I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate 作:ボイス
千冬ちゃんとセイバーとランサーのターン?
では、逆に訊こうか。
いつから切り替わると思っていた?
頭上から降り注ぐ銃撃に『白式』は瞬時に後方へと機体を滑らせていた。
土埃を巻き上げ、士郎と本音の前に降り立つ二機は銃火器武装を構えたまま。
「やめなさい織斑くん!」
「一夏、なにしてるのさっ! いくらなんでも度が過ぎるよっ!?」
真耶とシャルロットの咎めるような叱責に――
「…………」
だが、一夏は何か答えるわけでもなく、憎悪に満ちた『貌』を向けるだけだった。
明らかに、ふたりが知っている普段の織斑一夏の雰囲気、態度、表情とは大きく懸け離れている。
はっきりと伝わる敵意。
ISに身を包み相対しているのに、肌に纏わりつくような不快な違和感を感じずにはいられない。
シャルロットの脳裏には、先日の学園祭時に遭遇した所属不明のIS機が不意に浮かび上がった。
「山田先生……」
僅かに不安を含んだ生徒の声音に、だが、真耶も頷いていた。彼女もまたシャルロットが告げようとする、一夏に対する違和感を覚え、意図を汲み取っていた。
「……ええ。今の織斑くんは、普通じゃありませんね。デュノアさん、気をつけてください」
「はい」
副担任の口から漏れる声に、シャルロットも気を引き締める。
が――
シャルロットにそう応えていながらも、真耶の胸中には疑問が浮かぶ。人間、これほどまでに豹変するものか。否、明らかに、露骨過ぎるぐらいに。
不貞腐れている、機嫌が悪いというレベルではない。先日の学園襲撃時における白い少女と同様。
両者ともに、手中には銃器が握られていた。『白式』の右手に存在する雪片弐型、左腕の雪羅を警戒してである。機体の一挙手一投足に気を配りながら様子を見る。
用心深く、慎重にリヴァイヴを『白式』の直線軸上に動かしたシャルロットは、ハイパーセンサーで後方を知覚していた。
見れば、士郎はうずくまったまま立ち上がってはいない。顔を苦痛に歪ませる彼の横には心配そうに覗き込む本音と『打鉄弐式』を纏う簪の姿。
「…………」
『白式』の相手を自分たちに任せ、本音と簪のふたりに士郎を医務室へ連れて行かせたくはあったのだが、第二アリーナはシステムロックがされ、内部外部ともに干渉を受け付けていない。
他クラスの生徒とは言えど、簪のIS『打鉄弐式』は独自で組んでいる未完成の機体である。基本システムの
本来であれば、直ぐにでも士郎を医務室へ連れて行きたい衝動に駆られる彼女であるが、眼の前の『白式』を停めることを最優先と捉えていた。
優先順位に心の中で士郎に対し、ゴメンと一言謝りながらも、ならば早急に問題を解決しなければと表情を改めていた。
それは、真耶も同様だった。
「…………」
ならば、と真耶の双眸に気迫がこもる。普段の柔軟な表情、温厚な雰囲気が一変していた。士郎に関しては、完全に身の安全を保障した上で無事に運ばせるしかない。
もう一点、遮断シールドを吹き飛ばしたキャスターの手法、技量に関して事細かに問い詰めたいこともあるのだが、それらを差し置いて、今、成すべきことを彼女は全うするのみだった。
刹那――
睨み据え、口元をニタリと粗暴に釣り上げた一夏に意識が向けられ――彼は、咆哮を上げて真耶へと斬りかかっていた。
「――っ」
実技では他生徒に劣る一夏とは思えぬ機動、技術、剣捌き。
正直に言えば、真耶から見た織斑一夏のIS操作能力に関しては、お世辞にも、総合センスは見劣りするレベルである。その問題としては、機体を操作出来ていないところが一番の要因といえる。機体性能に助けられているところが多く見られ、決して彼自身の操作能力が上回っているわけではない。
機体性能を十分に熟知し、そこへ己のIS操作能力が加われば実力は如何なく発揮されよう。
士郎を例に挙げれば、彼はIS操作期間が他者と比べて圧倒的に短いながらも、その短期間の合間に機体『アーチャー』の性能を十二分に活かしきっている。そこへ、少しずつであり確実に能力を積み重ね向上させたIS操作能力がプラスされた今の士郎は、総合的能力から見れば一夏を大きく上回っていた。
士郎であれば、能力の変化に納得もできる。だが、一夏の場合は違っていた。一夏の現状はいまだ荒削りであり、機体性能に頼るきらいがまだ眼についていた。とはいえ、この先、伸びる見込みが全くないわけではない。
言い換えれば、あくまでも未知数であるのは確かである。それが、真耶にとっての『織斑一夏』への見解であった。
しかし、今、この時ばかりはその認識を改めざるをえなかった。
「なんて力っ――」
振り抜かれた雪片弐型を銃身で防ぎ、瞬時に身を捻り受けた衝撃を逃がし彼女。
機体性能は第三世代型に劣る訓練機リヴァイヴであるが、操縦者の技量によっては次世代機を相手にしても引けはとらない。無論、真耶とて対峙する生徒に技術面で遅れるはずはない。
しかし――
代表候補生止まりとは言えど、己を圧倒しはじめる相手に真耶は内心で動揺していた。
反応しきれない剣筋、読みが遅れる機体速度。
とても、一朝一夕で変わるレベルではない。こんな彼を士郎は相手にしてやり過ごしていたのかと思わされるほどに、能力の劇的変化に圧倒される。
鈍い音を奏で斬撃を防ぐのだが、立場を入れ替えるように巧みに力の逃げ方を混ぜる『白式』に側面を取られ――
「くはっ!」
「――っ!?」
奇声を上げる一夏に腹を蹴り上げられ、息を詰まらせる真耶めがけ――起動する零落白夜を振り下ろす『白式』ではあったのだが、そうはさせまいと横合いから割り込むシャルロットの『高速切替』が邪魔をする。
「――っ、山田先生、離れてください!」
「デュノアさん、ごめんなさいっ」
体勢を立て直した真耶もまた銃火器による攻撃で脚止めを狙うのだが、『白式』は意に介さない。
「――効いてない!?」
驚きに呟くとともに、被弾しながらも『白式』は二機目掛け襲い掛かっていた。
肩を怒らせていた束ではあったが、徐々にではあるが冷静さを取り戻していた。
自身の解せないことが立て続けに存在するのは納得できていない。
だが――
白衣を着た女が何者かなど、今はどうでもいいことだった。そんなものは後でいくらでも考えればいいことである。
束は優先すべき物事を改め、モニターへ視線を向けていた。
写される映像は、遮断シールド、ならびに隔壁を破壊しこじ開けようと、未だ無駄な行為を繰り返している三人の代表候補生。
「鬱陶しいねぇ。
口の端を吊り上げ笑みを浮かべるが、その表情は悪意に満ちる。
束個人にとって、イギリス、中国、フランス、ドイツの代表候補生など眼中には無い。だが、それが一夏の周囲をちょろちょろと動き回ることに関してだけは例外であった。
好意を持って接しているというその態度が容易に知り得ていたが、彼女はいたく気に入らず、酷く不快であり目障りでもあった。
どこの馬の骨ともわからぬ輩に、いらぬちょっかいを出されるというのは面白くない。
束が士郎に対して男性操縦者たるその存在を疎ましく思うように、一夏にまとわりつく四人の代表候補生に対しても忌まわしく感じていた。
「…………」
ここで彼女は厄介な構図を思い描いていた。
例え話をしよう。
とある代表候補生が、貴重であるとされる男性操縦者と模擬戦を行っていた際に、たまたま、偶然にも不幸な事故が起きたとしたら?
意図的に怪我をさせるような行為に及んでいたとしたら?
その結果、不幸が重なり、男性操縦者が命を落すようなことになったならば?
他国の干渉を一切受け付けないIS学園とはいえ、男性操縦者を殺めた代表候補生を送り出した各国はどのような責任を取ることになるだろうか?
「そうだねぇ。箒ちゃんのためにも、邪魔な連中をまとめて片付けるのもいいかもしれないねぇ」
『白式』に手を下させるよりも、ある意味面白そうだとほくそ笑み――
くつくつと声を漏らし束の指先はキーボードへと伸びていた。
「動かないで、エミヤん……今、デュッチーたちがおりむーを取り押さえてくれてるから、もう大丈夫だよ」
「…………」
かけられた声を聴くともなしに耳にしていた士郎ではあったが、ゆっくりと視線は本音へと向けられていた。
「……布仏、大丈夫か? 何処か痛いところはないか?」
「……ううん、大丈夫。エミヤんが護ってくれたから、わたしは大丈夫だよ……それよりも、エミヤんの方が心配だよ」
言って、本音は制服を脱ぐと士郎のわき腹に当てていた。傷口の止血をするために大した役には立たないかもしれないが、押さえていないよりはマシであると彼女なりに考えていた結果である。
「布仏、汚れるからやめろ」
「…………」
こんな状況だというのに見当違いな士郎の指摘に――だが、本音は聴き入れなかった。
白かった制服は、士郎の血を吸い紅く染まる。本音の指先も汚れはするが、彼女はそんなことは構いはしなかった。
「ゴメンね、エミヤん……わたしのせいで、痛かったでしょ……?」
「なんでさ? 気にするなよ……お前が怪我してなければそれでいいんだ。だから、気にしないでくれ」
そう応える士郎ではあるが、傷口からの痛みに顔をしかめていた。
触れた彼の身体は極度の激しい熱を帯びている。早く治療をしないとと慌てる本音ではあるが、どうすることもできなかった。
「…………」
簪も心配そうに伺っていたが、ふと、意識は別の方へと向けられていた。
万一に備えて、士郎と本音を護れるように機体を立たせていた彼女の表情が――僅かに曇る。
(なに……?)
『白式』を取り押さえる真耶とシャルロット、二機のリヴァイブではあるが、何処か違和感を彼女は覚えていた。
真耶が雪片弐型と雪羅を掴み留めているところを、無理やり一夏を『白式』から引き剥がそうとするシャルロットであったが――
「――リヴァイヴが」
驚きに近いシャルロットの台詞を遮り、フランス代表候補生の機体、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は拘束していた『白式』から手を離すとぐるりと向き直る。
操縦者の操作を無視した自立機動。
制御下を離れ、意志を持つかのように腕に生み出されたアサルトカノン「ガルム」と重機関銃「デザート・フォックス」。
一切の操作を全く受け付けない機体。これに慌てぬ彼女のはずが無い。
士郎を助けるために現れたというのに、これでは『白式』と同様に危害を加えようとしている状況だった。
強制停止、ならびに強制解除を何度もコールするが、やはり操作の類は何ひとつ認識はされなかった。
「デュノアさんっ!?」
真耶もまた、シャルロットの突然の行動に反応できずにいた。自身は『白式』の両腕を塞いでいるため動くことができない。
「士郎っ――離れてっ!」
叫ぶことしかできずに――突如として、シャルロットの駆る機体の銃口が狙い定める先は士郎へと向けられていた。
刹那に、銃撃が開始される。
「――っ」
咄嗟に本音を掴み、射撃をかわすために横合いに飛び退き地面を転がる彼ではあるが、身体はガタが来ており無理がたたる。起き上がることができず、極度の眩暈と吐き気に襲われ、口蓋から胃液しか出なかった。
動かない士郎に対し、必死に抗うシャルロットではあるが、無情にも引き金は絞られ――その射線軸上に機体を滑り込ませていたのは簪だった。
「衛宮くん!」
『打鉄弐式』を盾にシャルロットの銃撃を凌ぐが、如何せん万全ではない。動くことができなくなった簪目掛けて橙の機体は襲いかかる。
銃弾を浴びせ、悲鳴を上げる簪に近接ブレード「ブレッド・スライサー」で斬りつけていく。
「簪ッッ――っ!?」
助けに入ろうと動く士郎ではあったが――
意思とは裏腹に、ざわりと本能が警鐘を奏でる先へと向けて、行動を起こさせていた。
視界の片隅、観客席から蒼い光が閃いたことに、その場に居た者の中で一番早く気がついていたのは本音だった。
だが、認識できた時には既に眼前に迫り来る蒼光。時間が止まったかのようにどうすることもできず、思わず恐怖に眼を瞑ってしまっていた彼女ではあるが――
ふわりと、その身を抱かれていることを本音は理解させられていた。
「
ぼそりと呟かれた士郎の言葉が耳に聴こえる。
「
瞬間――
轟音とともに激しい熱風をその身に浴びる。だが、いつまで経っても己の身に衝撃は何も起こりはしなかった。不思議に思い、恐る恐ると閉じた瞼を開いてみれば、彼女は驚きに眼を見開いていた。
閃光を食い止めているのは花弁だった。士郎の左腕に優しく抱かれた本音が見たものは、もう片方の腕――突き出されたIS『アーチャー』の右腕を中心に護るように広がるのは、さながら四枚の盾であろう。
IS『アーチャー』に備わっている武装は二種類のみしかない。双剣と黒弓。本音もメンテナンスに携わっているため熟知している。
――はずだった。
「…………」
追加武装の類であったとしても、こんな防御装備を有しているなどとは聴いていないし、なによりも本音にとって、士郎が個人的に武装のインストールをすることができるとは思えなかった。
では、これは一体なんなのか?
不可思議の光に遮られている状況――
理解できることも、答えられることも無い。無論、本音がこの
トロイア戦争における、大英雄の投擲を唯一防いだと伝えられるアイアスの盾――
花弁の一枚一枚は古の城壁に匹敵するとされ、あらゆる投擲武具、担い手により放たれる凶弾に対して無敵とされる結界宝具である。
眼の前で起きている光景が本音には理解できなかった。
それでも否応なしにわかったことは二点。紅い花弁が盾のように護ってくれているということ。それと、それを行っているのが士郎であるということを。
「エミヤん……?」
力なく呟いた本音に応じるわけでもなく、士郎の視線は観客席へと向けられていた。
傷ついた身体に鞭打ち、振り払った右腕に従い、眼前に瞬間投影展開されたのは――『
完全に機体だけでは対処ができないと苦渋の判断による魔術行使――
刹那の間における魔術工程。
近代兵器を相手に対抗できるかどうかなどはわからない。だが、やらねばならなかった。
イメージするのは最強の盾。
しかし、イメージしている時間もなければ、イメージするのに時間も不要である。
血液という血液が沸騰するかのような錯覚。息を切らせながら、身体中を駆け巡る物理情報と魔術理論――
撃鉄を起こすように、二十七の全魔術回路に魔力を注ぎ込み起動させる。
神経そのものが魔術回路になっている士郎にとって、生命力を魔力に変換する肉体自体が苦痛により悲鳴を上げる。しかし、それらももはや些細なことでしかない。
到達する正にその刹那、魔術展開により大気が震える。
「……っ」
本音を護りながら、衝撃により四枚の花弁が撃ちこまれていたレーザーを防ぎきりはしたのだが、吐き気を催し、意識が途切れかけたことに魔術工程により造られた盾は消える。
士郎の視線が向けられた先は、蒼い閃光が放たれた方向へ。
そこには、今し方砲撃し、特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢの銃口を向けているセシリアの姿を捉えていた。
隔壁が開かれ、一部の遮断シールドが途切れた箇所からステージ内へとなだれ込んでくるのは三機。
大型青龍刀を連結させた双天牙月を手にする鈴の『甲龍』――
ワイヤーブレードとプラズマ手刀を展開するラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』――
レーザーライフルを構え、BIT兵器さえも起動するセシリアの『ブルー・ティアーズ』――
三人とも、その表情は苦痛に歪んでいた。
「逃げろ、衛宮っ!」
悲痛に叫ぶラウラの言葉の意味を理解し、士郎の双眸は驚きに見開かれる。
一直線に、こちらに加速してくるのは『シュヴァルツェア・レーゲン』と『甲龍』である。
視線は『白式』と『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』へと彷徨い確信する。
「――っ、オルコットたちもかっ!?」
束による機体操作によって、自立機動させられていることになど思いもしない。先の狙撃においても、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を簪へ斬りつけさせたことよって、士郎たちを護る存在がいなくなったところを『ブルー・ティアーズ』に襲わせていただけでしかない。
幾度もの死線を掻い潜り、こと『死の気配』に関しては敏感に反応する士郎という人間を知らず、侮っていた束にとってみれば、絶好のタイミングでの奇襲が失敗するなど思いもよらないことであろうが。
僅かに呻き、士郎は瞬時に判断を下していた。
「本音、俺から離れてくれ」
「で、でも……」
「頼むから言うことを聴いてくれっ! いいなっ!」
本音の返答を聴かず、士郎は向ってくる二機を迎え撃つように『アーチャー』を起動させていた。
動こうとしない本音の変わりに、己が距離をとり被害を与えないようにしなければならない。ならびに――
機体を疾らせながらも、彼は両の手に呼び出していた双剣をそれぞれ目的とする場所へと投げつけていた。
投擲された白剣は、簪へ襲いかかっている『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』へ。黒剣は真耶の拘束を力任せに振りほどき、雪羅による零落白夜のエネルギー爪を今まさに振り下ろそうとしていた『白式』へと。
しかし、二機とも迫る凶刃を容易く弾くのだが、士郎の目論見は成功している。
双剣による介入に隙を見逃さないふたり――
簪は対複合装甲用の超振動薙刀、近接武装の「夢現」で『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を斬り払い、真耶は至近距離から銃火器による射撃を『白式』に浴びせていた。
双方の状況を見たわけでもなく、士郎にとっては決して余裕があるわけでもない。ただたんに、真耶と簪ならば、何とかなるだろうという確証があるからでしかなかった。
結果的に、士郎が望むような好転へと事態は動くことになりはする。
「…………」
そこで既に彼の意識から簪と真耶のことは頭の中から切り捨てられていた。再度手中に生み出される双剣を駆使し――
左側面から踏み込む『甲龍』の双天牙月を斬り弾き、右後方から襲いかかる『シュヴァルツェア・レーゲン』のワイヤーブレードを黒剣で絡め受け流していた。
とは言えど、どんなに攻防に徹しようとも傷ついた身体では多勢に無勢である。いくらISの操縦に手馴れた士郎だとしても、機体基本能力は三機の方が上である。自立起動する故に搭乗者による感情制御が一切なく、振られる剣戟、射撃は正に『必殺』。
なおかつ、士郎にとっては本気であっても完全な本気になれない要因がある。それは、搭乗者の彼女たちを傷つけないようにとする配慮が攻撃において手心を加える邪魔をしていた。
こんな状況であるにもかかわらず、優先すべきは他人と考える士郎の思考はこの場においては大きな足枷となっていることに本人は気づいていない。
さらには――
『甲龍』と『シュヴァルツェア・レーゲン』の近接武装による脚止め、そこへ死角から『ブルー・ティアーズ』による砲撃。
二機の斬撃をやり過ごしては射撃線軸上へ誘導され、射撃を警戒すれば逆に斬撃に攻め立てられる。三機の連携に士郎は確実に追い込まれていく。
と――
すいと掲げられる『シュヴァルツェア・レーゲン』の右腕。
その意味を理解した士郎は息を呑む。
「――っ!?」
「停止結界だっ! 衛宮っ――レーゲンに起動させるなっ!」
制御できずに、叫ぶことしかできぬラウラに士郎もまたいわれるまでもなく行動に移っていた。こんなところで慣性停止結界に捕まりでもすれば、それこそ格好の的でしかない。
振り上げた黒剣、白剣の斬撃に『シュヴァルツェア・レーゲン』の右腕が発動を中断させられる。
だが――
黒の機体を相手にしていた士郎の身体に衝撃が走り抜いていた。
血の流れるわき腹を狙った『甲龍』の蹴りを受け、重い一撃に士郎の口蓋から苦悶の悲鳴が漏れる。骨が砕けるような鈍い音と嫌な感触を身に受けながらも、その場から離れるために機体を動かそうとするが、『甲龍』の挙動は迅速だった。
そのまま――
拡散衝撃砲「崩山」を至近距離からまともに喰らった『アーチャー』は吹き飛ばされることとなる。
「うっ……ぐっ」
炎を纏った弾丸は、龍咆による通常時の「不可視の弾丸」とは大きく違い、威力も増している。直撃した箇所からの熱、ならびに動き続けたことに傷口は更に開き出血も続いていた。
意識が朦朧とする中、本能的に動いていた両腕が、ラウラのレールカノン「ブリッツ」から放たれていた弾丸を切り払っていた。
「ダメっ――停まって、ティアーズっ! お願いっ! これ以上彼を傷つけないでっ!」
意に反した機体の行動。
己は士郎を傷つけるつもりなど毛頭ない。挙句は、自身の手で彼を殺しかねない行為を繰り返している。
セシリアの叫びに――やはり彼女の機体が応じることはなかった。ならびに、ウインドウに表示される在り得ない数値、BT兵器の稼働率は200パーセントを超えている。
四基のBIT、ブルー・ティアーズから撃ち放たれる閃光は、唐突に、横合いから弧を描き曲がりくねり士郎へと襲いかかるが――
「ッ、
気力を振り絞り、再び展開された『
だが、二度目の投影魔術は、先のアイアスとは比べるべくもなく精密な工程に欠け、脆く杜撰な造りである。展開されたのも三枚の花弁ではあったが、防ぎ止めることはできなかった。例えるならば、役に立たない飴細工レベル。
結果的に、それらは簡単に撃ち抜かれ、右肩と左脚の装甲に被弾することとなる。
「くそっ……」
破片を撒き散らし、狙撃によって完全に右腕部、左脚部の反応が途絶えた機体に士郎は歯噛みする。
今のセシリア自身の技術では、ビット展開と同時に他の武器との連携はできないはずである。操縦者たるセシリアがビットの制御に集中しなければならないためだ。だが、その矛盾を『ブルー・ティアーズ』は事も無げに克服していた。
主力武装である特殊レーザーライフルで狙撃し、軌道を歪て横合いから襲いかかるBT兵器の連携制御。当然であるが、それらはセシリアの制御下で行われてはいない。全てが彼女の機体『ブルー・ティアーズ』が独立起動して襲いかかっている。
「ふっざけんじゃないわよっ、甲龍っ! あたしの言うこと聴きなさいよっ!」
焦りを浮かばせながら懸命に機体を操作する鈴ではあるが、意に反したまま、『甲龍』は士郎目掛けて双天牙月を振り上げ斬りかかっていた。
凶刃を切り払うが、バランスを崩した士郎めがけて三機はそれぞれ得意とする狙撃武装による狙いを定めていた。
ロックオンの警告音に息を漏らし呻く彼ではあるが、瞬間、IS『アーチャー』を包み込むように幾何学紋様の魔方陣が展開される。
撃ち込まれるレーザー、衝撃砲、レールカノンではあるが、それらはことごとくキャスターが展開した魔術障壁によって打ち消され、届くことはない。
逆に錫杖を腕で旋回させ、放たれる魔力弾が三機を狙うが、瞬時に散開しやり過ごしていた。入れ違うかのように、地表には歪なクレーターが生まれていく。
「カラクリ人形のクセに、避けることに関しては達者じゃない」
ふわりと降り立つキャスターの声音は静かであり、だが毅然を含んでいた。
今し方放った魔力弾は手加減などしていない。ステージ内に作られたクレーターがその威力を物語っている。
キャスターの視線が向けられる先は二箇所。『白式』を食い止める真耶と、『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』を相手に奮闘する簪へ。とはいえ、彼女から見ても両者が劣勢であるのは感じ取れていた。
真耶とシャルロットに対処を任せ、しばらく様子をうかがっていたキャスターではあったが――
突如として士郎に襲いかかるシャルロット、ならびにステージ内に現れ危害を加えてくる三機という予想外の状況に、さすがの彼女も介入せざるを得なかった。
フォローに回るべきではあるが、その前に処理しなければならない問題がある。こちらを狙うように構える三機に対してである。
「坊や、下がっていなさい。後はわたしがやるわ」
「待ってくれ……キャスター、お前、あいつらに何をする気だ?」
「おかしなことを訊くわね。邪魔な連中は排除する、それだけよ」
「……っ」
言葉に含まれる冷酷さを感じ取った彼は咄嗟に彼女の肩を掴み留めていた。
「待ってくれ……それは、殺すってことじゃないよな?」
「…………」
だが、キャスターは肯定も否定もしなかった。一瞬だけ、士郎へ鬱陶しそうに一瞥を向けたがそれだけである。
その『応え』に対して、瞬時に意味を理解した士郎は声を荒げていた。
「ダメだっ! キャスター、頼むからやめてくれっ!」
息を漏らし――説明するのも一々面倒だと思いながらもキャスターは手中に握る錫杖に魔力を込める。周囲一帯に浮かび上がる幾何学紋様。
「坊や、わたしはあなたを護るためにここにいるの。最優先すべきはあなたの身の安全なのよ。そのために、障害となる輩は排除しなければならないの。当然でしょう? 割り切りなさい」
「……納得しろって言うのかよっ!」
「そうよ。どういう理由かはわからないけれど、坊やに牙を剥くのならば、こちらとしても相応に対処するだけよ」
「やめてくれ! そんなことは俺は望んでいないっ! 頼むから待ってくれ! それに、これは――あいつらの意思でもなんでもないんだよっ! 機体が一夏の『白式』と同じようにおかしくなっているんだ! 機体を止めさせえすれば――」
甘っちょろい台詞に彼女は辟易していた。ぶんと振られた錫杖により、眼前に展開する障壁が『ブルー・ティアーズ』の砲撃を掻き消していく。ついで、牽制も兼ねた魔力弾を撃ち払う。
「本当にそう思っているの?」
「……どういう意味だよ」
「これが坊やの言う機体の暴走ではなく、本人たちの明確な意思だとしたらどうかしら?」
「……そんなことは……」
絶対に無いとは言い切れなかった。
何かしらの件で憎まれているとしたら?
それほどまでに、殺したいほど憎まれるとしたならば?
確かに、士郎の言うようにセシリアたちの表情から困惑の色がはっきりと窺い知れる。鈴に至っては口汚く罵声を漏らしながらも懸命に機体を操作している。
しかし――
キャスターはこの場にいる誰よりも一際冷静であり、冷酷である。
「相手の意思だとか、機体がどうかなど関係ないのよ。事実、襲いかかってくる連中は軒並み始末すればいいだけよ」
「ふざけんなっ! そんなの納得できるわけがないだろうっ!」
「じゃあ、どうするつもり?」
「令呪を使ってでも、お前を停めさせる」
「…………」
目先の問題を取り違えている相手に、キャスターは本格的に頭が痛かった。
あくまでも自分より他者を優先する愚かな人間――
言うがままに、このままでは本当にくだらないことで令呪を使われかねないだろう。
「なにか……なんとかする方法はあるはずなんだ」
「坊や、もうそんなことを言ってる場合じゃないのよ。殺さなければ、殺されるのよ」
「ダメだ!」
一喝する士郎は首を振っていた。懇願するようにキャスターを見据える。
「ダメなんだよ……そんなことは絶対にダメなんだ、キャスター……頼む、傷つけないでくれ」
「坊や」
が――
この少年の頑固、意固地は今にはじまった事ではない。
非情になれない甘さを持つ魔術見習いだということを再認識させられていた。
故に――
「傷つけるな、なんていうのは甘い注文よ。本当にどうにかしたいと願うのならば、相手には怪我のひとつやふたつぐらい覚悟してもらわないと」
「……っ」
言葉の意味を理解した士郎の表情が僅かに緩む。
相手はこちらに危害を加えようとしているのに、こちらは相手に危害を加えるなとは無理からぬことであろう。
(まったく……どうにもこの子といると調子が狂うわね……)
不殺を通せとは面倒だと胸中で呟きながらも、未熟なマスターの命に応えるように、キャスターは魔力を練り上げていた。