I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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「――ボーデヴィッヒ隊長」

「?」

 相手の声音にラウラは一瞬虚を衝かれていた。

 いつものように聴き慣れた声を耳にすると思っていただけに、彼女はかけた番号を間違えたのかと逡巡すらしていた。

「……クラリッサはどうした?」

 ラウラがかけた携帯電話の相手は、クラリッサ・ハルフォーフ。シュヴァルツェ・ハーゼ――通称「黒ウサギ隊」と呼ばれる、ドイツのIS配備特殊部隊の副隊長であり、隊長であるラウラが不在である今の部隊の指揮を執っている女性である。

 携帯電話を所持する主もクラリッサであり、この番号にかければ彼女が出ていた。今までもその通りであったために、ラウラにとってみれば当然いつものように相手が通話に応じるとばかりに思っていた。

 クラリッサ以外の者が応対するなどとは努々考えてもいなかっただけに。

 なにか手が離せぬ事情のために電話に出られぬのだろうと理解したラウラはそう問いかけていた。

 だが、部隊員からの返答は少々違っていた。

「……隊長、御言葉ではありますが……もしかして、御存知ありませんか?」

「なにがだ?」

 ラウラの返答に対して、相手は声に些か困惑を滲ませながらも応対していた。

「お姉さま――ハルフォーフ副隊長は、現在別任務のために本国を離れておりますが?」

「……なに?」

 その言葉にラウラは僅かばかりに眉を寄せていた。任務のために本国を――それも黒ウサギ部隊を離れるなど、隊長である自分は一切聴いてはいなかった。

 となれば、現在の部隊は誰が指揮を執っているのかという問題点が浮上する。

 ラウラのそんな懸念に応えるかのように隊員は伝えていた。

「軍令――それも、上層部から直々にとのことだそうで……その、極秘単独任務に就かれているので、最高機密(トップシークレット)ともあり、部隊員の我々も詳しいことは知り得ておりません」

「極秘任務だと? そんな話は、わたしはなにも聴いていないぞ……」

 息を呑む隊員は慌てて言葉を選んでいた。

「そ、そうなのでありますか? も、申し訳ありません……わたしは、てっきり隊長は御存知であるとばかりに――」

 格別己に落ち度があるわけでもないというのにかかわらず、隊員は非礼を詫びていた。

 無論のこと、ラウラは気にするなと返すだけである。

 だが――

 本音を言うならば、ラウラにとって思い当たる節はひとつしかなかった。

 喉まで出かけた言葉は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』である。

 ドイツの情報網は優秀であり、今この時期に上層部が極秘裏に動くというのならば、十中八九、くだんの用件(銀の福音)で何かしらの情報を掴んだというのがラウラなりの考えであった。しかし、この推測はあくまでも彼女の個人的な思考によるところだ。

 もしかしたら間違っているかもしれなければ、本当に全く別の件でクラリッサが動いているのかもしれない。裏付けが取れる確証を持たぬ彼女は不用意に言葉を出すべきではないと判断する。

 会話を聴いている限り、今現在、通話相手の部隊員は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が奪取されたという事実を把握していない。

 ならば、相手が知り得ていない情報を不用意に与えるのは得策ではないと理解する。同じ部隊の仲間をとはいえど、話せる機密は制限されるからだ。

 昔のラウラならばいざ知らず、今の彼女は仲間――部隊員を信頼していないわけではない。

 部隊員たちとて、以前の近寄り難い雰囲気を醸し出していた彼女と比べれば、今のラウラに悪い印象は持ち合わせていない。

 故に、部隊員に悪いとは思いながらもラウラは口を開くことはない。無論のこと、敬愛する織斑千冬に口外するのを止められていた手前もあるだろう。

 現に部隊長たるラウラ自身に軍上層部から『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に関する通達は一切ない。

 それこそIS学園に在籍するラウラに要らぬ情報を与えるのはよろしくないと酌んだのか、余計な面倒事になるのを恐れたからなのか――

 意図、思惑はさまざまであろう。

 しかしながら――

(福音はクラリッサに任せて、わたしは第二形態移行(セカンド・シフト)に専念しろということか)

 上層部の意向をそう汲み取ったラウラは胸中独りごちるのみ。

「それで? クラリッサがその任務に就いたのは、いつ頃からなのかわかるか?」

「明確ではありませんが、隊長の居られます日本の時差で言いますと……おそらくは、三日ほど前からだと思われますが……」

「…………」

 三日か、とラウラは胸中で呟いていた。その言葉に思い当たる出来事が別件で彼女なりにあるために。

「……隊長? なにか?」

「いや、なんでもない」

 いずれにせよ、この件は後ほど改めるとしてラウラは再度問いかけていた。

「クラリッサが不在だというのはわかった。本題に入るが、連絡したのは他でもない。破損した、わたしのレーゲンについてだが」

「はい。報告は受けております。ですが、受理した内容は変わらず、本国に一度帰還せよとのことです」

「…………」

 その意味を理解したラウラは格別表情に変化を生じさせることはなかった。逆に言えば、隊員が告げる言葉も、なかば予想出来得ていたものでもあった。

 故に、わかりきっていた応えを耳にしたとしても当然であると割り切っていた。

「そうか」

 要求が呑まれなかったこと自体に関しては特に思うところがあるわけでもなく、ラウラはあっさりとその一言を返すのみだけだった。

「それと、隊長の機体に関しまして、ハルフォーフ副隊長より言伝を承っておりますが……」

「クラリッサから? 聴かせろ」

「はい」

 通話口の隊員は、言いにくそうな口調ながらも内容を伝えていた。

「……その……申し訳ありません、とのことです。そのように隊長にお伝えするように受けております」

「…………」

 思わずラウラの口から吐息が漏れる。クラリッサらしいと彼女はそう感じていた。こちらの要求を通そうと尽力してくれた姿が眼に浮かぶ。

 部隊長の心情を察した隊員は――息を吐いた行為が『嘆息』であると早合点してだが――直ぐに言葉を重ねていた。

「重ねまして申し上げますが……副隊長も出立する直前まで、隊長の期待に添えますようにと交渉されていたのですが……」

「構わん。こちらが無理を承知で、パーツを送って寄こせとゴネたのがそもそもの間違いだ。本来であれば、ああまで破壊されもすれば、レーゲンの修復は本国で行うのが当然だろう。自己修復が追いつかぬのだからな」

 パーソナルデータ、ならびにパーツとはいえ輸送中に何らかの事故にでも遭って紛失(ロスト)でもすれば、それこそ事であろう。

 なによりも、本国ドイツのIS技術開発部にとっては、最近のラウラのデータ、ならびに搭乗機体の『シュバルツェア・レーゲン』の戦闘データの向上に興味が無いハズがない。

 よりよく把握し、検査するためにも本国に戻すのは常である。立場が違えばラウラとてそのように解釈している。だが、彼女が自国に戻ることに難色を示すのは二点からだった。

 一点は、大幅な戦闘経験値の取得により『シュバルツェア・レーゲン』は第二形態移行(セカンド・シフト)しかけてもおかしくはない状態であった。たった数日の合間に、こうまで明確な変化を起こされてしまっては、技術開発部にとっては驚愕に値し、是が非でも研究したい対象である。

 しかし、この件で素直に受け入れることが出来ないのは当のラウラであった。

 機体が第二形態移行(セカンド・シフト)しかけることに関しては、純粋に喜んでなどいられなかった。それは、己の力ではなく、何者かの手によって凶行に及んだ結果得たために。

 皮肉であろう。VTシステムに取り込まれた時と同じように、仮初めの『力』を与えられたのだから。

 残るもう一点は、上層部が俄然興味を示すのが模擬戦時の相手である。キャスターによる一方的な蹂躙により大破した機体ではあるが、解析不能な攻撃を受けたとはいえ戦闘経験値を得たのは事実である。

 上層部がキャスターの存在、ならびに彼女によって破壊されたという実状は知り得ていない。あくまでも、『シュバルツェア・レーゲン』が戦闘経験値を得たという直前の記録は衛宮士郎との模擬戦時までに留まっていた。

 だが、上層部が把握している戦闘相手が衛宮士郎であろうとも、把握していないキャスターであろうとも、着目しているのは戦闘経験値である。

 実際に、IS『アーチャー』との模擬戦時に劇的変化を得たのは確かである。ならば、また同じように、この男性操縦者と戦闘を行えば更なる進展が望めるのではなかろうかと期待するのは当然であろう。

 加えて、衛宮士郎の一個人戦闘データを取得するのが上層部の本心でもあるのだろうと推測に値する。

 それらを踏まえた上で、衛宮士郎との模擬戦をなんとしてでも継続するようにと打診を受けるラウラの胸中は複雑であった。

(そのために衛宮を利用しろというのか。あんな状況に陥った衛宮を……)

 そんな隊長の胸のうちなど知らぬまま、隊員は続けていた。

「隊長、こちらの準備は整っております。帰国次第、いつでも作業に取り掛かることが可能です」

「わかった。いずれにせよ本国に戻らん限りはどうにもならんからな。わたしの方も早急に出国の手続きを進める。受理され次第、追って連絡する」

「了解致しました」

 隊員の返答を最後に通話は切れる。

 携帯電話を仕舞ったラウラの表情は浮かないまま。

「……さて」

 あのように言いはしたが、まずは自身の専用機(シュバルツェア・レーゲン)を返してもらわねばならない。

 そう考えた彼女は踵を返し、自室を後にしていた。

 

 

「――聴いていますか? セシリア・オルコット候補生?」

「……え?」

 その言葉に、話半分上の空でしか聴いていなかったセシリアは意識を現実の世界に戻されていた。

 だが、彼女は格別慌てる素振りもなく――さらには悪びれた様子も見せずに応えていた。

「……申し訳ございません……その、別のことを考えておりましたので聴いておりませんでした。もう一度お願いいたします」

 通信者の説明はBT稼働率に関してのものだった。最初は相槌を打ちながら話を聴いていた彼女ではあるが、次第に相手の声を耳には捉えていなかった。

 話を聴いていれば聴いているほどに、セシリアの胸中は徐々に心ここにあらずだった。

 ほぼ全壊に近い『ブルー・ティアーズ』のメンテナンス状況を説明されるが、それら全ては彼女の耳には入っていない。

 予備パーツを送る送らない、セシリアのパーソナルデータを精密に取り直したいのでイギリスに帰国するようにといった会話を交わすが――

 自身の愛機に関わる内容であるが反応を示さないのには理由があった。今現在のセシリアの意識が集中するのは、士郎の身。その一言に尽きる。

 いまだ眼を覚まさず予断が許されぬ状態の彼を思えば、呑気にしていることが出来ないというのが心情である。

 そもそも、BTシステムの稼働率データがプラスに更新していようとも、気楽に喜べるものではない。それは、セシリア自身の純粋な実力に反映された成果でもなんでもないからだ。

 何処の誰ともわからぬ輩に愛機をいい様に弄られた挙句、士郎に怪我を負わせたひとりである自分が、如何様にしてBT稼働率の向上を受け入れることができようか。

 何よりも、セシリアもそうだが専用機持ちたちは自身のISの不具合を各国へ報告はしていなかった。いや、正確には報告することを止められていたというのが答えとなる。

 口止めをするのは無論キャスターである。

「お嬢さんたち、報告するのはやめておきなさい。何故って? 別に言いたければ勝手になさいな。ただ、それ相応に覚悟はしておきなさいな。わたしが言えるのはそれだけよ。無用な詮索もしない方がいいわよ? あなたたちの身のためでもあるのだけどね。人生を無駄に棒に振るのも面白くないでしょう? まぁ、冗談と取るか本気と取るかは御自由に」

 それでも好きにするならこれ以上は止めはしないわと残すとキャスターは専用機たちの前から去っていくだけだった。

 半ば脅迫に近い嚇しを残されては、セシリアたちとて大人しく従うしかなかった。特に、セシリアは唯一状況の冒頭から最後までの事情を知り得ている内のひとりでもあるために。

「……疲れているようですね。無理もありませんか」

 通信する相手は、そんな彼女の態度を咎めるために声を荒げもしなければ、気にした様子も見せはしなかった。むしろ逆に労わるかのように。しかしながら、セシリアの胸中を全て知っているのかといえばそうではない。あくまでも通信者が把握しているのはBT稼働率という数値である。

 何があって、何が起こり、何故そうなったのかという一連の過程を通信者は知るハズもなければ、セシリア自身も事実を告げてはいなかった。

 通信する相手側からしてみれば、今まで不振に続いていたBT稼動率がここに来て軒並み向上したのだから。それも、一瞬とはいえ記録が残るのは最高値で200パーセントである。なんとしてもこの稼働率を維持しろと通達してくる本国の指示は当然だった。

 セシリアのメンタルヘルスを悪化させ、ストレスを高めてしまってはせっかくのBT稼働率も低迷してしまうかもしれない。

 無理をさせないながらも、なんとしてでも修得し、思うままに操れるようになるように努めさせたいのが狙いとなる。

 そのためには肉体面、精神面の両方に負荷をかけるのは得策ではない。

「ここ最近のあなたのパーソナルデータの向上、特にBT稼働率の上昇は見事です。相応に見合った訓練の結果でしょう。疲労は募らせないように、適度に休息もとるように努めなさい。くれぐれも無理はしないように。期待していますよ」

「…………」

 期待しているとは重い言葉だとセシリアは捉えていた。

「……ありがとうございます」

「それと、今後の方針についてですが……報告にある第二男性操縦者の衛宮士郎との模擬戦を重点的に行いなさい。織斑一夏よりも、この男性操縦者との戦闘経験を蓄積することで一号機の自己進化率が上昇しています」

「士郎さんと……ですの?」

「ええ、なにか問題がありますか?」

「…………」

 問題など、大有りに決まっている。

 これ以上士郎を関わらせるということについては、彼女個人としては反対であった。

 しかし――

 容はどうあれ、うろ覚えとはいえども、第二アリーナでの出来事は忘れられない。銃口を向けて引き金に手をかけたのはセシリア自身であり、『ブルー・ティアーズ』が士郎を傷つけたのは隠しようがない事実である。

 そんな機体に乗り、これからも模擬戦を継続しろという命令を素直に受け入れることはできなかった。だが、その一方で機体に乗るのを拒絶していない自分がいることにも彼女は気付いている。

 専用機(ブルー・ティアーズ)の権限を手放せるのかと問われれば、素直に応じることなどできはしない。

「…………」

 なんのために代表候補生となったのか。

 選ばれるためにどれほどの苦労と努力を積み重ねてきたのか。それは、ひとえにオルコット家を護るためであり、亡き母と父のために。

 寝る間さえ惜しむほどに必死に勉学に励んで掴み取った『結果』を、おいそれと放棄するなどどうしてできようか。

 結局のところ――

 いくらどんなに綺麗事を並べ口にしたとしても、負い目を感じていながらも、頭の中ではわかっているつもりでいながらも、彼女はISから離れることはできなかった。

(……なんという道化でしょう……許されることなどない状況でありながも、心のどこかでは彼を軽視し侮辱している……こんなわたくしが、本気で士郎さんを心配する資格などあるのでしょうか? いいえ、あるわけがございませんわね……そうでもなければ、こんなことを考え付くハズがありませんもの……)

 愚陋な自分自身に嫌気が差す。

 そのため――

「――ですので、一号機の第二形態移行(セカンド・シフト)も近いかもしれませんね。同様に、搭乗者たるあなたのパーソナルデータも向上しているのは興味深いものがあります。今後の状況如何によっては三号機に乗り換えることもあるでしょう」

 話を聴いていなかったセシリアは、僅かに掠め捉えた言葉に耳を疑うこととなる。

「三号機……?」

 相手は何を言っているのだろうか?

 三号機など聴いたことがない。いや、そもそも存在していたのかという驚きの方が強い。

 ある意味重要機密であろう情報を、何故平然と洩らしているのかとさえ疑いすら覚えていた。

「お、お待ちください……今……今、なんと仰られたのでしょうか? 三号機? 三号機と申しましたの……? それはまさか、BTシステムを搭載した三号機のことですの?」

「あなたは知っておいてもいいでしょう。ええ、まだ極秘裏にですが、試作型として三号機の開発は八割方済んでいます。ロールアウトするのも時間の問題となりますけれど、正式な搭乗者は現時点では決まっていません」

「……三号機なんて……現に、わたくしはまだ……」

 自分はまだ『ブルー・ティアーズ』さえ満足に乗りこなせていない。そこへ三号機など荷が重過ぎる。

 だが、相手もセシリアの心情を知り得たのか、あっさりと応えていた。

「まだ正式に決まったわけではないと言ったはずですよ、オルコット候補生。ですが、こちらとしても余計なことを言いましたね。そうなるかもしれないという架空の話であるという程度の認識で捉えておきなさい。今は、与えられた一号機に専念することだけを考えるように」

「…………」

 余計なことを考えるなとは無理からぬ話であろう。そんな内容を聴かされてしまっては、意識しない方がどうかしている。

「ただ、三号機への搭乗者を決めるという話が出ているのは事実です。あなたか、サラ・ウェルキン候補生か、あるいは……」

「……あるいは?」

 他に誰がいるというのだろうか。

 セシリアにとって、自分や一学年先輩となる二年生のサラ・ウェルキン以外にも候補者がいるなど初耳である。

 専用機こそ持たぬとはいえ、純粋な能力であればセシリアに劣らぬ実力を秘めている。

 操縦技術を指南してくれもした、そんな優秀な彼女こそ、順当にいって三号機の搭乗者枠に一番近いであろうとセシリアは考えていた。

 だが――

「とにかく、我がイギリス代表候補生の中であなたは頭角を現しているということは忘れないように」

 女性はそれには応えず話を変えていた。

「あの――」

「今後も努力を怠らずに、BT稼働率を安定させるように励みなさい。通信は以上です」

「ま、待ってください! 前にも申し上げましたが、二号機の件は――」

 『サイレント・ゼフィルス』に関しては、イギリス政府からの回答は一切ない。どうして二号機が奪われているのか、何故自分にその知らせがないのか。

 とはいえ、セシリアとて誤った捉え方をしている。開示を求める内容が必ずしも得られるとは限らない。代表候補生とはいえ、言い換えれば一学生にしか過ぎない少女に機密事項に近い情報を与えることなど在り得ないのだから。

 イギリス政府の対応としても、それは当然のことである。もとめる答えは、なにひとつもらえていなかった。

「オルコット候補生、二号機は、あなたが気にすることではありません。この件に関しては、それこそ前にもそのように応えていたはずですよ?」

「ですが!」

 実際に立ちはだかり、こちらに襲いかかってきているのだ。それを野放しにしておくなど、どうしてできようか。加えて、『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者はBT兵器を今の自分以上にコントロールしている。これがどれほどの意味を持つのか、政府とてわからぬはずがないのだが。

 再三に渡りセシリアは訴えてきていた。だが、いずれも、なしのつぶて。

 結果――

「オルコット候補生」

 今回も、相手からの返答は同じであった。

「気にすることではないと言ったはずですが?」

「……っ」

 声音に含まれる僅かな重み。

 無用な詮索をするなと告げているのを感じたセシリアは一瞬躊躇いをしたが素直に返答していた。

「……申し訳、ありません……」

「二号機は我々が対処しています。あなたが心配することではありません。他のことに囚われず、眼の前のことだけに集中しなさい」

「……はい……」

 心配するなとはそれこそ無理からぬことであろう。交戦した限り、『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者はまぎれもなく脅威に値する存在であるとセシリアは確信していた。

 早急になんとかしなければ、後手後手に回るだけでしかない。

 とは言え――

 政府が対応するというのならば任せておくしかない。正直に言えば、セシリア一個人に出来ることなど何もない。

「…………」 

 通信が切れ、静寂となる室内。

 僅かな時間を経たせ、心を落ち着かせた彼女は独りごちていた。

「……士郎さんを傷つけて手に入れる第二形態移行(セカンド・シフト)なんて、意味があるのでしょうか……?」

 BTシステム稼働率の上昇、第二形態移行への兆候、それらなにひとつに対して嬉しいことなど微塵の欠片もない。

 しかし――

 頭の中では第二形態移行(セカンド・シフト)と士郎の身の優先を秤にかけている自分自身に気付き愕然としていた。

「つくづく嫌な女ですわね、わたくし……」 

 切に願う。

 自分は、そこまで腐ってはいない。いや、そうまで腐ってはいたくない、と。

「……士郎さん……」

 俯き、金の髪がさらりと垂れる。

 肩を震わせ――両手で顔を押さえた彼女は、静かに吐息を漏らしていた。

 

 

「いよぅ、ブリュンヒルデ」

「…………」

 無駄にテンションが高い声音の相手はイーリス・コーリング。

 千冬は眉をしかめたまま耳から携帯電話を遠ざけていた。

 何がおかしいのか――スピーカ部分からは、からからと陽気な笑い声が漏れていた。

「やられたと聴いていたが、その様子から察すると……元気そうだな」

「あー、やられたやられた。舐めてかかって、こっぴどくしてやられたぜ。おまけに殺されもせずに見逃されたとくりゃ、情けねぇ自分自身にムカつきもするさ」

「腐るな。命があるだけマシだろう?」

 そう応えた千冬ではあるが、減らず口が叩けるほどならば問題はなかろうとも捉えていた。

 亡国機業に襲われ、ISまで奪われたと聴いていたこともあり、もしや精神的に酷く追い詰められた状態なのではなかろうかと危惧してはいたのだが。

 もっとも、それがイーリスなりのやせ我慢でないとも限らないのだが。

 それはさておき、本題に入るために千冬は今一度口を開き問いかけていた。

「それで? お前がわたしにかけてくるとは一体全体どういう用件だ?」

 彼女が此方の携帯番号にかけてくる理由が千冬にはわからなかった。

 非通知設定でコールされた携帯電話を不審に思いながらも出てみれば、相手はイーリスであるからだ。番号も大方ナターシャから聴いていたのだろう。

 そんな推測はさておき、イーリスも本題に入り口を開いていた。

「おう、それそれ。ナタルに代わってくれ」

「……は?」

 一瞬、何を言われたのか千冬は理解することが出来なかった。

 だが、相手が告げる『ナタル』という言葉は誰のことを指すのかは否が応にも理解している。第三世代型の軍事IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のテスト操縦者、ナターシャ・ファイルスである。

 認識した言葉を今一度整理しながら、千冬は疑問を口にする。

「待て……ナターシャ? ナターシャがこちらに来ているのか?」

 だが、その返答こそイーリスにとっては面倒くさそうに捉えていた。

「はあ? おいおい、ブリュンヒルデよ……くだらねぇおとぼけはナシにしようぜ? 大方アイツに余計なこと吹き込まれてんだろうけどよ、ンなことに一々付き合う必要もねえっての。いいからナタルに代わってくれって。そこに居るんだろアイツ。まったく、携帯にいくらかけても出やしねぇし……それになぁ、今こうしてる間も国際電話ってのは、それなりにかなりの料金とられんだからよ。早いトコ代わってくれっての」

 そんなに金もねぇのに全く冗談じゃないぜと零すイーリスではあるが――千冬は聴いてはいなかった。その表情には険しさを浮かび上がらせたまま。

「ナターシャが来ているのは本当なのか?」

「…………」

 そこでさすがのイーリスも、相手の雰囲気からして決して冗談を口にしているのではないということをようやく理解していた。

「……なぁ、一応聴いとくがよ……マジで、そこにナタルは居ないのか?」

「居ない。ナターシャの所在を――特にお前に隠し通したとして、こちらになにかメリットがあると思うか?」

 正式にアメリカを出国したとすれば話は別だがな、と胸中で洩らし彼女。

 イーリスもまた同意を述べていた。

「確かに……学園側がアイツを匿う理由がねェな」

「それよりも、ナターシャがこちらに向かったとはどういうことだ? 何があった? 詳しく聴かせろ」

「いや、待て待て……そう言われてもよ……」

 今度は逆に問い詰められるイーリスが返答に困惑していた。

「正直なところ、わたしもよくは知らねぇんだよ」

「お前が知っている範囲でいい。わかることは全て話せ」

「あ、ああ。といってもホントに何もないぜ? 数日前ぐらいに、アイツが日本に向うとしか言ってなくてよ……てっきりブリュンヒルデ、アンタに会いに行ったとばかりに思ってたぜ……」

「…………」

「最初は冗談で言ってると思ってよ、ふざけに乗っかって、そん時はわたしも連れてけって言ったんだが、適当にはぐらかされたモンでな。しばらくしたら仲間内からこっちを出国したって聴いてよ。まさか本当に日本に向ったとは思わなくてな」

 イーリスの説明に、千冬は眉間にしわを刻んだまま。

「ちなみに聴いておくが、お前たちが軍令で動くということは――」

「ねェな。ちっと事情があってな、今のわたしとナタルはおいそれと自由に動ける身じゃないんだよ。監視されてるモンでね。アメリカを簡単に出られる状況でもなくてだな」

「…………」

 千冬の台詞を皆まで口にする前に割り込んだイーリスの言葉。内容も前にナターシャが告げた部分に関与していることが窺い知れた。

 ついで、イーリスの発言内容からこちらは『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が奪取されているのを知っていることには気付いていない話し振りであることも理解する。

(ナターシャのヤツ、まさか福音の情報を流したことはコイツにも言っていないということか)

 ひとり黙考する千冬に気づきもせず、通話の向こうではイーリスもまた呟きを洩らしていた。日本以外に当てがあるとは考えていなかっただけに。

「なら……アイツは何処に行ったってんだ」

「イーリス、大体でいい。アイツがアメリカを離れたのはいつ頃かわかるか?」

 よからぬ事を考えるなよと釘を刺していたというのに――

 妙な胸騒ぎを覚えながらも、千冬はそう問いかけていた。


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