I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 自分たちの事、自分たちの居た所、此処に居た事――

 そして、魔術の事――

 話せるものは全て話し、説明できるものは全て説明した。

 当然、千冬と真耶の反応は眉を寄せた表情になる。それもそのはずだろう。『僕たちは別の世界から来ました。気が付いたら此処に居たんです』等と、頭の悪い絵空事のような与太話をされて、即座に信じる方がどうかしている。

 だが、彼女たちは話の腰を折る事もなく、黙って聴いていた。正直なところ、呆れていたのかもしれないが。

「シロウ、投影を。こうなってしまっては、話をするよりも実際に見てもらった方が早い」

「……そうだな」

 セイバーの言葉に僅かながらに躊躇した士郎ではあったが、頷くと彼は何も持たない両手を千冬と真耶へ向けて見せていた。

 見ていてください、と前置きし、士郎は意識を集中させる。

「――投影、開始」

 イメージするのは、彼が愛用する夫婦剣――

 刹那に、変化は生まれ出でる。

「っ――」

「わぁっ――」

 千冬が息を呑み、真耶は眼を輝かせた。同じ驚きなれど、反応は全く別のもの。眼の前で形成される剣を見てのものだ。

 士郎の空の掌に生まれる白と黒の双剣。その一対の剣をそれぞれ千冬と真耶へ手渡していた。

 手馴れたように受け取る千冬と、危なっかしく受け取る真耶。

 彼女たちの手に感じるずっしりとした重み。これが手品でない事が簡易にわかる。

「セイバー」

 士郎の言葉に頷き、セイバーが立ち上がる。

「チフユ、マヤ……見ていてください」

 言って、少女の姿が瞬時に変わる。甲冑を纏った姿――それはさながら中世の騎士のようだ。

 思わず立ち上がっていた真耶は、興味を惹かれた子供のように『わー、ひゃー』と言いながらぺたぺたと甲冑に手を触れさせていた。

「スゴイです……この手触り、本物ですよね」

「大道芸を見ている気分だ……」

 頬杖をつく千冬の呟きは的を得ている物言いだ。眼の前であれこれと信じがたい光景を見せられては口にしたくもなるだろう。

 今一度、千冬は確かに感じる質量に視線を落し口を開く。

「信じがたい事ではあるが、それが魔術とやらで、お前たちが別の世界から来た……というのか? 確かに、そう簡単に認められるものではないなコレは……口にする本人さえ信じられないからと言うのは尚更か」

「…………」

 手にしていた鉈を思わせる白い剣を士郎へ返すと、身を正した千冬は訊ねていた。

「それで、わけもわからず、知らずのうちに此処へ来ていた……というわけだな」

「はい」

「信じてもらえると思うか?」

「思いません」

 ニヤリと笑う千冬に、士郎も笑みを浮かべるしかない。

 座り直し、手にした黒い剣を指先でちょんちょんと触れている真耶を横目で見ながら――千冬は続けて言う。

「……お前たちの言い分はわかった。だがな、此方としては、素直にハイそうですかとは如何のだ」

 ぴくりと、セイバーが反応する。場合によっては斬りかかることもやむ無しと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。それを諌めるように声をかける士郎。

 千冬もまた気配で気づいているのだろう。落ち着けと手で制していた。

「そう警戒するな、と言うのは此方の勝手だが……お前たちの話を此方は完全に信用する事は出来ない。ましてや、別の世界から来ました、などともなれば尚更な」

「……そりゃそうですよね」

「…………」

 参ったなぁと頭を掻く士郎に千冬の視線が向けられる。

 果たして彼は気づいていただろうか……彼女の双眸から警戒の色が消えている事に。

「……ちなみに、ひとつ訊くが……お前たち、此処を出た後は何処か宛てはあったのか?」

「いや、此処が何処だかわからない以上は……」

 恥ずかしい話だが、行く宛てなど何も無いとしか士郎は答えられなかった。

 ふむ、と顎に手を触れていた千冬だが、横に座る真耶となにやら話しはじめていた。

 二言三言ほど言葉を交わし、やはりそうだなと漏らした千冬は士郎たちへ向き直っていた。

「……ならば、しばらくは此処に居ろ。知ってしまった以上、放り出す気もな……それに別の問題もある。お前たちが産業スパイやテロリストではないとも言い切れんしな」

「……それはつまり、逆に言えばテロリストかもしれない人間を受け入れるって事ですか?」

 おかしな事を言う人だ、と苦笑を浮かべ士郎は首を傾げていた。

 千冬もまたニヤと口元を吊り上げる。

「そうだな。ただのテロリストかもしれんし、ISを動かせるただの男性操縦者と言う可能性もあるかもしれんしな」

 そう言うと、彼女は静かに息を吐いていた。

「冗談は置いておくとしてだ。成り行きとは言え、お前がISを動かせるのは事実だ。わたし個人、興味深いものもある」

「…………」

「聖人君子を気取るつもりはない。包み隠さずハッキリと言わせてもらうが、こちらとしても下心は当然ある」

「…………」

「ISを動かせるという以上、お前のデータを得たいというのが此方の正直な本音ではある。どうだ? 学生として、しばらく此処に通ってみては」

『…………』

 士郎とセイバーは互いに顔を見合わせるのみ。

 無理強いはしないと口にした千冬は続けていた。

「当然、お前たちの意志は尊重する。此処を出て行くのならば引き止めはせん。その場合でも、少なからず何かしらの便宜はするつもりだ」

 頷き真耶もまた口を開いていた。

「お話を聴く限り、おふたりとも宛てが無いんですよね? わたしとしては、このまま放っておくというのには些か心苦しいものがあります。おふたりが良ければ、此処に居た方がいいんじゃないかと思いますし……それに、戻る方法は、それからゆっくりと考えてもいいんじゃないかなと思うんです」

 千冬と真耶の言葉に士郎は顎に手を当て考えていた。

「…………」

「シロウ、どうしますか? わたしは、あなたの指示に従います」

「………そうだな」

 セイバーの言葉に対し、今一度士郎は考察していた。

 元の世界に戻るとしても、魔術的要因の類が関係していれば自分だけではどうする事もできない。

 いなくなった自分たちに気づいてくれた遠坂凛と間桐桜、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの三人が何とかしてくれるかもしれないが、それはあくまでも向こう側のアクションであって、此方からはどうする事も出来ない。

 なによりも、その間の衣食住は是が非でもなんとかしなくてはならない。

 正直に言えば、千冬と真耶、ふたりの申し出は非常にありがたかった。だが、それと同時に、ありがたい申し出でだと感じながらも、やはり士郎は受け入れる事が出来ないものがあった。 

「……正直に言って、その申し出は非常に嬉しいです」

「なら――」

 声音を弾ませる真耶ではあったが、それを士郎は遮っていた。

「ですが、俺は……俺たちは、あなた方に御礼をする事も、払えるお金も持ち合わせていないんです。だから……」

 あなた方に迷惑をかけるわけにはいきません、と言葉を吐いていた。

 刹那――

 こつんと士郎の頭を小突いていたのは真耶であった。驚いて視線を向けてみれば、彼女は頬を膨らませている。ぷんぷんと擬音さえ聴こえて来るかのように怒る姿のまま。

「なにを言ってるんですか! 子供がそんな事を気にしちゃいけません!」

「え? あ、え……? いや、でも……」

 この人でも怒る事は怒るんだなと思いながらも――見ず知らずの男女を受け入れる事がおかしいですよと告げる士郎に千冬は『ほう』と声を漏らす。

「では訊くが、お前たちは、どうにかしてやっていけるのか? 雨風を凌ぐには住む場所が大事だな。腹が減れば食べる物はどうするつもりだ? 四六時中一張羅で過ごすのか? 着る物も当たり前のように必要となるが?」

「…………」

 言葉も無い。

「殊勝な心がけではあるがな。お前の言い分も尤もだ。否定はせんさ。だがな、何も此方が全てを賄うとは言っていないぞ? 此方がお前を利用し、お前は此方を利用するだけだ」

「利害の一致……て事ですか」

「言い方は悪く聞こえるかもしれませんけれど、放っておけないのは事実です。あっ! 別にあなたを何処かに売り飛ばすとか引き渡すとかはないですよ!? あなたに危害を加える事もありませんし、させません! 此処は何処にも属しませんし何処からも干渉されませんから、身の安全は保障しますよ!」

 此方の言い方に何かしらの不安を抱いているのだろうと錯覚した真耶はぶんぶんと拳を振って『安心してください』と力説する。

 話の方向性がずれた女性ではあるが、此方を安心させようとしているのだろう。士郎にとっては好感が持てていた。

 それ故に、彼は訊ねていた。

「あの、どうしてここまで親切にしてくれるんですか? 極端に言えば見知らぬ無関係の人間ですよ? それこそ、もしかしたらテロリストかもしれないんですよ、俺たち」

 それに対し――

 千冬は『そんな事か』と一言吐く。

「これでも人を見る眼はあるつもりだがな。お前、嘘をつくのは得意な方ではないだろう? 話をしている時のお前の眼だがな、泳ぎもせず、真っ直ぐに此方を見入っていた。あれは嘘を付いている人間の眼ではないぞ? 作り話にしては穴があるのは確かだがな……私個人としては信用はしているつもりだ。それに――」

 と、手を振りながら――

「彼女――山田先生ほどではないが、本当に困った眼をした奴を放っておけない、教師の馬鹿で愚かな気まぐれな人間が此処に偶々ふたり居た……ただ、それだけだ」

「……御人好しなんですね」

「その御人好しに見える人間を信用も信頼も出来んとは思う……これ以上は何も言わん。決めるのはお前だ。好きにしろ」

「そうですね……」

 その言葉に――俯いていた顔を上げる。

 覚悟を決め、士郎は提案を受け入れる事にした。胸中では凛たちにも迷惑をかける事に詫びながら。

「わかりました。御迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 士郎の言葉に真耶はホッと安堵し、千冬は頷いていた。

「よし……早速だが、お前たちに説明しておく事がある」

 千冬はふたりに対し、逆にこの世界の事を話し始めていた。

 ISの事、この世界の事、此処がどういう場所か、女尊男卑の事、男性でISを動かせる事がこの世界でどれ程の意味を持つのかを詳しく説明する。

「先も述べたが、お前を二人目の男性適正者として学園に迎え入れる」

「はい」

「……そう畏まるな。難しすぎる事ではないが、此方から勧めた話とは言え、内密に出来るものではない。なにせ世界へ伝わる事柄だ。この世界において、お前への風当たりは、お前が考えているもの以上に違うものになる。奇異の眼で見られるが……もっとも、元の世界に戻れるまでの間だけだがな、我慢しろ」

「構いません。今の俺たちには他に方法が無い。例えその方法が、何かしら元の世界に戻る方法に結びつく事にでもなってくれさえすれば、此方としても助かりますし」

 その言葉に千冬は頷く。

「最低限は此方で尽力する。下手な手出しはさせんと約束する。その他の用意は此方でしておく。二、三確かめたい事があるのでそれを済ませてから今日は休め。部屋も此方で手配しておく」

「良かったです。これで万事解決ですね」

 ぱんと手を合わせ、ニコリと微笑む真耶を見て、士郎は指摘したい事は告げておこうと口を開いていた。

「えっと、真耶さん……俺が言うのもなんですけれど、人を疑う事も必要だと思いますよ?」

「大丈夫です。衛宮くんも、セイバーさんも、悪い人じゃありませんから」

「……どうして、そう思うんですか? そう振舞ってるだけかもしれませんよ?」

 つい意地悪い言い方で士郎は応えてしまっていた。彼も今の返答はなかったなと反省する。だが、当の真耶は格別気にした様子も見せずに『そうですね。強いて言えば』と前置きし――

「なんとなくです。それに、本当に悪い人はそんな事を口にしません。やっぱり衛宮くんはいい子ですね」

 悪い子じゃありませんよ、と付け足し、えへんと何故か胸を張る真耶に対し――セイバーは呆れ、千冬も観念したように視線を逸らす。

(根拠の無いその自信は、一体何処から来るんだ? この人は……)

 士郎もやはり苦笑を浮かべる事しかできなかった。

「ですがシロウ、良かったですね」

「ああ、とりあえずは、な」

 横からかけられたセイバーの言葉にこくりと頷き――

「ええ。これでご飯が食べれますね」

「…………」

 ものの見事にぶち壊しだ。

 笑顔のまま――士郎はさっと顔を逸らしていた。そんな態度の相手にセイバーは不思議そうな表情を浮かべていた。

「どうかしましたか、シロウ」

「あー、うん。自分に素直なのはセイバーのいいところだよな。うん。わかってるよ。わかってるさ。うん」

「シロウ、どうして此方を見ないのですか?」

「うん、ごめん。ええとな、少し放っておいてくれないかな……」

 でないと俺、別の意味で哀しくて泣きそうだから――

 ぼそりと呟く事だけが、今の彼にとっては精一杯だった。


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