I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
「あー、だりぃー、寝てぇー、釣りしてぇー、煙草吸いてぇー、缶コーヒー呑みてぇー」
「静かにしていなさい、ランサー」
横でぼそぼそと愚痴を零すランサーに対し、セイバーは眉をしかめ声を細めて注意する。
だが、そんなことで素直に従う彼ではない。今度は逆隣に立つ千冬に視線を向けていた。
「なぁ、吊り眼のねーちゃん、煙草くれや」
「あるわけなかろう。大人しく、黙って静かにしていろ」
「帰りてぇー」
小声で叱責されるが、やはりランサーは聴き流すだけだった。
『…………』
議論されている話を真面目に聴き入っているのはふたり。セイバーと千冬である。
既に独りランサーは退屈そうに隠すことなくあくびすらしている。開始五分も経たぬ時点で委員会の話などもはや聴いてはいない。
しゃんとしなさいという意味を込めてセイバーに肘でわき腹を突かれるが、当のランサーは気にも咎めていない。
先から会話のやり取りを交わしているのは千冬と委員会メンバーだけだった。
片やランサーの相手をしながらも、千冬は見事に委員会の会話を途切れさせることなく続けていく。
「……では、生徒や一般人に被害を出させても良かったと、あなた方は、そう仰りたいのですか?」
「そうは言ってはおらんよ。少なからず、他に方法がなかったのかと言っているんだ」
「ではお訊ねしますが、どのような手段が適切だったのでしょうか? ご教授いただけますか?」
「まぁ、待ちたまえ。当人からもよりよく聴こうじゃないか。ランサーくんと言ったかな? 君が独断で行動した事に関して、何か申し開きはあるかね」
「あー? まぁ、別にねぇなぁ」
唐突に話を振られたランサーではあるが、特に意識した素振りも見せなかった。退屈に拍車がかかり、いよいよ居眠りでもはじめようかとしていた矢先のことであり、内心ではようやくかと捉えてもいた。
不遜な態度をとる相手に気を悪くすることもなく、委員会メンバーは続ける。
「……追撃に対してだが、教師に一任しようとは思わなかったのかね?」
「任せるっつったてもなぁ……」
鼻で笑うランサーは、頭を掻きながらつまらなさそうにモニター越しに映る各国の主要委員会メンバーを一瞥していた。
どいつもこいつも胸糞悪い面構えをしてやがる――
それがランサーが感じ取ったメンバーの第一印象であり、腹に一物あるといった態度が見てとれる。故に、五分も経たぬうちに興味すら完全に失せたランサーが心此処にあらずと振舞う要因ともなるのだが。
「学園祭が行われてる中、派手に暴れられねぇだろう? 大体、人を呼ぶ時間もなかったしな。それに、挑まれりゃ受けるのが俺の信条なモンでね」
「……反省はしていないのかね?」
「その反省ってのはよ、どのことに対して言ってんのかねぇ? 勝手な行動をとったことか? ISを規定外域で起動させたことか? それとも、相手のISを仕留めることができなかったことに対してか?」
「…………」
相手は無言。ランサーは口の端を歪ませ続けていた。
「まぁ、アンタらお偉いさん方がにとってみりゃ、どうして相手をとっ捕まえられなかったのかってことを言いてぇんだろうがよ。悪ィな、期待にそえられなくてよ」
「……やめろランサー、お前は訊かれたことだけに答えろ」
横に立つ千冬の指摘にランサーはへいへいと軽く返答していた。
僅かに動き、ランサーにだけ聴こえるように千冬は声をかける。
「下手に挑発はするな。思うことや言いたいことはあるだろうが、穏便に済ませろ。今この場で無駄な波風を立てることもない。会話は全て録音されているんだ。頼む――」
お前たちのためにもな――
千冬の囁きに、ランサーは苦笑を浮かべながら頷いていた。
「あー、すまねぇな。反省してるかと問われりゃ、俺個人の勝手な行動が問題になったことは大いに反省してるぜ?」
「ふむ……興味深い報告を受けたのだがね。なんでも、生身で相手のISとやりあったというのだが……にわかには信じられないことではあるが、これは本当かね?」
「……本当かも何も、相対したのは事実だがよ? 生身でISをどうにかできると、アンタ自身は本気でそう思ってんのか?」
「…………」
逆にランサーに問われた委員会メンバーは口を噤む。
考えるまでもない。
この世界において、ISを相手に生身でどうこうすることなどできるはずがない。それは必然であり、定説である。
そう、
相手が無言のままなにも言い返してこないことを確認してからランサーは続ける。
「つまりはそういうこった。更識の嬢ちゃんと一夏の兄ちゃんが戦闘してるのを、俺は見てただけでしかねェよ」
「確かに、ISのログが示しているのは件の二機ではあるが……」
学園側が提出したデータ、ISログは筋が通っており、なんらおかしなところはない。だが、それら全ては改竄され隠蔽された記録である。
無論、委員会メンバーも提出されたデータが偽造されているということはわかっているのだが。
「では……その場に居合わせたという件を、今一度、君の口から説明してもらえないだろうか? どういう経緯かね?」
「クラスの催しで男手が足りなくてな。アリーナの演劇のイベントに参加してるっては聴いてたが、さすがにクラスの方を優先するべきとして連れ戻しに行ったわけだよ。そうしたら――」
「偶然、所属不明のISと戦闘している場に出くわした、と?」
「ああ。アリーナステージ側は防音設備が整ってるようだが、俺が探していた側からすりゃ派手な音を立ててやがったもんでね。何事かと気になるのは人間の心理としては当然だろう?」
「…………」
顎に手を当て、無言のまま――沈黙が場を包む。
千冬はしかり、セイバーもまたよくもそこまで行動とは全く裏腹の嘘を平然とした顔で並べられるものだと感心していた。
「率直な意見を訊きたい。君から見て、相手のISはどうだったかね?」
「どういう意味合いでのものかは判断しかねるが、ただの機体だとは思わねぇなぁ」
含みのある言い方をする相手に、アメリカ代表者は問いかける。
「ほう? それはどうしてかね?」
「殺すつもりで向ってこられてんでね。とてもスポーツという概念とは思えぬ殺気を受けたもんさ。事実、更識の嬢ちゃんは絶対防御に包まれていながら腕をやられたからな。ただのISとは同類とは、とてもじゃねぇが考えられねぇよ」
「……対IS用ISの武装、ということでしょうなぁ」
「二機がかりでも取り押さえることはできなかったのかね?」
神妙な面持ちで呟くイタリア代表者、疑問を口にするドイツ代表者。
ランサーは「ああ」と応え続けていた。
「後から聴いた話だが、一夏の兄ちゃんはロクに相手もできずにボコボコにされてたところを更識の嬢ちゃんに助けてもらったんだが、嬢ちゃんも護りながら戦ってたようで劣勢だったそうでな」
「そこに、君が来たからこそ状況が変わった……ということかね?」
ギリシャ代表者の問いかけに、ランサーは苦笑を浮かべて肩を竦めて見せていた。
「変わったといえば変わったろうな。ちょろちょろ動く『的』が現れりゃ、相手の意識も集中しねぇ。そこを嬢ちゃんと兄ちゃんは見逃がさず、二機がかりで追い返したってワケだよ」
「……では、何故、君が追いかけたのかね? 追い返すことに成功したなら、そのままでもいいと思わんのかね?」
続けて訊ねるギリシャ代表者のその問いかけに――
だが、ランサーはハンと鼻で笑い、粗暴な表情を浮かべていた。突然豹変する男に、モニター越しとはいえ気圧され、うろたえる幾人かの委員会メンバー。
ひとりひとりの顔をうかがうかのように見渡してからランサーは淡々と応えていた。
「たいした理由じゃねぇが、ふたつある。ひとつは、ふたりをいいように怪我させたことが気に入らなかったこと。それともうひとつは」
じっと見入り――
「野放しにして、他の生徒や客やらに被害が出たらコトだろうってなトコだよ」
「…………」
質問をしたギリシャ代表者に視線を戻し彼。
「アンタらの家族が見知らぬ輩に暴行されたとしたらどうだ? その輩はまだ追いかければどうにかできる状況だとしたら? それでもアンタらは何もせずに動きはしねぇか?」
「…………」
「俺は我慢ならねぇから追いかけた。それだけだよ」
つまらなそうに言い捨てるランサーに、沈黙を保っていたアルゼンチン代表者は眉をしかめて口を開く。
「……それで『打鉄』を起動させて追撃したというのかね」
「ああ」
「織斑くんの制止を振り切ってまで追撃したと?」
「そうさ。ドタマにきてたもんでね」
ランサーが告げる嘘に千冬は胸を痛めていた。事前のやり取りでは交戦を許可した話をそのまま通せと千冬は口にしていたが、それを否としたのはランサーとセイバーだった。
馬鹿正直に事実を告げれば、相手連中は鬼の首を取ったかのように責め立て追求してくることは予想できる。殊更、千冬の立場がおかしなものになることを良しとしなかったためである。
結果、千冬の制止を振り切り勝手に行動したという流れに落ち着いているのだが。
『
「だが、だからといって君の下した判断は適切だったとは到底思えんよ。もしも市街地戦にでもなったらどうするつもりだったのかね? 無用な被害が出るとは考えつかなかったのかな?」
「まぁ、その点に関して言やぁ考えていなかったワケじゃねェよ。海上に誘い込んで速攻で仕留めるつもりだったモンでね」
「随分な自信を持っているようだが?」
「自信がねぇなら追いかけねェだろ? 俺は仕留めるつもりで追撃しただけさ」
「……まぁ、その話は置いておくとして……ひとつ、本当に個人的な意見であるのだがね、あくまでも参考程度のもので質問したいのだが、いいだろうか?」
モニター越しだというのに、わざわざ手を挙げて発言の許可を求めたのはスイスの代表者だった。
ランサーは頷き応じるだけ。
「かまわねェよ」
「ありがとう。その……なぜ『打鉄』だったのかな? 同じ量産機とはいえ、機動力が優れているのは『ラファール・リヴァイヴ』だろう? どうして『打鉄』を選んだのかと思ってね」
「あー、別に意味もないさ。眼の前にたまたまあったのが『打鉄』だったんでそれを起動させただけだ。逆に『ラファール』てのがあったとしたら、そっちに乗ってただけの問題だよ」
「……意図しての理由は……」
「ねぇよ。追いかけるために機体の選別なんてモンは頭ん中にはねぇし、ISであればどれでもいいってな程度だぜ? ンなに深読みされるコトかねぇ?」
「すまない。参考になったよ」
本当に、特に意味もない質問のように思われるが、委員会メンバーの胸中は穏やかではない。なによりも、ランサーが乗ったのは紛れもない一訓練機の防御重視とされた『打鉄』である。それを乗りこなして追撃をしたというには明らかに説明がつかない要点は二点ほど生じる。
ひとつは機体速度。
同じ第二世代型ではあるが、搭載スペックは上回る『アラクネ』を追撃したとはいえ、あくまでも『打鉄』は防御重視を生業とされた機体である。最大限界加速は同じ量産型の『ラファール・リヴァイヴ』と比べても劣るはずだった。にもかかわらず、各国へ配布された資料における記録された戦闘データ数値は理解の範疇を超えるものだった。
もうひとつは機体維持。
報告によれば、IS学園に戻ってきたランサーが駆る『打鉄』の機体は、ほぼ半壊に近かった。いつオーバーヒートを起こしてもおかしくない状態であり、四肢のほとんどは反応が途絶えている。にもかかわらず、この現状でありながらも亡国機業の操る三機のISを相手にしていたというのだから。
この報告には各国はランサーの機体操縦レベルに絶句するのは言うまでもない。
これほどの腕を持つ男性操縦者を野放しにしておくことなどできるはずもなく、各国こぞって抱き込もうと躍起になっているのは言うまでもないことなのだが。
査問委員会というのも名ばかりであり、実際のところは、ランサー、ならびにセイバーと交流を持ちたいのが各IS国際委員会の目論見である。
フランス代表者が口を開く。
「セイバーくん、我が国の貴重な代表候補生を、君が独断で連れ出したそうだね? そのことについて――」
「待ってください。それは以前にも申し上げたハズでしょう? 彼女は、最善の策を講じたために――」
「織斑くん」
割って入る千冬を煩わしそうに、それでいてやんわりとフランス代表者は一喝する。
「一学生にそのような権利があるのかね? 緊急事態だというのはわからなくはないが、まずは教員に相談するというのが筋というものではないのかね?」
「……っ」
「それに、わたしはセイバーくんに訊いているのだよ。是非とも、彼女の口から真相を説明してもらいたくてね」
優しい口調ではあるが、安易にお前は黙っていろという意思がひしひしと感じられる。
口を噤む千冬の拳が握り締められ震えていることに気づきながらもセイバーは――あくびを噛み殺しだるそうにしているランサーもだが――事も無げに答えていた。
「以前お話した内容に変わりはありませんが?」
「構わんよ。改めて聴かせてもらいたい。独断で我が国の代表候補生を連れ出したことは事実であるのかね?」
「ええ、わたしが連れ出しました」
厳しい口調で問い詰められるが、セイバーは臆することもなく相手を見据え返答する。
「それは、なんのためにかな?」
「なんのため?」
この投げかけられた言葉にセイバーは思わず口元に笑みを浮かべて聴き返していた。
「これは異なことをお訊きになられますね。友人を助けるために、助力を仰いだだけですが? それと、何故シャルロットを連れ出したのかと問われれば、彼女のIS操作能力が高く頼りになるからです。わたしひとりでは無謀であるとも、彼女の力添えがあればことなきを得ると踏んだからです。フランス代表候補生としての彼女の実力は素晴らしい。その彼女を抱えるフランス国である貴方は、シャルロットの素質を軽視しているというのでしょうか?」
セイバーなりの皮肉を込めた返答に――
フランス代表者は、ひとつ咳払いをして切りかえしていた。
「……だが、結果はどうかね?」
「仰られるとおりです。弁明のしようがありません」
「軽率であった、とは認めるのかね?」
「無論です。状況を甘く捉え、事の慎重さを見誤ったことに関しては、わたしの落ち度であり、紛れもない事実です」
「ふむ……」
何かしら言い返してくると思っていただけに、素直に頭を下げるセイバーに――フランス代表者は些か虚を衝かれてしまっていた。更に言えば、とても歳相応の少女の顔つきではない。言い表すことのできぬ雰囲気に呑まれたフランス代表者は、内心の動揺を悟られまいと、それでもなんとかイニシアチブをとろうと手元の資料に視線を落す。
「君の適正能力、調べさせてもらったよ。中々素晴らしいデータだ」
「…………」
「これほどまでの適正能力がありながら、相対したISを倒し、捕縛することはできなかったのかね?」
「はい。相手は予想以上に実力を持った者たちでした。それに、あの状況においてはシャルロットの身を第一にと考えての結果です。相手を倒すまでには至りませんでした」
「……なるほど」
セイバーの発言に対し、はたして何人の国際委員会メンバーはフランス代表候補生の存在を軽視していたことか。
口には出さぬが、代表候補生よりも亡国機業の機体、搭乗者を捕縛することを優先しろと思うところであろう。
「そのことに対してだが……デュノア社側から、どうしても君から話を訊きたいと申し出があってだね。すまないが、回線を繋いでもらってもいいだろうか?」
しかし――
「お待ちください」
声を割り込ませたのは千冬である。この場においてデュノア社の名前を出されては彼女は黙ってはいなかった。
デュノア社がしゃしゃり出てきてセイバーに難癖をつけてくることなど眼に見えている。故に、そんなことは黙認できるわけがない。
「お話が違いますが? この査問委員会は、関係者のみということでしたよね?」
「関係者だとも。シャルロット・デュノアは、我が国フランス代表候補生であり、デュノア社の御令嬢でもある。既に先方に話は通してある」
「…………」
御令嬢とはよく言う――言葉を並べれば済むと考える浅はかさに、千冬は苛立ちを募らせるだけだけだった。
加えて、用意周到にデュノア社を待機させている態度が気に入らない。
睨みつける千冬に悪びれた様子も見せず、フランス代表者は口を開く。
「そんな顔をしないでくれたまえ。いやいや、わたしどもも丁重に断ったのだが、如何せん、デュノア社も強固でね。まったく、参ったものだよ」
「…………」
ぎり、と千冬の口蓋から歯が軋む音が鳴る。
くだらん嘘をべらべらと、どうせ政府も絡んでいるだろうにと彼女は胸中で罵倒していた。
「反故になさるというのならば、こちらも此処で打ち切ります。任意というお話のハズでしたよね? セイバー、ランサー、帰るぞ」
「まあ、待ちたまえ織斑くん。向こうもせっかくの機会であるのだから、話ぐらいは」
だが――
「
向き直り、厳かに口を開いた千冬の表情は怒りに満ちている。憎悪、嫌悪を滾らせる獣の双眸に、モニター越しとはいえ、幾人かの委員会メンバーは息を呑む。
織斑千冬を怒らせることは得策ではないと悟ると、掌を返したかのように懸命に宥めにかかる。その姿は逆に彼女の怒りという火に油を注ぐだけでしかない。
「茶番に付き合うほど此方は暇ではない」
此処で打ち切られては、せっかくの男性操縦者のひとりであるランサー、ならびに類まれなる操縦技術を持つセイバーとの接触の機会を逃すことにもなる。
そのため――
「あなた方の回答文書、まさか知らぬとは言わせませんよ? これ以上の狼藉は見過ごすことなどできません。任意であると言う建前上、ふたりも了承してくれたことで此処に連れて来ましたが公開裁判でもなさるおつもりでしたならば、これ以上付き合う義理もありません」
淡々と応える千冬に顔色を変えて声をかけるのは日本政府である。
「織斑くん……君の立場も良く考えてみてくれ。今の君自身の置かれた状況は――」
「それは、脅迫のおつもりですか?」
己の立場とセイバー、ランサーの両名の立場を秤にかけたところで、彼女にとって『ブリュンヒルデ』という称号など何の未練もない。今すぐ返せといわれるならば、この場でのしをつけて突き返すほどに執着するモノでもなければ、覚悟がある。
立場を利用されて、こちらが引き下がると思われるなど甘く見られたものだと彼女は息を吐いていた。
(やはり来るべきではなかった)
日本政府の制止を無視し、各国の宥めすら聴き流し、千冬はセイバーとランサーに声をかけて踵を返す。
が――
「待ってくださいチフユ、わたしは構いません。繋いでください。ですが、応えられる範囲内のものだけとさせていただきたい。それでよろしいでしょうか?」
「セイバー」
予想外の返答に、千冬は驚き振り返っていた。
「織斑くん、彼女がそう言っているのだ。どうだろうか?」
「――っ」
小さく舌打ちを漏らす千冬ではあったが、セイバーが望む以上は彼女も従うしかない。
思うところはあるが、不承不承、千冬は回線の許可を告げていた。
フランス政府が口を開く前に、セイバーは一目見て確信する。モニターに映る三人のうち、中央に座る男こそがシャルロットの父親なのだろうと。
案の定、デュノア社社長と説明を受けると、両脇に座る専務と副社長と名乗る者たちから矢継ぎはやに詰問がなされていた。
セイバーは淡々と、それでいて素直に応えていくだけでしかない。
時間にしてはどれほどだろうか。詰問するのは専務と副社長のふたりのみであり、デュノア社長は一度たりとも口を開くことはなかった。
「――それはアナタ個人の意思でしょうか? それとも、デュノア社の意思でしょうか? またはフランス国としての意思なのでしょうか?」
「これはデュノア社としての意思として――」
「では、どのようにすれば納得していただけるのでしょうか? この場で膝をついて許しを乞えばよろしいのでしょうか? 額を床にこすりつければよろしいのでしょうか? やれと仰るのならばやらせていただきますが?」
と――
今の今まで沈黙を続けていたデュノア社長が言葉を紡ぐ。
「もういい。やめたまえ」
「社長、ですが――」
「わたしはやめろと言った。聴こえなかったのかね?」
「――――」
睨まれたことに専務の男は押し黙る。口を閉ざしたことを確認すると、デュノア社長はセイバーに向き直っていた。
「すまない、セイバーくん……不快な思いをさせた」
「いえ、構いません」
寛容な心遣い痛み入るよと漏らすデュノア社長は思いついたように言葉を吐いていた。
「最後にひとつ……セイバーくん……その、娘は……シャルロットは、元気かね?」
「ええ、元気です。ですが、そんなことをわたしに訊くよりも、直接話をされた方がよろしいかと思いますが?」
「…………」
「この場をお借りしてお訊ねしますが、アナタにとってシャルロットはなんですか? 都合のイイ道具ですか? 本気で心配されているならば、父親として、直接話をされるべきではないでしょうか?」
「…………」
シャルロットの境遇に関しては、セイバーもまた知り得ていた。些か話がわかる御仁かと判断するセイバーではあるが、実の娘を道具とみなし扱うという態度は如何様にしても見過ごすことはできない。自分が知らず、立ち入ることができぬ領域であろうとも、友人たるシャルロットが悲しみ、哀しむ要因たる存在であれば話は別である。
黙するデュノア社長に変わり、声を荒げるのは脇に座る専務の男だった。
「一学生如きが、失礼ではないのかね?」
「その一学生如きの質問にも答えられないのでしょうか?」
売り言葉に買い言葉、セイバーもまた熱が入っている。
無礼な態度の相手にまくし立てる専務と副社長のふたりではあるが、それを制したのはデュノア社長である。
片手を挙げ、両脇に座るふたりを黙らせると彼は告げる。
「話は後日、正式に手続きを踏んで通達させていただこう。今日のこの場では、これ以上、デュノア社としての発言は控えることを約束する」
言って、デュノア社長は口にしたように、それ以降は何も声を発しはしなかった。
拍子抜けとなるデュノア社の手の引きように言葉を失っていたのは何を隠そうフランス政府であろう。フランス政府とデュノア社との抗議は事前に打ち合わされていたことだった。だが、実際に蓋を開けてみれば大した抗議らしい抗議をするでもなくあっさりと話を切り上げる。これでは当初の目論見が台無しであった。
とはいえ、フランス政府のみがこの場でごねるのも得策ではない。結果として、フランス政府も大人しく引き下がるしかないのだったのだが。
が――
此処で誰もが予想していなかったことが起きる。挙手し発言を求めたのはセイバーだった。
「わたしからもひとつ、お訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なにかね?」
返答したのはアメリカ代表者。セイバーはそちらへ向き直ると、ひとつ息を吐き、改めて視線を向けて問いかけていた。
「相手敵機に関しまして、あなた方には何か心当たりはないのでしょうか?」
その言葉に……場の空気が変わる。
しんと静まる空間の中、訊き返すように声を漏らしたのは――
「セイバーくん……それは、どういう意味での発言かな? いや、何故、そのように思うのかね?」
デュノア社長の問いかけに、セイバーはひとつ頷く。
「公式のIS登録数は確か467でしたね。そこから増えてもいなければ減ってもいない。そうでしたね、チフユ?」
不意に話を振られた千冬は一瞬呆けていたが直ぐに頷き返答していた。
「あ、ああ。その通りだ」
「ISコアにはナンバリングが振り分けられていると聴きます。であれば、そこから機体の特定は可能なのではないでしょうか?」
何気ないセイバーの問いかけではあるが、だが、この発言に確証性はない。
何故ならば、例え仮に特定されたとしても、データ上の偽造に加え、強奪されたという理由によりいくらでも逃れられることができるからだ。
しかし、発言者たるセイバー自身の目論見は、純粋に誰かが意図的に機体を提供したのではないかとする協力者という存在をいぶかしんでのことである。
可能性がなくはない話ではあるが、それを明確に言及する術はない。
安易に敵性ISと関係を結んでいる者がいるのではないかと邪推されることに、国際委員会メンバーとしては心中穏やかではない。下手なあらぬ噂を立てられて厄介なことでしかないからだ。
だがしかし、この発言は少なからず数国においては後ろめたさを払拭することはできなかった。
「ふむ……その考えはなくはないが……そうだな……機体強奪をされ、暴走事故などを引き起こした何処かの方々には心当たりがあるのではないですかな?」
オーストラリア代表者の発言に噛み付いたのはイギリスだった。
「どういう意味ですかな?」
「意味? 聡明なイギリス政府はご理解が早いかと思いましたが……暴走事故もさることながら、ご自慢のBT二号機が奪取されたということを伏せていたことも遺憾ですからなぁ」
「それは、公表して要らぬ不安を煽ることに……」
「ほぅ、つまりは、バレなければそれでいいということですかな?」
話に乗ってくる中国に対し、イギリス代表者は内心舌打ちをしていた。
奪取されたことを素直に認めるのは容易い。だが、それは自国における防衛力が低いことさえ物語る。
事実、ISを盗まれましたなど、恥に滑稽、いい笑いものでしかない。
これを皮切りに、イギリスが国際社会において発言力が低下することはなんとしても避けたい状況である。そのため、この場では弁明するしか方法はなかった。
「誰もそのようなことは言ってはおらんっ! 然るべき適切な時期に――」
「然るべき時期とは、一体何時の事を指していますのやら。イギリスがこうでは、欧州連合もお里が知れますなぁ」
欧州連合と名指しをされ、これにより激昂せぬ、フランスにイタリア、オランダといったヨーロッパ側ではない。
「貴公、無礼ではないか」
「心外だ。それはただのこじ付けではないか」
だが、中国代表者は強気である。
「強奪されたことを正式に公表もせずに内密で処理しようとしたことがですかな? あげく、銀の福音に関しても対処を入学間もない学生に任せていること事態がおかしいことではないのかね?」
胸中で笑みを漏らす中国代表者の話の矛先は、今度はアメリカとイスラエルへと向けられる。
「二国間による機密事項とはいえ、状況が状況であったのだ。情報が開示していれば、各国が密接に連携することもできたのではないのかね?」
「そもそも、一学生に処理を任せるということが甚だおかしなことだろう。何事もなかったから良かったでは済まされないことであろうが。下手をすれば、我が国の代表候補生になにかがあった場合はどうするつもりだったのかね?
「聴けば、福音を停めるために噂の男性操縦者も含まれていたそうではないか。貴重な男性操縦者に、それこそ何かあったとすれば、アメリカとイスラエルの二国はどのように責任を取るつもりだったのですかな?」
「いやいや、もしくは、別のことを考えていたのではないですかな?」
くつくつと笑うロシア、アフリカの国際委員会の発言に、アメリカとイスラエル側は反論する。
「何が仰りたいのですかな?」
「こちらとしても予想外の出来事であったのだ! それを――」
「本当に、予想外だったのでしょうか? 甚だ疑問ですがねぇ?」
口を割り込ませたのは中国代表者である。
「それを狙ってのことだったのでは?」
「どういう意味ですかな、それは」
「いやはや……暴走機体を停めるために、男性操縦者が不幸な事故にあったということも想定できていたのではないかと思いましてな。それを見越していた、とも限らないのでは?」
その発言に、さわりと各国は色めき立つ。
「それは、むざむざ見殺しにしていた、ということですかな?」
「そうとしか思えませんでしょうなぁ」
「馬鹿馬鹿しいっ! そんなことをして、一体何のメリットがあるというのかねっ!?」
「メリットはないかも知れませんが、それではデメリットもないのではありませんかな?」
「それはあくまでもひとつの可能性という括りでしかない空論だ!」
失笑を漏らし、侮蔑の表情を浮かべるカナダ代表者は指を組み、顎を乗せて口を開く。
「どうですかなぁ……叩けば埃が出てくるやもしれませんが」
「それに、第二世代型とは言えどアラクネも奪取された貴国のことです。福音のように、隠蔽は十八番でしょうな」
「違いない」
中傷するには恰好の的となるアメリカに対し、ある国は蔑みの言葉を吐き、ある国は笑いものにする。
だが、聴くに堪えぬと感じる国もある。話題の矛先を変えるべく進言していた。
「そういうことであれば、VTシステムを積んだドイツはどうなのかね? あきらかな協定違反の機体を世に出しているような国こそ、テロリストどもと結託しそうだと思うがね?」
だが、これに対し唐突に槍玉に挙げられたドイツはたまったものではない。案の定、顔色を変えて反論するのみ。
「言いがかりも甚だしい!」
「だが、実際にVTシステムが搭載されていたことは覆すことができぬ事実でしょうなぁ」
「それは、我々も知り得ぬ事だった。それに、研究施設は原因不明の壊滅を――」
「おかしなことを仰いますなぁ? 知らぬハズがないでしょう? 自国で造られた、量産の目処さえ立たぬ素晴らしい専用機ですよ? それに、研究施設の壊滅など荒唐無稽もいいところですな。素直にお認めになられてはいかがですかな? 隠蔽をされた、と」
「無礼なっ!」
「…………」
白熱する弁舌に、千冬は氷のように冷め切った双眸を向けるしかなかった。
各国は、どの国よりも脚を引っ張り合う。
話の方向性が逸脱し、セイバーとランサーの面前で繰り広げられる醜態。
いわば茶番であり、見るに堪えぬ聴くに堪えぬ光景に、千冬は唇をかみ、拳を強く握り締めていた。
だが――
ぱんぱんと手を叩き、発言をするのは香港の代表者だった。
「まーまーまー、皆さま方もそんなに険しい顔をされることもないでしょう。強奪された機体や暴走事故など、今此処で話をしたってしょうがないじゃありませんか。話の本懐は、
場に似合わぬ飄々とした態度。他の国々の代表者と比べると気楽な声音の男に非難が向けられる。
「何を呑気なことを……問題が起きなかったからそれでいいとでも言うつもりかね」
「いやはや、ご指摘はごもっとも。ですがねぇ……過ぎた事を議論しても仕方がないことではありませんか? それよりも、わたしとしましては、対IS用ISの武装の方が重要かと思いますけれどねぇ。これが事実であるとするならば、亡国機業は対IS用の武装を有しているということになります。これは脅威となりますよ?」
「……それは、そうではあるが……」
「皆さま方も思うところ、言いたいことはあるでしょう。ですが、此処は今その話をするところですかな?」
『…………』
黙する一同に頷き、香港代表者は千冬ヘ視線を向けていた。
「織斑さん、すみませんがそちらの生徒会長、更識楯無くんが戦闘で受けた状態、状況をご説明いただけないでしょうか?」
「え、ええ……」
促され、千冬は戦闘状況を説明し出す。
しかし――
彼女は、セイバーとランサー、ふたりの表情が変わっていることに気がついてはいなかった。
二騎のサーヴァントの表情変化の原因は国際委員会の罵り合いを見ていたからではない。ラインともなるマスターである士郎からの魔力パスの変化に気づいて、である。
急激な魔力の流れ、尋常ではない魔力行使にふたりの身体に走る違和感。
「ランサー」
「ああ、気づいてる。こりゃ坊主に何かあったな」
「…………」
険しい『貌』となるセイバーを見もせずに、ランサーは声を潜めて続けて言う。
「キャスターが気づかねぇハズがねぇ。坊主のことは、魔女に任せてある以上、託すしかねぇぞ」
「そのようですね……今は、キャスターを信じるしかありませんか」
「そう言うこった。だが、こっちも早急に切り上げた方がよさそうだな」
「ええ……」
冷静に頷く彼女ではあるが――
(シロウ……)
胸中でマスターの名を呟くその実、心境は焦燥に駆られていた。
雲に覆われた空域よりも更に上層、対流圏界面付近、IS学園超高高度上空――
航空機の類が存在せぬ無音の領域に、八翼の大型スラスターによる機体制御をかけて留まるのは一機のIS、光学迷彩により身を隠したホークアイが駆るヴェズルフェルニル。
僅かな挙動ですら大きくバランスを崩しかねない状況にいながら、ホークアイは微動だにせず。
大型ジェネレータを背負い、そこから伸びるいくつものケーブルは両手で握る五メートルほどの銃砲に繋がっている。セシリアが扱うロングレンジスナイパーライフル、スターライトmkⅢを越える銃口は学園へと向けられている。
だが――
眼下で繰り広げられている状況を見入る彼女の口元を酸素供給マスクが覆っているが、呼吸は僅かばかり乱れていた。
超高高度による酸素欠乏、というわけではない。眼にしている現実がにわかに信じられないために。
バイザー越しの超高感度ハイパーセンサーにより捕捉している状況――否、もはや乱戦と化しているアリーナステージ。
中でも、一際彼女の眼を惹くのは異形の存在。
結果、紡がれた彼女の声は震えていた。
「……スコール。わたしは視認しているモノが信じられない。確認はできている?」
「ええ、こちらでも確認しているわ。ホーク、あなたと同意見よ」
ホークアイが捉えているハイパーセンサーをリンクして全てを見ている光景。
衛宮士郎が操るIS『アーチャー』による明らかに許容量を超えた不可思議な武装展開――
切り刻まれたハズの女が何事もなく動き、更にはISを纏いもせず宙に浮く――
更には、何の冗談か、B級ホラー映画にでも出てくるような骨の化物の姿――
どれもこれも説明がつくはずもない。
「いずれにせよ、介入のタイミングはあなたに任せるわ。だけど無理はしないでね。予想外の出来事に困惑しているのは確かよ。あなたを失うわけには行かないの……目的を達成することだけを考えて。危険だと察したら、直ぐに撤退なさい」
「了解」
「……ごめんなさいね。わたしのわがままに付き合ってもらって」
「問題ない。スコールが気にかけるなんて滅多にない。こちらも相応に対処に従う」
「……ありがとう」
その通信を最後に、ホークアイは意識を極限まで高め集中し、銃口の狙いを定めていた。