I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
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これからも当作品にお付き合いいただければ幸いです。
彼女――篠ノ之箒がアリーナステージ内で起こる異常な状況に直面するのは、士郎と一夏が模擬戦を開始してからある程度の時間が経ってからだった。
第二アリーナ内で、模擬戦を繰り広げるふたりの姿を見入っていたのは本音やセシリアたちだけではない。箒もまたこっそりと脚を運び観戦していた。ただ彼女の場合は、一夏の態度がおかしいことに疑問を持ち、跡をつけていたのだが。
「一夏……」
試合は士郎有利となるペースで進んでいたが、流れが突然変わりはじめたことに彼女は驚きを隠せなかった。暴力性が増す一夏の動き。何よりも布仏本音が士郎の傍にいるにもかかわらず、まとめて斬り捨てるかのように襲いかかる『白式』――
ISを纏いもしない丸腰の生徒まで、相対する『アーチャー』ごと雪片弐型を振りかざす一夏の姿が信じられなかった。
「――馬鹿者ッ! 何を考えているんだ、一夏はッッ!?」
自身でも知らずのうちに携帯電話を手に取っていた箒は、姉の番号へコールしていた。
数回のコール音を経て、相手が出る。
「姉さんっ!」
「やーやー、箒ちゃん、箒ちゃんからかけてきてくれるなんて、束さんはとっても嬉しいなぁ」
気楽な声音で応える束。しかし、対照的に箒は切羽詰った声だった。
「姉さんっ、助けてくださいっ!」
「あやっ? 穏やかじゃないねぇ。何々? ちーちゃんにでも虐められた? むむむ、それだったら束さんも黙っていられないよ。愛しの箒ちゃんを虐めるなんて、ちーちゃんにはお灸をすえなくちゃいけないね」
ぷんぷんと口から言葉を発し、束さんは怒っちゃうよと漏らす相手を――だが、箒は切実に懇願するだけだった。
「お願いします、姉さんっ! 『白式』を――一夏を停めてくださいっ!」
冗談も耳にしていない妹に、束はノリが悪いなぁと一言漏らすと切り出していた。
「……言っている意味がわからないよ、箒ちゃん。電話をかけてきてくれたと思ったら、いきなり助けてなんてさぁ。何を言ってるのかなぁ? 束さんビックリだよ?」
「姉さん……」
己が知る一夏は決して力を誇示しない。意味もない暴力を振るう男ではないと、そう信じている。昔の自分のような過ちを行う人間ではないと切に願いながら。
故に、こんな状況に陥っているのは、一夏の乗る機体自体に何かしらのトラブルがあるからだと考えた上での発言である。
少なからず倉持技研が開発に関わったとはいえ、最終的に『白式』を手がけたのは束本人である。ならばこそ、彼女が電話越しに声を張り上げたのも、機体に関して如何なる操作介入を施すことなど造作もないことであると読んでのことである。
「箒ちゃん、順を追って説明してくれないと、何を言ってるのかもわからないよ? 束さんだって頭ごなしに言われたら、わかるものもわからないんだよ? いっくんがどうかしたのかな?」
「……一夏がおかしいんです。いや、『白式』が……」
「『白式』が?」
「相手を必要以上に攻撃しているんですっ!」
「ふーん……それで?」
特に興味のなさそうに返答する姉に、箒は二の句が続けられなかった。
「……それでって、姉さんっ! 一夏の機体がおかしいんですっ! 相手をいたぶるように……まるで殺そうかという動きをするんですっ!」
「へぇ。まぁ、別にいいんじゃなぁい? 話はそれだけ?」
「……別に、いい? 話は、それだけ……?」
己の聴き間違いかと疑うほどに、箒は相手が口にした言葉を理解できなかった。
(何を言っているんだ、この人は……)
そんな箒の胸中を知ってか知らずか、束は続ける。
「話の口ぶりからすると模擬戦か何かをしてるってことなんだろうけれど、箒ちゃんさぁ、何か勘違いしてなぁい?」
「……勘違い?」
ポツリと呟いた姉の言葉を耳に捉えた箒は思わず訊き返していた。
束は、やはり最愛の妹はわかっていないと気づきながらも愉しそうに声を漏らす。
「模擬戦てのはさぁ、つまるところ、
「それは……」
口ごもる妹に、姉はくすくすと笑う。
「強くなることに、強くあろうとすることには、他ならない箒ちゃんが一番よーくわかってることじゃない」
「――っ、ですがっ! これはどう見ても異常ですっ! 模擬戦によって、自身が得ることもあれば、自身に足りないことがあるのを知るということは理解していますっ! でも、限度というものはあるでしょう!?」
「まぁ、確かに。それも一理あるかもしれないねぇ。でもさぁ……束さんにとっては、正直どーだっていいと思うことだしねぇ。そんなことを言われても『だから何?』としか思えないことなんだよねぇ」
「……?」
言っている意味がわからず、箒は咄嗟に言葉を詰まらせ携帯電話を耳元から離していた。
落ち着くかのように、一拍置いてから改めて電話を手にした箒は訊ねる。
「何を、言っているんですか……?」
「ISには絶対防御があるんだよ? 別に死ぬワケじゃないんだしさぁ。ISに関して、今まで何かしらの死亡事故とかあった?」
「いえ、ありません……それは、確かに……そうですけれど……」
絶対防御の存在を出されてしまっては箒はそれ以上は何も言えなかった。
だが、彼女は失念している。絶対防御は搭乗者の生命を護るシステムではあるが、それはあくまでも正常に作動していればの話である。
束もそれを知った上で口にしているのだが。
しかし、腑に落ちない点はもうひとつある。通話越しでも嫌なほどに伝わる落ち着きすぎている姉の態度。
少なからず、一夏が乗っている機体のトラブルだというのに、格別声に変化すらもない。姉にとって、一夏の存在は決して些細なものではないはずだ。
それなのに――
他者ならまだしも、一夏のこととなれば逆に必要以上に介入してくるはずの姉だというのに、全く乗り気を感じなかった。まるで、わかっていながら視て見ぬふりをするかのような。
妙な違和感を拭いきれず、ふと、箒は疑心を持つこととなる。
「姉さんっ……あなたが、何かしたんですか?」
「何かって、何を言ってるのかな、箒ちゃん?」
「…………」
箒は一瞬言葉を詰まらせる。
本当に姉は何も知らないのかと逡巡するのだが――
「一夏に何をしたんですか、姉さんっ!」
「束さんを頼ってくれるのは嬉しいけれどさぁ、箒ちゃん、束さんのところから『白式』をどうこうすることなんかできないよ? それに、大切ないっくんを、どうして束さんが何かをする必要があるのかなぁ? 仮にだよ? そんなことをしたとして、束さんに、一体何の得があると思うんだろうねぇ?」
「っ……それは……」
「まぁいいけれど。んー、そうだねぇ。コア・ネットワークを通じて確認してみたけれど、『白式』に関して言えば、特に何かしらのエラーが出てるわけでもないしねぇ」
「……本当に、ですか?」
「むぅー? 束さんが箒ちゃんに嘘ついて何の得があるのかなぁ? ぷんぷん、束さんだって怒っちゃうよ!」
「…………」
ISを世に生み出した姉であるからこそ、他者のISに介入することなど容易ではないのか。
何も確証があるワケでもない。そのようなことができてもおかしくはないという偏見による箒の一個人の考えである。
しかし、そのことに関してはっきりと口にできていないのは、心の底では姉を信じていたからだった。箒自身も、そんなことはしない。そんなことをしても姉には何の得にもなりはしない、と。
だが、現実は甘くはない。箒は事細かに問い詰めるべきだった。
現に、彼女は平然と妹に嘘をついているのだから。
「機体の方に問題が無いってことになると、後は、純粋にいっくんの意思なんだろーね」
「一夏の意思? 姉さんっ!? 姉さんは、一夏が自分の意思で相手を傷つけているというんですかっ!?」
「んんー、違う?」
「当然でしょうっ!? 一夏はそんなヤツではありませんッ!」
「だってさー、そうとしか思えないじゃん? 心底いっくんは相手にムカついてたってことだしさぁ。余程のこと腹に据えかねたんだろーね」
「そんなことは……」
嫉妬、苛立ちという言葉を完全に否定することが箒にはできなかった。現に、IS操作性能において士郎が一夏を上回りかけていることに箒は箒なりに気づいていた。
僻みにより一夏が士郎を快く思っていないという事も、なくはないとしか言えぬ自分が居る。
「でも……うん、そうだねぇ。まぁ、万が一にだよ? 機体トラブルかなにかが原因とみなしたとして、例え何かしらの暴走事故が起きたとしても、然したる問題でもないと思うしねぇ」
「……は?」
事故が起きても問題はない?
姉の発言の意図がつかめず思わず間の抜けた声を漏らす箒ではあるが、通話越しの相手も気がついたのだろう。
「あれ? わかんない? んー、箒ちゃんこそさぁ、よく状況を理解した方が良くなぁい?」
「……どういう意味ですか?」
通話越しに聴こえる姉の含み笑いに些か苛立ちを覚えながら箒は冷静に言葉を紡いでいた。
相手が何を考えているのか……良からぬことではないようにと願いながらも――だがしかし、予想は裏切られる。
「箒ちゃんと、いっくんにちーちゃん以外の人間がどうなろうと、そんなの知ったことじゃないじゃない」
「――っ」
「そもそも、いっくんが怪我するわけでもないんだし、どうでもいい二番目の男がどうなろうが、束さんは知ったことじゃないし、箒ちゃんが気にする必要もないじゃない。それにさぁ、なんだっけ? なんかもうひとり、二番目とは別の
「姉さん……あなたは……」
震えた声音が箒の口から漏れるが、束は聴いてはいなかった。饒舌なまま彼女は告げる。
「例え動かなくなったとしてもだよ? ゴミはゴミなりに、塵は塵なりに、まだそれなりに使い道も利用価値もあるからねぇ。
「――――」
ケラケラと声を上げて笑う束に――
箒は本格的に言葉を失っていた。人間を――士郎をモルモット扱いし、あげくはランサーまでも予備呼ばわりする姉の考えを理解することはできなかった。箒は士郎を友人だと胸を張って言うことができる。決して人道に反した対象、偏見でなど認識していない。
告げられた言葉に、箒もまた正常な判断がつかないでいる。
「姉さん……あなたは、あなたは自分が何を言っているのか理解した上で、そんなことを……本気で口にしているんですかッッ!?」
例え冗談だとしても、許せる範疇を越えている。
だというのに――
「
「――あなたという人はっ!」
それ以上姉の声を聴いていたくはなかった。
姉ならばと、何かしらの方法があればと頼った自分が愚かだったと結論付けた箒は叫ぶ。
「あなたには――あなたを頼ろうとしたわたしが馬鹿でしたッ! あなたには頼みませんッッ! 自分でなんとかしてみせますっ!」
一方的に切られる通話――
「あーらら、残念。切られちゃった」
口ではそう呟きながらも、束の顔には残念そうな表情は欠片も浮かんではいなかった。
刹那に束の雰囲気は変わっている。つい今し方、箒と話した呑気さなど微塵もない。
「そうだよぅ、これは、ある意味箒ちゃんのためでもあるんだからさぁ……箒ちゃんもまだまだだねぇ。取るに足らない一人間如きがどうなろうと関係ないのにさぁ。それに、せっかくの機会なんだから、邪魔されても困るんだよねぇ。いっくんが自分の意思で動いているんだから、その意思は尊重してあげないとねぇ」
モニターを見越し笑う束の姿など知る由も無く――
「一夏ッ……衛宮ッ……」
箒は無我夢中のまま、彼女は彼女なりに事態を止めようと行動に移っていたのだった。