I.S.F インフィニット・ストラトス×Fate   作:ボイス

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 国際IS委員会からの紙面による回答文章。そこには、千冬が提示した条件を全て呑む旨が記載されていた。

 だが、千冬はこの回答に疑問を待たざるをえなかった。

「…………」

 紙面を握る指に思わず力がこもる。

 あまりにも対応が早すぎる。亡国機業に対しての各国の迅速な反応、といえば理解できる。

 だが、彼女の勘が、それでも異様だと訴えていた。

 世界がそれほどまでに危機感を覚えている、とも考えてはみるが、答えはノー。

 日々、ひとつでも多くのコアをどこよりも抱えもちたいと躍起になっている連中だ。世界の安定など二の次、三の次であろう。

 ならば何かと考えれば、思いつくのは「情報」が欲しいからだろう。

 ならびに、査問委員会として正式な場で、男性操縦者のひとりであるランサーと接触できる機会。

 連中は、それを見越して事を早めたのだろう。IS学園における予測外時に指揮を執れる管理者、織斑千冬に、好からぬ動きをされまいとして。

 面倒くさい連中だと、千冬は正直に心の中で呟いていた。

 それに加えて、こちらが提示した条件全てを呑んでいる点に対しても、千冬は眉をしかめていた。

 各国要人極秘裏に進められる会合。唐突であるため、各国要人が来日するわけにも行かず、すべては中継によるライブ映像での査問委員会となるのだが。

 今一度、彼女は疑問を脳裏に浮かべていた。

 しかし――それにしても早急すぎる。

(それほどまでにして、情報を得たいということか……)

 考えたくは無いが、裏で何かがあるのかとも推測する。きな臭い根回しに、半ば苛らつきを覚えもするが、どこの国家にも属さないIS学園とは言え、全てを遮断できるわけでもない。

 だが、それでも千冬は、士郎とセイバー、ランサーの三人の身は護ろうと考える。

 そのために、自分自身に如何なる処罰が下されようとも、身柄を引き渡せと告げられようとも、そんなものは知ったことかと啖呵を切る覚悟さえある。

 セイバーとランサーのふたりには、形だけのつもりで査問委員会への召喚状の承認許可を得るために話はしたが、以外にもふたりはすんなりと了承していた。

「早いに越したことはないんだろ?」

「それは、そうだが……重ねて、都合が悪いと返答しても構わないのだぞ? 向こうがなんと言ってこようとも、別に出なくてもいいんだ。お前たちの意志を尊重する」

「別にいいっての。逆に言えば、何を訊かれるのかがわかんねぇがな。難しい話は好きじゃねえし」

 カカカと軽く笑うランサーに加え、セイバーも頷き答えていた。

「わたしも同意です。断る理由がありません。早めに対処できるのならばしてしまった方がいい。それに、チフユ、もし、わたしたちが応じなければ、あなたに、いや、この学園に何か迷惑がかかるのではないですか?」

「そんなことはない」

 何食わぬ顔で千冬は返答するのだが、容易に嘘だと見抜かれていた。

 嘘をつくのが下手ですね、と笑みを浮かべてセイバーは続ける。

「余計なことになるならば、なおさらです。わたしとランサー程度で済むなら安い話です。わたしたちに構わず、あなたやシャルロット、イチカに迷惑がかからないように事を進めてください」

「向こうが何を考えてようが関係ねえよ。こっちが不利にならなきゃどうでもいいしな」

 相槌を打つように話に乗るランサーに、セイバーもまた頷くだけ。

「その通りです」

「……すまない。だが、極力、お前たちに不利になるようなことはさせないと約束しよう」

 ふたりの寛容な応対に、千冬はただただ頭を下げることしかできなかった。

 

 

 キャスターに士郎の護衛を頼むと、セイバーは千冬と一緒に学園を後にしていた。

「わたしも連れて行きなさい」

 シャルロットに対するフランス政府、デュノア社の態度に怒りの溜飲は幾分か下がりはしたが、それでも完全ではなかった。

 出かける最後の最後まで、しつこかったキャスターに辟易しながらセイバーは言い聴かせていた。

「キャスター、さすがにあなたまで出向いてしまっては、シロウを護ることができなくなってしまう。あなたがシャルロットを心配するのもわかります。わたしも、出来ることなら代わってあげたいと思う。ですが、もし、此処を離れた際にシャルロットにも何かあってはそれこそ事だ。防御に長けたのはあなたしかいない。ですから、どうか皆を護ってほしい」

「それに、話がこじれて手に負えなくなったら、いよいよあんたの出番だ。とりあえず、大人しくしといてくれや」

 ランサーにさえ言いくるめられ、渋々と――本当に渋々と――キャスターは、学園に残ることを承諾していた。

 だが、もし本当に害を成す輩が乗り込んできた場合は容赦しないと言いのける相手に、ほどほどにしておけ、としか千冬は言えなかった。

「ええ。今は大人しくしているわよ。今はね」

「…………」

 どこか意味深な言葉を残して去っていく保健医はさておき……

 他にも国際IS委員会から説明要求の書類がまだ残ってはいるが、それらは心苦しいながらも、後は真耶に任せていた。

 そんな一連のやり取りを思い出しながら、千冬たちは委員会から手配されたリムジンに乗せられ移動している。

「…………」

 見るともなしに窓枠に頬杖をつき、見える景色を眺める千冬だったが、セイバーとランサーが横でなにやら会話を交わしていたことには気がつかなかった。

 リムジンは都市部に入り、駅前へとさしかかる

 と――

「停めてくれ」

 唐突に告げられたランサーの声音に、千冬の意識は戻されていた。

 ランサーの言葉に運転手も驚いたように急ブレーキをかけ――急停止したことに、慣性の法則が働き、千冬の身体が前のめりになる。

 路肩に寄せて停まらせた行為に千冬は理解することができなかった。突然この場に停車させる意味もない。なにより、出向く先となる日本IS委員会の指定場所まで程遠い。

 何のまねだと問い詰める間もなく、ランサーとセイバーは車から降りていた。

 ランサーひとりのくだらない悪ふざけかと思いきや、セイバーもまた何食わぬ顔で降りていた。更には、あろうことか、千冬が座る側のドアを開けて彼女も引き摺り下ろして、である。

「ランサー、なにをしている。勝手なことをするな」

 わけがわからないながらも、千冬はランサーに語気を強くして言いつけるのだが、当の本人は聴いてもいない。

 駅前に停められたリムジンは、否応なしに雑踏の注目を浴びることとなる。

 好奇の視線に晒されながらも、ランサーは構わずに運転手に二言三言ほど会話を交わし――

 怪訝そうな表情を浮かべながらも、運転手は程なくしてリムジンを発進させ、その場を後にする。

 何か言いかける千冬を制すと、セイバーは彼女の手を引き、たまたま眼に停まった駅前のデパートへと向かっていた。いつまでも物珍しい視線を浴びて居たくもない。ふたりの後ろにランサーも続く。

 わけがわからず手を引かれるままデパートに入る千冬ではあったが、その手を振りほどくことはできなかった。

 セイバーが腕を握る力が些かこもっていることに気づきながら――とりあえず声をかけることぐらいしか、彼女にすることはない。

「セイバー、どうしたんだ一体……こんなところで買い物なんてしている時間はないんだぞ?」

 欲しい物でもあったのかと邪推する千冬に対し、首を動かしセイバーは返答する。

「すみません、説明は後ほど。ランサー、どうですか?」

「……ああ、やっぱそうだわ。そりゃまぁ、完全に俺らだわな」

 セイバーの問いかけに、面倒くさそうにランサーは頷く。

 ふたりのやり取りの意味がわからず千冬はただ手を引かれるだけ。

 と――

 三人がそのまま向かう先は、数基据え付けられているエレベーター。

 自分たち以外の人が乗っていないそのうちの一基に滑り込み、適当に階を押す。

 扉が閉まり、ガラス張りに覆われたエレベーターがゆっくりと動き出し……そこでようやくセイバーは千冬の腕から手を離していた。

「チフユ、すみませんでした」

「いや……それよりもなんだ? 何か欲しい物があったなら、帰りにしてくれないと困るのだが……」

「いえ、少々問題がありまして」

「?」

 セイバーからランサーへと視線を動かす千冬だったが。

 飄々とした態度が消え、獣のような眼つきの相手につい息を呑んでいた。

 ふたりの雰囲気の変化に気づきながらも、問いかけるしかない。

「……教えてくれ。一体どうしたというんだ?」

「つけられている」

 ぼそりと呟くランサーに、瞬時に千冬も表情を改めていた。

「なに? いつから」

「学園を出たころから……四人ですね。伏兵は見当たらないようですが」

 そのところはどうでしょうか、とセイバーは確認を求めるようにランサーへ視線を向けていた。

「四人だな」

 斥候を得意とするランサーは人員の数を正確に把握している。

「学園の方に用があるのかと思ってたが、どうやらこっちのようだな。しかし、つけられるってのもおかしな話だ。俺らか? アンタか?」

 片眼を瞑り千冬を見るランサーだが、相手もこくりと頷いていた。

「……おそらく、可能性としては両方ではあるな」

「その口ぶりからすると、目処はついてるってとこか」

「…………」

 それには応えず、千冬は無言。

 返答の無い相手に深くは追求するつもりもハナから持ち合わせていなかったのか、まあいいさとランサーは軽く受け流していた。

「……すまん……」

 それだけ告げると――

 迂闊だった、と千冬は胸中で毒を吐く。

 ランサーとセイバーに対し、IS国際委員会のことしか考えていなかったのは間抜けな話である。

 常日頃から接触を求める国家、組織、機関は数多い。先日のナターシャが電話で口にしたように、情報漏洩を恐れ規制を張ったにもかかわらず筒抜けとなるところには既に漏れている。それが国内でも同じことが言えると何故思いつかなかったのか。

 普段の千冬であれば、こんな軽率なミスをおこしはしない。どうしてそんな大事なことに頭が回っていなかったのか。

 ブラフの情報を流してから行動を起こすのが筋であるが、何の策も講じず下手に移動したことが頭の痛いところだ。

 眼下へ視線を向けようとするが、やめろ、とその肩をランサーに掴まれていた。

「下手な動きは見せるな。どっから見られてるかもわからねぇし、なにをされるかもわからねぇ。相手に勘ぐられても面倒くせぇ。そのままにしとけ」

「…………」

 だから先から何も言わずにとりあえず落ち着けるところまで向かったという話かと納得する。

 下手に騒いで周囲の民間人を巻き込ませないためかと意図を酌みこみながら。

 ランサーに言われるまま、素直に従う千冬であはるが、いつまで触っていると一言漏らし、肩に置かれていた手を払いのけていた。

「ああ、わりぃ」

 口にはするが、悪びれる様子も一切見せず彼。

 視線を向けるセイバーが訊ね言う。

「どうします?」

「叩き潰すか」

 便乗し、好戦的な意見を述べるランサー。セイバーも排除することに関しては概ね同意だった。

 だが、否定を口にしたのは千冬だった。

「いや、余計な問題を起こしても困る。今は、委員会に出向くことを優先したい。この問題はなんとか後にしたいのだが……」

 口にはするが、それが簡単に済む話でないのもわかっている。現に車から降りてしまった以上は、ここからの交通手段は限られてしまう。

 せめて車内で教えてもらえればと思いはしたが、こうまでして動いたことには何か策があるのだろうとも捉えていた。

 その考えに応えるように――

「なら、二手に分かれるか。どっかで落ち合うとするしかねぇな……駅か」

 ランサーの指が操作パネルに伸ばされていた。

 音が鳴り、表示される階は七階。目当ての階に停まったエレベーターの扉が開かれる。

 乗り込む人間も誰も見当たらない。幸いとして、セイバーと千冬を降ろすと開閉ボタンを弄りながら、今度は一階のボタンを押していた。

「お前らは、ある程度時間を潰してから移動しろよ。セイバー、千冬ちゃんを任せたぜ」

「ええ、ご心配なく。ランサー、あなたもほどほどに」

「あいよ」

 扉が閉まりかける寸前に、千冬が落ち合うために告げる駅名を耳にしながら……エレベーターは再度動き出していた。

 

 

 同刻――

 セイバーたちが学園から離れている放課後、士郎は本音と一緒に第二整備室にいた。ふたりの前には、素体のIS『アーチャー』がハンガーに吊るされている。

 手配してもらった装甲の一部ではあるが、それがようやく届き、組み替えているところだった。

 吊るされた『アーチャー』は数点の機材とコードが繋がれ、機体も装甲を外され、箇所によっては精密部分も剥き出しとなっている。

 メインシステムの数値調整も兼ねているため、本音が手にするノートパソコンともケーブルが接続された状態である。特に、各種数値関連は今まさに弄りはじめたところだった。

 その姿を見ていた者がいる。入り口で見るともなしに視線を向けているのは一夏。

 彼の表情は、酷く険しい。

 先日の学園祭での襲撃において、自分は何も出来ずにただやられただけだった。

 福音を相手にしたとき、一夏は、仲間を護ると己自身に言い聞かせるように誓ったはずだ。だが、終わってみれば結果はどうだったか?

 第二形態移行の『白式』は、全く歯が立たなかった。

 オータムと名乗る女性に一方的に打ちのめされ、あげくはコアとなる己のISすら奪われた。

 助けに来た楯無に護られ、さらに現れたランサーにはそれこそ窮地を助けてもらった。

 コアは取り返してもらったとはいえ、自分は何も出来なかった。自身の無力さが悔しかった。

 姉の名を『護り』、家族を『護る』――所詮は夢物語だったのかとさえ思わされる。

「…………」

 セイバーやシャルロットもまた亡国機業と名乗る連中と思しき機体と交戦したと耳にした時、彼は気が気でならなかった。

 シャルロットが撃ち落されたと聴かされた際には、戻ってきたセイバーに思わず掴みかかっていた。

「どうしてアンタが一緒に居たのに、シャルがやられてるんだよ!」

「やめろ織斑、セイバーはセイバーなりに対応してくれた。デュノアが無事なのも彼女のおかげだ」

 感情を露にする弟に、千冬は半ば呆れを感じながらも諭していた。

 しかし、彼は聴き入れなかった。

「無事だからって、怪我させていいわけじゃないだろう!?」

 怒りの矛先を姉へと向ける一夏だが――

 その場に居合わせたセシリアやラウラ、真耶が事情を話し説得しようとするが、それを制していたのはセイバーだった。

 掴まれたまま、振りほどくこともせず、彼女は真っ直ぐに彼を見つめ応えていた。

「イチカ、あなたの仰るとおり、わたしはシャルロットを護ることができませんでした。相手の技量も読めず、彼女に協力を仰ぎ連れ出した結果は弁解のしようがありません。わたしの我がままで怪我を負わせたのは紛れもない事実です。あなたの怒りも、もっともでしょう」

「…………」

「本当に、申し訳ありません」

 眼を逸らすでもなく、言い訳をするでもなく、セイバーは事実を告げて、頭を垂れていた。

 セイバーに落ち度はない。聴けば、シャルロットたちは二機を相手にしていた。双方一機ずつが相対し、セイバーでさえ劣勢に追い込まれていたとも伝えられていた。

 自分の相手でさえ手一杯のところに、シャルロットのカバーに入ることさえ難しかったのだろう。

 セイバーの視線に耐えられず、一夏は掴んでいた手を離し一言謝罪を残すと、逃げ出すようにその場から駆け出していた。

 頭を冷やしてから、再度セイバーに頭を下げはしたのだが、彼女は気にしないでくださいとしか言わなかった。

 翌日以降も、暴挙も何事もなかったかのように一夏に接してくれる相手に後ろめたさを感じながら、彼はいろいろと考えてしまっていた。

 自分が強ければ、まだ何とかなったのではないか?

 自分に力があれば、結果はまた、変わっていたかもしれない。

 どうして――

 なぜ――

 自身に『力』があれば。そんな疑問、訝りを己にすら持ちかける。

「…………」

 ふと向ける視線、瞳に生気は宿っていない。どこか虚ろ、むしろ憎悪の色が灯りはじめていた。

 同時に、楯無の言葉が耳に蘇る。

 彼ならもっと巧くできたかもしれないわね――

「…………」

 もし、あの場に士郎が居たら?

 もし、あの場に士郎が居たら、『アラクネ』と名乗るISに遅れをとらなかったのでは?

 なによりも、もし、士郎があの場に居たならば、楯無も怪我をしなかったのではないか?

 士郎なら――

 士郎なら――

 士郎なら――

 『もしかしたら』と頭の中で自分と士郎を比べはじめ、全てに劣る自分が恨めしかった。

 だが――

 一方では、そんな自分が、士郎に劣るということが納得できないでいた。

 いや、頭ではわかっているつもりなのだろう。だが、それを認めたくない。認めてしまっては、自分が自分ではなくなってしまう。そんな気がしていた。

「……くそっ」

 口汚く言葉を吐き、胸の内に生まれる葛藤を誤魔化すように――知らずのうちに、彼はふたりへと歩み寄っていた。

 

 

「士郎、ちょっと模擬戦に付き合ってくれ」

「…………」

 整備室でIS『アーチャー』を弄る士郎と本音にかけられた声。

 ふたりが知る、普段とは明らかに違う低い声音の一夏に、作業の手を止めると士郎は立ち上がり向き直っていた。

 こちらを見入る視線も、どこか冷たさが含まれていることに気づく。

「……今からか?」

「ああ」

 正直に言えば、『アーチャー』は完全ではない。どうするか返答に迷う士郎だが、割って入ったのは本音だった。

 気楽な声で邪魔しちゃダメ、と一夏の前に立っていた。

「ダメだよおりむー、今、エミヤんの機体は整備しはじめたばかりなんだから。それに、まだエミヤんの機体は完全に直ってないんだからね」

 整備が終わるまでは模擬戦はダメだよと告げるのだが――

 わずらわしそうに、一夏の視線が本音へと向けられていた。

「うるさいな。のほほんさんは関係ないだろ!」

「――っ」

 告げる荒々しい口調、声音、相手の表情に、本音は驚き思わず身体を竦ませる。

 苛立ちに、再度何かを言おうと口を動かしかける一夏だったが、相手に声を発させる前に士郎が片手で制していた。

 一夏の声音にびくりとする本音の肩にそっと触れ、そのまま後へ下がらせていた。

 相手が何に対して苛々しているのかは、士郎にはわからない。

 どんな理由があるかわかりはしないが、本音に当り散らす姿は見ていて気持ちがいいものではない。彼女の視界を遮るように身体を滑り込ませて士郎。

「わかった。ただ、布仏が言ったように、メンテし始めたばかりだから、悪いけれど準備に時間がかかる。整い次第向かうから、先に行っててくれ」

「…………」

 一夏は頷きも返答もせず踵を返し、去っていく。

「エミヤん……」

 背後から駆けられた声音に振り帰ると、本音は若干涙目になっていた。

「わたし……おりむーに、なにか怒られるようなことしちゃったのかな……?」

「いや、布仏が悪いわけじゃないさ。気にするなよ」

 一夏の尋常ではない雰囲気からして、十中八九、原因は自分にあるのだろうと士郎は思っていた。

 何か相手の気分を害することをしてしまったのかとも考えていた。

「それよりも、組み立てるのを手伝ってくれるか?」

「う、うん。それはもちろんだけれど……」

 言って、こくりと頷く本音ではあるが、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「……エミヤん、このままだと……動かしても調子が悪いままなんだよ」

「でも、動くことはできるんだろ? 起動できるのはいいとして、システムの方はどうかな?」

「うん……大丈夫だよ。あくまでも、動かせることに関しては可能なんだけれど、でも、一番の問題は……わたし、索敵センサーのパラメーターを弄っちゃったから……今のままではオートの切り替えが本調子じゃないよ? すごく誤差が出ちゃう。急いで戻すけれど、時間がかかっちゃうかもしれない……」

「…………」

 詳しく説明を受けた要訳によれば、つまるところ、索敵センサーも、マルチロックも自動反映されず、全て手作業で処理しなくてはならないということだった。

「ごめんね、そっちの方も弄りたかったから、あっちこっちといろいろ同時進行で触っちゃって、いったんはずしちゃったから……」

 余計なことしてゴメンね、とうな垂れる本音に、士郎は汚れていない方の手で彼女の頭にぽんと触れていた。

「大丈夫だ。そんなの気にするなっての」

「でも……」

 申し訳なさそうに渋る本音の頭を、今一度優しく撫でると、彼女は若干頬を赤め安堵したように、うんと頷いていた。

 オートに頼らずとも、動かせるならば問題はない。

 己の眼で捉えて動けばいいことなのだろう。ハイパーセンサーに頼らずとも『動く』ことが重要だと士郎は認識していた。

「いいよ、気にしないでくれ。後は……そうだな。量子変換の武装を呼び出すことには?」

 問題があるか、と訊ねるが、本音は首を振っていた。

「武装のコールは大丈夫。PICも。そっちは、まだ何も弄ってないよ」

「ふむ」

 肉眼で相手を補足する事、武装変換に支障はない、シールドバリアと絶対防御は従来通り展開でき、飛行することができる。

 士郎にとっては、然したる問題はない。要は、オート操作はできずにマニュアル操作のみ。

「なら……いいよ。このままの状態で出る。悪いんだけれど、戻ってきてから続きを頼むよ」

「うん……」

 士郎の優しい声に、本音は力なく頷くことしかできなかった。

 

 

 放課後になってから、箒は一夏の姿を探していた。

 目的は言うまでもなく、一緒に訓練をしたかったからだ。

 ISでもいいし、剣道でもいい。とにかく、一夏と一緒に居られて過ごせる時間が欲しかった。そのために当人を先から探しているのだが……どこにも見当たらない。

 教室、アリーナ、体育館、寮の自室……

 当てとしていた場所をしらみつぶしに探すのだが、すべて空振りだった。

「一夏め……何処に行ったんだ?」

 行き違いにでもなったかと考えながらも、今彼女が向かうのは整備室。こんなところに一夏が居るかなと思いもしながら歩を進め――

 目当ての人物の姿をあっさりと見つけたことに、箒は自然と笑みを浮かべて駆け寄っていた。

「一夏、どこに行ってたんだ?」

「…………」

 そう箒が声をかけはするのだが、当の一夏は返答もしない。

 聴こえていないのか、と一瞬不思議そうに思いはしたが、構わずに彼女は告げる。

「最近のお前はたるんでいるからな。わたしが訓練に付き合ってやる。それにだ、このところ、お前はどこか変だぞ? 心なしか上の空のようだしな。何か悩んでいるなら、もやもやした気分を払拭させるためにも、わたしと模擬戦をしないか?」

 箒にとって、最近の一夏はどこかおかしく感じていた。長年の幼馴染だからこそ、彼の微妙な変化はなんとなくではあるがわかり得ていた。

 とは言え、なんとなくわかる程度であり、明確ではない。何について悩んでいるかはハッキリとしない。それとなく話かけてみても、何食わぬ普段のように接されるだけ。本音と話をしている姿も見るが、格別変わりはない。

 だが――

 箒が口にした「たるんでいる」という言葉を耳に捉えた一夏は舌打ちをしていた。

 その音は箒の耳にも聴こえていたのだろ。

 一瞬何事かと顔を向けてくる相手を無視し、一夏はそのまま脇を通り過ぎる。

 しかし、慌てて箒は彼の肩を掴んでいた。

「ま、待て一夏」

「…………」

 やはり返答はせず、煩わしそうに一夏は一瞥するだけだった。

 冷たい双眸に、箒は一瞬、彼に何かしたかと自問自答するのだが答えは出ない。故に、持ち前の気丈な性格で言いのけていた。

「な、なんだその眼は……わたしが何かしたのか?」

「…………」

 問いかけには応えず、一夏は再び小さく舌打ちすると、掴まれていた肩を無理やり振り払っていた。

「お、おい」

 わけのわからない一夏の態度に、元々気が強い箒はつい反応してしまっていた。

 再度肩を掴もうと手を伸ばすのだが、今度は触れさせまいと身を捻る。

「うるさいな! ほっとけよ!」

「――っ、一夏!?」

 鋭く叱責する声。それは、抑えに抑えていた怒りが堰を切ったように溢れ出す。

 幼い頃からの彼を知っていたはずだったが、こんな姿の一夏を眼にしたのは初めてだった。

 こちらを睨み見据える一夏に背筋をゾッとさせながらも、相手の突然の拒絶に、彼女はどうしていいかわからず、それ以上声をかけることができなかった。

 無言のまま踵を返し歩き去る彼の背に――

 悲しみに心を縛られた箒が伸ばした手は、むなしく空を掴むだけだった。


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