じゃあないわ」

「なにを――」

 口にしている内容は無茶苦茶であれど、通話越しの女性は一体どこまで知り得ているのか――?

 発言のニュアンスから汲もうとはするのだが――

「そうねぇ……手始めに、まずはあなたからかしら? もうすぐふたりめの子供が生まれそうね。男の子かしら? 女の子かしら? 父親のあなたから見れば、さぞかし楽しみなことでしょうねぇ。でも、残念ねぇ……母子ともに、不幸な事故にでも遭ったら大変じゃない?」

「――ッ!?」

 くすりと含み笑いを洩らすキャスターであるが、横に立つシャルロットは彼女の『貌』を見て背筋を凍らせていた。

 確実性など一切ない。虚言であると指摘されればそれまでである。

 だが――

 シャルロットは、キャスターが口にしている内容が嘘ではないという感覚に囚われていた。

(先生は、やると言ったら本気でやるつもりだ……例えどんな障害が在ったとしても……そんなものは、この人には全く効果がない……)

 なにひとつ確証がないハズなのに、なぜか有言実行する姿が容易に想像できていた。

「まっ、待ってくださいっ! 妻は関係ないでしょう!?」

「関係ない? どの口が言うのかしら? 言ったでしょう。わたしにとっては知ったことじゃあないのよ。恨むのなら、自分自身とデュノア社を呪うことね。この子には偉そうに脅迫しておきながら、自分が脅迫されれば関係ない? 寝言は寝て言うことね」

「…………」

「口先だけだと思うのも勝手よ。出来るわけがないと鼻で笑うのも勝手よ。でもねぇ……わたしは、やると言ったらやるわよ。骨の髄まで追いつめるだけよ」

「――――」

「その上で最後に訊くわ。デュノア社が路頭に迷うかどうか、妻と子供の身に不幸な事故が起きるかどうかは、あなたの返答次第よ。『ハイ』と『イエス』……どちら?」

 有無を言わさず――

 雰囲気に呑まれた男に選択の余地はなく、拒否を口に出すことなどできなかった。

「イ、イエス……」

「結構。それと、飛行機のチケットを手配しておきなさい。無論、ファーストクラスを二枚よ。エコノミーなんて用意したら、その首ねじ切られると思いなさい」

 相手の返答を待たずに、一方的に、二、三言葉を告げたキャスターは携帯電話をシャルロットへ放っていた。

「聴いていた通りよ。そういうことになったから。あなたも荷物をまとめておきなさい」

 唖然とするシャルロットを尻目に、キャスターは白衣のポケットに手を入れ、背を向け立ち去っていた。

 

   ◆

 

 シャルロットと別れたキャスターはその足のまま士郎が隔離されている病室に立ち寄っていた。

 士郎の状態は変わらずに眠ったまま意識障害のひとつである昏睡が続いている。

 肉体的損傷は全て癒されているのだが、問題は精神面となる。

 下手に魔術を使って、士郎の身に何かしらの影響が出ても厄介なことになる。ならば、時間はかかるが自然と本人の意識回復を待つしか方法はない。

 殊更士郎の身を心配しているのはセイバーである。士郎が眼を覚ました時に、真っ先に声をかけたいとのことで四六時中傍に居た彼女であるが、疲労は募ったまま。本来のサーヴァントであれば睡眠など必要はないのだが、ことセイバーに関しては言わば半サーヴァントの身となる。

 士郎の身と同様に、従来の魔力供給とは異なるセイバーにも倒れられては面倒事が増えるだけでしかない。

「……セイバー、あなたは魔力の消費を少しでも抑えるために休んでいなさい。坊やのことが心配だというのはわかるけれど、無理をしてあなたまで倒れられてはどうにもならないわ。坊やが眼を覚ましたら知らせるし、その時にあなたが倒れていたことを彼が知ればどう思うかしら?」

「…………」

「不本意ではあるけれど、後のことはわたしとランサーに任せておきなさい。と言っても、あなたにとってみれば、わたしなんかを信じられるわけはないでしょうけれどもね」

「いえ……」

 何か言いたげな顔をするセイバーではあるが、キャスターの言い分も一理あるとして素直に承服していた。

「申し訳ありませんが、後はお願いします。キャスター、あなたを信頼します」

 セイバーも休み、姿を見せていないランサーの動向は知らぬまま。

 キャスターは定時刻に士郎の様子を窺いに訪れていたが、変化は特にない。

 この数日間、彼女とて大人しく学園に留まっているわけではない。要となる魔力供給のためにもキャスターは街へと赴いては至るところに魔術基点を施していた。広く浅く、街の人間たちから吸い上げた生命力はIS学園へ流れている。

 士郎が知れば当然怒る行動であり、セイバーが知れば咎める行為である。しかしながら、キャスターは意に介してなどいなかった。

「さて……」

 少しばかり厄介な今現在の彼の状態(・・・・・・・・・・・・・・・・)を、自分たち以外の如何なる人間にも知られるわけにはいかない。例え本音や簪に懇願されてもキャスターは聴き流すだけで会わせることはしなかった。

 連なる通路に設けられた監視カメラの類は全て破壊し、幾重に施される電子ロックに加えて、一画には認識障害の魔術が張り巡らされており第三者が迂闊に近寄ることはできない。

 電子音を奏で扉が施錠されたのを確認し、通路を歩いていたキャスターの足が止まる。

 視線を向けた先に立つのは――IS学園生徒会長、更識楯無。

「…………」

 一瞥を投げただけでキャスターは歩を進めていた。

 すれ違う瞬間に――楯無は口を開いていた。

「先生、士郎くんの容態はどうですか?」

「……あなたに答える必要があって?」

 再び歩を止めたキャスターは振り返りもせずに、そう問い返していた。

 楯無もまた視線を向けるわけでもなく、淡々と声音を紡ぐのみ。

「経緯はどうあれ、わたしの大切な簪ちゃんと本音ちゃんを護ってくれた彼には感謝の言葉をかけてあげたいんですけれど」

「言葉だけ? なら、好きになさいな。わたしには関係のないことだわ」

「あら? 御止めにはならないんですか?」

「止める?」

 楯無が口にした言葉に対し、キャスターは嘲笑混じりに口の端を吊り上げていた。

「止める必要なんて、ないのではなくて? 会うなり声をかけるなり、好きなようにやれるものならやってごらんなさいな。小娘風情が」

「…………」

 そう告げたキャスターは踵を返し去っていく。

 ひとり残された楯無の顔は……悔しさに彩られるわけでもなく、ニタリとした笑みを口元に張り付かせていた。

「ふぅん、その小娘風情を甘く見ないほうがいいですよ、お・ば・さ・ん」

 言って、彼女が胸元から取り出したのは一枚のカードだった。

「じゃじゃーん、マスターキー♪」

 ガラガラ声を模して手にしているのは、生徒会長更識楯無の権限により行使できる、IS学園におけるセキュリティアクセスを解除できるカードキーである。

「これさえあれば、どんなロックも一発解除。ふふん、生徒会長は伊達じゃあないのよ」

 好きにしろというのならば、言葉に甘えて好き勝手に振舞うだけでしかない。鼻唄混じりにカードリーダーに差し込み彼女。

 ――が。

 甲高い電子音とともに、ランプの色は赤のままだった。

「……あれ?」

 一瞬、何が起きたのか理解出来ずにいた楯無は、再度マスターキーを差し込むのだが結果は変わらず同じだった。

「……え? なんで?」

 自分が知り得る限りの解除パスコードを入力しているというのに、解除出来るハズが解除出来ない。

 カードを見るが、どこか割れていたり欠けていたりという破損部分は見受けられなかった。

「……なんで?」

 今一度疑問を口にしながら操作するのだが、やはりロックが解除されることはなかった。

 それもそのハズに――

 認識齟齬の魔術にかかっている楯無が手にしているカードは、マスターキーではなく、コンビニエンスストアで流通しているポイントカードなのだから。

 

   ◆

 

 この三日というもの、束にとってはつまらない時間を過ごしていた。

 衛宮士郎が正式に死んだという報告を受けてもいなければ、ここ数日表にでてきていないことも把握している。

 姿を見せていないということは、治療の類を施されているということを意味しているのだろうと認識していた。

 外部から医療スタッフが学園に入ったという情報もない。それはすなわち学園内部の医療関係者による措置を受けたことになる。

「大方、延命器具にでも繋がれているんだろうけれど……」

 無駄なことをするものだと束は推測する。

 死ぬ人間が死ぬことに変わりはない。考えにくいことではあるが、例え万が一に生存できたとしても、あれほどの身体損傷であれば日常生活には戻れぬはずであり、植物人間としてその生涯を終えるだろうと決め付ける。

 しかしながら、束とてただ黙って指を銜えて待っているわけではなかった。きちんとした状況を把握するに必要があった彼女は行動に打って出ていた。

 それは、無数に放った機械仕掛けのリスである。物言わぬ小型の偵察機からの映像を入手し、確かな情報を得るために。

 だが――

 彼女の目論見が成功することはなかった。

 IS学園に放たれたリスたちは、束に映像を送ることもなければ、一匹たりとて手元に戻ってくることはなかった。

 反応はことごとく途絶え、消息すら不明。

 これに対して、束は眉を顰めるしかなかった。

 IS学園の建物と基礎の隙間、壁のひび割れや壁の穴、下水道、エアダクトといったありとあらゆる箇所から侵入しているというのに、それら全ては成果を得ることもなく例外なく音信不通となるのだから。

 反応が途絶える最後の場所もまちまちとしてまとまりがない。

 学園の敷地に踏み込んだ途端に消えたものがあれば、校舎内に入った時点で消失したものもある。

 帰ってこないということは、何かしらの障害によって破壊されたのだろうと察する束ではあったのだが――

「…………」

 あの敷地を完全に網羅しているとも考えにくい。しかしながら、はっきりとしているのは二点である。ひとつは、機械仕掛けのリスたちは全て全滅していること。それともうひとつは、どの固体も目当てとなる医療区画付近への侵入が成功していないことだった。

 目当てとなるエリアへは、一匹たりとて辿り着いてはいない。

 中には、とても侵入者を捕らえるようなシステムが施されているとは思えぬ場所で突然反応が消えたのだから。

 ある固体の視覚カメラともなる眼をモニターで表示させていれば、ケーブルコードなどがひしめく狭く細いダクトを進んだところで異変が生じていた。

 突然画面にノイズが走ったかと思えば激しく乱れては途切れ、次の瞬間には映像信号停波(スノーノイズ)が現れるのみ。その後何の音沙汰もなければ此方の操作の呼びかけにすら応じることもなかった。

 まるで、ここから先へは一歩も通さぬといわんばかりの出来事であろう。

「…………」

 なにかしらの電磁波の影響で機能停止に陥ったのかとも考える束だが、そんなことは在り得ないと頭を振っていた。

 仮に機械を破壊停止できるほどの強力な電磁波の類であるとするならば、医療機器にさえ何かしらの影響が出ないとも限らない。

 そんなものを使用するとは思えないし、そもそも、何を対象としているのかがわからない。

 自分と同じように、小動物に見立てた偵察機器らの対策に講じているのだろうか。

「学園なりの対応措置……でも、仮にそうだとした場合、何かがおかしいんだよねぇ……」

 なにかはわからないが、なにかによって破壊されている。それが何なのかが束には理解することが出来なかった。

 彼女なりの考察において、脳内パズルは形成されていくのだが、矛盾となるピースは欠けたまま。

「…………」

 こんなことは在り得ないハズだ――

 胸中で何度も呟かれた言葉。

 例え小型のスパイ機とはいえ、束自身が手がけ造り出した以上はそれ相応の電磁波対策も万全である。捕捉している学園のセキュリティを掻い潜るためには一定の処置を施しており、生半可な攻撃で壊れるような代物ではないと自負している。

 加えて、現在のIS学園の防衛設備を束は完全に把握している。裏を返せば何処に警備の穴があり、手薄であるかすら捉えている。にもかかわらず、侵入は成功していない。

 自身が知らない設備を導入したのかとも考えるのだが、同様にここ最近に学園に機材が運び込まれたという形跡も見つかりはしなかった。

 学園が独自開発し、ピンポイントに駆逐するようなセキュリティシステムが配備されているとも考えてはいなかった。

 よしんば在ったとしても、束が気付かぬハズがない。

 ハッキングして入手したIS学園の予算支出データを何度照らし合わせたとしても、設備を導入したという記録や、これから新調するという情報も得られてはいなかった。

 それでは、これはなんだというのだろうか?

「…………」

 考えたところで結論には至らず。ついで、もうひとつばかり束の理解が及ばぬ案件が残っていた。衛宮士郎が所持するIS『アーチャー』の武装に関してである。

 搭載する武装を量子変換したとしても、いくら原型機となる『ラファール・リヴァイヴ』とて拡張領域には有限であり無限ではない。これだけの武器を搭載するには限界があるはずだと束は結論付けていた。

 わかっているだけでも白と黒の双剣、黒い弓、巨大な斧のような剣に黄金の剣、自動追尾する稲妻のような剣……その他諸々。

 『ブルー・ティアーズ』の偏向射撃に抗う際に見せた幾十もの刀剣の数々。あれらを繰り出し迎撃する姿だけを見れば、正に弓矢(アーチャー)

 これほどの量を粒子変換しておくにはどう考えても無理がある。

 いくら後付け装備用の拡張領域を用いたとしても、詰め込めるデータ量ではない。そもそも、IS『アーチャー』にウェポンラックすら存在していないことが確認されている。

 特に、斧のような巨大な剣は外観と同じように質量も常軌を逸している。あんなものを搭載武器のひとつとする理由がわからない。

 量産機の基本拡張領域をどんなに頑張り整理し詰め込んだとしても、やはり無理があり説明がつかない。

 現時点で把握している限りの武装量を全て収めるにしたとしても、追加増設装備する拡張領域は一基二基では足りなさすぎる。

 倉持技研以外の何処かの国家、企業が開発した武装をテストサンプルとして扱っているのかとも踏んだのだが、そのような話も確認が取れていない。

 無論ではあるが、束が記録していた『アーチャー』の展開武装を全て照合した結果、倉持技研が手がけたという双剣と黒弓以外は該当するデータが存在しなかった。

 何処で造られたのかもわからぬ武装。拡張領域を無視されたかのような武装――

 裏を返せば、データが存在するのは倉持技研で造られた双剣と黒弓のみ。

 搭載された武装の中でも、束の眼を一際惹かせたのは白と黒の双剣だった。

 IS『アーチャー』が展開する双剣と、IS展開を封じていたにもかかわらず、生身の衛宮士郎が平然と武装展開した際に握る双剣。白と黒の色合いは同じだが、形状は大きく違っていた。

「…………」

 何故、IS展開時に使用していた機械じみた形状の双剣をこの男は手にしていなかったのか。

 逆も然り。生身で握り締めていた白と黒の剣は、IS展開時には使ってはいなかった。

 これはどういうことなのか――?

 手にした剣はどう説明するのか。

 束の脳裏にあるひとつの仮説が浮かぶ。

 使わないのではなく、使えないということならばどうだろうか。

 何らかの条件が揃い、整った容でなければ扱うことができないから?

 それともその場の状況によって使い分けている?

 そもそも、使い分ける理由は何があるのか?

 考えれば考えるほど、理不尽に突き当たる。

 大前提として、ならばこの男の正体こそ一体何なのかという疑問が生じる。

 荒唐無稽な話ではあるが、手品のように扱っているとでもいうのだろうか。

 更には馬鹿げた妄想にまで発展する。

「まさか」

 はたまた、御伽噺にでも出てくる魔法使いのように、自ら創り出しているとでもいうのだろうか、と。

「どこぞのファンタジーやメルヘンじゃあないんだからさぁ」

 一笑に伏そうと口角を吊り上げた束ではあるが……口から笑いは漏れなかった。

 はたして本当にそうだと言えるのか。束自身も些細なことに拘っていると感じていた。いつもの自分であれば、こんなことは気にしていない。

 だが、どうにも引っかかる。何故だと問われたとしても、明確な答えを出すことはできないのだが。

 考えていることが、あながち間違いでないとしたら?

「…………」

 これが何を意味するのかを束は束ねなりに考えてはいたが、やはり答えは出ずにわからぬまま。

 だが、この場でああだこうだとどんなに考察したとしても、憶測推測の域は脱していない。事態は一向に、なにひとつとして好転する兆しは見えていないのだから。

 ならば――

「うん、そうだねぇ。やっぱりそれが一番手っ取り早い方法だよね」

 ひとつ頷き、至極簡単な『答え』を束は導き出していた。

 例え、IS『アーチャー』の正体が量産機であろうとも、専用機として流用していることには意味があるのだろうと結論付ける。しからば、死ぬ人間(衛宮士郎)にとってはもはや無用の長物であろう。死人が持っていても役に立たぬ以上は、よりよく有効活用してやろうと勝手に決め付ける彼女である。

 故に――

 束は、背後に一言も発さず黙って控えていたクロエへと声をかけていた。

「ねぇ、くーちゃん、またちょっとお使い頼めるかなぁ?」

「なんでしょうか?」

「んーとね……準備が整い次第、IS学園に行って、この『アーチャー』てのを貰ってきてほしいんだよ。ああ、勿論必要であるならば手段は選ばなくていいからね。状況判断はくーちゃんにお任せするよ。場合によっては、()()も持っていっていいからさぁ」

「わかりました。仰せのままに」

「うんうん、よろしくねー」

 直接調べなければわからないのなら、じっくりと精査するために入手する必要がある。そう結論付けた束は、クロエにそうお願いしていたのだった。


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