I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 イメージしろ。現実で敵わない相手なら、想像の中で勝て――

 自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ――

 忘れるな。イメージするものは常に最強の自分だ。外敵など要らぬ。お前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない――

「…………」

 赤い弓兵の言葉を思い出しながら、士郎は呼吸を整える。

 肩で大きく息をつき――彼の顔色は決してよろしくない。

 横に立つキャスターはそんな士郎に気づきながらも声をかけていた。

「……坊や、わたしが前にあなたに渡した『石』は持っているかしら?」

 『石』と聴き、保健室で渡された、血のように紅く、宝石のような輝き持つアレのことかと理解すると、士郎は僅かに首を振っていた。

「いや、今は手元に無い……ロッカーに置いてある」

 制服のポケットに入れたままだと応える相手にひとつ頷き――

「……ロッカーね」

 意識を僅かに集中させたキャスターの左手には唐突に紅い石が生まれ出る。

 空間転移により士郎のロッカーの制服から移動させていた。それを無造作に士郎へと放る。

「呑みなさい。今の枯渇しきっている坊やの魔力を補うためにも必要よ。それに、わたし独りに任せる気なんて、さらさらないんでしょう?」

「……っ」

 キャスターの声により、意識が向けられた先には真耶と簪を護るように剣を振るう幾体かの異形の姿。本音の傍にも数体がその身を現している。

 竜牙兵と呼ばれる自動人形(オートマタ)というよりも、いわゆるゴーレム(土人形)に近い使い魔たち――

 出来の悪い積み木じみた(竜牙兵)を召喚しているということは、もはやキャスターも形振り構っていられないということか、または隠すことなど既に意味もないと悟ったからか。

 とにかく、竜牙兵たちの動きは、あくまでも的確であり、それでいて機械じみていた。

 だが、真耶と簪を護るには、どんなに散漫な動きであろうとも意味を伴っている。

 『白式』と『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』に各々群がる骨の兵士ではあるが――

 雪片弐型に薙ぎ払われ、高速切替に撃ち砕かれては霧散していく。

 しかし、いかに破壊されようとも、骨の兵士の目的は、真耶と簪を護りぬくことであり、相対する機体を仕留めることではない。倒れては起き上がり、破壊されては修復して立ちふさがるのみ。

 その点に関しては、主たるキャスターの命令に忠実に従っている。

 現に、最初は骨の化物に驚いていた真耶と簪のふたりではあるが、自分たちを文字通り身を挺して護り抜く姿に、どういう理由かはわからぬが――見てくれは不気味さを伴い悪者じみた恰好ではあるが――味方であるということだけは理解できていた。

 教員であり元代表候補生であった真耶はまだしも、模擬戦の数をこなしているとは思えぬ簪を護り抜いていることに対して士郎は幾分安堵の息を漏らすだけ。

「……ああ、すまないキャスター、本当に感謝してる。恩に着るよ」

「安くはないわよ? 『倍返し』にして返してもらわないと割に合わないわ」

「努力するよ」

 軽口をかわし、渡された石を口へ運び士郎は呑み込む。

 ごくりと嚥下し……効果は瞬時に現れていた。渇ききった内面を満たすように広がる魔力の波。

 幾分か持ち直したマスターを確認すると、次にキャスターは機体『アーチャー』に魔術を施す。風を司る魔術で機動力を補っていた。

「イメージしなさい坊や。機体を己の脳だけで動かすの。機械ではなく、自身の身体の一部の延長と見なすのよ。纏わせた風によって、坊やの思うように動かせるはずよ」

「……ああ、なんとなくだがわかるよ」

 口頭だけでの説明であるが、実際に動かして見せる士郎にキャスターは呑み込みが速いわねと胸中で呟いていた。

 そのまま彼女の指は今度は士郎自身のわき腹の傷口へと向けられていた。瞬時に施されたのは部分空間凍結。流れる血も文字通り停まっていた。

 士郎の身体を蝕んでいた熱と痛みも引きはするが、彼女は治癒魔術により障害負荷を軽減させたわけではない。いわば一種の『呪い』で士郎の身体の痛覚を誤魔化しているだけである。失った血液が補充されていることもない。

「手間だけれど、そろそろ機械人形狩りと行こうかしら」

 練り上げた魔力を上空に展開し、魔法陣が宙に浮かぶ。

 帯電する魔力は――頭上から降り注ぐ閃光をすべからく防ぎきっていた。

「くだらないわね。そんな玩具が通用すると思っているのなら、甘く見られたものだわ」

「オルコット……」

 相手を見据えて士郎は呟く。

 砲撃を見舞い滞空する蒼い機体に視線を向けたままの士郎にキャスターは訊ねていた。

「それで、算段は?」

「そんなの決まってる。ひとり残らず皆を救うだけだ」

「……相変わらずの向こう見ずね。一夏という男に偉そうに言って聴かせていたわりには、坊やも変わらないわよ? ああ、違うわね。あなたの場合は、わかっている上でやってるだけに、余計にタチが悪いわね」

「ぐっ……」

 一体何処から見ていたんだと声を詰まらせる士郎に対し、キャスターは続ける。

「あのお嬢さんは坊やに任せるわ。どうやら因縁のようだし。坊やは上を。わたしは下を任されるわ。できる?」

「……できる、じゃないさ。やってみせるよ」

「いい答えね」

 とん、と軽く士郎の胸を手の甲で小突き、目線で行きなさいと物語る。

「凰とボーデヴィッヒは頼んだ。くれぐれも、控えめにお願いするよ」

「それは、相手次第じゃないかしら?」

 キャスターの言葉に頷き、士郎は機体を動かし上空へと昇る。

「さて、それじゃあ……お嬢さんたち――」

 二機へと視線を向ける先――

 だが、眼前には瞬時加速で迫る黒の機体がそこにいた。

 ワイヤーブレードが展開され、プラズマ手刀すら既に振り下ろされている状況。

 にもかかわらず――

「あら?」

 まるで他人事のように呟く彼女を――幾条ものワイヤーブレードは切り裂き、プラズマ手刀は白衣を貫いていた。

 細切れにするかのごとく、紅い花を咲かせたキャスターの身体を蹂躙する凶刃は止まず。胴から腕と脚、四肢を失い、首が切り落とされる。

 原形を留めずズタズタに引き裂かれ、血煙が上がり、白衣の残骸が宙を舞う光景を眼にした本音は悲鳴を上げる。

 ただただ呆然と見つめるのは、凶行に及んだ機体に乗るラウラと、棒立ちではあるが操作を受け付けないことに歯噛みしていた鈴。それと、ハイパーセンサーによる視覚補助により意識を向けていた真耶と簪。

 あまりの光景に言葉もない。衝撃に吹かれてひらりと舞う白衣を見入ることしか出来ていなかった。

 だが――

「話の途中に切りかかるなんて、随分と無粋ねぇ……躾がなっていないようだけれど?」

 一同が顔を上げ……声のする方へ視線を向けた先、そこには何事もなかったかのようにキャスターの姿があった。四肢が欠落してもいなければ、首も刎ねられていない。だが、いつも見慣れた保健医姿と比べれば、ふたつばかりほど違和感があった。

 ひとつは、まるでファンタジー映画に登場する魔法使いが羽織るような紫色のローブに身を包んだ恰好。もうひとつは、そのローブを蝶の翅のように広げ、生身ひとつで宙に浮かんでいたのだから。

 部分展開のIS反応すら感知せず、人間が飛ぶなどそんな非常識な話は聴いたことがない。

 驚愕は更に続く。

 ぽうとキャスターの前面に生まれ出る無数の光。それらは豪雨のように降り注がれる。

 上空から放たれる光弾から逃れるように黒の機体が地を跳ねる。光は地面を穿ち赤く焦がす。直撃でもすれば相応の損傷を受けるのではと息を呑むラウラは肝を冷やすのみ。搭乗者の意思とは裏腹に、滞空する相手めがけて両肩のレールカノンが砲撃するが、キャスターが生み出し飛来する魔弾により撃ちぬかれ空中で爆砕するだけだった。

 相殺すらできぬと判断した黒の機体はその場から離脱するように動き出す。

 だが、その刹那に――

 しなやかに伸ばされたキャスターの腕――指先に収束する魔力を解放させると、高速神言により、さながら見えぬ魔力で編まれた鎖は『甲龍』と『シュヴァルツェア・レーゲン』に絡みついていた。

「悪いわね。恨み辛みはないのだけれど、逃げられても困るし、かといって同様に宙に昇られて坊やを追い回されても面倒なのよ」

 士郎を追いかけるかのように起動しようとした二機ではあるが、飛ぶこともなく地面に縫い付けられたかのようにその場に留まっていた。

 がくんと機体に重圧がかかることにラウラは気づく。

「なんだ……何が起こっている……レーゲンに何が……」

 表示されるエラー。

 極度の重圧が機体『シュヴァルツェア・レーゲン』を襲う。みしみしと――レールカノンの砲身、四肢から歪な音が上がり、機体が僅かに沈む。

 状況が理解できていないラウラに構わず、独立起動する黒の機体は、ただただ抗い動くだけ。

 機体にかかる重圧負荷はあり得ない数値を表示している。その意味は、アリーナ内で己の機体にだけ何十倍もの重力を受けていることになる。

 キャスターが二機に施したのは重圧魔術。士郎を追おうと空へ逃げられぬように。ならびに、ちょこまかと動き回られるのを防ぐためである。

 士郎を追いかけることができぬと判断した『甲龍』は機体を軋ませながらキャスターへ向き直り、ようやくして彼女を敵と認識する。

 邪魔者を排除するために、四門の砲口を向ける『甲龍』に対し――だが、彼女は慌てることもなく、手にする錫杖が鐘を鳴らす。

 と――

 キャスターが前面に展開した魔法陣は計十三。

 虚空に描かれる神言詠唱――

『――ッッ』

 サーチライトのように、紋様中心から淡い紫の光が漏れ出していた。その一陣一陣は二機を捕捉している。

 科学が発達するこの時代、オカルトじみた光景の連続に息を呑み続けるは鈴とラウラ。

 そんなふたりとは対照に――あざ笑うかのように神代の魔術師たるキャスターは、秘蹟を紡ぎはじめる。

「あらかじめ言っておくけれど、お嬢さんたち……殺しはしないけれど、身に受ける衝撃と怪我は我慢なさい。悪いけれど、加減をするのは得意じゃないの。抵抗するのは勝手だけれど……ああ、()()()()()()()()()()()。ごめんなさい、訊くだけ野暮だったわ。せいぜい無様に抗いなさいな。それに、余り時間も掛けていられないの。シャルロットさんと簪さん、山田先生もフォローしないといけないのよ」

 その宣告に、先に蒼い顔となるのは果たして鈴とラウラのどちらであろうか。

 光の矢が放たれ――耳障りな音を奏で、二機を容赦なく呑みこんでいた。

 

 

 空中戦を繰り広げるのは赤銅と蒼。ふたつの機影は絶え間なく交差する。

 高速同士の剣と剣がぶつかり合い、甲高い音を奏で火花が舞い散り――近接武装インターセプターを手にする『ブルー・ティアーズ』は僅かに後退せざるをえなかった。

 その下がった間合いを埋めるように踏み込む士郎は双剣を一閃させていた。

 ぶつかりあう両者の剣戟の数は既に三十――

 二刀による攻撃を――しかし『ブルー・ティアーズ』はショートブレード(インターセプター)一本で巧みにいなす。逆に、これ以上は接近を許さんとばかりに士郎を切り刻まんと襲いかかっていく。

「――っ、はぁ、はぁ――っ!」

 息を吐き、なにも考えずに、ただひたすら前へと進むだけの士郎は剣を振るう。

 響き渡る剣戟。互いの間合いが違えば、速度すらまた違う。

 身を捻るように繰り出された士郎の一撃に押された蒼い機体。だが、今一歩届かない。

 逆に士郎の間合いを侵犯するように、蒼の機体が手繰る凶刃が迫り来る。

「っ――」

 捌ききれぬ剣閃。徐々に加速を伴う猛攻を士郎は苦悶の表情を浮かべながらも、培ってきた戦闘経験と行動予測を頼りに凌ぎきる。

 白兵戦であればまだ自分に勝ち目があると踏んだのだが――

「ぐっ――」

 胸を掠める斬撃に紅が宙に舞う。

 閃光と化した剣の軌跡を士郎は苦悶を漏らしながらも二刀で弾く。ハイパーセンサーによる視覚補助に頼らぬ彼自身の眼が僅かではあるが追いつけなくなっていた。

(だが、完全に追えないわけじゃないっ――まだ、いけるっ!)

 渾身の力を込めて繰り出した一撃は、同じように渾身の一撃を以って相殺される。

 『ブルー・ティアーズ』を相手に接近戦を挑んだ士郎ではあるが、その目論見は通用していない。

 純粋に、近接格闘を不得手とするセシリア自身の能力は一切関係がなかった。

 武装コールも必要としない瞬時展開。今の蒼い機体には、遠距離近距離ともに万全である。行動予想と反応速度を駆使し、肉薄する士郎を凌駕しようと襲いかかるだけ。

 本来の機体性能を十二分に発揮している。

 一夏が乗る『白式』の性能が格段に上がったのは、織斑千冬のIS操縦の戦闘データを外部インストールされているためである。

 対する『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』、『シュバルツェア・レーゲン』の三機に関しては、外部インストールの類は成されていない。あくまでも三機が発揮できる最大限界性能を引き出されているだけでしかない。いわば、本来持ちうるポテンシャルを束の手によって弄られ、極限までの最適化を施されているだけとなる。

 搭乗者の意識集中により、武装の同時使用ができないという問題点を突破した今の『ブルー・ティアーズ』に隙は皆無。

 旋風のように繰り出された一撃を受け流し――だが、バランスを崩す士郎は瞬時に体勢を整えると、臆することなく双剣を構え疾駆する。

 呼吸を乱し、肉体は既に疲労が募り動きすら衰えが生じはじめていた。疲れを知らぬ自立起動(ブルー・ティアーズ)との大きな相違。

 このまま戦闘を続行したとしても決着がつくのは必然であろう。だがそれは、純粋な実力差ではなく、時間という概念によってであるが。

 

 

 互いの剣が打ち弾き、二機の間合いが離れ――

 黒弓フェイルノートから奔る何条もの『弾丸』は、正確無比に蒼い機体の武装を射抜くべく襲いかかる。

 機関銃のように掃射された矢は――だが、ことごとく自立機動兵器に撃ち落されただけだった。中には偏向射撃によりまとめて撃ち捨てられたものもある。

「――っ」

 息を漏らした士郎は装填された矢を構えようとするが、思考を必要としない『ブルー・ティアーズ』は動きの移行が断然早い。

 逆に赤銅機体を狙撃するべく撃ち放たれた蒼い閃光。

 鷹の眼にも近い士郎の動体視力は、一分の狂いもなく矢で迎撃し、それらすべてを相殺していた。

 銃と弓、似て異なる遠距離武装の攻防は変わらず。

 しかし、意思なき機体に手繰られる搭乗者――セシリアにはこの戦闘の結末が容易に予想出来得ていた。度重なる連戦を経て消耗した肉体と精神、元々性能の劣る機体が動いていることすら不自然なほど。

 対する『ブルー・ティアーズ』は実験機として本来なら十全に扱うことが困難な性能を遺憾なく発揮し、一個体で一軍を相手取れるほど特化している。

 当事者でありながら、蚊帳の外に締め出されたからこそ、士郎よりも冷静に事の推移を図ることができていた。セシリアには、このままでは自身の機体によって葬り去れられる士郎の姿が視えていた。

 故に、彼女は声を張り上げる。

「もういいですからっ! もう――もう、おやめになってっ! 衛宮さんっ! 今のあなたでは、ティアーズを相手にするのは無理ですっ! ですから、どうか――」

 逃げてくださいまし――

 懸命に叫ぶオルコットに対し……士郎は顔を向ける。

 ついで――彼女は己が眼を見開いていた。

 見入る視線の先、士郎は、ただ二コリといつもの様に笑う姿を捉えていた。。

「大丈夫だ、オルコット……お前を――その機体を停めてみせる」

「衛宮さん……」

 ビームを掻い潜り、偏向射撃を斬り弾き、蒼い機体へ疾るのだが、今一歩のところをミサイルに阻まれる。

 機体を損傷させながらも、それでも士郎はあきらめもせずセシリアの元へたどり着こうとする。

「どうして……」

 ぽつりと独りごちるように呟き彼女。

 眼前で繰り広げられる光景。

 自身の意思に伴わず、繰り出される精密射撃に士朗は損傷を最小限に抑えながらも空を翔る。

「どうして笑えますの……どうしてそこまで傷ついていらっしゃいながら、わたくしなどに構いますのっ!?」

「……言ったろ、オルコット……まずは、お前をその機体から降ろす」

 開放回線(オープンチャネル)越しに交わされる会話――

 歪曲する閃光を斬り払い、ひとつ息を吐き出し呼吸を整える。

 あまり時間をかけてもいられない。己の身体のことは己自身が一番よくわかっている。

「どうして……どうしてですのっ!? どうしてそこまで……あなたにとっては、わたくしは憎くて嫌な相手のはずでしょう!? お忘れですのっ!? わたくしがあなたに対して告げた言葉を――」

 自分ごときを助けようとする士郎の行動に、セシリアは理解できないでいた。

 この場で彼が逃げ出しても誰も彼を咎めはしないだろう。ここまで傷つき、それでも助けようとする意味も理由も存在しないはずである。

 だが――

 士郎は淡々と応えるだけだった。

「だから、どうした?」

「…………」

 そう当たり前のことのように応える相手の言葉に彼女は二の句が告げられなかった。

 顔を上げ、士郎はセシリアを見据えるのみ。

「オルコット、お前が俺を気に入らないのはわかる。好く思っていないのも知っている。でも……それでも、友人を助けるために、理由なんてものは必要ないだろう? それにだ……俺は、お前を憎んでも嫌ってなんかもいない」

「――っ」

 その言葉は、セシリアの胸を深く抉る。

「友人? あなたは、こんなわたくしを友人と……そう思っていらっしゃるというの? そのために、敢えて傷つくと仰いますのっ!? わたくしなどのためにっ!? そんなことのために――わたくしの機体が、あなたを傷つけているというのにっ!?」

「ああ、そうだ。だから――」

 息を吐き、表情を一変させ、士郎は告げる。

「気にするなよ、()()()()。お前が言いたいことは後でいくらでも聴くからさ……今は、みんなのところに帰ろう」

 

 

 ふたりのその会話のやり取りは、コアネットワークを通じて全て束の耳にも聴こえている。

 くだらない。実にくだらない。

 塵芥風情が、一丁前に友人のために命をかける?

 虫唾が走る――

「心底くだらないねぇ。なら、その『友人』てヤツに殺されろよ」

 友人のために命を落すようなマネにでもなれば、さぞかし本望であろうと束は結論付けていた。

 それに――

 この男の本性を暴いてやる。

 土壇場まで追い込まれてこそ、人間の酷く醜い本性は曝け出され露になる。

 上辺だけの綺麗事を述べるこの男も、いざ実際に窮地に立たされでもすれば、我が身可愛さのあまりに薄汚い姿を晒すはずだと彼女は嘲笑を浮かべていた。

 

 

「やめてッ――やめてえええぇぇっっ!!」

 突然狂い出したように、頭を押さえてセシリアは苦しみ出していた。

 脳内に流れ込む、どす黒い感情――

「わたくしは、わたくしはそんなことは望んでいないっ――」

 脳裏に響く負の感情。

 恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動――

 男がISに乗ることなど許されない。

 己は、あの男(衛宮士郎)を憎んでいる。

 恨め、憎め、必要であれば殺してしまえ――

 囁かれる言葉に――しかし、セシリアは髪を振り乱し叫び、違うと連呼していた。

「オルコット……?」

 突如苦しみ出すセシリアの姿に、士郎は似たような光景を思い出していた。

 それは、復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァント、この世全ての悪(アンリマユ)との契約の影響に呑まれる桜と同じように――

「うるさいっ――うるさいうるさいうるさい、うるさいッッ!!」

「オルコット――ダメだ、聴くなっ! 耳を貸すなっ!」

 叫ぶ士郎の声に、セシリアはびくりと身体を竦ませるが――

「あなたが……あなたがいたから? わたくしはあなたを憎んでいる? あなたが……あなたさえいなければ……あなたが、あなたがあなたが、あな、あなたが、あな、あなた、が……」

 植えつけられるように感情を一方的に改竄されていく。彼女が思っていようが、心になかろうが、そんなことは関係がない。ただ望むがままに染め上げられるだけとなる。

「あなたさえいなければっ――」

 顔を押さえ、覗く片眼からは禍々しい憎悪の色を灯らせながら。

 だが――

「だめ……逃げて、衛宮さん……お願いですから……」

 頭蓋を割られるかのような激痛を堪えながら、片眼から涙が伝い、懸命に腕を伸ばす彼女の手に――握られるのは、特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢ。

「――っ!?」

 声を漏らしたのは、セシリアか士郎か。

 至近距離からの砲撃を――だが、一瞬にして士郎は斬り払っていた。

 顔の半分は狂気に染まり、もう半分は悲しみに染まるセシリアの口がゆっくりと動き――

「……助けて……()()()()……」

 力なく呟かれた言葉が、士郎の行動の引き金となる。

「ああ、今助ける。だから、もう少しだけ我慢してくれ」

 こちらの攻撃に即座に反応し隙を見せないというのならば、無理やり隙を作らせ綻びを生じさせるしかない。

「…………」

 眼を瞑り、一度大きく息を吐く。

 極限まで意識を集中させ、体内の魔術回路に魔力を通し流し込む。

 乱れた呼吸を一息で正常に戻し士郎。

 投影は、息吹が乱れてしまえば行うことができない。投影速度と精度が落ちた時点で負けが決まる。

 故に、この戦いは『ブルー・ティアーズ』との戦いではない。言うなれば、己自身との戦いである。

「――投影(トレース)開始(オン)

 内界に意識を向け、魔術回路に創造できる限界まで設計図を並べていく。

 記憶を頼りに外見から読みとった内部構造。引き出された創作思念に構成材質を選び出し――

 当然では在るが、負荷をかけた身体に代償は伴う。

 口から血を吐き出し、視界の一部に亀裂が生じて紅く染まる。

 本来、彼が得意とする投影は通常回路にひとつ、良くてふたつしか入らない。それを、複数の魔術を走らせている。

 短絡的に考えただけでも、それがどれほど難しいことを意味しているのか、同様にどれほどリスクがあるのかも理解している。

 結果――

 無理無茶無謀であろうとも、衛宮士郎の信念に歪みは無い。

「――憑依経験、共感終了」

 多大な負荷を身に受けながら工程を押し進める。

 流出する魔力に骨格が耐え切れない。幾ら魔力に余裕があろうとも、根本たる士郎の魔術回路自体が悲鳴を上げる。

 頭部から頬を伝わる鮮血。

 血の混じった胃液がせりあがり、口元を汚す。

「――工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 身体は内面から撃ち出す『剣』の衝撃に激しく揺さぶられる。

 溢れ出すイメージを懸命に保存しながら……回路は既に焼き切れる限界であろう。制御ができなくなれば、士郎の身体は内側から生み出される無数の刃によって崩壊するだけでしかない。

 『ブルー・ティアーズ』の自立機動に振り回され、成す術もなく状況を魅入らせられていたセシリアは言葉もない。

 士郎を――否、IS『アーチャー』を中心に、宙に現れるのは、ひとつひとつの形状が異なる無数の剣。

「っ――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……!」

 叫びとともに投影された無数の剣が撃ち放たれる。対象は、蒼の機体の脚止め、ならびに自立機動兵器への牽制である。

 撃ち放つたびに投影し複製する。放てば放つほど減った数を瞬時複製する士郎。

 しかし、それでも自立機動兵器の狙撃が勝り、士郎へと迫る。

 と――

 偏向射撃が士郎の身体を撃ち貫く姿を想像したセシリアの感情が爆発する。

 そんな情景は、絶対に認めることなどできるはずがない。

「ダメ――ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ」

 あらん限りの声音で叫び彼女。そして、変化は唐突に起こっていた。

 歪曲して四方から士郎に襲いかかる閃光は、そこから更にねじれ、あらぬ方へと逸れては遮断シールドに当たり散っていた。

「――っ」

 セシリア自身も気がついていない。僅かではあるが、BTシステムに干渉制御し、軌道を曲げていたのだから。

 ここに来て制御下を取り戻そうとする彼女の精神力が機体操作に影響を与える。それは、束にとっても予想外の出来事でもある。

 砲撃の止んだ自立起動兵器は沈黙を保ったまま宙に浮いていた。何とか士郎から遠ざけようとコントロールするセシリアであるが、干渉はそこまで。

 彼女の意思に逆らうように、再びの独立起動が展開される。

 だが、それでも懸命に抗うセシリアもまた自立起動兵器の制御を掌握しようとし、自身の周囲へ滞空させる。

 時間にしてみれば、それは僅か数瞬ばかりの出来事だろう。

 しかし、その好機を士郎は見逃していなかった。

「――――」

 まだ届かない。

 決め手に欠ける。

 あくまでも創り出す刀剣は脚止め。そこから先に踏み込むには、もう一手を加えるしかない。

 クリアとなる思考。己の身体を十分把握しながらも物質投影を開始する。

 創造の理念を鑑定し――

 基本となる骨子を想定し――

 構成された材質を複製し――

 製作に及ぶ技術を模倣し――

 成長に至る経験に共感し――

 蓄積された年月を再現し――

 あらゆる工程を凌駕し尽くし――

「――っ」

 故に――

 そのもう一手を生み出すために、士朗は全魔力を左腕に集中させていた。

「――投影(トレース)開始(オン)

 寸分違わずイメージするのは、鉛色の巨人が操る斧剣。

 通常の生身の腕では扱えない。だが、今の自分はISというパワーアシストがある。

 IS『アーチャー』の左手に、架空の柄が握り締められる。外見通りの常識から逸した巨重すら精巧に複製される。が、この再現だけではまだ足りない。

 一切の迷いも見せず、眼の前のひとりの少女を助けるために、彼は更に魔術回路を起動させ――

 ボロボロの身体にありったけの熱を注ぎ込み奮い立たせる。

「――投影、装填(トリガー・オフ)

 極度の眩暈に吐き気が襲う。しかし、そんなものはどうでもいい。

 限界を超えた魔術行使により、血液が脳を圧迫し、激しい頭痛が襲う。

 それでも――

(壊れた部分は後でどうにでもなるっ――今はっ)

 己の身体が悲鳴を上げようが、損傷しようが、関係がない。一刀の下に叩き伏せるには、体内の魔術回路をフル稼働させる必要がある。

 自立起動兵器はセシリアから制御を奪い返し、『ブルー・ティアーズ』と共に士郎へと迫る。

 全てが手遅れになったように思われた刹那、万物の時がその一撃により彼方へと追いやられる。

 叫びを上げ、踏み込むと同時に繰り出されたのは八閃――

全工程投影完了(セット)――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 四基のレーザービット、二基のミサイルビット、スターライトmkⅢ、背面スラスター二基――

 神速を以って、狙う八点を破砕する。

「――ッッ」

 主要となる武装を潰され、メイン推進力を破壊された蒼いISは、衝撃に機体が維持できず、空中で分解するかのように――

 蒼の破片を撒き散らし、宙に放り出され、落下するセシリアを士郎は抱き受けていた。


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